2010年の年末に、よしながふみ原作のコミック版「大奥」2巻~6巻、および公式ガイドブックを入手しました。
すでに購入済みの1巻も含め、これで当面の「大奥」シリーズの既刊本が全て揃ったことになります。
「大奥」については、映画版の劇場公開が宣伝されていた頃から「如何なる経緯から男女逆転という社会システムの変遷が実現したのか?」という疑問が気になって仕方がなかったんですよね。
そのため、以前から「大奥」の刊行本を検証しようと考えていたのですが、ようやくそれが可能な体制が整ったわけです。
そんなわけで、今回からいくつかのテーマに分けて、コミック版「大奥」の設定および問題点についての検証考察を行っていきたいと思います。
記念すべき第1回目を飾ることになる今回の検証テーマは【史実に反する「赤面疱瘡」の人口激減】。
なお、過去の「大奥」に関する記事はこちら↓
映画「大奥」感想&疑問
実写映画版とコミック版1巻の「大奥」比較検証&感想
コミック版「大奥」では、徳川3代将軍家光の時代に、12~17歳までの若い男性(ごく稀にそれ以降の年齢の男性も罹ることあり)に発症する「赤面疱瘡」なる謎の奇病が大流行して男性人口が激減した結果、男女逆転の世界が実現したとされています。
「赤面疱瘡」の致死率は80%と極めて高く、1巻で農民のひとりが発症から4日後に死んでいること、また3巻では、春日局が病で倒れた9月10日から死に至る9月14日までの間に、家光(女性)の側室である「お楽の方」とその部屋子が「赤面疱瘡」を発症し死に至っていることなどから、発症から死に至るまでの時間は最大でも数日程度と考えられます。
映画版「大奥」では、吉宗のお忍びの際に「赤面疱瘡」に罹った人間のシーンがいくつか出てくるのですが、アレは発症から死に至るまである程度の時間的余裕があるかのような描写だったんですよね。
これから考えると、「赤面疱瘡」は(男性限定ながら)ペスト以上の感染力と致死率を誇る病気、ということになります。
では、「赤面疱瘡」というのは実際にどれくらいの人間が感染し、日本の人口を具体的にどの程度減少させたのでしょうか?
実はコミック版「大奥」では、具体的な人口激減数について全く触れられていません。
作中の人口激減は「男子の人口は女子のおよそ4分の1で安定」「日本の男子の人口は女子の半数まで減少」といった「男女の人口比率」的なものでしか表現されておらず、肝心要の「実数」が全く書かれていないのです。
史実の江戸時代初期における日本の人口については、当時まだ全国的な統計が行われていなかったこともあり諸説あるのですが、だいたい最小1200万人から最大2000万人までの範囲にほとんどの説が収まっています。
その中間を取って当時の日本の人口を1600万人と仮定すると、「赤面疱瘡」流行前の男性人口は男女比率1:1で約800万人。
そこから「男子の人口は女子のおよそ4分の1で安定」というところまで減少するとなると、単純計算で約600万人以上もの男性が「赤面疱瘡」で死んでいるということになります。
実際には「赤面疱瘡」が大流行している間にも新たに出生してくる男児もいる状況で人口激減が発生しているわけですから、「赤面疱瘡」の病死者は男児の出生者数をさらに加算した数値になることは確実です。
「赤面疱瘡」は男性人口を著しく減らしているというだけでなく、日本の人口そのものをも大きく激減させている。
至極当然の話なのですが、コミック版「大奥」の問題を語るには、この基本中の基本的な事実をまずは踏まえておく必要があります。
さて、ここで問題となってくるのが、史実における江戸時代中期の日本の人口です。
徳川第8代将軍吉宗の時代、享保の改革のひとつとして全国的な人口調査が行われるようになりました。
これは1721年に行われたものが最初で、1726年以降は6年毎に改籍され、これによって日本の人口がある程度公式の文書から分かるようになったわけです。
その一番最初の調査によると、1721年当時における日本の人口は2606万5425人。
前述の江戸時代初期の推定人口と照らし合わせると、江戸時代の最初の100年ほどは明らかに人口が、それも飛躍的に増えているのが分かります。
しかもこの江戸時代の人口調査では、武士や公家を中心に調査の対象外となった人間が少なからずいることや、調査方法が地域毎に異なっていたことなどから、調査結果は実際の人口より400万人~500万人ほど少なくなっていると推察されています。
つまり、実質的な江戸時代中期の人口は約3000万人~3100万人。
ただでさえ「赤面疱瘡」が猛威を振るい、数百万単位の男性人口を消滅させている「大奥」世界の日本は、一体どのようなマジックを駆使すれば、約3000万人以上の人口を、それも史実の江戸時代中期頃に達成することができるというのでしょうか?
本来人口が右肩上がりになるはずの時期に人口が激減するというのは、それ自体が史実に反しているばかりか、大きな歴史改変要素にまでなってしまう、というわけです。
江戸時代前期に人口増大が発生した大きな原因としては、大規模な新田の開発が盛んに行われたことによる農業生産量の増大が挙げられます。
また、江戸を中心とする都市が商工業で発展し、人口が集中するようになった事情も見逃せません。
農村の出生率が増大し過剰になった人口を都市が吸収する、という、高度経済成長期にも見られた図式で、史実の江戸時代前期は人口が飛躍的に増えていったわけです。
ところが、「赤面疱瘡」の蔓延による人口激減という事態に直面している「大奥」世界の江戸時代では、農業生産量の増大どころか農村の維持すらも危ういというありさま。
当然、新たな新田の開発をやっている余裕などあるわけもなく、また人口が大幅に減ることで都市は拡大が不可能となり、さらには商工業も衰退を余儀なくされるという悪循環に陥るわけです。
「大奥」世界における日本の人口は、江戸時代中期になっても増大どころか現状維持さえも難しいと言わざるをえないところで、もうこれだけでも歴史に与える影響って少なくないと思うのですけどね。
「赤面疱瘡」による男性人口激減による男女逆転を織り交ぜつつ、政治や歴史的事件については史実の江戸時代と同じ流れで構成されている「大奥」の世界。
しかし「赤面疱瘡」は本来、それ自体が史実とは全く異なる流れの歴史を構築するだけの大きな改変要素であるにもかかわらず、それを無視して史実と同じ流れを無理矢理にでも辿らせようとする「神の采配」が、「大奥」の世界に大きな歪みと問題点を生み出してしまっているわけですね。
次回以降も、特定の検証テーマで「大奥」の問題点を取り上げていく予定です。