始めてお手紙をします。二年ぐらいこのページを見てきたのですが、掲示板に書きこむのは始めてです。
自分も、田中芳樹ファンの一人ですが、最近の彼の行動には疑問とともに不満を持っている一人です。続編を書こう。書く気が無いならその旨表明しろと。後彼の、無党派左翼的言動が作品に散見されることに多くの不満を感じるものです.だから、このコーナーの多くの意見に賛同するところが多いです。
ですが、だからこそ、各所に見られる、田中憎けりゃ袈裟まで憎い的発言に違和感を感じます。その全てを書くことは致しません。このページの管理人さんを始め、このコーナーは、多くの意見の集合体であり、それぞれ独自の立場と見解から意見を寄せているのでしょうから、当然、統一した見解がでるはずもないのでしょう。
でもひとつだけ。作品理論をぶち壊す創竜伝の時間構成において、ソ連とロシアがいつのまにか変化していることはおかしいとのことでしたが(少し文意と異なるといわれそうですが)そりゃしょうがないでしょう。
作品を書き始めた当初、または六巻の辺りでも、歴史家でも専門家でもない田中氏にソ連崩壊を予期して作品構成しろと言うのが無理な注文だと思いますが。
この時代の劇的変化は、同時代の近未来小説を書いている作家を平等に襲いました。それぞれ彼らはその解決に四苦八苦しています。例えば、かわぐちかいじ氏の「沈黙の艦隊」なども、知らんうちにソ連がロシアになってます。
確かに、ソ連およびロシアの話題に作品中で全く触れなければ良いことなのかもしれません。作品中でそこに話題を振らなければロシアになろうと関係ありません。でもそれによって、ロシア以下東欧、冷戦終了後の劇的歴史変化を作品にとりこむことができなくなるのは明白です。もちろんとりこんだところで、所詮「創竜伝」と言われりゃそれまでですが。
もう少し田中氏に対する建設的(全ての意見が非建設的と言っているわけではありませんが)な見方をされてもよいのではないかと思いました。勿論、田中氏もそれを批判する皆様も完璧な人間ではないのだから少しくらいの過ちに目くじらを私は立てているだけなのではないでしょうか。
もうひとつ。どうも作中の田中氏の投影と考えられる主人公(ヤンや竜堂始)の作中における意見と見解を、田中氏の意見そのものと取っている人が多いような気がしますし、それをもとに、作者批判が展開されることが多いと思うのですが、これは確かに登場人物の発言=田中氏の意見の可能性が高いせよなんか変です.言い尽くされた意見ですが、小説家と評論家は違います。小説の登場人物の意見が作者の意見だなんて考える人はいないでしょう。
どうも、うまくまとまりませんでした。言い足りないこともありますし、私の意見にも不備な点は多いでしょうから、そこら辺のところにご意見お待ちしています。
> でもひとつだけ。作品理論をぶち壊す創竜伝の時間構成において、ソ連とロシアがいつのまにか変化していることはおかしいとのことでしたが(少し文意と異なるといわれそうですが)そりゃしょうがないでしょう。
これは誤解されていますね。
> 作品を書き始めた当初、または六巻の辺りでも、歴史家でも専門家でもない田中氏にソ連崩壊を予期して作品構成しろと言うのが無理な注文だと思いますが。
これはまったくその通りなのです。ソ連は崩壊しても不思議ではなかったのですが、崩壊そのものを予測することは無理難題です。私はそれを予測しろとは言いません。
問題はそのあとです。
創竜伝の作品世界が現実とはまったく別である以上、また「二〇世紀の終わりを数年後にひかえた」世界にソ連を登場させた以上、創竜伝では作品の整合性を保つためにソ連を九一年八月二四日以後も存在させるべきだったのです。一歩譲ってソ連の崩壊を使った話を書きたかったならば、現実とは違った状況・年月で崩壊させればよかったのです。
そこを、創竜伝はソ連をストーリーに絡ませるでもなく、ただ、しょうもない社会評論をカマしたいがためだけに、作品の因果律や整合性を破壊したわけです。私があそこで批判したのは、そういうことです。
それにしても、こういうときこそ、「この作品はフィクションであり…」という断りを存分に利用するべきではないですかねぇ…
> > でもひとつだけ。作品理論をぶち壊す創竜伝の時間構成において、ソ連とロシアがいつのまにか変化していることはおかしいとのことでしたが(少し文意と異なるといわれそうですが)そりゃしょうがないでしょう。
>
> これは誤解されていますね。
>
> > 作品を書き始めた当初、または六巻の辺りでも、歴史家でも専門家でもない田中氏にソ連崩壊を予期して作品構成しろと言うのが無理な注文だと思いますが。
>
> これはまったくその通りなのです。ソ連は崩壊しても不思議ではなかったのですが、崩壊そのものを予測することは無理難題です。私はそれを予測しろとは言いません。
> 問題はそのあとです。
> 創竜伝の作品世界が現実とはまったく別である以上、また「二〇世紀の終わりを数年後にひかえた」世界にソ連を登場させた以上、創竜伝では作品の整合性を保つためにソ連を九一年八月二四日以後も存在させるべきだったのです。一歩譲ってソ連の崩壊を使った話を書きたかったならば、現実とは違った状況・年月で崩壊させればよかったのです。
>
> そこを、創竜伝はソ連をストーリーに絡ませるでもなく、ただ、しょうもない社会評論をカマしたいがためだけに、作品の因果律や整合性を破壊したわけです。私があそこで批判したのは、そういうことです。
>
>
> それにしても、こういうときこそ、「この作品はフィクションであり…」という断りを存分に利用するべきではないですかねぇ…
そもそも、創竜伝にソ連の記述って必要なんですかね?竜堂兄弟がシベリア
で暴れ回ったり、クレムリン宮殿を壊したりとかしてませんよね。例えば日本
から近くても朝鮮半島は出していないんだから、ソ連など出す必要はあります
まい。竜堂兄弟が暴れるのは日本国内やヨーロッパ、アメリカ、中国香港など
の話なんですから。
かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」も、同じように途中で説明無しにソ連がロ
シアに変わってしまっていますけど、これは「やまと」Vs「α級原潜」の対決
などもあったことですし、ロシアの大統領も出てくるし、とまだ「出てくる必
然性」があるだけマシでは、と思いますが。創竜伝の本筋に、ソ連の何が関わ
っているんでしょうか。どっかに関係ある記述ありましたっけ?
> かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」も、同じように途中で説明無しにソ連がロ
> シアに変わってしまっていますけど、これは「やまと」Vs「α級原潜」の対決
> などもあったことですし、ロシアの大統領も出てくるし、とまだ「出てくる必
> 然性」があるだけマシでは、と思いますが。創竜伝の本筋に、ソ連の何が関わ
> っているんでしょうか。どっかに関係ある記述ありましたっけ?
不沈戦艦さん、はじめまして!(^O^)
えっと、うろ覚えの知識で申し訳ないんですが、ソ連が創竜伝の本筋に直接絡んだことはないと思います。ただ、何巻かは覚えていないのですが、アメリカの日本大使とソ連の日本大使(なぜか、エセ関西弁のロシア人!そういえば、田中作品にはちょくちょくそういうキャラが登場しますね。関西に憧れがあるんでしょうか?)の二人が漫才のようなやりとりをしていた場面があったと思います。社会評論を除けば、私が覚えている限りではソ連との絡みはそれぐらいだったと思いますよ~。
ここは、冒険風ライダーさんの出番ですね!(笑)ぜひ、他にも記述がないか、探していただきたいところですね~!
P.S. 恵も、ソ連→ロシアとする「必然性」はないと思います!それと、他の作家も同じことしてるよッ、っていうのは田中氏の弁護になってないとも思います。「赤信号、みんなで渡れば怖くない!」じゃあるまいし、それじゃあ小学生並みの思考レベルじゃないですかぁ?
どうも、私の無礼な書きこみにこんなに速く反応頂き感謝に絶えません。ありがとうございます。
> > でもひとつだけ。作品理論をぶち壊す創竜伝の時間構成において、ソ連とロシアがいつのまにか変化していることはおかしいとのことでしたが(少し文意と異なるといわれそうですが)そりゃしょうがないでしょう。
>
> これは誤解されていますね。
ごもっともです。すいません。でも、あの書き方だと少し言葉足らずで、私のように捉えてします人も少しいるかもしれません。
> > > 作品を書き始めた当初、または六巻の辺りでも、歴史家でも専門家でもない田中氏にソ連崩壊を予期して作品構成しろと言うのが無理な注文だと思いますが。
> >
> > これはまったくその通りなのです。ソ連は崩壊しても不思議ではなかったのですが、崩壊そのものを予測することは無理難題です。私はそれを予測しろとは言いません。
> > 問題はそのあとです。
> > 創竜伝の作品世界が現実とはまったく別である以上、また「二〇世紀の終わりを数年後にひかえた」世界にソ連を登場させた以上、創竜伝では作品の整合性を保つためにソ連を九一年八月二四日以後も存在させるべきだったのです。一歩譲ってソ連の崩壊を使った話を書きたかったならば、現実とは違った状況・年月で崩壊させればよかったのです。
> >
> > そこを、創竜伝はソ連をストーリーに絡ませるでもなく、ただ、しょうもない社会評論をカマしたいがためだけに、作品の因果律や整合性を破壊したわけです。私があそこで批判したのは、そういうことです。
この管理人さんのご意見を私なりにまとめると、
①ソ連を登場時点で、存在させている以上、変化させたいなら、作品の時間の流れの中で変化させるべきであり、バックボーンとしての時代背景を無視して変化させるべきではない。(つまり、銀英伝で言えば、ルドルフ大帝をいきなり、別のヤツににしてしまうみたいな)歴史的事実として設定、作中に言及したものを変えるな。
②しかも、とりあえず現在において(創竜伝十二巻までにおいて)ソ連及びロシアそのほか史実にもとづいたソ連崩壊以降の歴史的変化は作中、本旨とは関係がないので、無理に変化させることが必要ない。うんざりする政治評論のネタでしかない。
という二点に集約すると考えてよろしいのでしょうか。
ソ連崩壊とそれに続く時代の歴史的変化は、多分人生で遭遇することはめったにないことです。その渦中にいた同時代人(私や管理人さんを含めて)として、田中氏が、近未来小説に、たとえ設定を一部壊すことによっても取り込もうとすることがそんなに批判されうることなのでしょうかと、私はお聞きしたいのです。
私も一応大学生として、学問をしています。学問の世界では、ある時常識であったものがいきなり次の時点では非常識になることなど、日常茶飯事です。ある日、最新の論文としてもてはやされたものが、わずかの実験設定の不良により、1週間後にはいっこだにされません。じゃあ、そんな論文を出したやつは何か言われるか。いや別に批判されてそれで終わりです。(適切な例ではないかもしれませんが)。そんな現状を反映して、教科書はかなりあやふやで接合性がありません。でもみんなぶちぶち文句言いながらも、その現状を受容しています。消して望んではいないにせよ。
仮定の話で申し訳ありませんが、管理人さんは、もし田中氏が、創竜伝に少し手を加え、ソ連をロシアにして、改訂版を出せば納得されるのでしょうか。これで作品の接合性は保たれることになります。
私も嫌いな押し付けがましい政治評論にしか使われていないじゃないかという意見は確かに最もです。でもまだ、創竜伝は完結していないのです。こんごロシアをどのように作品で登場させるかは、作者の胸にあります。もちろんないかもしれません。管理人さんがおっしゃるように、ただ、インチキくさい政治評論がしたいだけのタメに彼は作品の設定を変えただけなのかもしれません。でも、それは、あくまで数ある推論の中のひとつに過ぎないのではないでしょうか。
> >
> > それにしても、こういうときこそ、「この作品はフィクションであり…」という断りを存分に利用するべきではないですかねぇ…
近未来小説および現代小説において、この言葉は、「あれは俺の話から取っただろう」的な意見に対する法的な保障として使われます。まあ、現実にない組織や人物を登場させ、それが現実にある組織や人物と関係するのだから、矛盾は常に付きまといます。作者には、現実に対する確実な知識と分析、違和感なく空想と現実を接合させる想像力が必要とされます。それは、作者の力量ですが、ときにそれを超えることがあり、作者は二つの選択を強いられます。それを作品に取りこむことを断念するか、あえて、矛盾を承知で取りこむかです.
つまり、総論として、私の言いたかったことは、自己崩壊する田中氏の世界だなどというほど仰々しいタイトルうをつけられにゃならんほど、ロシア変化はたいした問題なのかということです。世の中には、様々な無住や不確実があります、でもいちいちそれを取り上げる人はいません。
田中氏の小説の対する、批判はもっと大きなものがいくらもあります。その最大のものは、女性の一元的書き方やインチキ社会批評でしょう。
つまり、はっきり言って、私には 上げ足取りにしか読めなかったということです。見解の相違とおっしゃるならそれまでなのかもしれません。田中氏に力量がないということでしょう。私も、彼に近未来小説を書く才能はないと思います。
おなじようなことを、管理人さんだけだなく、浮沈戦艦さんや、恵さんも思っておられるようでしたが、一応文中における二人称は、管理人さんで統一しました。複数の人に対する意見に対する返答は難しいということで。
では、他の方のご意見に。
恵さんへ
今までの、私の書き方で分かっていただけたと思いましたが、「赤信号をみんなでわたると怖くないこと」と、「近未来小説において、設定を変更する」こととは全く非なることです。前者は、無理にやらなくて良いこと(青になるまで待てばイイ)をあえてやっていることで、筆者は現実と仮想という本来矛盾する概念を接合させる努力の中、やむなくリスクを覚悟して行うことです。1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです。そういう受験生が結構いるのとおなじように、(いやならランクを下げる=書かなきゃイイ)、近未来小説および現代小説作家は、事の大小はあれ、それを目立たぬようにしながらもやらなければならない。そのことを私は言いたかったのです。
多分、あなたも、そういう経験があると思います。最善ではないけど、リスクもあるし、人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが。それは、みんなが目的や方法は違うけど、やっていることです。それぞれの悩みや不安の中で。そのとき「赤信号・・・」と考えることが小学生レベルでしょうか。きつい言い方にみえますが、別に私はなんとも思わず書いているので、怒らないで呼んでください。そういうある種の思いやりみたいなものを、みんなに田中氏にも持ってくれないかな、てのが本当に私の言いたかったことなのかもしれません。
もちろん、プロであり、素人でなく代金を対価として受け取っている以上作品に対する責任があり、それを田中氏は取るべきだといわれりゃそれまでですが、それなりゃ今後買わなきゃいいのであるし、別に強要されたのでなく、星の数ほどもある出版物の中でそれを買ったのはあくまで自分の責任でしょう。
タイタニア書け!!! 私の心からの叫びです。
駄文、乱文申し訳ありません。
> 恵さんへ
> 今までの、私の書き方で分かっていただけたと思いましたが、「赤信号をみんなでわたると怖くないこと」と、「近未来小説において、設定を変更する」こととは全く非なることです。前者は、無理にやらなくて良いこと(青になるまで待てばイイ)をあえてやっていることで、筆者は現実と仮想という本来矛盾する概念を接合させる努力の中、やむなくリスクを覚悟して行うことです。1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです。そういう受験生が結構いるのとおなじように、(いやならランクを下げる=書かなきゃイイ)、近未来小説および現代小説作家は、事の大小はあれ、それを目立たぬようにしながらもやらなければならない。そのことを私は言いたかったのです。
> 多分、あなたも、そういう経験があると思います。最善ではないけど、リスクもあるし、人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが。それは、みんなが目的や方法は違うけど、やっていることです。それぞれの悩みや不安の中で。そのとき「赤信号・・・」と考えることが小学生レベルでしょうか。きつい言い方にみえますが、別に私はなんとも思わず書いているので、怒らないで呼んでください。そういうある種の思いやりみたいなものを、みんなに田中氏にも持ってくれないかな、てのが本当に私の言いたかったことなのかもしれません。
>
> もちろん、プロであり、素人でなく代金を対価として受け取っている以上作品に対する責任があり、それを田中氏は取るべきだといわれりゃそれまでですが、それなりゃ今後買わなきゃいいのであるし、別に強要されたのでなく、星の数ほどもある出版物の中でそれを買ったのはあくまで自分の責任でしょう。
> タイタニア書け!!! 私の心からの叫びです。
>
> 駄文、乱文申し訳ありません。
ジャコさん、はじめまして!(^^)
あのP.S.部分は直接あなたにあてて書いたものではありませんが、ご指名いただきましたので、(笑)反論させていただきましょう♪
「多分、あなたも、そういう経験があると思います。最善ではないけど、リスクもあるし、人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが。それは、みんなが目的や方法は違うけど、やっていることです。それぞれの悩みや不安の中で」
なるほど~、学生さんらしい文章でかわいいですね。私は社会人ですケド、あなたの言いたいことは何となくわかりますよ。でも、結論から言わせていただきますと、(田中氏にもジャコさんにも)
「甘えてはいけません!」
「多分、あなたも、そういう経験があると思います」ということですが、確かに私も、そういう経験がまったくなかったと言いません。しかし、「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」というあなたのたとえ方のほうが明らかに間違っていると思いますよ。なぜなら、「仕事」としてプロでやっている以上、それがどんな仕事でも「責任」が生じるからです。学生のあなたにはまだピンとこないかもしれませんが、仮に私(グラフィックデザインを仕事にしてます)が仕事上で何らかのミスを犯したとき、「そういう経験はみんなもしてると思います」なんて口が裂けても言えませんし、言うつもりも毛頭ありません。ミスはミスとして、自分や事務所の責任において対処し、最悪の場合はペナルティを受けます。これは別に、私の仕事だけではありませんよ。
ましてや、「小説」ともなれば不特定多数を対象としたメディアであるだけに読者に与える影響力だって少なくないでしょう。しかも、創竜伝はベストセラー本ですし、ジャコさんは、そのプロ作家としての「責任」が「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」などという、あくまで個人的な自己責任と覚悟だけで済む問題だと本気でお考えですか?私程度の、一デザイナーの立場でもリスクを覚悟するだけでなく、常に「ペナルティ」も覚悟して仕事してるんですよ。(実際、受けたことありますし)それを、「筆者は現実と仮想という本来矛盾する概念を接合させる努力の中、やむなくリスクを覚悟して行うことです」とおっしゃるのは、「覚悟」さえしていれば明らかに作品世界の設定を意味なく破壊する行為を「多分、あなたも、そういう経験があると思います」として何の「ペナルティ」もなく肯定しろと言うのですか?
肯定してあげもいいですケド、それを管理人さん風に言えば「作家の全面敗北」でしかないと思いますよ。
最後に、
「人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが。それは、みんなが目的や方法は違うけど、やっていることです。それぞれの悩みや不安の中で。そのとき「赤信号・・・」と考えることが小学生レベルでしょうか」
と、ジャコさんはおっしゃってますが、田中氏の問題をまるであなた自身や人間が抱える葛藤などの問題にすりかえてはいけませんよッ。
じゃあ、仕事で失敗するたびに「それぞれの悩みや不安の中で…」なんて言えば許されるんですか?学生のあなたなら許されるかもしれません。でも、田中氏は職業作家としての「誇り」と「自覚」、そして「責任」を感じて「ペナルティ」を受ける「覚悟」があるなら、そんな言い訳する前にすべきことがあるでしょう。(非を認めて読者に謝罪するとか。ご自身の評論では他人に相当なあてこすりをしてるんですから→「私の創竜伝考察シリーズ」をぜひ読んでみてください!)
もう一度言います。
「甘えてはいけません!」
私も田中作品のファンですし、エンターテイメントとして作品を楽しませてもらっていますが、「多分、あなたも、そういう経験があると思います」という同情心は持ち合わせておりません。田中氏がプロ作家の看板を下ろすなら話は別ですケドね。ファンとして田中氏を弁護したい気持ちもよくわかりますが、田中氏は常に責任とリスクを背負った「プロ作家」なのですよ?それを「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」という、まるで学生さんの自己責任で済むような小さな問題とすり変えるのはやめましょうね。
P.S.「小学生並みの思考レベル」と書いたのは、私の方も適当な表現ではなかったかもしれません。しかし、傷を舐め合えば問題が解決するような(沈黙の艦隊の引用)ジャコさんの意見に納得できなかったものですから。一応、私なりに根拠があって反論させていただきましたが、もちろん、田中氏もジャコさんも中傷する意図はまったくないので、悪しからず、ご了解をお願いいたしますッ!
>えっと、うろ覚えの知識で申し訳ないんですが、ソ連が創竜伝の本筋に直接絡んだことはないと思います。ただ、何巻かは覚えていないのですが、アメリカの日本大使とソ連の日本大使(なぜか、エセ関西弁のロシア人!そういえば、田中作品にはちょくちょくそういうキャラが登場しますね。関西に憧れがあるんでしょうか?)の二人が漫才のようなやりとりをしていた場面があったと思います。社会評論を除けば、私が覚えている限りではソ連との絡みはそれぐらいだったと思いますよ~。
>ここは、冒険風ライダーさんの出番ですね!(笑)ぜひ、他にも記述がないか、探していただきたいところですね~!
何やらリクエストされたようでしたので(笑)、こちらでも少し調べてみました。
実は創竜伝におけるソ連関連の記述は意外に多く存在します。主なものを紹介していきましょう。
まず、創竜伝で最初にソ連とかかわることになる記述が出てくるのは、創竜伝3巻・P188~P189とP211~P212で、これは恵さんが仰っていたソ連駐日大使関連の記述です。
次の描写は創竜伝4巻・P151~P153で、竜に変身して空母「覇王(ダイナスト)」を海水ごと取り込んで重力制御飛行を行い、自分からソ連領カムチャツカ半島に侵入してきた竜堂始に対し、ソ連側が当然のごとく迎撃機(ミグ戦闘機)を発進させ、これまた当然のように一方的に叩き潰される描写があります。
しかしただこれだけの記述しかないというのであれば、創竜伝におけるソ連記述はそれほど問題になることもないのですが、問題なのはソ連が崩壊した後に出版された創竜伝8巻におけるこの2つの記述です↓
創竜伝8 P109下段~P110上段
<始は息ぐるしさをおぼえた。吐息まじりに西王母に問いかける。
「牛種は竜王一族などより、人間の本質をよく知っていたのでしょうか」
「彼らは人間の一面をよく知っていましたよ。それはたしかです」
西王母はやさしく答えた。始の息ぐるしさをさとり、彼の心に通風口をあけるように。
「でも人間には他の一面があります。他人を支配し、虐待して喜ぶ者もいれば、他人の不幸を軽減することに生命をかける人もいます。青竜王は、人間は全て愚かだと思いますか」
「いえ、そうは思いません」
始は頭を振った。
「言論が自由な国で滅びた例はまだありません。二〇世紀にはいって滅びたのは、ナチス・ドイツ、軍国日本、ソビエト連邦、東ドイツ……いずれも言論を弾圧し、ただひとつの思想を宗教化して国民に押しつけ、野党の存在を認めず、密告を奨励した国です。それらを思うと、歴史の流れ、人間の賢さを信じたいという気がします」>
創竜伝8巻 P164下段~P165上段
<つまり牛種の支配システムは限界に近づきつつあり、それを承知しているからこそ、彼らはあえて五〇億人殺戮という暴挙に出た。旧来のシステムをたたきこわし、一から構築しなおそうとしている。それが始の見解だった。
「牛種の人界支配システムが限界に近づいているという証拠は何?」
「ソビエト連邦の崩壊だ。たしか昨日、君の母上にも申しあげたと思うが」
あらためて始は考えてみる。二〇世紀にはいって滅びた国家といえば、いずれも言論を弾圧し、軍事力によって周辺諸国を圧迫した国だ。それらが破滅したのは牛種の人界支配の道具に使われ、用ずみになってすてられたからだが、もうひとつ理由がある。こういった国々のありようが、人類から拒否されたからだ。まがりなりにも言論の自由が保証されているような国は、滅びた例がない。牛種が好むような、言論弾圧・思想統制の国家が滅びるというのは、人類の意識が、牛種のコントロールをときとして排するまでに高まっているという見方もできるのではないか。>
この妄想的な記述が「ストーリーの後付け」で「社会評論を語りたいだけのため」に作成されたものであるということは、創竜伝のストーリー全体の流れを見ればすぐに分かることです。前述のように創竜伝4巻では竜王と「ソ連軍」とが直接対決していますし、上記で言及されている「五〇億人殺戮という暴挙」というのは「染血の夢」計画のことですが、この計画が初めて創竜伝に登場したのは創竜伝6巻で、その初版発行は1990年6月15日となっていますから、これはまだソ連が存続していた時代に出てきたものです。これから考えると、いかに田中芳樹が創竜伝のストーリーを「デタラメ」かつ「その場しのぎ」で作成しているかが一目瞭然ではありませんか。
オマケに上記の社会評論、政治理論を全く無視した説得力ゼロの駄文でしかないのですけど、それに関しては「私の創竜伝考察26」で言及していますからここでは省略します。
さらに追加すると、上の方で言及した、創竜伝3巻登場のソ連駐日大使は創竜伝9巻・P42~P43にも登場するのですが、何でこの時点でわざわざこの(元)ソ連駐日大使を登場させなければならなかったのかも全く理解不能です。
創竜伝3巻と9巻の間の時間経過は、最大に見積もってもせいぜい2~3ヶ月程度。にもかかわらず、創竜伝3巻ではいかにも「大国の外交を担う金持ち大使」と描かれていたのが、創竜伝9巻では「部下に対する給料の支払いもままならない貧乏大使」にまで落ちぶれているわけです。たったの2~3ヶ月の間に、この大使に一体何が起こったというのでしょうか(笑)。
しかもストーリー的に見ても、特にこの(元)ソ連駐日大使を登場させなければならない必然性があったわけでもないのです。この時の描写は、ただ例の大使に「部下に対する給料の支払いもままならない貧乏大使」の役を演じさせるだけで、前後の繋がりも全くないままに終わってしまっているのですから。
創竜伝9巻の初版発行は1994年11月25日ですから、この記述が過去の描写と矛盾を引き起こし、ストーリー構成を破綻させることになるであろうことを予測するのは極めて容易なことであったはずです。にもかかわらず、平然と矛盾に満ちた小説記述を行っているのですから、これもまた田中芳樹が創竜伝のストーリーをデタラメに書いている証拠と言えるのではないでしょうか。
私が調べた範囲で分かったソ連関連の矛盾はこんなところですが、いかがだったでしょうか。>恵さん
> 創竜伝9巻の初版発行は1994年11月25日ですから、この記述が過去の描写と矛盾を引き起こし、ストーリー構成を破綻させることになるであろうことを予測するのは極めて容易なことであったはずです。にもかかわらず、平然と矛盾に満ちた小説記述を行っているのですから、これもまた田中芳樹が創竜伝のストーリーをデタラメに書いている証拠と言えるのではないでしょうか。
>
>
> 私が調べた範囲で分かったソ連関連の矛盾はこんなところですが、いかがだったでしょうか。>恵さん
冒険風ライダー様、いつもありがとうございますぅ!
やっぱり、ちゃんと調べたらソ連の記述だけでもそんなに矛盾がありましたかぁ。しかし、こういう調査はあなた様の大得意分野ですね、ホントにいつも感心させられます♪
でもね、これだけ罪状がはっきりしてるのに田中氏を弁護できる方がおられるものですから、いくらファンとはいえ、もぅ私もちょっとその論法の凄さに目を白黒させてしてしまいました。(@_@;)
P.S.ついでに、あのジャコさんの田中氏弁護に対する冒険風ライダーさんのご意見もお伺いしたいものです♪
確かに、私宛でない方へのお手紙に対して反論したのは非礼でったかもしれませんね。すいません。でもインターネットだから許してください。早速の反論ありがとうございます。この議論に深入りするのは、私が書きこんだ本誌からは外れるのですが。なんか書かないのも失礼だし。
> ジャコさん、はじめまして!(^^)
> あのP.S.部分は直接あなたにあてて書いたものではありませんが、ご指名いただきましたので、(笑)反論させていただきましょう♪
では、再反論を@
> なるほど~、学生さんらしい文章でかわいいですね。私は社会人ですケド、あなたの言いたいことは何となくわかりますよ。でも、結論から言わせていただきますと、(田中氏にもジャコさんにも)
> 「甘えてはいけません!」
どうも 甘えていてかわいいじゃコーです。(笑)
>
> 「多分、あなたも、そういう経験があると思います」ということですが、確かに私も、そういう経験がまったくなかったと言いません。しかし、「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」というあなたのたとえ方のほうが明らかに間違っていると思いますよ。なぜなら、「仕事」としてプロでやっている以上、それがどんな仕事でも「責任」が生じるからです。学生のあなたにはまだピンとこないかもしれませんが、仮に私(グラフィックデザインを仕事にしてます)が仕事上で何らかのミスを犯したとき、「そういう経験はみんなもしてると思います」なんて口が裂けても言えませんし、言うつもりも毛頭ありません。ミスはミスとして、自分や事務所の責任において対処し、最悪の場合はペナルティを受けます。これは別に、私の仕事だけではありませんよ。
> ましてや、「小説」ともなれば不特定多数を対象としたメディアであるだけに読者に与える影響力だって少なくないでしょう。しかも、創竜伝はベストセラー本ですし、ジャコさんは、そのプロ作家としての「責任」が「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」などという、あくまで個人的な自己責任と覚悟だけで済む問題だと本気でお考えですか?私程度の、一デザイナーの立場でもリスクを覚悟するだけでなく、常に「ペナルティ」も覚悟して仕事してるんですよ。(実際、受けたことありますし)それを、「筆者は現実と仮想という本来矛盾する概念を接合させる努力の中、やむなくリスクを覚悟して行うことです」とおっしゃるのは、「覚悟」さえしていれば明らかに作品世界の設定を意味なく破壊する行為を「多分、あなたも、そういう経験があると思います」として何の「ペナルティ」もなく肯定しろと言うのですか?
> 肯定してあげもいいですケド、それを管理人さん風に言えば「作家の全面敗北」でしかないと思いますよ。
学生で社会経験のない私には、ホントのところの社会の大変さや責任はわかりませんので、甘っちょろくみえるのでしょう。
>
> 最後に、
> 「人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが。それは、みんなが目的や方法は違うけど、やっていることです。それぞれの悩みや不安の中で。そのとき「赤信号・・・」と考えることが小学生レベルでしょうか」
> と、ジャコさんはおっしゃってますが、田中氏の問題をまるであなた自身や人間が抱える葛藤などの問題にすりかえてはいけませんよッ。
> じゃあ、仕事で失敗するたびに「それぞれの悩みや不安の中で…」なんて言えば許されるんですか?学生のあなたなら許されるかもしれません。でも、田中氏はを感じて「ペナルティ」を受ける「覚悟」があるなら、そんな言い訳する前にすべきことがあるでしょう。(非を認めて読者に謝罪するとか。ご自身の評論では他人に相当なあてこすりをしてるんですから→「私の創竜伝考察シリーズ」をぜひ読んでみてください!)
>
> もう一度言います。
> 「甘えてはいけません!」
> 私も田中作品のファンですし、エンターテイメントとして作品を楽しませてもらっていますが、「多分、あなたも、そういう経験があると思います」という同情心は持ち合わせておりません。田中氏がプロ作家の看板を下ろすなら話は別ですケドね。ファンとして田中氏を弁護したい気持ちもよくわかりますが、田中氏は常に責任とリスクを背負った「プロ作家」なのですよ?それを「1ランク上の志望校を滑り止めなしで受けなきゃならんみたいなものです」という、まるで学生さんの自己責任で済むような小さな問題とすり変えるのはやめましょうね。
>
> P.S.「小学生並みの思考レベル」と書いたのは、私の方も適当な表現ではなかったかもしれません。しかし、傷を舐め合えば問題が解決するような(沈黙の艦隊の引用)ジャコさんの意見に納得できなかったものですから。一応、私なりに根拠があって反論させていただきましたが、もちろん、田中氏もジャコさんも中傷する意図はまったくないので、悪しからず、ご了解をお願いいたしますッ!
全文通して、恵さんの言いたいのは、
職業作家としての「誇り」と「自覚」、そして「責任」を持った、常に責任とリスクを背負った「プロ作家」たる田中氏は、自分のミスに責任をとるべきであり、それをみのがすのは甘えだ
ということですね。よろしいと思いますが。
さて、誰しもミスに責任を採らされるのは当然で、それがない社会はありません。恵さんのような社会人から、私のような学生まで。
では、常に責任を追及されるのでしょうか。それはミスの大小によるのではないでしょうか。
私は、創竜伝を良い小説とは思いません。田中氏の作品の中でも駄作に属する方だと思います。作品全体の接合性より、彼の思いつきの方が優先されている。でも、私が、今回問題にしているのは、ロシア変化だけです。他の欠点に付いては、全く申しておりません。ロシアに変えたことは、確かにミスです。
しかし、状況を勘案しても、それが、作品構成をなんだと言われねばならないほどの、彼の責任やぺナルティとやらを追及せねばならないほどの問題かということです。
そうではないとおもいます。なんでもかんでも欠点を見つけて批判することは建設的でない。せっかく田中芳樹批判するなら枝葉末節なところをつつくのはやめようというのが私の一貫して主張したいところでした。そういわず、いかにも情緒的な表現に終始した私にも責任はありますが。それは、同情心とかそういう意味でないと思いますし、傷のなめ合いとかいうのも変です。
「甘えるな」という評価を下されるのは、今ひとつどころでなく腑に落ちないのですが。どうも甘ったれな学生の言い様、社会の辛さを知らんガキが好き勝手行ってるはといわれるとそうかもしれないのですが。
> 全文通して、恵さんの言いたいのは、
>
> 職業作家としての「誇り」と「自覚」、そして「責任」を持った、常に責任とリスクを背負った「プロ作家」たる田中氏は、自分のミスに責任をとるべきであり、それをみのがすのは甘えだ
>
> ということですね。よろしいと思いますが。
>
> さて、誰しもミスに責任を採らされるのは当然で、それがない社会はありません。恵さんのような社会人から、私のような学生まで。
> では、常に責任を追及されるのでしょうか。それはミスの大小によるのではないでしょうか。
> 私は、創竜伝を良い小説とは思いません。田中氏の作品の中でも駄作に属する方だと思います。作品全体の接合性より、彼の思いつきの方が優先されている。でも、私が、今回問題にしているのは、ロシア変化だけです。他の欠点に付いては、全く申しておりません。ロシアに変えたことは、確かにミスです。
> しかし、状況を勘案しても、それが、作品構成をなんだと言われねばならないほどの、彼の責任やぺナルティとやらを追及せねばならないほどの問題かということです。
> そうではないとおもいます。なんでもかんでも欠点を見つけて批判することは建設的でない。せっかく田中芳樹批判するなら枝葉末節なところをつつくのはやめようというのが私の一貫して主張したいところでした。そういわず、いかにも情緒的な表現に終始した私にも責任はありますが。それは、同情心とかそういう意味でないと思いますし、傷のなめ合いとかいうのも変です。
> 「甘えるな」という評価を下されるのは、今ひとつどころでなく腑に落ちないのですが。どうも甘ったれな学生の言い様、社会の辛さを知らんガキが好き勝手行ってるはといわれるとそうかもしれないのですが。
うーん、ジャコさんはちょっと誤解されておりますねぇ。(--;)
私は、ソ連→ロシアの変化が創竜伝の作品構成上の大矛盾で、だから田中氏はけしからん!みたいなことは一言も言ってませんよ?その矛盾をこのサイトで指摘されてるのは、ここの管理人である石井さんでしょう?私は不沈戦艦の書き込みに対して「確か、ソ連がらみの話はこんなのが…」と書き込み、あなたの「沈黙の艦隊の引用」に対してのみ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない!」のような発想では、プロとしての自覚と責任に欠けると思ったので、「小学生並みの思考レベルじゃないですか?」と発言したのです。
「ソ連→ロシアの変化の矛盾」問題に対する反論は、私ではなく管理人さんに対して行ってくださいね!私は、自分で発言もしていないことに関して責められても何の責任も持てませんし、おかど違いもいいところじゃありませんか?
それと、別にジャコさんを「学生のくせに」なんて思い上がったつもりもないですよッ。社会人も学生も関係ありません、私は自分の行動に責任がとれる方は何歳であろうが立派な大人だと思いますし、逆に責任がとれない方はいくら老けていようと(笑)、自立した大人と思っていませんから。
さらに、
「いかにも情緒的な表現に終始した私にも責任はありますが。それは、同情心とかそういう意味でないと思いますし、傷のなめ合いとかいうのも変です」
とおっしゃるなら、もっと具体的かつ論理的に、単なる同情ではないことを教えてください。
「では、常に責任を追及されるのでしょうか。それはミスの大小によるのではないでしょうか」
ともおっしゃっていますが、「ミスするたびに責任を追及しろ!」なんて私は言ってないですよ。あなたが管理人さんの指摘に反論されて、その論旨で私を管理人さんと一緒くたにされてるようですが、私はあなたの「みんなもやっている」(沈黙の艦隊)という開き直りと学生さん的な情緒的発言に対してのみ、「責任」と「ペナルティ」を意見しただけです。
反論されるのはあなたの自由ですが、直接私に関係ない論旨まで絡めて批判するのはやめましょうねッ!
P.S. ホント、社会人の話題は「仕事」における「責任」について書きたかっただけですので、他意はまったくありません。そんなこと言い出したら、学生さんと論争したら必ず社会人の不戦勝ということになっちゃうじゃないですか!そんなつもりではなかったことを、ここに明記しておきます。ジャコさん、こちらこそ「建設的な批判」をお待ちしますよ~♪♪
>ときにそれを超えることがあり、作者は二つの選択を強いられます。それを作品に取りこむことを断念するか、あえて、矛盾を承知で取りこむかです
>最善ではないけど、リスクもあるし、人に迷惑をかけるけど、自分の考えを貫こうと思えばやらにゃきゃならなかったことが
質問なのですが、創竜伝にソ連を登場させることって、そんなに仰々しい覚悟をしてまでしなければならないことでしょうか?
恵さんに、甘い甘い喫茶ルノアールのココアよりも甘いと言われている、学生の責任意識程度の覚悟すらもなく、ただ思いつきで書き散らしているのが創竜伝のソ連に関する記述じゃないですか?
圧倒的に作品を面白くするために、作品の整合性を放棄しなければならない… こんなとき、作品の面白さを取ることは間違いではありません。むしろ、正しいこともあります。少年マンガにはこの種の傑作もたくさんあります。
当然つまらなくなって、かつ整合性が崩壊した駄作もそれ以上にたくさんありますが、それはそれでいい。なぜなら、作品を面白くしようとする、作家業の本義としての失敗だからです。
然るに、創竜伝はどうでしょうか? 冒険風ライダーさんが引用してくれましたが、どうみたってやくたいもない評論をしたいがためだけに挿入されたようなエピソードじゃないですか。面白くしようとしてソ連の崩壊を取り入れているのなら、それがたとえ大失敗していても私はここまで叩いたりはしません。
そうじゃなく、自分の趣味(あえて言いますが)の評論の為に自分の作品を崩壊させているからこそ、私はあそこまで批判しているわけです。
>その最大のものは、女性の一元的書き方やインチキ社会批評でしょう。
私はそうは思いません。創竜伝の最大の問題は作品を崩壊させてまで『趣味』の評論を優先させていることです。どうしようもなく評論の内容が馬鹿馬鹿しいのでそちらに目を取られがちですが、しかし、評論の是非そのものはあくまで枝葉の問題なのです。極端に言えば、どんなにクソ評論が出て来たって、それが作品を面白くするテーマになっていれば、横紙破りとして作品を認められるんですよ(真面目に書くよりよっぽど難しいと思うけど…)。
>
> さて、誰しもミスに責任を採らされるのは当然で、それがない社会はありません。恵さんのような社会人から、私のような学生まで。
> では、常に責任を追及されるのでしょうか。それはミスの大小によるのではないでしょうか。
> 私は、創竜伝を良い小説とは思いません。田中氏の作品の中でも駄作に属する方だと思います。作品全体の接合性より、彼の思いつきの方が優先されている。でも、私が、今回問題にしているのは、ロシア変化だけです。他の欠点に付いては、全く申しておりません。ロシアに変えたことは、確かにミスです。
> しかし、状況を勘案しても、それが、作品構成をなんだと言われねばならないほどの、彼の責任やぺナルティとやらを追及せねばならないほどの問題かということです。
> そうではないともいます。なんでもかんでも欠点を見つけて批判することは建設的でない。せっかく田中芳樹批判するなら枝葉末節なところをつつくのはやめようというのが私の一貫して主張したいところでした。そういわず、いかにも情緒的な表現に終始した私にも責任はありますが。それは、同情心とかそういう意味でないと思いますし、傷のなめ合いとかいうのも変です。
> 「甘えるな」という評価を下されるのは、今ひとつどころでなく腑に落ちないのですが。どうも甘ったれな学生の言い様、社会の辛さを知らんガキが好き勝手行ってるはといわれるとそうかもしれないのですが。
冒険風ライダーさんが検証してくれてますけど、どう見たって「ソ連が落ちぶれてロシアになった」ことなんぞ、創竜伝で出さなきゃならない必然性がないですわな。本筋に全く関係ありませんから。「竜王がミグ戦闘機を簡単に叩き潰した」、くらいでやめときゃいい話なのに。その後のソ連大使の話など、本当に作品中で取り上げる必要もない、どうでもいいことだとしか思えませんよ。そんなに「枝葉末節」の話とは思えませんけど。本筋には要らない「社会評論」の部分の話なんですから。
それにそもそも、ここの管理人さんが田中芳樹批判を始めた理由って、「Web上では田中芳樹の賛美ばかりで、批判を全く目にしない。あまりに気味が悪い状況だ」って動機もある(確か)んですよね。
結局、ここの趣旨に賛同している人は、「あの銀英伝を書いた田中芳樹が、何でここまで堕落したのだ」と悲しんでいるんですよ。そりゃかなり辛辣にはなろうというものです。「正道に立ち戻って、面白い架空歴史小説を書いてくれ!」ってみんな思っているんですから。
「沈黙の艦隊」を引き合いに出して創竜伝の弁護をやってみよう(ジャコーさんの創竜伝に対する評価は別にして)ってのは、ちょいっと無理でしょう。あっちはα級と「やまと」の対決は本筋もいいところですし、その後にロシア大統領を政治劇に引っぱり出してくるのも、無理矢理じゃないですし。ま、説明無しに「ソ連がロシアに変わった」こと自体は、「沈黙の艦隊」でも矛盾しているのは間違いないんですが。そこは私も肯定はしません。あれもソ連の崩壊など知らん顔で「ソビエト共産党書記長」を出す方がマトモなんでしょうから。それでも、「必要もなさそうなソ連を政治評論を入れたいが為に無理矢理出している」のとはあまりに違いますし、個人の問題でしかない受験如きと一緒くたにもしないで下さい。
>甘ったれな学生の言い様、社会の辛さを知らんガキが好き勝手行ってるはといわれるとそうかもしれないのですが
「そうかもしれない」じゃなくて、「その通り」ですね。恵さんが言っている通り、大甘です。
>甘ったれな学生の言い様、社会の辛さを知らんガキが好き勝手行ってるはといわれるとそうかもしれないのですが
>
> 「そうかもしれない」じゃなくて、「その通り」ですね。恵さんが言っている通り、大甘です。
不沈戦艦様、昨日、恵が書き込んだ文章の一部に「不沈戦艦」と敬称抜きでお名前を引用させていただいたことに気づきました。申し訳ありません、(もちろん!)他意はありませんので(笑)、よろしくご了解をお願いいたします。m(--)m
それにしても…この掲示板の批判に来られる方って、ホントによくご自分の意見を推敲されてから書き込んでるでしょうか?(私も人のこと言えるほど偉くはないし、軽率なこと書いて失敗しちゃったばかりですケド(汗))
私が初めてここに来たときは、「ここは中傷におちいらず、論理的な批判を目指すサイトです」みたいな言葉に相当な重みを感じ(笑)、「迂闊な感情論では書けないなぁ~」なんてビクビクしてたものですケドねぇ。(不沈戦艦さん、冒険風ライダーさん、その他常連の方々の「批判」がキラ星のように輝いて見えましたッ。(笑))
でも、「ソ連→ロシアの変化」問題をまるでご自分自身の葛藤や悩みにすりかえて強弁する人や「みんな暇なんですね~」(←あなたもでしょーがッ!)とか書き込む人を見ると、(決して、書き込むこと自体が悪いのではないですが…)ここの趣旨に著しく反して見え、トホホって感じです。(--;)
私が「甘えるな!」とあえてキツク言ったのも、そもそもプロ作家・田中芳樹を無条件で甘やかしていいなら、誰もここの掲示板で彼を批判する必要もないからです。本音を言うと、創竜伝も弁護できるなら弁護してあげたいのですが、冒険風ライダーさんの「私の創竜伝考察シリーズ」を読んだ後で、どうやったら筋道たてて反論できるのでしょうか?(いつか、アンチテーゼが確立されるかもしれませんが)
いつも書かせてもらうのですが、創竜伝を弁護される方は、最低限として、「私の創竜伝考察シリーズ」も読んでから弁護していただきたいものです。その全てが正しいとまでは言いませんが、少なくとも創竜伝の矛盾や破綻をかなり詳細に検証されていますし、それを踏まえた上で「建設的な批判」をしていただきたいですね。
P.S.個人的に、私は食べ物以外で「甘い物」は嫌いなんです(笑)。自分に甘い人なんかは、特に嫌いですね。(超・個人的な見解です(^^;))
どうも色々怒られてます。いろんな意見を聞き、ふむふむと思うことしきりです。ですが、ひとつだけ申しますと、私は、別に田中氏を弁護しようと思ってはいません。うそつけと言われそうですから、私のスタンスを書いてみましょう。
冒険風ライダー氏の創竜伝評論は、全て読んでいます。ほぼ賛成できます、やや強引かもしれないとおもうところもありますが、クレームをつけるほどのことではありません。これを読むまでもなく、田中氏の思想は非常に偏っていて、しかも傍観者的無責任な、かつ強者の立場から書かれたものがほとんどであり、多分個人としての田中氏の魅力は、ある程度限定されたというか多分合う人は合い、合わない人はとことんだめというタイプの人なんだろうなという人だろうと思いますし、多分この推論は正しいでしょう。そんな彼に、最低でも人間としての魅力は私は感じませんし、そんなに深く付き合いたいとも思いません。。そして田中氏も、多分あわない人とはもう付き合わないでしょうな。だってもう彼は人気作家だし。
今思い出すと恥ずかしいですが、私も中学校などの時分には、銀英伝とか読みその思想理論に得意になっていた口です。私は、銀英伝に展開される政治および軍事の思想は、古代のような社会が単純で、関係する要素の少ない世界でしか当てはまらないものだと考えています。中には、完全な過ちもあります。だから、銀英伝の敵がアホとよく言われるのも当然で、かりにも、士官学校や大学などを出て、一通り政治理論や戦略戦術論を学んだものがあんなにアホなはずはない。だから、ヤンのイゼルローン攻略の催眠ガス作戦など論外であり、あんなので落とされる要塞など、最低でも近代戦であるはずがありません。このような矛盾は、このサイトででも、ガイエスブルク衝突作戦に始まり、それこそシャーロキアンの方達が突っ込んでいます。でも、彼らは、私が読むところ、その数多い矛盾にもかかわらず、SFとしての銀英伝の評価を落としていても、否定はしていないように読めました。君は、理論見解の過ちと作品世界の世界観の破壊を同一視していると突っ込まれそうですが、もう少しお付き合いください。
で、年をとり知識と世界の広がった私にとって、銀英伝は、若き日の郷愁と共に思い返される物語でしかなく、退屈凌ぎに読む妙な正論の書いてあるSFでしかないわけです。
さて、非難轟々の創竜伝ですが、私は、あれは、田中氏のある種のカタルシスだと思います。作家とは所詮、自慰行為が商業ベースに乗った者でしかないという意見に全面的に私は全面賛成しています。で、普通考えていることそのまま書くと、一般受けしないんで、編集者とかがしゃしゃりでて頑張って修正するわけです。人気が出るに従って、作家の言いたいことがより前面に出てくるわけです。
創竜伝も、人気作家として彼の名声が確立してからの作品で、彼は、これによって、彼の日々感じたことをみんな知らせたいためのみに書いているのす。つまり、この本は、商業ベースに乗った、左翼大学生の「成田空港の廃港を勝ち取ろう」みたいな無責任なアジテーションで、田中氏のエッセイ的な、小説による社会諷刺(あくまで、彼の主観的な)でしかないわけです。つまりは、酔った人が、気ままに叫んでるのを書きとめたみたいなものですな。
そんなのをプロ作家が書いていいのか、はっきりした判断能力のもっている人が読むならともかく、そんな間違いだらけの偏ったある種危険な本が、ベストセラーになってしまったら、あまり判断能力の無い中高生などによくないんじゃないかというのが、このサイトの管理人さんの趣旨だと思います。それには、賛成するのですが。
でなぜ、こう考えている私が、管理人さんのロシア変化批判にに突っ込んだかというと、管理人さん自身が、そう批判している以上、この作品はそういう意図のものとして作られていると管理人さんは考えておられるなら、ロシア変化は意味が無い。
つまり、田中氏は、この創竜伝を、SFとしての接合性より彼のカタルス、人気作家でなければできない無責任な意見表明の道具としてしか考えてないということで。そんな作品のロシア変化なんか枝葉末節じゃん。つまり、日々考えたことを作品に書き散らし、その上にほどほどのSF迷彩したい田中氏にとって、ロシアに変化させずソ連のままにしておくのと、ロシアにして、現実に即して、意見くさいことを書くのかの優先順位なんて明白じゃないか。そんなことにいちいち目くじら立てず、茉理にはじまる女性の一元的書き方や、冒険風ライダー氏のようなインチキ社会批評を批判したほうがいいじゃないかと私は思い、突っ込んだわけです。その程度の作品なんだからということですね。
でもよく考えると、管理人さんは、そのような田中氏の執筆姿勢そのものを、社会批評と作品構成のうち前者を優先する態度そのものを批判していたのだから、そりゃ、私の意見に賛成するはず無いなということなのかなと考えました。創竜伝は田中氏の商業ベースのカタルシスという前提が、私にはあり、それを無意識か意識的にか認容していたのを、皆さん批判されていたのだなと思うわけです。お手数をかけました。
というわけで、私は、別に何が何でも田中氏を弁護しようとしていたわけでなく、自分も別に田中氏が好きなわけではありません。ただ、枝葉末節(自分にとっては、管理人さんにとってはこれが問題)なところで批判されているなとおもった(あくまで主観的な)ので書きこませて頂いたのです。
話してみないとわからないということで。関係した方々お手数かけました。
とりあえず自分的には納得できたので。また意見していただければ、また書きこみます。とりあえず今日はここまで。
で、散々批判されている、受験たとえと、個人のお話への還元、現代作家の心構えですが、仰々しいというより、つまり、創竜伝自体、彼の個人的精神の産物なんだから、完璧な小説としての形態など、高い確度で求める自体、この作品に対するアプローチとして違うやん。と言いたかったわけです。そんなあら捜しせず、小林よしのりみたいな本で、意見を言うだけ言う(こういうと小林よしのりは責任とっていると言う意見が帰って来ると思います。勿論彼は田中氏よりはマシですが、どちらもやってることにあまり差はないとぼくは考えています)みたいな、そこらの左翼の宣伝ビラレベルなんだから、その内容で十分以上にたたき潰せると言いたかったのですが。私自身それを強調せず、狭い世界の議論に終始したことにも責任があります。申し訳ありませんでした。
> で、散々批判されている、受験たとえと、個人のお話への還元、現代作家の心構えですが、仰々しいというより、つまり、創竜伝自体、彼の個人的精神の産物なんだから、完璧な小説としての形態など、高い確度で求める自体、この作品に対するアプローチとして違うやん。と言いたかったわけです。そんなあら捜しせず、小林よしのりみたいな本で、意見を言うだけ言う(こういうと小林よしのりは責任とっていると言う意見が帰って来ると思います。勿論彼は田中氏よりはマシですが、どちらもやってることにあまり差はないとぼくは考えています)みたいな、そこらの左翼の宣伝ビラレベルなんだから、その内容で十分以上にたたき潰せると言いたかったのですが。私自身それを強調せず、狭い世界の議論に終始したことにも責任があります。申し訳ありませんでした。
いやね、そんな「社会評論したいが為の欲求不満解消小説」なんてやめてしまえ!と言いたいところなんですけど。小林よしのりの方が評価されているのは、内容と言うより「これは小説、フィクションだよ~ん」と逃げていないから、自分の言っている事には責任取っているから、ということなんですが。「やっている事に差はない」とは偏見が過ぎはしませんかね。田中芳樹が、社会評論をエッセイか何かでやっていて、自分の発言に責任を取っているのなら、ここで批判の嵐に晒されることはないと思いますが(右派系サイトでは別でしょうけど)。
で、「小林と田中では、やっている事に差はない」と思うのなら、それを論理的に証明してみて下さいな。小林の場合は裁判沙汰にはなるわ(オウムや著作権問題)、命は狙われるわ(オウム)、「運動」に首を突っ込むハメになるわ(薬害エイズ、新しい歴史教科書をつくる会)、左派勢力に延々と批判されるわ(戦争論妄想論など)、とたいそうな目に遭ってますけど、田中の場合は批判されているのがこのサイトくらいでしょ。自分のやっている事に対する「覚悟」が、まるで違うとしか思えませんけど。
あなたのものでしかない偏見を書き飛ばしても、誰も納得しないと思いますが、いかがでしょうか。
ひさしぶりに、書いてみます。
>
> いやね、そんな「社会評論したいが為の欲求不満解消小説」なんてやめてしまえ!と言いたいところなんですけど。
そう、貴方が感じるのは仕方ないところで、多分他の人達もそうなのでしょう。でも、そんな代物が、商業レベルにのりさえすれば出版が許されるのも、自由主義および資本主義社会なのです。良いかどうかはわかりませんが。これはポルノ小説みたいなもので、よくは無いけど、確かに需要があるから、健全な青少年への害を黙認されているみたいなものなのかもしれません。
> 小林よしのりの方が評価されているのは、内容と言うより「これは小説、フィクションだよ~ん」と逃げていないから、自分の言っている事には責任取っているから、ということなんですが。「やっている事に差はない」とは偏見が過ぎはしませんかね。田中芳樹が、社会評論をエッセイか何かでやっていて、自分の発言に責任を取っているのなら、ここで批判の嵐に晒されることはないと思いますが(右派系サイトでは別でしょうけど)。
>
> で、「小林と田中では、やっている事に差はない」と思うのなら、それを論理的に証明してみて下さいな。小林の場合は裁判沙汰にはなるわ(オウムや著作権問題)、命は狙われるわ(オウム)、「運動」に首を突っ込むハメになるわ(薬害エイズ、新しい歴史教科書をつくる会)、左派勢力に延々と批判されるわ(戦争論妄想論など)、とたいそうな目に遭ってますけど、田中の場合は批判されているのがこのサイトくらいでしょ。自分のやっている事に対する「覚悟」が、まるで違うとしか思えませんけど。
>
> あなたのものでしかない偏見を書き飛ばしても、誰も納得しないと思いますが、いかがでしょうか。
どうも、誤解されているようですが、私は、田中氏と小林氏の、右か左かの(こういう分け方も良くないですが、あくまで便宜的に)違いこそあれ、ある程度の事実(傾向として、反証を挙げず、自分の理論構成に必要なとこだけとってきた)を土台として、非常に客観的でなく、独善的な理論構成をするところを「同じようなもんだ」と言ったのです。もちろん、全てそうと言っているわけでもなく、中には心からうなずける意見も散見されるのですが。だからたちが悪いのかもしれませんが。全否定の対象にならないから。
というわけで、浮沈戦艦さんのおっしゃる、自身の言動に対する責任のとり方において、田中氏と小林氏を比較したことなどありません。
浮沈戦艦さんの見方で見るならば、確かに、小説家田中氏より、漫画家にしてアジテーター小林氏の方が、責任をとっています。
でも。これはとりあえず思ったこと言いたいことのカタルシス小説家創竜伝と、過激な意見をあえて言い、アクションに対するリアクションを求めた上で、商業ベースとしての作品構成を追及するゴーマニズム宣言との違いで、もともと作品のベースが違うのだから、そういう方向での比較はそもそも好ましくないと、私は思います。もちろん、違う見方も出来ることはたしかですし、浮沈戦艦さんの考えにおいて、二人を比較すれば、浮沈戦艦さんのおっしゃることは、しごくもっともです。
いっしゅの比喩で使ったことに、突っ込まれるとは思いませんでしたが、私の言いたかったことが、結局人それぞれの見方に吸収される以上、議論に向きにくい内容のものだったのかもしれません。