何年か前に東京の国会図書館を訪れた際、田中芳樹氏の単行本未収録作品である「海賊船ロシテンナ号」と「けもの」が収録された雑誌を閲覧し、コピーを取る機会があったので、それらについての考察を書いてタナウツに投稿しようと思っていたのですが、何やかんやで放置してしまいました(^^;)。
最近になってようやく「海賊船ロシテンナ号」についての考察が何とかまとまりましたので、タナウツmixi進出記念も兼ねて投稿してみようかと思います。
<注意>
「海賊船ロシテンナ号」は株式会社幻影城が発行していた探偵小説専門誌「幻影城」1978年6-7月号に掲載された、2009年10月1日現在の時点では単行本未収録の田中芳樹(当時は李家豊<りのいえ・ゆたか>名義)作品です。以下の内容にはネタバレを含む記述があります。
1.「海賊船ロシテンナ号」の舞台設定
「海賊船ロシテンナ号」は、宗主国である地球と、シリウスを盟主とする諸恒星自治領連盟との間に行われた「恒星間十五年戦争」が始まった西暦二七〇二年から、人類の統一政府である銀河連邦が成立した二八〇一年までの「宇宙海賊の世紀」と呼ばれる約百年間の一時期が舞台となっています。
そして、田中芳樹作品には地球と諸恒星自治領の衝突を扱った作品が、他にも下記の三点が存在します。
「黄昏都市(トワイライト・シティ)」(「幻影城」1978年9月号初出。幻影城)
「銀河英雄伝説」(徳間ノベルズ1982年初出。徳間書店)
「戦場の夜想曲(ノクターン)」(「SFアドベンチャー」1984年2月号初出。徳間書店)
A.「海賊船ロシテンナ号」
西暦二七〇二年…宗主国地球とシリウスを盟主とする自治領連盟との間で恒星間戦争が勃発。戦乱は十五年の長きに及び、地球の「名誉ある譲歩」を以て講和が成立した時には、両陣営とも疲弊と困憊の底にあった。これにより人類は統一の為の普遍的な理念と権威とを喪失し、諸恒星国家間での武力争覇の時代が到来する。そういった経緯により超高速恒星間航行の技術と知識が一般市民の水準にまで流出し、宇宙海賊の出現をも招いた。
西暦二八〇一年…アルデバラン系第二惑星テオリアを首都として銀河連邦が成立。宇宙暦一年に改元される。
B.「黄昏都市」
西暦二七〇一年…宗主国地球の専横に対し、シリウス植民地で知識人、学生、労働者たちによる独立運動が勃発。それに対し地球政府はシリウスに地上戦闘部隊を進駐させ、両者の間での小競り合いが日常茶飯事となる。それにより他の恒星植民地に独立運動が波及し、地球とシリウスを筆頭とする植民地の間は一触即発の状態。
C.「銀河英雄伝説」
西暦二六八九年…反地球陣営の盟主となったシリウスの主星である第六惑星ロンドリーナが地球軍の先制攻撃を受けて制圧される。
西暦二六九〇年…敗残兵の掃討を口実として、地球軍がロンドリーナのラグラン市を襲撃。市民一二五万人が死亡。
西暦二六九一年…ラグラン市で地球軍の手から逃れたカーレ・パルムグレン、ウインスロー・ケネス・タウンゼント、ジョリオ・フランクール、チャオ・ユイルンらが、中立地帯であったプロキシマ系第五惑星プロセルピナにおいて一堂に会する。後にこの四人によりシリウスを筆頭とする反地球陣営が指導される事になる。
西暦二七〇四年…地球に対し反地球陣営が全面攻撃を行い制圧。地球政府及び軍部の高官六万余人が処刑される。
西暦二七〇六年…革命と解放の象徴であったパルムグレンが急死。タウンゼントとフランクールの政治的対立が激化し、フランクールが粛清される。チャオは政治の第一線から退いていたが、タウンゼントにより謀殺される。
西暦二七〇七年…タウンゼントがテロにより死亡。彼一人に支えられていた新秩序も消滅し、「脱地球的な宇宙秩序」が再構築されるまで一世紀になんなんとする歳月と無数の人々の努力がついやされる。
西暦二八〇一年…アルデバラン系第二惑星テオリアを首都として銀河連邦が成立。宇宙暦一年に改元される。
D.「戦場の夜想曲」
西暦二三八八年…豊富な諸資源を産出するプロキシマ星系で民族主義的な政権が誕生し、経済の「脱地球化」を宣言。地球は軍事力を背景に脅迫を行うが、プロキシマ政府はそれをはねつけ、辺境諸国の中で最大の国力を有しており、地球によって仮想敵国に仕立て上げられていたシリウスに接近する。
地球とシリウスとの間で史上最初の恒星間戦争が開始され、劣勢のシリウス軍は、地球軍の補給線の長さを突いて持久戦やゲリラ戦で対抗して次々と勝利を収める。地球の軍事力を絶対とする神話は崩壊し、際限のない泥沼に人類は足を踏み込む。戦争開始から一五年後になっても、戦争はいまだに続いている。
いずれの作品も宗主国である地球と、シリウスを筆頭とする植民星系との対決という大枠では一致しており、「海賊船ロシテンナ号」と「黄昏都市」は執筆された時期(1978年)がほぼ同じであるためか、内容的には相違や矛盾は見られないので、この二作品は同じ時系列であると思われます。が、この二作品と「銀河英雄伝説」と「戦場の夜想曲」の内容には一致しない部分が多々見られるため、パラレルワールドとしての関係であろうと考えられます。
あと余談ですが、「黄昏都市」にはコードナンバー888という人間そっくりのロボットが登場しますが、田中氏のデビュー作である「緑の草原に……」(「幻影城」1978年1月号初出。幻影城)にもコードナンバー888という同じ設定のキャラクターが登場します。そのため、「黄昏都市」と「緑の草原に……」は同じ時系列上の物語であり、「黄昏都市」ではコードナンバー888は解体処分される予定になっているので(初期作品集「流星航路」1987年。徳間文庫。P249)、時系列としては「緑の草原に……」の方が先であろうと思われます。
また、田中氏の初期短編作品である「懸賞金稼ぎ」(「幻影城」1978年8月号初出。幻影城)には、「銀河英雄伝説」との時系列上のつながりを示唆する記述が存在します。
・先述の「銀河英雄伝説」で反地球陣営の四人が一堂に会した「プロキシマ星系第五惑星プロセルピナ」という惑星の名が出て来る(ちなみに、「銀河英雄伝説」とつながりのないと思われる「緑の草原に……」「黄昏都市」にも同じ惑星名が出ている)。
・登場人物の一人にジャン・ピエール・フレモンという一五歳の少年が存在するが、「銀河英雄伝説外伝<ユリアンのイゼルローン日記>」(「SFアドベンチャー」1987年1~3月号初出)の第一章七九六年一二月六日の項(ノベルズ版外伝2巻P19~20)にも、ジャン・ピエールという「西暦を使用していた時代の、宇宙の放浪者」の名が出て来る。なお、「懸賞金稼ぎ」のジャン・ピエールは「人も羨む美少年」と評されており(初期作品集「流星航路」P182)、「銀河英雄伝説外伝」のジャン・ピエールは「女にもててしようがなかったらしい」と伝えられている。
・物語の時代設定は西暦二六一〇年頃(登場人物の一人であるサミュエル・クライド・キャシディは強盗殺人犯としての時効を物語当時の八年前の西暦二六〇二年九月二日に迎えている)であり、「銀河英雄伝説」との間に時系列上の矛盾は見られない。
ただ、上記の「懸賞金稼ぎ」の記述を見る限りでは、同時期に書かれた「海賊船ロシテンナ号」や「黄昏都市」との間にも時系列上の矛盾は存在しないので、田中氏の設定としては1978年の時点では同じ時系列上の物語だったのかも知れません。
2.「海賊船ロシテンナ号」の登場人物及びロシテンナ号について
A.クラリス・レイン
二〇歳。海賊船ロシテンナ号の女船長。
金褐色の豊かな髪とヘイゼルの瞳を持った美しい娘。響きのよい澄んだ声。すらりと形よく伸びた足。よく揃った長い上下の睫毛。時折瞳の色が翡翠色に変色したり、碧玉(サファイア)色とも描写される。
母親は幼い頃死に、父であるケネソー・クレジャム・レインは二〇隻の船と千人からの部下を持つ海賊だったが、アルクトゥスの政府軍との戦闘で受けた傷が原因で没した。部下の大部分は指揮者の世襲を肯ぜず、頭立つ二人の男に従って別れ去り、父親から老朽船ロシテンナ号と三人の部下を残される。
稼業に於て、襲う相手は公用船や資産家の自家用船に限ること、非武装・無抵抗の者に危害を加えないことという父の流儀を守る方針を採っており、この両者こそが宇宙海賊の矜持の拠って来たる処だと信じている。
クラリス・レインという名のキャラクターは、田中作品である「白夜の弔鐘」(徳間ノベルズ1981年初出)にもヒロインとして登場しますが、「白夜の弔鐘」のクラリスの元ネタに関して、作家の梶尾真治氏が「白夜の弔鐘」徳間文庫版(1986年)の解説で、1982年に田中氏と初めて対談した際のエピソードを披露しています。
<酒を飲もうということになり、サントリー・リザーブの封を切った。「やあ、リノイエさんというのですか。ペンネームですか。日本の方ですか」
彼は熊本人特有の折目正しさで、ぼくに名刺を出した。
学習院大学大学院人文科学研究科国文学専攻博士課程。
と、肩書きが名刺にあった。まるで戒名だ。のけぞった。読みくだし文にしないと、とても一気に読めないではないか。
「本名は田中というんです」
博士課程ということは、わかった。天才かもしれないと思い、身がまえた。ぼくは博士とつく人は、お茶の水博士か、ギルモア博士か、田所博士くらいしか知らないのだ。博士とはどういう話をしてよいかわからず、失語症になりかけ、ウイスキーをがぶ飲みした。「ほう、どんな研究をやっているんですか」とか「東京は住みにくいでしょう」とか、あたりさわりのないジャブの応酬が続いた。その緊張がふとしたことから破られた。突破口は「カリオストロの城」の話題だった。意気投合した。>
<ヒロインのクラリスにして、ぼくが「あのクラリスでしょう」といえば、「そ、そうです。そのクラリスですどうも」と田中さんは憶面もなく答えてくれた。>
この対談から考えても、「白夜の弔鐘」のクラリスのキャラクター設定において、劇場用アニメーション作品「ルパン三世カリオストロの城」(配給・東宝、製作・東京ムービー新社、監督・宮崎駿、1979年)のクラリスがモチーフの一部になっているのは間違いないと思われます。
一方、「海賊船ロシテンナ号」のクラリスですが、「海賊船ロシテンナ号」の初出は1978年7月であり、「カリオストロの城」製作開始は1979年5月(『宮崎駿「カリオストロの城」を語る』「アニメージュ」1981年1月号初出。アニメージュ文庫「あれから四年…クラリス回想」に再録。徳間書店)です。これを見る限りでは「海賊船ロシテンナ号」の方が「カリオストロの城」の製作開始より10ヶ月ほど先に発表されています。
また、田中氏に関する対談やエッセイを編集した「書庫の森でつまずいて……」(2002年。講談社文庫)に収録されている2002年9月4日の作家の赤城毅氏との対談では、次のように語られています。
「毎日が八月三十一日――作家生活二十五周年インタビュー――」(「書庫の森でつまずいて……」P31~32)
<赤城 そこから徳間のお仕事が始まるわけですね。それで、私かねがねうかがってみたいと思っていたんですが、『白夜の弔鐘』のヒロイン、クラリスの名は、『カリオストロの城』から?
田中 じつは同じことを以前、梶尾真治さんにも聞かれたんですが、ちょうどそのころはアニメやコミックから離れていて、『カリオストロの城』もリアルタイムで観てないんです。だからそのヒロインがクラリスというのも知らなかったんですね。ぼくのほうはむしろ本家アルセーヌ・ルパンのシリーズ、『水晶の栓』のクラリスなんです。モーリス・ルブランという人はクラリスという名前にすごく思い入れがあるらしくて、いくつもの作品で使っているかと思うんですが。>
これらの点から考えて、「海賊船ロシテンナ号」のクラリスは「カリオストロの城」のクラリスの影響は受けていないと考えて間違いないでしょう。「水晶の栓」はフランスの作家ルブラン(1864-1941)の著作である怪盗ルパンシリーズの一つで、「水晶の栓」のクラリスとは、主人公である怪盗アルセーヌ・ルパンの部下、ジルベールの母親であるクラリス・メルジーの事と思われます(ちなみに「カリオストロの城」のクラリスは、題名から考えてルパンシリーズの「カリオストロ伯爵夫人」に登場するクラリス・デティーグが元ネタであろうと思われます)。
まとめると、
・「海賊船ロシテンナ号」のクラリスの名前の元ネタはフランスの作家モーリス・ルブランの作品である怪盗ルパンシリーズの「水晶の栓」に出てくるクラリス・メルジーである。
・「白夜の弔鐘」のクラリスの場合は、「海賊船ロシテンナ号」のクラリスの姓名をそのまま使ったが、同じ「クラリス」という名に引っかけて、「カリオストロの城」のクラリスもキャラクターのモデルの一人に使った。
という事になると思われます。
また、「銀河英雄伝説」には「海賊船ロシテンナ号」のクラリスがモチーフとなったと思われる人物が登場します。
「銀河英雄伝説」黎明篇第五章Ⅰ(徳間ノベルズ版1巻P117)
<ヤンの前に現れたのは、自然にウェーブのかかった金褐色の頭髪とヘイゼルの瞳を持つ、美しい若い女性で、黒と象牙色を基調とした単純なデザインの軍服までが華麗に見えた。ヤンはサングラスをはずして、じっと彼女を見つめた。
「F・グリーンヒル中尉です。今度、ヤン少将の副官を拝命しました」>
この記述から見ても、「金褐色の頭髪とヘイゼルの瞳」という容姿が一致していますので、「海賊船ロシテンナ号」のクラリスは、銀河英雄伝説の主人公の一人であるヤン・ウェンリーの副官であり、後に妻となるフレデリカ・グリーンヒルの外見上の前身と考えていいと思います。
B.リー・フォン
二五歳。ロシテンナ号の砲術長兼通信士兼主計ETC。
中肉中背、黒い髪、黒い瞳、顔の造作は上の部類と言ってよい。生まれてからこの方、困惑と驚愕、この双つとは無縁で通してきたといわれている。
「銀河英雄伝説」黎明篇第一章Ⅲ(徳間ノベルズ版1巻P33)
<ヤンは黒い髪、黒い目、中肉中背の体軀を持つ二九歳の青年で、軍人というよりは冷静な学者といった印象を与える。だがそれも強いて言えばのことで、ごく温和そうな青年という以上には他人が見ないようであった。軍隊における彼の階級を聞いてたいていの人は驚く。>
上記の記述を見る限り、クラリスとフレデリカの関係と同じく、リー・フォンはヤン・ウェンリーの前身の一人であろうと考えられます。
C.ラルフ・カールセン
二七歳。ロシテンナ号の航宙士(パイロット)。
骨太の長身を分厚い筋肉で鎧った巨漢。燃えるような赤毛と鋭い碧眼の持主で、古代北欧海賊の戦士を思わせる風格を備えている。操船技術の鮮やかさに加えて、個人戦闘に於ても彼の右に出る者は少ない。
カールセンは、同じ名前のキャラクターが銀河英雄伝説に登場します。
「銀河英雄伝説」風雲篇第一章Ⅱ(徳間ノベルズ版5巻P26~P27)
<ビュコックは、第一艦隊に属しない二万隻の混成艦隊を二分して、第一四・第一五の両艦隊に再編し、前者の司令官にライオネル・モートン、後者の司令官にラルフ・カールセンを任命するよう統合作戦本部に具申し、少将であったふたりはこれによって中将に昇進することができた。>
<重要な会議の席についたチュン・ウー・チェンは、口のなかで何やら挨拶しながら先輩たちに一礼したが、軍服の胸のポケットから食べかけのハム・サンドが恥ずかしそうに姿を見せたので、豪胆で鳴らす偉丈夫カールセン中将もおどろいた。彼の視線に気づいた新任の総参謀長は、相手の懸念をうちけすように悠然と笑ってみせた。
「ああ、気になさらないでください。多少時間がたったパンでも、ちょっと湯気にあてると、けっこうおいしく食べられるものです」
論点が完全にずれている、と、カールセンは思ったが、深く追求する気にもむろんなれず、巨体ごと議長席のビュコックに向きなおった。>
D.シドニー・シトレ
二七歳。ロシテンナ号の機関士(エンジニア)。
細身だが鋼の強靭さを感じさせる、端正な容姿の黒人。技術者としては緻密かつ冷静であり、戦闘要員としてはラルフ・カールセンに劣らない勇猛さを示す。
カールセンと同じくシトレも、同じ名前のキャラクターが銀河英雄伝説に登場します。
「銀河英雄伝説」黎明篇第四章Ⅳ(徳間ノベルズ版1巻P108)
<自由惑星同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は、二メートルになんなんとする長身を有する初老の黒人だった。才気煥発というタイプではないが、軍隊組織の管理者として、また戦略家として堅実な手腕を有し、地味ながら重厚な人格に信望が厚かった。はでな人気こそないが、支持者の層は厚く広い。>
「海賊船ロシテンナ号」においては、カールセンの名はシトレよりも先に出て来るのですが、個人的にこれを見て氷解した疑問がありました。
「銀河英雄伝説外伝<ダゴン星域会戦記>」(「SFアドベンチャー」1984年9月号初出。「『銀河英雄伝説』読本」(1997年。らいとすたっふ編。徳間書店)P40~41)
<彼の名は同盟軍士官学校の寄宿舎のひとつにも残され、ブルース・アッシュビー、ラルフ・カールセン、シドニー・シトレ、ヤン・ウェンリーら歴代の提督たちがそこで一六歳から二〇歳までの日をすごすのである……。>
「彼」というのはダゴン星域会戦時の同盟軍の幕僚の一人で、後に統合作戦本部長にまで昇進するオルトリッチ少佐の事ですが、彼の名を冠した寄宿舎で日々を過ごした提督達の中で、なぜ軍人としての閲歴が上と思われるシトレよりも先にカールセンの名が書かれているのか、個人的に少し疑問に思っていたのですが、上記の通り「海賊船ロシテンナ号」においては、カールセンの名はシトレよりも先に出て来るので、その名残りだったのかと納得したものでした。
ちなみに「ダゴン星域会戦記」は今年(2009年)に出版された創元SF文庫版の外伝5巻(東京創元社)にも収録されていますが、件の部分からはカールセンの名は削除されています(P55)。
E.ロシテンナ号
「幻影城」1978年6-7月号P92
<ロシテンナ号は、その名の起源となった馬が拍車をかけられた時のような勢いで前方へ躍りだした。>
この記述から考えると、ロシテンナ号の名前の由来はスペインの作家セルバンテス(1547-1616)の著作である「ドン・キホーテ」の主人公ドン・キホーテの乗馬ロシナンテから来ているのではないかと思われますが、「海賊船ロシテンナ号」の作中では一貫して「ロシテンナ号」と書かれています。
・「海賊船ロシテンナ号」の後に書かれた「銀河英雄伝説」では、幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世が自由惑星同盟に連れ去られる際に利用されたフェザーン自治領の貨物船の名が「ロシナンテ」(策謀篇第三章Ⅲ・Ⅳ。徳間ノベルズ版4巻P71・P81)となっている。
・「『田中芳樹』公式ガイドブック」(1999年。講談社文庫)の田中芳樹作品集短編紹介の冒頭では(P215)<なお、『海賊船ロシテンナ号』およびコミック原作作品については、著者の意向により対象外とした。>と書かれている。
といった点から考えると、「ロシテンナ号」という名は著者である田中氏の勘違いの結果によるものと思われます。
さて、「海賊船ロシテンナ号」を中心として田中氏の初期の諸作品との関連性及び元ネタの出典などの推測・検証を行ってみましたが、「海賊船ロシテンナ号」は「銀河英雄伝説」を始めとして後に執筆された初期作品の設定や世界観と大きく関わっているのは間違いなく、作家・田中芳樹氏を理解するにあたっては重要な作品なのではないかと思います(単行本未収録であるためか知名度が低いのが惜しまれる所です)。
田中芳樹の初期作品については、私は徳間文庫版「流星航路」と徳間ノベルズ版「夜への旅立ち」くらいしか持っていないのですが、その範囲内で少し。
>「緑の草原に……」
この作品、銀英伝の前身としても通用するのではないでしょうか?
「緑の草原に……」には以下のような記述があります。
徳間文庫「流星航路」収録短編「緑の草原に……」 P15
<主権国家という、人類の統一をはばむ最大の障壁が打破されてから、すでに二世紀が経過している。百六十に余る国々は八つの地区に統合されたのだが、今度はそれぞれの地区が他の地区に対抗意識を燃やすことになったのだ。>
銀英伝の史実で地球統一政府が誕生したのは2129年、超光速航行技術が確立したのが2360年、実用化が2391年となっています。そして「緑の草原に……」では、地球から45光年の距離にあるカペラ系第二惑星に、船内時間352時間で到達していることから、超光速航行技術が確立していたのは確実です。これらの記述から考えると、「緑の草原に……」の舞台設定は、銀英伝世界で超光速航行技術が生まれ使用され始めた2300年代に相当するのではないかと考えられます。
ただ、その続編となるであろう「黄昏都市」の方は、舞台設定が銀英伝6巻の地球統一政府時代末期とカブる上、銀英伝6巻ではすでに全面戦争状態にある地球とシリウス諸植民地間の対立が、「黄昏都市」ではまだ一触即発の状態に留まっているという不一致があるので、「共通の単語がある」というだけで銀英伝の一部とするのは、残念ながら難しいと言わざるをえないところです。
あと、「黄昏都市」におけるコードナンバー888は、「すでに私はつくられてから、人間の平均寿命の二倍をこす年月をすごして来た」(「流星航路」P249)とも明言しており、「緑の草原に……」で私が仮定している年代とも一致しないんですよね(T_T)。この辺り、何とか上手い解釈を作って銀英伝本編とくっつけることはできないか、と考えていたりするのですが。
>「懸賞金稼ぎ」
これは平松さんの仰る通り、銀英伝の作中にそのままな台詞がありますので間違いなく銀英伝外伝2巻の元ネタになっているでしょうし、また舞台設定もどこともカブらないので、銀英伝の前身と考えても問題はないでしょう。私もこれを初めて読んだ時、「ああ、あの『ジャン・ピエール』ってここから取ってきたのか」と素直に納得したものでしたし(^^;;)。
<さて、「海賊船ロシテンナ号」を中心として田中氏の初期の諸作品との関連性及び元ネタの出典などの推測・検証を行ってみましたが、「海賊船ロシテンナ号」は「銀河英雄伝説」を始めとして後に執筆された初期作品の設定や世界観と大きく関わっているのは間違いなく、作家・田中芳樹氏を理解するにあたっては重要な作品なのではないかと思います(単行本未収録であるためか知名度が低いのが惜しまれる所です)。>
田中芳樹の初期短編集って呆れるくらい知名度がないですからね~(>_<)。「流星航路」だけでなく「夜への旅立ち」に収録されている短編も、まとめて刊行されることがなかったら私も存在すら知ることがなかったのではないかと思えてなりませんし。
<何とか上手い解釈を作って銀英伝本編とくっつけることはできないか、と考えていたりするのですが。>
うーむ、無理に「銀河英雄伝説」と結び付けるよりは、パラレルワールドと割り切って考えた方が良いのではないかと。
他の例としては、初期短編「長い夜の見張り」(「SFアドベンチャー」1981年3月号初出。徳間書店)の中でも件のジャン・ピエールの歌が歌われているのですが、この作品の舞台設定は「四百年前に地球残留を唱える保守派と袂を分かち、外宇宙に移住した人々が二派に分裂して交戦状態にある」というもので、明らかに「銀河英雄伝説」とは異なる時系列の物語ですし。
<田中芳樹の初期短編集って呆れるくらい知名度がないですからね~(>_<)。「流星航路」だけでなく「夜への旅立ち」に収録されている短編も、まとめて刊行されることがなかったら私も存在すら知ることがなかったのではないかと思えてなりませんし。>
まあ、田中氏の初期短編は銀英伝の元ネタなども多いので、「田中芳樹ファン」でなくとも「銀英伝ファン」ならそれなりに面白く読めると思うのですけどね。