銀英伝2次創作「亡命編」におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン考察2
「心の内に飼っている獣」の命じるがまま衝動的に動くが故に、一般的な「忍耐」「我慢」という概念とは全く無縁な存在であるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン。
よほどに自己顕示欲が旺盛なのか、ヴァレンシュタインという人物は、目立ってはいけない局面ですら無為無用に目立った言動を披露し周囲からの注目を集め、結果的に自分を危険な方向へと追い詰めてしまう傾向が多々あるんですよね。
「亡命編」の4話~8話辺りまでのストーリーは、そんなヴァレンシュタインの性癖が致命的な形で裏目に出ている回であると言えるのですが、今回はそれについて検証をしてみたいと思います。
なお、「亡命編」のストーリーおよび過去の考察については以下のリンク先を参照↓
亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/
銀英伝2次創作「亡命編」におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン考察
https://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-570.html(その1)
「帝国への逆亡命計画」などという同盟への裏切り行為をありえないほど楽観的に画策していたヴァレンシュタインは、しかしその妄想に反して3話の終わりにアルレスハイム星域へと向かう第四艦隊での前線勤務を命じられることになります。
自身の妄想を妨害されたと早合点した挙句に被害妄想じみた怒りに囚われたヴァレンシュタインは、自分に前線勤務することを画策した者達に報復することを考えつきます。
そして、原作知識を利用した助言を行い、自分を監視しているミハマ・サアヤに報告書を書かせることで、ヴァレンシュタインは見事に報復を行うことに成功するのですが……。
一見するとヴァレンシュタインの有能性を示すかに思えるこのエピソードは、しかし実際には、ヴァレンシュタインの無思慮さとヒステリックな性格を露にしているだけでしかないんですよね。
そもそもヴァレンシュタインは、原作知識に基づいてラインハルトに協力すべく「帝国への逆亡命計画」を画策している身であったはずです。
そのために軍に入って職を得た、という選択自体が前回の考察でも述べているように既に間違っているのですが、それにあえて目を瞑るとしても、帝国へ逆亡命するためには必須とも言える絶対条件がひとつ存在します。
それは「自分が同盟内で目立つ存在になってはいけない」。
ただでさえヴァレンシュタインは、亡命してきた経緯から「スパイ疑惑」をかけられ監視されている上、「帝国への逆亡命計画」という他者にバレるとマズい秘密を抱え込んでいるわけです。
であれば、その監視の目に対して「自分は無害な存在である」とアピールし続け、仕事についても無難かつ平穏にこなして「こいつは安全だ」と騙し込ませつつ、「決行の日」に向けて密かに準備を進める、という手法を取る必要がヴァレンシュタインには確実にあったはずでしょう。
もし何らかの形で自分が目立ってしまうと、ますます疑いの目で見られて監視の目が強くなったり、逆に「有能」と見做されて注目を浴びたりこき使われたりすることで、「帝国への逆亡命計画」が非常に難しくなる危険性があるのです。
実際、アルレスハイム星域の会戦後も、監視役であるミハマ・サアヤに対して「ヴァレンシュタインを引き続き監視し、どんな小さなことでも報告するように」との命令が、上司たるバグダッシュから伝達されています。
同盟軍に深く関わるようになればなるほど、同盟は「帝国への逆亡命」などを許しはしないでしょうし、一挙手一投足が注目されるような状況下でそんなことが可能なわけもないのです。
にもかかわらずヴァレンシュタインは、目先の報復感情を満足させるためだけに他者からの注目を浴びるような言動を披露することで、結果的には「帝国への逆亡命計画」を自分から破綻させる方向へと舵を切ってしまったわけです。
一般常識で考えるだけでも簡単に理解できる程度のことすら勘案できないほどに、ヴァレンシュタインは考えなしのバカだったのでしょうか?
さて、アルレスハイムでの1件で自業自得的に一際目立つ存在となってしまったヴァレンシュタインは、ほとぼりを冷ますことも兼ねてフェザーンへ行くことを命じられます。
そして、ここでも大人しくしていれば良いものを、またしてもヴァレンシュタインは考えなしの行動に走ってしまうんですよね。
これみよがしに同盟の高等弁務官事務所に届けられた、帝国の高等弁務官府で行われるパーティの招待状に応じ、パーティ現場へノコノコと足を運んでしまうのです。
そして、ここでヴァレンシュタインは旧友であるナイトハルト・ミュラーとの邂逅を果たし、ミハマ・サアヤを介して情報交換をしてしまうんですね(7話)。
自身がスパイ疑惑で未だに監視されている身であり、かつミハマ・サアヤ自身が自分の監視役であることを、他ならぬヴァレンシュタイン自身も充分過ぎるほど承知だったはずでしょうに、どうしてこんな短慮かつ危険な行為に及んだのか理解不能と言わざるをえません。
一般常識はもちろんのこと、スパイアクション映画の類な付け焼刃な知識だけで考えても、自身に危険が及ぶことが余裕で理解できるシチュエーションでしかないのですが(苦笑)。
実際、一連の行為はミハマ・サアヤに仕込まれていた盗聴器の存在(13話で判明)によって軍上層部の耳に入り、それがヴァンフリート4=2への前線勤務命令へと繋がることになるのですし(8話と10話)。
ヴァレンシュタインから原作知識がなくなると、ここまで近視眼かつ判断力皆無な人間にまで成り下がるという好例ですね。
ヴァレンシュタインが密かに考えている「帝国への逆亡命計画」からすればあまりにも「考えなし」の言動丸出しなヴァレンシュタインですが、しかし彼の立場でこういった危険性を予測することはできなかったのでしょうか?
実は一般常識やスパイアクション映画の知識などがヴァレンシュタインに全くなかったとしても、ヴァレンシュタインの立場であればこのことを充分に予測できる材料があるはずなんですよね。
それはもちろん、原作知識。
何しろ原作には、銀英伝1巻でイゼルローン奪取後に辞表を提出したヤンを、発足間もない第13艦隊をネタにシトレが却下するという作中事実が立派に存在するのですからね。
当然、この「シトレの法則」はヴァレンシュタインについても全く同じように適用されるわけで、軍内で有能さを示せば示すほど、その有能さを見込んだシトレがヴァレンシュタインを引き止めようとすることなんて、原作知識があるヴァレンシュタインにとって簡単に予測できるものでしかなかったわけですよ。
ヴァレンシュタインが本当に「帝国への逆亡命」をしたかったのであれば、むしろ逆に「自分は全く使えない人間である」という演出でもすべきだったのです。
にもかかわらず、わざわざ同盟軍に入ってしまった上に自分の有能さをアピールしてしまい、自分で自分の首を絞めているヴァレンシュタイン。
自分が何をしているのかすらも理解できず、周囲に誤解を振りまきまくって勝手にどんどん追い込まれている惨状が、私には何とも滑稽極まりないシロモノに見えてならなかったのですけどねぇ(笑)。
かくのごとく、そもそものスタートからして致命的に間違っているものだから、その後ヴァレンシュタインがシトレ一派を憎む描写があっても「それはただの八つ当たり」「お前の自業自得だろ」という感想しか抱きようがないんですよね。
しかもヴァレンシュタインは、自分が帝国に帰れなくなった最大の原因が「他ならぬ自分自身にある」という事実すら直視せず、ひたすら他人のせいにばかりして自分の言動を顧みることすらしないときているのですから、ますます同情も共感もできなくなってしまうわけです。
「本編」でヴァレンシュタインが批判していたヤンやラインハルトでさえ、自分達の言動を顧みる自責や自省の概念くらい「すくなくとも原作では」普通に持ち合わせていたはずなのですけどねぇ(苦笑)。
何でもかんでも全て他人のせいにして生きていけるヴァレンシュタインは、ある意味凄く幸せな人間であると心から思いますよ、本当に。
何故序盤におけるヴァレンシュタインが、こうまで先の見えない近視眼的な人物として描かれているのか?
身も蓋もないことを言えば「そうしないと作者がストーリーを先に進めることができないから」という事情に尽きるのでしょう。
しかしその結果、ヴァレンシュタインは「考えなしのバカ」というレッテルが貼られることになってしまった上、そのレッテルには「あれだけの原作知識がありながら…」というオマケまで付加される羽目となったわけです。
せめて、何らかのトラブルに巻き込まれて「有能さを発揮しないと自分が死んでしまう」という状況下で「やりたくもないけど才覚を発揮【せざるをえなかった】」という形にすれば、まだヴァレンシュタインの「考えなしな言動」も何とか取り繕えないこともなかったのですけどねぇ。
「能ある鷹は爪を隠す」という格言がありますが、その観点から言えば、全く必要性のない無意味なところで有能さを発揮し、そのくせ肝心なところで最も重要なことを隠蔽してしまうヴァレンシュタインは、到底「能ある鷹」とは言い難く、せっかくの強力な武器であるはずの原作知識すらもロクに使いこなせていない低能であるとしか評しようがありません。
さて次回は、そのヴァレンシュタインの醜悪極まりない本性がこれ以上ないくらい最悪な形で露呈しているヴァンフリート星域会戦について述べてみたいと思います。