今回は最初に、下の文章をお読みください↓
創竜伝6 P130上段~下段
<首相が焙じ茶のおかわりを命じたとき、軍需産業として有名な大東亜重工業の会長が面会に訪れた。この会社では、アメリカなら一両四億円で製造する新型戦車を、一両一一億五〇〇〇万円かけて製造し、私腹をこやす一方で、その差額を保守党にリベートとして差し出している。
(中略)
じつはこの戦車は、兵器としてはまったく役に立たぬ代物なのだ。一両の重さが五〇トンもあり、日本国内では道路を走ることも橋を渡ることもできない。砲塔と車体とに分解して運ぶしかないのである。このような鉄クズに国民の税金をそそぎこみ、その大部分を献金として権力者が私物化するのだ。それがつまり政治業というものであった。>
「この戦車」というのが九〇式戦車を指しているのは明白ですが、アメリカと日本の兵器生産の実状の違いも考慮せずにこのような社会評論を展開されては困りますね。日本の戦車の値段がなぜここまで高いかというと、日本はアメリカやロシアなどと違って兵器を全く輸出していないために生産量が限られてしまい、それによって大量生産のシステムが確立できないためにコスト高になってしまう事が一つの理由としてあるでしょう。アメリカやロシア・中国などは、外貨を得る事を目的として兵器を大量に世界各国に輸出するために大量生産のシステムが確立されており、それがコストパフォーマンスを引き下げる理由の一つにもなっています。それに対して日本は兵器を輸出していないために需要もそれほど多くはありませんから(兵器の損傷率も低いし)必然的にコスト高になってしまうし、その限られた供給システムで社員を食わせるためにも、あえて兵器の値段が高く設定されているという事情もあるでしょうに。兵器産業の社員だって生活のために給料をもらわなくてはならないという実状も想像できないくせに、人様に「人を思いやる想像力」とやらを散々説教しているのは笑止な限りですね。
他にも兵器研究費用や試験運転費用が高い事、官庁の法制的・経済的制約、物価高や最新装備の搭載による値段上昇などもあるでしょうが、日本で兵器産業が隆盛を極めたという話をすくなくとも戦後全く聞いた事がないのは、日本としては世界に向かって大いに誇るべき事ではないのですかね。田中センセイ。
さて、それとは別に田中芳樹は「日本の戦車は道路を走れないし橋も渡れない」などと面白い事を言っていますね。この問題を突き詰めて検証してみたら非常に面白い事が分かりました。創竜伝のストーリー展開や日本の軍事問題に関する社会評論を完膚なきまでに破壊してくれる、面白い事実がね。
そこで今回から「軍事描写」「兵器描写」「軍事認識」の3回の特集を組み、創竜伝における田中芳樹の軍事関連の記述の検証を行いたいと思います。1回目は「法律的・社会的観点から見た創竜伝の軍事描写の矛盾」です。
創竜伝2巻と3巻には自衛隊が行動していますが、これに関する描写がまさに矛盾だらけです。自衛隊関連の社会評論であれほど偉そうに「日本の軍国主義の再来」などとのたまっている作家が、あそこまでひどい間違いを侵してよいものでしょうか。
さて、前振りが長くなってしまいましたが、そろそろ始めてみましょうか。
創竜伝2 P204下段~P205上段
<「機動隊の手におえるような状態では、もはやありません。自衛隊を出動させるべきです。このようなときのための自衛隊ではありませんか。一度使っておけば、今後、いくらでも使えますぞ」
(中略)
だが、実際問題として、自衛隊の出動は可能だろうか。六月、東富士演習場で発生した奇怪な事件――竜の出現と豪雨によって、東京駐屯の陸上自衛隊第一師団は人員と装備に大きな損傷をこうむってしまった。必死の情報統制によって、ジャーナリズムと国民には、実際よりはるかに少ない被害しか出なかったようによそおったが、事実それ自体を縮小する事はできなかった。一個大隊分の自衛官が訓練中に殉職してしまい、生き残った者も、大部分はショックのために兵士として役だたないありさまである。いや気がさして除隊を申し出る者を、おどしたりすかしたりして引きとめているところなのだ。>
たかが自衛隊演習ごときで死人が1人出ただけで大ニュースになってしまう日本で一個大隊以上の死人が出てしまったらそれこそ大スクープではありませんか。いくら情報統制をしたとしても、演習で死人が出てしまったという事実を消してしまう事はできないでしょうから(証人が多すぎますし)、これは必然的に首相の責任問題にまで発展するような事件です。それに日本では「政府による情報統制」などというシロモノはあまり聞いた事がないのですけどね。どんな権限でやっているのやら。
それに「実際問題として、自衛隊の出動は可能だろうか」については「すぐに出動させると言うなら全く不可能です」といわざるを得ないのですけど、こう書いたすぐ次のページでもう自衛隊の出動命令が下りてしまっていますね。何と御都合主義である事か。
創竜伝2 P205下段
<「歩く無定見」と称される首相が、自衛隊出動の断を下したのは、八月四日一時二〇分のことである。彼は、第二次大戦後はじめて自衛隊に治安出動を命じた首相になったわけだ。そんな役はごめんこうむりたかったのだが、このまま手をつかねて新宿炎上を放置しておいては、いずれ責任を問われることになるだろう。>
紅竜によって新宿で大損害と大量の死傷者が発生し、首相が自衛隊に治安出動を命じた時点で、もう首相の責任問題に発展する事は目に見えていますね(^_^)。別に「このまま手をつかねて新宿炎上を放置しておいて」も、本来ならば首相の辞任は決まったようなものです。しかし考えてみたら、創竜伝でこのような事態に何回も直面しているのに辞任もせずにすむとは、創竜伝の日本国首相というのは案外偉大な存在かもしれませんな(笑)。
さて、これほどまでに速く「治安出動命令」が出せたという事自体驚きですね。麻生幾氏の「宣戦布告」では、治安出動命令を出すまでに、国内世論のコンセンサスだの、与党内の意見一致や野党の対応などに追われて本を一冊費やしていますが、創竜伝ではそのような了解もなしに「恐るべき速さ」で治安出動命令が下命されています。このように考えると、創竜伝の日本国首相というのはずいぶん有能な御仁ですな(笑)。すくなくとも阪神大震災で自衛隊の出動命令を遅らせた某社会党首相よりよほど信用がおけますね(^_^)。
そしてこの治安出動それ自体にも問題があります。この治安出動というのは日本の場合、警察の共同任務ないしは支援を目的としたもので、警察との間で任務の分担が決められている上、武器の使用が警察とほぼ同じ状況下、すなわち「正当防衛・緊急非難または凶悪犯人の逮捕などの場合」でしか許されません。また、相手が拳銃しか持っていないとすれば拳銃しか装備できないという「警察比例の原則」というものに従わなければなりません。
竜堂兄弟にせよ、紅竜にせよ、武器は全く持っていないわけですから、この観点からいくと、本来自衛隊や警察は、竜堂兄弟や紅竜に対して素手で挑まなければならないわけで、やたらと自由に行動している創竜伝の自衛隊軍事描写は明らかに矛盾だらけなんですね。戦車や重火器の使用など論外です。
創竜伝2 P209上段
<彼らの前を、自衛隊の列が通過していく。無反動砲やバズーカ砲を搭載したジープやトラックが、走りすぎていく。事態がここまで悪化したからには、それはむしろ当然、予想される光景だった。>
おいおい田中芳樹よ、「それはむしろ当然、予想される光景」って、こんな光景がこれほど速く出現するのは相当おかしいですよ。自衛隊の車両が道路に出動するためには国土庁の許可が必要ですし、隊列を組んで行動するならば警察庁と運輸省の許可が要ります。また「無反動砲やバズーカ砲を搭載した」とありますが、これを実行するには消防庁の許可が不可欠な上、「火薬類の運搬に関する総理府令」によって夜間の火薬類の積卸しができません。これほど短時間、しかも深夜突然の出来事でこれだけの難問を突破したという仮定は全く考えられないので、ここの描写は現実的にはありえない話です。もっとも、ここだけじゃなく、3巻の軍事描写などはほとんど全滅ですけど。
創竜伝3 P105下段~P106上段
<交差点で赤信号に直面した戦車が、律儀にも青信号を待っていると、左方向、つまり外掘通りの西北方向から、キャタピラのひびきが轟々と接近してきたのである。>
別に竜堂兄弟が「律儀にも青信号を待って」いなくても、自衛隊の車両だって道路交通法第39条における「緊急自動車」に指定されない限り、赤信号を無視する事はできませんし、交通規制をする権限もありません。またそれ以外にも、自衛隊の車両には「公共の用に供されていない土地等」を通行するための規定がないために、私有地を通行する事ができません。さらに道路交通法24条・43条・46条の規定により、自衛隊には壊された橋や道路を応急補修をする権限もありません。実はこれこそが、「九〇式戦車は橋を渡れない」という評論の真の原因なのですけどね。アレは「戦車の欠陥」の問題ではなく、日本の法制度の問題だということです。確かに九〇式戦車の重量が50トンもあるために橋を渡れないというのは事実ですけど、自衛隊に橋の補強工事の権限があれば九〇式戦車だって橋を渡れるし、装甲を厚くすれば戦車が重くなるのは当たり前なんですから。そもそも、今の法体系では「橋を渡れない」どころか「有事の際には一般道路に出ることさえできない」のですけどね。
もし竜堂兄弟が自衛隊車両から本気で逃げようと思うのならば、橋と道路を破壊しながら私有地を突っ切ればいいんです。今の法制下でそれをやられたら自衛隊車両は絶対に追ってこれませんから。何でそれをしないのかホントに疑問なのですけどね。
創竜伝3 P109下段
<東京都心で戦車砲をぶっぱなすわけにはいかない。内心では、ぶっぱなしたくてたまらないのだが、後日がこわい。すくなくとも、先に発砲するわけにはいかないのだ。統合幕僚本部からの命令は、こちらからの発砲を禁じている。つぎのような内容の命令が、それにつづいていた。
「多数の戦車をもって、強奪された戦車を完全包囲し、追いつめ、行動を封じて捕獲せよ。マスコミに公表する必要はない。テロリストどもは市ヶ谷の本庁内に収監し、社会との接触をいっさい絶つ」>
このような命令や行動自体が現行法制下では実行不可能であるという事はすでに述べた通りですが、この「統合幕僚本部」とやらがまたクセモノでして、統合幕僚本部のトップで自衛隊制服組のトップでもある統幕議長には、有事対応のための権限がほとんどないという事情があります。つまりここでは、統合幕僚本部に独自の命令権があるのかどうかも疑問と言わざるをえないわけです。ここで考えられるケースとしては、上(つまり首相ですが)にお伺いをたてて命令を下すというパターンになるでしょうし、それでもここまで自由な行動命令は与えられない事でしょうな。
ついでに言えば、竜堂兄弟が奪った戦車に弾薬が詰まれているという設定自体もおかしな話ですね。どんな権限でその戦車は弾薬を搭載していたのでしょうな(^_^)。まあ、そもそも「道路を走っている自衛隊の戦車を奪う」という設定自体がトンデモなんですけど。
創竜伝3 P154上段~下段
<こうして自衛隊は、一夜のうちに戦車とジープを強奪されるという不名誉な記録を樹立したのである。
もっとも、新記録はさらにつづいて、午前二時四〇分には、江戸川東方〇.四キロの地点にとまっていたヘリを、パイロットごと強奪されたのであった。これは全体の作戦指揮をするため、第一師団長が搭乗してきたものだったが、作戦が戦闘ではなく江戸川の不燃ゴミひきあげ作業にかわったため、一時、わずかの警備兵を残して放置されていたところを、ジープを乗りつけた四、五人のグループに乗っとられてしまったのだ。>
またまた不可解な記述ですね。「江戸川東方〇.四キロの地点」にヘリが着陸しているというのもおかしいし、「全体の作戦指揮をするため、第一師団長が搭乗してきたもの」という記述も変です。
ヘリの飛行及び着陸は主に航空法がいろいろと規定していますが、この航空法79条の規定では、飛行場以外に降りる場合には場外着陸許可を取らなければなりません。この創竜伝3の場合、場外着陸許可を発行しているのは都庁ですが、夜中の、それも緊急事態のさなかに場外着陸許可を、航空法の規定に従って取っていたのでは、創竜伝3巻どころか、4巻も終わってしまうかもしれませんな(笑)。許可が下りない可能性さえあるし。
さらに上記の第一師団長とやらは、ヘリに乗って空から作戦指揮を行うつもりだったのでしょうが、航空法82条の規定では、運輸省令で定められた300メートル以下の低空飛行はできない事になっていますし、そもそも単純に考えても、指揮官がヘリで前線に出て撃墜されたらどうするのでしょうか。近代戦で「先頭に立って戦う」などという「水滸伝」や「三国志」的な行動をすれば、真っ先に叩き潰され、指揮系統が壊滅するのがオチです。「空なら安全」とでも考えているのでしょうが、敵が携帯用対空ミサイルでも持っていたら狙い撃ちにされてしまいますし、この場合なら竜堂兄弟の「常識はずれの力」でコーラの缶でも投げつけられてお終いでしょうな(^_^)。近代戦では「指揮官は前線に出ない」が鉄則です。
他にも自衛隊の軍事行動には
1.私有地の土地使用に関する法律(この場合は政令)がないために、私有地に陣地を構築するには土地所有者の許可がいる。
2.海岸・河川・森林・自然公園などを使用する際には、自然公園法や森林法などの制約がある。
3.指揮所や物資の倉庫などを建設する場合、建築基準法の規定による手続きを行い、かつ、法律で定められた「構造の基準」を満たさなくてはならない。
4.怪我人が大量発生した場合の負傷者の治療をするために野戦病院を設置するためには、建築基準法に加え、医療法や病院法の制約をクリアする必要がある。
5.死者が大量発生した場合、墓地や火葬場以外での埋葬や火葬ができない。また埋葬ないしは火葬をする場合には市町村長の許可が必要。
6.自衛隊の部隊が侵害を受けた時に、部隊の要員を防護するために必要な措置を採るための規定がない。
などといった様々な法律的制約があり、とてもではありませんが創竜伝のような自衛隊の軍事行動は事実上不可能です。なぜここまで法律的にがんじがらめになっているかというと、「非常事態のための有事法制」というものが日本には全く無いために、非常時の際にも平時の法律を運用しなければならないからです。自衛隊がシビリアン・コントロールを受けているからこそ、こんな法律的制約が問題になるというわけですから、すくなくとも現実世界の自衛隊は「悪法も法なりはガラじゃない」などと言ってのける竜堂兄弟よりもよほど良心的なものですな(笑)。「法治主義」と「罪刑法定主義」は民主主義の基本中の基本ですから(^_^)。
さて、何で私がここまで細かい事を取り上げて創竜伝の記述の矛盾を指摘したか? 「あまりにも細かいあげ足取り」と解釈されても不思議ではありませんね。私個人としては、あれでも充分にストーリー矛盾として成立すると思いますが、確かに「普通の伝奇アクション小説」に対してならば、私の指摘は全くの的外れでしょう。
しかし創竜伝では話は別です。創竜伝では、論理破綻を引き起こしている社会評論が「日本は世界第三位の軍事力を持つ」だの「日本は軍国主義の道を歩んでいる」だのといったトンデモな社会評論を展開していますからね。そんなタワゴトが言える根拠はどこにあるのかを探してみたら、「どうも創竜伝における軍事描写が現実世界でもできると信じているからではないのか」という疑問を感じたからです。現に創竜伝における軍事関連の社会評論は、このトンデモ軍事描写と同レベルのシロモノでしかありませんからね。それに私が指摘したような法律問題を田中芳樹が知っていたら、あのようなトンデモ社会評論は論じなかったでしょう。彼にあからさまなウソを言う事に対する羞恥心があればの話ですが。
それに小説内であれほど「諸葛亮孔明」だの「性悪説」だのに対してのウンチクを垂れる田中芳樹が、軍事描写に対しては全く無知をさらけ出しているというのにも呆れるものがありますからね。そのやり口を、軍事描写関連でそっくりそのまま田中芳樹に返してやるという意味もあります。彼が人様に散々説教している「人を思いやる想像力」とやらをまともに持ち合わせていれば、私が意図した事はわかるでしょうから。
中国関連で偉そうなウンチクを垂れる前に、創竜伝の無知な軍事描写や社会評論、そして何よりもストーリー描写を少しは恥じてほしいものなのですけどね。「薬師寺シリーズ」や「中国もの」にうつつを抜かしていないでさ(T_T)。
ところで、軍事描写がかくのごとくメチャクチャならば、兵器描写もまた間違いだらけです。
そこで次は創竜伝の兵器描写を論じてみたいと思います。