「亡命編」におけるヴァンフリート星域会戦自体は、転生者たるエーリッヒ・ヴァレンシュタインの原作知識に基づいた介入によって原作と異なり同盟側の勝利に帰するのですが、それに対するヴァレンシュタインのリアクションが、吉本新喜劇もビックリの真剣お笑いギャグそのもので、私がヴァレンシュタインを完全にネタキャラ扱いするようになったのも実はここからだったりするんですよね(苦笑)。
あまりにも桁外れな「狂人キチガイ」ぶりを発揮しすぎていて、正直、作者氏がヴァレンシュタインというキャラクターについて一体どのような役柄を託しているのかについても考えざるをえなかったところです。
もし一連の考察で私が述べている通りのイメージ(「狂人や精神異常者の魅力を描く」とか)をベースに作者氏がヴァレンシュタインを造形しているというのであれば、「亡命編」のみならず「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝」という一連のシリーズは、二次創作どころか小説としての最高傑作としか評しようがないのですが、現実はどう考えても違うと思いますしねぇ(爆)。
それでは前回に引き続き、今回も「亡命編」におけるヴァンフリート星域会戦におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタインの思考と言動について追跡していきます。
なお、「亡命編」のストーリーおよび過去の考察については以下のリンク先を参照↓
亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/
銀英伝2次創作「亡命編」におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン考察
https://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-570.html(その1)
https://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-571.html(その2)
https://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-577.html(その3)
ヴァンフリート星域会戦を勝利に導くことができたヴァレンシュタインでしたが、彼には大きな不満がありました。
キルヒアイスは戦場で戦死したものの、彼が個人的に最大の目的としていたラインハルトの抹殺が達成できなかったのです。
正確に言うと、戦場においてラインハルトの死体が確認できなかった(キルヒアイスの死体はヴァレンシュタイン本人が確認した)ことと、当時のラインハルトの乗艦だったタンホイザーがヴァンフリート4=2から無事に脱出したことが確認されたため、そのように推測されたというわけなのですが。
この事態に発狂したヴァレンシュタインは、「偉大なる俺様の作戦案は神の采配のごとく完璧だった」というありえない前提の下、愚かしくも自分の作戦にケチをつけることになった「絶対神たる自分への反逆者」を糾弾することに全力を傾けることになります。
前回の考察でも述べたようなおよそ見当ハズレな推理からシトレとヤンに白羽の矢を叩きつけたヴァレンシュタインは、常識的に見て到底考えられないほどに愚劣な論理でもってヤンを上から目線で八つ当たり同然に罵り倒すこととなるわけですが……。
このヴァレンシュタインの考えは、今更言うまでもないでしょうが全く正当なものではありえません。
ヴァンフリート星域会戦における勝敗の帰趨が決した後、ヴァレンシュタインはこんなモノローグを心の中で語っています↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/16/
> どう考えてもおかしい。第五艦隊がヴァンフリート4=2に来るのが俺の予想より一時間遅かった。原作ではミュッケンベルガーがヴァンフリート4=2に向かうのが三時間遅かったとある。三時間有れば余裕を持って第五艦隊を待ち受けられたということだろう。
>
> 艦隊の布陣を整えるのに一時間かけたとする。だとすると同盟軍第五艦隊は帝国軍主力部隊が来る二時間前にはヴァンフリート4=2に来た事になる。だがこの世界では同盟軍が来たのは帝国軍主力部隊が来る一時間前だ。
>
> 二時間あればヴァンフリート4=2に停泊中のグリンメルスハウゼン艦隊を殲滅できた。行き場を失ったラインハルトも捕殺できたはずだ……。だが現実にはラインハルトは逃げている……。
>
> 俺の記憶違いなのか? それともこの世界では同盟軍第五艦隊が遅れる要因、或いは帝国軍が原作より早くやってくる何かが有ったのか……。気になるのはヤンだ、俺が戦闘中に感じたヤンへの疑惑……。俺を殺すために敢えて艦隊の移動を遅らせた……。
>
> 否定したいと思う、ヤンがそんな事をするはずがない。しかし俺の知る限り原作とこの世界の違いといえば第五艦隊のヤンの存在しかない……。奴を第五艦隊に配属させたのが失敗だったという事か……。
このヴァレンシュタインの「推理」には致命的な間違いがひとつあります。
それは「ミュッケンベルガーがヴァンフリート4=2に向かうのが三時間遅かった」という原作の作中事実が、「亡命編」でも無条件にそのまま適用されると考えていたことにあります。
実はヴァレンシュタインは、「ビュコックの第五艦隊にヤンを配属させた」ということ以外にもうひとつ、原作には全くなかったことをやっているんですよね。
それがこれ↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/13/
> 戦闘が始まって既に十二時間が経ちました。基地からは同盟軍に対して悲鳴のような救援要請が出ています。“帝国軍が大規模陸上部隊をもって基地を攻撃中。被害甚大、至急救援を請う、急がれたし”
>
(中略)
>
> もう分かったと思います。あの救援要請は嘘です、被害甚大なのは帝国軍のほうです。救援を欲しがっているのも帝国軍でしょう。実際、この救援要請を出した通信オペレータは笑い過ぎて涙を流していました。今年最大の冗談だそうです。実際今も一時間おきに救援要請を出しますがその度に司令室には笑い声が起きます。
作中では、4月3日の時点でヴァレンシュタインの決断により最初の救援要請通信が送られており(12話)、以後、4月7日に基地に攻め込んできた帝国軍が撤退して以降も通信が続けられていたであろうことから、総計すると最低でも総計30~40回、4月3日時点から「1時間おきに…」出していたと考えると実に100回以上もの救援要請通信が行われていたと考えられます。
では原作ではどのような形で救援要請を行っていたのかというと↓
銀英伝外伝3巻 P73下段
<「ヴァンフリート4=2の後方基地からの緊急通信です」
それが最初であった。ヴァンフリート4=2の奇怪な状況が、味方である同盟軍のもとに、通信となってもたらされたのは。それまで、用心しつつ幾度か発した通信波は、ヴァンフリート4の巨大なガス体やその影響によって、遮断されていたのである>
原作のビュコック艦隊が緊急通信を受け取ったのは4月5日ですので、これ以降も当然「味方が受信してくれることを期待した通信」は行われていたでしょうが、それでも「慎重に行わざるをえなかった」と記載されているわけですから、すくなくとも「亡命編」のそれよりは発信回数が少なかったであろうことは確実です。
しかも基地での戦闘中に至っては、記載がない上に同盟軍劣勢でゴタゴタしていたこともあり、そもそも救援要請通信がきちんと出されていたのか否かすらも不明というありさま。
どう贔屓目に見ても、「亡命編」におけるヴァンフリート4=2から発信されていた救援要請通信は、原作のそれよりも圧倒的に多いであろうことが推察されるわけです。
何しろヴァレンシュタインは、敵に通信が傍受される危険性などおかまいなしに、とにかくビュコック艦隊を当てにして通信を乱発させていたのですから。
では、そこまで通信回数が多いと一体どのような事態が起こりえるのか?
そこから想定される最悪の予測は、「ミュッケンベルガー艦隊がビュコック艦隊よりも先に救援要請通信を傍受してしまう」というものです。
そもそも原作のヴァンフリート星域会戦からして、通信波によって自軍の所在が帝国軍に知られるとマズイという理由から、連絡が慎重に行われていたという事情があるのに、その状況を無視してのこの通信の乱発は、それだけで原作の歴史を変えてしまうのに充分過ぎる要素です。
実際、同盟軍が発した救援要請通信は、ヴァンフリート4=2に駐屯しているグリンメルスハウゼン艦隊の司令部でもしっかり傍受されていましたし、彼らが無能で味方にそのことを知らせなかったにしても、何らかのまぐれ当たりでミュッケンベルガー艦隊がその通信を「原作よりも早く」【直接に】傍受してしまった可能性だってありえるのです。
そうなればミュッケンベルガーとしては当然のことながら「救援要請通信を受けた同盟軍はヴァンフリート4=2にやってくる」と察知できるでしょうし、そうなれば「救援にやってくるであろう同盟軍に先んじてヴァンフリート4=2に先着し、逐次投入でやってくる同盟軍を各個撃破しよう」という発想へと普通に行き着くはずです。
実際、原作でも第五艦隊の動きを察知したミュッケンベルガーは、まさにそういう決断を下していたわけなのですから↓
銀英伝外伝3巻 P86下段~P87上段
<一万隻をこす戦力が、外縁部から星系内部へ移動してきたのである。多少の時差はあっても、気づかれないはずがなかった。両軍ともに、敵の動向を探るための努力はしていたのである。ミュッケンベルガー元帥も、けっして無為無能な男ではなく、同盟軍の行動が、ヴァンフリート4=2宙域を目標としてのものであることを見ぬいた。
帝国軍首脳部、ことにミュッケンベルガー元帥にしてみれば、あえて危険を犯して、グリンメルスハウゼン艦隊を救出するだけの価値など認めてはいない。だが、叛乱軍こと同盟軍の動向が、かなりの確度で明白になった以上、それに対応せずにすむはずがなかったのである。
ミュッケンベルガーは、ヴァンフリート4=2の宙域に、全軍の主力を集中移動するように命じた。この命令は、戦術上、ほぼ正しいものであったが、残念なことに、ややタイミングが遅かったであろう。彼が三時間ほど早くこの命令を出していれば、まず同盟軍第五艦隊を正面から邀撃して壊滅させ、つぎつぎとやってくる同盟軍を各個撃破して、全面勝利を手に入れえたはずである。だが、そうはならず、帝国軍主力は、第五艦隊の動きに追随する形で、ヴァンフリート4=2宙域へと進撃していった。>
戦場とは不確定要素に満ちた「生き物」なのであり、それは原作知識のごとき「未来の預言書」的なものがあっても例外ではありません。
ましてや、その「未来の預言書」と少しでも違うことをやっている時点で、戦場に与える影響も原作からのズレも充分に多大かつ未確定なものへとなりえるではないですか。
救援通信要請を乱発しまくっている時点で、ヴァレンシュタインは「原作よりも早くミュッケンベルガーが動くかもしれない」という危険性に気づくべきだったのです。
もちろん、これはあくまで可能性の問題ですから、「亡命編」におけるミュッケンベルガーが、ヴァレンシュタインによって乱発されまくった救援要請通信を【幸運にも】全く傍受することなく、原作と寸分の狂いもなく動いていた可能性も決して考えられないことではないでしょう。
正直、いくら近いとは言え、グリンメルスハウゼン艦隊司令部や現地の地上軍がああも簡単に傍受できかつ内容も完全に把握できてしまうような通信を、ミュッケンベルガー艦隊が暗号解読も含めて全くキャッチできなかったとは非常に考えにくいのですが……。
ただいずれにしても、被害妄想に満ち満ちた愚劣な推論でもってヤンとシトレを罵倒しまくっていたヴァレンシュタインの立場的には、本来この可能性【も】一緒に、あるいはそれ以上に考慮しなければならなかったはずなのですがね。
そして、実はこちらがより致命的な問題なのですが、そもそもヤンがビュコック艦隊にいること自体がヴァレンシュタインの要求によるものである、という作中事実があります。
ヴァレンシュタインにしてみれば、ヤンとビュコックは原作でもお互い信頼が厚く頼りになる戦友的な間柄にあったので、ヤンにビュコックを補佐させておけば間違いは生じない、という考えだったのでしょう。
しかし、2人がそのような関係になったのは、銀英伝1巻の第7次イゼルローン要塞攻防戦でヤンがイゼルローン要塞を無血奪取して以降の話です。
それに先立つヴァンフリート星域会戦時点では、2人は未だ面識すらもなく、お互いの名声を聞き及んでいた程度の関係に過ぎませんでした。
当然、この時点では互いに相手の人格や性格すらも全く知らないわけですし、ビュコックにしてみればヤンは単なる新参の一作戦参謀でしかなく、ヤンから見たビュコックも「おっかない親父さん」程度の存在でしかなかったでしょう。
また、アスターテ会戦以前のヤンが「3回忠告を受け入れられなければ『給料分の仕事はしたさ』であっさり引き下がってしまう」ような人間だったことも、これまたヴァレンシュタインは原作知識から当然熟知していたはずです。
お互い初対面で相手のことも「過去の名声」以上のものは分からず、原作1巻以降のような確固たる信頼関係が構築されているわけでもない。
そんな状態で「ビュコックにヤンをつければ確実に上手く行く」などと考える方が変というものでしょうに。
間違った原作知識の使い方をしている自分自身のことを一切顧みず、ひたすら「自分を見捨てにかかった!」などという被害妄想をベースにヤンとシトレを罵り倒すヴァレンシュタインの滑稽な惨状が、私には何とも笑えるシロモノに見えて仕方がなかったのですけどね。
こんな被害妄想と視野狭窄と責任転嫁に彩られたバカげた「迷推理」を開陳しまくった、ヴァンフリート星域会戦におけるヴァレンシュタインの狂気に満ちたお笑いひとり漫才劇は、いよいよそのグランドフィナーレに向けて最大戦速で突撃を敢行することになります。
その全容については、「亡命編」におけるヴァンフリート星域会戦編最後の考察となる次回で明らかにしたいと思います。