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2011年03月の記事は以下のとおりです。

ウソと欺瞞の産物でもある「自粛」ムードの深刻な拡大

東日本大震災以降、「自粛」ムードの拡大が止まるところを知りません。
ついには東京都知事である石原慎太郎氏自ら、
「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」
「戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」
などとして、東京都民に事実上の「花見自粛要請」まで出してしまう始末です↓

http://megalodon.jp/2011-0331-2005-28/www.sankeibiz.jp/macro/news/110330/mca1103302006015-n1.htm

この手の「自粛」が横行する真の理由が、実は「被災者に対する配慮」などではなく、打算・自己保身・自己満足の類の言い換えでしかないことは、当ブログでも何度か指摘してきました。
東京都をはじめとする関東地方で「自粛」が掲げられる理由はもう少し事情が異なりますが、それでも「被災者に対する配慮」が真の理由でないことには変わりありません。
8月に開催予定だった東京湾大華火祭の中止が発表された際にも、表向きの理由としては確かに「被災者への配慮」が掲げられていました。
しかし実際には、警察や消防他との安全上の調整が困難を極めることや、公共交通機関を動かすための電力が不足するという、極めて散文的かつ事務的な事情の方が大きかったのだそうです。
それならば何故、イベントを中止する本当の理由を正直に言わないのでしょうか?

企業や団体、そして地方自治体などといった大きな組織が公然と「自粛」を口にすれば、個人やその他の組織もそれに追随するようになり、ウソの口実があたかもブームであるかのごとく社会に蔓延するようになってしまいます。
本来震災の被害に遭わなかったはずの西日本や北海道でさえ、関東地方を「震源」とする「自粛」ムードが広がっており、あまつさえ「自粛」をしないと何か悪いことでもしているかのごとき「空気」が大手を振ってまかり通っているのです。
こういう時こそ非被災地が中心になって経済を回さなければならないはずなのに、このような「空気」の蔓延は経済活動を悪戯に阻害するだけで、百害あって一利なしでしかありません。

他ならぬ被災者ですら「自粛」よりも「援助」をこそ望んでいます。
打算・自己保身・自己満足に加えて欺瞞の産物ですらある「自粛」のどこにマトモな存在価値があるというのでしょうか?
イベントを何らかの理由で中止にしなければならないのであれば、「被災者への配慮」などというウソの口実ではなく、本当の事情を「公に」説明すべきです。

「ただちに健康に多大な影響を与える」中国の産廃救援物資

東日本大震災で物資が不足しているとされる日本へ向けて、中国が救援物資の提供と称した産業廃棄物の処分を行っているようです。
「特別扱いで検査を速やかに通した」キャベツや「重金属による水質汚濁が深刻な」飲料水など、福島産・茨城産の食品などよりもはるかに危険な【ただちに健康に多大な影響を与える】バイオ兵器レベルの中国産飲食物が、次々と被災地に送り込まれています。

http://megalodon.jp/2011-0329-0054-05/jp.eastday.com/node2/home/xw/sh/userobject1ai58563.html
http://megalodon.jp/2011-0330-0435-40/japanese.cri.cn/881/2011/03/29/145s172689.htm

日本の外務省も中国に対し感謝の意を表明しているようですが、中国産の飲食物がいかに危ないシロモノであるのかをまさか知らないはずがないでしょうに、何故素直に受け入れてしまうのでしょうかねぇ。
中国では地下水の9割が汚染されており、そのうち6割以上が深刻な状態という惨状を呈しており、飲料どころか工業用水としてすら使用不能な水も少なくないのだそうです。

水質汚濁だけでなく土壌汚染も深刻な、およそ環境というものに全く配慮することを知らない中国で生産された飲食物は世界最高水準の汚染度を誇るとすら言って良く、特に野菜は現地住民でさえ「毒菜」と呼んでいるようなシロモノです。
福島産や茨城産の農作物を「放射能で汚染されているから」と摂取制限や出荷制限までしているというのに、それよりもはるかに毒性が強く即効性まで認められるほどの中国産を、何故政府は水際で止めようとしないのでしょうか?

また東日本大震災後の3月26日には、中国国家海洋局のヘリコプターが東シナ海の公海上で海上自衛隊護衛艦に異常接近するという事件も発生しています。

http://megalodon.jp/2011-0330-2102-53/sankei.jp.msn.com/world/news/110329/chn11032918470002-n1.htm

中国は震災前もこの手の挑発行動を何度も取っているのですが、震災後でさえもその状況は何も変わってなどいないわけです。
この状況でも火事場泥棒ばりに自国の国益を追求する、中国のしたたかな外交・軍事的な姿勢が伺えます。
今この状況でも、日本は中国と適度に距離を取りつつ、その動向について警戒すべきなのではないでしょうか。

「自粛」されていた一部映画の劇場公開が決定

以前にまとめていた、すでに劇場公開の延期が発表されていた映画のうち、「ザ・ライト ―エクソシストの真実―」が2011年4月9日に、「世界侵略:ロサンゼルス決戦」が2011年10月に公開されることが決定されました。

http://megalodon.jp/2011-0329-2052-55/woman.infoseek.co.jp/news/celebrity/story.html?q=hwchannelw_20110329_0501

正直、「延期」という名目で劇場公開が事実上中止される可能性もあっただけに、まずは一安心といったところでしょうか。
特に「世界侵略:ロサンゼルス決戦」は、作中の描写に「CG映像による破壊的な映像が含まれている」などという一種の表現規制モドキな理由で公開延期になっていただけに、中止の可能性も否定できなかったものでしたし。
しかし、本当に「被災者に対する配慮」が公開延期の理由だったのであれば、4月公開だろうが10月公開だろうが「不適切」であることには変わりないはずなのですけどね(苦笑)。
極端な話、50年後に映画を観賞したら震災の記憶がフラッシュバックして発作が起こった、などというケースだって充分にありえるわけですし。
「被災者に対する配慮」なんて本当は露にも考えていなかったであろう表層的かつ聞こえの良い理由ではなく、「今の状況では利益が見込めない」的な本音でも素直に掲げてくれていた方が正直かつ誠実でしたし、「被災者に対する配慮」という名の表現規制が跳梁跋扈するかのような「空気」を助長することもなかったと思えてならないのですけどね。

まあ何にせよ、私個人の観賞予定リストにも入っていた映画「世界侵略:ロサンゼルス決戦」が、10月とはいえ日本でも公開されることになったのは朗報ですね。
この調子で、他の「自粛」映画も劇場公開が決定してくれるとありがたいのですが。

あと、アメリカのニューヨークタイムズでも、「日本は自粛という脅迫観念にとらわれている」という記事が掲載されているようですね↓

http://megalodon.jp/2011-0329-2114-38/sankei.jp.msn.com/world/news/110329/amr11032920100008-n1.htm

当のアメリカだって2001年の同時多発テロ事件の際には同じように「自粛」しまくっていたではないかとか、東京の「自粛」は電力不足・計画停電が影響しているという事情もあるだろうとかいったツッコミどころはあるにしても、やはり日本における「自粛という【空気】」の異常性は、外国の目から見ても際立っているように見えるのでしょうね。
他ならぬ被災者自身がそんなことを望んでなどいないのは明白なわけですし、こんな「空気」は早く消えて欲しいものだと私も考えずにはいられないのですけど。

映画「SP 革命篇」が震災の影響で赤字必至

映画「SP 革命篇」が震災の影響で赤字の危機に直面しています。
公開前日に震災が発生し話題性が全てそっちに持っていかれ、イベントも中止された挙句、「自粛」ムードで客足も鈍く、最終的な収益は15億円(前作「SP 野望篇」の半分)もいけば御の字という惨状なのだとか↓

http://megalodon.jp/2011-0328-1747-29/news.livedoor.com/article/detail/5446479/

せっかくTVで「SP 革命前日」やスペシャルアンコール特別編を放送して前準備も万端に整えていたというのに、公開前日になってあの震災ですからねぇ(T_T)。
映画の成功は公開1週間の観客動員&興行収益が全てを決めると言っても良いのですが、その1週間で盛大にコケる羽目になってしまったのですから。
私が公開初日に熊本の映画館で観賞した際には観客も多かったのですが、被災地となってしまった東北・関東地方では当然それどころではなかったでしょうし。
作品そのものはストーリー・演出共にハリウッドにも引けを取らない良作であるだけに、その不運なめぐり合わせが何とも惜しまれてならないですね。

感情論ではなく長期的視点から解決すべき原発運用問題

福島第1原発の放射能漏れ事故を受けて、原発を危険視し排除しようとする風潮が世界的に蔓延しています。
私が住む九州でも、つい先日に九州電力が、玄海原子力発電所の2号機と3号機の再稼動を延期し、場合によっては電力不足に陥るので計画停電の可能性があることを発表したばかりです。
この発表自体、九州電力の「今原発を再稼動して非難の矢面に立ちたくない」「ほとぼりが冷めた時に再開しよう」的自己保身な思惑が見え隠れしているのですが、そもそも現状、原発を止めることに将来的な展望というものを果たして見出すことができるのでしょうか?

こと原発の依存率が少なくない日本のような国の場合、代替エネルギーの開発と実用化なしに原発を廃止すると、国力及び国民生活の水準を低下させるというデメリットが少なくありません。
現時点では、電力を安価に大量&安定供給できる発電方法は原子力だけです。
現状で原子力と並ぶ電力の大量安定供給の要となっているのは火力発電ですが、火力発電には発電コストと環境への影響、それにエネルギー安全保障の面で問題を抱えています。
コスト面で原子力発電と火力発電を比較すると、同じ100kW(キロワット)の発電所を1年間運転するのに、原子力発電がウラン21トンで済むのに対し、火力発電は石油で146万トン、天然ガス(LNG)で93万トン、石炭で221万トンもの燃料を必要とするのです。
これらの購入・輸送・貯蔵にかかるコストと手間は、原子力発電のそれをはるかに凌駕しますし、それは当然、電気料金として一般庶民に跳ね返ってくることになります。
また火力発電は他の発電方法に比べて非常に多くの二酸化炭素を排出しており、環境に対する負荷が最も大きいとされています。
さらには主要な燃料となる石油や天然ガスの安定供給が輸入先の国情および相場価格の変動に左右されるという問題を抱えています。
資源小国である日本のエネルギー安全保障の観点から言っても、火力発電への依存が賢明な選択であるとはとても言えたものではありません。

では他の発電方法はどうなのか?
まず、水力と地熱については、環境への負荷がバカになりません。
水力発電にはダム式発電と水路式発電がありますが、ダム式発電は山間の町や村その他自然を軒並み潰して建設しなければならず、水路式発電の方は、取水口から下流側の流量が少なくなることから河川としての機能や生態系を破壊するリスクが伴います。
地熱発電は、建設時におけるボーリング作業による騒音・熱水と蒸気の採取による地盤沈下・土砂流出による河川および温泉の水質汚濁と土壌汚染と、こちらも公害の問題が無視できません。
温泉を売りにしている観光地が隣接している場合は景観や温泉に悪い影響を与えることも多いとされており、建設反対運動が盛り上がることもしばしばです。
これらの環境負荷および犠牲となる対象住民への補償問題が絡むこともあり、建設コストが飛躍的に大きなものになります。
特に地熱発電は、発電コストが一番高い発電方法としても有名です。
地元住民の犠牲の元に成り立ち、かつ反対運動と常に対峙しなければならない、という点において、水力発電と地熱発電は多大な問題を抱えています。

自然でクリーンなエネルギーの代表格とされる風力発電と太陽光発電。
しかしこの2つは、天候によって発電できるエネルギーが著しく左右されてしまい、電力の安定供給に向かないという問題が存在します。
風の強弱や晴れ曇りで発電量が左右され、場合によっては発電量不足で停電が発生する、というのでは、使用側としても安心できたものではないでしょう。
加えて風力発電の場合は、風車のブレードに鳥が巻き込まれて死んでしまうバードストライクや、風車の回転音による騒音・低周波の公害問題もあります。
また両者共に、現段階では発電できる電力自体も決して多いとは言えず、大電力を作るためには膨大な面積の土地を必要とします。
さらにこれは風力・太陽光のみならず自然エネルギーを利用する発電全てに言えることなのですが、発電設備自体の安全対策とメンテナンスにかかる費用と手間が商業面で大きな負担になっていることも大きな課題です。
確かに将来性が高い発電方法とは言えるのですが、さらなる発電効率の向上と安定化、そして発電設備自体の耐久性および軽量・コンパクト化が今後も求められ続けることになるでしょう。

かくのごとく、原子力発電と火力発電以外の自然エネルギーについても、環境に対する多大な負荷があったり、大量発電&安定供給に適していなかったり、コストパフォーマンスが割に合わなかったりと問題が少なくなく、解決すべき技術的な課題がまだまだ山積しているのが実情です。
もちろん、自然エネルギーを使った発電システムの技術的な改良・発展は、日進月歩の速さで現在も進行されています。
たとえば風力発電のバードストライク・低周波問題の対策としては、以下のような5枚羽の風車がすでに販売されているそうで↓

スパイラルマグナス風車
http://www.mecaro.jp/product.html

また、洋上での風力発電基地を行い、水素燃料の抽出と漁業養殖を行うという構想もあり↓

次世代カーボンファイバーで洋上風力発電基地を!
http://ameblo.jp/ghostripon/entry-10291984643.html

さらに神戸大学では、高効率ジャイロ式波力発電システムが商品実用化に向けて動いているようで↓

波力発電「実用化にめど」 すさみでの08年度実験終了
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=165013

こういった自然エネルギーの研究開発の流れは、今回の東日本大震災およびそれに伴う原発問題・電力不足の事情も手伝って、今後ますます加速することになるであろうことは間違いありません。
そして、将来的には自然エネルギーの開発がさらに進み、いずれは原発に代わるクリーンな代替エネルギーとして脚光を浴びることになる日も来るでしょうし、その時初めて「原発の全廃」を現実的な議題として掲げることも可能となるでしょう。
しかし現時点では、コストパフォーマンス・大量発電・安定供給・環境への影響を全て含めた総合評価で原発に勝る発電はないと言って良く、短所も含めて原発と付き合わざるをえないのです。

今最も避けなければならないのは、原発の危険性を針小棒大かつネガティブに煽り立てる偏向報道に踊らされ、九州電力のごとく、代替案もなしに一時の感情で原発を排除しようとすることです。
計画停電が行われている今の関東地方の現状を鑑みれば、「自粛」ムードと同様に「無駄」とされる娯楽が「節電自粛」の名の下に抑制され、交通システムの混乱や工場の操業停止などが頻発するのは明らかです。
それに対する不安と萎縮は確実に経済規模の縮小と大不況を到来させるものでしかなく、百害あって一利なしの愚行でしかありません。

福島第1原発の事故ばかりがクローズアップされていますが、東北にある他の原発が、地震の際に安全に停止したことはもっと評価されても良いはずです。
地震と津波の規模から考えれば、被害に遭った全ての稼動中の原発が福島第1と同じかそれ以上の惨状に陥ったとしても不思議はなかったわけですし。
特に宮城県牡鹿郡女川町と石巻市にまたがる女川原発は、震源が近く、また福島第1と同じく地震と津波のダブルアタックに晒されながら、主要施設への被害は微少で済み、今では地元民の避難所として活用されるという頑強ぶりです。
原発設計の段階から地震&津波対策が考慮された立地だったことが幸いした、とのことですが↓

http://megalodon.jp/2011-0325-1037-11/sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032422350077-n1.htm
http://megalodon.jp/2011-0325-1459-24/sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032422350077-n2.htm

福島第1と女川、天と地ほどに異なる結果を招いた2つの原発は、原発がきちんと安全に管理することができること、しかしその安全管理を怠れば大惨事を招くという手痛い教訓にして今後の対策に生かすべき実例なのです。
原発が危険だというのであれば、ただただ「危険だ危険だ」と喚きたてて問題から目を背け排除するのではなく、悲観的に危機を想定して何重にも対策を練り、いざ危機が迫った際には楽観的に対処していく、ということが求められるのではないかと思うのですけどね。

原発を過度に危険視したり、逆に絶対安全だと妄信したりせず、危険と安全の両面について正確な知識を持ち、代替エネルギーの開発に全力を注ぎながら、危機管理と事故対策を常に強化し続けること。
それが、すくなくとも代替エネルギーが商用実用化されるその日までの当面の間、原発と付き合っていかなければならない我々が、同じことを二度と繰り返さないように実行していくべき事なのではないでしょうか。

九州でも猛威を振るいつつある「自粛」と電力不足の嵐

東日本大震災に伴い発生した「自粛」ムードの負の影響が、いよいよ九州でも本格的に猛威を振るい始めています。
福岡ではイベント企画運営事業のビーアイシーが、イベントの「自粛」で資金繰りが悪化し破産申請に追い込まれました↓

http://megalodon.jp/2011-0324-0139-44/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110323-00000178-jij-soci

以前にも言いましたが、被災者支援に何の実効性もなく、「被災者に配慮」と称しながら内心ではそんなことなど微塵も考えていない単なる自己都合に基づいた「自粛」など、百害あって一利なしです。
きちんと経済を回しつつ被災者を支援し、長期的視野に基づいた災害対策をきちんと行っていく。
どうしてそんな「当たり前のこと」ができないのでしょうか?

また九州電力は、佐賀県玄海町にある玄海原子力発電所の2号機と3号機の発電再開を当面延期すると発表しました。
鹿児島県薩摩川内市にある川内原発1号機も5月の連休明けには国の定期検査が入る予定で、こちらも停止すれば、九州でも夏場に電力不足が発生して計画停電が実施される可能性もあるとのことです↓

http://megalodon.jp/2011-0325-0949-48/www.nishinippon.co.jp/nnp/item/233494

東日本大震災ってその名に反して西日本でも被災が発生していたのですか、と皮肉のひとつでも言いたくなるような話ですね。
関東地方と違って別にどこの発電所も壊れていないのに、わざわざ発電所を「自粛」させて自分から電力不足という事態を招き寄せ計画停電を実施するなど、本末転倒もはなはだしいでしょうに。
一時の恐怖から原発を停止などしたところで、代替の発電手段が他に存在しない現状では、いずれそう遠からぬ時期に原発を再開せざるをえない事態に追い込まれます。
確かに地震や津波が来たら原発がどうなるのか、福島第1原発の事例を鑑みれば恐怖を抱きたくもなるでしょう。
しかしそれは本来、長期的な視野に基づいた災害対策でもって対処すべきことであり、感情的かつ短絡的に原発を停止したところで根本的な解決にはならないのです。
しかも、関東地方における「節電自粛」クレームの嵐を鑑みれば、計画停電が九州の経済に大きな打撃を与えることになるのは必至です。
こういう時こそ被災を免れた西日本が経済を回し、東日本を支援しなければならないというのに、これでは九州も被災地と一緒に共倒れになりかねないではありませんか。

九州電力の原発再稼動見送り決定は「被災者に対する配慮」ではないにしても、「現地住民の原発への恐怖に対する(例によって感情的かつ非合理な)配慮」であることは間違いなく、これも「自粛」の一種でしかありません。
関東地方と異なり、九州の原発は今のところ何の異常もないわけですからなおのことです。
ここ2週間程度の僅かな時間における国民感情のパニック同然な動揺から、数ヶ月も続くことになる「自粛」が次々と決定されていく、というのは実に恐ろしい現象です。
このままでは、下手すれば3月が終わるまでに年内一杯まで続く「自粛」が、4月が終わる頃には数年単位もの長期にわたる「自粛」が決定されないとも限りません。
そこまで自分を痛めつけて、マゾ的な快楽とひとりよがりな自己満足以外の一体何が得られるというのでしょうか?

カンガンスの元秘書が計画停電で政治パフォーマンス

菅直人ことカンガンスの元秘書で東京都武蔵野市の市議会議員である松本清治が、東京電力の計画停電で市内の一部地域が対象から外れたことについて、「松本清治の要請が実現しました」などと記したビラを配布していたことが判明しました↓

http://megalodon.jp/2011-0325-0551-48/sankei.jp.msn.com/affairs/news/110325/dst11032500120000-n1.htm

当の本人もTwitter上で事実関係を認めているようで↓

http://twitter.com/seiji_hero/status/50784895756279808
http://yfrog.com/hsf0tlj

こういう時まで己を誇示する政治パフォーマンスを忘れない辺り、さすが民主党関係者にしてカンガンスの子飼い、といったところでしょうか。
電力不足に伴う計画停電で、関東地方の人間がどれほどまでに節電に腐心しているのか、まさか知らないわけではないでしょうに、それでもこういうことをやるとはねぇ(-_-;;)。
まあ、松本清治の「親分」たるカンガンスにしてからが、ロクでもない政治パフォーマンスに精を出して原発問題を悪戯に悪化させた前科がありますし、師匠を見習っての行為ではあるのでしょうけど。

冗談抜きで創竜伝や薬師寺シリーズの3流悪役辺りの役柄でも務まりそうな人物ですね。
次の薬師寺シリーズの新刊辺りで「自民党の政治家」として登場させられそうな予感がします(苦笑)。

コミック版「大奥」検証考察8 【国家的な破滅をもたらす婚姻制度の崩壊】

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今回でとりあえず一区切りとなるコミック版「大奥」検証考察の8回目。
暫定的な最終検証となる今回のテーマは【国家的な破滅をもたらす婚姻制度の崩壊】についての考察となります。
過去の「大奥」に関する記事はこちら↓

映画「大奥」感想&疑問
実写映画版とコミック版1巻の「大奥」比較検証&感想
コミック版「大奥」検証考察1 【史実に反する「赤面疱瘡」の人口激減】
コミック版「大奥」検証考察2 【徳川分家の存在を黙殺する春日局の専横】
コミック版「大奥」検証考察3 【国内情報が流出する「鎖国」体制の大穴】
コミック版「大奥」検証考察4 【支離滅裂な慣習が満載の男性版「大奥」】
コミック版「大奥」検証考察5 【歴史考証すら蹂躙する一夫多妻制否定論】
コミック版「大奥」検証考察6 【「生類憐みの令」をも凌駕する綱吉の暴政】
コミック版「大奥」検証考察7 【不当に抑圧されている男性の社会的地位】

コミック版「大奥」の世界では、作中の登場人物達が「道ならぬ近親相姦な人間関係」を構築している様子が描かれています。
徳川5代将軍綱吉の時代に大奥の重要幹部となる秋本惣次郎は、実の妹との間に子供を作っていますし、6代将軍家宣の側室で7代将軍家継の父親となる左京(後の月光院)は、実の母親に性交を迫られ2児の子供を儲けていたりしています。
「大奥」世界でも、近親相姦については社会的にも公認されてはいないようで、近親相姦の事実は子供にすら伝えない当事者だけの秘密、ということになるのが常だったようです。
しかしよくよく考えてみれば、元々「大奥」世界では、男女問わず不特定多数の異性と性交を行うことが身分の関係なく常習化しているわけで、近親相姦だけがことさらタブー視されるのも変な話です。
「婚姻制度が崩壊している」と作中でも謳われている「大奥」世界では、近親相姦のみならず「不倫」「姦通」「重婚」「離婚の濫用」その他ありとあらゆる不道徳な行為が社会的に蔓延していたとしても何ら不思議ではないどころか、むしろそうならないとおかしいものですらあるはずです。
婚姻制度の崩壊。
それは「【あの】赤面疱瘡」すらもはるかに凌ぐ、最強最悪なまでの社会的害毒になりえるのです。

婚姻制度の崩壊が社会に何をもたらすのか?
この良くいえば気宇壮大、悪く言えば恐ろしくキチガイな社会実験を、バカ正直かつ忠実にやってのけた国がかつてこの世界に実在しました。
それは、20世紀前半に君臨したレーニン・スターリン統治下のソ連です。
1917年にロシア革命で成立したソビエト共産党&ソ連政府は、政権を運営するに当たって様々な抵抗に遭遇しました。
ソ連政府はその原因が家族・学校・教会にあると考え、自分達に都合の良い社会システムを構築するため、これらを「旧秩序の要塞・伝統文化の砦」と見做し、様々な攻撃を行うようになります。
ニコラス・S・ティマシエフの「ロシアにおける家族廃止の試み」という論文によると、その攻撃は以下のような形で行われました↓

1.従来、「法律婚の要件とされていた教会での結婚式を不要とし、役所での登録だけで婚姻の効力が生ずるものとした。
2.離婚の要件を緩和し、当事者合意の場合はもちろん、一方の請求だけでも裁判所はこれを認めることとした。
3.犯罪であった近親相姦、重婚、姦通を刑法から削除した。
4.堕胎は国立病院で認定された医師の所へ行けば可能となり、医師は希望者には中絶手術に応じなければならないことになった。
5.子供たちは、親の権威よりも共産主義のほうが重要であり、親が反動的態度に出たときは共産主義精神で弾劾せよ、と教えられた。
6.1926年には、「非登録婚」も「登録婚」と法的に変わらないとする新法が制定された。
7.これらの結果により、同居・同一家計・第三者の前での結合宣言・相互扶助と子供の共同教育のうちの一つでも充足すれば、国家はそれを結婚とみなさなければならないこととなった。 これにより「重婚」が合法化され、死亡した夫の財産を登録妻と非登録妻とで分け合うことになった。

これらはまさに婚姻制度を崩壊させ、家族・学校・教会を解体する政策であり、その結果、確かにソ連政府が意図した通りに「旧秩序の要塞・伝統文化の砦」の力は著しく弱められました。
しかしその結果、思いもよらない副作用がソ連全土を襲ったのです↓

1.堕胎と離婚の濫用(1934年の離婚率は37%)の結果、出生率が急減した。それは共産主義国家にとって労働力と兵力の確保を脅かすものとなった。

2.家族・親子関係が弱まった結果、少年非行が急増した。1935年にはソ連の新聞は愚連隊の増加に関する報道や非難で埋まった。彼らは勤労者の住居に侵入し、掠奪し、破壊し、抵抗者は殺戮した。汽車のなかで猥褻な歌を歌い続け、終わるまで乗客を降ろさなかった。学校は授業をさぼった生徒たちに包囲され、先生は殴られ、女性たちは襲われた。

3.性の自由化と女性の解放という壮大なスローガンは、強者と乱暴者を助け、弱者と内気な者を痛めつけることになった。何百万の少女たちの生活がドン・ファンに破壊され、何百万の子供たちが両親の揃った家庭を知らないことになった。

このあまりな惨状には、さすがのソ連政府も根を上げてしまいました。
1934年頃から、これらの結婚制度の破壊および家族・学校・教会の解体政策が、社会の安定と国家の防衛を脅かすものと認識され始めるようになります。
そして今度は一転、結婚や家族の維持が共産主義の基本的なモラルとして称揚されるようになり、また離婚・堕胎の大幅な制限・非登録婚制度の廃止・多産奨励・親の権威の復活などといった方向へ法改正が行われていきました。
かくして、この壮大な社会実験は「完全無欠な大失敗」という悲惨な結果を残して幕を下ろしたのです。

このソ連が「実際に」試みた結婚制度の廃止&家族破壊の実例を鑑みれば、「大奥」世界で事も無げに言われている「婚姻制度の崩壊」という社会現象がいかに凄まじい害悪を生み出すことになるかがお分かり頂けるでしょう。
レーニン・スターリン統治下における当時のソ連は、大量粛清や戦争で自国民を数千万単位のオーダーで平然と虐殺した前科を持つフダ付きの超問題国家です。
ところがそのソ連でさえ、結婚制度の廃止&家族破壊がもたらす社会的弊害には耐えることができず、20年も経たないうちに方針転換を余儀なくされているのです。
これから考えれば、数百万単位の男性人口を奪った「赤面疱瘡」の脅威をすらはるかに上回る社会的害毒を、婚姻制度の崩壊は潜在的に保持していると言っても過言ではないのです。

では、婚姻制度の崩壊は「大奥」世界に一体どのような害悪をもたらすのでしょうか?
まず、「堕胎と離婚の濫用」は当然のように発生します。
「大奥」1巻に登場し、後に徳川8代将軍吉宗付の御中臈になった杉下は、14歳の頃から親によって毎晩売春行為を強要され、18歳で他家に婿へ行ったかと思えば、5年間子供ができないという理由から食事もロクに与えられることなく離縁させられた過去を持っています。
また江戸時代は、一般的には悪名高い「天下の悪法」とされている「生類憐れみの令」の保護対象の中に「人間の乳幼児」が含まれていたことからも分かるように、乳幼児に対する遺棄も数多く行われていた時代でもあります。
史実でさえそういう事情があるところへ、さらに「家族・親子関係が弱まった」という要素が加わるのですから、堕胎・乳幼児遺棄の大量発生は必至というものでしょう。

さらに生き残った子供の大部分も、婚姻制度の崩壊および「赤面疱瘡」の猛威のために「両親の揃った家庭を知らない」わけですから、親の保護を受けることなく犯罪に巻き込まれたり「少年非行が急増」したりする可能性も飛躍的に増大することになります。
そして、「両親の揃った家庭を知らない」子供達や、特に親から売春行為を強要された男子達は、家庭が持つプラスの要素を何ひとつ知ることなく育つわけですから、マトモな家庭を持ち、子供を育てようとする意識もロクに育まれないことになります。
それは当然、「出生率が急減」という結果を招来することになり、江戸時代における乳幼児の死亡率5~7割という高確率も相まって、長期的には「赤面疱瘡」の被害をもはるかに凌ぐ人口激減が発生する事態まで起こりえるのです。
現代日本並、下手すればそれ以下の出生率の中で乳幼児死亡率5~7割、男子に限っては9割以上、という事態が起こると考えれば、これがいかに恐ろしい社会問題になりえるかがお分かり頂けるのではないでしょうか。

かのソ連ですら20年足らずで軌道修正せざるをえなかった政策を、「大奥」世界は何と80年以上も続けているのですから、その社会的害毒は計り知れないものにまでなっていることでしょう。
徳川8代将軍吉宗の時代における当時の日本の人口は、史実だと約3000万人~3100万人ですが、「大奥」世界のそれは500万人に達していればかなり多い部類に入るのではないでしょうか?

そしてさらに滑稽なのは、これほどまでの社会的害毒が発生しているにもかかわらず、「大奥」世界における登場人物のほとんど全てが「これが問題である」という問題意識すら寸毫たりとも抱いていないことです。
そもそも「婚姻制度の崩壊」自体、徳川3代将軍家光の時代に「赤面疱瘡」の大流行にパニくった当時の男連中が、一夫多妻制というもっとも安全確実な道があったにもかかわらず、それを跳ね除けて女性を家の跡取りにしようとする際に「ついでに」導入されたという意味不明な経緯があったりしますからね。
家を存続させるために、家族制度を完全に破壊する「婚姻制度の崩壊」を伴う社会システムを導入するというのですから、その滑稽極まりない愚劣な選択にはもう笑うしかありませんね。
しかも「大奥」4巻P69では「大名の半数近くが女性であった武家社会から、男性はさらに減り続けてゆくのである」とあり、男女比率が徳川8代将軍吉宗の時代まで一貫して1:4であることから、女性人口は男性人口の4倍ものスピードで減少し続けていることが一目瞭然なのです。
男女問わず、これほどまでの人口激減が発生しているにもかかわらず、そして女性の人口激減に「赤面疱瘡」は全く関わっていないにもかかわらず、「大奥」世界の誰ひとりとしてこのことを問題視している形跡すらもありません。
問題意識のないところに改革は起こりえません。
「赤面疱瘡」の問題を改善しただけではすでにどうにもならなくなっている社会的病理が、誰にも気づかれないまま、着実に「大奥」世界を蝕みつつあるのです。

さて、これまで8回にわたって連載されたコミック版「大奥」検証考察シリーズも、既存6巻までで思い浮かんだ検証テーマについては、今回でとりあえず一巡することとなりました。
コミック版「大奥」が完結ないしは打ち切りになるまで、この検証考察シリーズは続けていく予定ですが、続きは7巻が刊行されて以降に再開したいと思います。

映画「トゥルー・グリット」感想

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映画「トゥルー・グリット」観に行ってきました。
アメリカ西部開拓時代を舞台に、14歳の少女が2人の男と共に父親の仇を追う復讐劇を描いた、1969年公開の西部劇映画「勇気ある追跡」のリメイク作品です。
映画「ヒアアフター」と同じく、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮を、マット・デイモンが主演のひとりを演じています。
作中に指を切断するシーンや、片手を切断している女性の描写があったりするためか、この作品はPG-12指定されています。

物語はアメリカのオクラホマ州境にあるフォートスミスで、ひとりの資産家が殺されたから始まります。
殺人犯であるトム・チェイニーは、殺害した資産家から金貨2枚を奪い、インディアンの居留地へ逃亡します。
その後、父親の亡骸を確認に来た娘のマティ・ロスは、父親の形見となった銃を譲り受け、父親を殺害したトム・チェイニーをその手で殺しに行くことを決意。
付き人の弁護士?の静止を振り切り、復讐の軍資金を得るべく、生前の父親が馬を預けていたというストーンヒルという小屋に入り、そこの主人からカネをふんたくるための交渉を開始します。
14歳の少女とは思えないほどの法理論と弁術を駆使し、さらには訴訟恫喝まで交えた交渉術に、ストーンヒルの老主人もついに根を上げ、300ドル以上のカネの供与と馬の提供を約束させられてしまいます。
さらにマティ・ロスは、「真の勇者(トゥルー・グリット)」の異名を持つ保安官ルースター・コクバーンに犯人追跡の依頼を行います。
最初は「何だこの小娘は?」と言わんばかりに胡散臭げな対応しかしなかったルースター・コクバーンも、執拗に依頼を行うマティ・ロスと提示された報酬の魅力にこれまた根負けし、依頼を引き受けることを明言します。
そこへさらに、別件容疑でトム・チェイニーを追い、はるばるテキサスからフォートスミスにやってきた、マット・デイモン演じるレンジャーのラビーフも加わり、犯人追跡の苛酷な旅が始まることになるのですが……。

映画「トゥルー・グリット」は、良くも悪くもアメリカ西部劇を忠実に再現した1960年代臭漂う古風な作品、というイメージがありますね。
リメイク元の作品がそうなのですから当然なのでしょうが、作中で展開されるストーリーもアクションシーンも、CGを駆使したド派手な演出を見慣れた観客としての視点から見るとかなり地味な印象を受けます。
ハリウッド映画でありがちな「マシンガンの乱射をヒュンヒュンかわしていく主人公」的な描写は一切ありませんし、作中の悪役もスケールが小さいし。
同じ1960年代の作品をリメイクした邦画の「十三人の刺客」と比較しても登場人物が少なく、西部劇な描写が展開されるシーンも相当なまでに地味としか言いようがなかったですね。
まあ、そういう雰囲気を演出するのが製作者の意図でもあったのでしょうけど。

この作品の真骨頂は、どちらかと言えば主演3人が繰り広げる人間ドラマ的なものでしょうね。
ルースター・コクバーンとラビーフは、物語終盤近くに差し掛かるまで相当なまでに仲が悪く、特にラビーフは別行動を取ることもしばしば。
特に中盤付近でルースター・コクバーンが敵を待ち伏せしてスナイパー奇襲を仕掛ける際には、偶然その場に居合わせてしまったラビーフが邪魔になり、奇襲が失敗するという結果を迎えてしまったりします。
しかも合流すればしたで、今度は子供の喧嘩じみた言い合いから銃と乾パンを使った的当て合戦をはじめ、互いに貴重な弾丸と食糧を無駄に浪費する始末。
2人を傍観していたマティ・ロスでなくても「大丈夫かこいつら?」という感想を抱かざるをえなかったところですね。

また旅の途中では、ルースター・コクバーンとラビーフそれぞれの過去について語られます。
ルースター・コクバーンは1対多数の局面で単騎突撃を敢行し、多勢の敵を蹴散らした戦訓。
ラビーフは一度トム・チェイニーを300メートル先の眼前に捉えながらも、狙撃に失敗してしまった苦い過去。
これがそのまま、終盤の描写の伏線にもなっています。

結果的にマティ・ロスの復讐は成就され、仇を討つことには成功するのですが、その代償として彼女は左腕を毒蛇に噛まれてしまい、二の腕から下を切断することになってしまいます。
復讐の成就から25年後、彼女はメンフィスにいるというルースター・コクバーンの元を訪れるのですが、そこで待っていたのは「彼は3日前に病気で死去した」という報せ。
一方、ラビーフは生死も行方も不明で、生きていれば80歳近くになるというナレーションのみ。
マティ・ロスがルースター・コクバーンの亡骸を引き取り、新しく埋葬された墓に祈った後、墓から立ち去るシーンで物語は終了します。

古き良きアメリカ西部劇作品が好きな方には100%オススメですが、派手なアクションシーンが好みという人にとっては少々微妙な作品かもしれません。

西日本における「自粛」ムード払拭の試み

東日本大震災を受けて「自粛」ムードが広がる中、西日本の首長や識者・阪神大震災の被害者を中心に「自粛」ムードを払拭する試みが模索され始めています。

http://megalodon.jp/2011-0321-1326-09/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110320-00000588-san-soci

東日本の被害と狂騒に半ば引き摺られる形で行われていた西日本の「自粛」に大変な弊害があることに、当事者達もようやく気づいてきた、といったところでしょうか。
何しろ、震災以降10日前後の「自粛」ムードだけでも、その経済的損失は、イベント中止に伴う逸失利益や、観光業・ホテル・外食産業を生業とする企業や団体を中心に数百億~千億以上にも上るとすら言われています。
このままでは被災を免れた地域も支援どころではなくなり、最悪共倒れという結末にも至りかねないでしょう。

「自粛」ムードの正体と実態は、「この状況では商売にならない」という自分最優先の打算、他者からの風評被害とクレームを恐れる自己保身、そして被災者に対して何か貢献したかのような錯覚がもたらす自己満足などが入り混じった、極めて自己中心的な産物であるに過ぎません。
いくら「自粛」を自他に強要などしたところで、被災者は何らの利益も恩恵も受けることがない、という「そこにある厳然たる事実」は認めて然るべきです。

以前から繰り返し述べていることではあるのですが、被災を免れた西日本や北海道で明るいイベントを開催しつつ、チャリティーも交えて募金や救援物資を募り被災地を支援する、そういう手法を行って一体何が悪いというのでしょうか。
まずは自分が元気になり、経済を活発化させ、その上で被災者への支援も行う。これこそが健全なあり方ではないかと思うのですが。

ただ実際のところ、今回の「自粛」ムードを払拭する一番の良策は、やはり何と言っても民主党にこの世から退場して頂くことにあるでしょう。
あの連中は、原発絡みの情勢を政治パフォーマンスで悪戯に悪化させるわ、被災地の救援物資輸送を妨害するわ、挙句の果てには自ら風評を煽って国民をパニックに陥れるわと、「無能な働き者」の面目躍如とばかりに今回の震災被害を劇的に増大させていく一方ですからね。
そのくせ内閣の連中は、東京電力に八つ当たりしていたカンガンスを筆頭に他者を恫喝することしか能がないときていますし↓

都知事、消防隊への圧力に抗議=原発放水「速やかにしないと処分」-海江田氏発言か
http://megalodon.jp/2011-0321-2031-45/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110321-00000081-jij-pol

そして野党であるはずの自民党などは、民主党のあまりの職務怠慢に呆れ果て、とうとう官邸を通すことなく東北への輸送ルート確保に独自に動き出すようになってしまうありさま。
今や民主党の存在そのものが、震災以上に日本にとっても被災地にとっても害悪そのものでしかありません。
「今は全ての国民が一致団結すべき時であり、民主党を非難すべきではない」という「空気」こそが、今後の人災をさらに悪化させていく元凶にすらなりえるのです。
自民党をはじめとする野党は、「政権交代こそが最大の景気・復興対策」「これ以上の人災被害をストップするためにも今必要なのは政権交代」と、他ならぬ民主党がかつてほざいていたスローガンの改変版を民主党自身に叩き付け、民主党の息の根を止めるべきなのではないでしょうか。

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