銀英伝はもとより、現在では多くの書籍で「貴族制度」(ここでは大雑把に「出生により人生が決まる」制度とします)は否定されています。
しかし考えてみれば人類の歴史はむしろ「出生により全てが決まる」時期の方が遥かに長かったわけで、すなわちそう言うやり方が支持される合理性と理念があったと見るべきでしょう。
出生で人生の全てが決まると言う事は、必然的に生まれた時から一本のレールを走っていればよい事になります。
そうなれば幼い頃から一つのやり方だけを教わることになりますから、少々の向き不向きなど関係無く、成人する頃にはそれなりに一人前になっているわけです。
職業が生まれで決まっている以上、競争相手が出てくる可能性も少ないですから、一生その仕事だけをやって食べていけます。
選択肢がないからこその利点と言うものが「貴族制度」にはあるといえます。
しかし当然ですが社会の進歩が遅く、先人のやり方を踏襲していれさえすれば良かった時代ならこのやり方で何ら問題はありませんが、一世代どころか数年で飛躍的な進歩を遂げる現代ではこのようなやり方は通用しません。それゆえ「貴族制度」は廃れたわけです。
(「能」や「華道」の家元制度も、現代では一見非合理に見えますが、何十年もやらねば一人前になれない世界において、実は合理的なものだと言えます)
しかるに「銀英伝」の世界では、社会の進歩は停滞し、何百年も革新的な進歩が無い事が描かれています。言いかえれば「貴族制度」が機能しうる下地があったということになるのです。
まあ田中氏がそこまで考えていたのか分かりませんが、少なくともルドルフの貴族制度は「銀英伝」世界の設定からすれば、それなりに合理的だったと思われます。
銀英伝で私が疑問なのが、あの世界で何故に共産主義が存在しないのか、ということです。
もちろん、世界に二つしかない体勢が専制主義vs共産主義では、希望も何もない究極の選択ですから、物語的にはいささかマズいということはあるでしょう。
しかし、そういう「都合」を廃して考えてみれば、実際に「階級」があって「出生により人生が決まる」世界にあっては、共産主義は毒薬のように浸み広がるものではないでしょうか。その麻薬性は共和主義よりも大きいと思われます。
「共産主義ははるか昔に克服された(それこそ、この現実社会のように)」という向きもあるかもしれませんが、共産主義が民主主義の原理主義派である以上、民主主義が存在する限り(マルクス的かどうかは別にして)、休火山のように突然爆発する可能性を持っています。
そもそも、ハイネセン一行の共和主義者が判を押したようにアメリカ型(?)の民主主義者というのも奇妙な話です。戦後日本のみに限定しても「アメリカ型」「ソ連型」の民主主義があるのですから、「民主主義の箱船」である彼らは、なおさらもっといろいろあっても良いように思いますね。
本ページ管理人さんは書きました
> 銀英伝で私が疑問なのが、あの世界で何故に共産主義が存在しない
>のか、ということです。
理屈をつけるとすると元来「キリスト教の『天国』を地上に造る」という発想から共産主義の大元である空想的社会主義が生まれたわけであり、キリスト教が滅び去ってしまったらしい(ご存じのように1巻において「13が不吉である」理由が伝わってませんでしたね)銀英伝世界では共産主義的な発想が生まれなかったのではないでしょうか。
> そもそも、ハイネセン一行の共和主義者が判を押したようにアメリカ型(?)の民主主義者というのも奇妙な話です。
これは恐らくハイネセン一行のいた流刑地が「アメリカ型民主主義者」を集めたところだったということなんでしょう。
だとすると帝国内には各種民主主義者別の流刑地が有ることになりますね。アムリッツァの時に同盟とかけ離れた民主主義者の流刑地を解放して『しまった』 という話が出来そうです。
北村賢志さんは書きました
> 理屈をつけるとすると元来「キリスト教の『天国』を地上に造る」という発想から共産主義の大元である空想的社会主義が生まれたわけであり、キリスト教が滅び去ってしまったらしい(ご存じのように1巻において「13が不吉である」理由が伝わってませんでしたね)銀英伝世界では共産主義的な発想が生まれなかったのではないでしょうか。
もっと巨大な謎が出てきてしまいましたね(^^;)
逆に言えば、人類史上最も苛烈に宗教を否定した共産主義でさえ、実は釈迦の手の上の孫悟空でしか無かったわけですし。
私には、あれほどの宗教が崩壊する原因や過程が考えつかない…
それこそ聖書級大崩壊でも起きない限り無理そうですが、そりゃ銀英伝じゃないしなぁ…
> これは恐らくハイネセン一行のいた流刑地が「アメリカ型民主主義者」を集めたところだったということなんでしょう。
> だとすると帝国内には各種民主主義者別の流刑地が有ることになりますね。アムリッツァの時に同盟とかけ離れた民主主義者の流刑地を解放して『しまった』 という話が出来そうです。
隠れキリシタンが元のカトリックとは全く別のものになってしまった、みたいなことはあるかも知れませんね。
ただ、典型的なアメリカ型民主主義(フェミニストとか)が共産主義的志向を帯びているように、「平等」を軸に置く限り、民主主義過激派は必ず「左」的様相を帯びるでしょう。
まあ田中氏の思想傾向によるものでしょうけど、銀英伝ではリベラル系の問題点が(意図的に、か?)ありませんね。
そのあたりの民主主義内での左右保革の確執なんかがあると、帝国との比較や民主主義の問い直しというテーマもより映えると思うのですけれど。
> それこそ聖書級大崩壊でも起きない限り無理そうですが、そりゃ銀英伝じゃないしなぁ…
一応、原作第6巻に13日間戦争の後、群小の教団国家が生き残った人々を肉体的・精神的に疲労させたためとありますが、これだけでは確かに弱すぎますね。
「結局のところ、神も降臨せず、救世主も出現せず、人々は自分たちのエネルギーによって世界を滅亡の淵からかろうじて引きずりあげたのだった」(P.14)
とありますから、ハルマゲドンの後に約束されたミレニアムが訪れなかったため、宗教(キリスト教?)の権威が失墜したと言いたいんでしょう。
でも仮に聖書の預言が実現しなかったからといって、それだけで宗教の権威が失墜するでしょうか?
カルトならともかく、既存の宗教はいわば社会道徳と相当部分一体となっている。
信仰とは別の意味で社会の一部を成しているのに、そんなに簡単に崩壊するでしょうか?
宗教無き人類が何をもって道徳観を作り上げたのか、大変興味深いところですが、そこには触れられていませんし。
己の力のみが頼りの世界って、歯止めが利かなくなったときが怖いと思いますけど。
> 一応、原作第6巻に13日間戦争の後、群小の教団国家が生き残った人々を肉体的・精神的に疲労させたためとありますが、これだけでは確かに弱すぎますね。
> 「結局のところ、神も降臨せず、救世主も出現せず、人々は自分たちのエネルギーによって世界を滅亡の淵からかろうじて引きずりあげたのだった」(P.14)
> とありますから、ハルマゲドンの後に約束されたミレニアムが訪れなかったため、宗教(キリスト教?)の権威が失墜したと言いたいんでしょう。
> でも仮に聖書の預言が実現しなかったからといって、それだけで宗教の権威が失墜するでしょうか?
この程度で転向するのなら、セム系宗教三兄弟の長男ユダヤ教なんかとっくに無くなってますよ。ユダヤ教から転向して。
だいたい、ハルマゲドンなんて、「もうすぐ来る」と聖書で言っておいて、その「もうすぐ」が2000年積み重なったものがキリスト教なんですから。
宗教の影響力を軽視(俗語で言えば「ナメている」)しているのは、何も田中氏だけではなく、日本人に多く見られる傾向ですね。
唯物論のリベラルや左派だけでなく、保守や右派にも見られる傾向です。
この間の「神の国」発言も、宗教への畏れというよりは、宗教を飼い慣らして道徳に使おうという計算が感じられますね。
銀英伝における宗教の書き方(滅び方)が一面的というのはその通りですが、結局「未来社会」をSFで描写する時、「今の宗教はほろびた」とすると創りやすいのでしょう。
「ドラえもん」や「21エモン」だってそうだし(笑)。
銀英伝や灼熱の竜騎兵だと「民族問題」ってないじゃないですか。
これって「善政だろうと悪政だろうと、人々は異民族支配には反発する」という歴史の一面を、民主―専制のシュミレーション時は入れたくないがゆえに『混血が進んだ』ということにして捨てたのだと思います。
(既成)宗教、政治思想に対しても、田中氏の根本はそうなのだと思うのですが、しかし「滅びた理由」に説得力がないのも確か(笑)。ここをさらにもっともらしい理由付けすればさらに良かったと思います。
ここで、詳しい人にアシモフ、ハインラインなどの未来世界における宗教の扱いと比較してもらえるとありがたい。
皆様初めまして。一年程前からROMしていました。
> (既成)宗教、政治思想に対しても、田中氏の根本はそうなのだと思うのですが、しかし「滅びた理由」に説得力がないのも確か(笑)。ここをさらにもっともらしい理由付けすればさらに良かったと思います。
「宗教なんぞにすがるやつは惰弱な人間だ」という理由で、ルドルフが弾圧したというのはどうでしょうか。
劣悪遺伝子排除法と宗教排除法(仮)を制定する事によって肉体面
と精神面からの「健全化」を狙ったとか。
>皆様初めまして。一年程前からROMしていました。
はじめまして。こんにちは。
>「宗教なんぞにすがるやつは惰弱な人間だ」という理由で、ルドルフが弾圧したというのはどうでしょうか。
> 劣悪遺伝子排除法と宗教排除法(仮)を制定する事によって肉体面
>と精神面からの「健全化」を狙ったとか。
劣悪遺伝子排除法などというアナクロな制度を制定したルドルフのことですから、宗教排除法(仮)なんかがあっても違和感無さそうですが、オーディンとかトゥールとかを惑星や要塞の名前にしちゃっているくらいですから、それはないかと。
これって、国家神道みたいなものなのでしょうかね?
ちなみに、これと同じ論理の宗教弾圧が現実にありまして、共産圏で、実際に宗教は抹殺されていました(現在の中国共産党などは多少甘くなっているでしょうが、基本的には宗教活動を歓迎していないはずです)。
これで実際に宗教が抹殺できたかどうかは、現在の旧共産圏を見れば明らかだと思います。
そう言えば同盟も星や艦、兵器の名前が神話がらみ(ティアマト、ユリシーズ、アルテミス等々)であるにも関わらず、地球教を除けば具体的にどのような宗教があるのか不明ですね。
限られた頁では細かくは描けなかったのは仕方がありませんが、地球教以外の宗教が同盟の政治にどのような影響を与えていたのか、また地球教徒手を組んだトリューニヒトはそれらをどのように扱ったのか興味をそそられます。
北村賢志さんは書きました
> そう言えば同盟も星や艦、兵器の名前が神話がらみ(ティアマト、ユリシーズ、アルテミス等々)であるにも関わらず、地球教を除けば具体的にどのような宗教があるのか不明ですね。
> 限られた頁では細かくは描けなかったのは仕方がありませんが、地球教以外の宗教が同盟の政治にどのような影響を与えていたのか、また地球教徒手を組んだトリューニヒトはそれらをどのように扱ったのか興味をそそられます。
星や兵器の名前は意図的でしょうが、おそらく意図していなかった点で、人名にも宗教的なものが出てきています。
オーベルシュタインの「パウル」とか、同盟だったらラップの「ジャン」。極め付きは皇帝の「ヨーゼフ」も、全部キリスト教の使徒由来の名前ですね。
Merkatzさんが
>カルトならともかく、既存の宗教はいわば社会道徳と相当部分一体となっている。
>信仰とは別の意味で社会の一部を成しているのに、そんなに簡単に崩壊するでしょうか?
と言われている通り、やはり設定の厳しさを感じます
田中芳樹は、クリスチャンネームが何なのかよく知らないのでしょう。
欧米人の名前には、クリスチャンネームといってキリスト教の聖人の
名前を付けることが良くあります。
たとえばアンドリュー(聖アンドレ)クラウス(聖二コラス、
サンタクロース)ヨアヒム(聖ヨアキム、イエスの祖父)ユリアン
(聖ユリアヌス)これらの名前は全てキリスト教の聖人から
取ったものです。また1巻に出てきたユースフ・トパロウルのユースフ
はヨセフのアラビア語読み(コーランに出てくるイスラムの聖人)ですし
5巻にはオスマン(第3代カリフ、ウスマーンのトルコ語読み)という
もろにイスラム教徒な軍人が登場します。ヒルデガルト・フォン・
マーリンドルフのヒルデガルド自体、中世の聖女ビンゲンのヒルデガルト
からとったものです。
ここまでキリスト教やイスラム教の聖人の名前が付いた人物が出てきて
「『銀英伝』世界には既存の宗教がない」というのはパラドックスです。
田中芳樹に限らず、日本人には西欧人の名前にはキリスト教の聖人の
名前が付いていることが多いという事実を知らない人が多すぎます。
ライトファンタジーでキリスト教がない世界なのにもかかわらず、
登場人物の名前が「ピーター」(ペテロ)だの「ポール」(パウロ)だの
という名前だと、うんざりしてしまいます。
ビュコックさんは書きました
> 田中芳樹に限らず、日本人には西欧人の名前にはキリスト教の聖人の
> 名前が付いていることが多いという事実を知らない人が多すぎます。
> ライトファンタジーでキリスト教がない世界なのにもかかわらず、
> 登場人物の名前が「ピーター」(ペテロ)だの「ポール」(パウロ)だの
> という名前だと、うんざりしてしまいます。
銀英伝キャラの名前は歴史上の人物や現代の人名を適当に組合わせただけなので、
“綾小路熊吉”
みたいな感じの名前が結構有るらしく(笑)、欧米人からは失笑を買ってるようです。
ちなみに“ロイエンタール”は執筆当時の西独の郵政関係の偉いさんから取ったらしい。
試験に追われて間を空けてしまいました
本ページ管理人さんは書きました
>
> 劣悪遺伝子排除法などというアナクロな制度を制定したルドルフのことですから、宗教排除法(仮)なんかがあっても違和感無さそうですが、オーディンとかトゥールとかを惑星や要塞の名前にしちゃっているくらいですから、それはないかと。
> これって、国家神道みたいなものなのでしょうかね?
国家神道みたいなものだという事にしてください。ルドルフは銀河帝
国を造るにあたり国家のイメージというか縦の力を造るのに古ゲルマ
ンを理想としたみたいですから。オーディンやトールは言わずと知れ
た北欧神話の神様ですが、具体的に古ゲルマン民族は11世紀ぐらい
にキリスト教に改宗しているので神話だけを拝借したのではないかと。
> ちなみに、これと同じ論理の宗教弾圧が現実にありまして、共産圏で、実際に宗教は抹殺されていました
どちらかというとマルクスは、プロレタリアートはブルジョアから搾
取されて不条理な状況に置かれている。プロレタリアートはこのよう
な現状を認識して来るべく革命に備えなくてはならないのに、宗教は
このような現状の不条理を覆い隠す役目を果たすので、宗教がいけな
いと考えたのに対し、私が思いついた通りにルドルフが弾圧したのなら、
宇宙の摂理は弱肉強食だと考え、弾圧すると思います。社会ダーウィニズム的かも。
> これで実際に宗教が抹殺できたかどうかは、現在の旧共産圏を見れば明らかだと思います。
>
そういえばそうですねロシア正教会なんか今でも現役ですし。だとす
ればルドルフが弾圧しても生き延びますね。
Merkatzさんは書きました
>カルトならともかく、既存の宗教はいわば社会道徳と相当部分一体となっている。
>信仰とは別の意味で社会の一部を成しているのに、そんなに簡単に崩壊するでしょうか?
既存の宗教と社会道徳が一体となっている部分を倫理学が引き剥がす
事も将来可能になると思います(それを信者が受け入れるかどうかは
別にして)。倫理学は宗教と異なり神とか天とか超越的な立場を導入
することなく個人や社会にとって善とは何かを考察する学問なので、
こういった学問が発達すれば社会道徳の基礎を宗教に置かなくても済
むのではないかと思います。