映画「ゼロ・ダーク・サーティ」感想
映画「ゼロ・ダーク・サーティ」観に行ってきました。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされるオサマ・ビン・ラディンの所在を10年にわたって探し続け、ついに殺害するに至ったCIAの女性分析官にスポットを当てたサスペンス作品。
映画のタイトルは、2011年5月2日、パキスタンのアボッターバードに潜伏していたオサマ・ビン・ラディンの邸宅への攻撃を開始した時刻、午前0時30分を指す軍事用語です。
今作は、アルカイダの関係者に拷問を加える描写などの残虐シーンがてんこ盛りなため、PG-12指定されています。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから2年が経過した2003年。
今作の主人公で当時高校を卒業したばかりのマヤは、すぐさまCIAにスカウトされ、パキスタンのアメリカ大使館でオサマ・ビン・ラディンを追跡するチームの一員としての任務に就くことを命じられます。
初仕事となる彼女が初めて目の当たりにしたのは、現地のオサマ・ビン・ラディン追跡チームのリーダーで彼女の上司となる人物でもあるダニエルが、アルカイダの関係者を吊るし上げ、水責めや箱詰めなど様々な拷問をかけて情報を引き出そうとしている場面でした。
その光景に最初は引きつつも、すぐさま順応して「早く情報を吐いた方が良い」と捕縛者に忠告すらしてみせるマヤ。
以降、マヤはCIAにもたらされる情報を分析しつつ、オサマ・ビン・ラディンの行方を知るとおぼしきアルカイダ関係者から情報を引き出す日々を送るようになっていくのでした。
2人は、アルカイダの関係者を(拷問その他の手管も交えて)取り調べていく中で、オサマ・ビン・ラディンの連絡役と思しきアブ・アフマドなる人物の存在をキャッチします。
しかし、その足取りや所在については全く手がかりが掴めないまま、5年の歳月が流れていきます。
その間、2005年7月7日にロンドンで同時爆破テロ事件が発生したり、2008年9月30日にはマヤ自身がイスラマバードのマリオット・ホテル爆破テロ事件に巻き込まれたりするなど、アルカイダが関与したとされるテロ事件が後を絶ちませんでした。
また、マヤの上司だったダニエルも現場を離れCIA本部の勤務になるなど、オサマ・ビン・ラディン追跡チームの構成員にも少なからぬ変化があったりもしました。
そんな中、マヤの同僚で親しい友人関係にもあったジェシカが、アルカイダの関係者から有力な情報を得られることになったとの報告がもたらされます。
マヤは素直に友人の功績を絶賛し、アフガニスタンにあるチャップマン基地で行われる予定のアルカイダ関係者との接触に期待を寄せるのでした。
ところがそれはアルカイダ側が仕組んだ罠であり、2009年12月30日の接触当日、ジェシカを含めたCIA職員7名は、アルカイダによる自爆テロによって帰らぬ人となってしまうのでした。
これがきっかけとなってマヤは、オサマ・ビン・ラディンの殺害を心から願うようになり、半ば狂信的な手法と態度でオサマ・ビン・ラディンの追跡を行っていくようになります。
その努力が実り、ついに彼女はアブ・アフマドの特定に成功し、パキスタンのアボッターバードにある邸宅の存在を掴むまでに至るのでした。
しかし、そこに何らかの重要人物がいるという点ではCIA内部でも見解の一致を見たものの、その組織がアルカイダの、ましてやオサマ・ビン・ラディンであるという確証など誰も持ち合わせていませんでした。
100%の確証があると断言して憚らないマヤに同意する者はCIA内部には誰もおらず、彼女は孤立無援も同然の状態でした。
しかしアメリカ政府上層部は、そんなマヤの可能性に着目し、攻撃の許可を与える決定を下したのです。
かくして2011年5月2日の「ゼロ・ダーク・サーティ」に、オサマ・ビン・ラディンの殺害作戦が、総勢15名で構成されるネイビー・シールズの部隊によって展開されることになるのですが……。
映画「ゼロ・ダーク・サーティ」は、良くも悪くもオサマ・ビン・ラディンが殺害されるに至るまでの全行程を余すところなく再現していますね。
捕縛したアルカイダ関係者達を、CIAの面々があの手この手で拷問にかける様子まで普通に描写されていますし。
今作がアメリカで公開された際には、アメリカの一部議員達が「CIAは拷問なんか行っていない、そんな間違った印象を与えるこの映画はケシカラン」などと映画の製作元に抗議したこともあるのだそうで。
しかし、日本の警察でさえ自白強要や誘導尋問等の事例が普通にあるというのに、それ以上に強権を持つ上に外国人を相手とするCIAで、その手の拷問が全くなかったとは到底考えられるものではないでしょう。
ましてや、相手がアメリカ同時多発事件の首謀者であり、かつ大多数のアメリカ国民からも当然のごとく成果を求められる状況ではなおのこと。
一応アメリカ政府も、公式発表上では「人道的な取り調べを行っている」ことを強調してはいるでしょうが、実際には拷問その他の強権発動があったことは「公然の秘密」というものでしょう。
民主主義国家であることと、その警察機構が人道的であることは、必ずしも両立するわけではないということですね。
むしろ、相手が外国人の場合は人権適用の対象外になっても本来はおかしくないくらいなのですし、下手に穏便に扱うと、テロ組織側に「捕まっても大したことはない」などと舐められてしまうリスクもあるのではないかと思うのですが。
一方のテロ組織の方は、アメリカ兵を捕まえたら一切容赦しないであろうことは、映画「ブラックホーク・ダウン」のモデルとなった「モガディシュの戦闘」におけるアメリカ兵の死体の扱いを見ても一目瞭然なのですし。
アメリカにばかり人道的措置を求められるのに、テロ組織はやりたい放題が許される、というのはあまりにもアンフェア過ぎるのではないのかと。
まあアメリカの方も、国内への配慮以外にも対外的にイイ顔をしなければならない事情もあるわけですから、別に好き好んで単なる足枷にしかならない「人道」を前面に掲げているわけではないのでしょうけど。
作中のマヤは女友達をチャップマン基地の自爆テロで殺されてしまった後、まるでそれが生きがいであるかのごとくオサマ・ビン・ラディンの抹殺に奔走するようになってしまっていましたが、その目的が達成された後、彼女は何に生きがいを見出すことになるのでしょうかね?
高校卒業直後からあしかけ8年近くもオサマ・ビン・ラディンの追跡に従事し続け、それ以外の分野における実績も功績もこれといってないわけですから、マヤはある種の「つぶしがきかない」人間と評されるべき人物であるわけです。
しかも、アレほど熱望していたオサマ・ビン・ラディンの殺害が実現したとなると、マヤは今後の「生きる目的」を一時的にせよ失った状態にもあるわけでしょう。
下手すれば「生ける屍」のごとき生気の抜けた状態になってもおかしくなさそうに見えますし。
まあ、オサマ・ビン・ラディンの殺害に成功したという事実自体が巨大な功績たりえるのですから、CIA内部における彼女の地位は不動のものになったのかもしれませんが、彼女、今後もCIAでの仕事を生業にしていくのでしょうかね?
彼女の後日談がどうなったのか、是非とも知りたいところです。
映画「ゼロ・ダーク・サーティ」は上映時間が158分と非常に長く、しかもアクション映画にありがちな派手で観客受けする描写がまるでないため、観る人を選びそうな構成の作品ではありますね。
一応アカデミー賞有力候補作のひとつというのも売りな映画ではあるのですが、だからと言ってそれは必ずしも「名作」であることを保証するものでもないのですし。
アメリカほどにはオサマ・ビン・ラディンに執着がない日本ではなおのこと、その傾向がより強くなりそうです。
アメリカでは大ヒットを記録した映画だったそうですが、果たして日本ではどれくらい興行収益的な成功を収めることになるのでしょうかねぇ。