銀英伝考察3

銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威

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銀英伝考察3 ~銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威~

投稿者:冒険風ライダー
2002年04月15日(月) 00時13分

 「銀英伝世界における要塞で連想するものは?」と問われたら、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか? イゼルローン要塞の「雷神の鎚(トゥールハンマー)」や、ガイエスブルク要塞の「硬X線ビーム砲(アニメ版銀英伝では『ガイエスハーケン』)」に代表される「要塞主砲」でしょうか? それとも、対ビーム用鏡面処理をほどこした超硬鋼度と結晶繊維とスーパーセラミックの四重複合装甲や、アニメ版銀英伝の流体金属に代表される「要塞外壁」でしょうか?
 銀英伝における要塞での戦いでは、必ずと言って良いほどこの「要塞主砲」と「要塞外壁」が持ち出され、しかも個人の用兵戦術や戦略理論の重要性が事あるごとに強調されるために、銀英伝世界における要塞は、ただ単に「強大な攻撃力と防御力を兼ね備えた巨大な軍事的ハードウェア」でしかないような扱いを受けています。
 しかし、私は以前からこのことに疑問を持っていました。銀英伝の記述を詳細に調べていくと、要塞には「主砲」や「外壁」といった「兵器としての攻撃力・防御力」など比べ物にならないほどの「最強の武器」が備わっており、しかもその「最強の武器」は、単に戦術上最強と言うのみならず、銀英伝のテーマや戦争概念をも完全に崩壊させてしまうほどの、恐るべき政治的・戦略的脅威をも兼ね備えていることが分かるからです。にもかかわらず、銀英伝のキャラクター達は、ヤンやラインハルトも含め、誰一人としてのこの「最強の武器」の存在に気づかず、要塞の素晴らしい潜在的能力を結果的に殺してしまう自爆的な戦いしか行っていなかったため、かなり滑稽な印象を私は受けてしまったものでした。
 その銀英伝の戦争概念やテーマをも完全に崩壊させる、戦術的にも戦略的にも政治的にも「最強の武器」とは一体何なのか? 今回はこれを検証してみたいと思います。
 では始めてみましょう。

1.銀英伝世界における「要塞」の基礎知識

 そもそも銀英伝世界における要塞というのは一体どのようなものなのでしょうか? 銀英伝世界の中では規模や能力において最大の存在であるイゼルローン要塞に関しては、以下の記述が存在します↓

銀英伝2巻 P11下段~P12下段
<イゼルローンは、銀河帝国領と自由惑星同盟領の境界に位置する人工惑星で、恒星アルテナの周囲をまわっている。いわゆる「イゼルローン回廊」の中心にあり、ここを通過しない限り、おたがいの領域に軍隊を侵攻させることは不可能だ。
 帝国が建設し、同盟が奪取したこの人工惑星は、直径六〇キロ、内部は細分すれば数千の階層にわかたれる。表面は、対ビーム用鏡面処理をほどこした超硬鋼度と結晶繊維とスーパーセラミックの複合装甲で、これが四重になっているという厳重さだ。
 戦略基地としての機能は、すべて備わっている。攻撃、防御、補給、休養、整備、医療、通信、管制、情報……。宇宙港は二万隻の艦艇を収容でき、整備工場は同時に四〇〇隻を修復できる。病院のベッド数は二〇万床。兵器廠は一時間に七五〇〇本のレーザー核融合ミサイルを生産する。
 要塞と駐留艦隊とを合計して、軍人の数は二〇〇万人に及ぶが、これに加えて三〇〇万人の民間人も居住している。大部分が将兵の家族だが、生活・娯楽関係の施設の運営を軍部から委託されている人々も含まれている。そのなかには女性ばかりの店もあるのだ。
 イゼルローンは要塞であると同時に、五〇〇万人の人口を有する大都市でもある。有人惑星で、これより人口のすくないものは数多い。社会資本もととのっている。学校はもとより、劇場、音楽堂、一五層をぶちぬいたスポーツ・センター、病院、保育所、そして内部完結型の給排水システム、淡水工場をかねる水素動力炉、酸素供給システムの一環でもあり森林浴の場でもある広大な植物園、主として植物性蛋白質とビタミンの供給源である水耕農場などの施設がそろっているのだ。
 要塞司令官と駐留艦隊司令官をかね、この巨大な宇宙都市の最高責任者として将兵を指揮する人物が、自由惑星同盟軍大将ヤン・ウェンリー提督だった。>

 また、レンテンベルク要塞に関しても、次のような記述が存在します↓

銀英伝2巻 P101下段~P102上段
<当初、ブラウンシュヴァイク公が第三の拠点に想定していたレンテンベルク要塞は、フレイア星系の小惑星ひとつをしめている。イゼルローンの巨大さにはおよばないが、それでも一〇〇万単位の将兵と一万隻以上の艦艇を収容する能力があり、戦闘、通信、補給、整備、医療など多種の機能をそなえ、貴族連合軍にとっては重要な存在だった。
 ミッターマイヤーに破れ、ラインハルトの本隊に追われたシュターデンは、残存兵力に守られ、かろうじてこの要塞に逃げこみ、傷ついた身体と心を休めていた。
 それだけなら、ラインハルトはこの要塞を路傍の小石として無視したかもしれない。しかし、この要塞には、多数の偵察衛星や浮遊レーダー類の管制センター、超光速通信(FTL)センター、通信妨害システム、艦艇整備施設などがあり、開戦以前から駐留している兵力も多かった。無視して前進すれば、後背でこうるさく蠢動される危険性がある。毒草の芽は早くつんでおくべきであろう。>

 これらの記述から考えると、戦略基地としての機能を全て備え、1~2万隻前後の艦艇を収容できるだけでなく、何百万人もの人口を何不自由なく生活させることができるだけの都市機能をも兼ね備えた人工惑星、それが銀英伝世界における要塞であると定義してかまわないでしょう。銀英伝2巻で貴族連合軍の根拠地として使用され、3巻で要塞対要塞の戦いを演じたガイエスブルク要塞、同じく銀英伝2巻のキフォイザー星域会戦後にリッテンハイム候が逃げ込んだガルミッシュ要塞にも、イゼルローン・レンテンベルクと同等の機能を保有しているものと思われます。
 ちなみに、銀英伝世界の中で一番大規模な要塞と定義されているのはイゼルローン要塞(直径60km)で、規模においてそれに対抗しうるとされているのがガイエスブルク要塞(直径40~45km、質量約40兆トン)となっています。その他のレンテンベルク・ガルミッシュといった帝国内に存在する要塞は、これよりもさらに小さい規模の要塞でしょう。

2.無限の自給自足能力を保有する「永久要塞」の脅威

 では、それほどまでの戦略基地としての能力と都市機能を兼ね備えた、銀英伝世界における要塞の補給体制は一体どうなっているのでしょうか?
 古来、堅固な城壁に囲まれた城塞都市や要塞が、外部からの連絡と補給路を寸断し、孤立させる封鎖作戦によって陥落した例は数多く、要塞や城塞都市にとって、外部からの補給システムは極めて重要なものでした。補給物資があって初めて要塞は攻撃・防衛の拠点として満足に機能するのであり、備蓄されている補給物資が尽きてしまえば、たとえ要塞自体の攻撃力・防御力がどれほどまでに強大であったとしても全く使い物にならなくなり、要塞は全面降伏するか自滅するかの二者択一を迫られる状況に追いやられることになってしまいます。
 また、将兵の心理というものは、実際に補給物資が底をつくことよりも「なくなる過程」での不安が大きいものです。補給を断たれた前線の将兵達は自分達の前途に不安を覚えるようになるため、補給を断たれた時点から士気と戦力が低下していき、さらにそれが長期化すると、次第に反乱やサボタージュ・脱走などといった行為を繰り返すようになり、まともな軍隊としての機能すら維持できなくなってしまうのです。外部からの連絡と補給に頼る要塞に対して、それを寸断する封鎖作戦はまさに必勝の戦法であると言えるでしょう。
 ところが銀英伝世界における要塞に対しては、この「必勝の戦法」であるはずの封鎖作戦が、逆に要塞攻撃側にとって圧倒的に不利な作戦となってしまっているのです。その恐るべき実態を最も直截的に窺い知ることができる記述が、銀英伝8巻における、ヤン暗殺後のイゼルローン陣営の戦略に関するユリアンとキャゼルヌの会話に存在します↓

銀英伝8巻 P204下段~P205上段
<「ヤン提督がいつもおっしゃっていたことはイゼルローン回廊の両端に、異なる政治的・軍事的勢力が存在してこそ、イゼルローン要塞には戦略的価値が生じる、ということでした」
「うん、それはおれも聞いたことがある」
「いまイゼルローンが安泰でいられるのは、皮肉なことに、その戦略的価値を失ってしまったからです。価値が回復されるとき、つまり帝国に分裂が生じるとき、イゼルローンにとって転機がおとずれるでしょう」
「ふむ……」
「どのみち、急速に事態が変わるとは思っていません。国父アーレ・ハイネセンの長征一万光年は五〇年がかりでした。それぐらいの歳月は覚悟しておきましょうよ」
「五〇年後には、おれは九〇歳になってしまうな、生きていれば、だが」>

 この会話が行われた当時の状況と、この会話で出てきている年数に注目してください。当時のイゼルローン要塞は回廊の両出口を帝国側に押さえられた孤立無援状態であり、外部からの補給に頼ることができない状態であることを当然承知しているはずのユリアンが「事態の急変には50年の歳月がかかる」と気長な持久戦戦略を述べているのに対して、「イゼルローン陣営における補給の権威」であるキャゼルヌが、孤立無援状態のイゼルローン要塞で50年もの持久戦を行うために必要な諸々の補給物資の調達に関して何ら懸念を抱いている様子がないのです。ということは、イゼルローン要塞で50年もの持久戦を行うに際し、補給事情は何ら問題にはならないということを、イゼルローン陣営の当事者達は当然のように認識していることになります。
 このことから、イゼルローン要塞には100万単位の人口を全て養えるだけの食糧自給能力と、軍隊が戦うに際して必要な戦略物資を全て自給自足で調達することができる能力が備わっていることが判明するのです。しかもこの自給自足能力は、孤立無援状態のイゼルローン要塞の人口と軍隊を半世紀以上も余裕で支えることができるというのですから、ほぼ半永久的に機能し続けるものであると言っても過言ではありません。そして、イゼルローン以外の要塞も、ほぼ同じ自給自足能力を保有していると考えて差し支えはないでしょう。
 この「無限の自給自足能力」が、戦術的にも戦略的にも、そして政治的・経済的にも、味方には莫大な利益を、敵には多大な脅威を与える「最強の武器」なのです。何しろ、要塞を防衛する側は、理論的には永遠に補給の心配をすることなく戦い続けることができるため、長期にわたる籠城戦が可能となるのですし、また要塞を攻撃する側は、要塞が保有する「無限の自給自足能力」のために、補給物資の欠乏を促す封鎖作戦を展開することがほぼ不可能で、まともに要塞を攻略しようとするのであれば、常に力攻めによる短期決戦を強要されることになるのです。それに対して要塞防衛側は、外壁と主砲を前面に押し出して艦艇の消耗を抑えつつ戦えば、余程の事態でも生じない限り、少ない犠牲で容易かつ確実に敵を撃退することができるのであり、このことが要塞防衛側に多大な心理的安心感を、要塞攻撃側に対して過重なまでの物質的・精神的な負担を与えることはほぼ間違いないでしょう。
 もしこの「無限の自給自足能力」が銀英伝世界の要塞に備わっていなかったら、攻撃側にとって要塞の攻略は遥かに容易なものとなったことでしょう。いかに要塞防衛側が主砲の破壊力と堅固な外壁に頼って籠城戦を行ったとしても、封鎖作戦を行って敵の補給路を断ってしまえば、要塞攻撃側はほとんど戦わずして要塞防衛側を餓死状態に陥れ、全面降伏か自滅かの二者択一を迫ることができるのですから。イゼルローン要塞に立て籠もって果てしない籠城戦を続ける方針を採用したユリアンらヤン・ファミリーのお歴々も、さすがに補給の問題を考慮して戦略方針を根本から練り直さなければならなかったことでしょう。
 要塞が持つ「最強の武器」とは、絶大な破壊力を持つ主砲でも、堅固な防御力を持つ外壁でも、要塞を支援する大規模な駐留艦隊でもなく、それらの攻撃力・防御力を支え続け、補給物資調達の心配をする必要なく永遠に戦い続けることができる「無限の自給自足能力」にこそあるのです。

3.「移動要塞」の大いなる可能性

 ところが銀英伝世界のキャラクター達は、ヤンやラインハルトも含め、この「永久要塞」が保有する「最強の武器」が秘めている驚異的な潜在的能力を活用した戦闘方法や政治戦略を立案しようとすらしなかったのです。アレほどまでに何度もしつこく補給の重要性を説き、かつ要塞が持つ「無限の自給自足能力」の存在を充分に認識していたにもかかわらずです。
 それを最も端的に表しているのが、銀英伝3巻で帝国軍科学技術総監の地位にあったアントン・ヒルマン・フォン・シャフト技術大将によって提言された「移動要塞技術」に対する各人の反応です。前述のように「永久要塞」が保有する「無限の自給自足能力」はあまりにも驚異的なものですが、それに加えて「永久要塞」を自由に移動させることができるなどという特性までさらに付加されるというのであれば、その潜在的能力はもはや計り知れないほどに強大なものとなり得るのです。
 たとえば、銀英伝7巻におけるヤンのイゼルローン再占領後、ヤンは自分達が他に取り得た戦略のひとつとして、次のような「共和革命戦略」を提唱したことがあります↓

銀英伝8巻 P216上段~P217上段
<さらには、「共和革命戦略」についても、ヤンは語ったことがある。イゼルローンを再占拠した後の一日である。
「吾々は、イゼルローン要塞を占拠するという道を選んだが、ほんとうはもうひとつ選択肢がなかったわけじゃないんだ」
 それは、革命軍の移動する先々に、共和主義の政治組織を遺してゆくというやりかたである。あえて単一の根拠地にこだわらず、広大な宇宙それ自体を移動基地にして、「人民の海」を泳ぎまわるのである。
「むしろそのほうがよかったのかもしれないな。イゼルローンの幻影に固執していたのは、私のほうだったかもしれない、帝国軍の連中ではなくて」
 後悔というほどの強烈な思いではないにしろ、ヤンには残念に思う気分があるようであった。ヤン家の一員になって以来何千杯めかの紅茶を彼の前に差しだしながら、ユリアンは当然すぎるほどの質問をした。
「どうしてそれが不可能だったのです?」
 ヤンの戦略構想が無に帰し、次善をとらざるをえなかった理由を、ユリアンは知りたかった。可能であれば、最善の途をヤンはとったにちがいないのだから。
「資金がなかったからだよ」
 即答してヤンは苦笑した。
「笑うしかない事実、とはこれだな。吾々はイゼルローン要塞にとどまっているかぎり、食糧も武器弾薬もどうにか自給自足できる。ところが……」
 ところが、イゼルローンを離れて行動すれば、定期的な補給が必要不可欠になる。バーミリオン会戦のときには、同盟軍の補給基地が利用できたが、今回はそうはいかない。物資の提供に対しては金銭で酬いねばならないが、資金がなかった。掠奪は絶対に許されない立場である。自給自足できる根拠地にたてこもらざるをえなかった。最初に充分な兵力があれば、ガンダルヴァの帝国軍基地を急襲し、その物資をえた後に方向を転じる方法もとりえたが、それがヤンに備わったのはイゼルローン占拠後のことだ。
「戦術は戦略に従属し、戦略は政治に、政治は経済に従属するというわけさ」>

 イゼルローン占領後にこのようなボヤキをユリアンに洩らしているヤンですが、このヤンが提唱する「共和革命戦略」を実行するに際して懸念材料として挙げられている「補給とそれに伴う資金の問題」は、実のところヤン自身が占拠したイゼルローン要塞を「移動要塞」に改造してしまえば簡単に片付いてしまう程度の問題でしかないのです。
 ヤン自身が明確に述べているように、イゼルローン要塞に籠もっている限りは、食糧も武器弾薬も全て自給自足することができます。ならばこれを「移動要塞」に改造してしまえば、補給の心配を全くする必要なく「革命軍の移動する先々に、共和主義の政治組織を遺してゆく」という戦略を、「あえて単一の根拠地にこだわらず、広大な宇宙それ自体を移動基地にして、『人民の海』を泳ぎまわ」って実行することが現実的なものとなりえるではありませんか。
 しかも「移動要塞」が技術的に可能であることはすでに帝国のシャフト技術大将が立証するところであり、さらにヤンは「ガイエスブルク移動要塞」という実例を目の前で確認までしているのです。ならば「無限の自給自足能力を持つ要塞」が「移動できる」という事実が持つ甚大な戦略的・政治的価値を理解することなど、普通に考えれば造作もないことであるはずでしょう。
 そもそも「移動要塞」の技術自体、実はそれほど難しいものではないのです。何しろ、シャフト自身が明言しているように、要塞の移動させる技術は「要塞にワープエンジンと通常航行用エンジンをそれぞれ12個ずつ円状に設置し、全てを同時に稼動させる」(銀英伝3巻 P45)という、ただそれだけの話でしかないのですから。「移動要塞」の提唱に際し、シャフトは別に何か特殊な技術を発明したわけではなく、ただ単に既存の宇宙航行用エンジンを少しばかり応用した使用方法を考案したに過ぎなかったわけです。これならばヤン側が「移動要塞」の技術を真似てしまうことはそれほど困難なことではないでしょう。
 もしもヤンがこの「移動要塞」の技術を駆使して件の「共和革命戦略」を発動したならば、さしものラインハルトも顔面蒼白にならざるをえなかったでしょう。何しろこの戦法は、バーミリオン会戦の前哨戦で帝国軍が散々苦しめられた「正規軍によるゲリラ戦」の超拡大発展バージョンであり、しかも「無限の自給自足能力」を持つ補給基地自体が巨大な火力と装甲つきでヤンに付随しているわけですから、このヤンの軍団を帝国軍が純軍事的に捕捉・殲滅することはほぼ不可能です。ヤン側にしてみれば、帝国軍が大挙して近づいてきたら要塞ごと逃走し、分散すれば要塞の火力と麾下艦隊を使って各個撃破するという戦法を取れば良いだけなのですから。事実上ヤンが全ての主導権を握った「より楽な戦い」を展開することが可能となったのは間違いないでしょう。

 また、銀英伝1巻における同盟の帝国領侵攻作戦や銀英伝5巻における帝国の「神々の黄昏(ラグナロック)作戦時、迎撃側は共に補給路を狙って敵を干上がらせるという戦法に出てきましたが、もし艦隊の遠征に際して常に「移動要塞」を付随させるような体制を取ったならば、遠征軍は「移動要塞」を使って補給物資をまかなうことが可能となるため、補給路自体が全く無用の長物と化してしまうのです。迎撃側が敵の補給を断つためには、軍団に付随している「無限の自給自足能力」を保有する「移動要塞」それ自体を破壊もしくは占拠するしかなく、それは補給路を断つことに比べて遥かに困難な難事業となることは疑問の余地がないでしょう。
 シャフトから「移動要塞」の件を持ち出され、それが技術的に可能であることが判明した時、ラインハルトはもう少しシャフトの提言に着目するべきだったのです。シャフトの提言は「補給に頼る必要のない軍団の出現」を技術的に可能にするという、それまでの戦争概念そのものを完全に変えてしまうほどの重要性を秘めていたのですから。ラインハルトから忌み嫌われていたシャフトは、自分でも気づかないうちにとんでもないアイデアを考案してしまったわけです。
 もしラインハルトがシャフトの「移動要塞技術」をきちんと正当に評価していたならば、アントン・ヒルマン・フォン・シャフト帝国軍科学技術総監の名前は軍事史に黄金の文字で記録されるようになっていたことでしょう。

4.望郷の念に囚われることがない要塞の居住システム

 さらに、イゼルローン要塞には200万人の軍人の他に、主にその家族を中心とした300万人ほどの民間人が居住していますが、実はこれも軍事的観点から見れば絶大な利益を味方に対してもたらすものです。というのも、これによって戦場で戦う将兵達が抱きがちな「望郷の念」を完全に消滅させてしまうことができるからです。
 古来、戦争を遂行する者にとってしばしば致命的なアキレス腱となったのが、望郷の念に駆られる一般将兵達の心理です。何年にもわたって遠征軍に従軍したり、単身赴任で辺境警備などの任務に従事したりしていると、将兵達は次第に「家族の元に帰りたい」という心理を抑えきれなくなり、やがて自分達を拘束する最大の元凶である(と将兵達が考える)戦争遂行者に対する叛逆やサボタージュを画策するようになるのです。古代のアレクサンドロス大王が意図したインド遠征などは、これが主原因で断念せざるをえなかった典型例でしょう。
 しかし、イゼルローン要塞に代表される銀英伝世界の要塞は、その内部の居住区に一般将兵達の家族を住まわせることができるようになっています。しかも要塞内部は絶大な防御力を持つ外壁に守護された絶対的な安全圏であり、社会生活を満足に営めるだけのインフラも充実しています。要塞の軍務に従事する軍人には、常に家族と共に満足な生活を営むことが充分に可能な環境が完備されているわけです。
 しかも、軍の管理が隅々まで行き届く要塞の内部に軍人の家族を住まわせることは、外部勢力の脅威から家族の安全を絶対的に保障すると同時に、将兵達の裏切りや造反を防止する効果も併せ持っています。「裏切る際には家族を置き去りにしなければならない」となれば、たとえ軍上層部の基本方針に不満を抱いたとしても、一般将兵達は余程の例外を除いて脱走やサボタージュなどできるはずもないでしょう。これは軍内部の団結力と統制力を著しく高める効果をもたらします。
 さらにこれに「無限の自給自足能力」と「移動要塞」の概念を付加すれば、たとえどれほどまで遠くに遠征しても、補給路を気にすることなく、物理的にも精神的にも永遠に戦い続けることができる、まさに夢のような軍団を創設することができるのです。これがどれほどまでの脅威を敵に与え、味方を鼓舞するかは今更言うまでもないでしょう。
 にもかかわらず、アレほどまでに「補給の概念」だの「将兵達が抱く望郷の念」だのといったテーマを、銀英伝世界における深刻な軍事問題として滔々と語っていたはずのヤンやラインハルトが、しかも「無限の自給自足能力」と「大都市機能」を併せ持つ要塞の存在価値を充分に認識していたにもかかわらず、シャフトが提言した移動要塞技術の軍事革命的要素に全く気づくことなく、延々と不毛かつ非能率的な戦争を続けていたと言うのですから、全くもって滑稽な話としか言いようがないではありませんか。「永久要塞」と「要塞航行技術」を駆使すれば、銀英伝世界の悩みの種であった「補給の問題」と「将兵の心理的な問題」など瞬時に解決してしまったというのに。

5.コストパフォーマンスの浪費でしかない「要塞特攻」

 それどころか、「移動要塞」に関するヤンとラインハルトの認識は、銀英伝3巻で見られるような「要塞自体を要塞にぶつけるための巨大な爆弾として使用する」などという非常にお寒いものでしかありません。前述のように「要塞の使い方」に関しては、軍事革命的要素を持つ、より有効な使用方法が他に存在するのであり、要塞の潜在的能力を全て殺してしまう「要塞特攻」は、戦術的にも戦略的にも政治的にも極めて効率の悪い手段でしかないのです。
 しかも要塞の建造には国家予算規模の莫大な予算を必要とします。たとえばイゼルローン要塞の場合、第2次ティアマト会戦で帝国軍が惨敗した後、時の銀河帝国第35代皇帝オトフリート5世が、重臣であったセバスティアン・フォン・リューデリッツ伯爵に命じて建造させたものですが、あまりに建造費用の高さに、皇帝は建造の途中で何度も後悔して建設を中止しようとし、ようやく要塞が完成した時も、その功労者であるはずのリューデリッツ伯爵が、予定よりはるかに建造費用がかかりすぎた責任を取らされて自殺したというのですから、要塞建造には相当に費用がかかることが伺われます。それほどまでの莫大な国家予算を費やしてまで建造した要塞を、たった1回の「要塞特攻」のために潰してしまうのは、普通に考えればコストパフォーマンスの壮大な浪費でしかありえないでしょう。
 そもそも、要塞に対抗するために別の要塞の火力と外壁をもって対抗するというのであればまだしも(これでもかなり効率の悪い方法だとは思いますが)、要塞を「破壊」するためにわざわざ「移動要塞」を使用しなければならない理由って一体どこに存在すると言うのでしょうか? 「要塞自体を要塞にぶつけるための巨大な爆弾として使用する」などという戦法は、単に要塞の規模と質量にものを言わせただけの手段でしかなく、それだけであれば別に要塞でなくとも代換可能な他の物質を使って特攻戦術に使用することが簡単にできたはずでしょう。すなわち、巨大要塞の規模と質量に相当する衛星なり小惑星なりに「移動要塞」同様のワープエンジンと通常航行用エンジンを搭載させ、それを要塞にぶつける「小惑星特攻」ないしは「衛星特攻」といった方法を用いれば、遥かに安いコストパフォーマンスで要塞破壊を容易に実行することができるではありませんか。いちいち莫大な国家予算を費やして一から建造しなければならない要塞と違って、衛星や小惑星など広大な宇宙空間のそこかしこにいくらでも転がっているでしょうに。
 しかも、銀英伝3巻でケンプがヤンに追い詰められた挙句に行った「要塞特攻」が失敗したとはいえ、それは決して「要塞クラスの質量を保有する小惑星や衛星を要塞にぶつけて破壊する」という戦法自体が戦術上無効であることを立証したわけではないのです。あの要塞特攻が失敗したのは、加速距離が短い中で要塞を無理矢理加速させるために通常航行用エンジンを稼動させ続けてしまったことが原因なのであって、欠点を是正した上でもう一度同じ事を行えば、間違いなくイゼルローン要塞を破壊することができたはずではありませんか。
 具体的には、イゼルローン要塞クラスの適当な小惑星にガイエスブルク要塞と同じ仕様でエンジンを設置し、同盟軍の火力が届かない遥か彼方からイゼルローン要塞を直撃するコースを取るように小惑星をスタートさせ、ある程度加速がついてきたところで全エンジンを停止し、宇宙空間をひたすら飛行している隕石と同じように慣性で航行させてしまえば良いのです。これだとエンジンがひとつ破壊されたところで移動する小惑星には何の影響もありません。かくしてイゼルローン要塞は破壊され、同盟は生命線である防衛拠点を失ってしまう事態に陥ったことでしょう。
 しかも「要塞特攻」を使った「要塞破壊」に関しては、それを考えたついたラインハルト自身が次のように明言しているのです↓

銀英伝3巻 P201上段
<命令を出した後、ラインハルトが、ケンプからの報告書を読みなおしていると、オーベルシュタイン上級大将が顔を出した。
「ケンプ提督からの報告書、なにやらお気に召さぬごようすとうかがいましたが……」
「ケンプがもうすこしやると思っていたが、どうやら敵を苦しめたというあたりが、彼の限界のようだな。目的はイゼルローン要塞を無力化することにあるのだ。必ずしも要塞を攻略、占拠する必要はない。極端なことを言えば、要塞に要塞をぶつけて破壊してしまってもよかったのだ」
 オーベルシュタインの義眼が光った。
「ですが、ケンプはガイエスブルク要塞を拠点として、正面から堂々と敵に挑戦したようです」
「だから限界だと言っている」
 報告書を、ラインハルトは乱暴にデスクにたたきつけた。>

 加えて同じく「要塞特攻」を考案してみせたヤンに至っては、さらに深く次のような戦略構想まで考えています↓

銀英伝3巻 P203上段~下段
<「イゼルローン要塞が外から陥ちることは、けっしてないように思えるのですけど……」
「さて、それはどうかな」
 ヤンの表情はほろにがい。
 イゼルローン要塞が不落とされてきた理由のひとつは、要塞それ自体の防御能力もさることながら、攻撃する側に完全な自由がなかったことである。イゼルローンを攻撃する目的は、イゼルローン回廊を制圧して帝国・同盟間の航路の制宙権を確保すること、それ以外にない。それが欲しいために、帝国軍はイゼルローン要塞を建設し、それを望んだために、同盟軍は幾度も要塞に攻撃をかけ、無数の死傷者を出した。それほどに重大な価値が、イゼルローン要塞にはあったのだ。
 要するに、イゼルローン要塞攻撃の理由は、破壊ではなく占拠にあった。そして、それに成功した歴史上ただひとりの人物がヤン・ウェンリーだったのだ。
 しかし、それは過去のことになった。イゼルローンに代わる戦闘と補給の拠点基地を回廊内に設けることが可能なら、破壊を目的とする攻撃を、帝国はイゼルローンに対してかけることができる。それは占拠を目的としたものより、はるかに苛烈で容赦ない攻撃となるであろう。
 ――そう考えて、じつは悪寒を覚えていたのだが、事実はそうでもないらしい。帝国軍の指揮官は、移動させてきた要塞を、イゼルローン占拠作戦の拠点としてしか活用していないようだ。それは弱体化した同盟軍にとって、せめてもの幸運であろう。>

 ここまで「要塞占拠より要塞破壊の方がはるかに効果的である」と明言しているのであれば、「要塞特攻」の欠点を全て是正した新戦術を「イゼルローン要塞破壊」のために考案しても良かったのではないかとすら思うのですけどね。特に私が前の文章で示した「小惑星特攻」戦術を使用すれば、兵士の損傷率から言ってもコストパフォーマンスの観点から見てもはるかに安上がりだったことでしょうに。
 しかし実際の銀英伝世界では、銀英伝3巻の要塞特攻失敗以後、「要塞特攻」も「移動要塞戦術」も銀英伝キャラクターの誰ひとりとして2度と顧みなかったばかりか、銀英伝3巻で「ケンプの限界」とやらを酷評していたはずのラインハルトが、銀英伝8巻では自らの個人的矜持とプライドに基づいて、自分がかつて「限界」と蔑視していたはずの「イゼルローン要塞占領」に固執してしまうありさまです。これならまだガイエスブルク要塞を「イゼルローン占拠作戦の拠点としてしか活用していな」かったケンプの方が、ラインハルトやヤンよりも余程まともな用兵家であったとすら言えるではありませんか。「要塞特攻」に対して色々述べておきながら、結局あの2人は要塞対要塞の戦いから何も学んではいなかったことになるわけなのですから。
 これではせっかく「移動要塞技術」という素晴らしい画期的なアイデアを提唱したシャフトも、それに殉じて戦死してしまったケンプも浮かばれないですね(T_T)。

6.イゼルローン要塞の構造的な独裁権力者、ヤン・ウェンリー

 ところで「4.望郷の念に囚われることがない要塞の居住システム」で触れたイゼルローン要塞の居住システムにはさらに重大な問題点があります。それは「要塞内部における政治・行政機構は一体どうなっているのか?」という疑問です。
 前述のようにイゼルローン要塞には、軍制上ヤンの直接指揮下に置かれることになる200万人の将兵以外に、主として将兵の家族で構成されている300万人もの民間人が居住しています。そして、この将兵と民間人とを合計した500万人という人口を擁するイゼルローン要塞は、前線の軍事要塞としての顔と同時に、そこらの有人惑星よりも規模が大きい大都市としての側面をも持ち合わせており、ヤンの地位は「この巨大な宇宙都市の最高責任者として将兵を指揮する」と定義されているのです。
 これっておかしくありませんか? イゼルローン要塞の軍事面における最高責任者に過ぎないはずのヤンが、500万人もの人口を擁する「大都市イゼルローン」の最高責任者をも兼ねているのです。これは「大都市イゼルローン」の地方行政が、中央から派遣された一軍人によって、住民の自由意思とは無関係に運営されていることを意味します。つまり「大都市イゼルローン」は、たかだか一軍人に過ぎないヤンが都市行政の最高責任者として事実上の政治・行政権力を合法的に掌握しているため、民主主義の基礎である「地方自治の原則」が一切機能していないことになるのです。
 銀英伝にもそのことを裏付ける記述が存在します↓

銀英伝8巻 P145上段
<イゼルローン要塞での生活をヤンが気に入ったのは、この辺境の軍事拠点にあっては彼より上位の者がおらず、接客や公的行事のわずらわしさが首都ハイネセンにいたときよりもいちじるしく軽減したからであった。ヤンは要塞都市における事実上の独裁者として、中世の王侯のようにふるまってもよかった。だが、その生活や態度が限界のはるか手前でおさまっていたことには、多数の証言がある。彼が高級軍人にありがちな利権と完全に無縁であった理由は、彼の意思というよりむしろ性格に求められるが、賞賛に値することであるにはちがいない。>

 この際「ヤンが高級軍人にありがちな利権と完全に無縁であった」などというヤン個人の資質の問題などどうでも良い話でしかありません。そんなものよりはるかに重大な問題は、ヤンの行動を掣肘すべき政治・行政上の上位者がイゼルローン要塞に存在せず、そのためヤンが「要塞都市における事実上の独裁者として、中世の王侯のようにふるまってもよかった」などといったことが(たとえヤンにその意思がなかったとしても)構造上可能であったという点です。ヤンは事実上の絶対的独裁権力者としてイゼルローン要塞に君臨することが政治システムの構造上許されていたのであり、しかもそれを立場的に掣肘しえる上位者はイゼルローン要塞内にはひとりも存在しなかったのです。これは「地方自治の原則」だけでなく、民主主義国家におけるシビリアン・コントロールの観点から見ても非常におかしな話でしょう。
 そもそも、将兵と民間人を合わせて500万人以上もの人口を擁するイゼルローン要塞は、それ自体が一個の行政単位として成立するものです。それほどまでの人口が密集している大都市では必然的に地域社会が形成されることになりますし、政治・行政上のトラブルも少なからず発生することでしょう。しかもイゼルローン要塞は元来帝国の建造物であって同盟に帰属した歴史が浅い上、住民のほとんどが同盟からの移住者であるため、要塞を統治するための政治システムや行政機構などを全て最初から構築しなければならない状態にあったのです。そうであるならば、ヤンがイゼルローン要塞の軍事面における最高責任者として赴任した後、速やかにイゼルローン要塞内における「地方自治」のシステム作りが行わなければならなかったはずではありませんか。
 具体的には、アムリッツァの惨敗後、イゼルローン要塞に移住してきた将兵と民間人とを合わせた人口が要塞の収容限界値近くに達し、要塞の内情が一段落したところで、イゼルローン住民による、地方議会の議員及び行政責任者である知事を選出する総選挙を行います。そしてイゼルローンの地方議会及び知事は「大都市イゼルローン」の政治・行政を、ヤンはイゼルローン要塞の軍事・軍政をそれぞれ担当する政治システムを整えるのです。
 もちろんこの政治システムの下では、政治・行政責任者と軍事責任者の密接な相互連携が必要不可欠であることは言うまでもありません。政治・行政責任者は、最前線でもある「大都市イゼルローン」の防衛と安全を担う軍事責任者と、人口構成のほとんどが軍関係者によって占められている選挙民の意向を無視することはできませんし、軍事責任者の方も、自分の部下達が自由意志で選出した政治・行政責任者の意見を尊重しなければならないのです。「大都市イゼルローン」の地方議会および知事は、選挙民の民意や要望をヤンに伝え、ヤンが政治的に暴走しないように常にその動向の監視・チェックの目を光らせる。ヤンは地方議会及び知事に軍事的見地に立った助言を行い、必要があれば地方議会や知事に協力を要請してイゼルローン防衛に支障をきたさないようにする。これこそが地方自治であり、またヤンの信奉する「シビリアン・コントロールの原則」というものでしょう。
 イゼルローン要塞が帝国側の手中に収まっていた時は、軍人が要塞内の政治・行政権力を掌握する統治システムでもそれほど問題ではありませんでした。というのも、そもそもイゼルローン要塞は帝国政府の直轄領である上、「国民による地方自治」という概念自体が存在しない銀河帝国では、帝国政府から派遣された高級軍人が要塞内の行政機構を掌握しても、軍閥化するといった懸念材料などはともかく、制度的・理念的には全く何の問題も生じないからです。むしろ、軍事的な観点から言えば要塞内の権力は集中していた方が良いですし、いつ叛逆を企むかも分からない門閥貴族が最前線の軍事要塞を統治するよりも、中央政府が直接任命した高級軍人の方が信用できるという利点すらあるくらいです。
 しかし、いくら最前線のイゼルローン要塞であるとはいえ、仮にも民主主義の理念を謳っている同盟で、ヤンのごとき構造的な独裁権力者の出現が地方行政レベルで許されるのは、民主主義の制度理念上大問題と言わざるをえません。この構造的な独裁体制はヤンの思想信条であるはずの「シビリアン・コントロールの原則」にも著しく反するばかりか、ヤンがその生涯にわたって全否定したはずの「軍事独裁政権」そのものではありませんか。たかが「ヤンが高級軍人にありがちな利権と完全に無縁であった」という程度のことで、その構造的な問題が免罪されるはずがないでしょう。
 このような構造的独裁権力者としての側面を持っていた自分の権勢を全く認識することなく、銀英伝2巻における救国軍事会議クーデターを引き起こしたお歴々に対して次のような主張を展開するに至っては、もはや笑止な話でしかないではありませんか↓

銀英伝2巻 P192下段
<「ヤン提督、吾々の目的は民主共和政治を浄化し、銀河帝国の専制政治をこの世から抹殺することにあった。その理想が実現できなかったのは残念だ。ヤン提督、貴官は結果として専制の存続に力を貸したことになるのだぞ」
「専制とはどういうことだ? 市民から選ばれない為政者が、権力と暴力によって市民の自由をうばい、支配しようとすることだろう。それはつまり、ハイネセンにおいて現に貴官たちがやっていることだ」
「…………」
 ヤンの声はやわらかいが、言うことには容赦がない。>

 今まで述べてきたように、ことイゼルローン要塞に関する限りは、ヤンもまた「市民から選ばれない為政者」だったのであり、また圧倒的な「権力と暴力によって市民の自由をうばい、支配しようとする」ことも構造的には可能だったのです。イゼルローン要塞の構造的な独裁権力者であるヤンは、救国軍事会議やゴールデンバウム王朝と「同じ穴の狢」でしかなく、しかも自分自身がすでに構造的な独裁権力者であったことの重要性を全く認識・自覚できなかったヤンが、救国軍事会議クーデターを批判したり、民主主義の擁護者であると言われたりしているのですから、何かどうしようもなく醜悪な喜劇を見ているような気がするのは私だけでしょうか。
 むしろ私は、ヤンが「専制政治の象徴」として全否定してきたルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの方が、シビリアン・コントロールの原則を無自覚に踏みにじったり、個人的独走によって同盟を滅亡に追いやったり、エル・ファシル独立政府だのイゼルローン共和政府だのといった「排他的な独裁体制」の象徴的なシンボルとなったヤンよりも、「国民によって選出された為政者」としては遥かにマシな存在であるようにすら思えるのですけど。

 それにしても、SF設定というのは恐ろしいものです。現代の常識では不可能とされているとんでもない戦法を、想像もつかない技術力と理論を駆使することで実現可能にしてしまうのですから。「永久要塞」と「移動要塞技術」を駆使すれば、銀英伝の基本的な戦争概念である「補給の問題」や「将兵の心理的問題」が全て解決してしまうという事実は、SF小説である銀英伝にとって、まさにストーリーのテーマを完全に崩壊させてしまう最悪の大穴でしょう。
 まあ「軍事的ハードウェアを無盲目的に信仰しない」というのが銀英伝が訴えるテーマのひとつにあるのですが、それを差し引いても、要塞が持つ驚くべき軍事的ハードウェア技術に対する基礎認識と、それを実際に生かすための知恵がここまで欠如しているというのは大きな問題なのではないですかね。

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