どうもお久しぶりです。
先日ある新聞のコラムで興味深いコラムを見つけたので少し紹介してみます。私自身はアホくさくて、思わずそれを書いた人の精神構造を見てみたくなったものです。
そのコラムを簡単に要約すると次のようなものです。
最近2002年のワールドカップの名称でどちらの国の名前を先にするかで韓国の方から、日・韓の表記にクレームがついた。
韓国人に言わせれば、中国、韓国、日本は中華思想に基づいて、それぞれ親、兄、弟という位置付けである。
韓国は儒教の国で礼儀にうるさい。韓国は日本の兄の立場であるから、親の下に立つことはできても、弟の下に立つことは許せない。だから弟のほうが名称の先にくる日・韓表記は許せないという。
そこで筆者は総括する。
礼儀というものを忘れた今の日本からすれば、頭が下がる思いだ、と。
だいぶ前のコラムだったから正確なところは忘れてしまいましたが、大体このような意味の文章だったと思います。
もういっていることが支離滅裂ですね。
まず、第一に中華思想はあくまでも中国と韓国の考え方であって日本がそれにあわせる必要はどこにもありません。大体、自国が一番優れているなんていう思想自体がナンセンスです。
第二に、国名の表記の順はFIFAで決められたことだったと思いますが(違ってたらすみません)、それを根拠に批判をするのは正当性がありますが、わざわざお門違いの中華思想を持ってくる韓国人も韓国人なら、それをもとにコラムを書こうとする筆者も、強引過ぎます。
例え韓国人の心情的な問題として、というアプローチだったとしても、日本人の礼儀問題にそういう事例を引っ張ってくる根拠が薄く、なおさら、日本人の礼儀の無さを批判したいだけの筆者の意図がみえみえで説得力がありません。
第三に、中華思想は日本人も尊重しなければならないということを述べるつもりなら(あくまでも仮にですよ。もちろんそのコラムからはそんなことは読み取れませんでしたが、万が一ということもあるし)、その根拠が全くそのコラムには書かれていないし、日本人の礼儀について述べるのが目的だとしても、なぜわざわざ中華思想を引っ張ってくるのか、という疑問が残ります。
そもそも、そのコラムで前提としている中華思想自体が日本人には全く意味のない思想だから、それを根拠に日本人の礼儀を云々されたくはありません。
第四に、韓国人が礼儀正しくて、日本人が礼儀正しくないという根拠がありません。
韓国が儒教の国だから礼儀正しい?誰がそんなこと決めたんでしょう。韓国人にも傍若無人な人はいるでしょうし、日本人にも礼儀正しい人はいるでしょう。
もちろん、一般論として筆者は書いたんでしょうが、あまりに独善的すぎます。
ここまで少々この掲示板の趣旨から外れた内容でしたが、本題に入りたいと思います。
田中芳樹は中華思想についてどう語っているのでしょう。私の記憶の中には彼が中華思想について語っている文章は無いのですが、どなたか知っている方がいれば教えてください。
創竜伝には、彼の憎む悪しき右翼のセリフとして、日本国民は優れているとかいう類のセリフが見られましたが、中華思想も同じ事ではないですかね。
中国盲目礼賛者の田中芳樹はそのことをどう言っているんでしょう。
どうかしっかりと批判してくれてますように(笑)。
>
> 田中芳樹は中華思想についてどう語っている
> のでしょう。私の記憶の中には彼が中華思想について語っている文章は
> 無いのですが、どなたか知っている方がいれば教えてください。
> 創
> 竜伝には、彼の憎む悪しき右翼のセリフとして、日本国民は優れている
> とかいう類のセリフが見られましたが、中華思想も同じ事ではないです
> かね。中国盲目礼賛者の田中芳樹はそのことをどう言っているんでしょ
> う。
> どうかしっかりと批判してくれてますように(笑)。
陳舜臣氏との対談本でちょっとですが触れてましたよ。
手元にないのでうろおぼえですが、たしか
「北と西は荒涼とした土地、南は亜熱帯、東は海なんだから、ここが世界の中心だ」という心理になるのはある程度当然」
「中華思想が悪いというが、ではその中華思想によって具体的な被害をこうむった国が一体どこにあるというのか。
中華思想によって害を受けた国があるとすればそれは中国自身だ。
現在の中国が核実験をするのは単なる幼稚な軍事力信仰からであって中華思想とは関係ない」
みたいなことを言っていたと思います。
(現物持ってる方がいたらフォローして~)
> 陳舜臣氏との対談本でちょっとですが触れてましたよ。
小村損三郎さんありがとうございます。
私は現物を持っていないので迂闊なことはいえませんが、この氏のコメントについていくつか。
> 「北と西は荒涼とした土地、南は亜熱帯、東は海なんだから、ここが世界の中心だ」という心理になるのはある程度当然」
田中芳樹は中華思想の根拠を地理的な部分に求めましたか。
荒涼とした土地にも人は住んでいるし、亜熱帯にも人は住んでいるし、そういった人達を、そこに住んでいるが故に蛮族だ、と決め付けること自体が中華思想のおごりの部分じゃないんでしょうかね。住んでいる場所によって人間の精神構造には、多少の違いは生じるとはいえ(それが文化というものですね)、片方がもう片方を蔑視するほどの違いが生じる因果関係は無いと思いますが。それは人種差別じゃないんでしょうかね(文化が違うからといって他方を蔑視するのは自分とは違った価値観を受け入れることのできない独善人間ということになります)。それを「ある程度当然」ですか。もう言う言葉がありませんね。
まあ、漢民族が常に北の諸民族の攻撃を受けてきたことから、「そいつらは野蛮だ。暴力にばかり訴える野蛮なやつらに比べれば、文化的に我らが優れている。」という流れで中華思想を持つに至ったという説明だったらわからないことも無いですが、単に地理的要因だけじゃあねえ。
> 「中華思想が悪いというが、ではその中華思想によって具体的な被害をこうむった国が一体どこにあるというのか。
> 中華思想によって害を受けた国があるとすればそれは中国自身だ。
> 現在の中国が核実験をするのは単なる幼稚な軍事力信仰からであって中華思想とは関係ない」
確かに直接的な被害は無かったかもしれません。中国が中華思想を大義名分として他国へ侵略したことはなかったかもしれません。しかし、上でも述べましたが、そういう差別的な思想自体が問題視されてしかるべきだと私は思います。
ま、人間自分の信じるものはどこまでも正当化しようと思えばできるものですから。所詮、田中芳樹に(他のことはともかく、右批判と中国について)冷静かつ公平な視点を求めること自体が間違っているんでしょうか。
優馬です。
関係ないんですが、このあいだ「つくる会」の歴史教科書の問題で、社民党の土井たか子が「(こういう教科書を防ぐためなら)検定制度に反対するのを止める」と言っていたのをニュースで聞いてのけぞりましたね。
思想信条の自由を守るために検定制度に反対していたのではなかったのですな。単に、「中国にとって都合が良いかどうか」がこの人たちの判断基準なのだと理解できて、いっそ哀れになりました。
これって、現代版「中華思想」の犠牲者なのでは?と思った次第です。
失礼をばいたしました。
> 思想信条の自由を守るために検定制度に反対していたのではなかったので
>すな。単に、「中国にとって都合が良いかどうか」がこの人たちの判断基準な
>のだと理解できて、いっそ哀れになりました。
20年あまり前、中国は「日本はもっと自衛隊を増強できるはずだ」と主張して
いましたが、連中は無視してましたよ。
彼らの判断基準は中国ではなくもっと単純に「自分にとって都合がよいかどうか」です。
> > 思想信条の自由を守るために検定制度に反対していたのではなかったので
> >すな。単に、「中国にとって都合が良いかどうか」がこの人たちの判断基準な
> >のだと理解できて、いっそ哀れになりました。
>
> 20年あまり前、中国は「日本はもっと自衛隊を増強できるはずだ」と主張して
> いましたが、連中は無視してましたよ。
> 彼らの判断基準は中国ではなくもっと単純に「自分にとって都合がよいかどうか」です。
大体、今、教科書問題で韓国から良心的といわれている人々は、かつて韓国を軍部独裁のどうしようもない腐敗国家として告発し、北朝鮮を徹底的に賛美していた連中ですし。
ちなみにこういう親中国的スタンスを取る人は、環境保護派も多いんですが、当然中国の環境問題は不問にふします。チベット問題も同様。
> 教科書問題ですか。
私は常々疑問に思っていたのですが、「正しい歴史観」って何なの
でしょうかね?
「たった100年ほど前」に起こったことに対して性急に
「正しい歴史観」を設けようとするのには違和感を覚えます。
(「つくる会」の方々もも、それに反対する方々も含めてです。)
それに、日本は一応思想信条の不可侵が憲法によって保障された
民主主義国です。中国のように「正しい歴史観」を一方的に国民に
強制できるほど都合の良い国家じゃないですからねぇ(笑)。
> > 教科書問題ですか。
>
> 私は常々疑問に思っていたのですが、「正しい歴史観」って何なの
> でしょうかね?
> 「たった100年ほど前」に起こったことに対して性急に
> 「正しい歴史観」を設けようとするのには違和感を覚えます。
> (「つくる会」の方々もも、それに反対する方々も含めてです。)
>
> それに、日本は一応思想信条の不可侵が憲法によって保障された
> 民主主義国です。中国のように「正しい歴史観」を一方的に国民に
> 強制できるほど都合の良い国家じゃないですからねぇ(笑)。
>
「つくる会」は、どちらかというと「何でも日本が一番悪い史観」に対する反
発から出来たものではないか、と思いますが。「作る会」の「正しい歴史観」
というのは、「何でも日本が一番悪い史観」に対するアンチテーゼではないで
すかね。「違和感」というには、ちょっと酷なのでは。「正しい歴史観を子供
たちに刷り込むのだ。それ以外は認めない」という了見の狭さは、ないと思い
ますよ。どっちかというと、その逆の立場をとる人たちの方が、そういう傾向
が強いのでは。ヒステリックに「つくる会叩き」に邁進しているマスコミ(早
い話が朝日ですけど)など、「見苦しい」に近いやりようです。
そもそも、「正しい歴史観」など、国によって違って当然というものですし、
自国については贔屓目に見るのがどこでも普通ですよ。間違ったってアメリカ
が「原爆投下による非戦闘員大量虐殺を謝罪」することなどありえませんし。
「歴史観の統一を」なんて、オッそろしい思想統制のファシズムもどきを言っ
ている人たちいますけど、そちらの方がよっぽど「トンデモ」ってものでしょ
う。具体例をいくつか出してみればすぐ解るんですよ。よく言われる話ですが、
ジョージ・ワシントンはアメリカの教科書では独立の英雄、イギリスの教科書
では反逆者。だからと言って、英米がそれで険悪な関係になっている訳でもな
し。また、ナポレオンはフランスでは英雄でしょうが、回りの国全てにとって
は侵略者でしかありません。あるいは、中韓の間でも「統一できない歴史観」
はありますよね。朝鮮戦争は韓国にとっては共産勢力による侵略で、中国にと
ってはせっかく成立した共産国家を潰そうとしたアメリカ帝国主義を、義勇兵
を出して撃退した戦いでしょう。
最初から不可能としか言いようがない、別の国同士での「歴史観の統一」を、
天から与えられた前提条件の如く信じて疑わない人たちってのは一体何なのだ
ろうな、と「歴史観の統一を」という主張を見る度に思う今日この頃です。
> > > 教科書問題
> 私は常々疑問に思っていたのですが、「正しい歴史観」って??
今から言うことは決してお父さんの世代(1935年から1950年生まれ)の方には言わないようにケンカの元になります。(笑)私はなりました。そりゃ怒るわな・。自分の学んだ(信じた)ことをある意味2回も否定されたのだから。(笑)
日本(陸軍)が戦時中に用いていた大東亜戦争という明記ですがGHQによって1945年12月5日に国家神道についての司令を出し、国家公文書から大東亜戦争の明記が消えるのです。が当然かの戦争にかかわる名称をつけなければならないのですが、これはGHQから何の司令も出ていなかったんです。
GHQの呼称の公式禁止令のでる1週間まえによりによって戦争中の開戦記念日12/8に奉天事件からミズーリ号降伏調印までと題した読み物を日刊各新聞が残らず連載しだした。
もちろんGHQの命令によるもので提供は民間情報部。
これが中屋健弐訳 「太平洋戦争史ー奉天事件より無条件降伏まで」の著名で翌年春に刊行される。同署はたちまち10万部を超えたという
その内容はすさまじいの一言につきる・。
戦争は日本軍国主義者たちの共同謀議による一方的な犯罪ときめつける。日米交渉は時間稼ぎ。真珠湾攻撃はだまし討ち。日本軍は残虐な集団であり、南京事件、シンガポール虐殺・・・そしてアメリカと連合国は公平な平和主義者の体現者として終始描かれている。
これが戦争後に10万部のベストセラーになったのである・敗戦がいかに日本人の精神を荒廃させ、自虐的かつ怨念のかたまりと化せしめていたことか・。この荒んだ日本人の精神が知らず知らず採用したのが太平洋戦争の呼称だったようなのである。反面には泣く子と地頭には勝てぬGHQさまのおおせだからというひねた精神も加わっていたかもしれない。
さらに文部省はこの「太平洋戦争史」を国史等の授業停止中の教材として適宜利用するように諸学校に通達した、というのだからいまになると開いた口がふさがらない。
半藤一利 署 PHP文庫「太平洋戦争への道」より抜粋
おそらく戦後1946年から1955年ごろまで義務教育を受けた方(今の第一次ベビーブームの世代)の日本の歴史観は太平洋戦争史をもとに自虐史観として植え付けられておると考えています。20年前までは戦前の方を戦後の方が論議するという構図がありましたし、それなりにバランスが取れていたと思っています。しかし戦前の方が少なくなる今、このまま自虐史観が通説としてまかり通るというのもTAKA的には何とも面白くないとおもうのです。
ひとつ歴史観というのはひとつの方程式であり、複数の方程式によって色々な式が出来上がるというのは5巻のヤンウェンリーの応用ですが・。(笑)
ひとつの史観ではなく複数の史観を鑑みてご自分なりの考えを導き出すのがいいのではないでしょうか・それは大変な労力を要しますし受験勉強で要領よくやってきた方々にはまたつらいことでしょう。
でもここの掲示板にくる方々はある意味余裕のある方ばかりですのでこういう知的な遊びもまた楽しめるのではとおもうのです。では TAKA
はじめまして。
さっそくですが、日本の中国学者が中国批判をしない理由はとても簡単です。中国史の助教授が教えてくれました。
中国関係の学者や作家が中国批判を行なうと、入国が禁止されるのです。
特に中国学者は、中国に入国できないとどうにもならないらしいので、
その助教授も公式の場や論文には注意しているそうです。
地方大学の助教授の言動ですら、監視しているのですから、
田中さんも目をつけられていることでしょう。
でも、田中さんには関係ないですけど。
逆に優遇されるかも。
> はじめまして。
> さっそくですが、日本の中国学者が中国批判をしない理由はとても簡単です。中国史の助教授が教えてくれました。
> 中国関係の学者や作家が中国批判を行なうと、入国が禁止されるのです。
> 特に中国学者は、中国に入国できないとどうにもならないらしいので、
> その助教授も公式の場や論文には注意しているそうです。
> 地方大学の助教授の言動ですら、監視しているのですから、
> 田中さんも目をつけられていることでしょう。
> でも、田中さんには関係ないですけど。
> 逆に優遇されるかも。
はじめまして、天喪由仁さん。
貴重な意見ありがとうございます。
それにしても、何の批判も無い学問が学問として成り立っていること自体がオカシイことですね。中国についての学者さんたちにはがんばってもらわねば(笑)。
そういうことがまかり通る時点で、中国がいかに尊大な性格を持った国かということがわかりそうです。
そういえば、昨年の沖縄サミットの際、私の友人で筋金入りの左翼クンが(例の米分基地のまわりを取り囲むとかいうやつで)沖縄に乗り込もうとしたとき、満席とかでなかなか旅券が取れないのを、国が思想調査してアブナイやつにたいする旅券の発行を禁止させているからだ、とかわけわからんことをのたまわっておりました(笑)。
さて、日本もこのようなことを本当にしているんでしょうか。
まさか、一日で返事が来るとは、しかも誉められた。
というわけで、オズマさんお返事ありがとうございました。
大学の教授というのは、授業はつまらないが、雑談はなかなか楽しいです。
今回もその続きです。今回は有名な大学の有名な教授が、わざわざ地方まで出向いて、単位が欲しいだけの人しか来ない特別授業でマンツーマンで話してくれたことから思いつきました。
日本の中華思想について。
中華思想とは、もちろん、中国にかぎった事ではありません。
この意味は、中国とは分離して、国家システムの一システムとして普遍的に考える事が出来る。つまり、他の国でも通用すると言う事です。
日本も中国帝国の中華思想システムに組み込まれていました。
ここで、ある種の劣等感があった事は認められると思います。
中国、朝鮮より、強国に踊り出た日本は、積年の劣等感を拭い去ろうとして、新しい中華思想を作りました。世界地図を思い浮かべてください日本を軸にそれまでの中華思想から反転しようとしたのです。つまり、進んだ西洋文明の大国であるアメリカが大中華、それを受け入れた日本を小中華として、朝鮮、中国を蛮族としました。これは、中国が異民族に征服されている状態があったこともそういう考えを日本が持つにいたる理由の一つだと思います。
漢民族のすごいところは、異民族に支配されながら、実は自分たちがいなければ国家を動かす事が出来ない仕組みにし、実権は握りつづけたところだと思います。名より実を取るです。
田中さんに関係ないことばかり描いていたので、田中さんのことを描きます。わたしは位置づけするのにも必要でしょうから。
銀英伝。時々のユーモアのある会話とロイエンタールが好きでした。お説教くさいのと田中史観となぜかわけのわからない理由で反乱をおこすロイエンタールは無視して読みました。わたしは、マグロの赤みは好きですが、トロは嫌いです。この本もそういうものです。ただ、ユリアン坊や、あれはなんですか?生理的に嫌いです。あと、ヤンとラインハルトも苦手です。
ただし、シャイニングフォースⅢ(ゲーム)は、「これは田中芳樹の許可をさすがにとっただろう」と思わせるほど似ています。
創龍伝。お説教くさいのと田中史観プラス時事解説は、無視してよんでも、暇つぶしにはなります。疲れないで暇つぶし、エンターテイメントとしては間違っていないと思います。
アルスラ~ん ザハなんとかが出てくるまでは、面白かったのに。
マヴァール年代記、七都市物語。この二つは面白い。七都市の批評がないのはなぜですか?
中国物。中国は陳舜臣のほうがおもしろい。「秘本三国志」は演技より正史が好きな人にはたまらないと思う。わたしは、小学生の時に演技を読んだが、あまり好きになれなかった。やっぱり、正史。
諸葛亮孔明。こう描くと熱烈な田中ファンには字だから、うんちゃらかんちゃら(?)言われそうですが、日本語表記として字を続けて書くことは、誤りではないと思います。アウンサン=スーチーをスーチーさんと呼ぶのはどうかなと思いますが。あれ、全部名前なんですよね。ビルマの人は名字ないから。言うなれば、明さんと若菜さんの娘に明菜とつけたようなものですから。
字は実用的に見て、中国人が姓名に使用する漢字の量が少ないために生まれたものとみてよいでしょう。それに現在字のある人はほとんどいないし。実用的に諸葛良孔明と言ってもいいと思います。駄目でも、作品にあとがきにそう何度も繰り返していうほどのことではないと思います。
もし、田中さんに対する考え方で、御気を悪くするところが合ったらすみません。
> まさか、一日で返事が来るとは、しかも誉められた。
> というわけで、オズマさんお返事ありがとうございました。
どういたしまして。
> 大学の教授というのは、授業はつまらないが、雑談はなかなか楽しいです。
> 今回もその続きです。今回は有名な大学の有名な教授が、わざわざ地方まで出向いて、単位が欲しいだけの人しか来ない特別授業でマンツーマンで話してくれたことから思いつきました。
> 日本の中華思想について。
> 中華思想とは、もちろん、中国にかぎった事ではありません。
> この意味は、中国とは分離して、国家システムの一システムとして普遍的に考える事が出来る。つまり、他の国でも通用すると言う事です。
> 日本も中国帝国の中華思想システムに組み込まれていました。
> ここで、ある種の劣等感があった事は認められると思います。
> 中国、朝鮮より、強国に踊り出た日本は、積年の劣等感を拭い去ろうとして、新しい中華思想を作りました。世界地図を思い浮かべてください日本を軸にそれまでの中華思想から反転しようとしたのです。つまり、進んだ西洋文明の大国であるアメリカが大中華、それを受け入れた日本を小中華として、朝鮮、中国を蛮族としました。これは、中国が異民族に征服されている状態があったこともそういう考えを日本が持つにいたる理由の一つだと思います。
実質の話をすれば、当然日本も天喪由仁さんがおっしゃるとおり日本版中華思想を持っていると思います。その中華思想をもつに至った、長年の劣等感を拭い去るという考え方・動きはある意味日本の驕りかもしれません。大東亜の盟主なんていうのがその表れかもしれません。左翼及びサヨククンたちはこれを批判しているんでしょうね。
じゃあ、左翼及びサヨククンたちは中国版中華思想(なんか変な言葉)をどう考えているんだい、というのが私が問いたいことなんですね。特に田中センセに。まあこうなってしまうと、他人を批判することが即、自分の正当化につながらないように、何の解決にもならないんですけどね。
> 田中さんに関係ないことばかり描いていたので、田中さんのことを描きます。わたしは位置づけするのにも必要でしょうから。
> 銀英伝。時々のユーモアのある会話とロイエンタールが好きでした。お説教くさいのと田中史観となぜかわけのわからない理由で反乱をおこすロイエンタールは無視して読みました。わたしは、マグロの赤みは好きですが、トロは嫌いです。この本もそういうものです。ただ、ユリアン坊や、あれはなんですか?生理的に嫌いです。あと、ヤンとラインハルトも苦手です。
ユリアン坊やねえ。
おもいっき主体性の無い人間です。
「恋は盲目」という言葉の意味を辞書に書くときに彼の生き様を書いてもいいぐらいですね(ちょっと違うか?)。
> マヴァール年代記、七都市物語。この二つは面白い。七都市の批評がないのはなぜですか?
七都市物語については私も書きたいことがあるのでまた機会を改めて。
> 中国物。中国は陳舜臣のほうがおもしろい。「秘本三国志」は演技より正史が好きな人にはたまらないと思う。わたしは、小学生の時に演技を読んだが、あまり好きになれなかった。やっぱり、正史。
> 諸葛亮孔明。こう描くと熱烈な田中ファンには字だから、うんちゃらかんちゃら(?)言われそうですが、日本語表記として字を続けて書くことは、誤りではないと思います。アウンサン=スーチーをスーチーさんと呼ぶのはどうかなと思いますが。あれ、全部名前なんですよね。ビルマの人は名字ないから。言うなれば、明さんと若菜さんの娘に明菜とつけたようなものですから。
> 字は実用的に見て、中国人が姓名に使用する漢字の量が少ないために生まれたものとみてよいでしょう。それに現在字のある人はほとんどいないし。実用的に諸葛良孔明と言ってもいいと思います。駄目でも、作品にあとがきにそう何度も繰り返していうほどのことではないと思います。
天喪由仁さんは中国について詳しそうですね。
私は中国について専門に勉強したことは無いのでまたいろいろ教えてくださいね。
ちなみに、諸葛亮孔明という書き方について田中芳樹がしつこく書くのは、それが彼の人間性だからだと思います。中国史で三国志の時代だけが好きなのは人それぞれの勝手なのに、それに憤りを感じて著書の中でそれを皮肉ってくれるような人ですから。本当に親切心で書いているのか、それとも賢明なる田中センセが無知な一般日本人諸君を嘲っているのか。私は後者だと思っています(あくまでも私個人は、ですよ)。
まあ、何らかの学問(に限らずスポーツでも何でも)を少しでもかじった人は誰でも他の人に教えたくて仕方がなくなるものですけどね。
ではまた。
うんうん、頷きながらご意見拝見しました。
なにか、反論、付け足しをして話を膨らましたいのですが、
全てそのとおりなので言う事がありません。
人と共感を得られると嬉しいものですね。
でも、人と共感しても気味が悪い場合があります。
それは、太宰治について、批評家が言っていた事なんですが、
「わたしは太宰が基本的に嫌いだ。特に人間失格は読んだ後、二、三日気分が悪かった。しかし、駆け込み訴え、これは秀作である」
まったく同じ感想を以前から抱いていたので、気味が悪くなりました。
また、なにかあったら仲良くしてやってください。