銀英伝2次創作「亡命編」におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン考察15
この考察の中では、もはや「キチガイで狂人な被害妄想狂患者」の代名詞と化しているエーリッヒ・ヴァレンシュタイン。
そうなってしまったのは本人の自業自得以外の何物でもないのですが、「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン」という名前の元ネタにされてしまった人達にとっては何とも傍迷惑な話ではあるでしょうね。
エーリッヒ・ヴァレンシュタインの名前の起源と推察される元ネタは2人います。
ひとりは「エーリッヒ」というファーストネームの元ネタとなった人物で、第二次世界大戦でドイツの軍人として活躍した名将エーリッヒ・フォン・マンシュタイン。
皮肉にもこれは、「反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役」の主人公エーリッヒ・フォン・タンネンベルクと全く同じだったりします。
しかも両者共に、身内の中に「ハインツ」という名を持つ身近な人間がいるという設定まで実は全く同じ(ヴァレンシュタインは父親の法律事務所の共同経営者が、タンネンベルクは父親が、それぞれ「ハインツ」というファーストネーム持ち)というオマケ付き。
この「ハインツ」もまた、マンシュタインと同時期に活躍したドイツ軍人ハインツ・グデーリアンが元ネタと考えられます(こちらも「大逆転!」では確定事項なので)。
……まさか、タンネンベルクこそがヴァレンシュタインの本当の元ネタである、などということはさすがにないだろうとは思うのですが……(苦笑)。
そしてもうひとり、こちらは「ヴァレンシュタイン」という姓の元ネタであろうと考えられる人物は、17世紀のドイツ三十年戦争で活躍した傭兵隊長アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン。
アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインは、1618年~1648年の長きにわたって繰り広げられたドイツ三十年戦争の第2期(デンマーク・ニーダーザクセン戦争)および第3期(スウェーデン戦争)にかけて、ハプスブルク朝神聖ローマ帝国に与して勝利に貢献し名将として歴史に名を残した人物です。
成り上がりの貴族としてのし上がったアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインは、その出自、および独自に考案した軍税徴収システム(占領地から軍税を徴収し資金源とすることで、それまでは難しかった大軍の編成および長期的な軍事活動を容易にした)で帝国内の諸侯達から反発を買う(ヴァレンシュタイン軍に自領土を占領されて問答無用に軍税を何度も徴収される諸侯が少なくなかったため)と共に、時の神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント2世にも警戒され、最終的には皇帝が放った暗殺団に殺されてしまうという末路を辿っていたりします。
このアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインという人物は、エーリッヒ・ヴァレンシュタインの「ヴァレンシュタイン」姓のみならず、性格設定の元ネタでもあるように思えてなりませんね。
成り上がりで皇帝の信任を得て出世し、軍事力と名声を背景とした傲岸不遜な態度を諸侯のみならず皇帝に対してまで示していた、という点ではエーリッヒ・ヴァレンシュタインにも通じるところがあるのですから。
となると、エーリッヒ・ヴァレンシュタインの末路もまた、アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインと同じく「野心ないしは危険要素を上層部から警戒されて暗殺」ということになるのではないかなぁ、とついつい考えてしまいますね(苦笑)。
帝国の上層部から後継者扱いされているらしい「本編」はまだしも、「亡命編」で同盟上層部が能力面?以外でヴァレンシュタインを重用すべき理由なんてどこにもないのですから。
というか現状ですら、対人コミュニケーション能力および同盟に対する忠誠心の面で、今すぐ処刑されてもおかしくないレベルの多大かつ致命的な問題が常に付き纏っているのですし。
いくら同盟の上層部の面々といえども、まさかヴァレンシュタインの人徳(笑)や人格的魅力(爆)に感銘などを受け拝謁すらしてしまうところまで「人間として」堕ちてはいないでしょうから、用済みとなればすぐにでも排除されてしまう危険性を、エーリッヒ・ヴァレンシュタインは史実のアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン以上に持ち合わせているはずなのですけどね。
まあ、ヴァレンシュタインのごときキチガイに「そのような自身の立場を理解しえるだけの自己客観視の視点を持て」というのも無理な注文ではあるのでしょうが……。
さて、今回は第7次イゼルローン要塞攻防戦の締めを飾ることになる、ヴァレンシュタインとラインハルトの通信会談をメインに論じてみたいと思います。
なお、「亡命編」のストーリーおよび過去の考察については以下のリンク先を参照↓
亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/
銀英伝2次創作「亡命編」におけるエーリッヒ・ヴァレンシュタイン考察
その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10 その11 その12 その13 その14
第7次イゼルローン要塞攻防戦でヴァレンシュタインは、イゼルローン回廊内で10万隻もの艦隊を総動員して帝国軍を殲滅させることに成功します。
……正直、原作のイゼルローン回廊の設定から見ても、回廊内におけるそこまでの自由自在な艦隊運用が果たして可能なのかという疑問は尽きないのですが、それはさておき。
敵の殲滅が完了したところで、ヴァレンシュタインは戦闘の経緯と今後の方針について考え始めます。
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/57/
> 目の前にイゼルローン要塞が有る、艦隊戦力を失った要塞だ。攻撃する最大のチャンスなのだが同盟軍は要塞から距離を置き、包囲するでもなく遠巻きにイゼルローン要塞を見ている。
>
> 普通なら各艦隊司令官から攻撃要請が出ても良いのだが誰も総司令部に要請をしてこない。七万隻近い敵の大軍を殲滅した、その事実が艦隊司令官達を大人しくさせている。良い傾向だ、馬鹿で我儘で自分勝手な艦隊司令官等不要だ。総司令部の威権は確立された。
>
> 既にこの状態で二十四時間が過ぎた。要塞を攻撃するつもりは無い、要塞など攻略しても同盟にとっては一文の得にもならない。帝国は要塞を国防の最前線基地として使うつもりだろうが俺にとっては要塞はあくまで敵艦隊を誘引するための餌だ。敵を釣る餌を自分で食う馬鹿は居ない。
>
> もう間もなくラインハルトの艦隊が此処に現れるはずだ、味方は十万隻、ラインハルトは三万隻、叩き潰すチャンスだがラインハルトがまともに戦うはずはないな。いざとなれば帝国領に撤退、いや後退戦をしかけようとするかもしれない。まあいい、無理に殲滅することは無い。ラインハルトの艦隊は生かして利用する。今回はそれが出来る。
同盟の艦隊司令官たちも、亡命者な上に自分達よりも階級の低い「馬鹿で我儘で自分勝手な」作戦参謀ごときに好き勝手言われたくなどないでしょうねぇ(苦笑)。
第6次イゼルローン要塞攻防戦で、いくらロボスが無能とはいえ、上官侮辱罪や214条発動などを乱発しまくって総司令部の権威を悪戯に損ねまくっていたのは一体どこの誰でしたっけ?
のみならず、これまでヴァレンシュタインの言動を見ても、まさに「馬鹿で我儘で自分勝手な」言動の実態がそこかしこに露呈しているのですし。
「伝説の17話」や38話の軍法会議でヴァレンシュタインが無罪放免になったのも、ヴァレンシュタインの実力や根回しの賜物などではなく、単なる「神(作者)の奇跡」の大盤振る舞いでしかなかったのですが。
ヴァレンシュタインの論理からすれば、他ならぬヴァレンシュタイン自身こそが「不要」な存在そのものでしかないのですが、相変わらずブーメランな構図について無頓着なその厚顔無恥な図太い神経は大変にスバラシイですね。
そして、それ以上に笑えるブーメランは、「無理に殲滅することは無い。ラインハルトの艦隊は生かして利用する」などと堂々とのたまったことですね。
前回の考察でも取り上げたように、55話でヴァレンシュタインは「イゼルローン駐留艦隊まで無理に殲滅する必要はないのでは?」と困惑しながら話しかけてきたヤンに対して、ここぞとばかりにヤンに対する罵倒を繰り広げまくって快楽にふけりまくった挙句、次の56話では「帝国と同盟じゃ動員兵力だって圧倒的に帝国の方が有利なんだ。そんな状況で敵兵を殺す機会を見逃す……。有り得んだろう、後で苦労するのは同盟だ、そのあたりをまるで考えていない」とまで断じています。
であれば、戦力的には10万隻対3万隻で圧倒的に優位に立ち、しかも友軍が殲滅されたことで士気が低く練度も不十分なラインハルト艦隊を、ここで完全に殲滅しない手はないでしょう。
しかも、ヴァレンシュタインの予測と違い、実はこの状況におけるラインハルトは撤退することができないのです。
ラインハルトはイゼルローン要塞の保持を帝国軍上層部から命じられているため、イゼルローンが陥落することなく同盟軍による攻撃の危機に晒されている限りは、その命令に従ってイゼルローン要塞の防衛を行わなければならないのです。
同盟軍は、ラインハルトが撤退戦に移行しようとしたら、すかさずイゼルローン要塞を攻撃する構えを見せるだけでその意図を頓挫させることが可能なのであり、それでも無理にラインハルトが撤退したとしても、彼の艦隊は軍上層部の命令に拘束されて否応なくイゼルローン要塞に再接近せざるをえなくなります。
何なら、常に1万~2万くらいの戦力をイゼルローン要塞に張り付け、攻撃するそぶりを見せつけ続けても良いでしょう。
もし、それでもラインハルトがイゼルローン要塞の死守命令を無視して帝都オーディンに帰還でもしようものならば、彼は命令違反&敵前逃亡の罪に敗戦責任まで押し付けられる形で軍法会議にかけられ、最悪は銃殺刑に処されてしまうことにもなりかねません。
イゼルローン要塞が陥落するか、軍上層部が死守命令を撤回しない限り、ラインハルトにどれだけの軍事的才能があっても、常に手足を縛られた状態での戦いを余儀なくされてしまうのです。
いや、仮に軍上層部が死守命令を撤回する命令を出したとしても、徹底した通信妨害を行うことでラインハルトの下に命令が行かないようにすることも可能なのですから、実質的には「同盟軍がイゼルローン要塞を陥落させる」までラインハルトは要塞を死守し抗戦を続けなければならないことになります。
ラインハルトにとってはまさに勝算皆無の絶望的な状況、としか評しようがないでしょう。
イゼルローン要塞が帝国にとって重要な要塞であることは同盟側も最初からお見通しなわけですし、そもそも今回の作戦自体が「要塞を利用して艦隊を殲滅する」という方針に則って行われているのですから、ラインハルトが艦隊救援と共にイゼルローン要塞死守の任を受けているであろうことは、別にヴァレンシュタインでなくても同盟軍の誰もが簡単に察知しえる程度の事情でしかないはずなのですけどね。
その上で、58話で展開されているような「毒」とやらを流し込みたいのであれば、ラインハルトの艦隊を殲滅し追い詰めた状態で降伏勧告と共に行い、かつイゼルローン要塞に常駐している数十万~百万単位の軍人達を証人に仕立て上げる、という形で行えば良いのです。
その状況であれば、たとえその後でラインハルトが帝国に帰還しえたとしても、ダゴン星域会戦で敗軍をまとめて帰還したゴッドリーブ・フォン・インゴルシュタットのごとく、帝国の手でラインハルトに敗戦の罪をかぶせて処刑させることも不可能ではなくなるのですから。
これだけの好条件が揃っていて、何故ヴァレンシュタインがむざむざとラインハルトを、しかも艦隊すら無傷の状態で逃がさなければならないのか、はなはだ疑問であると言わざるをえません。
しかも、ヴァンフリートでラインハルトを逃がした際には「伝説の17話」の自爆発言までやらかして他者を論難しまくっていたほどに深刻な、ヴァレンシュタインの「ラインハルト恐怖症」から考えればなおのことです。
自分が何よりも恐れてやまないというか「自分を殺せる唯一の可能性」と考えている感すら多々あるラインハルトを、しかも戦場で、それも必勝必殺の体制で殺すことが可能な千載一遇の好機を、みすみす自分から潰してしまうヴァレンシュタイン。
元々そうでなかったことはまずないと思うのですが、ヴァレンシュタインのその行動原理はますますもって支離滅裂かつ混迷な惨状を呈しつつある、としか言いようがありませんね。
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/57/
> 第四、第六艦隊は十分以上に働いてくれた。モートン、カールセンの二人は信頼できる。これで使えるのは第四、第五、第六、第十、第十二の五個艦隊か……。第一は引き締めが必要だ。クブルスリーの能力以前に艦隊の練度が低すぎる、話にならない。
>
> まあ原作でもそんな傾向は有った。ランテマリオ星域の会戦では同盟軍は帝国軍相手に暴走しまくった。あの時の同盟軍は第一、第十四、第十五艦隊だった。あれは同盟の命運を決める一戦に興奮したわけではなかった。練度不足、実戦不足がもろに出たわけだ。
>
> 第一艦隊の練度を上げれば使える艦隊は六個艦隊だが、それでも宇宙艦隊の全戦力の半分だ、残り半分は当てにならないって一体この国はどうなってるんだ。早急に残り半分もどうにかしなくてはならんが誰を後任に持ってくるか……。一人はヤンとして他をどうする? どう考えても艦隊司令官が足りない。
>
> これから見つけていくしかないな、多少強引でも引き立てて艦隊司令官にする。候補者はコクラン、デュドネイ、ブレツェリ、ビューフォート、デッシュ、アッテンボロー、ラップ……。そんなところかな。能力を確認しつつ昇進させていく、時間はかかるかもしれんがやらないとな。戦争は何年続くか分からん。人材の確保も戦争の行方を左右する大きな要因だ、手を抜くことはできん。
何と言うか、「狡兎死して走狗煮らる」の格言通りの路線を自ら積極的に爆走しているとしか思えないシロモノですね、ヴァレンシュタインの思考パターンは。
確かに同盟にとっては、艦隊司令官を刷新することで艦隊の指揮能力と練度、ひいては戦力がアップすることは、軍にとっても国家としても大きな利益になります。
しかし、同盟軍の戦力が強化されることが、ヴァレンシュタイン個人の利益と必ずしも合致するとは限らないのです。
前回の考察でも述べたように、対帝国戦で同盟軍および同盟にある程度の余裕ができてしまうと、その分ヴァレンシュタインに依存する必要性が減少してしまうわけですから、却ってヴァレンシュタインの身が危なくなる可能性が増えてしまいます。
「ヴァレンシュタインがいなくても同盟はやっていける」と同盟の政軍上層部が考え出した時、彼らがヴァレンシュタインの排除に動かないという保証は全くありません。
特に同盟が帝国と和平を結ぶ場合、帝国はもちろんのこと、同盟にとってもヴァレンシュタインが邪魔になってしまう可能性は濃厚に存在します。
単純に考えても、亡命者ごときに同盟の政治や軍事が壟断されることを面白く思わない人間は少なからず存在するでしょうし、ましてやヴァレンシュタインは性格破綻者な上にヤン以上に同盟に対する国家的な忠誠心が皆無どころかマイナスですらあるのですから。
「狡兎死して走狗煮らる」どころか、今すぐ殺されても何ら不思議なことではないくらいに好き勝手やり過ぎているのですけどね、ヴァレンシュタインは。
そして何よりも、この「狡兎死して走狗煮らる」の構図をさらに凄まじい勢いで完成に近づけてしまっているのが、58話におけるヴァレンシュタインの独演説です。
帝国内では機密事項になっているらしいカストロプ公に纏わる秘密を暴露することで「毒」とやらを流し込んだ「つもりになっている」ヴァレンシュタインは、よせば良いのに自ら求めてむやみやたらと無用な敵を作り始めるんですよね↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/58/
> 「それにしてもクレメンツ教官、余計な事をしてくれましたね」
> 俺の言葉にクレメンツが身構えるのが分かった。俺が怖いのかな、だとしたら良い傾向だ。
>
> 『余計な事とは?』
> 「オフレッサー元帥府に帝国でも一線級の指揮官を集めた、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレン、ミッターマイヤー、ミュラー……、皆貴方の教え子です、そうでしょう」
> 『……それがどうかしたか』
>
> 「何のためにイゼルローンで七百万人を捕殺したと思っているんです? 彼らを殺す為ですよ」
> 『馬鹿な、何を言っている……』
> クレメンツの声が震えている。ラインハルトとケスラーがギョッとした表情で俺を見ている。まだまだ、これからだ。
>
> 「彼らは有能です。馬鹿な指揮官では彼らは使えない、いずれ彼らはミューゼル提督の所に行く。だからその前に殺してしまおうと思ったのです。ミューゼル提督と彼らが一緒になれば厄介ですからね。それなのに……、シュターデン教官も役に立たない、戦術が重要だと言いながら戦術能力に優れた人物を簡単に手放してしまうのですから……。所詮は理論だけの人だ」
>
> 『そのために七百万の帝国人を捕殺したと言うのか』
> 震えているのは声か、体か、それとも心か……。
> 「帝国軍に打撃を与えると言う目的も有りました。でも主目的はそちらです。捕殺できたのはメルカッツ、ケンプ、ルッツ、ファーレンハイト……。皆教官と接点の無い人ばかりですよ。当初の予定の半分にも満たない。おまけに気が付けばあなたの他にケスラー、メックリンガー、アイゼナッハまで揃っている」
> 全くだ、バグダッシュからリストを見せられた時はうんざりした。クレメンツ教官、あんたは本当に余計な事をしてくれたよ。
相も変わらず自分のことしか眼中にない被害妄想狂ですね、ヴァレンシュタインは。
ここでヴァレンシュタインが自身の亡命の経緯とカストロプ公の関係について演説していたそもそもの目的は、演説を視聴している一般の軍人達に真実を教えることで、帝国政府や門閥貴族体制に対する平民達の不満と反感と憎悪を煽り、帝国を内部分裂の危機に追い込むことにありました。
そして、カストロプ公に自分の親を殺され、自身も謀殺されかけて同盟への亡命を余儀なくされ、さらにはその背後に帝国政府の要人が蠢いていた、という事実が提示されただけであれば、戦没者遺族の感情は別にしても、ヴァレンシュタインに対する同情と共感、およびその反動で発生する帝国政府への悪感情が惹起されるという形で、ある程度の目的を達成することも決して不可能ではなかったでしょう。
元々帝国の平民達は、帝国政府および門閥貴族体制に対して長きにわたって蓄積された不満を抱え込んでいるという問題もあるのですし。
ところが何を血迷ったのか、ヴァレンシュタインは自身の個人的事情とは全く何の関係もない人間に対する敵意と殺意まで一緒に表明してしまいました。
ここで名指しされている帝国軍の将帥達は、別にヴァレンシュタインに仇なしたわけではなく、下手すれば(「亡命編」では)面識すらもなかったかもしれないのに、一方的にマークされた上に殺戮のターゲットとして名指しを受ける羽目になってしまったわけです。
名指しされた方にしてみれば、帝国政府や門閥貴族体制に対する不信以上に、まずはヴァレンシュタインに対して恐怖を、次に敵意と殺意を抱かざるをえないでしょう。
ヴァレンシュタインと同じく「自分が生き残る」という観点から言ってさえ、そちらの方が優先度は高いのですから。
ヴァレンシュタインが本来復讐の対象として名指しすべきは、事実関係のみならず政略的な観点から見てさえも「門閥貴族体制や帝国政府」に限定されるべきであり、それを逸脱して無関係な人間に対してまで敵意と殺意を示すのは、政治的にも大きなマイナスとならざるをえないでしょう。
黙っていれば彼らも帝国政府や門閥貴族体制に対する不信のみに邁進してくれたものを、わざわざ余計なことをくっちゃべって無用な敵を作り出してしまうヴァレンシュタインには、外交的なセンスというものが欠片たりとも見出せないですね。
さらに頭に乗ったヴァレンシュタインは、とうとう自分の当初の目論見から言ってさえも完全に逆効果でしかない致命的な発言を繰り出してしまうに至ります↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/58/
> スクリーンには蒼白になっている三人が居る。
> 「ミューゼル中将、教えて欲しい事が有ります」
> 『……何を聞きたい』
> そう警戒するな、ラインハルト。警戒しても無駄だからな。
>
> 「私の両親の墓の事です。無事ですか?」
> 『……』
> ラインハルトの蒼白な顔が更に白くなった。正直な男だな、ラインハルト。知らないと言えば良かったのだ。この場合の沈黙は知っているが答え辛いと言っているようなものだ。この通信を見ている人間全てが墓は破壊されたと分かっただろう。
>
> 俺は答えを既に知っている。バグダッシュが教えてくれた。フェザーン経由で調べたらしい。覚悟はしていたがそれでもショックだった。
> 「答えが有りませんね、正直に答えてください、墓は壊されたのですね?」
> 『……そうだ』
> ラインハルトは目を閉じている。この男はそういう下劣さとは無縁だ。少し胸が痛んだがやらねばならない。
>
> 「遺体はどうなりました。無事ですか」
> 『……残念だが、掘り出されて遺棄されたと聞いている』
> 遺棄じゃない、罪人扱いされて死刑になった罪人の遺体同様に打ち捨てられた。ヴァンフリートの戦死者の遺族がそれを望み、政府がそれを率先して行ったらしい。政府にしてみればそれで遺族が納得してくれれば安いものだと思ったのだろう。カストロプの真実は話せないからな。
>
> 「帝国は私から全てを奪った、両親、家、そして友……。それだけでは足りず私の両親の安眠と名誉も奪ったという事ですか。……つまり私はルドルフの墓を暴く権利を得たわけだ、鞭打つ権利を」
> 笑い声が出た。計算して出した笑い声じゃない、自然と出た。
>
> 『ヴァレンシュタイン!』
> 「何です、クレメンツ教官。不敬罪ですか、名誉なことですよ、今の私は反逆者なんですから。これからも何百万、何千万人の帝国人を殺してあげますよ。帝国の為政者達に自分達が何をしたのかを分からせるためにね……、悪夢の中でのたうつと良い」
> 笑い声が止まらない、スクリーンの三人が顔を強張らせて俺を見ている。
何かもう、「ヴァレンシュタインの末路はこれで決まったな(笑)」とでも言いたくなるようなシロモノですよね、これって。
ヴァレンシュタインは、自身のその被害者的な立場を振り回せば、帝国政府や門閥貴族体制のみならず、自分やカストロプ公とは全く何の関係もない無辜の人間の命運までをも好き勝手に弄んで良い、というレベルにまで頭がイッてしまったようで(苦笑)。
まあ実際、考察10で言及した、親類を殺された怨恨からヴァレンシュタインを襲撃した一兵士に対して32話で開陳された評価などを見ても、それが外交上の演技などに留まるものではなく、ヴァレンシュタインの本心そのものであることは最初から疑いようもないのですし。
この発言で一番致命的なのは、ヴァレンシュタインの復讐対象が帝国政府や門閥貴族体制のみならず、帝国に住む人間全てに拡大されていることが明示されてしまったことにあります。
ヴァレンシュタインの復讐対象が帝国政府や門閥貴族体制にとどまっているのであれば、平民達は少なくとも徴兵以外でヴァレンシュタインと関わらなければ難を逃れることができましたし、帝国政府や門閥貴族達の慌てふためく様を嘲笑すらすることも可能だったでしょう。
しかし、ヴァレンシュタインの発言により、一般の平民達もこの問題について他人事ではなくなってしまいました。
ヴァレンシュタインの本心がどうであれ、ヴァレンシュタインが帝国を滅ぼせば自分達も復讐の対象として虐殺される、と平民達の誰もが考えたことでしょう。
実際、遺族達がヴァレンシュタインの両親の墓を荒らし、遺体を罪人同様に扱って辱めたという点で、平民達もまたヴァレンシュタインに憎まれる理由は充分にあるのですから。
もちろん、彼らとて帝国政府や門閥貴族体制に対する不満や反感は当然あるでしょうが、だからと言ってそれはヴァレンシュタインに対する恐怖や反感や憎悪をいささかも緩和するものなどではありえません。
それは皮肉なことに、「ヴァレンシュタイン」という万人にとっての脅威を滅ぼす、という共通の目的の下に、帝国全体が上から下まで一丸となって団結してしまう、などという全く逆効果な事態をもたらしかねない危険性をも孕んでいるのです。
原作の銀英伝でも、貴族も平民も問わず虐殺にふけっていた流血帝アウグスト2世に対し、貴族も平民も同じ恐怖と憎悪を抱くことで、相互の対立が一時的にせよ雲散霧消してしまったという歴史があります。
ヴァレンシュタインが帝国を分裂状態にしたかったのであれば、自身の復讐の対象を帝国政府と門閥貴族体制のみに限定した上で、平民達については「自分と同じ被害者である」とでもアピールして自分への同情や共感が集まるよう誘導すべきだったのです。
わざわざ自分から帝国が一丸となって団結するためのシンボルとして名乗り出るなど、ヴァレンシュタイン自身にとっても本末転倒な話でしかないと思うのですがね。
そしてそれ以上に本末転倒なのは、ヴァレンシュタインが帝国に対して悪戯に自身に対する恐怖と反感と憎悪を植えつけていくことで、ヴァレンシュタインの2つの最終目的がどちらも達成困難になってしまうことです。
「亡命編」におけるヴァレンシュタインの最終目的は「自分が生き残ること」であり、第7次イゼルローン要塞攻防戦からは、それに「帝国と同盟の和平を実現する」がさらに加わっています。
目の前にある必勝の体制を棒に振ってまで、「ラインハルトと戦って勝利できるわけがない」とヴァレンシュタインは頭から思い込んでいるわけです。
しかし、帝国の上から下まで一律にヴァレンシュタインを敵視するとなれば、ヴァレンシュタインの存在自体が和平の実現を妨げる巨大な懸念材料となってしまいます。
特に、これまでの戦いでヴァレンシュタインに親類縁者や大事な人を奪われた遺族達などは、「ヴァレンシュタインを殺すまで和平などするな!」と主張するであろうことは確実ですし、他の帝国人もヴァレンシュタインの復讐の餌食になどなりたくはないでしょうから、その主張に同調する可能性は極めて高いと言わざるをえません。
そして帝国政府や門閥貴族らも、ヴァレンシュタインを「公敵」として認定し彼に平民の憎悪を集中させれば、自分達に対する不満を逸らす道具として活用することもできるわけですから、むしろ平民達の怨嗟の声に便乗する形でヴァレンシュタインを敵視する政策を実行する公算は大です。
「ヴァレンシュタインの存在そのものが帝国との和平にとっての邪魔になる」という構図は、当のヴァレンシュタイン本人はもちろんのこと、同盟にとっても大きなジレンマとしてのしかかってくることでしょう。
そして一方、「自身が生き残る」ことに拘るヴァレンシュタインはともかく、同盟がヴァレンシュタインの存在と生命を何が何でも死守しなければならない理由もありません。
ただでさえ同盟にとってのヴァレンシュタインは、従順さや国家的忠誠心の点で難があるどころの話ではないわけなのですから。
そもそも、件の会談におけるヴァレンシュタインの言動自体が、同盟軍があたかも自分の所有物であると言わんばかりな口吻だったりするのですからねぇ。
38話の軍法会議では、確かシトレがこんな判決文を読み上げていたはずなのですが↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/38/
> 軍法会議が全ての審理を終え判決が出たのはそれから十日後の事でした。グリーンヒル参謀長とヴァレンシュタイン大佐は無罪、そしてロボス元帥には厳しい判決が待っていました。
>
> 「指揮官はいかなる意味でも将兵を己個人の野心のために危険にさらす事は許されない。今回の件は指揮官の能力以前の問題である。そこには情状酌量の余地は無い」
自分の個人的な復讐心のために同盟軍を使って虐殺を繰り広げる、などと堂々と公言しているヴァレンシュタインの様相は、まさに 「指揮官はいかなる意味でも将兵を己個人の野心のために危険にさらす事は許されない」という行為そのものなのではないですかねぇ(笑)。
同盟の将兵達が、所詮は帝国からの亡命者でしかないヴァレンシュタインひとりの復讐心などに、何故ほんの僅かでも付き合ってやらなければならないというのでしょうか?
これだけでも、同盟がヴァレンシュタインを危険視して粛清するには充分な口実となりえるでしょう。
また、帝国が「ヴァレンシュタインの死」を欲するという事実は、同盟にとっても「ヴァレンシュタインの身柄」を外交の場における交渉の道具として利用可能であることを意味します。
「ヴァレンシュタインの死」と引き換えに帝国に対し大幅な譲歩や見返りを求め(たとえば「イゼルローン要塞の割譲」など)、和平を達成することができるとなれば、同盟にとっては一石数鳥の非常に魅力的な選択肢であると言えるでしょう。
かくして、ヴァレンシュタインは帝国と同盟の和平のために自身の死を強要されるという、本人にしてみれば本末転倒もはなはだしい未来と結末が用意されることになるわけです。
何とも滑稽な話ではありますが、まあ本来ならば「伝説の17話」や38話の軍法会議でとっくの昔に粛清されていて然るべき生命を奇跡的に生き永らえているのですから、むしろ感謝すらしても良いくらいでさえあるのですけどね、ヴァレンシュタインは。
さて、件の会談にはもうひとつ、ヴァレンシュタインがやらかしてしまった致命的な失態というものが存在します。
それは、原作知識とやらを開陳してラインハルトの野心と目的を暴露しなかったことです↓
http://ncode.syosetu.com/n5722ba/58/
> 「私を止めたければ、私を殺すか、帝国を変える事です。言っている意味は分かるでしょう、ミューゼル中将。貴方もそれを望んでいるはずだ」
> 『……』
> ラインハルトの顔が歪んだ。あとの二人が驚愕の表情でラインハルトを見ている。
>
> 「貴方がどちらを選ぶか、楽しみですね。私を殺す事を選んだ時は注意することです、弱者を踏み躙る事で帝国を守ろうとする為政者のために戦うという事なんですから。私と戦う事に夢中になっていると後ろから刺されますよ。連中を守るためになど戦いたく無いと言われてね、気を付ける事です」
「私と戦う事に夢中になっていると後ろから刺されますよ」という発言はヴァレンシュタインにも悲惨なまでに当てはまる、という自覚が皆無というのもどうかとは思うのですが、それはさておき。
この会談におけるヴァレンシュタインは、アニメ版の原作知識におけるケスラーの過去を本人の前で暴き立てて顔面蒼白にさせるなどという荒業を駆使していたりするんですよね。
ならばケスラーに対した手法と同じやり方を使い、ラインハルトの野心と目的を公然と暴き立てて自分と同じ叛逆者に仕立て上げることで、帝国の上層部にラインハルトに対する猜疑心を植え付け、彼を処刑させるよう促すことも充分に可能だったでしょう。
そうすれば、物語的な位置付けのみならず政略的な観点から見ても「ラインハルトは生かして帰す」という意味はより大きなものとなりますし、何よりもヴァレンシュタイン的には自身の生命を脅かす最大の脅威を、しかも自分の手を汚すことなく始末することも可能となります。
ただでさえ、この後の帝国はヴァレンシュタインの激白によって内部分裂状態となってしまうわけですし、その状況下で帝国の上層部がラインハルトを「危険分子」と見做して処刑の決断を行う可能性はかなり高いと言えるでしょう。
その状況では、オフレッサーですらラインハルトを庇える保証はないのですし。
最小の効果でも、ラインハルトに対する疑惑や不信の芽を植え付ける程度のことはできるのですから、ヴァレンシュタイン的にはやって損することは何もないはずなのですが。
「伝説の17話」でラインハルトを殺せなかったことでアレほどまでにヤンを論難していながら、自身はこんな失態を平気で犯すというのですから、つくづくヴァレンシュタインの低能無能&ダブスタぶりには呆れ果てるしかないですね。
しかも、こんなザマを晒していながら、当人の自己評価では「原作知識を上手く使っている」ということになっているときているのですから、もう笑うしかないというか……。
次回からは、第7次イゼルローン要塞攻防戦終結後におけるヴァレンシュタインの言動について検証していきたいと思います。
この考察も、そろそろ最新話に追いつくことができそうですね。