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カテゴリー「洋画感想」の検索結果は以下のとおりです。

映画「ミッション:8ミニッツ」感想

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映画「ミッション:8ミニッツ」観に行ってきました。
シカゴユニオン駅行の列車で発生した爆破テロ事件の犯人を、犠牲者が死亡する8分前の意識に潜り込んで探し出すSFサスペンス。

ストーリーは、主人公コルター・スティーヴンスがシカゴユニオン駅行きの列車の中で目覚めるところから始まります。
向かいの席には女性が座っており、自分に対して親しげに話しかけてきます。
しかしスティーヴンスは、自分のことを「ショーン」と呼ぶその女性に全く見覚えがなく、それどころか自分が何故ここにいるのかすらも理解できないのでした。
当人が主張するところによれば、彼はアメリカ軍人としてアフガンに派遣され任務に従事していたはずだったとのこと。
あまりにも意味不明な反応と、自分が置かれている状況が全く理解できず混乱しまくるスティーヴンスを尻目に、通りすがりの通行人は手に持ったコーヒーをこぼしてスティーヴンスの靴にぶっかけ、車掌は切符の確認を行い、そして列車は終点ひとつ手前のグレンブルック駅に到着します。
停車したグレンブルック駅でひとしきり乗降する客達の様子が映し出された後、列車は終点であるシカゴユニオン駅へ向け発車。
その中で混乱極まったスティーヴンスは、列車のトイレに駆け込み鏡を覗き込むのですが、そこに映し出されていたのは何と自分ではなく、これまた見知らぬ男の顔だったのです。
さらに所持していた身分証明書を見ると、そこには自分ではなく「ショーン・フェントレス」「教師」という文字が。
茫然自失状態でトイレから出てきたスティーヴンスを、先ほど向かいの席に座っていた女性が心配して話しかけてきます。
スティーヴンスは女性と口論状態になってしまうのですが、その最中、乗車している列車が対向してきた貨物列車とすれ違います。
その瞬間、全く突然に爆風がスティーヴンスと女性、さらには列車全体に襲い掛かり、火に包まれた列車は貨物列車をも巻き込み、さらには高架橋から脱線し落下してしまうのでした。

しかし大爆発に巻き込まれた次の瞬間、スティーヴンスは暗いコックピットの中で目を覚まします。
立て続けに発生するおかしな事象にスティーヴンスは混乱するばかりですが、コックピットの中にあるスクリーンに女性が表示されます。
彼女は空軍大尉コリーン・グッドウィンと名乗り、列車の状況を確認してきますが、混乱しているスティーヴンスにマトモな返答ができるわけもありません。
仕方なくグッドウィンは状況を説明するのですが、それによれば彼は「包囲された城」と呼ばれる実験施設で、シカゴで午前7時48分に起こった列車爆破テロ事件の犯人を捜す任務が与えられているとのこと。
「包囲された城」では、特殊なソースコードプログラムを駆使して事件の犠牲者となった人間の記憶から8分前の世界を仮想再現し、そこにスティーヴンスを送り込んで事件の犯人を捜させようとしていたのでした。
彼が選ばれたのは、スティーヴンスはシステムを動かしているソースコードと相性が良かったからだとのこと。
何とか自分がやらなければならないことを理解した主人公ですが、しかし自分が何故ここにいるのかについては全く謎のまま。
そして当然のごとく犯人など見つけられていない主人公は、再び「包囲された城」によって爆破事件8分前に飛ばされてしまうのでした。
目覚めた直後に自分に話しかけてくる女性。
コーヒーをこぼして自分の靴にかけてくる通りすがりの通行人。
そして切符を確認してくる車掌。
先ほどと全く同じ光景が繰り返される中、今度は先ほどとは全く別の行動に打って出るスティーヴンス。
8分しかない上に手がかりもないために何度も「爆破に巻き込まれ再ダイブ」を繰り返しながら、スティーヴンスは少しずつ事件の核心に迫っていくのですが……。

映画「ミッション:8ミニッツ」では、事件8分前に飛ばされる描写が何度も繰り返されながらも、「これはタイムトラベルではない」とされています。
主人公が飛ばされるのは、あくまでも「事件の犠牲者(おそらくは「本物の」ショーン・フェントレス)の頭の中に残されていた生涯最後の8分間の記憶だか意識だかを元に構築された仮想空間」であり、現実の世界とは繋がりのない世界であるとの説明が、システム製作者のラトリッジ博士によって行われています。
つまり、「(主人公が)飛ばされた仮想空間」でどんな歴史改変的な行動を起こしたとしても、【飛ばし元の世界】で過去に起こった結果を変えることはできないのです。
実際、物語中盤で主人公は、向かいの席に座っていた女性クリスティーナ・ウォーレンを列車爆発の前にグレンブルック駅で降ろし難を逃れさせるのですが、戻ってきた世界における「クリスティーナ・ウォーレンの死」という過去の結果は不動のままでした。
ただし、主人公が飛ばされるまでの仮想世界の過去は【飛ばし元の世界の過去】と全く同じなので、そこで得られた情報を元に【飛ばし元の世界】で行動すれば【飛ばし元の世界】の未来を変えることが可能なのです。
列車爆破事件を起こした犯人は、列車爆破に続くテロ事件を画策していたため、そこで犯人が分かればテロ事件を未然に防ぎ、【飛ばし元の世界】の犯人を捕まえることもできるという按配です。
ラトリッジ博士も「未来を救えるプログラム」と豪語していましたが、まさにその通りのシステムと言えますね。

また、主人公であるコルター・スティーヴンスは、犯人探索と並行して自分の父親と何とか連絡を取ろうとし、さらに「包囲された城」がどこの所属なのかを突き止めようとします。
ところがその結果判明したのは、自分が列車爆破事件の2ヶ月前にアフガンで戦死していて、父親がその遺族としてTV出演するという驚愕の事実だったのです。
「飛ばし元の世界」に戻ったスティーヴンスがグッドウィンを問い詰めると、彼の本当の肉体は既に脳死状態で生命維持装置に繋がれており、ただ精神だけが「包囲された城」に投影されているだけの存在になっているとのこと。
物語終盤で彼の肉体が映し出されるのですが、下半身がなく上半身だけコードに繋がれて不気味に動いている状態でした。
もう生き返れる余地もないと知った時のスティーヴンスの絶望ぶりは如何ばかりだったことでしょうか。
さらにシステムの製作者たるラトリッジ博士も、成功すれば自分の功績になるわけですから、ここぞとばかりに何度もスティーヴンスを8分前の世界へのダイブを強制する始末です。
死後までこき使われ続けるスティーヴンスの苦痛と屈辱は想像を絶するものがあったでしょうね。
ついにスティーヴンスは「ミッションを成功したら俺の生命維持装置を切ってくれ」と主張するところまで心理的に追い詰められてしまいます。
結局彼は犯人を突き止めることに成功し、名前と犯人のクルマの車種とナンバーを入手することに成功するのですが、アレまでに一体何回ダイブしていたのやら。
挙句にラトリッジ博士は、実験の成功を受けてスティーヴンスとの約束を反故にし、記憶を消去することでシステムの再利用に活用しようとする始末ですし、あの博士もなかなかの外道っぷりを発揮していますね(苦笑)。

映画「ミッション:8ミニッツ」は、その世界観を理解するのに多少頭を使う必要が出てくる作品と言えます。
序盤でラトリッジ博士がシステムについて行っていた説明を一部引っくり返した感のあるラストも、結構考えさせられるものがありましたし。
SFやサスペンス系の作品が好きという方には文句なしにオススメの映画と言えるのではないかと。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」感想

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映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」観に行ってきました。
アレクサンドル・デュマ原作小説「三銃士」をベースにしつつ、飛行船をはじめとする妙に近代的な兵器が多数登場するなど、全く新しいオリジナルストーリーが繰り広げられる冒険活劇作品。
2D版/3D版同時公開の今作ですが、2D版は残念ながら都合により時間が合わず、結局3D版で観賞する羽目と相成りました(T_T)。
個人的に「三銃士」と言えば、かつてNHKで放映されていた「アニメ三銃士」の印象が強いですね。
アレ以外で観る「三銃士」というのは、実は今作が初めてだったりしますし(^^;;)。

物語最初の舞台はイタリアのヴェネチア。
夜のヴェネチアの街で、三銃士の名で知られるアトス・ポルトス・アラミスが、それぞれの個性に応じた方法でとある鍵を入手するところから始まります。
三銃士のリーダー格であるアトスには恋人らしき女性ミレディ・ド・ウィンターが同伴しており、三銃士の任務に協力しています。
三銃士達とミレディは、とある建物で入手した3つの鍵を使い、床に隠されていた地下へと続く秘密の階段を開きます。
そして、通路に仕込まれていた罠をかいぐぐった一行は、通路の奥の部屋を漁りまくった末、ある図面を発見して歓声を上げます。
それはダ・ヴィンチが設計したという飛行船の設計図で、一行はこれの奪取を目的に、フランスからはるばるヴェネチアまでやってきていたのでした。
侵入者の存在に気づいた追っ手からも何とか逃れた一行は4人で祝杯を挙げるのですが、ここでミレディが三銃士達を裏切ります。
ミレディは、三銃士達のグラスに麻痺?毒を仕込み、彼らを行動不能状態にしてしまったのです。
それに乗じてどこからともなく姿を現したのは、ミレディと取引をして裏切らせたイギリスのバッキンガム公爵。
彼はミレディの毒にやられた三銃士達を嘲笑しながらも生命までは奪わず、アトスの手から飛行船の設計図を奪い去っていくのでした。

それから1年後。
ガスコーニュの片田舎から、ひとりの青年がフランスの王都パリへとやってきました。
彼の名はダルタニアン。
元銃士だったという父親に倣い、自らも銃士になる夢を抱いてパリへと上京してきたのです。
しかし、パリについて早々、彼はいきなりトラブルに巻き込まれます。
通りかかった酒場で馬を世話していた際、たまたまその場に居合わせていたリシュリュー枢機卿の腹心であるロシュフォールとその取り巻き達が、ダルタニアンと馬を馬鹿にし始めたのです。
これに激怒したダルタニアンはロシュフォールに決闘を挑むのですが、ロシュフォールは隠し持っていた短銃でダルタニアンを撃ち、あっさりダウンさせてしまいます。
ここぞとばかりにダルタニアンにトドメを刺そうとしたロシュフォールでしたが、そこへ馬車が通りかかり、ロシュフォールを制止します。
馬車に乗っていたのは、1年前にヴェネチアで三銃士達を裏切った「あの」ミレディ。
ロシュフォール達は剣を収め、ミレディと共にその場を去っていくのでした。
その屈辱が忘れられないダルタニアンでしたが、その後パリの街を歩いていた際に早くもロシュフォールの姿を目撃します。
すぐさま先日の雪辱を晴らさんと追跡を開始するダルタニアンでしたが、その直後にたまたまその場に居合わせていた三銃士のリーダー・アトスとぶつかってしまいます。
2人は口論の末、とある広場で12時に決闘をすることでとりあえず話をつけ一旦別れます。
しかし再びロシュフォールを追いかけ始めたダルタニアンは、その後も引き続きポルトスとアラミスともイザコザを起こす羽目になり、同じ広場にそれぞれ1時と2時に決闘を行うと宣言することになります。
そして約束の12時、決闘をするために広場に集まったダルタニアンと三銃士達は、しかしそこでロシュフォールの部下が率いる衛兵部隊40人に包囲されてしまい……。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」では、映画「バイオハザード」シリーズで主人公を演じたミラ・ジョヴォヴィッチが悪女ミレディ役で登場します。
物語の序盤から中盤にかけて、彼女は主人公ダルタニアン&三銃士達を遥かに凌駕する活躍で存在感をアピールしていました。
また、その活躍の仕方やアクション系の描写も、他ならぬ「バイオハザード」でミラ・ジョヴォヴィッチ自身が演じた主人公アリスを彷彿とさせるものがありました。
序盤の隠し通路の罠をかいくぐるシーンや、王妃の首飾りを奪う辺りの描写などは、まさに「バイオハザード」そのものでしたし。
映画の宣伝でも「バイオハザードの監督が手掛けた……」というのが謳い文句になっていましたし、狙ってやった側面もあったのでしょうけどね。

今作における見所は、やはり何と言ってもミラ・ジョヴォヴィッチのミレディと、クリストフ・ヴァルツが演じたリシュリュー枢機卿でしょうね。
様々な権謀術数を巡らすこの2人は「悪役」としての貫禄がたっぷりにじみ出ていて、他の登場人物と比べて存在感が際立っていました。
逆に主人公のダルタニアンとバッキンガム公爵は、それぞれ主人公と悪役という重要な役柄を担っているにもかかわらず、活躍度も出番も今ひとつだった印象が多々あります。
2人共、作中の言動からはナンパ師的かつ軽薄なイメージが前面に出すぎていて「良家のお坊ちゃん」的なイメージがどうにも否めないんですよね。
コンスタンス相手に正真正銘の3流ナンパ師ぶりを披露しているダルタニアンはともかく、バッキンガム公爵はリシュリュー枢機卿やミレディと互角に渡り合っている人物であるはずなのに、それでも「軽い」印象が常に付き纏うというか……。
この2人、今作では一種の「顔見せ興行」程度の役回りしか担っていなかったのではないかと思えてなりませんね。
ラストの描写を見ても、予算と人気が許す限りにおいて続編が製作されるであろうことは確実ですし、彼ら2人は続編における活躍と成長でその真価を発揮することになるのでしょうか。

あと、物語後半における重要アイテムとなる「王妃の首飾り」ですが、アレってわざわざバッキンガム公爵やミレディ、それにリシュリュー枢機卿の部下達があそこまで必死に守らなければならないシロモノだったのでしょうか?
ルイ13世に不倫疑惑をかけられた王妃や、コンスタンスを介した王妃の依頼でそれを取り戻さんとするダルタニアン&三銃士達には、確かに「王妃の首飾り」を奪還しなければならない理由もあるでしょう。
しかし、それを迎撃する側にしてみれば、最悪でも「王妃の首飾り」が王妃側の手に渡りさえしなければ、それで自分達の勝利条件を充分に達成することができるわけです。
となれば迎撃側としては、「王妃の首飾り」をどこか誰の目にも届かず探索すらも不可能な場所、たとえば大西洋のど真ん中にでも捨ててしまった方が、どんなに厳重な警戒態勢を布くよりもはるかに安全確実だったのではないかと。
あるいは、「王妃の首飾り」を跡形も無く徹底的に破壊・粉砕してしまっても良いでしょう。
そうすれば王妃側は、その時点で「王妃の首飾り」の奪還自体を不可能にされてしまい、陰謀は誰にも止められなくなるのですから。
迎撃側にとって「王妃の首飾り」自体の存在価値は全くと言って良いほどないわけですから、そういう選択肢を取ることも十分に可能だったはずなのですけどね。
何故わざわざ「奪回してくれ」と言わんばかりに余計なリスクを抱えようとするのか、正直理解に苦しむものがあったのですが……。

ラストでバッキンガム公爵が率いていた海と空の大艦隊を見る限り、続編ではイギリスとフランスの全面戦争にでもなりそうな雰囲気でしたが、続編が出るとしたらどんなストーリーが展開されるのか、気になるところではありますね。

映画「カウボーイ&エイリアン」感想

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映画「カウボーイ&エイリアン」観に行ってきました。
1873年のアメリカ・アリゾナ州を舞台に繰り広げられる、カウボーイ・ならず者・インディアンの連合軍とエイリアン達との戦いを描いた、ダニエル・クレイグ&ハリソン・フォード主演の作品。

物語は、荒野のど真ん中でひとりの男が飛び起きるところから始まります。
男は記憶を失っており、右前腹には謎の傷、さらに左腕には何やら得体の知れない銀の腕輪が装着されており、男が何をやっても外すことができません。
そんな男の元へ、馬に乗った3人の男が近づいてきます。
アブソリューションの町に向かっているという3人の男達は、腕輪の男に対し非友好的な態度で接した上に銃を向けてきます。
しかし腕輪の男は彼らをあっさりと返り討ちにしてしまい、逆に彼らの身包みを剥いでカウボーイ的な身なりを整えた腕輪の男は、3人の男達が向かう予定だったアブソリューションの町へと向かうことになります。

町に入った腕輪の男は、町を牛耳っているカーネル・ウッドロー・ダラーバイドの息子であるパーシー・ダラーバイドと酒場のマスター・ドクとの諍いに巻き込まれます。
父親の権威を振り回して酒場の料金を踏み倒そうとした挙句、ドクへの見舞金と称して町の住民からカツアゲをしようとするパーシー。
この三下同然のカツアゲ行為は腕輪の男にも及ぶのですが、腕輪の男はパーシーに痛烈な一撃を与えてダウンさせます。
怒り狂ったパーシーは腕輪の男に銃を向け発砲するのですが、その際手元が狂ってしまい、銃弾は腕輪の男ではなく、たまたまその場に居合わせていた保安官補に命中。
保安官を撃ったという罪により、パーシーは保安官によってブタ箱に収監されてしまいます。
その後、腕輪の男は酒場に入り、ウィスキーを注文するのですが、そこに近づいてくる女がひとり。
エラと名乗った彼女は、腕輪の男が記憶喪失であることを最初から知っているかのような口ぶりを披露し、男について何か知っているかのような言動を披露します。
不審を抱いた腕輪の男ですが、そこへパーシーを収監した保安官達が酒場に入り、何やら物々しい雰囲気で腕輪の男に同行を求めてきます。
保安官によると、腕輪の男の正体は、駅馬車を襲撃して強盗・殺人等の容疑で指名手配されているジェイク・ロネガンという人物だとのこと。
捕まってたまるかとばかりに、腕輪の男改めジェイク・ロネガンは保安官達相手にまたもや大立ち回りを披露するのですが、エラに側頭部を強打され昏倒、めでたく彼もブタ箱に収監されてしまうのでした。

そしてその日の夜、別の町で裁判を受けるためなのか、鎖に繋がれた状態で馬車に乗せられたパーシーとジェイク。
そこへ、町の支配者であるカーネル・ウッドロー・ダラーバイドが、息子を取り戻さんと手下を率いて押しよせ、息子の返還を保安官に要求します。
両者まさに一触即発の雰囲気となったまさにその時、突如空から謎の飛行物体が現れ、町全体に無差別攻撃を開始してきたのです。
突然奇襲された上、空を自由に飛びまわる飛行物体に、町の人達は全く対抗する術がありません。
謎の飛行物体に次々と捕獲されていく町の人達。
そんな中、混乱のドサクサに紛れ馬車から脱出したジェイクは、自分に迫り来る飛行物体に対し、銀の腕輪が装着された左手を掲げます。
すると、その銀の腕輪から強力な光と衝撃波が発せられ、それに命中した飛行物体は無様に墜落してしまうのでした。
残った町の住民の目が飛行物体に集中する中、その近くの家屋で上がる悲鳴。
その家屋からは見たこともない足跡がどこかへ続いており、その先に謎の飛行物体の根拠地があるのではないかと推察されました。
自身も息子パーシーを謎の飛行物体に拉致されてしまったカーネル・ウッドロー・ダラーバイドは、囚われた人々を救うべく、自らを長とする調査隊を結成するのですが……。

映画「カウボーイ&エイリアン」に登場するエイリアン達は、他作品に登場するエイリアン達と比較するとかなり弱い印象が否めませんね。
たとえば映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」に登場するエイリアンは、ちゃんと急所に当てないと重火器の集中砲火を浴びてもピンピンしていますし、映画「スカイライン-征服-」では自由に空を飛べる上に桁外れの生命力を持つエイリアンが登場します。
これに対し、今作に登場するエイリアン達は、身体的には人間より大きくかつ素早い&力もあるものの、19世紀レベルの片手拳銃や弓矢程度の武器で倒すことが可能だったりします。
物語後半では、10歳程度の少年が突き出したナイフで殺されてしまったエイリアンもいましたし。
エイリアン達が操縦しているらしい飛行物体については、さすがに主人公の銀の腕輪以外に対抗手段がないようなのですが、やはり全体的には「19世紀の人間社会」に対応する形でエイリアン達のレベルが下がっているとしか言いようがないですね。
まあそうしないと、作中のカウボーイやインディアン達がエイリアンに勝利どころかマトモに対抗すらできないのですから、作品構成的には当然の措置ではあるのですが。
他作品に登場するレベルのエイリアンが相手だったら、空を飛ぶ手段すらない19世紀レベルの人間社会では、既に戦う前から敗北しているようなものですからねぇ。

一方、主人公が持つ銀の腕輪の破壊力はとにかく凄まじく、またエイリアンのみならず対人間についても有効な武器として機能しています。
弾数制限がない上、人間もエイリアンも飛行物体もただの一撃でそれも百発百中で破壊できる上、特に人間相手の場合は「武器と判断されない」という強みもあります。
作中で主人公達がならず者達に包囲された際も、拳銃を押収し安心しきっていたならず者集団に対し多大な力を発揮していましたし。
ただ、そこまで強力な武器であれば当然エイリアン達も多用しているのではないかと考えていたのですが、物語終盤のエイリアンとの決戦でも、その手の武器をエイリアン達があまり使用していなかった印象がありますね。
確かに一部のエイリアン達は重火器を使っていましたが、カウボーイやインディアン達が戦いを挑んだエイリアン達の大半は素手で戦っていたりします。
エイリアン達が人間達を舐めきっていたことと、航空戦力に依存しきっていたのにそれを奇襲で封じられたこと、その手の武器が元々少数しかなかったらしいことがどうも原因ではあるようなのですが。
作中のエイリアン達はただ1隻の宇宙船しか持っていなかったようでしたし、エイリアン側も「国(に相当する勢力)を挙げて」というよりは「中小企業(に相当する組織)レベル」の集団だったのではないかと。
だからこそ、人間達にも反撃の余地があったのでしょう。

また、今作におけるエイリアン達が地球にやって来たのは「金(きん)」の獲得が目的だったのだとか。
彼らは金鉱脈を発見し採掘していたのみならず、何らかの貴金属を身につけている人間達からも金を収奪するために拉致していたようで。
記憶を失う前の主人公も、馬車を襲撃して金貨を手に入れたことが災いしてエイリアン達に拉致されていたという経歴が作中で披露されていますし、他にも拉致した人間から取り上げたらしい金属時計の類が、採掘されている金と一緒に多数転がっている描写があったりします。
この辺りは、「水の収奪」を目的としていた映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」登場のエイリアン達と傾向が似ていますね。
今年はエイリアン映画の当たり年ということもあり、私も複数のエイリアン映画を観に行っているのですけど、エイリアンにも色々な個性があるものなのですねぇ。
まあ当たり前ではあるのでしょうけど。

西部劇とエイリアン物が融合した作品ではありますが、どちらかと言えば西部劇的な要素や人間ドラマの方が出来は良いですね。
エイリアン系は、作品単独としてはともかく、やはり他の作品と比較すると地味かつ規模が小さな印象を受けますし。
西部劇系が好きな人には文句なくオススメ、といったところでしょうか。

映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー(3D版)」感想

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映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー(3D版)」観に行ってきました。
軍の秘密実験で超人的な能力を身につけた「キャプテン・アメリカ」が、レッド・スカル率いるヒドラ党と戦うストーリー。
中途半端な知名度だったのが災いしたのか、行きつけの映画館では3D版しか公開されておらず、泣く泣く3D版を見る羽目になりました(T_T)。
人気のある映画だったら3D・2D同時公開になるので、2D版が観賞できる余地もあったのですが……。
カネが余計にかかるだけで全く良いことがないのですし、いいかげん3D版公開というのは止めて欲しいところではあるのですけどね。

映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー」では、「アイアンマン」シリーズの主人公トニー・スタークの父親であるハワード・スタークが重要人物として登場します。
「キャプテン・アメリカ」と「アイアンマン」は、同じアメリカのマーベル・コミックに登場するヒーローであり、かつその中で最も人気があるビッグ3の一翼を担っていることから、同じ世界観を共有していたりするんですよね。
そして、残るビッグ3の「マイティ・ソー」もまた「キャプテン・アメリカ」「アイアンマン」と同じ世界観を共有しており、この3作のヒーロー達は、2012年8月に日本で公開予定の映画「ジ・アベンジャーズ」で全員が一同に会することになります。
映画「アイアンマン」シリーズおよび「マイティ・ソー」でもそうでしたが、今作でもラストにアベンジャーズ計画を推進する謎の組織「S.H.I.E.L.D.」の長官で眼帯のスキンヘッド男ニック・フューリーが顔を出し、さらにエンドロール後には映画「ジ・アベンジャーズ」の予告編があります。
予告編では、ソーとアイアンマンもちらりと登場しますし、ソーの弟であるロキも一瞬顔を出していたりします。
なので、今作を映画館で観賞される方は、映画が完全に終わるまで席を立たないことをオススメしておきます。

今作の舞台は、ナチス・ドイツがヨーロッパで快進撃を続けている第二次世界大戦当時のアメリカとなります。
主人公スティーブ・ロジャースは、戦争を嫌い、軍に志願して一刻も早く戦争を終わらせることを願う、アメリカに対する愛国心と正義感溢れる青年。
しかし彼は、その虚弱で小柄な体格が災いして、何度も入隊テストを受けているにもかかわらず不合格が続く日々を送っていました。
そんなある日、親友で入隊テストに一発合格したバッキー・バーンズがスティーブの元を訪れ、彼をニューヨーク万国博覧会跡地のイベント会場へと誘います。
その会場では、先述のハワード・スタークが車を重力制御装置?で浮遊させるパフォーマンスを披露していたりするのですが、そんな中、バッキー・バーンズはヨーロッパの最前線で戦う107部隊への配属が決定したことをスティーブに告げます。
親友の門出を祝福しながらも、一向に入隊ができない自分の境遇にあせるスティーブですが、しかしそんな彼にもチャンスが訪れます。
イベント会場でスティーブのことを観察していた軍医アースキン博士がスティーブに接触し、彼との面接を介して入隊を果たすことに成功するのです。
もちろん、入隊を果たしただけで彼の虚弱体質が直るはずもなく、彼は配属された部隊の訓練でも劣等生ぶりを遺憾なく発揮します(苦笑)。
そんな彼をアースキン博士が選んだのは、彼とハワード・スタークが推進している「スーパーソルジャー計画」の披験者としての資質に着目したためでした。
力に溺れることのない真っ直ぐな正義感と勇気、そして慈悲の精神、そういったものが「スーパーソルジャー計画」では求められていたわけです。
そして、実験のことを告げられたスティーブは、何ら迷うことなく被験者となることを承諾します。
そして第1回目となる実験の末、スティーブは超人的な肉体能力を獲得することに成功するのですが、その直後に計画の責任者であるアースキン博士が殺害されてしまい、「スーパーソルジャー計画」は頓挫してしまいます。
結果としてただひとりの強化人間となったスティーブは、しかし軍上層部から「たったひとりでは何もできない」と見做され、一人前の戦力として認められることはありませんでした。
そして代わりにスティーブは、星条旗をあしらった派手なコスチュームを身に纏い、国内向けのプロパガンダで戦時国債を集めたり、前線の兵士達を鼓舞したりするための軍のマスコットキャラクター「キャプテン・アメリカ」として振舞うよう命じられることになります。
これが、アメリカ最初のヒーローとなる「キャプテン・アメリカ」が誕生した経緯となるわけですね。

「キャプテン・アメリカ」の特徴は、その卓越した運動能力とハワード・スタークが製作したシールド、そして何よりもチームプレイにあります。
切り込み隊長として先頭を走りつつ後続の兵士達を守りながら突き進んだり、囮として単身突撃して敵の目を集中させることで別働隊の作戦行動を支援したりといった行動が作中でも展開されています。
この辺りは、良くも悪くも単独で戦っていた感のあるアイアンマンやソーとは大きく異なる点ですね。
もちろん、キャプテン・アメリカも単独で行動することはありますし、宿敵であるレッド・スカルとの戦いも1対1で行われることにはなるのですが。
今作単独だけで見れば相対的に強大な力を誇っているかのように見えるキャプテン・アメリカではありますが、しかしアイアンマンとソーが合流することになるであろう「ジ・アベンジャーズ」では、彼の強さがどう描写されることになるのか気になるところではありますね。
単純な戦闘能力だけで言えば、遠距離攻撃が可能な火力や飛行能力を持つアイアンマンとソーの方が圧倒的に上でしょうし、作中でしばしば披露された「シールドをフリスビーのように投げる」という使い方も、アイアンマンとソーの攻撃手法に比べると見た目でも攻撃力でも頼りないイメージが否めないのですが。
今作の副題である「ザ・ファースト・アベンジャー」から言っても、キャプテン・アメリカが「ジ・アベンジャーズ」のリーダー的な役割を果たすことになるのは確実ですし、彼がアイアンマン&ソーと並ぶためには、何らかの戦力的なテコ入れがさらに必要になるのではないかなぁ、と。
もっとも、ヒーロー達を束ねるチームリーダーとしては、アイアンマン&ソーよりもキャプテン・アメリカの方がはるかに優れているでしょうけど。
アイアンマンことトニー・スタークもソーも、やたらと「我が強い」「協調性のない」性格をしていますからねぇ(-_-;;)。

作品単独で見ると、良くも悪くも「単純明快かつ勧善懲悪な分かりやすいストーリー」で構成されていると言えますね。
主人公が愛国的かつ真っ直ぐな性格をしていることもあってか、昨今の映画でありがちな「主人公が自分自身や家族問題等で思い悩むシーン」もほとんどありませんし。
ただ、「起きたら70年近くも経過していた」という浦島太郎的な境遇に置かれてしまったラストではさすがにショックも受けているでしょうし、文化的なカルチャーショック等で新たな悩みも出てきそうではあるのですが。

映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」感想

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映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」観に行ってきました。
往年のSF映画「猿の惑星」の全く新しいシリーズとして位置付けられる、「猿の惑星」誕生のエピソードを扱った作品。
今作の監督を務めたルパート・ワイアットによれば、「他の映画との関連はなく、オリジナル・ストーリーである」とのことだそうで、2001年公開のリメイク映画「PLANET OF THE APES/猿の惑星」とも無関係っぽいですね。
アレのラストと今作のエピソードは繋がるかなぁ、と考えていたりしていたのですが。
ちなみに「猿の惑星」シリーズで私が観賞したことのある作品は、1968年版「猿の惑星」と1970年公開映画「続・猿の惑星」、および前述の「PLANET OF THE APES/猿の惑星」の3作品になります。

物語は、サンフランシスコの製薬会社ジェネシスの研究所に勤める主人公ウィル・ロッドマンが、アルツハイマー病に効果のある新薬「ALZ112」の開発に成功したところから始まります。
ウィルがその「ALZ112」を1匹のメスのチンパンジーで臨床試験を行ったところ、人間レベルのパズルを解いてしまうなど、飛躍的な知能の発達が見られ、これに自信を得たウィルは、上司であるスティーブン・ジェイコブスを説き伏せ、更なる研究開発費を捻出するための株主総会だか役員会だかで研究についての演説を行います。
ところがその最中、件のチンパンジーが研究所内で突如暴れ出し、警備員に射殺されてしまうのです。
当然、話は全てご破算となってしまい、さらに研究所内のチンパンジーは全て殺処分されてしまうことになってしまいます。
実は暴走したメスのチンパンジーはひそかに赤子を身篭っており、子供が傷つくことを恐れての暴走だったのでした。
会社の規則によれば、当然この赤子も殺さなければならなかったのですが、ウィルの同僚であるロバート・フランクリンは、既に12匹もの猿を殺処分していたこともあり殺害を拒否。
結果、ウィルが密かに赤子の猿を自宅に持ち帰り、ウィルの父親でアルツハイマーを患っているチャールズ・ロッドマンが猿に好意を示したこともあり、「シーザー」と名付けて面倒を見ることにしたのでした。
ちなみに、ウィルが対アルツハイマーの新薬開発に勤しんでいる最大の理由は、この父親の存在にあったりします。

それから3年後。
家の中を所狭しと駆けずり回るほどに成長したシーザーは、新薬の臨床実験が施された母親の遺伝子を受け継いだためか、20通り以上の手話が理解できるなど、猿としては類稀な知性を発揮し始めていました。
そんなシーザーの様子を見て新薬の効果に確信を持ったウィルは、会社から密かに「ALZ112」を持ち帰り、アルツハイマーが悪化して隣人とトラブルを引き起こして家庭不和の要因にもなっていた父親に投薬します。
すると、父親の症状は劇的な改善を遂げたばかりか、知能の向上まで見られるほどの回復を示したのでした。
しかし、「ALZ112」は永続的な効果をもたらすものでなく、5年後、父親のアルツハイマー症は再び悪化の一途を辿り始めます。
そして父親は、隣人の車に無断で乗り込んで動かし始め、前後の車にぶつけまくる行為をやらかし、再び隣人とトラブルを引き起こしてしまいます。
それを助けようと家を飛び出し、隣人に襲い掛かるシーザー。
結果、シーザーは裁判所の命令により、類人猿保護施設に収容されることとなり、育ての親であったウィルと離れ離れになってしまうのでした。
ウィルはシーザーを取り戻すべく奔走しつつ、父親のアルツハイマー病を完全に治癒できるさらに強力な新薬「ALZ113」の開発に着手するのですが……。

映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」では、ウィルが開発している新薬が物語的に重要な役割を担っています。
猿の知能を飛躍的に向上させるというだけでなく、人間に対してはペストレベルの伝染性病原菌ウィルスとして機能することにより、人間が衰退する一助をも担ってしまう、という設定だったりします。
物語序盤に登場する新薬「ALZ112」にはそこまでの毒性はないのですが、「ALZ112」の効果を無効にしてしまう人間の抗体を抑えつけることを目的に新たに開発された「ALZ113」は、猿には副作用なしでプラスになるものなのに、人間は数日で死に至らしめる毒にしかならないわけです。
ラストで「ALZ113」のウィルスに感染したと思しき隣人の男が空港で1滴の血を流し、かつ発着予定の航空便に「ニューヨーク行き」の文字が出てきたところは、「猿の惑星」1作目を彷彿させると共に暗い未来を暗示するものではありましたね。
この世界で猿が人間に取って代われるであろう最大の要素は、猿の知能が高まったこともさることながら、「ALZ113」の(人間にとっての)致死性が大きな役割を果たすであろうことはまず間違いないでしょうね。
作中でサンフランシスコの街を我が物顔で走り回り、ゴールデンゲートブリッジを封鎖していた警官隊を潰したとはいえ、それでも人間社会がマトモに機能していれば、近代的な兵器を有する人間相手に猿達が最終的に勝利できるわけもないのですから。
往年の「猿の惑星」シリーズでネタにされていた全面核戦争なんて、当時の米ソ冷戦時代ならともかく、現代ではあまり現実味がないですからねぇ。

それにしても、新薬の開発に邁進するウィルを、まるである種のタブーに触れるかのごとく何度も諌めようとするキャロライン・アランハの描写は、良くも悪くもキリスト教的な価値観を微妙に引き摺っているような感がありましたね。
猿の知能を飛躍的に向上させる新薬の存在が「神の怒りに触れる」と畏れていたのか、猿が高度な知能を持つことそれ自体を脅威と感じたのかは作中からは読み取れないのですが、欧米人がロボットを敵視する感情と何となく共通する要素を感じたものでした。
ただ、ウィルはそれでも「ALZ113」は人体にどんな影響があるか不明だから慎重に実験を繰り返すべしとのスタンスを示していただけ、「ALZ113」の効果に狂喜乱舞した挙句に暴走しまくっていたジェネシス社のスティーブン・ジェイコブスよりはまだマシではあったのですが。
良かれと思って作った自分の新薬が人類社会に最悪の打撃を与えることになるとウィルが知った時、彼は一体どんな絶望的な顔をするのでしょうね。

「大人の事情」で製作中止、という事態にでもならない限り、続編は間違いなく製作されることになるのでしょうが、一体どんな悲惨な未来が人類社会に襲い掛かることになるのでしょうか。
往年の「猿の惑星」もやたらとショッキングなストーリーでしたし、続編がとても気になる作品ではありますね。

映画「ワイルド・スピード MEGA MAX」感想

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映画「ワイルド・スピード MEGA MAX」観に行ってきました。
高級車を惜しげもなく投入した、派手でスピード感溢れるカーアクションが売りの「ワイルド・スピード」シリーズ第5弾。
日本におけるこの映画の正式な劇場公開日は2011年10月1日なのですが、9月23日~25日の連休3日間は先行上映期間となっており、今回は一足先に映画観賞することとなりました。
なお私の場合、「ワイルド・スピード」シリーズで観賞したことがあるのは前作「ワイルド・スピード MAX」のみで、他の過去作品は未観賞だったりします。

物語冒頭は、前作のラストで主人公ドミニク・トレットが懲役25年の実刑判決を受け、刑務所へ収監するため護送される途上にあった大型バスを、ドミニクの妹ミア・トレットと元FBI捜査官ブライアン・オコナーらで構成される仲間達が襲撃して脱獄させるシーンから始まります。
首尾良くドミニクの脱獄を成功させたミアとブライアンは、ブラジルのリオデジャネイロへ逃亡、昔の仲間だったヴィンスの元で匿われることになります。
逃亡生活のための資金を欲していたブライアンは、ヴィンスから「簡単な仕事がある」と誘われ、麻薬取締官によって応酬され、疾走する列車に格納されている自動車2台を盗むミッションに、暫定的な仕事仲間となる窃盗団と共に挑むことになります。
そのミッションの途中でブライアンとミアは、脱獄後一旦別行動をとっていたドミニクと再合流します。
窃盗作業の方は順調に進み、まずは1台目の押収車が列車から脱出、次いでミアが押収車の片割れであるGT40に乗り込んで列車からの離脱を果たし、これでミッションは危なげなく終了するかに思われました。
ところがその直後、それまで手を組んでいた窃盗団が突如ドミニクとブライアンに襲いかかり、両者の間で同士討ちが始まってしまいます。
さらにその騒動に気づいた、押収した自動車を護送していた麻薬取締官が加わり、3つ巴の大混戦状態に。
何とか危機を脱して川に飛び込んだドミニクとブライアンですが、そこへ、まるで待ちかまえていたかのように現れた別働隊によって彼らは拉致されてしまいます。
囚われの身となった彼らの前に現れたのは、リオデジャネイロを表と裏の両面で牛耳っている実業家レイエス。
レイエスはドミニクとブライアンに対し、車のありかを教えるよう脅迫するのですが、2人は当然のごとく要求を拒否し、監視者達をあっさり制圧して脱出してしまいます。
脱出後にGT40を調べてみたところ、レイエスの闇金の流れを記録したマイクロチップが隠されていたことが判明します。

一方、ドミニクに脱獄されてしまったアメリカでは、一連の騒動でドミニク達がリオデジャネイロ内に潜伏している事実を掌握、彼らを捕縛するためのFBI捜査官チームをブラジルへ派遣することを決定します。
リオデジャネイロに派遣されたのは、海外での捜査活動で高い評価を持つルーク・ホブス率いるFBI捜査チーム。
リオデジャネイロ到着後、現地の警察署をまるで信用していないルーク・ホブスは、過去の経歴から「誰にも買収されない」と目した女性警察官であるエレナ・ニベスを助手につけると、すぐさまドミニクとブライアン達の隠れ家を強襲し捕縛しようとします。
しかし、そこでは一足早く、GT40のマイクロチップを強奪せんとするレイエス一派が襲撃を開始しており、リオデジャネイロのスラム街を舞台にまたもや3つ巴の戦いが始まることになります。
大混戦の末、辛くもその場を離脱したトレット兄妹とブライアンの3人ですが、リオデジャネイロの大ボスとアメリカFBIという2つの大組織から追われる身となった彼らは、自分達の前途に不安を覚えるようになります。
ここでさらに、ミアがブライアンの子供を妊娠していることが男2人に告げられ、「家族が増えるな」というドミニクの声と共に喜びを噛み締め抱き合う3人。
そして彼らは、奪取したマイクロチップの情報を元に、レイエスがこれまで蓄財していた現金1億ドルを全て奪取し、そのカネを元に永遠の自由を手にすることを決意します。
かくして目的を達成すべく、気心の知れた仲間達を集めてドリームチームを結成し、常識破りの作戦を駆使したカーアクションと頭脳戦が始まることになるのです。

ブラジルのリオデジャネイロを舞台に繰り広げられる映画「ワイルド・スピード MEGA MAX」のアクションシーンは、とにかく「ド派手」の一言に尽きます。
その中でも一番のハイライトは、やはり何と言っても予告編でも明示されていた「スペック的にも桁外れに頑丈な金庫を破壊の武器として利用するカーアクション」ですね。
建物も車もその他ありとあらゆる障害物も次から次に薙ぎ払っていくあの金庫の凄まじい破壊力と爽快な描写だけでも、この映画を観賞する価値は十二分にあるのではないかと。
ラストの「オーシャンズ11」ばりの大どんでん返しと、そこに繋げるための伏線も良く出来ており、カーアクションのみならず頭脳戦系のストーリーとしても秀逸と言える構成です。

ただ、予告編では「最後の仕事」だの「ファイナルラップ」だのといった言葉が飛び交い、今作がいかにも「シリーズ完結作」と言わんばかりの雰囲気を作り出していたにもかかわらず、事実は全くそうなっていないんですよね。
スタッフロールまではまさにそういう雰囲気で終わるかに見えましたし、「ああ、これでこのシリーズも完結か」と私もつい考えていたのですが、スタッフロール後に出てくるルーク・ホブス絡みの描写でそれは完全に消え去ってしまいました。
新たに発生した襲撃事件が、前作で死んだはずのドミニクの関係者によって引き起こされたことが明らかになるんですよね。
どう見ても続編を作る気満々なようにしか見えませんし、今作は既にシリーズ最大の興行収益をアメリカその他の国々で収めているようですから、すくなくとも人気&予算不足で製作打ち切りということにはまずならないでしょう。
シリーズ開始から今年で10年、既に5作目を数えるほど作品としては長丁場になっているのですが、いつになったら本当に完結するのでしょうか、「ワイルド・スピード」シリーズは。
映画ファンとしては、シリーズがまだ続くことに嬉しくなるのか、「ここで終わらせておけば良いのに」と考えるのか、微妙なところではあるのですけどね。

カーアクションが好きという方、またハリウッド映画のド派手で爽快な描写が好きという方にはイチオシの映画ですね。

映画「グリーン・ランタン(3D版)」感想

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映画「グリーン・ランタン(3D版)」観に行ってきました。
宇宙の平和を守る「グリーン・ランタン」に選ばれた地球人ハル・ジョーダンを主人公とする、アメリカDCコミック原作のアクション作品。
この作品は3D版のみの上映だったため、余計な3D料金を支払って泣く泣く3Dでの観賞となりました(T_T)。

惑星オアを中心に、全宇宙を3600のセクターに分け、各セクターに1人の選ばれた隊員を配備して宇宙の平和の維持に当たらせている宇宙警察機構「グリーン・ランタン」。
その「グリーン・ランタン」における伝説の戦士アビン・サーによって、かつて無人の惑星に封印されていた最も危険な敵・パララックスが、惑星調査に訪れた「グリーン・ランタン」の隊員達の力を吸収し、封印を破って逃走してしまったところから物語は始まります。
パララックスは、自分を倒し封印したアビン・サーの居場所を突き止めて奇襲を仕掛け、アビン・サーは致命傷を負わされ、半死半生の態でかろうじて逃れ、地球に不時着します。
自らの死期が近いことを悟ったアビン・サーは、自分に代わる新しい「グリーン・ランタン」の隊員を新規に選出すべく、自分が持つパワーリングに素質を持つ地球人を探索させるのでした。
一方、今作の主人公ハル・ジョーダンは、過去に戦闘機乗りだった父親を事故で亡くしたことにトラウマを抱いている、父親と同じ戦闘機乗りのパイロット。
彼は自動制御機能を持つ無人戦闘機のテストパイロットに選出され、逆に無人戦闘機の弱点を突いて撃墜するという戦果を挙げることに成功するのですが、その際、過去のトラウマが原因で自機を墜落・大破させるというミスを犯してしまいます。
周囲から散々責任を問われつつも、トラウマが失敗の原因という事実を否定するハル・ジョーダン。
しかし、そんな彼をアビン・サーのパワーリングは選出し、瀕死の状態にあるアビン・サーの元へ強制転移させるのでした。
死に逝くアビン・サーに「グリーン・ランタン」としての資格と力の源であるパワーリングを託されるハル・ジョーダン。
当然のことながら、当のハル・ジョーダンは最初は何が何だか分からず混乱を来たすわけですが、ふとしたきっかけから突如パワーリングの力が発動し、彼はそのまま「グリーン・ランタン」の本拠地である惑星オアへ飛ばされることになります。
彼はそこで、「グリーン・ランタン」の歴史と使命について知ることになるのですが……。

主人公含めた「グリーン・ランタン」には、スーパーマンのような肉体的超人能力と共に、自らの意思で擬似的に物を生成する特殊能力が備わっています。
後者は、たとえば剣やガトリングガンなどの武器を生成して戦いに使用したり、壁やシールドを使って敵からの攻撃を防御したり、鎖で敵を縛ったりするなどの用途が作中で披露されています。
使い勝手は意外に良さげな能力ですね。
もっとも、生成した物体は持続時間がかなり限られているようですから、基本的には「使い捨て」にしかできないのですけど。

映画「グリーン・ランタン」は、「恐怖を克服する主人公」を描くことに大きなウェイトが置かれているためか、アクションが比較的あっさりしているような印象がありますね。
最強の敵にしてラスボスでもあるパララックスの描写が全体的にあっさり気味ですし、長年封印まで施されていた存在にしては、ラストは太陽に誘い込んで滅ぼすというあっけない最期を遂げていたりします。
太陽なんて広大な宇宙にはそれこそ星の数ほど存在するわけですし、また宇宙空間における行動も容易に行える「グリーン・ランタン」であれば、あの程度の作戦など造作もないことでしかなかったのではないかと。
「グリーン・ランタン」になり立ての新人でしかなかったハル・ジョーダンにすら実行しえた作戦が、組織としての「グリーン・ランタン」にとって至難だったとは思えませんし。
アレのどこが「【グリーン・ランタンにとっての】最大の脅威」と言えるシロモノだったのか、正直疑問に思えて仕方がありませんでした。
にもかかわらず、ただひたすら芸のない正面決戦を挑んでは簡単に返り討ちにされてしまう「グリーン・ランタン」の面々が、何とも歯痒くてならなかったですね。
パララックスは、地球人にとっては確かに何の対抗手段もないかもしれませんが、「グリーン・ランタン」にとっては頭を使えばいくらでも対抗手段を見出せる存在にしか見えないのですが。

あと、スタッフロールが始まった後に出てくる描写を見る限り、明らかに続編があるような終わり方をしていますね。
実際に続編が出るのかどうかは分かりませんが。

映画「サンクタム(3D版)」感想

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映画「サンクタム(3D版)」観に行ってきました。
「タイタニック」「アバター」のジェームズ・キャメロン製作総指揮のアドベンチャームービー。
この作品は私の行きつけの映画館では3D版しか上映されておらず、当然のごとく3D版での観賞となりました。
圧倒的大多数の3D映画と同じく、3D特有の演出や描写は相変わらず皆無と言っても良いレベルでしかないので、もし2D版を選択できるのであればそちらを観賞することをオススメしておきます。

物語の舞台は、パプアニューギニアの密林地帯の真っ只中にぽっかりと空いた大穴のような外形を持つ巨大洞窟エスペリト・エサーラ。
そこでは、青年実業家カールの援助の下、ベテランの洞窟探検家として名を馳せているフランクをリーダーとする数人の調査隊が大掛かりな機材を持ち込み、地下水路のダイビング調査を行っていました。
物語は、カールが恋人のヴィクトリアを連れ、フランクの息子であるジョシュの案内で洞窟にやって来たところから始まります。
しかし、彼らが着て早々に、フランクはジュードという女性と一緒に地下水路へと潜り、大空洞を発見することに成功するのですが、その直後にジュードの酸素ボンベに異変が生じ、ジュードはそのまま窒息死という末路を辿ってしまいます。
一挙に暗い雰囲気に包まれてしまう調査隊一同。
しかもそこへ追い討ちをかけるがごとく、エスペリト・エサーラ周辺にサイクロンが襲来。
大雨による鉄砲水に、洞窟唯一の出口を塞がれてしまい、さらに調査隊メンバーのひとりが鉄砲水の犠牲となってしまいます。
生き残った調査隊のメンバー達は、地下水路が海に繋がっているのではないかというフランクの意見に従い、洞窟から脱出すべく、先刻発見した大空洞のさらに奥へと向かっていくことになるのですが……。

映画「サンクタム」の登場人物達は、状況判断の甘さから災難を招いているところが多々あります。
サイクロンが近づいていると事前に警告されていたにもかかわらず、「まだ数日は大丈夫」と早期退去の決断を下さず事なかれ主義に徹するフランク。
洞窟に閉じ込められるという非常事態にもかかわらず、「死人が着用していた潜水用スーツなど着たくない」とワガママばかり主張し、物語中盤でもフランクからの忠告を無視して結局死んでしまうヴィクトリア。
彼らに降りかかった災難には、自業自得的な要素もかなりあったのではないかと思えてなりませんでした。
特にフランクは、過去の洞窟探検でも「自動車のサイドブレーキをかけ忘れる」という「うっかりミス」をやらかして窮地に陥っていたというエピソードが語られていましたし、こいつがもっとしっかりしていたらそもそも調査隊が危機に陥ること自体が避けられたのではなかったのかと。
まあ今作のストーリーは、ジェームズ・キャメロンの仕事仲間で洞窟探検家でもあるアンドリュー・ワイトの「洞窟に閉じ込められた体験談」を元に作られたそうなので、良くも悪くも「現実的」ではあるのでしょうけど。

また、映画「サンクタム」は、日本では本来2011年4月22日に劇場公開となるはずだったのですが、映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」と同じく、東日本大震災に伴う「自粛」という名の人災によって5ヶ月近くもの延期を余儀なくされています。
今回の場合は、予告の内容からして「水難事故」や「水にまつわる死」というものが描写されるであろうことが事前に予測できたわけで、「世界侵略:ロサンゼルス決戦」の時と違って理由自体は最初から明確だったのですが。
実際、作中ではしばしば水死体が出てきますし、致命傷を負い手の施しようもなく苦しんでいる仲間を楽にするために【あえて】窒息死させるという場面も2回ほどあったりします。
今作が「自粛」のターゲットにされたのは、そういった描写が嫌気されてのことだったのは想像に難くないでしょう。
ただ、それでも私的には、そんなある意味「キツい」描写を盛り込んでいながら作品自体がPG-12やR-15指定されなかったことに疑問を感じることはあっても、やはり「自粛」まですべきではなかったと思えてならないのですが。

今作は、ジェームズ・キャメロン製作作品の中ではかなり暗い部類に入る映画と言えるのではないかと。
「タイタニック」「アバター」のような恋愛要素も全くありませんし。
ただ、洞窟の脱出劇自体は手に汗握る展開が続くので、アドベンチャー的な冒険活劇が好みという方にはオススメですね。

映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」感想

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映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」観に行ってきました。
エイリアン達による地球侵略に立ち向かうアメリカ海兵隊員達の戦いを描いたSFアクション作品。
人が血を流して死ぬ描写や、宇宙人を解体するシーンなどが作中に存在するため、この作品はPG-12指定されています。

この作品は本来、日本では2011年4月1日に劇場公開となる予定だったのですが、東日本大震災における「震災自粛」という名の人災の煽りを食らって劇場公開が延期となってしまい、9月になってようやく公開の運びとなりました。
何故この映画が「震災自粛」の対象にされたのか、当時から私は疑問に思っていたのですが、今回映画を観賞してその理由があっさり分かりました。
物語の序盤で、エイリアン達が地球に隕石?を落下させて地上を攻撃するシーンが続くのですが、その隕石落下の際に発生した津波に民間人が巻き込まれる描写が存在するんですよね。
時間にして僅か10秒あるかどうかの描写で、メインの描写とは到底言い難いシロモノだったのですが、「ああ、これが震災自粛のターゲットにされた最大の理由か」と納得せずにはいられませんでしたね。
何しろ、「スマトラ沖地震の大津波が作中で描写されている」というだけで公開が中止になった、映画「ヒアアフター」という前例がすでにあるわけですから。
また、同じロサンゼルスが舞台で、かつエイリアンの地球侵略を描いている映画「スカイライン-征服-」には津波の描写がなく、同じ6月公開で「自粛」させられた映画もある中で「自粛」の対象になっていなかったわけなのですから、これが理由だったのは確実でしょうね。
つまり映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」は、作中僅か10秒あるかどうかの津波描写【だけ】のために、実に5ヶ月以上にわたる劇場公開の「自粛」を余儀なくされてしまったわけです。
典型的なまでの「言葉狩り」としか言いようのない、山本弘のダブスタ作品論ばりにバカげた理由の「自粛」としか言いようがないではありませんか。
それで被災者達が救われたのかと言えば、当然のごとくそんなことは全くなかったわけですし、映画ファンとしては何とも傍迷惑な話としか言いようがないですね(>_<)。
そんな「自粛」の類など、当の被災者達ですら望んでいたとは到底思えないのですが。

物語冒頭は、エイリアン達に侵略されたロサンゼルスに海兵隊員達が軍用ヘリで接近するシーンから始まり、それから24時間前に遡って各海兵隊員達のエピソードが語られていきます。
予告編では1942年2月25日に発見された未確認飛行物体にアメリカ軍が応戦した「ロサンゼルスの戦い」や、その後各都市に現れたUFOの目撃譚などが語られていたはずなのですが、映画本編にはそれらを想起させるような描写は全くありませんでした。
主人公となるのは、かつて出征で部隊を率いながら、4人の部下を死なせてしまった過去を持つ初老の海兵隊員マイケル・ナンツ二等軍曹。
彼はエイリアン侵攻直前に、老齢であることと過去の負い目から退役届けを上層部に提示しており、そのことを理解している上司によって受理されています。
しかしその頃、世界は地球接近4時間前になって突然発見された隕石群の存在に騒然となっていました。
世界各地に落下していく隕石群。
しかしそれらの隕石は、落下直前に謎の減速をすることと、全てが同一規格的な形体をしていたことから、アメリカ軍はこれを侵略行為であると喝破し、軍が召集されます。
当然、マイケル・ナンツ二等軍曹が所属するロサンゼルス近郊に駐屯している海兵隊にも出撃命令が下され、退役間近の彼もまた、士官学校を首席卒業してこれが初陣というウィリアム・マルティネス少尉が指揮する海兵隊2-5部隊の副隊長的なポジションで出陣することになります。
海兵隊2-5部隊の任務は、ロサンゼルス西警察署に今なお取り残されている民間人の救出。
しかしそこは同時に、ロサンゼルスを制圧したエイリアン達の勢力圏内でもあり、当然のごとく激しい戦いが予想されるわけです。
かくして、全世界でエイリアン達による総攻撃が行われる中、ロサンゼルスの街を舞台に民間人達の避難誘導を任務とする海兵隊員達の活躍が描かれることになります。

映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」では、似たようなコンセプトで先行して上映された映画「スカイライン-征服-」が明らかに元ネタにしているであろう描写が複数箇所に存在します。
助けを求めてやって来た軍用ヘリが、主人公達の眼前でエイリアンに撃墜されてしまうシーンと、エイリアン達の司令塔的な存在とおぼしき宇宙母艦?にミサイルが飛んでいくシーンなどはまさにその典型で、「確かにこれは酷似しているなぁ」と思わずにはいられませんでしたね。
まあ、両作品共に同じ「ハイドラックス」という会社がVFXの製作を手掛けているわけですから、似たり寄ったりな描写になるのも当然と言えば当然なのかもしれないのですが。
今作を配給しているコロンビア映画の親会社であるソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント社が「ハイドラックス」を非難したのもむべなるかな、といったところでしたね。
ただ、エイリアン達の強さという点では、今作よりも「スカイライン-征服-」のエイリアン達の方が圧倒的な強さを誇っていますね。
あちらは司令塔の宇宙母艦に核ミサイルが炸裂してさえも1日程度で回復していたのに対し、今作では通常の弾道ミサイル?が当たれば簡単に無効化できるのですから。
また、「スカイライン-征服-」のエイリアンは自身が特殊能力を身につけており、自分で空を飛んだりするのに対し、「世界侵略:ロサンゼルス決戦」の方は肉体的に人類より強靭な部分もあるものの弱点も存在しますし、また自動歩行する小型の戦車モドキや無人飛行体に侵略のサポートをさせていたりします。
この辺りの違いは、エイリアン達の圧倒的な強さと人類の無力さを描くのがメインであろう「スカイライン-征服-」と異なり、海兵隊が最終的にエイリアンを倒さなければならないところから来ているのでしょうけどね。

良くも悪くも、アメリカ海兵隊にメインスポットを当てた作品、と言えるでしょうか。
ただ、作中の映像は「カメラマン自身も走りながら撮影している」的なものが多いため、ややブレが多く少々観辛いところがあるかもしれません。

映画「ライフ -いのちをつなぐ物語-」感想

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映画「ライフ -いのちをつなぐ物語-」観に行ってきました。
イギリスのBBCが製作したドキュメンタリー映画作品。

この映画は、世界各国で生息している様々な動物の変わった生態を、案内人によるナレーションでひたすら紹介していく形式で進んでいきます。
ストーリー性は皆無と言って良く、代わりに「生命の強さ」というものが作品の根幹を支えるテーマとなっています。
紹介される動物は以下の通り↓

南極       ウェッデルアザラシ
日本       ニホンザル
ケニア      アフリカゾウ
コスタリカ    イチゴヤドクガエル
コンゴ      ニシローランドゴリラ
アルゼンチン   ハキリアリ
ブラジル     フサオマキザル
ケニア      ハネジネズミ
イスラエル    アイベックス
エチオピア    ヒゲワシ
ベリーズ     バシリスク
ベネズエラ    オリオフリネラ
アメリカ     ハエジゴク
マダガスカル   カメレオン
インドネシア   コモドオオトカゲ
ケニア      チーター
アメリカ     バンドウイルカ
メキシコ沖    トビウオ
メキシコ沖    バショウカジキ
リトル・ドバゴ島 アカハシネッタイチョウ
アメリカ     カイツブリ
チリ       チリクワガタ
カナダ      ミズダコ
トンガ      ザトウクジラ

紹介内容は動物によって様々。
天敵はいないが苛酷な環境で動物を産み育てる動物。
独特のやり方で獲物を捕らえたり餌を調達したりする動物。
逆に天敵から身を守るために特殊な技能を発揮する動物。
いずれも方法は千差万別ですが、「生きる」ために様々な進化を経ていった動物達が観察できます。
個人的には、高度な農耕社会モドキな社会システムを構築していたハキリアリと、断崖絶壁を巧みに駆け上がったり下りたりしていたアイベックスが印象的でした。
それ以外の動物達も「一体これどうやって撮ったの?」と言いたくなるほど、まさに「動物目線」な映像でしたね。

世界18ヶ国24箇所で70人以上ものカメラマンが3000日以上かけて撮影を行ったというだけあって、映像はなかなか綺麗で、ドキュメンタリーとしては充分に見応えのある出来です。
動物もののドキュメンタリーが好きという方には必見でしょうか。

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