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カテゴリー「2011年」の検索結果は以下のとおりです。

映画「ニューイヤーズ・イブ」感想

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映画「ニューイヤーズ・イブ」観に行ってきました。
大晦日(ニューイヤーズ・イブ)である2011年12月31日のアメリカ・ニューヨークを舞台に、複数の男女カップルの間で繰り広げられる様々な出会い・悩み・エピソードが繰り広げられ交叉する物語。
なお、この作品は映画「ワイルド7」と同日に2本連続で観賞しています。

毎年のニューイヤーズ・イブに、ニューヨークのタイムズスクエアで行われているカウントダウンセレモニーとして行われるポール・ドロップ。
このポール・ドロップの完遂をラストのメインイベントに据える形で、映画「ニューイヤーズ・イブ」の各エピソードは語られていきます。
各エピソードのコアとなる登場人物およびカップルは以下の通り。

1.タイムズスクエア協会の副会長として、ポール・ドロップのイベントを進行していく責任者であるクレア。
2.妹の結婚式に出席した後、去年のニューイヤーズ・イブで一緒に過ごした女性と約束した「1年後の再会」を果たすためにニューヨークへと向かうサム。
3.パーティーやイベントなどに出張し、客の要望に応じて料理を提供する「ケータリング」の仕事を担っているローラと、ニューイヤーズ・イブでライブを行う有名ロックスターのジェンセン。
4.25年以上勤めてきた会社に辞表を叩きつけたイングリッドと、パーティー券をネタに彼女の夢の達成を手伝うバイク便のポール。
5.新年を迎える際にファーストキスをしようと憧れの男子同級生と約束したものの、母親キムの強固な反対で外出を禁止されてしまう15歳のヘイリー。
6.新年最初に生まれた赤ちゃんには賞金が与えられると、互いに敵愾心を燃やして年明け早々の出産を狙うバーン夫妻とシュワブ夫妻。
7.その同じ病院で余命僅かと宣告されている老人スタンと、ニューイヤーズ・イブの真っ只中に彼を見守り続ける看護師エイミー。
8.大晦日を嫌い、アパートに飾られた新年祝いの飾りを片っ端から剥ぎ取るランディと、彼とたまたまエレベーターに乗り合わせたエリーズ。

また、「1」のクレアと「2」のサムにも相方となる男女がそれぞれ存在するのですが、それは終盤で明らかになります。

序盤は大量の登場人物が、それも短い時間の間に顔見せとばかりに一斉に出てくるため、結構混乱するところがありますね。
情報が出揃って何とか登場人物達の相関関係などが理解できたのは、物語中盤も半ばになってからのことでしたし。
ひとつの映画で複数の登場人物主導の複数ストーリーが展開されるというパターンは、過去に私が観賞した作品でも「ヒアアフター」と2008年公開映画「バンテージ・ポイント」がありますが、今作はこの2作品を融合した感じですね。
ひとつのイベントを個々8人の人間の視点から描く、という点は「バンテージ・ポイント」に近いのですが、ひとつのエピソードから別のエピソードにザッピングする手法は「ヒアアフター」のそれを採用しています。
最初はバラバラに見えるストーリーが揃うことで、作品の全体像が見えてくるというのは同じでしたし。
「4」のエピソードに登場するポールが、「5」のエピソードにおける母親キムと家族関係にあったり、「8」のランディと親友でしばしば電話をかけたりするのも、この手のザッピング作品ならではの光景ですね。

各エピソードは全体的にラブコメディ的な要素がかなり強いですね。
「2」のエピソードでは、音声認識カーナビの支離滅裂な反応に四苦八苦するサムの姿が描かれていますし、「4」と「6」では登場人物達による漫才的な掛け合いがしばしば行われます。
各エピソードの内容自体は、現実でも普通にありそうな悩みや思いを抱えた人々の物語ではありましたが。

逆に、日本では考えられないものの、アメリカではいかにも「らしい」話だなぁ、と考えてしまったのは「8」のエピソードですね。
このエピソードでは、全く面識がなかった2人の男女がたまたま乗り合わせたエレベーターが故障してしまい、2人が閉じ込められるところから語らいが始まるのですが、2人がエレベーター内に閉じ込められた時間が実に数時間にも及ぶんですよね。
しかもエレベーター内では外部と全く連絡が取れず、携帯も通じないというありさま。
にもかかわらず、数時間後にアパートの管理人がエレベーターを再起動させ2人を解放した際には、「言ったろ、8時間以内には直るって」などと言い放つ始末だったんですよね。
いや、エレベーターが停止&中に人が閉じ込められてから問題解決までそこまで時間がかかったら日本では全国ニュースレベルな上にアパートの管理人は住人から総スカンを食らうのが当たり前だろ、などとツッコミを入れずにはいられなかったのですが。
エレベーター事故自体は日本でもあるでしょうが、問題解決にそこまで時間がかかるケースは震災などの大規模災害時くらいなものでしょうし。
この辺りはむしろ、時間にあそこまでキチキチな日本の方が世界標準からすれば異常なのでしょうが、それでも日本人的視点から見たら「いかにもアメリカらしい適当さだよなぁ」とついつい考えてしまいますね(苦笑)。

内容的には、女性または男女カップルで観賞するには最適な映画、といったところでしょうか。

映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」感想

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映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」観に行ってきました。
トム・クルーズ主演のイーサン・ハントが様々なミッションに挑む人気のスパイアクションシリーズ第4弾。

物語の冒頭はハンガリーのブダペストから。
とある建物の屋上に出てきた1人の男が、2人の追跡者に追われているところが画面に映し出されます。
追われていた男は屋上から飛び降りつつも反撃し、瞬間的に膨らんだクッションによってほとんど無傷で降り立ち追跡者から逃れることに成功しますが、その直後に通りがかりの女性に扮した暗殺者サビーヌ・モローによって殺されてしまいます。
そこから舞台は、ロシアの刑務所に囚われの身となっている主人公イーサン・ハントへと移ります。
何故彼がそんなところにいるのかについては物語後半および終盤で明らかになるのですが、この伏線の張り方もなかなかに上手いですね。
それはさておき、そんな彼を救うべく、イーサン・ハントが所属するアメリカの秘密組織IMF(Impossible Mission Force:不可能作戦班)によって派遣された2人のエージェントが、イーサン・ハントの脱出の手引きをし、彼を救出することに成功します。
2人のエージェントに対し、自分が救出されたということは何か重要な任務があってのことだろうと問い質すイーサン・ハント。
実は2人のエージェント、ジェーン・カーターとベンジー・ダンは、冒頭で殺されてしまったもうひとりのエージェントであるトレヴァー・ハナウェイと共に「コバルト」というコードネームを持つ人物と協力する密使を追っており、彼から核ミサイル発射コードを奪取するのですが、その直後にサビーヌ・モローによってコードを奪われてしまったのでした。
そしてIMFからは、「コバルト」についての情報が保管されているモスクワのクレムリンに侵入し、情報が消される前に手に入れるよう命じられるのでした。

ロシア軍の高官に変装し、幾分かのアクシデントがありつつも何とか保管庫への侵入に成功するイーサン・ハントとベンジー・ダンの2人。
しかし時既に遅く、肝心の「コバルト」に関する情報は消されてしまった後でした。
この時点でミッション失敗が確定してしまい愕然とするイーサン・ハントですが、そこへ追い討ちをかけるかのように、IMFの周波数を使ったクレムリンの爆破通信がどこからともなく流れてきます。
身の危険を感じ、ただちにクレムリンからの逃走を図る2人でしたが、クレムリンの爆破テロがあまりにも大規模すぎて結局巻き込まれてしまい、イーサン・ハントは意識を失ってしまいます。
次にイーサン・ハントが目覚めたのは、爆破テロに巻き込まれた人達でごった返しているロシアの病院。
そこにはロシア側の諜報員であるアナトリー・シディロフが、イーサン・ハントをクレムリン爆破事件の犯人として事情聴取する姿勢を見せつけていました。
何しろ、爆破前にIMF周波数による爆破通信が流れていたのですから、これ以上の有力な証拠はないわけです。
しかし、当然のことながら全く無実のイーサン・ハントは病院を脱出し、IMFと連絡を取り、たまたまロシアに滞在していたIMFの長官および分析官であるウィリアム・ブラントと合流します。
IMF長官はイーサン・ハントに対し、彼にクレムリンの爆破テロ事件の容疑がかかっていること、そしてロシアとの核戦争を避けるためにアメリカ政府が「ゴースト・プロトコル」を発動し、IMFが解散になった事実を伝えます。
その上でIMF長官は、イーサン・ハントに引き続き任務を続けさせ、IMFの汚名を返上させるために、彼を逃がそうとするのでした。
ところがそこへ、アナトリー・シディロフ率いる狙撃隊が襲撃。
乗っていた車は川に転落してしまい、IMF長官も殺されてしまったのでした。
運良く初撃を逃れたイーサン・ハントとウィリアム・ブラントは、何とかその場を脱出し、「コバルト」の行方を追うのですが……。

映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」では、ミッションを遂行する際にとにかくアクシデントが頻発します。
一番その手のアクシデントが頻発しているのは、ドバイの最高峰828メートルの高さを誇るビルであるブルジュ・ハリファでのミッション時。
変装に必要不可欠であるはずのマスク製造装置が故障してしまったり、エレベータなどの操作にビルの外側からサーバルームに侵入しなければならないことが現地で判明したりと、登場人物ならずとも「おいおい大丈夫か」と言いたくなるほどにトラブルが頻発し、その都度イーサン・ハントが無茶苦茶なアクションと決断で尻拭いをしなければなりませんでした。
映画の予告でよく喧伝された、トム・クルーズ本人がノースタントで演じたという「ブルジュ・ハリファ外壁のロッククライミングシーン」も、そういう過程を経てやる羽目になったシロモノだったりします。
突発的かつ準備不足なままに制限時間も厳しいギリギリの状態でミッションに挑むのですから、色々と不測の事態が起こってしまうのもある意味当然のことではあるのですが、子の辺りは見ている方も終始ひたすらハラハラさせられましたね。

また今作では、最新技術を駆使したであろう様々な小道具も見所のひとつです。
冒頭のシーンでも、ポケットに入る程度の大きさから起爆と共に巨大なクッションとなる小道具が登場していましたし、2回の瞬きと共に写真が取れるコンタクトレンズや、東京モーターショー2011にも出展されたというBMW-i8も出てきます。
本格的な実用化はまだ先のことではあるでしょうが、いずれは作中に登場していた小道具も一般的になる日が来るのでしょうねぇ。

作中の舞台は、ブダペスト(ハンガリー)・モスクワ(ロシア)・ドバイ(アラブ首長国連邦)・ムンバイ(インド)と、まさに世界のメジャーどころを転戦しています。
ストーリーも「自分達に着せられた冤罪を晴らす」と「核戦争の阻止」がセットになっている、久々にハリウッドらしい単純明快な勧善懲悪物になっています。
それでいて、一種の人間ドラマ的な要素もふんだんに盛り込み、特にウィリアム・ブラント絡みのエピソードはラストで大どんでん返しがあったりしますし。
ただ、この辺りのエピソードについては前作のストーリー設定なども絡んできますので、予め前作を復習しておいた方が良いかも知れません。

トム・クルーズのファンという方はもちろんのこと、アクション物&スケールのでかい作品が好みという方にも文句なしにオススメできる一品ですね。

映画「リアル・スティール」感想

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映画「リアル・スティール」観に行ってきました。
人間に変わり、ロボットがボクシングの試合を担うようになった近未来を舞台に、1体のロボットとの出会いから変わっていく父と子の絆を描く作品。
なお、今作で今年度における私の映画観賞本数はちょうど60本目となります。

物語の舞台は2020年。
かつてはボクシングのプロボクサーとしてそれなりの実力と名声を誇っていた主人公チャーリー・ケントンは、しかし2020年の世界では各地のイベント興行をドサ回りして小金を稼ぐ日々を送っていました。
ロボット技術の発達と実用化により、2020年におけるボクシングは人間ではなくロボットが担うようになり、プロボクサーだったチャーリーは夢を奪われ天職を失ってしまったのです。
チャーリーは過去の経験を生かして格闘用ロボットを遠隔操作するプロモーターになることで何とか生計を立ててはいるものの、資金不足から性能が劣る中古ロボットしか購入できない上、対戦相手にも運にも恵まれず片っ端からスクラップにされていくありさま。
その日も、とある遊園地のイベント興行で暴れ牛と戦う役を依頼されたのですが、チャーリーが操作していた「アンブッシュ」という名の中古ロボットは、先制攻撃でダメージを与えたものの、油断していたところで痛撃を食らいあえなくスクラップに(T_T)。
「アンブッシュ」が勝つか否かで興行主?と2万ドルの賭けをしていてチャーリーは、しかし金を払うことなくその場からの逃走を図ります。
そんな中、2人の男がチャーリーに近づき、彼の元妻が亡くなり、ひとり息子であるマックスの親権を巡る調停を裁判所で行うから来て欲しいとの要請を行ってきます。
しぶしぶ裁判所へと向かうチャーリーですが、赤子の頃以来会っていない息子の面倒を見る気などチャーリーには全くなく、それどころか、マックスの親権を引き取りたがっている母方の義妹夫妻から、自ら親権を手放すことをネタにカネをふんたくろうなどと画策する始末です。
義妹夫妻が外国旅行へ行って帰ってくるまでの間だけ息子を引き取ることと引き換えに、前金5万ドル・後金5万ドルを受け取る秘密交渉を夫との間で成立させるチャーリー。
しかし、当のマックスはチャーリーの金策を見透かしており、父親に対し深刻な不信感を抱いてしまうのでした。

義妹の夫から受け取った5万ドルを資金源に、チャーリーは新たな格闘用ロボット「ノイジー・ボーイ」を購入します。
この「ノイジー・ボーイ」というロボット、ボディに「超悪男子」という日本の漢字が書かれ、音声認識機能の命令言語も最初は日本語で登録されているという、日本人であれば思わずニヤリとしてしまうシロモノだったりします。
最初は「ポンコツをつかまされた」と落胆するチャーリーですが、息子であるマックスが問題を解消、「ノイジー・ボーイ」は何とか動くようになります。
その「ノイジー・ボーイ」と半ば強引についてきたマックスを伴い、チャーリーは闇のギャンブル格闘場へと赴き、一攫千金を狙っていきなりメインの格闘試合へと挑みます。
まずは前座で戦うべきだと息子からも興行主からも忠告されていたにもかかわらず。
かくして、物語最初のロボット同士の対戦となる格闘試合が行われることになるのですが、如何せん「ノイジー・ボーイ」は確かに高性能だったものの、操縦主のチャーリーが「ノイジー・ボーイ」のことをロクに知らないまま試合に臨んだこともあり、チャーリーの操作ミスとパニックで「ノイジー・ボーイ」は「アンブッシュ」に続きスクラップの末路を辿る羽目となってしまうのでした。
あまりにもあっさりと頼みのロボットが敗北してしまったこと、それ以上にロボットがスクラップにされたことに意気消沈してしまうチャーリー。
それでも何とか新しいロボットを調達するため、チャーリーは自分の手で新しいロボットを作るため、まだ使える部品を探し出すべくロボット廃処理場へとクルマを走らせます。
雨が降る夜中のロボット廃処理場へ不法侵入し、廃棄ロボットがいるという奥へと進むチャーリーとマックス。
しかし、興味津々のマックスが廃処理場にある大穴の縁に立った時、雨で地盤が緩んでいたことから地滑りが発生し、マックスは大穴へと滑り落ちてしまいます。
その時、地中から突き出ていたアームにたまたま引っかかったことでマックスは大穴の底に叩きつけられる惨事を免れることができたのですが、このアームの元を辿っていくと、そこにあったのは廃棄されたまるまる1体のロボット。
「そいつは旧式のスパーリング用ロボットだから使えない」と否定的なチャーリーを尻目に、マックスは「生命の恩人」であるそのロボット「アトム」をひとりで掘り出し、ロボット格闘試合に出そうとするのですが……。

映画「リアル・スティール」に登場する父子2人は、まさに「親は子に似る」という格言を体現した、似た者同士な性格と言えますね。
どちらも「より安全確実な選択肢を跳ね除け、一攫千金の賭けに強気で挑む」というスタンスを披露していますし。
最初のロボット格闘対戦では、父親であるチャーリーが息子マックスの制止を振り切って試合に臨んだ挙句、案の定な惨敗を喫していましたが、「アトム」を見つけ出して以降は逆にマックスがチャーリーの慎重論を無視し、興行主に啖呵を切ったり試合継続を宣言したりとひたすら強気一辺倒で相手を攻めまくっています。
物語後半でマックスは「僕のために戦って欲しかった」と父親のチャーリーに告白したりしていますし、意図的に父親の真似をしていたのかもしれないのですけどね。

作中では様々な格闘用ロボットが登場するのですが、前述の「ノイジー・ボーイ」のデザインに象徴されるがごとく、妙に日本のそれを意識している様子が伺えますね。
「アトム」という名前自体も、往年の日本アニメ「鉄腕アトム」からそのまま取ってきたとしか思えない設定ですし。
今作の製作総指揮には「あの」スティーブン・スピルバーグも参加しているのですが、彼は以前にも「母親と子供の愛情」をテーマに描いた映画「A.I.」を製作していますし、そこでも「鉄腕アトム」絡みのネタがありましたから、今作もやっぱり意識はされていたのだろうなぁと。

「アトム」を手に入れて以降、それまでの惨敗がウソであるかのように連戦連勝していくチャーリー&マックスの前に最後に立ちはだかるのは、プロのロボット格闘試合「リアル・スティール」でチャンピオンの座を維持している格闘用ロボット「ゼウス」。
ロボット開発では名を轟かせているらしいタク・マシドが開発し、大富豪のファラ・レンコヴァが所有する「ゼウス」は、ほとんどのロボット格闘対戦で1ラウンドKOを飾ってきた実績を持つ名実共に最強のロボット。
ファラ・レンコヴァは物語中盤でチャーリー&マックスに対し「アトム」を「ゼウス」のスパーリング用ロボットとして20万ドルで買い取りたいと打診しており、それに対して露骨な反発を見せていたマックスが、公衆の面前で「ゼウス」に宣戦布告するというマイクパフォーマンスを演じた経緯もあったりします。
そしてその後紆余曲折を経て始まる「ゼウス」との最終決戦ですが、ただその戦いを見ても、「ゼウス」のどこら辺が「強さ」の源泉となっているのかが今ひとつ分かり難かったですね。
一応、パワーと巨体では「アトム」を圧倒している「ゼウス」ですが、それは「アトム」の対戦相手のほぼ全てに当てはまるものでしかありませんし。
その前に「リアル・スティール」の前座として行われた、2つの頭を持つ格闘用ロボット「ツインシティーズ」との戦いでも、やはりパワーと巨体で圧倒する戦い方でしたから、両者との比較で見てもその戦い方には特に大差があるようには見えないというか……。
作中で強調されていた「ゼウスの強さ」としては、1ラウンド開始早々に「アトム」を一撃でダウンさせたところと、「ツインシティーズ」にはあった構造的な欠陥が「ゼウス」にはない点でしょうか。
ただ、「ゼウス」を開発したタク・マシドは、物語序盤に披露されていたインタビューで「ゼウスの強さは状況に応じてプログラムを自ら書き換え、戦いの中で進化するところにある」みたいなことを述べていたにもかかわらず、作中の戦いではそんな描写は全く垣間見られなかったので「?」と考えてしまったものでして。
むしろ、それを実際にやってラウンドが進む度に強くなっていたのは「アトム」の方ですし。
それまでのロボット格闘とは一線を画する、「ゼウス」がチャンピオンの地位を維持している源泉としての「オリジナルないしは特殊な強さ」というものが何かあっても良かったのではないか、というのが、あの最終決戦に対する私の率直な感想ですね。

派手なアクションを売りにするハリウッド映画としても、親子の絆をテーマにした物語としてもまずまずの出来で、観に行って損はしない作品ではありますね。

映画「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」感想

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映画「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」観に行ってきました。
ベルギーの漫画家エルジェ原作の同名マンガを3Dアニメーションで映像化した、少年新聞記者タンタンとホワイト・フォックステリア犬のスノーウィ、そして伝説のユニコーン号の船長の子孫であるハドック船長がコミカルに活躍する、スティーブン・スピルバーグ監督製作の冒険ファンタジー作品です
この映画は3D版と2D版が公開されていますが、料金が高いだけの3D版は何とか回避に成功。
また今回は12月1日の「正式な映画の日」での観賞となったため、いつもより格安で映画を観賞することができました(^^)。

物語は、主人公タンタンがノミの市に掘り出し物として出されていた模型帆船を見つけ、出店の主人と交渉して購入するところから始まります。
タンタンが模型帆船を購入したのとほとんどタッチの差で、2人の男が同じ模型帆船を買い付けにやってきます。
最初の男はタンタンに対し「それを手放さないと危険な目に遭うから」と警告し、2人目の金持ち風な男は「言い値で買い取るから売ってくれ」とタンタンに譲渡を迫りますが、タンタンはどちらの申し出も無視して模型帆船を持ち帰ります。
タンタンが自宅であるアパートの一室で模型帆船を居間の机?の上に置いた直後、窓から侵入したネコと愛犬であるスノーウィが追いかけっこを始めてしまい、その騒動に巻き込まれる形で模型帆船はマストの部分が壊れ机の上から落下してしまいます。
その際偶然、マストの部分に隠されていた小さな筒が模型帆船から抜け落ち、机の裏側に紛れ込んでしまいます。
床に落ちて壊れてしまった模型帆船を、落胆しつつも再び机の上に戻したタンタンは、模型帆船のモデルとなった船について図書館で調べるため、タンタンは模型帆船を家に置いて外出。
しかし、図書館で模型帆船のモデルであるユニコーン号のことについて調べたタンタンが家に帰ってみると、机の上に設置したはずの模型帆船がなくなっていたのです。
留守中に空き巣に狙われたことは確実で、また模型帆船の際のゴタゴタもあって「警戒しておくべきだった!」と後悔するタンタンですが後の祭り。
タンタンは模型帆船を取り戻すべく、模型帆船購入の際に言い値で売るよう迫った2人目の男の住所を割り出し、模型帆船を奪取しようとします。
そこはかつてのユニコーン号の船長が住んでいたとされるムーランサール城で、2人目の男ことサッカリンによって買収された地でもあるのでした。

タンタンは愛犬スノーウィの助けもあって首尾よく城の中に不法侵入を果たし、模型帆船を発見することには成功します。
しかし直後に城の執事?と思しき人物によって昏倒させられた上、見つけた模型帆船も自分が盗まれたものとは別物であることを確認(ムーランサール城の模型帆船は壊れていなかった)して落胆する羽目に。
他人の住居に不法侵入したのに何故か警察に突き出されることもなく解放されたタンタン(まあ捕らえた側にしてみれば「あえて泳がせていた」のでしょうけど)は、城から追い出される際に城の執事から「模型帆船の部品を探せ」とアドバイスされたことから、冒頭の犬猫騒動で模型帆船から零れ落ちた部品があったことを思い出し、急ぎ自宅に戻ります。
そして、タンタンは無事に模型帆船の部品を見つけることができ、さらにその部品の中に隠されていた羊皮紙をも手に入れることができたのでした。
ところがその喜びを噛み締める間もなく、タンタンは模型帆船購入の際に出合った最初の男の訪問を受けます。
彼はしつこくタンタンに警告を続けるのですが、その最中に何者かによる銃撃を背後から受け、「カラブジャン」というダイイング・メッセージを残して死亡。
自身への襲撃や空き巣を警戒したタンタンは、件の羊皮紙を財布に入れて持ち歩くことにしたのですが、その財布もスリによって盗まれてしまう始末。
さらにタンタン自身も最後には拉致されてしまい、最初の男が残したダイイング・メッセージである「カラブジャン」という名の大型船の一室に収監されてしまったのでした。
またしても愛犬スノーウィの助けで自由を得たタンタンは、何とか脱出の道はないかと模索し始めるのですが……。

映画「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」は3Dアニメーションとのことですが、作中に出てくる街の風景や海・砂漠・建物などといった背景も、登場人物達の造形もほとんど実写そのもの。
パッと見たくらいでは実写なのか3Dアニメなのか区別がつかないほどです。
過去に私が観賞したことのある3Dアニメーション作品としては、DVDで観賞した「塔の上のラプンツェル」があるのですが、アレは「3Dアニメ造形」と明確に分かる造形でしたし、その比較でも今作における映像技術の凄さは折り紙付きですね。
むしろ逆に、異様に鼻のでかい登場人物が何人も出てくるなど、完全に実写に近づけないようあえてアニメ的な造形を作り出しているようなフシすらあるくらいです。
子供向け作品としてのアピール、という側面もあったのでしょうが、主人公タンタンなどは実写として紹介されても違和感が無いような顔立ちでしたし、完全に実写的な表現をしようと思えば出来ないこともなかったのではないかと。

また作中では、どう見ても人間並みの知能を持っているとしか思えないホワイト・フォックステリア犬のスノーウィが大活躍しています。
前述の「塔の上のラプンツェル」でも人間以上に動物達の活躍が顕著でしたが、3Dアニメだと実写の動物では到底できない様々な動きや演出も自由自在に描けるわけで、この辺は3Dアニメならではの強みと言えるでしょうね。
映画「わさお」などが典型ですが、実写で動物を扱うとなると、ごく普通の動きであっても現場ではかなりの手間と時間がかかったりするみたいですからねぇ(-_-)。

作中のストーリーは、アクションやシリアスシーンを交えつつも、全体的にはややコメディタッチなノリで進行していきます。
特に大型船カラブジャン号からの脱出の際に仲間になるハドック船長など、最初は酒にこだわりまくってタンタンの足を引っ張りまくる天然コメディアン以外の何物でもなかったですからねぇ(苦笑)。
一応はユニコーン号の財宝に至るキーパーソンだったとは言え、タンタンも何故こんな奴を救うのかと最初は疑問に思えてならなかったくらいでしたし。
これと個人的に印象に残ったコメディ系の演出としては、モロッコの君主が持っているという3つ目の模型帆船を守っている「ワレナーイ」社製の強化ガラスと、それを打ち破る「ミラノのナイチンゲール」ことオペラ歌手カスタフィオーレ夫人の「ジャイアンの歌」でも想起させるような甲高い歌声ですね。
カスタフィオーレ夫人は、3つ目の模型帆船を奪取せんとするサッカリンがわざわざ連れてきた人物で、彼の意図通りに模型帆船の守りは崩壊したわけですが、この辺りはまさにギャグそのものの展開でした。
もう少しマトモな方法で目的を達成するだろうと考えていただけに、アレには一瞬唖然とさせられたものでしたが。

ストーリーは分かりやすく単純そのものですし、3Dアニメも実写に近いので、その手の3Dアニメが嫌いという方でも違和感なく入れる作品と言えるのではないかと。
大人・子供を問わず、幅広い層で共通して楽しめる作品ですね。

映画「インモータルズ -神々の戦い-」感想

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映画「インモータルズ -神々の戦い-」観に行ってきました。
紀元前1200年頃のギリシャを舞台に、闇の神々タイタン族を復活させようとするイラクリオンの王ハイペリオンと、若き青年テセウスとの戦いを描いた作品。
作中では、首を掻き切られるシーンや振り回された武器で身体が炸裂するシーン他、流血&残虐描写が随所に盛り込まれており、当然のごとくR-15指定を受けています。

はるか昔、神々達の間で大きな戦いが起こりました。
戦いはゼウスを主神とする光の神々の勝利し、敗れた闇の神タイタン族はタルタロス山の地底深くに封印されました。
それから長い時が過ぎた、紀元前1200年頃の古代ギリシャの時代。
光の神々に敵意を抱き、その存在を滅ぼさんとするイラクリオンの王ハイペリオンが、領土の拡大と、タイタン族の封印を解くべく、軍勢を率いてギリシャ各地に侵攻を始めます。
タイタン族の封印を解くためには、はるか昔の神々の戦いで失われたとされる伝説の武器「エピロスの弓」が必要とされ、ハイペリオンはそれを探し出すためにギリシャ各地の神殿を襲撃していました。
その侵攻はやがて、半島の崖をくり貫いて作られている小さな村にも押し寄せ、村側は身分の高い者から順に安全な場所まで避難する決定を下します。

その小さな村に、神を信じず自分の武器のみを頼みに武芸に励むひとりの青年がいました。
彼の名はテセウス。
信心深い母親と共に生計を立てていたテセウスは、母親の身分が低くかつ村人のレイプによって産まれた子供という出生事情も相まって、他の村人達から蔑みの目で見られる日々を送っていました。
ハイペリオンの侵攻で村から避難することが決定された直後に、彼は自身の出生をバカにしてきた兵士のひとりと諍いを起こし、結果テセウスと母親はハイペリオンの軍勢が侵攻してくるであろう日に村からの避難を開始するよう命じられてしまいます。
そしてハイペリオンが村に侵攻してきたその日、テセウスは軍勢を相手に奮闘するものの、ハイペリオン自らの手によって母親を殺されてしまい、自身も多勢に無勢で囚われ奴隷の身とされてしまうのでした。
しかし、母親を失い無気力になって奴隷労働に従事していたテセウスの前に、4人組の巫女が連行されてきます。
彼女らは未来を予知する能力を持つ巫女で、その能力故にハイペリオンの軍勢に囚われの身となっていたのでした。
4人組の中で未来予知能力を持つ「本物」の巫女はただひとりで、あとの3人は「本物」を特定させないための一種の影武者という設定です。
「本物」の巫女であるパイドラは、テセウスの前を通りがかった際、彼が「エピロスの弓」を手に入れる未来を垣間見ます。
テセウスの未来に微かな希望を見出したパイドラは、テセウスと共に奴隷労働の現場から脱走を図ることを決断するのですが……。

映画「インモータルズ -神々の戦い-」で主人公となっているテセウスは、ギリシャ神話ではクレタ島の迷宮に幽閉されていた牛頭人身の怪物ミノタウロスを倒した英雄として有名を馳せている人物です。
その縁からなのか、今作の物語中盤でも当然のごとくミノタウロスと迷宮もどきが登場しており、ミノタウロス相手にテセウスが奮闘するアクションシーンが挿入されています。
今作におけるミノタウロスは、ハイペリオンの命令によってテセウスを殺しパイドラを拉致するために差し向けられた刺客、という役柄になっていました。
ただ作中のテセウスは、武芸に優れてはいるものの超人ではないので、1対1や1対数人程度の戦いならば奮闘もできるのですが、多勢に無勢という局面では数に押し切られるか、文字通りの「困った時の神頼み」で危機を脱出するかのどちらかに終始しています。
ただ、その「困った時の神頼み」の局面が実は意外に多かったりするのが、作品構成的には少々困り者ではあるのですが(-_-;;)。

また基本的なストーリー進行は、良くも悪くも単純明快で王道路線的な勧善懲悪物といったところですね。
ハイペリオンは問答無用で悪逆非道の王として描かれており、作中ではその残虐さを表現するために、母親の首を直接掻き切ったり、任務に失敗した部下を惨たらしく殺害したりするシーンなどが盛り込まれています。
個人的に印象に残ったのは、序盤でテセウスと諍いを起こし喧嘩両成敗で処分を受けたことに不満を持ち、ギリシャを裏切って自分の元に降ってきた兵士に対し、「裏切り者は信用できない」と言いながら、部下に命じて裏切り者の男性器をハンマーで潰させたシーンです。
映画の中で堂々と「去勢」の描写を展開するという事例はあまりお目にかけないものだったので、「いくらR-15とは言えそこまでやるか」というのが私の感想でしたね。

しかしこの王様、あれだけの大軍勢を率いていた割には、物語終盤で「エピロスの弓」を使いタイタン族の封印を解く際には、自分が指揮すべき軍と別行動を取り、しかもただのひとりの護衛を連れて行くことすらもなく、単身で現場に向かっていたりするんですよね。
タルタロス山の戦いにおけるイラクリオン軍は、タルタロス山の大壁で篭城するギリシャ軍を何十倍もの兵力で圧倒していたわけですし、ハイペリオンの立場であれば、その中から自分の護衛の百や二百くらい捻出することも充分に可能だったはずなのですが。
やたらと猜疑心の強い王のようでしたし、自分の護衛すらも信用していなかったのかもしれませんが、ちゃんと護衛を連れて行っていればテセウス一派の襲撃も簡単にあしらえたでしょうに。
ギリシャ軍だってどんな奇策を駆使してくるか分からないわけですし、神々の戦争介入や解放するはずのタイタン族が自分達に牙をむいて襲い掛かってくるケースも考えられるのですから、ハイペリオンは必要最低限どころか軍を二分するレベルの護衛を連れて行っても良かったのではないのかと。

ちなみに、ハイペリオンによって「去勢」されてしまった裏切り者の兵士は、ハイペリオンにテセウスに関する情報を提供する役割を担った以外は全くと言って良いほどに見せ場がなく、物語終盤のタルタロス山の戦いでも、「雑兵のひとり」同然の扱いでテセウスに瞬殺されてしまう始末。
一騎打ちに持ち込むことすらできなかったのですから哀れとしか言いようがありませんでしたね(T_T)。
序盤でテセウスと因縁もあったわけですから、最後くらい何か見せ場があるのではないかと期待していたのですが。

R-15系の残虐描写が嫌いという方にはあまりオススメできる映画ではなく、逆に血どころか肉片が飛び散るようなスプラッタ系アクションシーンが好みという方には必見の映画、と言えるでしょうか。

映画「コンテイジョン」感想

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映画「コンテイジョン」観に行ってきました。
ひとりの感染者を発端に全世界へ拡大していく致死性ウィルスの恐怖と社会的混乱を描いたサスペンス大作。

物語は、最初の感染者がウィルスに感染した「2日目」から始まります。
「1日目」で何が発生していたのかについてはラストで明らかになるのですが、序盤はその部分を省いたままストーリーが進行してきます。
アメリカ人では最初のウィルス感染者となるベス・エムホフは、空港の喫茶店?で発着が遅れている飛行機を待ちながら、かつての恋人ジョン・ニールと電話で会話をしていました。
既にウィルスに感染していた彼女は、咳き込んだりあちこちにベタベタ触ったりして、自分で自覚することのないままに感染源を片っ端から構築していきます。
同じ日には、中国・香港でカジノのウェイターが、イギリスのロンドンでウクライナ人モデルの女性が、日本の東京ではビジネスマンが、それぞれ人が密集する中で苦しげに咳き込んでいる様子が描かれています。
そして2日後、家族が待つ家に出張から帰ってきたベスは、夫であるミッチ・エムホフの目の前で突如痙攣を起こして意識を失い、すぐさま救急車で病院に運ばれたものの、間もなく死亡してしまうのでした。
あまりにも突然の事態に茫然自失状態になるミッチですが、そこへさらに追い討ちをかけるかのごとく、今度はベスの連れ子であるクラークが自宅で容態急変。
急報を受けてすぐに帰宅するミッチでしたが、自宅に着いた時には既にクラークの呼吸は止まった状態でした。
あまりにも不可解なベスの症状について報告を受けた世界保健機構(WHO)は、ベスの遺体解剖と、出張中におけるベスの足跡についての調査を開始。
症状が脳炎に近いということから頭を解剖した医師は、その結果について危機感を覚え「全方面に通報しろ」と助手に命じるのでした。
しかしそれからわずか1週間ほどで、ウィルスは一挙にアメリカ全土どころか全世界へと拡大していき……。

映画「コンテイジョン」に登場するような感染性の高い致死性の病気(ウィルス)の爆発的拡大と脅威、いわゆる「パンデミック」を扱った作品は、ここ10数年で結構多く見かけるようになりました。
この手の作品で私が初めて観た映画は、1995年公開のアメリカ映画「アウトブレイク」。
エボラ出血熱の突然変異種が空気感染するようになり、ワクチンを見つけるべく奮闘する軍医と、感染拡大を防ぎ病原菌に纏わる秘密をも闇に葬ろうとする軍上層部との緊迫した駆け引きが描かれていました。
最近だと、ミツバチが大量に失踪する事件を元ネタに、感染者が何らかの方法で自殺を図ってしまうという2008年公開映画「ハプニング」や、感染者が突然盲目になってしまう病気が蔓延し社会が荒廃してしまった同年公開映画「ブラインドネス」があります。
単純に「ウィルスの拡大による社会の崩壊」を描いたものならば「バイオハザード」シリーズもありますし、この間公開されていた映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のラストでも、致死性ウィルス拡大による人類の暗い未来が暗示されていました。
日本でも2009年公開映画「感染列島」がパンデミックの恐怖を扱っており、また2010年公開映画「大奥」でも、男性人口激減の設定として「赤面疱瘡」という架空の病気のパンデミックが使われていました。
「感染列島」や「大奥」におけるパンデミックの設定は、何故か感染範囲が日本国内に限定されてしまっているのが何とも不可解な話ではありましたが。
新旧の「猿の惑星」の変遷に象徴されるがごとく、ソ連崩壊によって現実味がなくなってしまった全面核戦争などよりも、いつ起こるか分からず、またいつ起こっても不思議ではないパンデミックの方が「社会的な恐怖」として受け入れられるようになってきたわけで、これも時代の流れというものなのでしょうか。

さて、映画「コンテイジョン」に話を戻すと、この映画の構成としては、2009年公開の日本映画「感染列島」に結構近いところがありますね。
パンデミックが拡大を始めるところから物語がスタートし、感染の原因が終盤に判明する構図や、ウィルスそのものの脅威よりも、ウィルスの脅威に対する人間社会の反応にスポットを当てた点などは、まさに「感染列島」を想起させるものがありました。
ただ、ウィルスに対する恐怖の反動として、商店の焼き打ちや略奪などといった暴動が発生したり、ワクチン目当ての誘拐事件などが発生したりする辺りは、さすがアメリカナイズされているといったところではあるのですが(苦笑)。
というよりも、日本以外の国ではそれが普通なのであって、むしろ東日本大震災直後ですら暴動や略奪の類がほとんど発生しなかった日本の方が世界的に見ても異常なのでしょうし、だからこそ全世界が賞賛もしたのでしょうけど。
ブログで「正しい治療薬」なるものを提示し「政府は有効な治療薬を隠している」などといった陰謀論を主張したりする詐欺師が出てきて、かつそのブログの閲覧者が1200万人も出たりする(もちろん「批判的・懐疑的に観ている」という人もその中にはいるでしょうが)という描写は、日本でも普通にありそうな話ではあるのですが。
他にも、TwitterやFacebookなども作中に名前が登場したりしていて、この辺りにも何となく時代の変化を感じさせるものがありましたね。

あと、今作にはマット・デイモンが主役のひとり(ミッチ・エムホフ役)として登場しているのですが、今作における彼はこれといった活躍の描写が全くと言って良いほどありませんでしたね。
「最初の感染者の夫」という役柄でスポットが当てられた一般人以外の何物でもなく、その行動もその他大勢の一般人と何ら変わるところがありません。
物語序盤でこそ、彼は感染の疑いから隔離されるのですが、その後あっさりと解放されてウィルスの研究やワクチン開発などには全く関与することがなかったですし。
あえて彼の特異なところを挙げるとすれば、最初の感染者である妻と彼も少なからず接触や会話をしていて、かつ連れ子はきっちりウィルスに感染して死んでいるにもかかわらず、彼と彼の実娘?だけは最後まで病気が発症しなかった点でしょうか。
この辺りは、周囲がひとり残らず盲目になっていく中、ただひとりだけ盲目になることなく普通に目が見えていた映画「ブラインドネス」の女主人公を想起させるものがありましたが。

作中で発生している社会的な情勢や個人の対応などは、「もしこんなパンデミックが発生したら実際に起こりそう」的な内容で説得力も多々あります。
扱っているテーマがテーマなので全体的に暗い話ではあるのですが、サスペンス物が好きな方にはオススメな作品なのではないかと思います。

映画「ミッション:8ミニッツ」感想

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映画「ミッション:8ミニッツ」観に行ってきました。
シカゴユニオン駅行の列車で発生した爆破テロ事件の犯人を、犠牲者が死亡する8分前の意識に潜り込んで探し出すSFサスペンス。

ストーリーは、主人公コルター・スティーヴンスがシカゴユニオン駅行きの列車の中で目覚めるところから始まります。
向かいの席には女性が座っており、自分に対して親しげに話しかけてきます。
しかしスティーヴンスは、自分のことを「ショーン」と呼ぶその女性に全く見覚えがなく、それどころか自分が何故ここにいるのかすらも理解できないのでした。
当人が主張するところによれば、彼はアメリカ軍人としてアフガンに派遣され任務に従事していたはずだったとのこと。
あまりにも意味不明な反応と、自分が置かれている状況が全く理解できず混乱しまくるスティーヴンスを尻目に、通りすがりの通行人は手に持ったコーヒーをこぼしてスティーヴンスの靴にぶっかけ、車掌は切符の確認を行い、そして列車は終点ひとつ手前のグレンブルック駅に到着します。
停車したグレンブルック駅でひとしきり乗降する客達の様子が映し出された後、列車は終点であるシカゴユニオン駅へ向け発車。
その中で混乱極まったスティーヴンスは、列車のトイレに駆け込み鏡を覗き込むのですが、そこに映し出されていたのは何と自分ではなく、これまた見知らぬ男の顔だったのです。
さらに所持していた身分証明書を見ると、そこには自分ではなく「ショーン・フェントレス」「教師」という文字が。
茫然自失状態でトイレから出てきたスティーヴンスを、先ほど向かいの席に座っていた女性が心配して話しかけてきます。
スティーヴンスは女性と口論状態になってしまうのですが、その最中、乗車している列車が対向してきた貨物列車とすれ違います。
その瞬間、全く突然に爆風がスティーヴンスと女性、さらには列車全体に襲い掛かり、火に包まれた列車は貨物列車をも巻き込み、さらには高架橋から脱線し落下してしまうのでした。

しかし大爆発に巻き込まれた次の瞬間、スティーヴンスは暗いコックピットの中で目を覚まします。
立て続けに発生するおかしな事象にスティーヴンスは混乱するばかりですが、コックピットの中にあるスクリーンに女性が表示されます。
彼女は空軍大尉コリーン・グッドウィンと名乗り、列車の状況を確認してきますが、混乱しているスティーヴンスにマトモな返答ができるわけもありません。
仕方なくグッドウィンは状況を説明するのですが、それによれば彼は「包囲された城」と呼ばれる実験施設で、シカゴで午前7時48分に起こった列車爆破テロ事件の犯人を捜す任務が与えられているとのこと。
「包囲された城」では、特殊なソースコードプログラムを駆使して事件の犠牲者となった人間の記憶から8分前の世界を仮想再現し、そこにスティーヴンスを送り込んで事件の犯人を捜させようとしていたのでした。
彼が選ばれたのは、スティーヴンスはシステムを動かしているソースコードと相性が良かったからだとのこと。
何とか自分がやらなければならないことを理解した主人公ですが、しかし自分が何故ここにいるのかについては全く謎のまま。
そして当然のごとく犯人など見つけられていない主人公は、再び「包囲された城」によって爆破事件8分前に飛ばされてしまうのでした。
目覚めた直後に自分に話しかけてくる女性。
コーヒーをこぼして自分の靴にかけてくる通りすがりの通行人。
そして切符を確認してくる車掌。
先ほどと全く同じ光景が繰り返される中、今度は先ほどとは全く別の行動に打って出るスティーヴンス。
8分しかない上に手がかりもないために何度も「爆破に巻き込まれ再ダイブ」を繰り返しながら、スティーヴンスは少しずつ事件の核心に迫っていくのですが……。

映画「ミッション:8ミニッツ」では、事件8分前に飛ばされる描写が何度も繰り返されながらも、「これはタイムトラベルではない」とされています。
主人公が飛ばされるのは、あくまでも「事件の犠牲者(おそらくは「本物の」ショーン・フェントレス)の頭の中に残されていた生涯最後の8分間の記憶だか意識だかを元に構築された仮想空間」であり、現実の世界とは繋がりのない世界であるとの説明が、システム製作者のラトリッジ博士によって行われています。
つまり、「(主人公が)飛ばされた仮想空間」でどんな歴史改変的な行動を起こしたとしても、【飛ばし元の世界】で過去に起こった結果を変えることはできないのです。
実際、物語中盤で主人公は、向かいの席に座っていた女性クリスティーナ・ウォーレンを列車爆発の前にグレンブルック駅で降ろし難を逃れさせるのですが、戻ってきた世界における「クリスティーナ・ウォーレンの死」という過去の結果は不動のままでした。
ただし、主人公が飛ばされるまでの仮想世界の過去は【飛ばし元の世界の過去】と全く同じなので、そこで得られた情報を元に【飛ばし元の世界】で行動すれば【飛ばし元の世界】の未来を変えることが可能なのです。
列車爆破事件を起こした犯人は、列車爆破に続くテロ事件を画策していたため、そこで犯人が分かればテロ事件を未然に防ぎ、【飛ばし元の世界】の犯人を捕まえることもできるという按配です。
ラトリッジ博士も「未来を救えるプログラム」と豪語していましたが、まさにその通りのシステムと言えますね。

また、主人公であるコルター・スティーヴンスは、犯人探索と並行して自分の父親と何とか連絡を取ろうとし、さらに「包囲された城」がどこの所属なのかを突き止めようとします。
ところがその結果判明したのは、自分が列車爆破事件の2ヶ月前にアフガンで戦死していて、父親がその遺族としてTV出演するという驚愕の事実だったのです。
「飛ばし元の世界」に戻ったスティーヴンスがグッドウィンを問い詰めると、彼の本当の肉体は既に脳死状態で生命維持装置に繋がれており、ただ精神だけが「包囲された城」に投影されているだけの存在になっているとのこと。
物語終盤で彼の肉体が映し出されるのですが、下半身がなく上半身だけコードに繋がれて不気味に動いている状態でした。
もう生き返れる余地もないと知った時のスティーヴンスの絶望ぶりは如何ばかりだったことでしょうか。
さらにシステムの製作者たるラトリッジ博士も、成功すれば自分の功績になるわけですから、ここぞとばかりに何度もスティーヴンスを8分前の世界へのダイブを強制する始末です。
死後までこき使われ続けるスティーヴンスの苦痛と屈辱は想像を絶するものがあったでしょうね。
ついにスティーヴンスは「ミッションを成功したら俺の生命維持装置を切ってくれ」と主張するところまで心理的に追い詰められてしまいます。
結局彼は犯人を突き止めることに成功し、名前と犯人のクルマの車種とナンバーを入手することに成功するのですが、アレまでに一体何回ダイブしていたのやら。
挙句にラトリッジ博士は、実験の成功を受けてスティーヴンスとの約束を反故にし、記憶を消去することでシステムの再利用に活用しようとする始末ですし、あの博士もなかなかの外道っぷりを発揮していますね(苦笑)。

映画「ミッション:8ミニッツ」は、その世界観を理解するのに多少頭を使う必要が出てくる作品と言えます。
序盤でラトリッジ博士がシステムについて行っていた説明を一部引っくり返した感のあるラストも、結構考えさせられるものがありましたし。
SFやサスペンス系の作品が好きという方には文句なしにオススメの映画と言えるのではないかと。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」感想

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映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(3D版)」観に行ってきました。
アレクサンドル・デュマ原作小説「三銃士」をベースにしつつ、飛行船をはじめとする妙に近代的な兵器が多数登場するなど、全く新しいオリジナルストーリーが繰り広げられる冒険活劇作品。
2D版/3D版同時公開の今作ですが、2D版は残念ながら都合により時間が合わず、結局3D版で観賞する羽目と相成りました(T_T)。
個人的に「三銃士」と言えば、かつてNHKで放映されていた「アニメ三銃士」の印象が強いですね。
アレ以外で観る「三銃士」というのは、実は今作が初めてだったりしますし(^^;;)。

物語最初の舞台はイタリアのヴェネチア。
夜のヴェネチアの街で、三銃士の名で知られるアトス・ポルトス・アラミスが、それぞれの個性に応じた方法でとある鍵を入手するところから始まります。
三銃士のリーダー格であるアトスには恋人らしき女性ミレディ・ド・ウィンターが同伴しており、三銃士の任務に協力しています。
三銃士達とミレディは、とある建物で入手した3つの鍵を使い、床に隠されていた地下へと続く秘密の階段を開きます。
そして、通路に仕込まれていた罠をかいぐぐった一行は、通路の奥の部屋を漁りまくった末、ある図面を発見して歓声を上げます。
それはダ・ヴィンチが設計したという飛行船の設計図で、一行はこれの奪取を目的に、フランスからはるばるヴェネチアまでやってきていたのでした。
侵入者の存在に気づいた追っ手からも何とか逃れた一行は4人で祝杯を挙げるのですが、ここでミレディが三銃士達を裏切ります。
ミレディは、三銃士達のグラスに麻痺?毒を仕込み、彼らを行動不能状態にしてしまったのです。
それに乗じてどこからともなく姿を現したのは、ミレディと取引をして裏切らせたイギリスのバッキンガム公爵。
彼はミレディの毒にやられた三銃士達を嘲笑しながらも生命までは奪わず、アトスの手から飛行船の設計図を奪い去っていくのでした。

それから1年後。
ガスコーニュの片田舎から、ひとりの青年がフランスの王都パリへとやってきました。
彼の名はダルタニアン。
元銃士だったという父親に倣い、自らも銃士になる夢を抱いてパリへと上京してきたのです。
しかし、パリについて早々、彼はいきなりトラブルに巻き込まれます。
通りかかった酒場で馬を世話していた際、たまたまその場に居合わせていたリシュリュー枢機卿の腹心であるロシュフォールとその取り巻き達が、ダルタニアンと馬を馬鹿にし始めたのです。
これに激怒したダルタニアンはロシュフォールに決闘を挑むのですが、ロシュフォールは隠し持っていた短銃でダルタニアンを撃ち、あっさりダウンさせてしまいます。
ここぞとばかりにダルタニアンにトドメを刺そうとしたロシュフォールでしたが、そこへ馬車が通りかかり、ロシュフォールを制止します。
馬車に乗っていたのは、1年前にヴェネチアで三銃士達を裏切った「あの」ミレディ。
ロシュフォール達は剣を収め、ミレディと共にその場を去っていくのでした。
その屈辱が忘れられないダルタニアンでしたが、その後パリの街を歩いていた際に早くもロシュフォールの姿を目撃します。
すぐさま先日の雪辱を晴らさんと追跡を開始するダルタニアンでしたが、その直後にたまたまその場に居合わせていた三銃士のリーダー・アトスとぶつかってしまいます。
2人は口論の末、とある広場で12時に決闘をすることでとりあえず話をつけ一旦別れます。
しかし再びロシュフォールを追いかけ始めたダルタニアンは、その後も引き続きポルトスとアラミスともイザコザを起こす羽目になり、同じ広場にそれぞれ1時と2時に決闘を行うと宣言することになります。
そして約束の12時、決闘をするために広場に集まったダルタニアンと三銃士達は、しかしそこでロシュフォールの部下が率いる衛兵部隊40人に包囲されてしまい……。

映画「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」では、映画「バイオハザード」シリーズで主人公を演じたミラ・ジョヴォヴィッチが悪女ミレディ役で登場します。
物語の序盤から中盤にかけて、彼女は主人公ダルタニアン&三銃士達を遥かに凌駕する活躍で存在感をアピールしていました。
また、その活躍の仕方やアクション系の描写も、他ならぬ「バイオハザード」でミラ・ジョヴォヴィッチ自身が演じた主人公アリスを彷彿とさせるものがありました。
序盤の隠し通路の罠をかいくぐるシーンや、王妃の首飾りを奪う辺りの描写などは、まさに「バイオハザード」そのものでしたし。
映画の宣伝でも「バイオハザードの監督が手掛けた……」というのが謳い文句になっていましたし、狙ってやった側面もあったのでしょうけどね。

今作における見所は、やはり何と言ってもミラ・ジョヴォヴィッチのミレディと、クリストフ・ヴァルツが演じたリシュリュー枢機卿でしょうね。
様々な権謀術数を巡らすこの2人は「悪役」としての貫禄がたっぷりにじみ出ていて、他の登場人物と比べて存在感が際立っていました。
逆に主人公のダルタニアンとバッキンガム公爵は、それぞれ主人公と悪役という重要な役柄を担っているにもかかわらず、活躍度も出番も今ひとつだった印象が多々あります。
2人共、作中の言動からはナンパ師的かつ軽薄なイメージが前面に出すぎていて「良家のお坊ちゃん」的なイメージがどうにも否めないんですよね。
コンスタンス相手に正真正銘の3流ナンパ師ぶりを披露しているダルタニアンはともかく、バッキンガム公爵はリシュリュー枢機卿やミレディと互角に渡り合っている人物であるはずなのに、それでも「軽い」印象が常に付き纏うというか……。
この2人、今作では一種の「顔見せ興行」程度の役回りしか担っていなかったのではないかと思えてなりませんね。
ラストの描写を見ても、予算と人気が許す限りにおいて続編が製作されるであろうことは確実ですし、彼ら2人は続編における活躍と成長でその真価を発揮することになるのでしょうか。

あと、物語後半における重要アイテムとなる「王妃の首飾り」ですが、アレってわざわざバッキンガム公爵やミレディ、それにリシュリュー枢機卿の部下達があそこまで必死に守らなければならないシロモノだったのでしょうか?
ルイ13世に不倫疑惑をかけられた王妃や、コンスタンスを介した王妃の依頼でそれを取り戻さんとするダルタニアン&三銃士達には、確かに「王妃の首飾り」を奪還しなければならない理由もあるでしょう。
しかし、それを迎撃する側にしてみれば、最悪でも「王妃の首飾り」が王妃側の手に渡りさえしなければ、それで自分達の勝利条件を充分に達成することができるわけです。
となれば迎撃側としては、「王妃の首飾り」をどこか誰の目にも届かず探索すらも不可能な場所、たとえば大西洋のど真ん中にでも捨ててしまった方が、どんなに厳重な警戒態勢を布くよりもはるかに安全確実だったのではないかと。
あるいは、「王妃の首飾り」を跡形も無く徹底的に破壊・粉砕してしまっても良いでしょう。
そうすれば王妃側は、その時点で「王妃の首飾り」の奪還自体を不可能にされてしまい、陰謀は誰にも止められなくなるのですから。
迎撃側にとって「王妃の首飾り」自体の存在価値は全くと言って良いほどないわけですから、そういう選択肢を取ることも十分に可能だったはずなのですけどね。
何故わざわざ「奪回してくれ」と言わんばかりに余計なリスクを抱えようとするのか、正直理解に苦しむものがあったのですが……。

ラストでバッキンガム公爵が率いていた海と空の大艦隊を見る限り、続編ではイギリスとフランスの全面戦争にでもなりそうな雰囲気でしたが、続編が出るとしたらどんなストーリーが展開されるのか、気になるところではありますね。

映画「カウボーイ&エイリアン」感想

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映画「カウボーイ&エイリアン」観に行ってきました。
1873年のアメリカ・アリゾナ州を舞台に繰り広げられる、カウボーイ・ならず者・インディアンの連合軍とエイリアン達との戦いを描いた、ダニエル・クレイグ&ハリソン・フォード主演の作品。

物語は、荒野のど真ん中でひとりの男が飛び起きるところから始まります。
男は記憶を失っており、右前腹には謎の傷、さらに左腕には何やら得体の知れない銀の腕輪が装着されており、男が何をやっても外すことができません。
そんな男の元へ、馬に乗った3人の男が近づいてきます。
アブソリューションの町に向かっているという3人の男達は、腕輪の男に対し非友好的な態度で接した上に銃を向けてきます。
しかし腕輪の男は彼らをあっさりと返り討ちにしてしまい、逆に彼らの身包みを剥いでカウボーイ的な身なりを整えた腕輪の男は、3人の男達が向かう予定だったアブソリューションの町へと向かうことになります。

町に入った腕輪の男は、町を牛耳っているカーネル・ウッドロー・ダラーバイドの息子であるパーシー・ダラーバイドと酒場のマスター・ドクとの諍いに巻き込まれます。
父親の権威を振り回して酒場の料金を踏み倒そうとした挙句、ドクへの見舞金と称して町の住民からカツアゲをしようとするパーシー。
この三下同然のカツアゲ行為は腕輪の男にも及ぶのですが、腕輪の男はパーシーに痛烈な一撃を与えてダウンさせます。
怒り狂ったパーシーは腕輪の男に銃を向け発砲するのですが、その際手元が狂ってしまい、銃弾は腕輪の男ではなく、たまたまその場に居合わせていた保安官補に命中。
保安官を撃ったという罪により、パーシーは保安官によってブタ箱に収監されてしまいます。
その後、腕輪の男は酒場に入り、ウィスキーを注文するのですが、そこに近づいてくる女がひとり。
エラと名乗った彼女は、腕輪の男が記憶喪失であることを最初から知っているかのような口ぶりを披露し、男について何か知っているかのような言動を披露します。
不審を抱いた腕輪の男ですが、そこへパーシーを収監した保安官達が酒場に入り、何やら物々しい雰囲気で腕輪の男に同行を求めてきます。
保安官によると、腕輪の男の正体は、駅馬車を襲撃して強盗・殺人等の容疑で指名手配されているジェイク・ロネガンという人物だとのこと。
捕まってたまるかとばかりに、腕輪の男改めジェイク・ロネガンは保安官達相手にまたもや大立ち回りを披露するのですが、エラに側頭部を強打され昏倒、めでたく彼もブタ箱に収監されてしまうのでした。

そしてその日の夜、別の町で裁判を受けるためなのか、鎖に繋がれた状態で馬車に乗せられたパーシーとジェイク。
そこへ、町の支配者であるカーネル・ウッドロー・ダラーバイドが、息子を取り戻さんと手下を率いて押しよせ、息子の返還を保安官に要求します。
両者まさに一触即発の雰囲気となったまさにその時、突如空から謎の飛行物体が現れ、町全体に無差別攻撃を開始してきたのです。
突然奇襲された上、空を自由に飛びまわる飛行物体に、町の人達は全く対抗する術がありません。
謎の飛行物体に次々と捕獲されていく町の人達。
そんな中、混乱のドサクサに紛れ馬車から脱出したジェイクは、自分に迫り来る飛行物体に対し、銀の腕輪が装着された左手を掲げます。
すると、その銀の腕輪から強力な光と衝撃波が発せられ、それに命中した飛行物体は無様に墜落してしまうのでした。
残った町の住民の目が飛行物体に集中する中、その近くの家屋で上がる悲鳴。
その家屋からは見たこともない足跡がどこかへ続いており、その先に謎の飛行物体の根拠地があるのではないかと推察されました。
自身も息子パーシーを謎の飛行物体に拉致されてしまったカーネル・ウッドロー・ダラーバイドは、囚われた人々を救うべく、自らを長とする調査隊を結成するのですが……。

映画「カウボーイ&エイリアン」に登場するエイリアン達は、他作品に登場するエイリアン達と比較するとかなり弱い印象が否めませんね。
たとえば映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」に登場するエイリアンは、ちゃんと急所に当てないと重火器の集中砲火を浴びてもピンピンしていますし、映画「スカイライン-征服-」では自由に空を飛べる上に桁外れの生命力を持つエイリアンが登場します。
これに対し、今作に登場するエイリアン達は、身体的には人間より大きくかつ素早い&力もあるものの、19世紀レベルの片手拳銃や弓矢程度の武器で倒すことが可能だったりします。
物語後半では、10歳程度の少年が突き出したナイフで殺されてしまったエイリアンもいましたし。
エイリアン達が操縦しているらしい飛行物体については、さすがに主人公の銀の腕輪以外に対抗手段がないようなのですが、やはり全体的には「19世紀の人間社会」に対応する形でエイリアン達のレベルが下がっているとしか言いようがないですね。
まあそうしないと、作中のカウボーイやインディアン達がエイリアンに勝利どころかマトモに対抗すらできないのですから、作品構成的には当然の措置ではあるのですが。
他作品に登場するレベルのエイリアンが相手だったら、空を飛ぶ手段すらない19世紀レベルの人間社会では、既に戦う前から敗北しているようなものですからねぇ。

一方、主人公が持つ銀の腕輪の破壊力はとにかく凄まじく、またエイリアンのみならず対人間についても有効な武器として機能しています。
弾数制限がない上、人間もエイリアンも飛行物体もただの一撃でそれも百発百中で破壊できる上、特に人間相手の場合は「武器と判断されない」という強みもあります。
作中で主人公達がならず者達に包囲された際も、拳銃を押収し安心しきっていたならず者集団に対し多大な力を発揮していましたし。
ただ、そこまで強力な武器であれば当然エイリアン達も多用しているのではないかと考えていたのですが、物語終盤のエイリアンとの決戦でも、その手の武器をエイリアン達があまり使用していなかった印象がありますね。
確かに一部のエイリアン達は重火器を使っていましたが、カウボーイやインディアン達が戦いを挑んだエイリアン達の大半は素手で戦っていたりします。
エイリアン達が人間達を舐めきっていたことと、航空戦力に依存しきっていたのにそれを奇襲で封じられたこと、その手の武器が元々少数しかなかったらしいことがどうも原因ではあるようなのですが。
作中のエイリアン達はただ1隻の宇宙船しか持っていなかったようでしたし、エイリアン側も「国(に相当する勢力)を挙げて」というよりは「中小企業(に相当する組織)レベル」の集団だったのではないかと。
だからこそ、人間達にも反撃の余地があったのでしょう。

また、今作におけるエイリアン達が地球にやって来たのは「金(きん)」の獲得が目的だったのだとか。
彼らは金鉱脈を発見し採掘していたのみならず、何らかの貴金属を身につけている人間達からも金を収奪するために拉致していたようで。
記憶を失う前の主人公も、馬車を襲撃して金貨を手に入れたことが災いしてエイリアン達に拉致されていたという経歴が作中で披露されていますし、他にも拉致した人間から取り上げたらしい金属時計の類が、採掘されている金と一緒に多数転がっている描写があったりします。
この辺りは、「水の収奪」を目的としていた映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」登場のエイリアン達と傾向が似ていますね。
今年はエイリアン映画の当たり年ということもあり、私も複数のエイリアン映画を観に行っているのですけど、エイリアンにも色々な個性があるものなのですねぇ。
まあ当たり前ではあるのでしょうけど。

西部劇とエイリアン物が融合した作品ではありますが、どちらかと言えば西部劇的な要素や人間ドラマの方が出来は良いですね。
エイリアン系は、作品単独としてはともかく、やはり他の作品と比較すると地味かつ規模が小さな印象を受けますし。
西部劇系が好きな人には文句なくオススメ、といったところでしょうか。

映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー(3D版)」感想

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映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー(3D版)」観に行ってきました。
軍の秘密実験で超人的な能力を身につけた「キャプテン・アメリカ」が、レッド・スカル率いるヒドラ党と戦うストーリー。
中途半端な知名度だったのが災いしたのか、行きつけの映画館では3D版しか公開されておらず、泣く泣く3D版を見る羽目になりました(T_T)。
人気のある映画だったら3D・2D同時公開になるので、2D版が観賞できる余地もあったのですが……。
カネが余計にかかるだけで全く良いことがないのですし、いいかげん3D版公開というのは止めて欲しいところではあるのですけどね。

映画「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー」では、「アイアンマン」シリーズの主人公トニー・スタークの父親であるハワード・スタークが重要人物として登場します。
「キャプテン・アメリカ」と「アイアンマン」は、同じアメリカのマーベル・コミックに登場するヒーローであり、かつその中で最も人気があるビッグ3の一翼を担っていることから、同じ世界観を共有していたりするんですよね。
そして、残るビッグ3の「マイティ・ソー」もまた「キャプテン・アメリカ」「アイアンマン」と同じ世界観を共有しており、この3作のヒーロー達は、2012年8月に日本で公開予定の映画「ジ・アベンジャーズ」で全員が一同に会することになります。
映画「アイアンマン」シリーズおよび「マイティ・ソー」でもそうでしたが、今作でもラストにアベンジャーズ計画を推進する謎の組織「S.H.I.E.L.D.」の長官で眼帯のスキンヘッド男ニック・フューリーが顔を出し、さらにエンドロール後には映画「ジ・アベンジャーズ」の予告編があります。
予告編では、ソーとアイアンマンもちらりと登場しますし、ソーの弟であるロキも一瞬顔を出していたりします。
なので、今作を映画館で観賞される方は、映画が完全に終わるまで席を立たないことをオススメしておきます。

今作の舞台は、ナチス・ドイツがヨーロッパで快進撃を続けている第二次世界大戦当時のアメリカとなります。
主人公スティーブ・ロジャースは、戦争を嫌い、軍に志願して一刻も早く戦争を終わらせることを願う、アメリカに対する愛国心と正義感溢れる青年。
しかし彼は、その虚弱で小柄な体格が災いして、何度も入隊テストを受けているにもかかわらず不合格が続く日々を送っていました。
そんなある日、親友で入隊テストに一発合格したバッキー・バーンズがスティーブの元を訪れ、彼をニューヨーク万国博覧会跡地のイベント会場へと誘います。
その会場では、先述のハワード・スタークが車を重力制御装置?で浮遊させるパフォーマンスを披露していたりするのですが、そんな中、バッキー・バーンズはヨーロッパの最前線で戦う107部隊への配属が決定したことをスティーブに告げます。
親友の門出を祝福しながらも、一向に入隊ができない自分の境遇にあせるスティーブですが、しかしそんな彼にもチャンスが訪れます。
イベント会場でスティーブのことを観察していた軍医アースキン博士がスティーブに接触し、彼との面接を介して入隊を果たすことに成功するのです。
もちろん、入隊を果たしただけで彼の虚弱体質が直るはずもなく、彼は配属された部隊の訓練でも劣等生ぶりを遺憾なく発揮します(苦笑)。
そんな彼をアースキン博士が選んだのは、彼とハワード・スタークが推進している「スーパーソルジャー計画」の披験者としての資質に着目したためでした。
力に溺れることのない真っ直ぐな正義感と勇気、そして慈悲の精神、そういったものが「スーパーソルジャー計画」では求められていたわけです。
そして、実験のことを告げられたスティーブは、何ら迷うことなく被験者となることを承諾します。
そして第1回目となる実験の末、スティーブは超人的な肉体能力を獲得することに成功するのですが、その直後に計画の責任者であるアースキン博士が殺害されてしまい、「スーパーソルジャー計画」は頓挫してしまいます。
結果としてただひとりの強化人間となったスティーブは、しかし軍上層部から「たったひとりでは何もできない」と見做され、一人前の戦力として認められることはありませんでした。
そして代わりにスティーブは、星条旗をあしらった派手なコスチュームを身に纏い、国内向けのプロパガンダで戦時国債を集めたり、前線の兵士達を鼓舞したりするための軍のマスコットキャラクター「キャプテン・アメリカ」として振舞うよう命じられることになります。
これが、アメリカ最初のヒーローとなる「キャプテン・アメリカ」が誕生した経緯となるわけですね。

「キャプテン・アメリカ」の特徴は、その卓越した運動能力とハワード・スタークが製作したシールド、そして何よりもチームプレイにあります。
切り込み隊長として先頭を走りつつ後続の兵士達を守りながら突き進んだり、囮として単身突撃して敵の目を集中させることで別働隊の作戦行動を支援したりといった行動が作中でも展開されています。
この辺りは、良くも悪くも単独で戦っていた感のあるアイアンマンやソーとは大きく異なる点ですね。
もちろん、キャプテン・アメリカも単独で行動することはありますし、宿敵であるレッド・スカルとの戦いも1対1で行われることにはなるのですが。
今作単独だけで見れば相対的に強大な力を誇っているかのように見えるキャプテン・アメリカではありますが、しかしアイアンマンとソーが合流することになるであろう「ジ・アベンジャーズ」では、彼の強さがどう描写されることになるのか気になるところではありますね。
単純な戦闘能力だけで言えば、遠距離攻撃が可能な火力や飛行能力を持つアイアンマンとソーの方が圧倒的に上でしょうし、作中でしばしば披露された「シールドをフリスビーのように投げる」という使い方も、アイアンマンとソーの攻撃手法に比べると見た目でも攻撃力でも頼りないイメージが否めないのですが。
今作の副題である「ザ・ファースト・アベンジャー」から言っても、キャプテン・アメリカが「ジ・アベンジャーズ」のリーダー的な役割を果たすことになるのは確実ですし、彼がアイアンマン&ソーと並ぶためには、何らかの戦力的なテコ入れがさらに必要になるのではないかなぁ、と。
もっとも、ヒーロー達を束ねるチームリーダーとしては、アイアンマン&ソーよりもキャプテン・アメリカの方がはるかに優れているでしょうけど。
アイアンマンことトニー・スタークもソーも、やたらと「我が強い」「協調性のない」性格をしていますからねぇ(-_-;;)。

作品単独で見ると、良くも悪くも「単純明快かつ勧善懲悪な分かりやすいストーリー」で構成されていると言えますね。
主人公が愛国的かつ真っ直ぐな性格をしていることもあってか、昨今の映画でありがちな「主人公が自分自身や家族問題等で思い悩むシーン」もほとんどありませんし。
ただ、「起きたら70年近くも経過していた」という浦島太郎的な境遇に置かれてしまったラストではさすがにショックも受けているでしょうし、文化的なカルチャーショック等で新たな悩みも出てきそうではあるのですが。

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