> 批評に名を借りた罵詈雑言ってココさんはどのような定義で言ってはるんでしょうか。わたしの方は、対象に何の根拠も持ち合わせず、事実でないことで非難する、ということだと考えます。サッチー叩きに関しては、何が真実か我々視聴者に開示されていないのですから、判断しかねます。田中とヒトラーの件は、どうでしょうか。ちょっと難しいとこですね。ココさんが仰るように、実行した者とそうでない者を同列にあつかうのはアンフェアだということもまた道理であります。仮に、管理人さんが仰るように田中氏が精神性の面でヒトラーと同質なものを持っていて、且つ、同様な立場に立たされたとしても、やるかもしれませんし、やらないかもしれません。そんなことは、誰にも分からないでしょう。思っていてもやるかやらないかではその差は大きいです。人の心の中なんて他人からは覗けないし、行動にあらわれてはじめて他人に知覚可能なのですから。そういう意味で、作中にかいま見られる心中の思想が、ヒトラーと同根だからといって、その一面でもって非難するのは、どうかなぁ,とは存じます。
まず、仕立て屋さんへ。あんがとう。 あんたのこのレスのお陰で石井尊師が這い出てきたからね。皮肉でも何でもなく、本当感謝してるぜ。こいつを引きずり出さない限りは、ここで書きこみしててもあんま面白みないしな。
>これに関しては仕立て屋さんがいうような『実行した者とそうでない者を同列にあつかうのはアンフェア』というのも認めてもイイですよ。
わははは! これを認めさせたただけでも、今までおちょくりまくってた甲斐があったってもんだ。やっぱりオレが思ってたとおり、あんたはインチキ野郎だよ。後半グダグダ言ってるのは、「負け惜しみ」が過ぎるような気もするけど、ま、いいだろう。
それにしても、ずいぶんと語気が荒んできたねぇ。まあ、あんたの似非(エセ)紳士ぶりが気に入らなかったオレとしては、今の化けの皮の剥がれっぷりは見ていてすっげー愉快だけどね。やっぱ人間、お互い腹を割って話し合わないとな~(笑)。
>しかし、田中芳樹とヒトラーの場合は俺とヒロスエヲタクの場合と違うだろうが。田中芳樹とヒトラーのパーソナリティが共通(とまで書くとちょっと違うのだが便宜上こう書いときましょうか)だとすると、創竜伝に出てくる社会評論部分の大部分は大打撃を受けるし、下手をすると「ヴラド計画」なんてものをぶちあげている分ストーリーにもダメージをきたすかも知れん。
別にかまわんよ。オレはことさら田中の弁護士やろうとしてるわけじゃないしね(創竜伝も五巻以降読んでねえ)。あんたら青蝿ばえどものインチキぶりが証明されればそれで満足なのさ。
>というように、形パクってるのに俺に対してちっともダメージになっていないからこの前は芸になってないって相手にせんかったんだわ。
ってことは、これからも相手にしてくれるってことだな。良かった! 本当に無視されたらどうしようかと思ったよ。これからも、あんたがトップページにアップするたび、おちょくりエッセイ書くからね。楽しみに待っていてくれい!
あ、そうだ! ノコノコ出てきたついでに訊きたいんだけど、あんたが「虚言」もとい「諸言」でほざいている
>小説の初歩の初歩として、作品の中に作者の言葉が入ってはいけないというものがある。作者の主張は、キャラクターに語らせるとか、テーマとして伏流にして流すとか、そういうテクニックこそが小説であり、物語だからである。<
とか言うやつの原典教えてよ。これがわかんないお陰で、仕立て屋さんとの議論(おちょくり合い)が噛み合わなくってさ。困ってるんだよ~。
これ、どっから孫引きしてきたの? まさかジュニア向け文庫の「小説の作り方」(笑)とか「小説家入門」(笑)とかじゃないよね? それともあんたの創ったヨタ?
ねぇ、教えてよ~。「さあ? わたしにもわかりません。」とかバッくれてないでさ~。コレ最初に言ったやつがどのくらいバカなのか調べたいんだよ~。
なんか数日にしてこれこそ、早くも「旬を過ぎた」感じがするのですが、一応私の担当部分に関して続きを。単純に考えて、ココ氏はレスするのが物理的にもきついと思うのですが。
小説「掲示板のドラゴン」について。
>(クライトンは)映像化権狙い見え見えで、ハリウッドプロデューサーに媚びを売りまくったストーリー運びと描写
>(シェルダンは)古今東西の演劇のシナリオや小説からおいしい設定やプロットをパクッてるのさ。間違いないよ。
-----実に同意できるのだが(笑)、これは
「あんたらにとってクライトンやシェルダンは手の届かない男で、さぞタカリがいのある骸なんだろうよ」
「世のベストセラー作家を軒並みこき下ろして自己満足の悦に入っているヤツ」
てなことにはならないのですか?それとも「絶品」とか「すっげえいいじゃん」とつけとけばノー問題ですかな。それなら今後の参考にするわ(笑)。
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> それと、あんたも含めたここの掲示板の青蝿たちは「田中は自衛隊員や政治家を差別している」とかほざいているみたいだが、さっきのカキコミであんたが「フリーライター」を「職業差別」したのは、まさに「語るにおちる」だと思うぞ。本当、他人に厳しく自分に甘い人たちだこと。あ! これもフィクションだっけ? じゃあ、今言ったことも全部フィクションだからね。ごめん
うむ、そこだ。
私もあれを書きこむときは「ココ氏が心に傷を負わないだろうか」、「『フリーライターの権利を守る会』から抗議がこないか」と少し心配したのだが、やはり懸念通りココさんを傷つけてしまったようですね、ごめんなさい。
やっぱ「ああいうのもアリ」というわけには行かなかったようだ(笑)。
ですから正式に要求していただければあの文章を削除・撤回・謝罪いたしますこと吝かではございません。
ただ少し聞きたいのだが、フィクションの形で私がフリーライター(の一部)について書いた書きこみは「職業差別」であるとお考えなわけですね?
つまり
「田中芳樹の創竜伝も酷いが、新Q太郎の『掲示板のドラゴン』はそれと同じだ」と考えている、と解釈してよろしいか。そうだとしたら私と同じ(笑)。
で、私が削除し撤回したら「新Q太郎はちゃんと間違いを認めたのに、田中芳樹は創竜伝をそのままにしている!」と私をほめて、返す刀で田中氏の無反省を斬ってください(笑)。
ただ
>(この掲示板では)「田中は自衛隊員や
>政治家を差別している」とかほざいている
というところを見ると、私のは許さなくても田中氏の描写の方はあなたは認めているのかもしれない。だとしたらそのへんのことを詳しくお伺いしたいものである。
>オレが「石井=広末ストーカー説」を
>フィクションとするなら、「田中=
>ヒトラー説」だってフィクションのはずだ。
???これ、文章の意味不明。
No. 1508では別にフィクションという断り書きもないようなのだがそれはさておき、
「田中=ヒトラー説」も「石井=広末ストーカー説」もフィクションでなく評論としてそれ自体の是非を正面から検討すればいいじゃない。
>オレが「石井=広末ストーカー説」
>をフィクションとするなら
というのは、架空世界における「石井」という人が架空世界の広末ストーカーに似ている、というハナシ?それなら反対しない、というか検討のしようが無いっす(笑)。
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最後に「青蝿論」について一言いいましょうか。このコトバや論理、かの佐高信氏がオバタカズユキ氏や副島隆彦氏、呉智英氏などに批判されたときに魯迅から引用していたのを思い出すわ。
(余談だが、「掲示板のドラゴン」に出てきた広告と記事云々は、オバタ氏のインタビューに対し佐高氏自身がやっていたことを認めた話がモデル。)
それはともかく、佐高氏が「私は戦士(の骸)で、私を批判するのは青蝿」と定義しているのには笑った。しかも他の文化人を批判する「筆刀両断」でも言ってたりするのには「そりゃ、お前や!」というツッコミを待っているのか、とも一瞬思ったわ。
わかる?佐高氏が例えば小林よしのりを批判する、小林は「わしへのしっとだ、薬害エイズでお前が何をした!?」と言う。その小林が批判した厚生官僚や医者が「あの当時、実際にエイズを予防するために必死だった我々を、外からとやかく・・・」と怒る。
つまり構造として、全ての批判は「青蝿」と呼ばれうるのだよ。
ここの田中批判が、「田中氏の人気に嫉妬うんぬん」の青蝿なら
「創竜伝」は文部省や自衛隊やアメリカや「ある女流作家」(笑)などに対する「青蝿」なのか?
佐高信は大蔵省や自由主義史観や長谷川慶太郎の青蝿か?
ココ氏の場合は田中氏を弁護する「アカ蝿」と自称するが、そうではなく「青蝿」の人気(オープンカフェシリウスで常にヒット数上位のHP)に対する嫉妬が生んだ、蝿にたかる小蝿、もしくは寄生虫か?
ということになります。
(予想:たぶん「田中も俺もそうだよ、何が悪い」と言うと思う。)
おお、オレへのレスだけでこのページ埋まるのか~。 このままアングラページへ一直線か? ますますオレ好みのHPになっていきそうな予感!
>ココ氏の場合は田中氏を弁護する「アカ蝿」と自称するが、そうではなく「青蝿」の人気(オープンカフェシリウスで常にヒット数上位のHP)に対する嫉妬が生んだ、蝿にたかる小蝿、もしくは寄生虫か?
え、ここってそんなメジャーなHPだったの? 嬉しいなあ。それだけ多くの人が見てくれてるってことじゃん! でも、いくらオレでもHPには嫉妬しねえぞ。だって今までHPなんか作ったことねえもん。ここのおちょくりHPは作りたいけど、まだ先の話だからなあ。
>蝿にたかる小蝿、もしくは寄生虫か?
よせやい、オレはそこまで自分を貶めるつもりはねえよ。どんなに低くしてもお前らとは同等であっても、下には落ちねえよ。だって、たかるほど中身がねえだろ? おまえら。
あと、田中の職業差別でしょ。でも、田中って政治家の「石橋湛山」と震災処理をやった「自衛隊員」を誉めてたような…。「自衛隊を誉めてた」に関しては、どっかのHPの受け売りだからオレは確認してない。だから、間違いだったらゴメン。
>わかる?佐高氏が例えば小林よしのりを批判する、小林は「わしへのしっとだ、薬害エイズでお前が何をした!?」と言う。その小林が批判した厚生官僚や医者が「あの当時、実際にエイズを予防するために必死だった我々を、外からとやかく・・・」と怒る。
つまり構造として、全ての批判は「青蝿」と呼ばれうるのだよ。
それは、田中が自衛隊や政治家を批判したことに対する、あんたの反応にも言えると思うけどな。あげ足取るようで悪いけど。
つまり、構造として、全ての批判は「差別」と呼ばれうるのだよ。
毎度、仕立て屋です。
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>わかる?佐高氏が例えば小林よしのりを批判する、小林は「わしへのしっとだ、薬害エイズでお前が何をした!?」と言う。その小林が批判した厚生官僚や医者が「あの当時、実際にエイズを予防するために必死だった我々を、外からとやかく・・・」と怒る。
つまり構造として、全ての批判は「青蝿」と呼ばれうるのだよ。
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なるほどぉ、博学ですな。やっぱり、わたしは使い方を間違っとったのね。 「英雄の骸にたかる青蝿」なる言い回しは、発言者の立場を固定化せずとも使用できてしまうために、立場が代われば同様な論法で逆に斬られてしまうという、諸刃性を孕んどるんですな。そやから、この言葉を使うときは、自ら立場を入れ替えるようなマネは控えんとまずいわけですねぇ。この諸刃性をわきまえなかったココさんは、語るに落ちちゃったわけか、アララぁ。思慮浅だったのね。エッヘンって得意げに出した宝物のバタフライナイフで、自らの指を切っちゃったようなもんですかぁ、カッチョわる~~~。
ん~、勉強になりました。
あと、それから、ココさんの傾向としてヤバ目の話題は避けるっちゅうのがあるみたいですね。答えないのか、答えられないのかわかりませんが(答えた場合も、お粗末な”論旨のスリ替え”しか出来ないみたいだし)、とにかく、これじゃぁ、論理思考ができないって決め打ちされてもしゃ~ないね。で、やばなったら、原典は?原典は?って九官鳥みたく繰り返すだけで。たとえば、
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>小説の初歩の初歩として、作品の中に作者の言葉が入ってはいけないというものがある。作者の主張は、キャラクターに語らせるとか、テーマとして伏流にして流すとか、そういうテクニックこそが小説であり、物語だからである。
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に関してココさんは最初に「管理人さんが仰るような”まっとうな”小説に対する定義は誰がきめたの?」って聞いてはります。逆にいえば、”まっとうな”小説に関して自分なりの定義をもってるからこそ、それと異なる定義を他人が主張してるのに対して異議申し立てしているわけですよね。であるならば、自分の異なる相手の定義の原典が何か?ってのが異議の本質ではなくて、その相手の定義の是非が問題なわけですよ。ですから、わたしは、管理人さんの定義の一面の真理を説明し、その上で、ココさんに管理人さんの定義の是非を問うたのです。なのに、答えるわけでもなく、原典は?原典は?って繰り返すだけです。これは、相手の定義の非を論理で指摘できないのか、もしくは、そもそもの異議の意味するものが理解できていないか、のどちらかです。つまり、論理思考がサルなみなのです。よって人間さまがまともに議論するような相手ではないっちゅうことですね。
結論: ココ号は猿である。猿は猿らしく、猿山で猿番長気取ってるのがお似合いである。
あ~あ、プロっちゅうから、どんなもんかと思って相手してみたら、ぜんぜん手応えないのね。つまんね~の。ひょっとして、チョイ書き? あ~シラけたシラけたっと、アルスラねたに戻ろ。
もう、こんなにレスが返ってきて。オレって人気者じゃん!
ところで、仕立て屋さん。返事の順番みんな後にしちゃって「おゴメン」。
そ、それにしても…。な、長い。校了の徹夜明けにこのネームの長さは辛いかも。まあ、それだけ労力を割いてくれているのは。ありがたいけど…。こっちもなるべく長いネームでお返しするぜ!
>ワオーッ、こんなレトリックありでっか?ボルテッカァ!
「初代」と「ブレード」。どっちが好き? オレは山田康男が主役貼ってた方が好きだけどな(嗚呼、年齢がばれる)。
とりあえず、いろんなとこすっ飛ばして言うけど…。
頼む! 仕立て屋さん。「夢物語」読んでくれ!
「読んだことない」ことを前提に「想像」で話してるからいろんなところで論理が破綻してるよ。
まるで、裁判で検事が証拠品無しに起訴したあげく「裁判長、私の想像しますところ被告は…」と答弁しているみたいだぜ。
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>わたしは、先に述べたように「夢物語」を読んだことがございませんので、わたしの書評を申し上げることはかないませんが、ここはココさんの仰ることをそのまま使用したいと存じます。ところで、夢落ちってのは、まるで、ドラえもんに関するあの有名な都市伝説を連想しますねってこりゃ、話がずれましたね。夢落ちにした長英の意図は不明ですが、幕末の言論弾圧下では、夢落ちにしようと幕府に睨まれると考えるのが自然ですから、おそらく、庶民受けするようにそのような形式を採ったものと想像いたします。
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あのねえ…。まず、「夢物語」の夢落ちに関して言えば、読めばわかるけど庶民受けなんて可愛いもんじゃない。この夢落ちを語る前に、幕末史の「モリソン号」事件を知っておく必要があるんだけど、ここでは時間も労力も惜しいし、仕立て屋さんに実際読んで知ってもらいたいんで割愛する。歴史書でも読んで勉強してくれ。あ~、最初にこれを言っておくべきだった~。
つまり、すっげえハショって言わせてもらえば、「夢物語」ってのは、この「モリソン号」事件を、架空の国、架空の人物を使って再現したうえで、この事件に対する幕府の処置を批判した話なの。ここで言う架空の国とはもちろん日本。で、この「モリソン号事件」ってのは幕府の最高級機密なもんで庶民が知ってるわけがないの! だから、庶民受けもするわけないし、ましてやこれは尚歯会って言う長英の所属している組織や、当時の進歩的知識人のあいだで隠し読み(もちろん作者は匿名)されてたのが、どこから洩れたのか世の中に出回った本なの。だから、当時の反体制知識人向けに作られた物語で、庶民受けを狙ったなんて絶対にあり得ねえんだよ。
つまり、長英は「モリソン号事件」を知っている人しか判らないストーリーで、しかも内容もファンタジーにしてボカしたうえに、最後は「夢でした」にすることで幕政批判書であることをなんとか隠そうとしたの。これについては、いろんな歴史家の間でも一致した意見なんだけどな~。それでも、作品の中で「こう言う国(日本、もちろん作中では架空の国)にはロクな未来はない」とか威勢のいい事言ってるから、ラストの「実は夢でした」で「なんだよ、これ~」と最後まで読んだ人は拍子抜けする。そう言う作品なんだよ。これで庶民に受けると思ってるんなら、庶民をバカにしてるってもんだ。大体、近代文学の萌芽もなく、歌舞伎の勧善懲悪物が幅を利かしている当時、庶民に夢落ちなんていう抽象的(当時としては)なプロットが受けるわけないでしょ。判った?
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>最初にこれ見てから疑問に思ってるんだけど、この定義、いったい誰が決めたんかな? 神様? ゲーテ? 夏目漱石? それとも石井?
あんたらは、これを金科玉条のように崇め奉っているけど、だったら原典出してくんさいよ。前にも書いたけど、どっから孫引きしてきたの?
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さあ? わたしにもわかりません。あっと、これは誰が言い出したのか、と言う点ですけどね。ところで、ココさんは、管理人さんの”作家が作中で己の主張を盛り込む場合のお約束”に関してそれを全面否定するものですか? それとも、一面の真理を認めるものですか? わたしは、その原典がどうであろうとも、そこに一面の真理を感じます。なぜなら、主張がキャラクターの言葉の中や作品のテーマに伏せて必然的且つ統一的に盛り込まれる以外に表現しうるとすれば、行間の突に隔絶された心理模写や状況描写、作中の場面場面での思想のモロ出しなどを行わないかぎり難しいでしょうし、そんな場合、小説という表現形式においては上記(B)の(1)の点で問題が生じます。故に、管理人さんの小説で主張する場合に関する言及には一面の真理を覚えます。
また、ココさんは、上記管理人さんのご発言に関して、その原典を示せ、と仰っていますが、仮に原典があろうとも、では、その原典の原典はどこなの?云々の同道巡りになりかねません。そんなことより大切なのは、そこに一面の真理を認められるか、否か、ということではないでしょうか。それとも、原典があれば、精神的安泰でも得られるのでしょうか。
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つまり、ここであなたの言う「真理」とはあなたの思う「信念」、悪く言えば「信仰」なんですな。いやはや…。大体、「真理」などと言う言葉は「正義」と同様軽軽しく使う言葉ではない。Aの人にはAの人の、Bの人にはBの人の「真理」があって、Aの人の「真理」がBの人の「迷惑」である場合があるのです。たとえば、オウム”真理”教が己の手前勝手な真理にしたがって「何をしたか」よく知っているでしょう。”「真理」を認める”と言う事で、己の中にある批判精神や懐疑心を放棄していませんか?
「私が原典を出せ」と言っている理由は、石井が「自分で創ってヨタ言ってんじゃねえのか?」と思い信用していない懐疑心と、「こんな狭量な定義が呑めるか!」という批判精神から来ています。もし、石井が「ヨタを言っていたなら」私の石井に対する信頼(うへぇ、こいつにだけは使いたくない言葉)は今まで以上、絶対零度に限りなく近いぐらい低くなり、従って「こんなやつの創ったヨタ話など信じるに足らん」と断言できます。ウソつきの言うことを信じるバカはいませんから。ただし、もしその原典が明らかになり、それが私の信頼する人物(例:宮武外骨)の言葉だった、あるいはその著書を読み大いに感銘を受けたなら「ムゥ、ひょっとして石井の言うことは正しいのかも…」と思いなおすことも可能かと思います。だから、「精神的安泰」ではなくあくまで「判断材料」の問題なのです。
うわ、思わずまじめな口調になっちまった。我ながら気持ちワリィ。「真理」なんて、思わずサブイボ立つ言葉聞いちまったから、ショックで口調が変わっちまったよ。
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ココさんの論法を適用すると、評論家、批評家なる職業も卑しいってことになるのでは?と申し上げてるのですよ。
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そうは、言ってないし思ってもいないよ。それこそあんたの誤読だろう。どの職業もそうだけど、職業自体は卑しくない。問題はその行為だろう? 批評家が批評、評論をするのはあたりまえだ。だが、その論説や対象となる作者が気に食わないからと言って批評にかこつけて、「田中は職業差別をしている」とか「田中はヒトラーと同じ」などと言って、個人の人格を貶めるなど明らかに卑しい行為だろう。その「卑しさ」に対するオレ流の報復が、オレの石井叩き、青蝿たたきの「卑しさ」なのだよ。判った?
やっぱそろそろ、飽きられてきて尻すぼみ状態だわ。まあこの1週間ばかりは「特別サービス週間」として引っ張るとしましょう。そんで大体、終わりそうだし。
Q>わかる?佐高氏が例えば小林よしのりを批判する、小林は「わしへのしっとだ、薬害エイズでお前が何をした!?」と言う。その小林が批判した厚生官僚や医者が「あの当時、実際にエイズを予防するために必死だった我々を、外からとやかく・・・」と怒る。
つまり構造として、全ての批判は「青蝿」と呼ばれうるのだよ。
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コ>それは、田中が自衛隊や政治家を批判したことに対する、あんたの反応にも言えると思うけどな。あげ足取るようで悪いけど。
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うーん、少しご自分の立脚点を整理したほうがいいのではありませんか?
つまりココさんは・・・。まずその前に、
>構造として、全ての批判は「差別」
>と呼ばれうるのだよ
呼ばれうる?いや、はじめて聞いた、そんな理論。ぜひすべての批判が差別と呼ばれうる、という根拠を教えてほしいと思います。だれか文豪が言ったのかな(笑)。それに
>自衛隊や政治家を批判したことに対する、あんたの反応
「私の」反応というと?お手数ですが過去ログよく探してもらうことにしましょう。
まあ、直接の反応はともかく、私は田中芳樹氏が自衛官(や警官)に対して書くような論法、ストーリーの組み立てでもって一部のフリーライターを悪役にしたフィクションを書いた。
しかしだね、それが差別的になったのは批判が構造的に差別になるのでも何でもなく、意識してワタシが差別的に書いたからじゃ(笑)。
それ最初に、1518で認めてるじゃないですか。
>下記のようなアンフェアな小説(アンフェアであることを認める。だから後で削除するかもしれん)
って。
そしてココさんが予定通り?大変傷つかれ、
>あんたが「フリーライター」を「職業差別」した
>まさに「語るにおちる」
とおっしゃった。やっぱり「ああいうのもアリ」じゃなかったわけだ(笑)。
そこでもう一度確認したいのだが、
ア:田中の自衛隊などに対する書き方はアンフェアで差別的であり、また新Q太郎の1517でのフリーライターに対する書き方もそうである
と考えているのか
イ:田中のほうは正しいが、新Q太郎のほうは許せない
ウ:新Q太郎のほうは正しいが、田中のほうは許せない
のどちらかと考えているのか、そこが不鮮明なのである。どうも貴方の立場が上下左右に動いているので分かりにくいのですよ。1553の繰り返しで悪いが。
ちなみに私自身(←注目)が「ア」だと考えているのですよ、念を押すが。しかしこれとか、
不>おっと、ココ氏は特殊例ではないと限らないか。偏見を持ってはいけないな。済まん済まん
と書いてあるのに
>オレは「特殊」な方だよ。
>何の責任もないオレの同業者を引き合いに
というように、あらかじめ防御線をはってあるところに突っ込んで自分から爆発するのはなぜだ。大仁田か?
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さて、その後がまたたいへん面白い。
>田中って政治家の「石橋湛山」と震災処理をやった「自衛隊員」を誉めてたような…。
うーんわからんわからん!別のところで別の個人や、あるひとつの業績を褒めていれば、他のアンフェアな描写は許されるというご意見なのか?実に奇抜な発想で理解しづらい。
そうすると、俺は別のところの書きこみで、山本弘はじめフリーライターも参加して構成されている「と学会」を褒めている(過去ログ参照)から1517はすべてチャラにしてもらっていーい(笑)?
まあ、まさかこんなこた言わないだろうから真意をあとでお聞きしよう。
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>いくらオレでもHPには嫉妬しねえぞ。だって今までHPなんか作ったことねえもん。
ほお、これは非常に重要な意見である。
つまり「自分がHPを造る立場にある人だけがはじめて、HPに嫉妬をする。HPを造ったことがない人間が、『嫉妬している』などといわれる筋合いはない」と。ほうほう。
不沈戦艦さん、
不>何で、物書きを志したこともなく、当然やったこともなく、今後やろうとも思っていない人間が、「物書き」としての田中芳樹に嫉妬せねばならないのだろうか?
というのに賛同してくださる人が現れました(笑)。だがうーんと、俺は生涯2回ほど小説を書いたから「田中に嫉妬」してることになるんだろうな。いや、ながいけんに嫉妬か(分かる人は笑)。
で、ワタシもココ氏の書きこみの動機が、この人気HPへの嫉妬であるとは考えない。
というか、そう断定する理由が無い。
それは
>俺の周りの自称「作家志望」のライター連中にも。世のベストセラー作家を軒並みこき下ろして自己満足の悦に入っているヤツが。それで、自分の作家としての力量が上がるわけでも、自分の人格が向上するわけでもないのにさ。
という人々と、ここの掲示板を一緒にするのが根拠がないようにね(笑)。それともそこに、説得力ある根拠を出せるのかな?
(しかし蛇足ながら、あなたの周囲には本当にそんな人が多いのですか?やな人たちですねえ(笑))
Q>蝿にたかる小蝿、もしくは寄生虫か?
コ>よせやい、オレはそこまで自分を貶めるつもりはねえよ。どんなに低くしてもお前らとは同等であっても、下には落ちねえよ。だって、たかるほど中身がねえだろ? おまえら
なんかまた傷つけてしまったみたいで、もしそうならごめんなさいなのだが。しかし構造として貴方が
「他のHPを軒並みこき下ろして自己満足の悦に入っているヤツ。」
「それで、自分のライターとしての力量が上がるわけでも、自分の人格が向上するわけでもないのにさ。」
という点で、こちらからみて同じ、にしか見えないのである。そしてそちらの書きこみ・批判の対象は我々なのだから、自然に考えると貴方は「我々の”骸”にたかっている」ということになる。
では青蝿と貴方が呼ぶ行為と、自分はどこが違っているのか、についてご説明いただきたい。
---------------------
と思ったら、何時の間にか方向転換されて、
>批評家が批評、評論をするのはあたりまえだ。
しかしそれが
>人格を貶めるなど明らかに卑しい行為だろう。
おお、良識ありますねえ、まるで別人(笑)。
つまりココ氏は
「田中(の思考様式)はヒットラーと同じ」というのは不当だ、と。
その根拠は
>それを「実際に実行した者」と「小説にした者」を同列に扱うなど、それこそあんたの言う「アンフェア」
だと。
それでは、例えば実際にジェノサイドに荷担したゲッペルスと、まだ(笑)ジェノサイドはしていないであろう戦後日本の官僚を一緒にする描写、というのにはどう思うか聞いてみたい(爆笑)。
ちなみに私は”思考様式”が似ていると思う場合、実際に実行しようがしまいがその類似性を指摘し、その内容の正否を争えばいいと思っている。マルクスが実際に殺した人はいない(決闘は好きだったようだが(笑))かもしれんが、その思考様式にレーニン、スターリン、毛沢東のような虐殺(の実行)者の萌芽を見ることは可能だし、またキリスト教の黙示録的千年王国のメンタリティがナチス運動に影を落としている可能性を論じるとき、『キリストは人を殺していない!ナチスと比べるな!』と言われたらハラホレヒレハレではないかと思うがいかがか。
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最後に蛇足的質問。
*石井氏の批判が青蝿的人格攻撃だと思うなら、佐高信氏の評論をココ氏はどう考えるかお聞きしたい(佐高氏の文章の、どこを後で引用しようかな~♪)。
*貴兄のシェルダンやクライトン評は、嫉妬によってなされた青蝿的評論ではないか、こともお聞きしたい。
毎度、仕立て屋です。
まずは、ココさんへ。猿呼ばわりの件は許してちょうだい、まぁ、あれもお約束ってことで。
それにしても、Qちゃん以外、みなさん(管理人さんも含めて)のココさんへの対応つめたいねぇ。ココさんは、おふざけと無関係な発言のせいで分かりにくいかもしれんけど、要は、このサイトの緒言、コンテンツ等に対して攻撃をしかけてきてるわけよ。我々が創竜伝を批判する場合の前提として、緒言、コンテンツ等の論理が下敷きになってるってのが、共通の認識じゃなかったっけ? であるならば、前提への攻撃に対して否って言わずして、田中センセを批判し続けるなんて恥っ知らずなこと、わたしにはでけへんねけど。まぁ、人それぞれ、危機意識の持ち方は千差万別やからぁ、アカンとは言わんがね。一般的な掲示板にありがちなように、無視による時間頼みって手もエエけど、月並みでカッチョ悪いわな。あとそれから、飼えサル君に言うとくわ。世の中に全知の人間なんていないのは、君でもわかるわなぁ? そやから、知らない事があったら、知れば済む話なんよ。知らないのに知ってるフリする方が、よっぽどカッコ悪いことやと思うぞ。 確かに、わたしは夢物語を読んだことないよ。しかしながら、それを指摘されて、恥じ入る気持は少しも持ち合わせとらんね。わたしの場合、無知を指摘されるより、論理思考の欠如を指摘された方がよっぽど堪えるわい。論理思考は人間様の特権やからね。ただの暗記なら、それこそ、京大霊長類研究所のチンパンジーでさえできるこっちゃで。
毎度、仕立て屋です。
レスへのレスって伝言ゲームみたく徐々に話がそれていってしまうので、軌道修正します。
ちなみに、ボルテッカァの件はブレードの方です。初代は見たことないもんで(絵は見たことあり)。当時、期待以上のシリアスな展開に驚いたのを覚えています。
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>読んだことない」ことを前提に「想像」で話してるからいろんなところで論理が破綻してるよ。
まるで、裁判で検事が証拠品無しに起訴したあげく「裁判長、私の想像しますところ被告は…」と答弁しているみたいだぜ。
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いや~、申し訳ないっす。ただ、内容に言及せずとも、ココさんの、「夢物語」を引き合いに出して創竜伝を是とする三段論法を否定可能と判断したからなんですよ。まあ、「夢物語」の内容云々でこの論法の妥当性に踏み込まないと仰るなら、とりあえず、「夢物語」の内容について考えてみましょう(内容の簡単な説明には感謝致します)。で、マンモス書店で検索してみたのですが、「夢物語」のストックなかったもんで、代わりに佐藤昌介、鶴見俊輔の高野長英に関する著書を一日かけて立ち読みしました。この佐藤って人、百科事典などでも、渡辺華山、高野長英ら、蛮社の獄に係わった人物の項目で監修してはる人なんで、その分野ではそれなりに評価されているんではないでしょうか。
先ず、この高野長英って人について。蘭学を修め、蘭書の翻訳のかたわら、経世と国防などについて渡辺華山らのもとに集まり、経世的活動をしていた人らしいですね。現在でいうところのジャーナリスト、学者、知識人の類ですか。で,経世にかかわることで問題が起きる度に会合を開いて、あれや、これやと議論されてたようです。一種の政治活動家と言えます。
「夢物語」について。これを書くきっかけとして、モリソン号が再度、来航する件を処置する幕府評定所にてモリソン号打ち払い、決定の情報を、評定所記録方、芳賀市三郎から聞き出したことから始まります。パンフレット(小冊子)形式にて数日で書き上げられ、匿名で発表されました。夢中での劇的問答という形式や「夢物語」の題名から、写本の形で広く行き渡り、読まれ、幕府にとっては、厄介な世間の潮流を生み出したそうです(ココさん曰く、庶民がモリソン号の件を知るわけがないとのことですが、モリソン号の件を知らなくとも、当時、絵入りのかわら版等で庶民のあいだにも外国船が頻繁に訪れていた事は、広く知られていたことですし、経世的な意味では庶民にも十分受けるものと思われます。かわら版のことはNHK教育でやっていました)。当然、幕府の要職の目にとまり、作者探しがはじまるわけです。しかし、実際は、幕府大学頭、林述斎(漢学者)にとって蘭学者はライバルなわけで、述斎の三男、当時、目付けの鳥居耀蔵によって、蘭学者達がでっち上げを食らった、というのが実情のようです。創作劇的問答という形式を採っているものの、内容自体は、当時、蘭書等から得られる知識を最大限投入して足りない部分を想像で補ったもののようです。ですから、中には勘違い(アメリカ船モリソン号をモリソン氏という別のイギリス人の率いる船として登場させた上で、当時のイギリスの強盛ぶりを指摘し、打ち払いが国際法上でも、国防上でも、いかに危険かを説いた、等)はあるものの、当時としては、事実に裏付られた(事実と本人は考えていた)、すぐれた政治論文と評価されています。夢中での問答形式を採用したのも、実際に仲間内で開かれた会合での会話を参考に、即時性を第一に考えた結果からだと思われます(幕府の方針が本決まりになる前に変更を促すため-->幕府の要職を刺激しないよう配慮した記述もあり)。作品的には現在の基準からすれば、駄作であることは、筆者も認めていますが、時代性を考慮すれば、当時としては、高野長英を抜きんでたパンフレッティアであったと結論づけています。また、現在とは言論に対する意識が異なることを踏まえれば、夢物語は経世を目的とした政治論文であり、小説でもなんでもありません(ただ、かわった形式を採用しているだけで、小説とは異質)。事実、幕府側は幕政批判書と認識していました(これが時代性を考慮した上での評価というものです)。
以上、他人の解釈にたよった形で結論づけると、「夢物語」が(ココさんの論理では小説形式の)批判書として一般的に是とされているという事実を先に提示し、次に夢物語(創作劇的問答形式の政治論文)と創竜伝(批判表現を含んだ冒険活劇)とを小説、批判書としての面で同質とみなした結果、創竜伝も批判書として、もしくわ、小説として是である、とする三段論法は論理的に無理がある、と判断します。
しかし、ココさん流の夢物語書評と佐藤昌介らの書評は解釈の点で若干異なる部分があることは認めます。わたしは、権威主義者ではないので、佐藤昌介らの解釈を優先するのはアンフェアだということを認めます。よって、以下、解釈の違いに依存しない論理構造上の矛盾点を指摘することで、ココさんの三段論法の無理を証明してみます。
先ず、一般論。自らの発言の信頼性向上に、原典からの引用、ことわざからの引用など、何某からの引用という方法があります。では、引用の有効性はどこにあるのでしょうか。引用に耐えられるものというのは、仮に、現在の価値基準上の諸問題の信頼性向上を意図して引用する場合、すくなくとも、現在の価値基準に通ずるものでなければ機能しません。なぜなら、現在と異なる価値基準に属するものから引用したところで、条件が違えば、まったく異なる結果を導きかねないからです(例えば、おかめ顔の女性が美人だと主張する人がいたとして、その信頼性向上に平安時代ではおかめ顔は美人とされたことを引用して、現在でも彼女は美人である、と結論づけようが、現代人でそれに納得するものは少ないでしょう)。したがって、現在の言論の自由および言論の倫理観のもとで書かれた創竜伝の是を証明するのに、現在と異なる価値基準をもった幕政批判を許さない時代の夢物語を持ち出してきても、論理上機能しないのは自明であります。すくなくても夢物語という作品が現在の価値基準からみても十分通用するものである、というならば、この引用も機能するでしょうが、ココさん、佐藤ら共通して、現在の基準から見た場合、作品的には評価高くないでしょう?では、なぜ、夢物語が評価されているのかというと、幕政批判弾圧下のもと、次代の潮流となった考えを先取りしたという”時代性”からみた評価であります。この作品は現在ではなく、あの時代にあってこそ、光り輝くのです。この三段論法を機能させるには、引用元が少なくとも、現在の言論の自由、言論の倫理観から見た場合に評価されるものでなければ、不適当であります。
以上二つの視点から、解釈上も論理構造上も夢物語を引き合いに出した三段論法は機能しません。
引き続き、引用の一般論。共通価値観からの引用でなければ機能しないという点とともに、引用の有効性は、不特定多数の批判を潜り抜けてきたという強みがあります。要は、数の論理であり、一個人の発言よりも多くの批判に耐性を示したということがその信頼性を高めているにすぎません。また、仮に、批判に対する耐性の高さを認めても、その引用者自身が、引用元の意味を、オーバーに言えば引用元発言者の思考の道程を、トレースした上で、そこに必ず、引用者自身の引用元に対する評価を認定しなければ、引用の意味がありません。ことわざならば、使用者がその意味を理解し、使用の妥当性を認定してはじめて、使用の有効性が発生するのです。以上は、わたしの論理的帰結であり、特に原典はありませんが、一般的に言われる内容だと思います。
先に示したとおり、夢物語を用いた三段論法が機能しないことが証明された上は、他の論法がある場合を除いて、ココさんの主要攻撃目標である緒言等の是非自体に直接突っ込むものでなければ意味がありません。したがって、以下、考えてみましょう。
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> つまり、ここであなたの言う「真理」とはあなたの思う「信念」、悪く言えば「信仰」なんですな。いやはや…。大体、「真理」などと言う言葉は「正義」と同様軽軽しく使う言葉ではない。Aの人にはAの人の、Bの人にはBの人の「真理」があって、Aの人の「真理」がBの人の「迷惑」である場合があるのです。たとえば、オウム”真理”教が己の手前勝手な真理にしたがって「何をしたか」よく知っているでしょう。”「真理」を認める”と言う事で、己の中にある批判精神や懐疑心を放棄していませんか?
「私が原典を出せ」と言っている理由は、石井が「自分で創ってヨタ言ってんじゃねえのか?」と思い信用していない懐疑心と、「こんな狭量な定義が呑めるか!」という批判精神から来ています。もし、石井が「ヨタを言っていたなら」私の石井に対する信頼(うへぇ、こいつにだけは使いたくない言葉)は今まで以上、絶対零度に限りなく近いぐらい低くなり、従って「こんなやつの創ったヨタ話など信じるに足らん」と断言できます。ウソつきの言うことを信じるバカはいませんから。ただし、もしその原典が明らかになり、それが私の信頼する人物(例:宮武外骨)の言葉だった、あるいはその著書を読み大いに感銘を受けたなら「ムゥ、ひょっとして石井の言うことは正しいのかも…」と思いなおすことも可能かと思います。だから、「精神的安泰」ではなくあくまで「判断材料」の問題なのです。
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むむ~ん、しっかりしてくださいよぉ。こんなツッコミ入れる人が必ずいると思ったんで、わたしは「真理」とは言わずに、一歩引いた形で「一面の真理」という表現を使ってるんすよぉ。それに、批判精神が生まれないって仰いますが、わたしは、なぜ、「一面の真理」を認めるか、先の投稿1543でその妥当性を説明してますよ。神の真理に検討はいらんでしょ?また、上記引用の本質的な特性を考えれば、原典の引用にも必ず引用者の是非判断が加わるんですから、仮に、管理人さんの発言に原典がないとするならば、その場合は、その言葉自体に直接突っ込んだ是非判断を加えるしか方法がないでしょう?もし、それができないと仰るならば、それは、ココさん自身が原典のある事柄にしか是非判断を下せないのか、もしくは、原典のない思考は、是非にさえ及ばない、ということのどちらかにしかありえないではありませんか。つまり、自己判断できない、権威主義的発想しかできないってことですやん。そんなことないでしょ?
っていうか、それ以前に、現在の言論の価値観に照らし合わせてみれば、フィクションの建前上、明らかに現実社会の出来事とわかる批判を挿入するってのは邪道でしょ?
すくなくても、管理人さんの主張を否とするならば、「小説の初歩の初歩として、作品の中に作者の言葉が入ってはいけないというものがある。作者の主張は、キャラクターに語らせるとか、テーマとして伏流にして流すとか、そういうテクニックこそが小説であり、物語だからである。」の意味する概念の補集合的な部分に、ココさん流の「小説における主張表現法」があるってことでしょう(管理人さんの主張が現在の価値観を下地にしたものなのですから、当然、。ココさんの考えも現在の価値観を下地にしたものでなければならばなりませんよ、ココさんが過去に生きる人でない限りは)。どうかそれをお示しください。同時に、管理人さんの発言が現在の価値観において間違いであることを論証してください。もし、論理的証明ができないとおっしゃるのならば、ココさんの主張は根拠のないものと判断し、ただの感情屋とみなします。
最後に、わたしが、夢物語を読んでいないことを直接非難対象とせず、丁寧に内容の解説をしていただいことに感謝いたします。
>仕立屋さんへ
皆がココを無視する事に対する憤りみたいの、理解できます。俺はこの掲示板での創竜伝批判の流れは好きじゃないんですが、「管理人の本論がベースになってる以上、それを批判されたら防御しなきゃ」っての、わりと当然なんじゃないかと思います。ココの「小説に作者の考えが入っちゃいけないって誰が決めた?」ってのは鋭い所突いてると思うんで、創竜伝の社会批評の多さを批判する人はもっと反論しなきゃいかんと思うのですよ。
>ココの「小説に作者の考えが入っちゃいけないって誰が決めた?」ってのは鋭い所突いてると思う
うーん、こんなこと言うまでもなく常識だと思ってたんですが。「管理人さんの主張が現在の価値観を下地にしたものなのですから、当然、。ココさんの考えも現在の価値観を下地にしたものでなければならばなりませんよ、ココさんが過去に生きる人でない限りは」って仕立て屋さんが言っているように。
あと、「作者の考えが入っちゃいけない」とは言っていません。言葉のあやだと思いますが、念為。
「原典」というのなら、国語辞典でも読んでもらえばいいと思います。以下は引用しやすいのでブックシェルフベーシックを使いました。
しょう‐せつ【小説】
文学形態の一つ。作家の想像力・構想力に基づき、人間性や社会のすがたなどを登場人物の心理・性格、筋の発展などを通して表現した散文体の文学。古代の伝説・叙事詩、中世の物語などの系譜を受け継ぎ、近代に至って発達した。坪内逍遥がノベルという概念を翻訳するために、「小説」という古語に新生命を与えたもの。また、国文学史で、中世・近世の物語・草子類の散文体文学をいう。
━しんずい【小説神髄】 文学理論書。九巻。坪内逍遥作。明治一八~一九年成立。小説の改良をめざし、その新指標を示した。勧善懲悪主義など小説の功利的な見方を排し、世態、人情、風俗などの写実を主張。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)小学館1988.
あちゃ~、やっぱり前のレス、短くて気悪くしたみてえだな。怒ってる?
あ~、しかし仕立て屋さんといい、あんたといいレスなげぇ~。いちいち全部応えるのも面倒くさいし時間が勿体ないから、適当に選んで応えるね。
不満あるなら、あとで改めてレス頂戴
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やっぱそろそろ、飽きられてきて尻すぼみ状態だわ。まあこの1週間ばかりは「特別サービス週間」として引っ張るとしましょう。そんで大体終わりそうだし。
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わはははは、オレってブームだったんかい? 勝手に盛り上がったり、盛り下がったりよ~。オレはオレで楽しくやってるから、別に気にしなくてもえ~よ。
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>構造として、全ての批判は「差別」
>と呼ばれうるのだよ
呼ばれうる?いや、はじめて聞いた、そんな理論。ぜひすべての批判が差別と呼ばれうる、という根拠を教えてほしいと思います。だれか文豪が言ったのかな(笑)。
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わはは、それはだな「新Q太郎」とか言う低脳な青蝿野郎の論理をチョイと拝借してきただけさ。文豪なんて高尚なもんじゃねぇよ。
あんた…
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わかる?佐高氏が例えば小林よしのりを批判する、小林は「わしへのしっとだ、薬害エイズでお前が何をした!?」と言う。その小林が批判した厚生官僚や医者が「あの当時、実際にエイズを予防するために必死だった我々を、外からとやかく・・・」と怒る。
つまり構造として、全ての批判は「青蝿」と呼ばれうるのだよ。
ここの田中批判が、「田中氏の人気に嫉妬うんぬん」の青蝿なら「創竜伝」は文部省や自衛隊やアメリカや「ある女流作家」(笑)などに対する「青蝿」なのか?
佐高信は大蔵省や自由主義史観や長谷川慶太郎の青蝿か?
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とか言ってたじゃん。ひょっとして健忘症? 田中が自衛隊や政治家を批判したのを「差別」と取る発想と、あんたのこの「青蝿」論のどこが違うのよ。「青蝿」を「差別」に置き換えりゃ同じことじゃん。
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しかしだね、それが差別的になったのは批判が構造的に差別になるのでも何でもなく、意識してワタシが差別的に書いたからじゃ(笑)。
それ最初に、1518で認めてるじゃないですか。
>下記のようなアンフェアな小説(アンフェアであることを認める。だから後で削除するかもしれん)って
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だから、どうした(笑)。別にあらかじめ削除を予告しようが、意識してワザと「差別」して書こうが、あんたが「差別」を書いたという事実は変わりない。アフリカ系アメリカ人に「○○○○!」(好きな差別用語を入れよ)とほざいておいて、「構造的に差別ではない」とか言って通用すると思うか? 殴られるのがオチだぞ。まさか、「フリーライター」相手なら通用するとでも思ったか?
そこらへん気づかずに書いたのなら「頭悪い」し、承知で書いたのなら差別に関する認識が足りないのでやっぱり「頭悪い」。
たとえば、これなんか「頭の悪い」証拠。
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不>おっと、ココ氏は特殊例ではないと限らないか。偏見を持ってはいけないな。済まん済まん
と書いてあるのに
>オレは「特殊」な方だよ。
>何の責任もないオレの同業者を引き合いに
というように、あらかじめ防御線をはってあるところに突っ込んで自分から爆発するのはなぜだ。大仁田か?
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できれば、これは租チン戦艦からレスが欲しかったのだが、あんたがクビ突っ込んできたんで答えるけど。
あんたも租チン戦艦も「事前にお断りしておけば差別しても大丈夫」という発想はおかしいよ。やっぱり、あんたもオレの肉棒で尻の穴の拡張工事するしかないかも。
それと、「オレが傷ついた」とか勘違いしてるけど…。なんかオレ、泣き言なんか書きこんだっけ?
別に傷ついちゃいねえよ。むしろ、「所詮、こういう連中さ」と嘲笑いはしたけどな。むしろ、青蝿と呼ばれるにふさわしい所業だったので「これで、遠慮なく蝿叩きができる」と思ったほどだ。
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そこでもう一度確認したいのだが、
ア:田中の自衛隊などに対する書き方はアンフェアで差別的であり、また新Q太郎の1517でのフリーライターに対する書き方もそうである
と考えているのか
イ:田中のほうは正しいが、新Q太郎のほうは許せない
ウ:新Q太郎のほうは正しいが、田中のほうは許せない
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しっかし、あんたといい仕立て屋さんといい、箇条書きが好きだな~。
え~と、こん中から選ぶの?
じゃ、エ:田中の自衛隊などに対する書き方はアンフェアでも差別的でもない、また新Q太郎の1517でのフリーライターに対する書き方はアンフェアで差別的である
と言う事にしておいてくれ。イ:に近いけど「正しい」とか「許せない」とかサブイボでるほどヤな言葉だからね。こう言う言葉、日常生活でも使ってんの? 友達なくすよ~。
#####################################
さて、その後がまたたいへん面白い。
>田中って政治家の「石橋湛山」と震災処理をやった「自衛隊員」を誉めてたような…。
うーんわからんわからん!別のところで別の個人や、あるひとつの業績を褒めていれば、他のアンフェアな描写は許されるというご意見なの
か?実に奇抜な発想で理解しづらい。
そうすると、俺は別のところの書きこみで、山本弘はじめフリーライターも参加して構成されている「と学会」を褒めている(過去ログ参照)から
1517はすべてチャラにしてもらっていーい(笑)?
まあ、まさかこんなこた言わないだろうから真意をあとでお聞きしよう。
#####################################
あんたの誤読だ…と言うより書き方が悪かったかな。スマン! 今度から相手の知能の程度に合わせて、レスを書くことにするからな。
まず、自衛隊に関してだけど、田中が批判しているのは、自衛隊の中でも潜水艦で民間船ひっくり返しておいて救助もしなかったり、米軍機が民間居住地に墜落したとき、民間人よりも機体とパイロットの救助を優先した連中だろう(間違いがあったら指摘してね。オレ、あんたほどの田中ファンじゃないから真面目に「創竜伝」読んでないんだ)。自衛隊だからって何から何まで批判しているわけじゃないじゃん。政治家にしたってそうだ。批判してるのはいわゆる政治屋ども。国民の利益よりも国威とか業者との癒着の方が大事と思っている連中じゃねえか。こういう連中を批判することが「差別」なわけか?
#####################################「田中(の思考様式)はヒットラーと同じ」というのは不当だ、と。
その根拠は
>それを「実際に実行した者」と「小説にした者」を同列に扱うなど、それこそあんたの言う「アンフェアだと。
それでは、例えば実際にジェノサイドに荷担したゲッペルスと、まだ(笑)ジェノサイドはしていないであろう戦後日本の官僚を一緒にする描
写、というのにはどう思うか聞いてみたい(爆笑)。
#####################################
小説ばっか読んでないで、ちっとは、新聞やニュースに目を通せよ、あんたも。
ジェノサイドしていない? ほうほう、ではあんたが引用していた「薬害エイズ」はどうなの?
別に収容所入れて強制労働させたり、ガス室送りにするのがジェノサイドではないぜ。
しかも、このとき厚生省の官僚は「どうせ血友病患者は、血液製剤がないと長生きできないのだから、非加熱製剤を輸入するのは仕方が無かった」とまで言っている。こんな連中だから、性懲りもなく「ヤコブ病」でまた薬害禍を起こしている。「安全、安全」と言いながら毒物を流している厚生省の官僚は、負けがこんでいても「勝利の日は近い」とドイツ国民を鼓舞したゲッペルスと同じではないのか?
######################################
最後に蛇足的質問。
*石井氏の批判が青蝿的人格攻撃だと思うなら、佐高信氏の評論をココ氏はどう考えるかお聞きしたい(佐高氏の文章の、どこを後で引用
しようかな~♪)。
#####################################
ひょっとしてあんた佐高ファン?
佐高信! 最高じゃん。長谷川慶太郎が元共産党員だったことも、こいつのおかげで知ったんだよ。まあ、長谷川は、もとからウサンくさい野郎だとは思っていたけどね。前に働いてた出版社の編集が笑ってたな。元共産党員だってバレたあとも、経歴書からそのことを削ったままだって。
あと、猪瀬直樹が佐野洋に大宅賞をとらせないために、どんな汚い手段を使ったかもこいつのコラムで始めて世に出た。全部信じているわけじゃねえが、そのタタキぶりには俺も感心している。
あんたは、「佐高も青蝿」とみなしているがオレはそうは思わねえ。それは、佐高が青蝿とみなした文化人の顔触れを見ればわかる。オバタは文化人、有名人を揶揄することでしかメシを食えない三流の駄文屋だし、呉にいたっては「漫画評論家」と自称しながら「クレヨンしんちゃん」が「何で売れるのかわからん」とか評論家にあるまじきことをほざいているエセ文化人。最近は、さすがにその肩書きが恥ずかしくなったのか「漫画評論家」を名乗ってないけど。副島に関しては、よく知らねえから割愛する。
石井みたいなインチキ野郎といっしょにしちゃ可哀想だぜ。むしろ、石井はこのオバタや呉と同程度の人間だとオレは思っている。
######################################
*貴兄のシェルダンやクライトン評は、嫉妬によってなされた青蝿的評論ではないか、こともお聞きしたい。
######################################
え、そんなふうに読めた? オレ、こいつら誉めてたんだけどな~。
あのねえ、オレこいつらの本って大好きで初版本は必ず買ってるんだよ。逆にオレは、シェルダンやクライトンをオレが誉めた理由で批判している書評家や作家連中の方を軽蔑しているけどね。
こんな青蝿連中には、こう言い返してやりたい。
映像化権狙い? 結構じゃねえか。文句があるならてねえも映画作ってみろ。お前らの誉める小説は、文体がかったるくて読むと肩こってくるんだよ。
ストーリーがツギハギ? どこが悪い。てねえらこそ他人のオリジナルこっそりパクってしかもオリジナルより出来の悪い小説書いてんじゃねえよ。
だから、オレがシェルダンやクライトンに嫉妬してるなんてことはねえよ。判った?
申し訳ない。最初に心配していたが、物理的に貴方に無理をさせすぎてるかもしれない。1578を読んでいてそう感じた。
ではお返事。
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>「青蝿」を「差別」に置き換えりゃ同じことじゃん。
うーん・・・仕方ないかな、置き換えってコツを掴まないと中々難しいですからねえ。どこが対応して、どこが対応していないかを論理的に考えないといけませんから。
「青蝿」に関する貴方の定義を見てみましょうか。
>「英雄の死体にたかる青蝿は、自分では何も功績を立てていないし何もできないくせに、死体になった英雄を足蹴にして得意になっている」ということだ。まるで自分が英雄になったように錯覚してな
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つまり「ある自分より有名だったり、社会的に大きな対象に対して批判」をし「得意になっている」という行動をいうわけだ。
そしてその場合、何度もいうが構造としてその批判を(内容にかかわらず!)批判された側は「青蝿だ」と見なしうるということです。
それに対して
>構造として、全ての批判は「差別」と呼ばれうるのだよ
というのは批判の「内容」にまで踏みこんでいる話です。どんな批判でも、それが差別と呼ばれうるという興味深い理論を、ぜひ展開してほしいのです。ぜひお願い。
ところで
>ひょっとして健忘症?
というのは差別に当たらないのか聞いてみたい(笑)。もし商業原稿だったら、編集部にカットされないですか?
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別にあらかじめ削除を予告しようが、意識してワザと「差別」して書こうが、あんたが「差別」を書いたという事実は変わりない。アフリカ系アメリカ人に「○○○○!」(好きな差別用語を入れよ)とほざいておいて、「構造的に差別ではない」とか言って通用すると思うか? 殴られるのがオチだぞ。
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傷ついた当事者であるあなたに対しては、その感情を最大限に尊重したいと思うのだが、誤解は誤解として指摘しましょう。
私のやったことはアメリカ(だったか?)の人権教育手法の一つである「青い目差別」のようなものだと思ってほしい。
有名だからたぶんご存知でしょう。
小学校の授業中いきなり先生が「青い目の人は劣っています。今から後ろに座りなさい」と言って席を変えさせ、講義も青い目の人には話し掛けない。問題の答えを他の目の色の子が言うと「さすが、青い目とは違って優秀ね」といいます。
青い目の子は「僕達も前の子と変わりません!」「差別しないで!」と怒り、前の子もいごこちの悪さを感じる
・・・そこで、人種的特徴で待遇差別をすることの理不尽さを、自分自身の内的論理から分からせるという寸法だ。
私もこの手法(小学生向)を取らせていただいたところ、貴方から反応を頂いたわけです。
こういうやり方がアチラで訴訟にでもなったら、考え直すわ。
・・・ただこれは、相手がちゃんとした論理を考えられて、「あっ、コレがいけないのなら、アレもだめだ」と自分で気付かないと意味ないんだよね。そういう点で甘かったのは認める(笑)。
なにしろこれだ。
>エ:田中の自衛隊などに対する書き方はアンフェアでも差別的でもない、また新Q太郎の1517でのフリーライターに対する書き方はアンフェアで差別的である
いくら自分のことだとはいえ、感情的になるのを抑えてもう少し考えてもらえないか、とお願いしたい。
>田中が批判しているのは、自衛隊の中でも潜水艦で民間船ひっくり返しておいて救助もしなかったり、米軍機が民間居住地に墜落したとき、民間人よりも機体とパイロットの救助を優先した連中だろう
>自衛隊だからって何から何まで批判しているわけじゃないじゃん
まず、ココ氏は「創竜伝」をこのように評価している、ということでいいのですか?
本当に?
少なくともここの掲示板における指摘個所と、その内容とは相当にずれている、ということだけは言っておきましょう。
(指摘してね、とあるが「調べてね♪」というしかない。)まずは取材、取材!文章は足で書く!!これが鉄則!・・・と、ある文豪が言っていたような気がする(笑)。
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しかし、仮に上のような弁護が成り立つとすればだね、
「新Q太郎が批判しているのは、フリーライターの中でも編集部の望むように取材の事実を改変し、ひたすら上に気に入られるようなことだけ書くものや、取材中企業に「お車代」を露骨に要求し、その多寡によっていくらでも事実に手を加えたりデマを流したりする連中で、フリーライターだからって何から何まで批判しているわけじゃないじゃん」と言ってほしいと思いますですよダンナ。
(ね?置き換えとはこのようにやらなきゃダメです(笑))
もっともフリーライターの中でそんな人はいない、皆無だ!と言われるのなら検討しないといけないけど。
ジェノサイドと官僚について、佐高信氏について、シェルダン、クライトンについてなどは今でさえだいぶ長いので、いったん切りましょう。
まずここで皆さんに、ココ氏が「佐高はいいものを書くから、オバタや呉智英の書くものはロクなものじゃないから」・・・というように個人の評価を持ちこむことで「○○という行為」を論じることを諦め、「△△という人がやっている、○○という行為」の論評に移っていることを指摘しておこう。お分かりだよね?
それはそれとして質問。
*佐高を評価していることは分かったが、では彼のさまざまな文章は
>個人の人格を貶める
>明らかに卑しい行為
ではないと思うか?
アフリカ系アメリカ人に「○○○○!」(好きな差別用語を入れよ)とほざいておいて、「構造的に差別ではない」とか言って通用すると思うか? 殴られるのがオチだぞ。
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私が書いた「構造的に差別ではない」というのの主語は「全ての批判は・・・」であることは分かってもらえてますね?
>好きな差別用語
を入れて言ったら、そりゃ「構造的に差別」じゃないですか(笑)。
批判分の初歩として、まず論点と、自分の立脚点の整理をしなければいけない!
・・・と、十字路の左にあるアイスクリーム屋の店員さんが言っていた気がする(笑)。
>読んだことない」ことを前提に「想像」で話してるからいろんなところで論理が破綻してるよ。
まるで、裁判で検事が証拠品無しに起訴したあげく「裁判長、私の想像しますところ被告は…」と答弁しているみたいだぜ。
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>間違いがあったら指摘してね。オレ、あんたほどの田中ファンじゃないから真面目に「創竜伝」読んでないんだ
あっ、どっちか「ココ」のハンドル名を騙っている別人だな!
これが同一人物の文章のはずがない(笑)。
おお、三連発で返してくれてるよ。オレらで掲示板占領しても顰蹙買うだけだぞ(笑)
>「青蝿」を「差別」に置き換えりゃ同じことじゃん。
うーん・・・仕方ないかな、置き換えってコツを掴まないと中々難しいですからねえ。どこが対応して、どこが対応していないかを論理的に考えないといけませんから。
「青蝿」に関する貴方の定義を見てみましょうか。
>「英雄の死体にたかる青蝿は、自分では何も功績を立てていないし何もできないくせに、死体になった英雄を足蹴にして得意になってい
る」ということだ。まるで自分が英雄になったように錯覚してな
--------------------
つまり「ある自分より有名だったり、社会的に大きな対象に対して批判」をし「得意になっている」という行動をいうわけだ。
そしてその場合、何度もいうが構造としてその批判を(内容にかかわらず!)批判された側は「青蝿だ」と見なしうるということです。
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あ、なるほど。こういうふうに読んでたのね、あんた。つまり、「自分らのやっていることは、まともな批判」だと。それを青蝿というのは「ケシカラン」と。「批判するヤツ」=「青蝿」というのはアンフェアだと。「謝れ!」と。
ギャハハハハハ。笑わせてくれるぜ。まさか、まさかと思っていたが、ここまで自己認識の甘い連中だとはな。ヒィー、可笑しい!
へえ、じゃあ、あんたは石井の「田中、ヒトラー。どこちゃうねん論」や「田中は職業差別」とかいうカキコミを”まともな”批判だと思ってるんだ。
笑わせるな。あんたらのは、批判に名を借りた「誹謗」だよ。それが、ワイドショーのコメンテーターのサッチー叩きと大差ないって俺が言っている所以だよ。
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それに対して
>構造として、全ての批判は「差別」と呼ばれうるのだよ
というのは批判の「内容」にまで踏みこんでいる話です。どんな批判でも、それが差別と呼ばれうるという興味深い理論を、ぜひ展開してほしいのです。ぜひお願い。
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あんたもしつこい口だね。どうしても、「おれの批判は差別じゃない!」と抗弁したいようだ。ここまでくると水かけ論になるのを承知で何度も言うけど。
別に深い理論なんかじゃねえよ。むしろ、あんたの言い出した「批判=青蝿」の理論と同様、底の浅いもんだよ。なんせ、あんたの理論を流用させてもらったんだからな。
「田中が自衛隊や政治家を差別している」という発想自体、「田中が自衛隊や政治家を批判している」ことを意図的に歪めて解釈してるってことじゃねえのか? じゃあ、田中がアメリカを批判すりゃアメリカ差別か? 中国を批判すりゃ中国差別って言えるじゃねえかよ。
むかし、本多勝一って記者が、自著で旧日本軍の残虐行為やポル=ポト政権下での大虐殺の様子を克明に描写したところ、これを読んだどこぞの文化人が「本多はアジア人を蔑視している」とか噛みついた。無残に殺されていく中国人やカンボジア人の凄惨な殺戮描写が「差別的」なんだとさ。この文化人先生、面と向かって本多の著書に反論できないもんだから、腹いせにこう言ったらしい。
開いた口が塞がらなくなるようなイチャモンつけだが、ここの掲示板で見た「田中は職業差別をしている」もこれと何ら変わりないとオレは思っている。
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>ひょっとして健忘症?
というのは差別に当たらないのか聞いてみたい(笑)。もし商業原稿だったら、編集部にカットされないですか?
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大丈夫だと思うぜ。「諸君」とかいう雑誌で「左翼小児病」とか言ってたからな。まして、ここは掲示板だし、石井師が強権発動しないかぎり使っても大丈夫さ。
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私のやったことはアメリカ(だったか?)の人権教育手法の一つである「青い目差別」のようなものだと思ってほしい。
有名だからたぶんご存知でしょう。
小学校の授業中いきなり先生が「青い目の人は劣っています。今から後ろに座りなさい」と言って席を変えさせ、講義も青い目の人には話し
掛けない。問題の答えを他の目の色の子が言うと「さすが、青い目とは違って優秀ね」といいます。
青い目の子は「僕達も前の子と変わりません!」「差別しないで!」と怒り、前の子もいごこちの悪さを感じる
・・・そこで、人種的特徴で待遇差別をすることの理不尽さを、自分自身の内的論理から分からせるという寸法だ。
私もこの手法(小学生向)を取らせていただいたところ、貴方から反応を頂いたわけです。
こういうやり方がアチラで訴訟にでもなったら、考え直すわ。
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なるほど! 「人権教育」だったわけだ!
じゃあ、オレも石井のことを「○○○○」(好きな差別用語を入れよ)だとか言っても、この例を引いて「人権教育だ」と言えば許してもらえるわけか!
おもしれ~。
別に訴訟の結果待つまでもないぜ。その「人権教育」とやらを六本木のアフリカ系アメリカ人相手にやってみて、どういう結果になったかレポート書いてきな。オレはとてもじゃないけど、命が惜しいからできねえけどな(笑)。
しっかし、最初にオレが「差別」を指摘した時点で何でこう言い返さず、あとから取ってつけたように「人権教育」なぞ持ってきたのかな~。おおいに疑問だわ。
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それはそれとして質問。
*佐高を評価していることは分かったが、では彼のさまざまな文章は
>個人の人格を貶める
>明らかに卑しい行為
ではないと思うか?
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ホント、あんたって質問が好きだな。だから「Q太郎」なのか?
いつも、質問に応えてばかりでも悪いんでオレの方から質問していい?
佐高の「個人の人格を貶める」「明らかに卑しい行為」って何?
あいつ、何やったっけ? もし、佐高の本でそういう記述個所があったら抜き出して書いてくんない?
以上
しょう‐せつ【小説】
文学形態の一つ。作家の想像力・構想力に基づき、人間性や社会のすがたなどを登場人物の心理・性格、筋の発展などを通して表現した散文体の文学。古代の伝説・叙事詩、中世の物語などの系譜を受け継ぎ、近代に至って発達した。坪内逍遥がノベルという概念を翻訳するために、「小説」という古語に新生命を与えたもの。また、国文学史で、中世・近世の物語・草子類の散文体文学をいう。
ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
よりにもよって国語辞典かい! ひょっとして、あんたはコレ読んで「小説の初歩の初歩として、作品の中に作者の言葉が入ってはいけない」などと悟ったんかい。それじゃ小学生だよ~。ヨタ創ってくれたほうがよっぽどマシってもんだ。
あのね~、こんなこと言わずと知れたことなんだけど、辞書って最大公約数的なことしか書いてないんだよ~。それだけでモノゴト割り切れるんだったら、分厚い専門書や書評の立場はどうなるのかな~? 分るかな~? 坊やには?
いやはや、元よりあんまり頭がいいとは思っていなかったが、これはもうハッキリと低脳と言ってあげたほうがよろしいようですな。
久々に大笑いさせてもらった。今夜一晩このネタで笑えそうだよ。
>あんたらのは、批判に名を借りた「誹謗」だよ
残念なことに、あなたがそれを説得力ある例証で示してくれないからみな困っているのですよ(笑)。
>最初にオレが「差別」を指摘した時点で何でこう言い返さず、あとから取ってつけたように「人権教育」なぞ持ってきたのかな~。おおいに疑問だわ。
(答)ふつうの人なら7月13日03時47分の1518「解題」で分かるから。それでも分からないなら1553の
>「田中芳樹の創竜伝も酷いが、新Q太郎の『掲示板のドラゴン』はそれと同じだ」と解釈してよろしいか
で分かるから。「足で書け」とこの前言ったけど、そこまでしなくてもいいからマウスをクリックする手間くらい惜しんじゃ駄目ですよ(笑)。
ただ、例示してもその共通点が分からない人には通じないようなので、その骨格を抜き出してあげましょう。
ある論理(Aは・・○○○)を批判するとき、「じゃあ「A’は○’○’○’」か?」と問い、「いや、それは認められない」と相手に分からせることで最初の論理の間違いにも気付かせる
ということ、最大限に分かりやすくいえば。それを「『○’○’○’』なんてトンでもない!こんなことをいうやつは差別者だ」と言うのかね(笑)?俺も二度も三度も、こんな簡単な話を繰り返すとは思わなかった。
で、このシュミレーション人権教育自体は否定しないわけね。それと私の「掲示板のドラゴン」の仕組みはこう違うから認めない、というのを言ってください。
ところで
>六本木のアフリカ系アメリカ人相手にやってみて、
>オレはとてもじゃないけど、命が惜しいからできねえけどな(笑)。
なぜここで「六本木のアフリカ系アメリカ人」が出てきて「なぜ命が惜しい」のか推理するしかないのだが、貴方はひょっとして六本木のアフリカ系アメリカ人に暴力的なイメージと恐怖感をお持ちなのではないか?
もしそうだとしたら、そういうのは個人の資質で人それぞれだろうし、それをある国民や人種でひとまとめにしないほうがいいと思いますよ。
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>「田中が自衛隊や政治家を差別している」という発想自体、「田中が自衛隊や政治家を批判している」ことを意図的に歪めて解釈してるってことじゃねえのか?
あの、確認したいのだけど、この掲示板で指摘された具体的な個所を読んでいないんじゃありませんか?読んでますか?そこにそって具体的に指摘してください。
それから、田中の描写は自衛隊や政治家の一部、不祥事を批判しているだけで差別ではない云々という論理は、「掲示板のドラゴン」におけるフリーライターの描写にはなぜ適用されないのか?
が聞きたい。
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Q>どんな批判でも、それが差別と呼ばれうるという興味深い理論を、ぜひ展開してほしい
>別に深い理論なんかじゃねえよ
白旗があがったようです(笑)。追撃するのもアレなのですが。
>どうしても、「おれの批判は差別じゃない!」と抗弁したいようだ
と言ってらっしゃるが、貴方は「私の批判が差別」であることを証明するのではなく「全ての批判が差別と呼ばれうる」(ププ)ことを証明しなくちゃならないんですよ。
しかしまあ、上のように言っているのでこれ以上は追求しません。
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>佐高の「個人の人格を貶める」「明らかに卑しい行為」って何?
あいつ、何やったっけ? もし、佐高の本でそういう記述個所があったら抜き出して書いてくんない?
すごく多いんだけどさ(笑)、こんなのはどうですか?
「変質者の代名詞のような蝶のコレクター」(噂の真相99、5月号より)某都知事候補者評。
私もクニオ氏など評価しない。
が、政策への批判でも政党への批判とも直接関係ない個人の趣味に関してそれが”変質者の代名詞”だそうな。・・・しかし「蝶集めが変質者」って、映画やTVドラマを現実と混同するのは小学3年くらいまでにしてほしいですね。でも、それが最高じゃん!(←こう書けば批判ではないらしい(笑))。
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以下は直接は関係なし。
>本多勝一って記者が、自著で旧日本軍の残虐行為やポル=ポト政権下での大虐殺の様子を克明に描写
ポル=ポト政権下での大虐殺の様子を「否定」したじゃないのか?・・・あ、あの文章改変後の話ね(笑)。
http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/honda.html
とか、本多氏にも「青蝿」が多いようで(?)。ま、これは余談。
>「諸君」とかいう雑誌で「左翼小児病」とか言ってた
ちなみに、この語の「原典」はロシアのウラノフ(本名)君の著書から。ま、これも余談。
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追伸。
>オレらで掲示板占領しても顰蹙買うだけだぞ(笑)
たしかにそうだ。
そこで、私は今後貴方へのレスがあったら(水)か(土)の深夜にまとめて書くことにしたいのでよろしく。できる限り二日とも書くようにするから。
そうすればそちらも文章を練れて、うつろに「ハハハ・・(以下略)」を書きこむことで内容の薄さをごまかす必要もなくなるのではないかと期待します。頼みますよ。