エントリー

カテゴリー「映画観賞関連」の検索結果は以下のとおりです。

映画「コンテイジョン」感想

ファイル 464-1.jpg

映画「コンテイジョン」観に行ってきました。
ひとりの感染者を発端に全世界へ拡大していく致死性ウィルスの恐怖と社会的混乱を描いたサスペンス大作。

物語は、最初の感染者がウィルスに感染した「2日目」から始まります。
「1日目」で何が発生していたのかについてはラストで明らかになるのですが、序盤はその部分を省いたままストーリーが進行してきます。
アメリカ人では最初のウィルス感染者となるベス・エムホフは、空港の喫茶店?で発着が遅れている飛行機を待ちながら、かつての恋人ジョン・ニールと電話で会話をしていました。
既にウィルスに感染していた彼女は、咳き込んだりあちこちにベタベタ触ったりして、自分で自覚することのないままに感染源を片っ端から構築していきます。
同じ日には、中国・香港でカジノのウェイターが、イギリスのロンドンでウクライナ人モデルの女性が、日本の東京ではビジネスマンが、それぞれ人が密集する中で苦しげに咳き込んでいる様子が描かれています。
そして2日後、家族が待つ家に出張から帰ってきたベスは、夫であるミッチ・エムホフの目の前で突如痙攣を起こして意識を失い、すぐさま救急車で病院に運ばれたものの、間もなく死亡してしまうのでした。
あまりにも突然の事態に茫然自失状態になるミッチですが、そこへさらに追い討ちをかけるかのごとく、今度はベスの連れ子であるクラークが自宅で容態急変。
急報を受けてすぐに帰宅するミッチでしたが、自宅に着いた時には既にクラークの呼吸は止まった状態でした。
あまりにも不可解なベスの症状について報告を受けた世界保健機構(WHO)は、ベスの遺体解剖と、出張中におけるベスの足跡についての調査を開始。
症状が脳炎に近いということから頭を解剖した医師は、その結果について危機感を覚え「全方面に通報しろ」と助手に命じるのでした。
しかしそれからわずか1週間ほどで、ウィルスは一挙にアメリカ全土どころか全世界へと拡大していき……。

映画「コンテイジョン」に登場するような感染性の高い致死性の病気(ウィルス)の爆発的拡大と脅威、いわゆる「パンデミック」を扱った作品は、ここ10数年で結構多く見かけるようになりました。
この手の作品で私が初めて観た映画は、1995年公開のアメリカ映画「アウトブレイク」。
エボラ出血熱の突然変異種が空気感染するようになり、ワクチンを見つけるべく奮闘する軍医と、感染拡大を防ぎ病原菌に纏わる秘密をも闇に葬ろうとする軍上層部との緊迫した駆け引きが描かれていました。
最近だと、ミツバチが大量に失踪する事件を元ネタに、感染者が何らかの方法で自殺を図ってしまうという2008年公開映画「ハプニング」や、感染者が突然盲目になってしまう病気が蔓延し社会が荒廃してしまった同年公開映画「ブラインドネス」があります。
単純に「ウィルスの拡大による社会の崩壊」を描いたものならば「バイオハザード」シリーズもありますし、この間公開されていた映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のラストでも、致死性ウィルス拡大による人類の暗い未来が暗示されていました。
日本でも2009年公開映画「感染列島」がパンデミックの恐怖を扱っており、また2010年公開映画「大奥」でも、男性人口激減の設定として「赤面疱瘡」という架空の病気のパンデミックが使われていました。
「感染列島」や「大奥」におけるパンデミックの設定は、何故か感染範囲が日本国内に限定されてしまっているのが何とも不可解な話ではありましたが。
新旧の「猿の惑星」の変遷に象徴されるがごとく、ソ連崩壊によって現実味がなくなってしまった全面核戦争などよりも、いつ起こるか分からず、またいつ起こっても不思議ではないパンデミックの方が「社会的な恐怖」として受け入れられるようになってきたわけで、これも時代の流れというものなのでしょうか。

さて、映画「コンテイジョン」に話を戻すと、この映画の構成としては、2009年公開の日本映画「感染列島」に結構近いところがありますね。
パンデミックが拡大を始めるところから物語がスタートし、感染の原因が終盤に判明する構図や、ウィルスそのものの脅威よりも、ウィルスの脅威に対する人間社会の反応にスポットを当てた点などは、まさに「感染列島」を想起させるものがありました。
ただ、ウィルスに対する恐怖の反動として、商店の焼き打ちや略奪などといった暴動が発生したり、ワクチン目当ての誘拐事件などが発生したりする辺りは、さすがアメリカナイズされているといったところではあるのですが(苦笑)。
というよりも、日本以外の国ではそれが普通なのであって、むしろ東日本大震災直後ですら暴動や略奪の類がほとんど発生しなかった日本の方が世界的に見ても異常なのでしょうし、だからこそ全世界が賞賛もしたのでしょうけど。
ブログで「正しい治療薬」なるものを提示し「政府は有効な治療薬を隠している」などといった陰謀論を主張したりする詐欺師が出てきて、かつそのブログの閲覧者が1200万人も出たりする(もちろん「批判的・懐疑的に観ている」という人もその中にはいるでしょうが)という描写は、日本でも普通にありそうな話ではあるのですが。
他にも、TwitterやFacebookなども作中に名前が登場したりしていて、この辺りにも何となく時代の変化を感じさせるものがありましたね。

あと、今作にはマット・デイモンが主役のひとり(ミッチ・エムホフ役)として登場しているのですが、今作における彼はこれといった活躍の描写が全くと言って良いほどありませんでしたね。
「最初の感染者の夫」という役柄でスポットが当てられた一般人以外の何物でもなく、その行動もその他大勢の一般人と何ら変わるところがありません。
物語序盤でこそ、彼は感染の疑いから隔離されるのですが、その後あっさりと解放されてウィルスの研究やワクチン開発などには全く関与することがなかったですし。
あえて彼の特異なところを挙げるとすれば、最初の感染者である妻と彼も少なからず接触や会話をしていて、かつ連れ子はきっちりウィルスに感染して死んでいるにもかかわらず、彼と彼の実娘?だけは最後まで病気が発症しなかった点でしょうか。
この辺りは、周囲がひとり残らず盲目になっていく中、ただひとりだけ盲目になることなく普通に目が見えていた映画「ブラインドネス」の女主人公を想起させるものがありましたが。

作中で発生している社会的な情勢や個人の対応などは、「もしこんなパンデミックが発生したら実際に起こりそう」的な内容で説得力も多々あります。
扱っているテーマがテーマなので全体的に暗い話ではあるのですが、サスペンス物が好きな方にはオススメな作品なのではないかと思います。

人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のリメイク映画公開決定

往年の人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のリメイク版が、2011年4月7日より劇場公開されることが決定したそうです。
タイトルは「宇宙戦艦ヤマト2199」。

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp1-20111110-861411.html
>  1974年(昭49)に日本テレビ系で放送された人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」が、38年ぶりに復活し、来年4月7日から劇場公開されることが9日、分かった。タイトルは「宇宙戦艦ヤマト2199」。ベースとなる物語、2199年という時代設定はシリーズ初代と同じだが、監督に過去のシリーズで設定やメカニックデザインを担当した出渕裕氏(52)を起用するなど製作陣を一新。ビジュアルなどを再構築し、新作として公開する。
>
>  放送から38年…。今も語り継がれる「ヤマト パート1」が、装いも新たに生まれ変わる。09年に26年ぶりに公開された映画「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」は、83年公開「宇宙戦艦ヤマト 完結編」から20年後を描いた。主人公の古代進も38歳で艦長に昇格するなど、“その後”を描いていた。今回新たに製作する映画は、古代らがガミラス帝国の侵略で破滅寸前に追い込まれた地球を救うためにイスカンダルへ旅立つ、シリーズパート1のストーリーがベースになる。

ヤマト1作目のストーリーがベースになるということは、2009年公開映画「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」とはストーリー的に何の関係もないということになりますかねぇ。
アレは昔の回想シーンに、わざわざ旧「ヤマト」シリーズの作画を出していたくらいですから、今更リメイク版をあそこまで繋げて……というわけにはいかないでしょう。
個人的には、リメイク版云々よりも「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」の続きの方を観てみたいところなのですけどね。
明らかに真のラスボスが別にいて続きがあるような終わり方をしていましたし、リアルタイムで見ていないこともあって、あまり旧シリーズには思い入れもないものですから。

この手のリメイク作品は、作品単独の構成や設定・面白さなどとは別に「原作にどれだけ忠実か?」という要素も大きな評価基準のひとつになるものですが、往年の「ヤマト」ファンやSFファン的には、この情報でどのような感想を抱くのでしょうか?

映画「カイジ2~人生奪回ゲーム~」感想

ファイル 461-1.jpg

映画「カイジ2~人生奪回ゲーム~」観に行ってきました。
福本伸行原作の人気コミックである「カイジ」シリーズを、映画「DEATH NOTE」2部作で主人公を演じた藤原竜也を主演に実写化した前作「カイジ~人生奪回ゲーム~」の続編。
前作は映画館では未観賞だったのですが、2011年11月4日に日本テレビ系列の金曜ロードショーで放映された際に観賞する機会があり、何とか前作のあらすじは把握することができました。
今作は前作を事前に観賞していることが前提となるストーリーなので、前作を未観賞の方は前作を観てから今作を観賞することをオススメしておきます。

前作のラストで利根川幸雄を相手にEカードゲームで勝利を収め5億円を獲得したにも関わらず、カネを山分けするはずだった遠藤凛子に自分の取り分まで全部奪われ無一文になってしまった主人公・伊藤カイジ。
結果、彼はまたも多額の借金を背負う羽目になり、帝愛グループの地下帝国に再び送還され強制労働を強いられる日々を送っていたのでした。
そのカイジが配属された地下帝国の現場では、場を取り仕切っている班長の大槻太郎による「地下チンチロリン」という名のギャンブルゲームが行われていました。
「地下チンチロリン」とは、3つのサイコロの出た目の大小で勝負が決まるゲームで、カイジはこのゲームで大槻太郎と何度も勝負しながらも惨敗を繰り返してしまいます。
しかし、同じ仕事仲間のひとりが「地下チンチロリン」の出た目を常に記録していたことから、カイジは「サイコロの目が4~6しかない」という大槻太郎のイカサマを見破ります。
結果、大槻太郎はこれまでの勝利を全てチャラにさせられ、それまでの「地下チンチロリン」で収奪してきた地下帝国限定通貨「ペリカ」のほとんどを奪われてしまいます。
大量の「ペリカ」を入手した地下帝国の労働者達は、かつて利根川に勝利したカイジに全てを託し、ペリカを換金してカイジひとりに109万円の現金を持たせ、14日間限定で地上に出すことで、全員分の借金を返済するための資金2億円以上を作らせる決断を下すのです。
カイジはこれを快諾し、109万円から2億円を捻出するための手段を模索することになります。
カイジが最初の日に当座の食と寝泊り場を確保するため立ち寄ることになる派遣村?モドキな場所で、彼はかつて自身が敗北させた利根川と再会します。
カイジにしても利根川にしても、本来は互いに殺したいほど憎み合ってもおかしくない関係にあるはずですが、確かに最初は多少のイザコザもあったものの、その後の両者は何となく意気投合するような関係になっていきます。
カイジの事情を知った利根川は、カイジに将棋のイカサマ勝負を申し込み勝利した後、帝愛グループが運営するカジノの招待状を置いて姿を消します。
招待状を持ってカジノに入ったカイジは、カジノの目玉となっている巨大パチンコ「沼」で億単位の一攫千金が狙えると知り、その攻略に挑むこととなるのですが……。

一方、帝愛グループでは、カイジとの勝負に負け失脚した利根川に代わり黒崎義裕が会社の重役となり、その部下?とおぼしき一条聖也が、帝愛グループの運営するカジノの支配人に抜擢されていました。
一条聖也は、前作にも登場したゲーム「鉄骨渡り」を見事渡りきったひとりで、同じく「鉄骨渡り」をクリアした伊藤カイジを帝愛グループの会長が褒めていたことから、彼に敵愾心を抱くようになります。
度が過ぎるほどの「人の良さ」を前面に出しているようなカイジと異なり、一条は「他人を押しのけることで自分の席を確保する」ことを思想信条とする人物。
作中で2人は、ギャンブラーとしての心理戦を競うのみならず、信条においても争っていくことになります。

映画「カイジ2~人生奪回ゲーム~」で主人公を演じている藤原竜也の出演作品としては「バトル・ロワイアル」シリーズが特に有名です。
ただ、私が初めて観賞した藤原竜也出演作品は映画「DEATH NOTE」2部作で、それ以降は前作「カイジ~人生奪回ゲーム~」の金曜ロードショー版までとんと縁がなかったというのが実情だったりします。
同じく映画「DEATH NOTE」で藤原竜也と共演し、かつ前作「カイジ~人生奪回ゲーム~」でも登場していた松山ケンイチが主演している映画の観賞作品は「椿三十郎」「L change the WorLd」「GANTZ」2部作そして「マイ・バック・ページ」と結構縁があったのですが。
映画「DEATH NOTE」以来、藤原竜也の姿を見ることがなかっただけに、その姿を久々に確認した時は何となく嬉しいものがありましたね。

映画の「カイジ」2作におけるカイジ役の藤原竜也は、演じる役の性格が似通っていることもあってか、演じ方がそのまんま映画「DEATH NOTE」の夜神月を想起させるものがありますね。
いかにも舞台のど真ん中でひとり絶叫しているような描写や、苦境に陥った際の見苦しい悪あがきぶりなどはほとんど「まんま」ですし。
この辺り、出演する作品毎に登場人物の性格どころか容姿まで丸ごと変わってしまう松山ケンイチとは対極にあると言えるのではないかと。
前作「カイジ~人生奪回ゲーム~」では、最初「松山ケンイチが出演している」という情報を私は知らなかったのですが、観賞後に知った後でも「あれが松山ケンイチだったの!? 全く見分けがつかなかった」と驚いたくらいでしたし(^^;;)。

原作にはないものの、原作者である福本伸行本人が考案したという物語中盤登場の映画オリジナルゲーム「姫と奴隷」は、ゲームの内容も映画としての描写も秀逸の一言に尽きますね。
このゲーム、プレイヤーとなる奴隷には3つの檻とそれを開くボタンが用意されているのですが、1つには姫が、残り2つにはライオンが入っています。
そして、1~3までの数値が振られている3つのボタンの1つをプレイヤーは押下し、姫が入っている檻が開けばプレイヤーの勝利、ライオンの檻が開けば食い殺されて死亡、という内容です。
ここで面白いのは、姫は予め正解となるボタンを知ることができ、かつそれをプレイヤーに教えることも可能、というルールがあることです。
一見すると最初からプレイヤー側の勝利が約束されているかのように見えるゲームですが、しかし姫がプレイヤーに教える「正解」が本当であるという保証は実のところ全くなかったりします。
実際、「姫と奴隷」に挑んだ最初の挑戦者は、カジノ側が約束した300万の報酬に動かされて姫側が挑戦者を裏切ってしまい、挑戦者にわざとハズレのボタンを教えてライオンに食い殺させていました。
かといって、姫が本当に正解のボタンを教えていた場合、それを信じなければ自ら率先してハズレのボタンを押すという愚挙をしでかすことにもなりかねません。
非常に単純なのに人間心理的に奥の深いゲームと言って良く、またそれをカイジが乗り切るための伏線の張り方や演出も上手く、地味ながらもここが一番感心させられたところでした。

ただ、物語後半におけるパチンコ台「沼」の最終決戦については、カイジと対決する立場にあった一条聖也の視点で考えると、彼にはもっと安全確実な勝利への道があったように思えてなりませんでしたね。
パチンコ台「沼」は、一条によって絶対に勝つことができない細工が二重三重に施されていたのですが、カイジ一派はそのトリックを見破り、自分達に有利になるよう逆細工を行い、勝負を有利に進めていきます。
これに対し一条は、ただひたすらパチンコ台にイカサマが仕込まれていないかとか、店の信用を失わせるほどに露骨な小細工でパチンコの玉を入れさせないとか、とにかくパチンコ台のみに注視した対応ばかりやっているんですよね。
実は一条には、パチンコ台の操作などよりもはるかに強力な武器が、それも最初から備わっていたはずなのです。
それは彼がカジノの支配人であり、かつカジノ内における最高権力者であるという事実です。
一条がその権限を行使さえすれば、「カイジ一派がパチンコ台で不正を行っていた」という【カジノ側にとって都合の良い事実】をでっち上げ、問答無用に敗北を叩きつけることが容易にできたはずなのです。
それを最初からやっていれば、カイジ側がどんな小細工を弄していたとしても、彼らに無実の罪を着せることができ、ああまでハラハラドキドキしながらパチンコ台の小細工に忙殺される必要もなかったことでしょう。
一応作中でも、一条はカイジ達が不正を働いているのではないかと調査を一度行っているのですが、バカ正直に正規の方法で調査を実施した挙句、不正の証拠を上げることができなかったんですよね。
カイジ達がどんな小細工を弄していようと関係ない、罪をでっち上げて潰してしまえば問題ないのだ、とまでは、さすがに彼も割り切ることができなかったのでしょうか?

また一条は、自分の奴隷同然の身になっていた利根川がカイジについた際も、彼の身分剥奪やカジノ内における一切の権限停止などといった措置を一切行っていませんし、石田裕美がカイジ側についた時も同様でした。
一条はカジノの支配人なわけですし、利根川も石田裕美も名目上は部下扱いなのですから、彼らに「カイジ側につくな」と命令を下したり、違反した場合に制裁を下したりするなどといった行為も、己の権限内で普通に行えることであるはずでしょう。
それを行っていれば、彼らがカイジ側についた瞬間に「カジノの従業員としての権限を全て剥奪する」と宣言した上で、彼らが持っていた金権を全て無効化することが合法的に可能だったのです。
最後に登場した「切り札」の発動などよりも、こちらの方がはるかに「スマート」なやり方ですし、相手が(名目的な)自分の部下ということも手伝って、カジノの信用もそれほど損なわれずに済んだのではないのかと。

まあもちろん、実際にそういう「問答無用な強権発動の乱発」的なことをやってしまうと、「カイジ」シリーズがメインにしているであろう頭脳戦や心理戦の「売り」そのものが全て御破算になってしまうわけですから、作品的にそういうことはできないという事情は当然あるでしょう。
しかし物語終盤における一条は、もはや「カジノの信用を完全に失墜させてでも、目の前におけるカイジとの戦いに勝利する」「そのためには手段を問わない」という状態にあったのですし、勝負に負けてしまえば彼は前作の利根川同様に破滅の運命が待っているのですから、彼の立場的にこれを使わなかったというのはさらに不思議でならなかったのですけどね。

俳優さんの演技・演出も良く出来ていましたし、頭脳戦や心理戦メインのストーリーを楽しみたい方には是非オススメしたい作品ですね。

TOHOシネマズが映画料金の全国値下げ実施を撤回

Yahoo!ニュースから、またもやタナウツのコンテンツにリンクが貼られました。
どうやら地方の商店街から映画館が消えていくことについての特集記事?らしく、リンクされた私のブログ記事は「シネコンに肯定的な意見」として紹介されているようです↓

http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?m=6769178&e=shopping_street
> ◇シネコン普及で、映画は
> ・ 映画業界の最新動向を知る! - NIKKEI4946.com(2009年10月15日)
> ・ 映画を身近なものにしたシネコンの功績と今後の課題 -
タナウツネット雑記ブログ(2010年8月20日)
> ・ シネコンは映画を滅ぼすのか - Togetter

Yahoo!ニュースからタナウツのコンテンツにリンクが貼られたのは、今回で2回目となります。
前回は、2010年4月16日にYahoo!ヘッドラインニュースとして掲載された「タイタニアの続巻が20年ぶりに刊行決定」の記事。
この時は「田中作品タイムカウント」がリンク対象となり、タナウツのアクセスアップと知名度普及に貢献してくれたものでした。
しかし「田中作品タイムカウント」は、一応タナウツのトップページにもリンクがあるメインコンテンツのひとつだったのに対し、今回はブログに数多く存在する、必ずしもメインとは言い難い記事のひとつであるに過ぎないんですよね。
ネット上に数多あるWebページから、Yahoo!ニュースが一体どんな手法と選定基準でもって私のブログ記事にリンクを貼ることを決定したのか、こうなるとその選定過程が知りたいところです。

ところでシネコンといえば、今年の1月に映画料金を値下げすると発表していたTOHOシネマズが、同方針で試験的に運用していた映画館の客入りが不振だったことから、来春からの全国値下げ方針を撤回してしまったそうですね↓

http://megalodon.jp/2011-1106-0120-27/sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111103/ent11110312330004-n1.htm
>  シネコン最大手のTOHOシネマズ(東京)は、来春から全国で実施することを検討していた映画の一般入場料の値下げを取りやめると発表した。シニア料金など従来の割引制度を継続させた方が、より多くの集客を見込めると判断した。
>
>  同社によると、観客数の伸び悩みを解消しようと、一般入場料1800円を1500円に、高校生1500円を1000円に引き下げる方針を決め、3月から7県のシネコン7施設で試験的に実施。その結果、
入場者数は全国平均と比べて約5%減少し、逆効果となった。
>
>  試験実施した7施設では、
60歳以上は1000円とするシニア料金や、毎週水曜日は女性1000円とする「レディースデイ」など従来の割引を取りやめるなどしたため、シニアや女性の映画ファンが他の劇場へ流れたとみられる。高校生1000円は好評だったという。
>
>  7施設では12月から、一般入場料を1800円に戻し、シニア料金などの割引料金も復活させる。ただし高校生1000円と、入会費500円を支払えば常時1300円となる「シネマイレージ会員」料金は継続。反応を見て他の施設での導入も検討する。

そりゃ通常料金が1500円に割引されるよりも、1000円で観賞できるレディースディ&シニア料金、1200円で観賞可能なレイトショー割引などの方が料金的には安いわけですからねぇ。
「映画は映画館で観賞する」という映画マニアな人間であればあるほど、より割安な料金で映画を観賞するテクニックも心得ているわけですし。
かくいう私も、レイトショー料金には何度もお世話になっていて、これが無くなったら困るなぁとは漠然とながら考えていたクチです。
いっそのこと、通常料金を1500円に割引した上で既存サービスも全て残す、という選択肢はなかったのかとは思わなくもないのですが、さすがにそれでは採算割れしてしまいますかねぇ(-_-;;)。
上映前時間に放映されているCM枠をもっと増やしてその方面から収益を得るとか、別の穴埋め策を考える必要はもちろんあるとは思いますが、そちらの方がより現実的だったのではないかと。

映画「ミッション:8ミニッツ」感想

ファイル 457-1.jpg

映画「ミッション:8ミニッツ」観に行ってきました。
シカゴユニオン駅行の列車で発生した爆破テロ事件の犯人を、犠牲者が死亡する8分前の意識に潜り込んで探し出すSFサスペンス。

ストーリーは、主人公コルター・スティーヴンスがシカゴユニオン駅行きの列車の中で目覚めるところから始まります。
向かいの席には女性が座っており、自分に対して親しげに話しかけてきます。
しかしスティーヴンスは、自分のことを「ショーン」と呼ぶその女性に全く見覚えがなく、それどころか自分が何故ここにいるのかすらも理解できないのでした。
当人が主張するところによれば、彼はアメリカ軍人としてアフガンに派遣され任務に従事していたはずだったとのこと。
あまりにも意味不明な反応と、自分が置かれている状況が全く理解できず混乱しまくるスティーヴンスを尻目に、通りすがりの通行人は手に持ったコーヒーをこぼしてスティーヴンスの靴にぶっかけ、車掌は切符の確認を行い、そして列車は終点ひとつ手前のグレンブルック駅に到着します。
停車したグレンブルック駅でひとしきり乗降する客達の様子が映し出された後、列車は終点であるシカゴユニオン駅へ向け発車。
その中で混乱極まったスティーヴンスは、列車のトイレに駆け込み鏡を覗き込むのですが、そこに映し出されていたのは何と自分ではなく、これまた見知らぬ男の顔だったのです。
さらに所持していた身分証明書を見ると、そこには自分ではなく「ショーン・フェントレス」「教師」という文字が。
茫然自失状態でトイレから出てきたスティーヴンスを、先ほど向かいの席に座っていた女性が心配して話しかけてきます。
スティーヴンスは女性と口論状態になってしまうのですが、その最中、乗車している列車が対向してきた貨物列車とすれ違います。
その瞬間、全く突然に爆風がスティーヴンスと女性、さらには列車全体に襲い掛かり、火に包まれた列車は貨物列車をも巻き込み、さらには高架橋から脱線し落下してしまうのでした。

しかし大爆発に巻き込まれた次の瞬間、スティーヴンスは暗いコックピットの中で目を覚まします。
立て続けに発生するおかしな事象にスティーヴンスは混乱するばかりですが、コックピットの中にあるスクリーンに女性が表示されます。
彼女は空軍大尉コリーン・グッドウィンと名乗り、列車の状況を確認してきますが、混乱しているスティーヴンスにマトモな返答ができるわけもありません。
仕方なくグッドウィンは状況を説明するのですが、それによれば彼は「包囲された城」と呼ばれる実験施設で、シカゴで午前7時48分に起こった列車爆破テロ事件の犯人を捜す任務が与えられているとのこと。
「包囲された城」では、特殊なソースコードプログラムを駆使して事件の犠牲者となった人間の記憶から8分前の世界を仮想再現し、そこにスティーヴンスを送り込んで事件の犯人を捜させようとしていたのでした。
彼が選ばれたのは、スティーヴンスはシステムを動かしているソースコードと相性が良かったからだとのこと。
何とか自分がやらなければならないことを理解した主人公ですが、しかし自分が何故ここにいるのかについては全く謎のまま。
そして当然のごとく犯人など見つけられていない主人公は、再び「包囲された城」によって爆破事件8分前に飛ばされてしまうのでした。
目覚めた直後に自分に話しかけてくる女性。
コーヒーをこぼして自分の靴にかけてくる通りすがりの通行人。
そして切符を確認してくる車掌。
先ほどと全く同じ光景が繰り返される中、今度は先ほどとは全く別の行動に打って出るスティーヴンス。
8分しかない上に手がかりもないために何度も「爆破に巻き込まれ再ダイブ」を繰り返しながら、スティーヴンスは少しずつ事件の核心に迫っていくのですが……。

映画「ミッション:8ミニッツ」では、事件8分前に飛ばされる描写が何度も繰り返されながらも、「これはタイムトラベルではない」とされています。
主人公が飛ばされるのは、あくまでも「事件の犠牲者(おそらくは「本物の」ショーン・フェントレス)の頭の中に残されていた生涯最後の8分間の記憶だか意識だかを元に構築された仮想空間」であり、現実の世界とは繋がりのない世界であるとの説明が、システム製作者のラトリッジ博士によって行われています。
つまり、「(主人公が)飛ばされた仮想空間」でどんな歴史改変的な行動を起こしたとしても、【飛ばし元の世界】で過去に起こった結果を変えることはできないのです。
実際、物語中盤で主人公は、向かいの席に座っていた女性クリスティーナ・ウォーレンを列車爆発の前にグレンブルック駅で降ろし難を逃れさせるのですが、戻ってきた世界における「クリスティーナ・ウォーレンの死」という過去の結果は不動のままでした。
ただし、主人公が飛ばされるまでの仮想世界の過去は【飛ばし元の世界の過去】と全く同じなので、そこで得られた情報を元に【飛ばし元の世界】で行動すれば【飛ばし元の世界】の未来を変えることが可能なのです。
列車爆破事件を起こした犯人は、列車爆破に続くテロ事件を画策していたため、そこで犯人が分かればテロ事件を未然に防ぎ、【飛ばし元の世界】の犯人を捕まえることもできるという按配です。
ラトリッジ博士も「未来を救えるプログラム」と豪語していましたが、まさにその通りのシステムと言えますね。

また、主人公であるコルター・スティーヴンスは、犯人探索と並行して自分の父親と何とか連絡を取ろうとし、さらに「包囲された城」がどこの所属なのかを突き止めようとします。
ところがその結果判明したのは、自分が列車爆破事件の2ヶ月前にアフガンで戦死していて、父親がその遺族としてTV出演するという驚愕の事実だったのです。
「飛ばし元の世界」に戻ったスティーヴンスがグッドウィンを問い詰めると、彼の本当の肉体は既に脳死状態で生命維持装置に繋がれており、ただ精神だけが「包囲された城」に投影されているだけの存在になっているとのこと。
物語終盤で彼の肉体が映し出されるのですが、下半身がなく上半身だけコードに繋がれて不気味に動いている状態でした。
もう生き返れる余地もないと知った時のスティーヴンスの絶望ぶりは如何ばかりだったことでしょうか。
さらにシステムの製作者たるラトリッジ博士も、成功すれば自分の功績になるわけですから、ここぞとばかりに何度もスティーヴンスを8分前の世界へのダイブを強制する始末です。
死後までこき使われ続けるスティーヴンスの苦痛と屈辱は想像を絶するものがあったでしょうね。
ついにスティーヴンスは「ミッションを成功したら俺の生命維持装置を切ってくれ」と主張するところまで心理的に追い詰められてしまいます。
結局彼は犯人を突き止めることに成功し、名前と犯人のクルマの車種とナンバーを入手することに成功するのですが、アレまでに一体何回ダイブしていたのやら。
挙句にラトリッジ博士は、実験の成功を受けてスティーヴンスとの約束を反故にし、記憶を消去することでシステムの再利用に活用しようとする始末ですし、あの博士もなかなかの外道っぷりを発揮していますね(苦笑)。

映画「ミッション:8ミニッツ」は、その世界観を理解するのに多少頭を使う必要が出てくる作品と言えます。
序盤でラトリッジ博士がシステムについて行っていた説明を一部引っくり返した感のあるラストも、結構考えさせられるものがありましたし。
SFやサスペンス系の作品が好きという方には文句なしにオススメの映画と言えるのではないかと。

映画「インディペンデンス・ディ」の続編製作企画

1996年公開映画「インディペンデンス・ディ」の続編を、アメリカの映画会社である20世紀フォックスが企画しているとのことです。

http://megalodon.jp/2011-1030-1131-45/www.cinematoday.jp/page/N0036552
>  1996年に公開され、世界中で大ヒットを記録したウィル・スミス主演の映画『インデペンデンス・デイ』のシリーズ第2作・第3作の製作を米20世紀フォックスが企画していることが明らかになった。だが、ウィルが出演するかどうかは未定であり、最悪の場合、ウィル抜きで製作が進むことも考えられるという。
>
>  映画『インデペンデンス・デイ』は、宇宙からの侵略者との戦いを圧倒的なビジュアルで描いたSFパニック・ムービー。映画『ユニバーサル・ソルジャー』『スターゲイト』などで着実にキャリアを積み重ねてきていたローランド・エメリッヒ監督が、『バッドボーイズ』のウィル・スミスを主演に迎えて制作した作品だ。この映画の後、エメリッヒ監督は『GODZILLA ゴジラ』『パトリオット』などの大作・話題作を立て続けに手掛け、ウィルも『メン・イン・ブラック』『ALI アリ』といった代表作に恵まれるなど、二人をハリウッドを代表する監督・俳優に押し上げるきっかけとなった作品ともいえる。
>
>  エンターテインメント情報サイトVultureによると、米20世紀フォックスは、そんな本作のシリーズ化を企画。
すでに3部作構成になることは決定しており、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのような、第2作と第3作がつながりを持ったストーリーになるとのこと。だが一方で、エメリッヒ監督とウィルの参加は今のところ未定。これは金銭面などの交渉が難航しているためで、早く製作に取り掛かりたい同社は、最悪の場合、ウィル抜きで製作を開始することも視野に入れているという。
>
>  だが、近年ウィルが出演している映画は軒並みヒットを記録しており、その経済効果はスタジオもよく知るところ。それに何より、第1作で主演を務めたウィルが続編に出演しないとなれば落胆するファンも多いはず。シリーズが成功するかどうかは、ウィルにかかっているといっても過言ではなさそうだ。(編集部・福田麗)

映画「インディペンデンス・ディ」と言えば、作中の大統領演説でアメリカを持ち上げる発言が披露されていたことから「アメリカ万歳映画」の代表格として有名な作品です。
のみならず、ハリウッド映画というジャンルそのものまでもが「アメリカ万歳ばかり」などという見当ハズレな揶揄をされるきっかけになった作品でもあったりします。
我らが田中芳樹御大も、この映画をネタにハリウッド映画やアメリカ人を嘲笑していると公言したりしていますし↓

イギリス病のすすめ・文庫版 P185~P186
<田中:
 政権交代があることを当然と思ってるところと、現実にないところではね、意識が全然違う。
ぼくは映画の「インディペンデンス・デイ」に見られるようなアメリカ人のセンスをなにかと言うと笑い話のネタにしてるけども……。(笑)
土屋:
 うん、ぼくもそうだから。(笑)
田中:
 でもまあ、アメリカ人の政治感覚というのもひところけっこうバランスが取れてるって言われてたんだ。共和党の大統領に二期八年やらせたら次は民主党に八年、というのがずーっと続いて……それが崩れたのが、あのレーガン、ブッシュと続いたころからでね。とりあえず二期八年、ここらへんが政治のバイタリティを維持する限界だ、というような知恵がやっぱりあるんだと思うんですよ。>

映画「インディペンデンス・ディ」が「アメリカ人のセンス」を代表する映画だなんて、当のアメリカ人が聞いても驚くのではないでしょうかねぇ(苦笑)。
映画を製作したローランド・エメリッヒ監督のセンス、というならばまだ妥当かもしれませんが。
以前にも書いたことがありますが、ハリウッド作品は「アメリカ万歳映画」よりも「アメリカの政府や社会を風刺したり批判したりする映画」の方が数的にはむしろ多いくらいなのですけどね。

まあもちろん、映画「インディペンデンス・ディ」に限定すれば、ハリウッド映画そのものの評価にまで影響を及ぼしたほどの「アメリカ万歳映画」であろうことは、私も認めざるをえないところです。
その続編となれば、やはり大統領がアメリカを持ち上げまくって民衆が歓声の雄叫びを上げる「アメリカ万歳映画」の性格をも受け継ぐことになるのでしょうか?
「インディペンデンス・ディ」は、話のスケールがとにかく大きく、迫力ある演出は良く出来ていた作品だっただけに、その部分は是非受け継いで欲しいところではあるのですけどね。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」感想

ファイル 455-1.jpg

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」観に行ってきました。
アレクサンドル・デュマ原作小説「三銃士」をベースにしつつ、飛行船をはじめとする妙に近代的な兵器が多数登場するなど、全く新しいオリジナルストーリーが繰り広げられる冒険活劇作品。
2D版/3D版同時公開の今作ですが、2D版は残念ながら都合により時間が合わず、結局3D版で観賞する羽目と相成りました(T_T)。
個人的に「三銃士」と言えば、かつてNHKで放映されていた「アニメ三銃士」の印象が強いですね。
アレ以外で観る「三銃士」というのは、実は今作が初めてだったりしますし(^^;;)。

物語最初の舞台はイタリアのヴェネチア。
夜のヴェネチアの街で、三銃士の名で知られるアトス・ポルトス・アラミスが、それぞれの個性に応じた方法でとある鍵を入手するところから始まります。
三銃士のリーダー格であるアトスには恋人らしき女性ミレディ・ド・ウィンターが同伴しており、三銃士の任務に協力しています。
三銃士達とミレディは、とある建物で入手した3つの鍵を使い、床に隠されていた地下へと続く秘密の階段を開きます。
そして、通路に仕込まれていた罠をかいぐぐった一行は、通路の奥の部屋を漁りまくった末、ある図面を発見して歓声を上げます。
それはダ・ヴィンチが設計したという飛行船の設計図で、一行はこれの奪取を目的に、フランスからはるばるヴェネチアまでやってきていたのでした。
侵入者の存在に気づいた追っ手からも何とか逃れた一行は4人で祝杯を挙げるのですが、ここでミレディが三銃士達を裏切ります。
ミレディは、三銃士達のグラスに麻痺?毒を仕込み、彼らを行動不能状態にしてしまったのです。
それに乗じてどこからともなく姿を現したのは、ミレディと取引をして裏切らせたイギリスのバッキンガム公爵。
彼はミレディの毒にやられた三銃士達を嘲笑しながらも生命までは奪わず、アトスの手から飛行船の設計図を奪い去っていくのでした。

それから1年後。
ガスコーニュの片田舎から、ひとりの青年がフランスの王都パリへとやってきました。
彼の名はダルタニアン。
元銃士だったという父親に倣い、自らも銃士になる夢を抱いてパリへと上京してきたのです。
しかし、パリについて早々、彼はいきなりトラブルに巻き込まれます。
通りかかった酒場で馬を世話していた際、たまたまその場に居合わせていたリシュリュー枢機卿の腹心であるロシュフォールとその取り巻き達が、ダルタニアンと馬を馬鹿にし始めたのです。
これに激怒したダルタニアンはロシュフォールに決闘を挑むのですが、ロシュフォールは隠し持っていた短銃でダルタニアンを撃ち、あっさりダウンさせてしまいます。
ここぞとばかりにダルタニアンにトドメを刺そうとしたロシュフォールでしたが、そこへ馬車が通りかかり、ロシュフォールを制止します。
馬車に乗っていたのは、1年前にヴェネチアで三銃士達を裏切った「あの」ミレディ。
ロシュフォール達は剣を収め、ミレディと共にその場を去っていくのでした。
その屈辱が忘れられないダルタニアンでしたが、その後パリの街を歩いていた際に早くもロシュフォールの姿を目撃します。
すぐさま先日の雪辱を晴らさんと追跡を開始するダルタニアンでしたが、その直後にたまたまその場に居合わせていた三銃士のリーダー・アトスとぶつかってしまいます。
2人は口論の末、とある広場で12時に決闘をすることでとりあえず話をつけ一旦別れます。
しかし再びロシュフォールを追いかけ始めたダルタニアンは、その後も引き続きポルトスとアラミスともイザコザを起こす羽目になり、同じ広場にそれぞれ1時と2時に決闘を行うと宣言することになります。
そして約束の12時、決闘をするために広場に集まったダルタニアンと三銃士達は、しかしそこでロシュフォールの部下が率いる衛兵部隊40人に包囲されてしまい……。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」では、映画「バイオハザード」シリーズで主人公を演じたミラ・ジョヴォヴィッチが悪女ミレディ役で登場します。
物語の序盤から中盤にかけて、彼女は主人公ダルタニアン&三銃士達を遥かに凌駕する活躍で存在感をアピールしていました。
また、その活躍の仕方やアクション系の描写も、他ならぬ「バイオハザード」でミラ・ジョヴォヴィッチ自身が演じた主人公アリスを彷彿とさせるものがありました。
序盤の隠し通路の罠をかいくぐるシーンや、王妃の首飾りを奪う辺りの描写などは、まさに「バイオハザード」そのものでしたし。
映画の宣伝でも「バイオハザードの監督が手掛けた……」というのが謳い文句になっていましたし、狙ってやった側面もあったのでしょうけどね。

今作における見所は、やはり何と言ってもミラ・ジョヴォヴィッチのミレディと、クリストフ・ヴァルツが演じたリシュリュー枢機卿でしょうね。
様々な権謀術数を巡らすこの2人は「悪役」としての貫禄がたっぷりにじみ出ていて、他の登場人物と比べて存在感が際立っていました。
逆に主人公のダルタニアンとバッキンガム公爵は、それぞれ主人公と悪役という重要な役柄を担っているにもかかわらず、活躍度も出番も今ひとつだった印象が多々あります。
2人共、作中の言動からはナンパ師的かつ軽薄なイメージが前面に出すぎていて「良家のお坊ちゃん」的なイメージがどうにも否めないんですよね。
コンスタンス相手に正真正銘の3流ナンパ師ぶりを披露しているダルタニアンはともかく、バッキンガム公爵はリシュリュー枢機卿やミレディと互角に渡り合っている人物であるはずなのに、それでも「軽い」印象が常に付き纏うというか……。
この2人、今作では一種の「顔見せ興行」程度の役回りしか担っていなかったのではないかと思えてなりませんね。
ラストの描写を見ても、予算と人気が許す限りにおいて続編が製作されるであろうことは確実ですし、彼ら2人は続編における活躍と成長でその真価を発揮することになるのでしょうか。

あと、物語後半における重要アイテムとなる「王妃の首飾り」ですが、アレってわざわざバッキンガム公爵やミレディ、それにリシュリュー枢機卿の部下達があそこまで必死に守らなければならないシロモノだったのでしょうか?
ルイ13世に不倫疑惑をかけられた王妃や、コンスタンスを介した王妃の依頼でそれを取り戻さんとするダルタニアン&三銃士達には、確かに「王妃の首飾り」を奪還しなければならない理由もあるでしょう。
しかし、それを迎撃する側にしてみれば、最悪でも「王妃の首飾り」が王妃側の手に渡りさえしなければ、それで自分達の勝利条件を充分に達成することができるわけです。
となれば迎撃側としては、「王妃の首飾り」をどこか誰の目にも届かず探索すらも不可能な場所、たとえば大西洋のど真ん中にでも捨ててしまった方が、どんなに厳重な警戒態勢を布くよりもはるかに安全確実だったのではないかと。
あるいは、「王妃の首飾り」を跡形も無く徹底的に破壊・粉砕してしまっても良いでしょう。
そうすれば王妃側は、その時点で「王妃の首飾り」の奪還自体を不可能にされてしまい、陰謀は誰にも止められなくなるのですから。
迎撃側にとって「王妃の首飾り」自体の存在価値は全くと言って良いほどないわけですから、そういう選択肢を取ることも十分に可能だったはずなのですけどね。
何故わざわざ「奪回してくれ」と言わんばかりに余計なリスクを抱えようとするのか、正直理解に苦しむものがあったのですが……。

ラストでバッキンガム公爵が率いていた海と空の大艦隊を見る限り、続編ではイギリスとフランスの全面戦争にでもなりそうな雰囲気でしたが、続編が出るとしたらどんなストーリーが展開されるのか、気になるところではありますね。

盗作疑惑で提訴された映画「エクスペンダブルズ」

映画「エクスペンダブルズ」に盗作疑惑が発生しました。
脚本家のマーカス・ウェブ氏が、自身で執筆した「ザ・コブラ・ケーパー」と「エクスペンダブルズ」の内容が著しく酷似していることから、「エクスペンダブルズ」の製作会社および製作関係者をマンハッタン連邦地裁に提訴したのだそうで↓

http://megalodon.jp/2011-1027-1751-46/woman.infoseek.co.jp/news/celebrity/story.html?q=hollywood_27Oct2011_20713
> シルヴェスター・スタローンが監督を務めた映画『エクスペンダブルズ』(10)を巡り、ある脚本家がシルヴェスターを訴えていることが明らかになった。
> 同作は、シルヴェスター扮するバーニー・ロスが率いる傭兵部隊「エクスペンダブルズ」が、ある小国の独裁者であるガルザ将軍の軍事政権を壊滅させる依頼を受ける内容になっている。
> その同作に対し、脚本家のマーカス・ウェブ氏が、すでに2006年に米国著作権局に登録されている、独裁者ガルザ将軍を打ち負かすために雇われた傭兵一団を描いた自身の短編映画の脚本の盗作であるとして訴えている。
> 今週、マンハッタン連邦地裁に提訴したウェブ氏は、
『エクスペンダブルズ』の脚本は自身の執筆した『ザ・コブラ・ケーパー』に著しく似ており、全く同じ部分もあることを申し立てているという。
> ウェブ氏は損害賠償と、シルヴェスターと脚本を共同執筆したデイヴ・カラーハン氏、製作会社のミレニアム・フィルムズ(ニュー・イメージ)社、そしてライオンズゲート社に対し、今後の権利侵害を禁止する裁判所命令を求めている。
> この裁判によって、来年8月17日に全米公開が予定されている続編の『エクスペンダブルズ2』(原題)にも何らかの影響が出る可能性もある。この続編にはアーノルド・シュワルツェネッガーやブルース・ウィリス、ジョン・トラボルタらが出演するといわれている。
ウェブ氏の主張が裁判で認められると、今後この豪華な出演陣が見られなくなるかもしれない。【大芝 エリナ】

実際に盗作なのかどうかについては、「ザ・コブラ・ケーパー」の脚本内容を見て作品同士を比較してみないと何とも言い難いところですね。
そもそも、映画「エクスペンダブルズ」って去年公開(アメリカでは8月、日本では10月)のはずなのに、何故公開から1年以上も経って今更訴えているのかという疑問もありますし。
まあ、著者が今まで「エクスペンダブルズ」に無関心だったのが、最近たまたま接する機会があって観賞したら盗作が発覚した、ということなのかもしれませんが。
「エクスペンダブルズ」は既に続編製作も決定し2012年8月の全米公開も発表されているのですが、この裁判の行方次第では続編の動向にも少なからぬ影響が出るのは必至です。
前作はそれなりに楽しめただけに、続編も劇場公開を果たして欲しいところではあるのですが……。

ただ、個人的には「盗作」というと、4年前から盗作評論家として勇名を轟かせている「と学会」の某P&Gテンテーのことを想起せずにはいられませんね(苦笑)。
まさかシルヴェスター・スタローンを始めとする製作関係者や製作会社がアレほどまでの失態を演じるとは思えないし、思いたくないところではあるのですが、盗作の真偽がどうあれ、何とか穏便かつ円満に解決して欲しいところではありますね。

映画「カウボーイ&エイリアン」感想

ファイル 451-1.jpg

映画「カウボーイ&エイリアン」観に行ってきました。
1873年のアメリカ・アリゾナ州を舞台に繰り広げられる、カウボーイ・ならず者・インディアンの連合軍とエイリアン達との戦いを描いた、ダニエル・クレイグ&ハリソン・フォード主演の作品。

物語は、荒野のど真ん中でひとりの男が飛び起きるところから始まります。
男は記憶を失っており、右前腹には謎の傷、さらに左腕には何やら得体の知れない銀の腕輪が装着されており、男が何をやっても外すことができません。
そんな男の元へ、馬に乗った3人の男が近づいてきます。
アブソリューションの町に向かっているという3人の男達は、腕輪の男に対し非友好的な態度で接した上に銃を向けてきます。
しかし腕輪の男は彼らをあっさりと返り討ちにしてしまい、逆に彼らの身包みを剥いでカウボーイ的な身なりを整えた腕輪の男は、3人の男達が向かう予定だったアブソリューションの町へと向かうことになります。

町に入った腕輪の男は、町を牛耳っているカーネル・ウッドロー・ダラーバイドの息子であるパーシー・ダラーバイドと酒場のマスター・ドクとの諍いに巻き込まれます。
父親の権威を振り回して酒場の料金を踏み倒そうとした挙句、ドクへの見舞金と称して町の住民からカツアゲをしようとするパーシー。
この三下同然のカツアゲ行為は腕輪の男にも及ぶのですが、腕輪の男はパーシーに痛烈な一撃を与えてダウンさせます。
怒り狂ったパーシーは腕輪の男に銃を向け発砲するのですが、その際手元が狂ってしまい、銃弾は腕輪の男ではなく、たまたまその場に居合わせていた保安官補に命中。
保安官を撃ったという罪により、パーシーは保安官によってブタ箱に収監されてしまいます。
その後、腕輪の男は酒場に入り、ウィスキーを注文するのですが、そこに近づいてくる女がひとり。
エラと名乗った彼女は、腕輪の男が記憶喪失であることを最初から知っているかのような口ぶりを披露し、男について何か知っているかのような言動を披露します。
不審を抱いた腕輪の男ですが、そこへパーシーを収監した保安官達が酒場に入り、何やら物々しい雰囲気で腕輪の男に同行を求めてきます。
保安官によると、腕輪の男の正体は、駅馬車を襲撃して強盗・殺人等の容疑で指名手配されているジェイク・ロネガンという人物だとのこと。
捕まってたまるかとばかりに、腕輪の男改めジェイク・ロネガンは保安官達相手にまたもや大立ち回りを披露するのですが、エラに側頭部を強打され昏倒、めでたく彼もブタ箱に収監されてしまうのでした。

そしてその日の夜、別の町で裁判を受けるためなのか、鎖に繋がれた状態で馬車に乗せられたパーシーとジェイク。
そこへ、町の支配者であるカーネル・ウッドロー・ダラーバイドが、息子を取り戻さんと手下を率いて押しよせ、息子の返還を保安官に要求します。
両者まさに一触即発の雰囲気となったまさにその時、突如空から謎の飛行物体が現れ、町全体に無差別攻撃を開始してきたのです。
突然奇襲された上、空を自由に飛びまわる飛行物体に、町の人達は全く対抗する術がありません。
謎の飛行物体に次々と捕獲されていく町の人達。
そんな中、混乱のドサクサに紛れ馬車から脱出したジェイクは、自分に迫り来る飛行物体に対し、銀の腕輪が装着された左手を掲げます。
すると、その銀の腕輪から強力な光と衝撃波が発せられ、それに命中した飛行物体は無様に墜落してしまうのでした。
残った町の住民の目が飛行物体に集中する中、その近くの家屋で上がる悲鳴。
その家屋からは見たこともない足跡がどこかへ続いており、その先に謎の飛行物体の根拠地があるのではないかと推察されました。
自身も息子パーシーを謎の飛行物体に拉致されてしまったカーネル・ウッドロー・ダラーバイドは、囚われた人々を救うべく、自らを長とする調査隊を結成するのですが……。

映画「カウボーイ&エイリアン」に登場するエイリアン達は、他作品に登場するエイリアン達と比較するとかなり弱い印象が否めませんね。
たとえば映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」に登場するエイリアンは、ちゃんと急所に当てないと重火器の集中砲火を浴びてもピンピンしていますし、映画「スカイライン-征服-」では自由に空を飛べる上に桁外れの生命力を持つエイリアンが登場します。
これに対し、今作に登場するエイリアン達は、身体的には人間より大きくかつ素早い&力もあるものの、19世紀レベルの片手拳銃や弓矢程度の武器で倒すことが可能だったりします。
物語後半では、10歳程度の少年が突き出したナイフで殺されてしまったエイリアンもいましたし。
エイリアン達が操縦しているらしい飛行物体については、さすがに主人公の銀の腕輪以外に対抗手段がないようなのですが、やはり全体的には「19世紀の人間社会」に対応する形でエイリアン達のレベルが下がっているとしか言いようがないですね。
まあそうしないと、作中のカウボーイやインディアン達がエイリアンに勝利どころかマトモに対抗すらできないのですから、作品構成的には当然の措置ではあるのですが。
他作品に登場するレベルのエイリアンが相手だったら、空を飛ぶ手段すらない19世紀レベルの人間社会では、既に戦う前から敗北しているようなものですからねぇ。

一方、主人公が持つ銀の腕輪の破壊力はとにかく凄まじく、またエイリアンのみならず対人間についても有効な武器として機能しています。
弾数制限がない上、人間もエイリアンも飛行物体もただの一撃でそれも百発百中で破壊できる上、特に人間相手の場合は「武器と判断されない」という強みもあります。
作中で主人公達がならず者達に包囲された際も、拳銃を押収し安心しきっていたならず者集団に対し多大な力を発揮していましたし。
ただ、そこまで強力な武器であれば当然エイリアン達も多用しているのではないかと考えていたのですが、物語終盤のエイリアンとの決戦でも、その手の武器をエイリアン達があまり使用していなかった印象がありますね。
確かに一部のエイリアン達は重火器を使っていましたが、カウボーイやインディアン達が戦いを挑んだエイリアン達の大半は素手で戦っていたりします。
エイリアン達が人間達を舐めきっていたことと、航空戦力に依存しきっていたのにそれを奇襲で封じられたこと、その手の武器が元々少数しかなかったらしいことがどうも原因ではあるようなのですが。
作中のエイリアン達はただ1隻の宇宙船しか持っていなかったようでしたし、エイリアン側も「国(に相当する勢力)を挙げて」というよりは「中小企業(に相当する組織)レベル」の集団だったのではないかと。
だからこそ、人間達にも反撃の余地があったのでしょう。

また、今作におけるエイリアン達が地球にやって来たのは「金(きん)」の獲得が目的だったのだとか。
彼らは金鉱脈を発見し採掘していたのみならず、何らかの貴金属を身につけている人間達からも金を収奪するために拉致していたようで。
記憶を失う前の主人公も、馬車を襲撃して金貨を手に入れたことが災いしてエイリアン達に拉致されていたという経歴が作中で披露されていますし、他にも拉致した人間から取り上げたらしい金属時計の類が、採掘されている金と一緒に多数転がっている描写があったりします。
この辺りは、「水の収奪」を目的としていた映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」登場のエイリアン達と傾向が似ていますね。
今年はエイリアン映画の当たり年ということもあり、私も複数のエイリアン映画を観に行っているのですけど、エイリアンにも色々な個性があるものなのですねぇ。
まあ当たり前ではあるのでしょうけど。

西部劇とエイリアン物が融合した作品ではありますが、どちらかと言えば西部劇的な要素や人間ドラマの方が出来は良いですね。
エイリアン系は、作品単独としてはともかく、やはり他の作品と比較すると地味かつ規模が小さな印象を受けますし。
西部劇系が好きな人には文句なくオススメ、といったところでしょうか。

「反日」を「青春」と言い換える映画「アジアの純真」

ファイル 448-1.jpg

2011年10月15日より「アジアの純真」なる映画が劇場公開されています。
何でも、北朝鮮による日本人拉致事件が公になった2002年の日本を舞台に、日本人のチンピラに姉を殺された在日朝鮮人の少女と日本人の高校生が、旧日本軍の毒ガスを武器に復讐の旅に出るというストーリーなのだそうで↓

シネマトゥデイの映画紹介
http://megalodon.jp/2011-1016-2011-58/www.cinematoday.jp/page/N0036153
「アジアの純真」公式サイト
http://www.dogsugar.co.jp/pureasia

目撃者がいる目の前で人を殺しておきながら目撃者の始末すらしないチンピラとか、立派な殺人事件なのに全く動かない警察とか、60年以上経過しても保存状態良好の毒ガスが無造作に置かれているとか、公式サイトの予告編やストーリー紹介を見ただけでも凄まじいレベルでツッコミどころ満載の映画としか言いようがないですね。
しかも、件の少年少女が復讐のターゲットに選んだのが、何と件のチンピラとは全く無関係の北朝鮮拉致被害者家族の会というのですから、とんだ八つ当たり&被害妄想もいいところです↓

http://www.cyzo.com/2011/10/post_8779.html

こんなのが「アジアの純真」だというのですから、もう笑うしかないと言うか……。

さらにこの映画、公式サイトの紹介動画を見る限りでは演出と描写にも多大な問題があって、何と最初から最後まで全てカラー無しの「白黒映画」なんですよね。
公式サイトでも「白黒の奇跡」などと絶賛しているようなのですが、今のこの時代に白黒映画って、それだけで観客の大多数は敬遠せざるをえないでしょうに。
この辺り、「臨場感ある描写を撮る」という目的から、上下左右ブレブレな酔っ払い映像を提供して大顰蹙を買った映画「クローバーフィールド/HAKAISHA」と同じ種類の腐臭を感じずにはいられませんね。
半世紀前に公開していればヒットしたかもしれませんが、今の御時世と映像技術でこれがブレイクするとはとてもとても……。

最初から「笑いのネタ」として割り切って観る分にはさぞかし愉快な映画なのかもしれませんが、貴重なカネと時間を浪費してまで観るべきものなのかどうか微妙ですね。
まあ、全国的に見ても大都市5箇所の映画館でしか上映されないのでは、私のような地方の人間が観賞する機会はまずないでしょうけど。

ページ移動

ユーティリティ

2024年11月

- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ページ

  • ページが登録されていません。

新着画像

新着トラックバック

Re:デスクトップパソコンの買い換え戦略 ハードウェア編
2024/11/19 from ヘッドレスト モニター 取り付け
Re:映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」感想
2014/11/27 from 黄昏のシネマハウス
Re:映画「プリンセストヨトミ」感想
2014/10/22 from とつぜんブログ
Re:映画「ひみつのアッコちゃん」感想
2014/10/19 from cinema-days 映画な日々
Re:映画「崖っぷちの男」感想
2014/10/13 from ピロEK脱オタ宣言!…ただし長期計画

Feed