2010年4月10日、銀河英雄伝説の舞台版公式サイトが正式にオープンしました。
せっかく宣伝目的の演出のために、わざわざ現在時刻から4月10日午前0時までの残り時間を刻み続けるカウントダウン用の重いフラッシュをサイトのトップページに設置していたにもかかわらず、いざその時間が来てもサイトが変わらず今度は逆にカウントアップをし始めるという「やる気の無さ」「カッコ悪さ」丸出しのマヌケな仕様には思わず笑ってしまいましたが、それでも夜中から朝にかけてサイトリニューアルは終了した模様。現在はコンテンツが新規追加された新サイトオープンの雄姿を確認することができます。
正直、あんな意味不明なアクシデントをやらかすくらいだったら、余計なカウントダウン演出などやらずに「4月10日オープン!」の文言だけ飾っておいた方が、体裁も取り繕えたしサイトの見栄えも良かったでしょうに(苦笑)。まあ、Twitter上にある社長氏や「らいとすたっふ」の公式スペースなどを見ても、「らいとすたっふ」はWeb系を駆使した集客宣伝戦略について消極的どころか知識も関心もないのが丸分かりですし、今回の銀英伝舞台化に関する「らいとすたっふ」の手抜きな宣伝や発言の数々を見ても「完全に他人任せ」的な雰囲気が満ち満ちていますから、今回の失敗も出るべくして出たものであった、というところなのでしょうか。
さて、今回リニューアルされた銀英伝舞台版公式サイトには、新規コンテンツとして、「らいとすたっふ」社長氏による田中芳樹のインタビュー記事がアップされております。
http://gineiden.jp/news/tukurikata-1.html
http://gineiden.jp/news/tukurikata-2.html
http://gineiden.jp/news/tukurikata-3.html
http://gineiden.jp/news/tukurikata-4.html
今回は誰でも閲覧可能なこれらのコラムについて少々気になるところがありましたので、該当箇所について検証してみたいと思います。
http://gineiden.jp/news/tukurikata-1.html
<社長氏:
ー「銀河英雄伝説」は、以前にも舞台化の話があったとお聞きしていますが。
田中芳樹:
はい。当時の徳間書店の編集者さんが宝塚歌劇団にお話しを持って行ったことがあります。もう20年近く前の話になりますが。だ、そのときは「恋愛の要素が薄い」ということで実現しなかったと聞いております。
社長氏:
ー恋愛要素、ありますよね。
田中芳樹:
あると思うんですが[笑]、それがメインではありませんからね。
社長氏:
ーそういう経緯があったうえで、今回の舞台化のお話しを聞いて、どうお感じになりましたか?
田中芳樹:
おぉ、ついに、と思いました[笑]。
社長氏:
ーあ、そうですか。
田中芳樹:
むしろパチンコになる、と聞いたときのほうが驚きました[笑]。>
いや~、何ともスバラシイ発言をしてくれたものですね、田中センセイ。
3年前に私が銀英伝パチンコ化について「らいとすたっふ」ブログで問い合わせ投稿を行った際、「らいとすたっふ」の社長氏は私の投稿をスパム扱いして回答を避けた挙句、自身のブログのコメント欄とトラックバックの一時閉鎖まで行い、とにかく私を徹底的に排除する措置を取っていました。ところが、この田中芳樹の発言のおかげで、すくなくとも田中芳樹が銀英伝パチンコ化について充分承知していたことが満天下に知れわたってしまい、結果として私が件の問い合わせで求めていた回答としての役割をも担うことになってしまったのです。
私としては、銀英伝パチンコ化について田中芳樹は何も知らず、「らいとすたっふ」の社長氏が田中芳樹の了解も何も得ないまま己の権限を好き勝手に乱用して徳間書店にOKの返事を無断で出した可能性をも考慮せざるをえなかったからこその例の問い合わせだったのですが、それだけに、銀英伝パチンコ化問題が田中芳樹の了解の下で行われたものだった、ということが公に確認された意義は非常に大きなものです。
そして、その影響が大きいからこそ「らいとすたっふ」の社長氏も私に対する言論弾圧措置を発動してまで自社お抱え作家を必死になって守ろうとしていたのでしょうに、その社長氏の配慮も空しく、銀英伝パチンコ化の話題に言及する迂闊な発言を繰り出してしまった田中芳樹。私が社長氏の立場だったら己の無力感に襲われてへたり込んでしまうくらい、何とも天然お粗末な人の良い作家さんですねぇ~(苦笑)。
さて、銀英伝パチンコ化問題が田中芳樹の了解の下で行われたものだったことが公の場で明らかになった以上、もうこの問題について田中芳樹に対し手加減を加える必要はないでしょう。さあまずは当然、以下の評論との整合性についての落とし前をつけてもらわないと↓
創竜伝5巻 P20下段
<警察官僚とパチンコ業界との癒着ぶりは有名である。一九八九年秋の国会で、日本全国いたるところのパチンコ業界団体に、警察官僚OBが理事として天下っていることが暴露され、国民をあきれさせたものだった。>
もう今更言うまでもないでしょうが、この問題で田中芳樹は、過去に己の作品中に執筆した「警察のパチンコ利権」に関する上記評論をはじめ、政治家や企業の汚職や金儲けを批判する文章をあちこちで開陳しているにもかかわらず、他ならぬ自分自身は「自分でも批判している」警察利権の温床であるパチンコに自分の作品を売り渡し汚らしいカネ儲けの一翼を担って平然としている、というダブルスタンダードを犯していることになります。
この醜悪極まりない問題について田中芳樹が一体どのように考えているのか、是非とも一度問い質してみたいところですね。ついでに、自分の作品中やインタビュー記事などでは「自分の作品が発禁にされるかもしれない」などと誇大妄想狂的なタワゴトを吹聴していながら、銀英伝パチンコ化問題に関する問い合わせに関して、それこそ本物の「発禁」行為をやらかした「らいとすたっふ」社長氏の所業を知っているか否かについても。
http://gineiden.jp/news/tukurikata-3.html
<社長氏:
ー「銀河英雄伝説」のなかに、その勉強した成果を使って書いた部分というのはあるんでしょうか。
田中芳樹:
それが、実はないんですよ[笑]。同じことを繰り返して読者の人に喜んでもらえるとは思えないし。たいした才能があるわけでもないのですが、最初にドジョウが捕れたなら、次はウナギを捕ろうというくらいの欲はありますのでね[笑]。>
そこまで「同じことを繰り返して読者の人に喜んでもらえるとは思えない」というのであれば、スレイヤーズと極楽大作戦をパクって「同じことを繰り返し」た創竜伝の二番煎じな作品を、しかも劣化コピーな状態で作り上げた挙句、「読者の人に喜んでもらえる」と錯覚するなどという「たいした才能があるわけでもない」行為はいかがなものかと(苦笑)。
本当に「ウナギを捕ろうというくらいの欲」を持っているのであれば、筆舌に尽くし難い遅筆なスローペースで今時中学生でも書けないような超のつく駄作を世に送り出したり、自分の作品をパチンコに売り飛ばしたりといった行為はできないのではないかと思うのですけどねぇ~(爆)。
http://gineiden.jp/news/tukurikata-3.html
<社長氏:
ーでも、女性がいないんですよ。
田中芳樹:
ううん、将来こうなると知っていましたらねぇ[笑]。私も商売っ気のない人間ではないので[笑]、要所要所に女性を配したことでしょう。
社長氏:
ーなるほど[笑]。
田中芳樹:
だから、あの頃の私は純粋だったんでしょう、きっと[笑]。
社長氏:
ーそうですかねぇ[笑]
田中芳樹:
ただですね。私が「銀河英雄伝説」を書き始めた頃と今というのはずいぶん世の中が違います。いまでは戦う女性キャラクターというのは、珍しくもなんともないのですが、あの頃はあまり一般的ではなかったんですよ。「エイリアン」は、まだでしたよね。>
最近に限らず、田中芳樹の評論や対談では、ほぼ必ずと言って良いほど女性描写に関する話題が出てきますね。おかげで私としてはその手の田中芳樹の女性に関する傾向を把握するのに役立ちましたが、これと同じ類のネタを私は一体何回目の当たりにしたことやら。
キング・コング考察や薬師寺シリーズ考察8でも言及したのですけど、銀英伝以降の田中芳樹は、ジェンダーフリーやフェミニズム的な男女平等思想にでも感化されたのか、明らかに「男性ばりに戦う女性」というものに固執し過ぎていますね。薬師寺シリーズがその最大最悪の集大成ですが、敵も味方も「男性的な強さを持つ女性」以外のタイプのキャラクターが全く描かれなくなっています。むしろ、昔の作品である銀英伝やマヴァール年代記などの方が、型に嵌ったキャラクターではあったかもしれないにせよ、すくなくとも今に比べればまだ多種多様な女性のあり方が描けていたとすら言えるくらいなのですが。
にもかかわらず、当の本人はこんな勘違い発言を平然とやらかしていますし↓
http://gineiden.jp/news/tukurikata-4.html
<社長氏:
ー「エイリアン」は79年ですが、シガニー・ウェーバーが海兵隊に混じって活躍した「エイリアン2」86年ですから......
「銀河英雄伝説」を執筆しはじめた頃にはまだ公開されてませんね。
田中芳樹:
そうですよね。ほかにも中国物でいえば「楊家将演義」などもありますが、これもまだ一般にはまったく知られていなかったんです。
社長氏:
ーそういう意味では、実際に剣や銃を取って戦う女性というのは、当時はまだあまり出ていませんでした。
田中芳樹:
そうでしょう?「銀河英雄伝説」は戦争を主体に据えた歴史劇ですし、どうしても男性中心に描かざるを得なかったんです。そのとき戦う女性キャラクターを前面に出していたら、私は先駆者と呼ばれたのかも知れませんね[笑]。>
「先駆者」どころか、大惨事な作品が世に出て悲惨な売れ行きで下手すれば路頭に迷っていた可能性の方がはるかに高いでしょう(苦笑)。「戦う女性キャラクターを前面に出して」いるはずの、あのゴミな出来の薬師寺シリーズを作家デビュー初期に出してなどいたら、今のように売れている作家になっているとはとても思えないですし。
この手の田中芳樹の女性描写自慢を読んでいると、私はマンガ「ドラえもん」に登場するジャイアンのリサイタルでも聴いているような気分になってくるんですよね。周囲は誰もが下手かつ音痴で騒音公害な歌にゲンナリしているのに、当の本人だけは自分の歌が上手いと思い込んでいて、「俺の素晴らしい歌を聴かせてやるぞ」的居丈高な態度でリサイタルの参加を周囲に強要するという図式がそっくりそのまま当てはまるのですから。
「下手の横好き」じゃあるまいし、仮にもプロの作家なのですから、自分の「好き嫌い」と「得意苦手」の区別くらいはしっかりして欲しいところなのですけどね。
田中芳樹ですが、もうダブルスタンダート以前に老化なのかもしれません。
パチンコの件で考えれば創竜伝5巻は20年前の作品ですし、
その時の愚痴、もとい、主張は忘却の彼方なのかも。
新刊を書くときに読み返して、その修正に四苦八苦してるような。
>田中芳樹:
>むしろパチンコになる、と聞いたときのほうが驚きました[笑]。
あえて田中芳樹に好意的に書くとすれば「パチンコになる」という言葉から、
版権許諾後の事後報告だったかもしれません。
まー、その後にスロットにもなっている事を考えれば、
また孝行息子が小金を稼いできた感覚かもしれませんね。
<パチンコの件で考えれば創竜伝5巻は20年前の作品ですし、
その時の愚痴、もとい、主張は忘却の彼方なのかも。
新刊を書くときに読み返して、その修正に四苦八苦してるような。>
しかしその割には、件のインタビュー記事でもゆうに20~30年近くも前の映画について熱く語り合っていますよね。
http://gineiden.jp/news/tukurikata-4.html
<社長氏:
ー「エイリアン」は79年ですが、シガニー・ウェーバーが海兵隊に混じって活躍した「エイリアン2」86年ですから......
「銀河英雄伝説」を執筆しはじめた頃にはまだ公開されてませんね。
田中芳樹:
そうですよね。ほかにも中国物でいえば「楊家将演義」などもありますが、これもまだ一般にはまったく知られていなかったんです。>
また「楊家将演義」が一般には知られていない云々の話は、1994年に刊行された創竜伝9巻にも全く同じネタがありますし、そもそも自分が書いた文章というものは、自分で見聞したこと以上に何年経っても記憶に残るものです。この方面で田中芳樹の老化が進行して記憶があやふやになっているということはないのでは?
<あえて田中芳樹に好意的に書くとすれば「パチンコになる」という言葉から、
版権許諾後の事後報告だったかもしれません。
まー、その後にスロットにもなっている事を考えれば、
また孝行息子が小金を稼いできた感覚かもしれませんね。>
いや、事後報告でも「事情を知って承諾している」ことには変わりありませんし、その後パチスロ話も実現していることを考えれば、田中芳樹がパチンコの件について全く関知しておらず何の責任も発生しえない、ということはありえないでしょう。
この件について田中芳樹の責任が発生しえない事態が起こりうるとすれば、それは「らいとすたっふ」が問題の何もかもを勝手に決済した挙句、田中芳樹にパチンコ&パチスロの話が露見しないよう組織ぐるみで徹底的に隠蔽し続け、その結果として今に至るも田中芳樹はパチンコ話について全く何も知らないことになっている、という想定でもなければ成立のしようがありません(もちろんこの場合は「らいとすたっふ」に背任罪の疑いが出てきますが)。そして、今回の田中芳樹の発言でその想定が成立する可能性が完全に崩壊したからこそ、銀英伝パチンコ化の件について田中芳樹の責任が堂々と問えるようになった、というわけです。
それに、政治家の汚職問題や金持ちの金儲けなどへの批判については、薬師寺シリーズで現在でも積極的に行っている状態ですから、パチンコに自分の作品を売り飛ばすということがそれら己の社会評論群と全く噛み合わない問題行為であることくらい、それこそ重度のアルツハイマーでも煩わない限りは容易に察しえるはずなのでは?
ときどき、深い考察の数々を覗きに来てます。
パチンコに関しては、スロットを遊んでる現場の盛況(人気タイトルと比べたらさすがにいまいちですが)を見るに、問題視してない人も多いみたいですね。というかしてたら遊びませんけど。
そもそも「何が問題であるのか」というのを、田中芳樹作品を読んでおきながら理解しない。または、問題であることを認識しない、そういう人も多いかも。
ファンの多くは思想ではなくむしろキャラを楽しんで、主張はエッセンスというか、あまり頭に残らないみたいですから。ネットでも名言集などで取り上げる中に、政治的なそれは少なく、どちらかというと格言や人生訓に近いもののほうが多いですよね。
私もそういった1人でした。楽しんでるのはもっぱらメカですが。パチンコになったとき最初、単純に喜んでいまして、私の銀英伝サイトではパチンコだけで使用してるクラシックをBGMに流してるほどです。
後になってここを読んで「あー!」となった口ですね。ヤンが死んで目覚めたシトレさんじゃありませんけど。
はじめまして。
よろしくお願い致します。
<パチンコに関しては、スロットを遊んでる現場の盛況(人気タイトルと比べたらさすがにいまいちですが)を見るに、問題視してない人も多いみたいですね。というかしてたら遊びませんけど。>
<そもそも「何が問題であるのか」というのを、田中芳樹作品を読んでおきながら理解しない。または、問題であることを認識しない、そういう人も多いかも。>
そもそもの前提として、銀英伝以外の田中作品を読まない人は銀英伝パチンコ化について問題意識の抱きようがない、というのがあるでしょうね。直裁的なパチンコ利権の批判があるのは銀英伝ではなく創竜伝なのですし、それも含めた数々の金儲け批判の存在を知らなければ、パチンコ&パチスロへの作品売り飛ばしの是非は(個人的には反対であっても)全て著作権を持つ作者が決めることである、と割り切る人も少なくないでしょうから。
あと、パチンコ&パチスロで遊んでいる人にとっては、そこにある作品はどうでもよくて、その台が自分にとって当たりやすいか否かだけが重要、と考える人も多いのかもしれません。
<ファンの多くは思想ではなくむしろキャラを楽しんで、主張はエッセンスというか、あまり頭に残らないみたいですから。ネットでも名言集などで取り上げる中に、政治的なそれは少なく、どちらかというと格言や人生訓に近いもののほうが多いですよね。>
銀英伝だと、政治に絡んだ名言集は結構多いのではないかと思うのですが。「政治の腐敗とは政治家を批判できない状態」や「『政治なんて俺達には関係ない』という一言は、それを発した者に対する権利剥奪の宣告」云々の文言はことある毎にあちこちで流用されていますし。
ただ確かに、その銀英伝でさえも、政治や思想よりもキャラクターおよびキャラ同士の掛け合いなどを優先して楽しんでいる人の方が多いことは確実でしょうね。かくいう私自身、政治や思想が絡まなければストーリーやキャラクターの掛け合いを素直に楽しんでいることが多いですし、その方が「手軽な楽しみ方」であることは疑問の余地がないのですから。
銀英伝のパチンコ化について「ファンが」どう思うか、については人それぞれの嗜好でしょうし、他者から強制される類のものではないのですから、どう評価しようとそれはそれで良いと思います。
もちろん、その意見を元に他者と議論したり、己の正当性をアピールしたりしようとするのであれば、その際には当然のことながら発言の責任と内容が問われることになりますが。
田中芳樹があくまで銀英伝のパチンコ化を容認したいのであれば、せめて創竜伝5巻のパチンコ利権批判を「あの発言は間違っていた、今はパチンコでカネを稼ぐことは当然のことであると考えている」的な総括でも行うことが最低限必要不可欠でしょう。無論、それをやってしまったら当然のごとく、他の政治家批判や企業の金儲け批判などについても芋蔓式に総括を迫られることになるでしょうが、それが公の場で発した言論に対する責任の取り方というものです。
その言論の責任の重さというものについてよく考えることなく、目先の利権批判に走った挙句、過去の発言を頬っ被りしてこれまた目先の金目当てで安易にパチンコ利権に手を出した姿勢こそが、今回の問題を招いた元凶なのですけどね。