コミック版「大奥」検証考察7 【不当に抑圧されている男性の社会的地位】
コミック版「大奥」検証考察7回目。
今回の検証テーマは 【不当に抑圧されている男性の社会的地位】。
過去の「大奥」に関する記事はこちら↓
映画「大奥」感想&疑問
実写映画版とコミック版1巻の「大奥」比較検証&感想
コミック版「大奥」検証考察1 【史実に反する「赤面疱瘡」の人口激減】
コミック版「大奥」検証考察2 【徳川分家の存在を黙殺する春日局の専横】
コミック版「大奥」検証考察3 【国内情報が流出する「鎖国」体制の大穴】
コミック版「大奥」検証考察4 【支離滅裂な慣習が満載の男性版「大奥」】
コミック版「大奥」検証考察5 【歴史考証すら蹂躙する一夫多妻制否定論】
コミック版「大奥」検証考察6 【「生類憐みの令」をも凌駕する綱吉の暴政】
コミック版「大奥」の世界を見てみると、そこでは女性の男性に対する異常なまでの偏見や差別が横行していることが分かります。
たとえば、徳川3代将軍家光が死去してまもなく「慶安の変」という事件が勃発しています。
「慶安の変」というのは、家光時代に行われた多数の減封・改易によって浪人の身に追いやられ、再仕官の道も閉ざされた武士達の救済を目的に、当時の軍学者だった由井正雪をはじめとする一派が引き起こした討幕未遂事件のことを指します。
その内容は、風の強い日を選んで江戸の町に火を放ちつつ、小石川の幕府火薬庫を爆破して混乱を発生させ、それに乗じて老中や旗本を討ち取り江戸城を占拠、さらに駿府・大坂・京都でも反乱を起こし、最終的に幕府を転覆させるというものでした。
この計画は結局、決行直前に密告者によって幕府側に露見してしまい、決行前に由井正雪一派が幕府によって一網打尽にされるという形で未遂に終わります。
この事件の反省から、幕府は改易を減らすために末期養子の禁を緩和したり、浪人の採用を奨励したりするなど浪人対策に力を入れるようになり、それまでの減封・改易を乱発してきた武断政治から、法律や学問によって世を治める文治主義に移行していくことになります。
コミック版「大奥」の世界でも「慶安の変」は同じように発生しています。
しかもその構成員は「史実同様に」全員男性であり、さらに彼らは「自分達に仕官の口を与えない」と幕府に対する不満と怒りを抱いています。
……この時点ですでにおかしな話なのですが、何故男性が激減しているはずの「大奥」世界で、浪人の「男性」が仕官に苦しむなどという事態が発生しているのでしょうか?
「赤面疱瘡」の蔓延によって男性が激減しているこの世界では、男性は身分を問わず喉から手が出るほど欲しい存在であるはずですし、「慶安の変」当時はまだ女性相続が一時的な措置に過ぎないという認識が強かった時代です。
この当時であれば男性相続にこだわる武家も少なくはなかったでしょうし、お家相続に幕府の認可を必要とする大名家はともかく、それ以外の武家であれば「養子」を取るのにすくなくとも幕府の認可は必要としません(代わりに直接の主君である大名の許可が必要にはなりますが)。
職を失った浪人達と、家の存続のために男性を求める武家。
需要と供給は見事に一致しているわけですし、互いの利害から両者の間で普通に「取引」が成立しそうなものなのですけどね。
皮肉なことに、「赤面疱瘡」で男性人口が激減しているが故に、却って史実ではありえないはずのこういう抜け道が成立してしまったりもするわけです。
しかし現実には、「慶安の変」を画策していた男性達は「史実同様の」不満を並べて討幕を画策していますし、また「慶安の変」鎮定後の事後処理における幕閣達の会話でも、巷に浪人が溢れかえっていることが明示されています。
一体何故、経済の論理から考えても妥当な抜け道が「大奥」世界では成立しえないのか?
その答えは、「慶安の変」後の事後処理に当たっていた幕閣のひとりである酒井忠清(もちろん女性)の発言に表れているのではないでしょうか↓
(「慶安の変」の計画内容を聞いた後)
「ですから、浪人の男どもは皆、江戸から追い出すべきなのです!」
「大体ひとところに男どもがうじゃうじゃと集まって密談をしている図なぞ考えただけでもああおぞましや」(コミック版「大奥」4巻P67)
……そりゃこんな男性に対する差別・偏見の類が女性社会で大手を振ってまかり通っていたら、武家が浪人達を養子に迎えようとしても、家の中で実質的な権力を握っている女性に反対されることは必至でしょうし、「男性の」浪人が社会に溢れて謀反を画策するのも必然というものでしょう。
この酒井忠清のような女性が決して少数派などでないことは、後の徳川5代将軍綱吉が「遠き戦国の血なまぐさい気風」として【男性そのもの】を断罪した挙句、武家の男性存続禁止令を出したことや、それに対する社会的な不満や悪評が全く出てこなかったこと、そして何よりもたった6年弱しか続かなかったはずの男性存続禁止令がその短期間で慣習化されてしまった作中事実からも窺い知ることができます。
特に元禄赤穂事件で仇として討ち取られる羽目になった吉良上野介義央などは、今際の際でさえ「浅野内匠頭や大石内蔵助が女であればこんなことにはならなかった」などと心の中で嘆いたりする始末でしたし。
コミック版「大奥」の世界は、家の存続や社会的安定などよりもはるかに重要と見做されるレベルの男性差別が存在する社会である、と言えるのではないでしょうか。
また、「赤面疱瘡」の大流行で男性が激減したからといって、男性が子作り以外の仕事を担わなくなった理由も理解に苦しむものがあります。
確かに「赤面疱瘡」は伝染性も致死性の高い病気ではありますが、病気を患う主な年齢層は12~17歳までと極めて限定的です。
もちろん、稀にそれ以上の年齢の男性でも「赤面疱瘡」にかかる場合があることは明示されていますが、それもほとんどの場合は軽い症状で済むということもまた、作中キャラクターによって示されています。
そしてこれが一番重要なことなのですが、「大奥」世界における人間は、このような「赤面疱瘡」の特性を身分の別を問わず誰もが知っているのです。
そこまで正確な知識が社会的に周知されているのであれば、「赤面疱瘡」を患う危険が高い時期だけ社会的に隔離した上で、その後は以前の時代と同じように社会で働かせる、という選択肢がない方がおかしいでしょう。
20歳以上の男性に対してまで、患う可能性が著しく低い「赤面疱瘡」で死なせることを恐れて子作りに専念させなければならない理由がありません。
しかも「大奥」世界においても、カネをもらって子作りを行う行為は「賤業」同然の扱いを受けているのです。
大部分の男性、それも「赤面疱瘡」の脅威が薄れている年配の男性までもが、何故「賤業」という仕事に唯々諾々と従事しなければならないのか?
そこにも私は、「大奥」世界における社会的な男性差別・偏見の意図を感じずにはいられないのですが。
「大奥」世界における男性の地位が低いのは、「赤面疱瘡」そのものが原因なのではなく、「赤面疱瘡」を口実に男性を押さえつけ、自身の権力および社会的地位を確保・維持しようとする女性側の意図と、それを後押しする社会的な政策があったからではないのか?
コミック版「大奥」を読む限り、そういう仮説でも立てないと作中世界の支離滅裂な慣習や作中キャラクターの意味不明な言動の説明などやりようがないのですが、果たして作者本人的にはどんな意図でもって作中世界を構築していたのやら。
さて、コミック版「大奥」検証考察シリーズも、次の回でとりあえず一区切りをつける予定です。
一区切り、というのは、一応次の回で既存6巻までに出てきた検証テーマが一巡するので、そこから先の検証考察は次の巻が出るまでやりようがない、というのが実情なものでして(^^;;)。
コミック版「大奥」検証考察シリーズ自体は、コミック版「大奥」が完結するまで続けたいと考えているのですけどね。
そんなわけで、一応の一区切りとなる次回8回目の検証考察は、「赤面疱瘡」以上に「大奥」世界を蝕む真の社会的病巣について論じてみたいと思います。