映画「HOME 愛しの座敷わらし」感想
映画「HOME 愛しの座敷わらし」観に行ってきました。
荻原浩の同名小説を原作とした、劇場版「相棒」シリーズの和泉聖治監督と水谷豊主演で送る、家族の再生物語。
物語のメイン舞台となるのは東北地方の岩手県。
その片田舎にある一軒の民家に、一組の家族が東京から引っ越してきました。
TOYOTAのミニバン「NOAH」に乗ってやってきたその家族・高橋家一同の前に姿を現した民家は、何と築200年を数えるという、「和製ログハウス」という名の今時珍しい藁葺き家でした。
トイレは水洗ではなくポットン便所ですし、風呂もガスではなく薪をくべて湯を沸かす五右衛門風呂というありさま。
あまりにも古めかし過ぎる家に、家を選んだ主人以外の家族は当然のごとく不満タラタラです。
しかし、一家5人が暮らすには充分なだけの広さがあり、また支払う家賃が3分の1で済むとの主人の説明で、その場は皆渋々ながらも納得せざるをえなかったのでした。
引っ越してきた高橋家は、両親に長女(姉)と長男(弟)、それに祖母の5人家族。
この5人は、それぞれ少なからぬ問題を抱え込んでいました。
勤め先の会社である「日栄フーズ」で、東京本社から岩手の盛岡支社への転勤を命じられた、一家の主人にして今作の主人公でもある、水谷豊演じる高橋晃一。
東京生まれの東京育ちなことから、主人の地方転勤に戸惑いを隠せず、一家を支えつつ慣れない近所付き合いに悪戦苦闘を強いられる、専業主婦の高橋史子。
中学3年生の長女で、父親に反感を抱き、前の学校で少なからぬ人間関係で苦しめられていた高橋梓美。
小学5年生の長男で、喘息の持病を持つために母親からスポーツを止められている高橋智也。
そして最近、認知症の症状が出始めつつある祖母の高橋澄代。
それぞれがそれぞれに問題を抱えているところに今回の引っ越しが重なったこともあり、新住居での新生活も最初は当然のことながら全く上手くいきません。
それに加えて、新生活を始めた直後から、誰もいないのに囲炉裏の自在鉤が勝手に動いたり物音が聞こえたりするポルターガイストや、掃除機のコンセントが勝手に抜けるなどの現象が確認されるようになりました。
さらには、後ろには誰もいないのに手鏡を見ると何故か映っている謎の幼女。
最初は気のせいだと思っていた個々の家族達も、主人を除く全員で同じ現象を確認し合ったことから、一家共通で取り組むべき問題であると認識するに至ります。
そして彼らは、近所の人達からの証言で、自分達が住んでいる藁葺き家に「座敷わらし」が住んでいるのではないかという結論に到達するのですが……。
映画「HOME 愛しの座敷わらし」は、ストーリー構成が全体的にほのぼの感で溢れていて安心して観賞することができますね。
「家族の絆」を扱っているという点では、同日に公開されている映画「わが母の記」も同じですが、今作はあちらに比べるとまだストーリーに起伏がありますし、起承転結の流れも比較的分かりやすい構成となっています。
あちらがシニア層・主婦層向けだとすると、今作は親子や一家揃っての観賞に適した作品、と言えるでしょうか。
少年からお年寄りまで、老若男女の層全てを取り入れていますし。
主演の水谷豊は、やはり「相棒」シリーズのイメージが強いのですが、今作では「普段は家族にあまり強く出れないが、いざという時には自己主張をしっかりやる父親像」を違和感なく演じていました。
物語前半では「どこか頼りない父親」だったものが、後半では見違えるかのごとく頼もしい存在になっていましたし、ラストで高橋晃一が再度東京に呼び戻されることになった際、高橋晃一だけ単身赴任で行くのではなく、全員一致で一緒に行くことを決定した過程と光景は、最初の頃からは想像もつかないものだったでしょう。
それと、地元の祭りを楽しんでいる最中に祖母が認知症を本格的に発症してしまったことが判明した際の高橋晃一こと水谷豊の男泣きぶりは、やはり「わが母の記」における役所広司のそれと比較せずにいられませんでした。
「わが母の記」と同じく、あの描写も今作のハイライトのひとつではあるでしょうね。
ただ、日栄フーズの本社で最初に東京勤務に戻れることを示唆された際に、反発した高橋晃一が行った「愛」云々の演説は、何の伏線もなく唐突に出てきたこともあり、観客的には今ひとつその思いが伝わり難いものがありました。
あれだと、突然意味不明な理由をでっち上げてワガママをこねている、とすら解釈されてしまいかねないですし。
高橋晃一がそう思うようになった背景などについてもある程度描写した方が、あの演説により説得力が与えられたのではないでしょうか?
あと、今回出てきた「和製ログハウス」こと藁葺き家は、高橋一家が居住する前にフォスターという名の外国人(一家?)が住んでいたらしいのですが、居住して1年程経った頃に突然引っ越ししてしまったとのこと。
藁葺き家の台所が現代風に改造されていたり、家のところどころに魔除けが貼ってあったりするのはその名残なのだそうです。
作中では「昔のエピソード」として登場人物の口で紹介されていただけでしたが、この個人だか一家だかのフォスターさんが一体どういう過程を経て引っ越しをすることとなったのか、そこは少しばかり興味が出てくるところです。
家に魔除けが貼ってあってしかもそのまま放置されていたところから考えると、彼(ら?)は「座敷わらし」のことが理解できず、最後まで「排除すべき化け物」とでも解釈していた可能性が高いように思えるんですよね。
あんな「和製ログハウス」にわざわざ住むくらいですから、日本文化について相当なまでの理解はあったのでしょうが、それでも「座敷わらし」のことまで理解できるのかというとかなり微妙なところですし。
あの手の妖怪を尊重し、共に共生する文化って、外国にはほとんどないものですからねぇ(-_-;;)。
「突然引っ越ししてしまった」という辺り、近所の人間にも何も告げずに出て行ったことは確実ですし、ノイローゼでも患って逃げるように藁葺き家から去ってしまったのではないかと、ついつい考えてしまったものでした。
高橋一家の面々でさえ、最初は「座敷わらし」の悪戯について「私って何か(精神的に)おかしいんじゃないの?」と疑っていたくらいなのですし。
もちろん、高橋一家と同じく幸福になった上で転勤を命じられた等の理由で再引っ越しした可能性もありますし、「座敷わらし」の動向とは全く何の関係もなく「郷里の親族に何か突然の不幸があって……」などの事情があった可能性もありえるわけではあるのですが。
作中では結局、具体的な理由や事情について何も言及されていないために色々な想像ができてしまうのですが、できれば個人だか一家だかのフォスターさんも幸せな人生なり家庭環境なりを構築していることを願いたいものです。
今作は、「GWで一家揃って映画を観る」という需要に応えた映画と言えるのではないかなぁ、と。
KLY
ほんとホノボノしてたし、優しくなれる作品でした。
あの田舎の風景や古民家見てると私のような田舎出身者は同時にノスタルジックな思いも抱いてしまいます。
それにしても座敷わらしちゃん、東京まで一緒について行っちゃいましたが、一体東京ではどうするんでしょう。住みにくいだろうになぁ…(苦笑)