映画「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」感想
映画「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」観に行ってきました。
東野圭吾原作のミステリー小説「加賀恭一郎シリーズ」の「新参者」を基に、阿部寛主演で放送されたテレビドラマの劇場版。
「加賀恭一郎シリーズ」は、第1弾「新参者」が2010年4月~7月にテレビドラマシリーズとして、第2弾「赤い指」が2011年1月3日に新春ドラマスペシャルとして、それぞれTBS系列で放映されており、今作はその流れの続きという形になります。
公式サイトによると、今作は「新参者」から1年後の設定なのだとか。
残念ながら私は原作&テレビドラマシリーズについては未読&未観賞だったのですが、一部主人公の人物関係で不明な点はあったものの、主要な設定などについて問題があるということもなく、前作を知らなくても充分に楽しむことができました。
もちろん、予め原作&テレビドラマ版を知っておいた方が「より」楽しめるであろうことは確かでしょうけど。
6月13日午後8時58分、東京都中央区にある日本橋の中央にある麒麟の像まで歩いてきた男性が倒れる事件が発生。
現場にいた警官がすぐさま所轄の警察本部と連絡を取り、男性はただちに救急車で搬送されたものの、病院で死亡が確認されました。
男性の腹部には刃渡り8cmのナイフが突き刺さっており、殺人事件であることは誰の目にも明らかでした。
一方その頃、今作の主人公である加賀恭一郎は、現場からそう遠くないとある喫茶店だかレストランだかで、亡くなった自身の父親の三回忌に出席するよう、父親の最後を看取った看護師・金森登紀子に詰め寄られていました。
加賀は父親との約束を持ち出して頑なに三回忌出席の確約を拒否しようとしますが、金森は何故かしつこく加賀恭一郎に出席を迫り続けます。
彼女が何故そのような態度を取るのかは物語中盤の終わり頃に明らかとなるのですが、そんなやり取りの最中、加賀の携帯に先述の殺人事件発生の連絡が入りやり取りは中断、加賀はただちに現場に赴くこととなります。
殺害された男性はカネセキ金属という企業で製造本部長を務めていた青柳武明という人物で、日本橋の麒麟の像から(負傷の身では歩いて8分近くもかかる)離れた地下道で血痕が残っていたことから、そこで刺されたという事実が判明。
何故彼は刺された場所から麒麟像まで、瀕死の身で歩いてきたのか?
また事件現場から程近い別の場所では、青柳武明のカバンを抱えて草むらに隠れているひとりの男性の姿がありました。
その男性・八島冬樹は、同居中の恋人・中原香織に携帯で電話をかけ「俺、大変なことをやってしまった」というメッセージを残した後、巡視中の警官に職務質問されて逃走中、トラックに撥ねられて意識不明の重態に。
あまりにも怪しすぎる状況から、警察の対策本部では八島冬樹が事件の犯人ではないかと睨んで捜査を開始します。
すると、一見何の関係もないかのように見えた被害者と容疑者の間に「カネセキ金属」という共通項があることが判明。
八島冬樹は、かつて青柳武明が製造本部長を担っていた「カネセキ金属」の派遣労働者として働いていたことがあり、契約期限前に解雇された経歴があることから、その恨みで犯行に及んだのではないかと推察されたわけです。
一刻も早く事件を解決済みとしたい警察の対策本部は、八島冬樹の容態が回復する気配がないこともあり、容疑者死亡のまま送検すること目的にマスコミに情報を流し、その推察を既成事実化して記者会見で公式発表しようとします。
しかし、八島冬樹が「カネセキ金属」から解雇されてから半年もの時間が経過していることや、殺害に使われたナイフが八島冬樹の物であることが立証できないことなどから、加賀は上層部に記者会見を思いとどまらせ、独自の捜査を進めていきます。
やがて、その捜査から、被害者が殺された真の経緯と事件の真相が浮かび上がってくるのですが……。
映画「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」を観ていて個人的に強く印象に残ったのは、殺人事件の容疑者として警察が最初にクローズアップされた八島冬樹を巡る各人の反応ですね。
彼が「カネセキ金属」から契約期間前に解雇されたのは、工場で稼動させているベルトコンベアーを非常時の際に緊急停止させる「インターロック」を起動させていなかったことによる労災事故が原因だったのですが、「カネセキ金属」の現場工場長はこの事実を上司である青柳武明に報告しなかった上、彼の死後にそれが明るみに出た途端、今度は「死人に口なし」とばかりに青柳武明にその全責任を押し付けているんですよね。
結果、殺された被害者の遺族達は「殺されて当然だ」と言わんばかりの非難を浴び、さらには被疑者の長女が自殺未遂を図るなどという事態にまで発展してしまいました。
また、「八島冬樹犯人説」がワイドショーなどで盛んに報道された結果、恋人兼同居人だった中原香織は、「自分の店について悪い噂が流れると困るから」という理由で肉屋のバイト先からクビを言い渡されてしまいます。
このいかにも「事なかれ主義」的な営利企業の自己保身な言動の類は、現実にも普通に起こりえることなのでしょうが、風説の流布によってそういう目に遭わされる側にしてみればたまったものではないでしょうね。
物語の終盤で、それらの風説は事件の真相と共に事実とは全く異なることが判明するのですが、名誉を回復されたはずの関係者達は、しかし当面の間は引き続き白眼視され続ける環境に置かれ続けることになるのが目に見えています。
一度毀損された名誉はそうそう簡単に回復するものではありませんし、虚偽の風説を信じて解雇などの権限を発動した企業や人間が、その自身の責任を認めて被害者に謝意を表する事例なんてほとんどないのですから。
「そんな報道を流すマスコミが悪い」か「そんな報道を流された被害者にも責任がある」かのどちらかの主張を展開した挙句、最後の結末は「自分は悪くない」で締めくくるわけで。
いや、後者はともかく前者は必ずしも間違っているわけではないのですが、それを含めて考えても「その間違った報道を信じて行動に移した自分」の責任は免れないのですから、本来は何の言い訳にもならないはずなのですけどね。
しかも、それでも「事実関係が間違っていた」ことを認めるのであればまだマシな方で、それすらも認めなかったり後者の理由を振り回したりした挙句、相変わらず被害者を罵りまくるという、救いようのないほどに最悪な連中もいるのが現実です。
これも「間違った情報を元に間違ったことをやらかした事実を認めたくない」「そのことに対する責任を取らされたくない」という自己保身の産物なのでしょうが、作中における被害者の遺族は、これからも一度流された風説に苦しめられ続ける日々が続くことになるのではないかと。
それと、これはテレビドラマ版の延長線上にあるのでしょうが、主人公の加賀恭一郎ってやたらと顔が広いですね。
現場に程近い店々の店員達の多くと顔見知り&かなり親しげな様子でしたし、彼ら彼女らから被害者や容疑者に対する多くの情報を引き出すことにも成功しています。
実際の警察の捜査でも、一般人の協力から事件解明や犯人調査に纏わる重要な情報が得られることが少なくないそうなので、ああいうのって結構な「強み」になるでしょうね。
あと、今作では銀英伝舞台版第一章でラインハルト役を演じた松坂桃李が「殺害された青柳武明の長男役」で出演しています。
「父親に隔意ありげな息子」という役柄を存分に演じきっていました。
映画観賞中は全く気づくことがなく、観賞後に公式サイトで作品情報や登場人物名を調べていた際にその事実を知って「意外な縁があったなぁ」と少々驚いた次第で(^^;;)。
個人的には、銀英伝舞台版第一章絡み以外で彼の名前を見かけたのも、またそれ以外の出演作品を観賞したのも今回が初めてだったりします。
1年半以上ぶりに改めて調べてみたら、松坂桃李は去年から映画やテレビで積極的に顔を出すようになっているみたいですね。
映画「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」は、同じ東野圭吾原作のミステリー小説でも、まるで救いようのないバッドエンドと、人間の冷酷さがこれでもかとばかりに繰り広げられた映画「白夜行」とはまた一味違った面白さがありましたね。
ミステリー的な出来の良さや人間ドラマにスポットを当てたドラマ展開は相変わらず秀逸で、観る者を退屈させることがありません。
作中に出てくるエピソードの数々も、上記で挙げた通り現実にも充分に起こりえる展開ばかりで、それらが全て繋がることで謎が解明されていく過程は爽快感すら覚えるものがありましたし。
また今作は「白夜行」と違ってバッドエンド物ではないので、その手の作品が苦手という方にも素直に楽しめる作品ではないかと思います。