創竜伝のエンターテイメント性
3-C

キャラクター描写の構造的欠陥(3)

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コンテンツの総収録投稿数57件の内、13~17件目の投稿を掲載

収録投稿13件目
board4 - No.4751

田中芳樹と彼のキャラクターの善悪の観念を漫画と比較してみると1

投稿者:坂田火魯志
2003年10月27日(月) 01時38分

 マガジンZで薬師寺シリーズの漫画がはじまるそうです。この雑誌では村枝賢一氏が仮面ライダーSPIRITSを連載しております。それでふと思いついたのですが仮面ライダーの生みの親石ノ森章太郎氏や僕の好きな車田正美氏と田中芳樹を比較してみたいと考えました。まずは車田正美氏からやらせて頂きます。

 車田氏の作品に『風魔の小次郎』という作品があります。学ランで戦う忍者の話ですがこの作品の最後で車田氏はこういった内容の事を言いました。
 この作品を書いている時に父が亡くなった。煙草も止め願掛けをしたが無駄だった。この時の心情が作品に影響を及ぼしてしまいこの作品はもと面白くなる筈だったのに駄目になってしまった。
 こういった時それはプロ失格だ、プロなら親の死なぞ乗り越えろ、と言う人もいる。だが自分の考えは違う。親の死を意識しないでいられるだろうか。例えファンが離れても自分がまた面白い作品を書けばファンは戻ってきてくれる。しかし親はそうではない。
 この作品は私情で駄目にしてしまった。ファンに借りが出来た。何時かこの借りは必ず返す。

 そして後に氏は『聖闘士星矢』や『BTX』『リングにかけろ2』といった名作を発表し続けファンにその借りをかえしました。作者自身〆切りを落とす事も無く今も連載を続けています。
 田中芳樹はどうでしょう。作品は遅筆で読者の借りなんて雪だるま式に増えていっているのに返す気配は一向にありません。まして私情で作品をどうしようもない駄作にして恬として恥じるところもありません。この作家としての意識の違いは何でしょうか。

収録投稿14件目
board4 - No.4752

田中芳樹と彼のキャラクターの善悪の観念を漫画と比較してみると2

投稿者:坂田火魯志
2003年10月27日(月) 02時19分

 次に、これがメインです。あの竜堂兄弟と薬師寺涼子の倫理観と仮面ライダーやサイボーグ009達の倫理観の差について考察してみます。

 ライダーもサイボーグ達も改造手術を受けた人間です。ショッカーやブラックゴーストといった世を乱す悪と戦う戦士達です。彼等の多くは悪の組織に改造されたり肉親や友人、恩師といったかけがえの無い人達を殺されています。その憎悪の為に戦いを始めますがやがては正義と愛に目覚め人の為、世界の為に我を捨てて戦い続けます。悪の組織が一人の子供を人質に取れば彼等は必ず助けに向かいます。
 彼等は改造手術を受けていても心は人間なのです。哀しい位に人間なのです。彼等は竜堂兄弟のように日本人だから、といって差別したり生身の人間を自分達にはむかったという理由で全力で嬲り者にしたりなぞしません。薬師寺涼子のようにありあまる権力や富により居丈高に振る舞ったりやりたい放題やったり無責任な発言なぞしません。田中芳樹が信奉する左翼のように地球市民などという薄気味悪い事も言いません。人間だから人間を救うのです。人間だから人を信じ、世界を救う為に戦うのです。彼等にあるのは改造によって得た力です。強制的に改造されたり復讐の為に改造を受けたりとその背景は悲しいものなのです。彼等はその力に苦悩し、それでもなお戦っているのです。
 また彼等は自分達は『力』を持っている事を自覚しています。それの持つ恐ろしさも。それに常に悩まされています。だからこそ彼等は敵であろうとも生身の人間には必殺技や武器を使いません。自分達の持つ力の恐ろしさと悲しさを誰よりも知っているのですから。

 ひるがえって竜堂兄弟や薬師寺涼子はどうでしょう。彼等はどう見ても絶大な力があります。権『力』者です。しかし彼等に自覚はありません。あったならばあそこまでやりたい放題をする筈がありません。彼等の敵の倒し方は彼等が最も嫌う醜い権力者達の嗜虐性に満ちたイジメそのものです。不思議な事に竜堂兄弟も薬師寺涼子もその事に全く気付いていないのです。
 いや、手前勝手な正義を振りかざし自分の気分のおもむくまま人を助けたり見捨てたりする態度は牛種や薬師寺シリーズの化け物達よりも醜悪に見えます。牛種は言うならばショッカーやブラックゴーストですし化け物はそういう習性です。牛種の幹部や化け物を操る人間もいますが彼等が敗北しても一向に気分が晴れません。何故なら竜堂兄弟も薬師寺涼子も正義ではなく『独善』なのです。そう、それはライダーやサイボーグ達が最も忌み嫌うものなのです。何故ならそれこそが彼等が戦う悪の本質なのですから。
 本来田中芳樹の作品は絶対的な正義も悪も無いし反権力である筈なのですが何故か絶対的な『正義』である竜堂兄弟や『権力者』薬師寺涼子が出てきます。まことに不思議です。
 仮面ライダーSPIRITSの五巻でライダー達が一斉に世界を脅かす魔法陣に攻撃を仕掛ける場面がありました。その魔法陣を牛種、いや竜堂兄弟と替えても何ら違和感はありません。島村ジョー達が薬師寺涼子をどう評するか、ひっぱたくでしょうね、おそらく。

 仮面ライダーのラストの一つに成井紀郎氏の書いたものでライダー達が生身の人間に戻る話があります。彼等は改造人間でなくなり、力がなくなりました。しかし彼等はその心は残っていました。人としての優しく、慈しみを知る心が残っていたのです。しかし竜堂兄弟や薬師寺涼子が力を失くしたら・・・。後には愚劣で人として何の優しさも慈しみも無い閉鎖的な選民思想の持ち主がいるだけです。これは結局石ノ森章太郎氏と田中芳樹の差なのでしょうか。
 優しさを失わない、子供に言うべき言葉ですがそれを忘れた時人は終わってしまうのでしょう。

収録投稿15件目
board4 - No.4781

Re:田中芳樹と彼のキャラクターの善悪の観念を漫画と比較してみると2

投稿者:トマト
2003年10月31日(金) 12時20分

>  本来田中芳樹の作品は絶対的な正義も悪も無いし反権力である筈なのですが何故か絶対的な『正義』である竜堂兄弟や『権力者』薬師寺涼子が出てきます。まことに不思議です。

弱い者を彼らは攻撃しません・・・
権力をもっている者。他者を傷つける者・・・などを攻撃します。
何よりも弱い者いじめというのにはあてはまらないと思います。
彼らはのんびりと暮らしたい・・・、竜堂兄弟は思っています。
それを脅かされたから、戦ったまでです。
人体実験に応じろとでもいうのですか?
正義と言ってはいないではないですか
彼らは普通に生活したい。
それを踏みにじろうとするそんな相手と戦っているまでです

>  仮面ライダーSPIRITSの五巻でライダー達が一斉に世界を脅かす魔法陣に攻撃を仕掛ける場面がありました。その魔法陣を牛種、いや竜堂兄弟と替えても何ら違和感はありません。島村ジョー達が薬師寺涼子をどう評するか、ひっぱたくでしょうね、おそらく。
>  仮面ライダーのラストの一つに成井紀郎氏の書いたものでライダー達が生身の人間に戻る話があります。彼等は改造人間でなくなり、力がなくなりました。しかし彼等はその心は残っていました。人としての優しく、慈しみを知る心が残っていたのです。しかし竜堂兄弟や薬師寺涼子が力を失くしたら・・・。後には愚劣で人として何の優しさも慈しみも無い閉鎖的な選民思想の持ち主がいるだけです。これは結局石ノ森章太郎氏と田中芳樹の差なのでしょうか。 優しさを失わない、子供に言うべき言葉ですがそれを忘れた時人は終わってしまうのでしょう。

きちんと反論できない自分がなさけないですが・・・
戦争をすれば誰かが傷つくことでしょう・・・
正義の戦争はない。
それと同じように戦えば仮面ライダーにしろ・・・
誰かを傷つけるのと一緒ではないですか?
藤子不二夫の短編で面白い物がありました。
題名はわすれましたが、スターウォーズのパロディのようなもので、敵の側から書かれたものでした。
人のためといって戦う者の皮肉ったものでした。
どれだけきれい事を言っても戦いは戦い・・・
傷つくものはいるし。
選民思想とも思わないし
愚劣とも思いません
それに彼らは弱い人間を攻撃しません。
戦うのは権力を持った人間です。

やさしさを彼らは持っていると思いますが?
どうなんですか?
何よりも自分の身を守るために戦っているとは思います。
それをそう言うのは違うと思いますが?
それに違いと言われましたが・・・
こんな反論しかできませんが・・・
あなたの意見はどうも納得できません。

収録投稿16件目
board4 - No.4782

Re:田中芳樹と彼のキャラクターの善悪の観念を漫画と比較してみると1

投稿者:モーグリ
2003年10月31日(金) 22時45分

坂田火魯志さんの車田正美氏の話題を読んで、ふと以前も触れたことのある児童文学作家の那須正幹氏のエピソードを思い出しました。

那須正幹氏は人気シリーズの『ズッコケ三人組』シリーズの執筆中に、自分の息子が非行に走り家庭内暴力を起こすという出来事に遭遇しました。一時期は相当ひどかったそうで、作品の執筆にも影響を与えかねない程だったそうです。
それでも那須氏はこんな苦しい時期でも「楽しみにしている読者のため」に年二回のペースを守り続けズッコケシリーズを書き続けました。そして遂には「児童文学の最高峰」と呼ばれる野間児童文学賞を受賞するに至りました。

プロ意識という面では田中芳樹氏と雲泥の差だと思います。
もっとも作家としての能力が違う那須正幹氏と比較する事自体が酷なのかも知れませんが。

収録投稿17件目
board4 - No.4794

Re:田中芳樹と彼のキャラクターの善悪の観念を漫画と比較してみると1

投稿者:坂田火魯志
2003年11月02日(日) 12時07分

>トマトさんへ
 僕はライダーや島村ジョーと竜堂兄弟、薬師寺涼子の違いは人間性にあると思います。ライダー達の優しさは悲しみを知りそこから生まれた普遍的な『愛』なのです。これは仮面ライダー一号を演じておられた藤岡弘、氏もそういった発言を為されています。
 それに対し竜堂兄弟達のそれはえこひいきや偏見、そして自分の身内に対してだけの『偏愛』です。これは二巻での遊園地での竜堂始の発言及び行動や竜堂続の日頃の発言等からわかると思います。竜堂始は七巻でも牛種との対決で『自分達さえよければいい』とも取れる発言をしていますね。基本的に彼等は権力から解放されたアナーキストを気取っていますがその実エゴイズムの塊の政府や牛種とは違った意味での権力者です。何度も書かせて頂きますがしかも彼等は全くその自覚はありませんが。これは彼等が無邪気なのではなく権力の意味や社会について無知だからです。
 彼等は中国に対してはすごく優しいですが日本に対しては醜悪な偏見に満ちた悪意の塊(まあ田中芳樹の作品の醜い特徴ですが。作者の思想が実によく出ています)になっているのは何故でしょか。彼等は実に良く日本人を一方的に断罪しますがここに優しさはありますか?僕は彼等の思想は死ね死ね団の様な反日思想に見えます。どうしてそこまで嫌いな日本に住み続けているのか不思議ですが。しかもよく敵と闘っていますし。
 その闘い方も酷い。ライダーもサイボーグ達も他の人を巻き込んだり嗜虐的な行動を取らないのに彼等は平気に取りますね。竜堂兄弟や薬師寺、とりわけ続氏と薬師寺は『自分達にはむかう奴には何をしてもいい』といった発言や行動を取りますがこれは権力者そのものの発想です。しかも悪しき部類の。彼等はサディストでもあるのです。彼等の何処に愛がありますか?これでは暴君です。
 竜堂兄弟が自分達の暮らしを守りたいならそれでいいです。無論それを守る為に闘わなくてはならないでしょう。しかしその為に相手が自分より戦闘力が弱い存在の場合の対応や戦う場合の周りの状況、そしてそこにいる人達の事を考慮しないやり方を見て僕はライダー達と比較したのです。それにしても何かマガジンZの薬師寺も出来が予想されますね。漫画を担当される方の絵はすきなのですがそれだけが売りになりそうです。出来は同じ雑誌のZXとは比較にならないものになるでしょうね。

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