エステルがアルスラーンと結婚して、二人の間に生まれた子供が次のパルス王になるという展開にはなってほしくありません。
アルスラーンは即位するとき血統による王位継承を否定しました。そのアルスラーンのあとを彼の子供が継ぐという展開はずるいと思います。
エステルはルシタニア軍の一員でした。エステルが未来の王の母親になればパルスの人々は仇敵の一人に忠誠を誓わなければいけません。ルシタニアのために人生をめちゃくちゃにされた人に対してそれはあまりに残酷なことではないでしょうか。
私はエステルはアルスラーンとの関係はプラトニックで終わり、ザッハークとの戦いが終わったらルシタニアに帰国してほしいです。
そしてルシタニアで、孤児院でも開いて、他の宗教との共存する大切さを子供たちに教えてほしいです。
パルスとの人脈を利用して、孤児院の子供がパルスに留学してパルスの進んだ土木技術などの学問を学びルシタニアの発展に尽くすという展開になってほしいです。
パルスの王位はもちろんアンドラゴラスの血を引くものが継ぐのが筋だと思います。
旧王家は失政はあったものの、完全に人心を失って武力で打倒されたのではないのですから。
アルスラーンは、旧王家と自分の血統との間で、王位をめぐる争いがおきるのを未然に防ぐためにもアンドラゴラスの遺児と結婚する義務があると思います。それなのに第二部ではバカ宰相がアルスラーンに縁談を勧めとる。アンドラゴラスの娘が見つからない、なんらかの理由で見つかっても結婚できないという場合の保険として、側室を勧めるというのなら話はわかるのですが。
アルスラーンは望みの大きさの割には楽をしているのだから、好きな相手と結婚するのもあきらめて政略結婚するくらいの犠牲はあってもいいのではないでしょうか。
私は作者のアスラーンの描写は下手だと思うことがあります。
アルスラーンが立てた作戦で不利な戦いで勝利したということはありません。それどころか、実際の軍事行動はほとんど部下任せです。
それなのに彼がカイ・ホスロー以来の武勲の持ち主といえるのでしょうか。
死刑にすべき罪人を減刑することが公正な裁判官のすることでしょうか。これは賄賂で裁判官が刑を軽くするよりもたちが悪いと思います。なぜなら話を聞いた人がこの事を悪いことだと思わずにいい話だと思うからです。ナルサスの懇願を振り切ってもシャガードを死刑にするのが筋だと思います。個人的な好みではそのほうがアルスラーンが魅力的に見えるのですが。
即位のときに血筋による王位継承を否定したのに、自分のあとを自分の子供が継ぐことに矛盾と罪悪感を感じる描写がないのも読んでて不愉快です。
実際問題として、アルスラーン戦記の世界では血統による最高権力の継承以外の発想が受け入れられるほど文明が進歩していないからアルスラーンが血統以外による王位継承を提案しても、実現はほとんど不可能ですし、そのような提案が仮に実現しても王位をめぐって、血統による継承よりも壮絶な争いが起こるでしょう。
それならばせめて、世襲による弊害が起こるのを最小限にとどめる制度を考えるくらいのことはしてもいいと思います。これはヒッタイト帝国やイングランドでは実際にそのような制度があったのでアルスラーンがそのようなことを考えても不自然ではないと思います。
はじめまして、へのへのもへじさん。
まず初めに、ちょっとお聞きしてみたいんですけど、あなたは田中氏の「銀河英雄伝説」はお読みになっておられないのでしょうか?
その作品の中で、田中氏は主人公の一人であるヤン・ウェンリーに、部下であるシェーンコップから
「もしローエングラム公(ヤンの宿敵でもう一人の主人公です)とまったく互角の条件で戦ったら勝てると思いますか?」
という内容の質問を受けた際に、
「戦略的にまったく無意味な仮定だ」
と、バッサリ切り捨てさせました。個人的に、この台詞は銀英伝の中でもベスト3に入る名言だと思っています。つまり、アルスラーンとカイ・ホスローが指揮官としてまったく同じ条件で競い合うなどというifも「まったく無意味な仮定」だとわたしは思いますけど。
一連の投稿を拝読していると、あなたが主張したいことの大意は「アルスラーンはカイ・ホスローと比べ優秀な部下に支えられているだけで、指揮官としての才能も自分自身の武勲もなく、王としての資質を疑ってしまう」ということのようですけど、そのような解釈は「アルスラーン戦記(もしくはアルスラーン自身)」という作品の魅力を誤読しているだけのように、少なくともわたしの目には見えます。
そもそも、田中氏はあの作品で「真の王の器」というものを「武力」や「戦闘指揮能力」などで量るような意図はなかったと思います。
確かに、ダリューンやナルサスの能力は飛び抜けて高く、他にも多くの勇将がアルスラーンの麾下にいます。トップがアルスラーンでなくとも、数多の戦争に勝ち抜けたかもしれません。しかし、ここには重要な事実として、「それらほとんど全ての人材はアルスラーンという人間の人格的な魅力に惹かれて集まった」というものがあります。アルスラーンがトップでなければ、ナルサスはもちろん、ギーヴといった自由人などは特定の君主に仕えようとは絶対に思わなかったでしょう。ストーリーの展開上、アルスラーンはジャスワントやトゥラーンといった、もともと敵国の異国人であった人材までをも、その人格的魅力からついには敵愾心を忠誠心に変えさせています。こんなことを、カイ・ホスローやアンドゴラス王が実行できたでしょうか?
そして、アルスラーンの功績で最も特筆すべきことは、即位後にパルス国内の奴隷を解放したという「解放王」の異名からくる奴隷制度を撤廃した先見性のある優れた政治的判断でしょう。身一つで蛇王からパルスを救い、武力で国内を統一して祖国を復興したカイ・ホスローも偉大ですが、今まで誰にも成しえなかった古い制度の打破をアルスラーンもやってのけたのです。軍略・政略に長けたナルサスでさえ、アルスラーンの王器には時として驚くことがあるほどでしたよね、確か。
つまり、カイ・ホスローが戦闘指揮官としてアルスラーンより優れていたとしても、アルスラーンにはそれと同等以上に価値のある「人材の発掘と彼らの優れた用い方」や「人格的吸引力(一種のカリスマ性)」という組織の長としての美点をもっていて、後の「国王」となった二人を「軍の最高司令官」として数ある王器の一つ才能の優劣だけで論じる意味はないと思います。「アルスラーン戦記」を普通に読めば、主人公・アルスラーンが仲間とともに幾多の危難を乗り越えて人格的に成長し、当代に冠する立派な国王になる過程が描かれているのがわかるでしょう。戦争による戦闘シーンが多いので軍事面での描写の比重が高い作品でもありますけど、決して戦上手の武将(将来の国王)が天下統一を目指して転戦させる…などいったことが田中氏の真意やテーマの作品ではないはずです。
平たく言うと、
「才能はそれぞれ違うが、成し遂げた業績は両者ともに大きく、カイ・ホスローもアルスラーンもどっちも偉い」
ということではありませんか?
それでも尚、アルスラーンとカイ・ホスローを軍の最高司令官として比較したいとおっしゃるなら、その意味や意義を教えて下さいませんか?今日において、例えば日本史で源頼朝と徳川家康を「最高司令官(武将・指揮官)として比べて優劣をつける」などいった論文や研究が存在することを、残念ながらわたしは寡聞にして知りません。それくらい無意味な論議だと思いますけど、おわかりになれませんか?
あと、最後に。
最終的にご自分が何を言いたいのか、もっとはっきりわかる文章を書かれたほうがいいと思います。アルスラーン戦記を作品として批判されているのか、ただ単に自分の好みに合わないストーリー展開が好きになれないだけなのか。あなたの文章を何度読み返しても、そのどちらなのか理解できないものですから。前者なら、作品テーマに外れた議論であまり意味はないと思われますし、後者であれば、誤読だとは思うけど、好き嫌いは個人の自由なのであなたはあなたの解釈を貫けばいいでしょう、ただし、その解釈を第三者が肯定するかどうかは別問題です。
恵さま、はじめまして。
恵さんのご発言の主旨とは、99%関係のない話なのですが、(100%かも・・・)、関心を惹かれた点が一つありますので、割り込みをさせていただいてもよろしいでしょうか?
>「戦略的にまったく無意味な仮定だ」
>
>と、バッサリ切り捨てさせました。個人的に、この台詞は銀英伝の
>中でもベスト3に入る名言だと思っています。
ヤンのこの発言が銀英伝ベスト3の一つだとすると、あとの二つは、どれとどれになるとお考えでしょうか?
銀英伝には、政治、軍事、科学(?)、倫理、愛、友情、野心など、非常に多くのテーマが詰め込まれていますので、読者の「切り口」によって、ベスト3発言も変わってくると思います。あるいは、恵さんは、軍略や、そこから転じての「経営」というものに、強い関心をもっておられる方かもしれませんね。
私自身はベスト3として、次の三つを挙げたいと思います。
[第三位]
古来、暗殺される者は、暗殺されずとも歴史に名を残す。だが、暗殺する者は、暗殺したことによってのみ歴史に名を残すのだ
(by ド・ヴィリエ。乱離篇、第二章-6)
[第二位]
帝国は皇帝の私物ではなく、帝国軍は皇帝の私兵ではない。
(by オーベルシュタイン。落日篇、第三章-4)
[第一位]
人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。
(by ヤン・ウェンリー。風雲篇、第十章-2)
なぜこの三つかというと、銀英伝は、人間社会を統治するための三つの思想が、互いに争う物語だと、考えるからです。三つの中の一つ目は、門閥貴族・トリューニヒト一派・ルビンスキー・地球教に代表される、徹底した利己主義で、「自分の幸福のためなら、だれを犠牲にしてもいい」という発想です。
二つ目は、ラインハルトやオーベルシュタインが目指した、「賢者による専制」です。賢明で清廉な指導者が、責任をもって人民を保護する、という発想です。
そして三つ目が、ビュコックやヤンやユリアンたちが貫き通したデモクラシーです。
上の三つの発言は、三つの思想をそれぞれに代表する最高の知性が放った言葉として、銀英伝の主題を最も端的に表しているのではないか、と私は考えます。
特にヤン・ウェンリーの言葉は、憲法の序文に採用してもよいほど優れたものであり、「デモクラシーがなぜ正しいのか」を説明する言葉として、これに勝るものを私は見たことがありません。
現在、世界の多くの国が、技術を進歩させ、経済的に豊かになることを目的として、デモクラシーを採用しているように思われます。
たしかに、これほどテクノロジーが多様化すると、その進歩を中央権力が集中的に統御するのは不可能で、その意味ではデモクラシーと豊かさの間には、強い相関関係があります。
しかし、デモクラシーの正しさの本質は、それよりももっと素朴な、「他人のものを盗むのはいけないことだ」という点にこそある、というのが私の考えです。なぜなら、賢者が賢者であることを理由にして、自分が信じる体制を人民に強制するのは、他人が人生を自分で決める権利を奪うのと同じことになるからです。どんなに賢明で良心的な親や先生でも、子供の結婚相手を決めたり、生徒の進路を決める権利はありません。たとえ、子供が、自分で決めた結婚や進路で、不幸になるのが分かっていても、です。
私は、田中氏は銀英伝を通じて、結局このメッセージを送りたかったのではないかと、考えています。ですから、その思想を最も的確に表現した台詞と、それと対抗する思想を表現した二つの台詞を、ベスト3として挙げました。
以上、恵さんの本旨からはずれたレスで、失礼しました。「ベスト3の台詞」という言葉に、思わず関心を刺激されたんです。
これからも、どうかよろしくお願いします。
> 恵さま、はじめまして。
>
> 恵さんのご発言の主旨とは、99%関係のない話なのですが、(100%かも・・・)、関心を惹かれた点が一つありますので、割り込みをさせていただいてもよろしいでしょうか?
はじめまして、Kenさん。
あのような独り言的な部分の発言に興味を持っていただき、恐縮しきりです…(^-^;)>
> > 「戦略的にまったく無意味な仮定だ」
> >
> > と、バッサリ切り捨てさせました。個人的に、この台詞は銀英伝の
> > 中でもベスト3に入る名言だと思っています。
>
> ヤンのこの発言が銀英伝ベスト3の一つだとすると、あとの二つは、どれとどれになるとお考えでしょうか?
>
> 銀英伝には、政治、軍事、科学(?)、倫理、愛、友情、野心など、非常に多くのテーマが詰め込まれていますので、読者の「切り口」によって、ベスト3発言も変わってくると思います。あるいは、恵さんは、軍略や、そこから転じての「経営」というものに、強い関心をもっておられる方かもしれませんね。
う~ん、いろんな意味で鋭いご質問ですね。
「ベスト3の台詞」発言の真相を正直に申しますと、最初は「ベスト10、いや、ベスト5にしようかな…」と悩んだのですけど、「反論」という形で挙げる例としては「ベスト3」とくらい言い切った方がインパクトが強いかな、と思ったものですから(笑)。
実際のところ、思春期の頃に何度も繰り返し読んだ名作「銀英伝」には胸に響く名台詞や名シーンは数限りなく存在していて、本当はたったの3つ(3が5でも10でも同じかも…(^-^;))に絞るのは、実際のわたしにとって困難な作業かもしれません。そういう意味では、前回の発言には少し語弊がありました。
正確に言い直しますと、
「銀英伝の『戦争(軍事面)に関する台詞の』中で最もわたしの印象に残った名言だと思っています」
でした。謹んで訂正させていただきます。
あ、ちなみに、そういうわけですから、軍略や、そこから転じての「経営」に特にわたしが関心が強いというわけでもないんです(笑)。もちろん、まったく興味がないというわけでもないんですけども。ただ、せっかくですので、本旨から離れた話題をわたしも少しだけ。
> 私は、田中氏は銀英伝を通じて、結局このメッセージを送りたかったのではないかと、考えています。ですから、その思想を最も的確に表現した台詞と、それと対抗する思想を表現した二つの台詞を、ベスト3として挙げました。
あまり長く書くと、おっしゃるように元の本旨からかけ離れすぎた新しいスレッドができてしまいそうなのですけど(^-^;;)、Kenさんのお考えは、わたしにも大筋はわかる気がします。
わたしの場合、銀英伝をおおまかに「腐敗した民主主義VS清廉な専制主義」の思想実験的な意味を含んだ物語としてとらえていました。民主主義の本質を繰り返しヤンに語らせながら、時としてラインハルトのような傑出した君主によってその(民主主義の)存在意義を揺らがせ、弱さや矛盾、葛藤も見事に描ききった点は、銀英伝という作品の偉大さの証明ではないでしょうか。民主主義という政治形態にも様々な問題が数多くあると思いますけど、Kenさんがセレクトされたベスト1の言葉を思えば、「ベストではないけれど、現在考え得る限りベター」な思想・政治形態として、Kenさんのご意見におおむね同感いたします。
> 以上、恵さんの本旨からはずれたレスで、失礼しました。「ベスト3の台詞」という言葉に、思わず関心を刺激されたんです。
>
> これからも、どうかよろしくお願いします。
いえ、わたしの方も迂闊に「ベスト3の台詞」などという発言でKenさんの知性を違う方面で刺激してしまい、申し訳ありませんでした。先述いたしましたけど、本当の意味でのわたし自身の「ベスト3」の追求はご容赦ください。良い台詞があまりに多くて、今は切り口すらとても選べません…。現在、原典も手元にありませんし(実はこれも本音だったりします(笑))
ご丁寧なレス、どうもありがとうございました。こちらこそ、機会があればまたよろしくお願いいたします。