- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.372
あとこんなのもありますね
- 投稿者:本ページ管理人
- 2001年01月21日(日) 15時18分
同じサイトの孔子のところにも人肉の記述が触られています。
ttp://ww1.tiki.ne.jp/~otokura/ninngenn.koushi.htm
自分の理想が世に伝わらない孔子は、ある日つぶやいた。「私の理想とする道徳がどうにも世の中に伝わらない。もう私はいかだにでも乗って海に浮かび、どこか遠い所へ行こうか。その時私について来てくれるのは、まあ、子路だろうかね。」と。子路はこの言葉を聞いて小躍りして喜んだ。すると孔子はすかさず、「由よ、お前は私よりも勇ましいことが好きだ。しかし、一体どこでいかだを作る材木を取って来るというのだね。」とたしなめている。
子路はこのように自分の感情に率直な分、軽率な行動も多く、孔子は「子路のような者は天寿を全うできまい。」と彼を評価した。
この孔子の悪い予感が的中してしまうのである。後に子路は衛の国の蒲という街の大夫の執事となったが、その時その国で内乱が起こった。孔子はその知らせを聞くと、「子路はきっと死ぬであろう。」と再び予言した。実際子路はその争乱の中へ自ら飛び込んで命を絶つ。敵が子路を斬ろうとして冠のひもを断ち切った時、子路は「君子は死んでも冠を脱がないものだ。」と言って、そのひもを結び直して死んだと『史記』には記している。子路は死んで、その身を切り刻まれ、さらにその肉は塩漬けにされたと言う。孔子はそれを聞き、涙を流して嘆じ、家人に家中の塩漬け類を全て処分させ、それ以後一切塩漬けを口にする事はなかった。
直情径行の人、子路。その人柄にふさわしい死と言えば、言えた。
- 親記事No.349スレッドの返信投稿
- board3 - No.373
ではハイネセン史観などはどうでしょう
- 投稿者:本ページ管理人
- 2001年01月21日(日) 16時31分
これ、おもしろいですわ。
過去の史観と言えば、よくヤンはこんな意味の述懐を呟きますね。
「ハンネセン(や、その時代の民主主義)は尊敬しているが、今の同盟は……」
意図的にか、ハイネセンとその一派は理想的共和(民主)主義者として描かれていますね。だから、あたかも孔子が周公の時代を理想の引き合いに出すがごとく、先程のヤンのつぶやきが出てくるのです。
「恣意的な歪んだ歴史」というのなら、ヤンが拠り所にしていた歴史自体が恣意的に変更されていた可能性が高いと私は考えます。
ハイネセン一派が理想的共和主義だったというのが相当怪しい。
ロンゲストマーチのような非常にシビアな状態では、強烈な専制的なリーダーシップが無いと絶対に目標は達成できないこと、そのためにパルチザンはセクト的になること(もちろん粛正もつきもの)が必然的なのは、それこそ「歴史が証明」しているからです。
たぶん、ロンゲストマーチの最中に、ちょっと執行部に異論を挟んだために「貴様の思想は帝国主義的だ!」「この帝国シンパめ!」「総括しろ!」とか言われて粛正された人は多かったんじゃないでしょうか。逆にそうでなかったら帝国の策謀によって壊滅していたんじゃないでしょうか。
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.374
Re^5: 人食い
- 投稿者:モトラ
- 2001年01月21日(日) 17時04分
> さすが。物知りですね。補足(?)ありがとうございました。
> 日本人が嫌う人食いって・・日本人もやってたんだけどなぁ・・・と思いました。
> まぁ生理的嫌悪はしますけどね・・・
…あなたに言うだけムダかもしれませんが。議論の流れをよく理解もせず(この議論が「人肉食らう中国人って野蛮だね。それに較べて日本人は立派だ」などと中国&中国人を貶めているというのならいざ知らず)脊髄反射同然の茶々を入れて、それを指摘されるとのらりくらりと釈明にもなっていない言い訳を繰り返すのは、今後やめにしてください。
-
- board3 - No.375
今さらですが
- 投稿者:Merkatz
- 2001年01月21日(日) 18時23分
アニメ版銀英伝の新作が出ております。
外伝2巻のヤンがブルース・アッシュピー提督謀殺の謎に関わる話です。
今回の目玉はそれよりもアニメオリジナルストーリーです。
「叛乱者」「決闘者」「奪還者」の3つなのですが、
なんと田中芳樹監修とのこと。
若きラインハルトがルッツやワーレンなどと知り合うエピソードがあり、
なかなか楽しめます。
特に「奪還者」は、帝国貴族の亡命に関する話ですので、
見ても損はないでしょう。
しかし、「監修」といってもどこまで関わったのだろう?
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.376
Re^2: 人食い
- 投稿者:新Q太郎
- 2001年01月21日(日) 19時24分
実はかつて、栗本慎一郎―小室直樹論争というのがあって、
漢文化の中で人肉食というのはどう位置付けられるのか、という
ことについて丁丁発止、話し合われたことがありました。
小室があちこちから出典を出して人肉食文化の一般性を指摘
すると、栗本が、いや、人類学的に人肉が普通の食糧であるということはない。霊的な意味や呪術的な意味なしでは食わない、といったとこが争点でした。(うろ覚え。だれか後一人を加えた、犯罪に関する鼎談です)
私は、ふつうのオカズとして毎日の食卓に上ったとは思わないんですね。
恨みとか、霊的な力を得るとか万病の薬とか、非常食とかそういう基本的には非日常の場合でしょう。
しかし、そのハードルは他の文化に比べて低かったとは思います。
唐の話でしたか、「篭城部隊が食糧が尽きたので(戦闘には役立たない)城の女性を食った。それでも包囲がとけないので、ついにその後『馬を食った』」という話があるとか。
どこかで読んだ説ですが、日本の「親子心中」に近いものではないでしょうか。
日本だって心中は非日常だし、それを肯定するわけでもないのですが、それでも他文化から見るとビックリするほどその数は多く、またその心理的ハードルも圧倒的に日本は他国に比べて低いらしい。
もちろん補足しておきますが、特に近代以前に人肉食があったってなくたって別にどうってこともありませんな。争点は美味いか美味くないかぐらいで(笑)。
「ロビンソンクルーソー」に例のフライデーが羊の炙り肉を食ったら、「こんな美味いものがあるならもう人間なんて食わない」と大喜びしたという記述があるので、たかが羊以下の味じゃあ個人的にはあんまり食いたいとは思いませんが(笑)。
そういえば、インドシナ半島には「敵の勇敢な戦士の肝臓を取り出して、それを食うと敵ながらあっぱれな、勇者の魂を受け継げる」という言い伝えがあったらしく、近代戦争の中でもときどき行われたそうです。
これって、ある意味文化の中での尊敬、礼儀の一種でもあるわけで、例えば国際軍事裁判なんかで罪と問われたらいろいろ問題がありそうですね。
- 親記事No.349スレッドの返信投稿
- board3 - No.377
いやこれは面白い
- 投稿者:新Q太郎
- 2001年01月21日(日) 19時52分
私の与太ネタがきっかけになったとするなら大変光栄ですが、
これはストーリー・シミレーション的にも大変面白いし、知的にも興奮させられます。
前者に関していえば、同じ「正典(キャノン)」から離れた偽史でも、この手の話には架空の人物、架空のモチーフを用いて結果を書き替えるもの(「大逆転・リップシュタット」はそうですね)の他に、結論(最終的な結果)は変わらないものの、その過程や裏面には、こういうお話があったんだよ…とするタイプがありますよね。
(ダルタニアンが清教徒革命時に英国王を救おうとする話、山田風太郎の一連の明治物、「ジャッカルの日」…など。「帝都物語」は前半が後者で後半は前者ですね。田中氏の中国物もこれが多い)
この場合は、基本的な事実、表面的な事実は改変できず、逆に自分の持っていきたい結論にうまく「正典」の事実を利用しなきゃいけない。密室殺人とアリバイ物のどちらが難しいかというようなものですが、これは別の魅力があります。
その点で、正典ではトリューニヒトの怪物的不気味さの証明だった「帝国内での立憲運動」や、色が違えど帝国を別方向から守ったというオーベル・ミッター対立、「一仕事を終えて去っていく」というムライの潔さ…などが、ここではオセロのように一気に反対色に染まっていくのですね。
それを、後世の在野の歴史家が、のちの権力によって隠蔽された歴史を暴いていくという形にしたのも皮肉で秀逸です。
むろん、この「真―」の面白さは銀英伝が「正史」たり得ているからこその面白さ(きちんとした歴史だからこそ善悪が引っくり返ると面白い)であり、銀英伝の価値を逆方向から照らすものだと思います。
- 親記事No.328スレッドの返信投稿
- board3 - No.378
Re: 難しいでしょう
- 投稿者:ちゃき
- 2001年01月22日(月) 02時46分
わざわざ補足するようなことでもないですが、スーパー軍師と不幸な王様追尾装置
のような関係は、岳飛と秦檜(ついでに陳慶之と梁(南朝))の関係から流用して
いると思われます。
せっかく敵を追いつめても本国の理不尽な命令によって無に期してしまうって事が
よほど無念なのでしょう。(戦争は政治の延長とうたっている割に)
で、作品で書いて「みんなもそう思うよな? な?」って言いたいのでは。
- 親記事No.349スレッドの返信投稿
- board3 - No.379
Re^2: 真・銀英伝「トリューニヒト伝」
- 投稿者:とっしー
- 2001年01月22日(月) 05時23分
レスありがとうございます。
>小村損三郎さん
ありがとうございます。
この疑問点は私が銀英伝初読のころから引きずっていたものです。まがりなりにも形に出来て、あまつさえ反応があるとは非常に嬉しいです。
>管理人さん
投稿ミスを何度か繰り返して、申し訳ございませんでした。
ハイネセン関連も色々出来そうですね。長征中の出来事は絶対歪曲されて後世に伝えられているでしょう。上手く纏ればネタにしてみたいと思います。
>新Qt太郎さん
あのバーラト共和国がきっかけで、一気にこの宇宙史観が固まりました。ありがとうございます。確かにあの面々で国家建設に乗り出すとああなりかねんなぁと笑うやら納得するやら。
あと、田中芳樹が三国志演義を評して「曹操の死の際の詩を勘繰ると、三国志の表面的な勧善懲悪的な色彩が覆る」というような大意の文を書いておりまして、それなら銀英伝でもそれが可能だなと思い至ったのが、そもそものはじまりであります。
- 親記事No.349スレッドの返信投稿
- board3 - No.380
Re^3: 真・銀英伝「トリューニヒト伝」
- 投稿者:Bosuque Omu
- 2001年01月22日(月) 05時54分
もっと続けて下さーい。これは今まで私がこの掲示板で見た中で最高に面白かったです。列伝などの形で収容所惑星で死んでいった人や脱出に成功して長征した人々などの記録を読みたいです。
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.381
Re^6: 人食い
- 投稿者:K2
- 2001年01月22日(月) 08時33分
> > さすが。物知りですね。補足(?)ありがとうございました。
> > 日本人が嫌う人食いって・・日本人もやってたんだけどなぁ・・・と思いました。
> > まぁ生理的嫌悪はしますけどね・・・
>
> …あなたに言うだけムダかもしれませんが。議論の流れをよく理解もせず(この議論が「人肉食らう中国人って野蛮だね。それに較べて日本人は立派だ」などと中国&中国人を貶めているというのならいざ知らず)脊髄反射同然の茶々を入れて、それを指摘されるとのらりくらりと釈明にもなっていない言い訳を繰り返すのは、今後やめにしてください。
言い訳・・?ですか。いや出典をよく覚えてないので
その部分を補足していただきありがとうございましたといいたかったのですが・・・
それに、日本人も以前は人肉食った人もいるのに中国人は野蛮のどーのこーのというのは駄目だよね。という風にとっていただきたかったのですが。
ま、その前に食った人は別に好きで食べてる人だけじゃないと思いますが・・・
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.382
Re^6: 勘違いしてません?
- 投稿者:K2
- 2001年01月22日(月) 08時36分
> > > > ちなみに日本でも人食いはありましたが(笑)
> > > > 脳が一番美味しいそうです。すっぱいそうです。
> > > > グロテスクなこと言ってすいませんが、事実ですので失礼します。
> > >
> > > 江戸時代に飢饉が訪れたとき、赤ん坊を煮て食べた話は知っています。近年、日本人が留学先で知人の女性を殺害し、その肉を食す事件もありました。
> > > ここで問題になっているのは、「田中芳樹が、『中国人が人肉食をするのはデマ』と言ったのは本当か? 言ったとすれば…」という点に尽きるのですが。
> > さすが。物知りですね。補足(?)ありがとうございました。
> > 日本人が嫌う人食いって・・日本人もやってたんだけどなぁ・・・と思いました。
> > まぁ生理的嫌悪はしますけどね・・・
>
>
> 「日本では全く人食いはなかった」とは書いていないですよね。で、昔の
> 中国のそれと同一視できると思いますか?日常茶飯事で人食いがある(昔
> の話とはいえ)のと、通常時以外である(飢饉や異常者など)のと同様で
> すかね。どう考えても違うと思いますが。
>
> それとも、日本でも日常茶飯事で人食いがあったとでも仰る気ですか?
> 無茶を言ってはイケマセン。
確かに。ですが、ぶっちゃけて言うと人食いは人食いでしょう。
とそこまで言うつもりはありませんが、それでも・・と思います。感想と思ってください。
- 親記事No.349スレッドの返信投稿
- board3 - No.383
ロンゲストマーチ
- 投稿者:小村損三郎
- 2001年01月22日(月) 14時40分
> ロンゲストマーチのような非常にシビアな状態では、強烈な専制的なリーダーシップが無いと絶対に目標は達成できないこと、そのためにパルチザンはセクト的になること(もちろん粛正もつきもの)が必然的なのは、それこそ「歴史が証明」しているからです。
> たぶん、ロンゲストマーチの最中に、ちょっと執行部に異論を挟んだために「貴様の思想は帝国主義的だ!」「この帝国シンパめ!」「総括しろ!」とか言われて粛正された人は多かったんじゃないでしょうか。逆にそうでなかったら帝国の策謀によって壊滅していたんじゃないでしょうか。
末期にはリヴァイアス状態だったりして(笑)。
ハイネセン「おれたちが共和主義者の法律になるんだ!」
グエン「こんなの・・・、こんなのおかしいだろ!ハイネセン。」
ハイネセン「お前の正論はイタすぎんだよ!」
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.384
Re^7: 人食い
- 投稿者:COZY
- 2001年01月22日(月) 17時23分
> それに、日本人も以前は人肉食った人もいるのに中国人は野蛮のどーのこーのというのは駄目だよね。という風にとっていただきたかったのですが。
> ま、その前に食った人は別に好きで食べてる人だけじゃないと思いますが・・・
…やれやれ、ここ1年程この掲示板の流れを静観していましたが
やっぱりこういう人は無くなりもしないし、恥じ入りもしませんね。
K2さん、いつ誰が「中国人は野蛮」などとおっしゃいましたか?
一連のの方々が人肉食について「悪」などのレッテルを貼り、一方的に
断罪しようとしていましたか?そうではないでしょう?
結局、常連さんたちは「人肉食=当時は確かに存在した(中国・日本に限らず)。
戦乱時や飢饉時だけでなく、呪術・儀礼的な意味もあった様だ。よって田中芳樹が
『デマだ』と言うのは信じがたい」という、当時の文化や風俗を考慮に入れて
発言&結論付けしているのに比べ、
あなたの発言は「人肉食=キモチ悪い(中国・日本に限らず)。
田中芳樹?誰それ(笑)。」と現代人の感覚での発言&結論無しです。
残念ですが、議論以前にあなたの読解力・理解力が足りないのか、
もしくは適当に揚げ足取りしているかのどちらかにしか受け取れません。
私的には後者であって欲しいと思いますがね。
…初めてのカキコ&横槍なのに随分とキツくなってしまいましたがNO.350で、
同じく初めてカキコした、のぐさんの質問に対して随分と失礼な事(ここってUG?)
をお書きになっていたようですので、遠慮なく書かせてもらいました。
- 親記事No.232スレッドの返信投稿
- board3 - No.385
Re: どうもズレてますねへのひさしぶりのお返事
- 投稿者:ジャコー
- 2001年01月23日(火) 03時25分
> > で、散々批判されている、受験たとえと、個人のお話への還元、現代作家の心構えですが、仰々しいというより、つまり、創竜伝自体、彼の個人的精神の産物なんだから、完璧な小説としての形態など、高い確度で求める自体、この作品に対するアプローチとして違うやん。と言いたかったわけです。そんなあら捜しせず、小林よしのりみたいな本で、意見を言うだけ言う(こういうと小林よしのりは責任とっていると言う意見が帰って来ると思います。勿論彼は田中氏よりはマシですが、どちらもやってることにあまり差はないとぼくは考えています)みたいな、そこらの左翼の宣伝ビラレベルなんだから、その内容で十分以上にたたき潰せると言いたかったのですが。私自身それを強調せず、狭い世界の議論に終始したことにも責任があります。申し訳ありませんでした。
>
>
ひさしぶりに、書いてみます。
>
> いやね、そんな「社会評論したいが為の欲求不満解消小説」なんてやめてしまえ!と言いたい
そう、貴方が感じるのは仕方ないところで、多分他の人達もそうなのでしょう。でも、そんな代物が、商業レベルにのりさえすれば出版が許されるのも、自由主義および資本中義社会なのです。良いかどうかはわかりませんが。これはポルノ小説みたいなもので、よくは無いけど、確かに需要があるから、健全な青少年への害を黙認されているみたいなものなのかもしれません。
> ところなんですけど。小林よしのりの方が評価されているのは、内容と言うより「これは小説、
> フィクションだよ~ん」と逃げていないから、自分の言っている事には責任取っているから、と
> いうことなんですが。「やっている事に差はない」とは偏見が過ぎはしませんかね。田中芳樹が、
> 社会評論をエッセイか何かでやっていて、自分の発言に責任を取っているのなら、ここで批判の
> 嵐に晒されることはないと思いますが(右派系サイトでは別でしょうけど)。
>
> で、「小林と田中では、やっている事に差はない」と思うのなら、それを論理的に証明してみ
> て下さいな。小林の場合は裁判沙汰にはなるわ(オウムや著作権問題)、命は狙われるわ(オウ
> ム)、「運動」に首を突っ込むハメになるわ(薬害エイズ、新しい歴史教科書をつくる会)、
> 左派勢力に延々と批判されるわ(戦争論妄想論など)、とたいそうな目に遭ってますけど、田中
> の場合は批判されているのがこのサイトくらいでしょ。自分のやっている事に対する「覚悟」が、
> まるで違うとしか思えませんけど。
>
> あなたのものでしかない偏見を書き飛ばしても、誰も納得しないと思いますが、いかがでしょ
> うか。
どうも、誤解されているようですが、私は、田中氏と小林氏の、右か左かの(こういう分け方も良くないですが、あくまで便宜的に)違いこそあれ、ある程度の事実(傾向として、反証を挙げず、自分の理論構成に必要なとこだけとってきた)を土台として、非常に客観的でなく、独善的な理論構成をするところを「同じようなもんだ」と言ったのです。もちろん、全てそうと言っているわけでもなく、中には心からうなずける意見も散見されるのですが。だからたちが悪いのかもしれませんが。全否定の対象にならないから。
というわけで、浮沈戦艦さんのおっしゃる、自身の言動に対する責任のとり方において、田中氏と小林氏を比較したことなどありません。
浮沈戦艦さんの見方で見るならば、確かに、小説家田中氏より、漫画家にしてアジテーター小林氏の方が、責任をとっています。
でも。これはとりあえず思ったこと言いたいことのカタルシス小説家創竜伝と、過激な意見をあえて言い、アクションに対するリアクションを求めた上で、商業ベースとしての作品構成を追及するゴーマニズム宣言との違いで、もともと作品のベースが違うのだから、そういう方向での比較はそもそも好ましくないと、私は思います。もちろん、違う見方も出来ることはたしかですし、浮沈戦艦さんの考えにおいて、二人を比較すれば、浮沈戦艦さんのおっしゃることは、しごくもっともです。
いっしゅの比喩で使ったことに、突っ込まれるとは思いませんでしたが、私の言いたかったことが、結局人それぞれの見方に吸収される以上、議論に向きにくい内容のものだったのかもしれません。
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.386
こんな文章がありました。
- 投稿者:恵
- 2001年01月23日(火) 03時44分
> > 結局、こういうシーンを抜くと、甘口カレーみたいな子供向けの味気ないものになってしまうんですが、それでも面白いのは原典のべらぼうな面白さゆえでしょうね。
> >
> > 「近代史観信奉者の中国好き」というのは、「辛いものが食べられないカレー好き」とか「アルコールが飲めない下戸のウォッカ好き」の類だと思うので、そういう意味で私は田中芳樹氏の中国好きは信じられないんですよね。
> > 「田中芳樹は本当に中国を知っているか」と何回も問いかけたくなるわけなんですよ。
>
> 「人肉食はデマだ」
> なんてことはさすがに言ってないんじゃないかと・・・。
> たしか
> “積極的に肯定しているわけではない。飢饉や篭城の時の人肉食なら日本にもいくらでも例がある”
> みたいなことを言ってたような気がします。
「人食い議論」の一通りを、興味深く読ませていただきました。
私が知る限りでは、田中氏は「纐纈城奇譚」という作品の中で、中国における人肉を食べた例を紹介していますね。
(纐纈城奇譚P36より)
…古来、中華帝国においておぞましい犯罪といえば、人肉を食べることであった。各時代に多くの記録がある。むろん記録に残されているということは、それが異常事であることを意味する。
百年前、安禄山が大叛乱をおこしたときにも、そのような事件があった。有名な張巡の事件である。
(中略)
籠城二年、数十度にわたる攻撃をことごとく撃退したが、ついに食糧が尽き、人肉を食べる惨状に追いこまれて落城した。張巡は降伏をすすめらたがそれを拒み、惨殺された。張巡の壮絶な戦いぶりと最後は人々を感動させ、朝廷は彼を表彰しようとした。だがそこで異論が出た。
「張巡らは確かに忠臣であり大功臣である。だが人肉を食うという大罪を犯した者たちを賞してよいのか。人倫を破ることを、朝廷が認めるようなものではないか」
かくして議論は一年におよんだが、結局、張巡らは功臣として賞されることになった。彼らの功績と忠誠心とは疑う余地がなかったし、人肉を食うに至ったのも凄惨な籠城戦の結果で、責めることはできない、というわけである。たしかに、張巡らの孤立無援の死闘がなければ、唐は滅びて安禄山の新王朝が誕生していたにちがいない。いわば張巡は朝廷の大恩人である。それでもなお、人肉を食うという行為は人倫にもとる罪であると思われたのだ。
このような歴史上の例もあることで、もし人肉を食う者たちの城がどこかにある、というこなら、李績にしても辛トウにしても、嫌悪感は別として、それほどおどろかなかったであろう…
この記述から、少なくとも田中氏が「中国で人肉を食うのデマだ」と思っていないことが明らかですよね。
おそらく、彼が言いたいのは、
1:中国で人肉を食べる事件は数多く存在している。
2:だが、あくまで異常事における犯罪であり、人肉を食べる行為そのものは人倫を破るものと中国では思われていた。
3:中国愛好家の自分としては、中国の人肉食が常習と思われるのは遺憾である。
と、いったものではないでしょうか。創竜伝では田中氏を叩きまくっている私ですが(笑)、この「人食い議論」ではちょっと彼を弁護したいと思います。なぜなら、上の記述を読む限り、田中氏が中国史における人肉食いの事実から目を背けているようには見えないからです。その事実を認めながらも、人肉を食うのは「人倫を破る行為」として古来から忌避されてきのだ(張巡の事件そのものですね)、という例を出しています。
私は個人的に、この「人食い議論」に関しては批判の対象にはならないような気がするのですケド…(^^;)
- 親記事No.350スレッドの返信投稿
- board3 - No.387
えとレスが面倒なので(笑
- 投稿者:のぐ
- 2001年01月23日(火) 11時22分
モトラさんどうもありがとうございました。
結局とくまの方にしました。
というよりか、トクマのほうしか売ってなかったので。
それじゃこのへんで。
助かりました。どうもありがとうございました>モトラさん
- 親記事No.328スレッドの返信投稿
- board3 - No.388
失礼ながらどちらかと言えば
- 投稿者:S.K
- 2001年01月23日(火) 12時13分
田中氏の忌避する『三国志』の曹操と孔明の関係に近いものがあると思っております。
意識的と断言はしませんが、田中氏は「崇高な理念と稀有な才能を持ち合わせ
かつ由緒正しい家柄の出自である文字通りの貴人」が「より良く世の中を運営していく」事が嫌でたまらなく、さりとて馬鹿が束になっても太刀打ち出来な
い事を理性では承知しているので「世界はどのような不利益があろうとも民草
の総意により運営されるべきであり、決して『血筋が由緒正しい』『少しばか
り才能に恵まれている』くらいの事で一個人の恣意に委ねてはいけない」との
主張を持つ超絶的な知略(もしくは理不尽な幸運)の持ち主をあえて作中でけ
しかけているのではないでしょうか。
少々話がそれるので恐縮ですが、いささか僭越な主張をいたしますと「命賭け
て遵守すべき何か(個人、主義、制度、常識、道徳など)を探す権利を保障す
る限りにおいて『バカは考えるな』という言いぐさは正しい」と思っておりま
す。
人間だれしも向き不向きがあるというのは定説ですが、思考という行為これ一
点のみ例外の聖域であると言うのはおかしな事ではないでしょうか。
勿論『考えるのに不向きな人間』は卑しいと主張するものではありません。
幕末創作劇における新撰組や白虎隊、『水滸伝』の黒旋風の李鉄牛や『三国
志』の張飛などは人間としての尊さと利口か馬鹿かはさほど関係ない証明の
類例だと思います。
でも田中氏の作品は(田中氏に非ず)英雄の才知も愚直の誠実もあざ笑って
「みんなで決めてなるようになるのが一番良い。その過程で起る悪い事は、
“俺だけ皆と違う”と勝手に思いあがったりいじけたりしたはね上がり者の
せいだ」みたいな傾向を感じます。
『優しい全体主義者』という形容は流石に不穏当で不適当でしょうか。
- 親記事No.351スレッドの返信投稿
- board3 - No.389
両者を比べてみて・・・
- 投稿者:させゆう
- 2001年01月23日(火) 12時24分
レスありがとうございます。
さて、田中氏と福本氏の作品をあらかた読んでいる僕の思ったことですが、
二人のデビューに至るまでの人生航路が、作品に影響されていると感じられます。
田中氏の場合、大学院時代に銀英伝の連載を開始しただけあって、下積み体験は、おそらくゼロに等しかったでしょう。(もちろん、作品を書く苦労はありますが)
ある意味、銀英伝のような、大勢の死が描かれる物語でありながらも、陰惨に
ならない雰囲気が出せたのは、彼が社会の冷たい風に晒されていないためかも
しれません。
逆に、長い下積みの果てに銀英伝を執筆したとしたら、ヤンのような陽気な
スタンスで理想を語るキャラは生み出せなかったかもしれません。
福本氏の場合は、長い下積みを得て、ヒットを飛ばした漫画家で、その経験を
生かしてか、人間の醜さや汚い部分を上手く描いていると思います。
底辺でもがく人間のリアルさは、福本氏が身をもって体験したからこそ、書けたのではないでしょうか。
人生経験が作風に影響を与えるのは当然かもしれませんが、二人にとっては
結果として、作品のヒットに実を結んだと思います。
-
- board3 - No.390
無題
- 投稿者:dorai
- 2001年01月24日(水) 03時14分
始めてのぞきましたが、あんま議論してませんね。なんか仲良しこよしの掲示板みたいだ。それが悪くは無いが。
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.391
時代とともに変わったのでは?
- 投稿者:双頭の虎
- 2001年01月24日(水) 05時15分
いつも皆さんの意見を読ませてもらっているばかりですが、
この件に関しては、私も議論に貢献できそうなので、ちょっと書いてみます。
まず、中国の人食いについて書かれていて手に入れやすいのが、
小室直樹著「中国共産党帝国の崩壊」です。この本のpp.64-77に、
日本は大陸からいろいろな文化を輸入してきたけれども、輸入しなかったもの
の1例として挙げられています。(他は宦官、纏足、科挙)
ここで(非常時ではない)食人例として挙げられているのが、
春秋五覇、斉の恒公(前7世紀、食べられたのは料理人、易牙の息子)
孔子の弟子の子路(前480年死去)
劉邦の配下の韓信、彭越、ゲイ布(3人とも前196年刑死、彭越以外は
稗史による)
三国時代の董卓(後192年、稗史)、演義の劉備(食べた側、演義では第19回)
安禄山の反乱の時の張巡(8世紀後半)
これは非常時ですが、小室直樹氏によると、まず非戦闘員を食べてから
「遂に馬を食す」で、日本とは逆だということです。(戦時は馬のほうが
大切。)ちなみに戦後、倫理面から批判されたとはありませんが、
これは小室氏が紹介しなかったのでしょう。
あと宋の時代のことも紹介されていますが、これは民間伝承でした。
この他、劉邦は広武山で、項羽に「親父を煮殺すぞ」と言われて
「その汁を飲んでみたい」と答えてますね。恒公の件は、管仲の
「為を務むるは久しからず、虚を蓋うは長からず」という故事にも
関係しています。
ところで、この例を見ると、正史において、食人が倫理面からは問題視
されてないのは前漢までということになります。三国志の正史の注では
こういう記述があります。(筑摩書房、Ⅰ、p.18)
「魏略にいう。王忠は扶風の人である。若いころ、亭長となった。三輔が
動乱におちいったとき、王忠は飢えに苦しんで人を食った。・・・[曹操は]
王忠を中郎将に任命し、征討の際つれていった。五官将(曹丕)は王忠が
前に人を食ったことがあるのを知っていたから、公(曹操)のお供をして
外に出たとき、芸人に命じて墓場にころがっている髑髏を取って来させ、
王忠の馬の鞍に結びつけ、笑いの種とした。」
こうしてみると、
1.古代中国では、人肉はおいそれとは食べられなかったゆえに珍味と
されていた。(食べられたのは特殊な例であり、それゆえに記録に
残っている。)
2.遅くとも三国時代のころ、上流階級では食人は倫理面で問題となった。
3.しかし、民間においては、長く、道徳面で問題となることはなく、ただ、
現実に食べることもなく、珍味という扱いを受けていた。
ということではないでしょうか。だとすると、田中芳樹氏の発言は、
「いいとこどり」か「無知」と言われてもやむをえないようにも思います。
長々と失礼しました。
- 親記事No.390スレッドの返信投稿
- board3 - No.392
Re: 無題
- 投稿者:詩聖杜甫はすごい
- 2001年01月24日(水) 07時13分
> 始めてのぞきましたが、あんま議論してませんね。なんか仲良しこよしの掲示板みたいだ。それが悪くは無いが。
どこがなかよしこよしか指摘してください
- 親記事No.350スレッドの返信投稿
- board3 - No.393
ちょっと個人的なことで申し訳ありませんが+α
- 投稿者:のぐ
- 2001年01月24日(水) 08時15分
えっと僕はポケサミでかず2と名乗っています。
それで、K2さんと僕は別人ですので、その辺よろしくお願いします>僕に
このHPを紹介してくださった人。
ところで、僕は田中芳樹氏を盲信していたようです。
このHPを見たときのショックが大きすぎて・・・。
どう表現していいかわかりませんが、とにかくすごいなぁ・・・と思っています。
- 親記事No.390スレッドの返信投稿
- board3 - No.394
Re: 無題
- 投稿者:のぐ
- 2001年01月24日(水) 08時16分
> 始めてのぞきましたが、あんま議論してませんね。なんか仲良しこよしの掲示板みたいだ。それが悪くは無いが。
仲良し・・・?どこか仲良しなのかなぁ・・・?
ちょっと違う気がします。
- 親記事No.390スレッドの返信投稿
- board3 - No.395
どこを見ての発言ですか?
- 投稿者:恵
- 2001年01月24日(水) 08時24分
> 始めてのぞきましたが、あんま議論してませんね。なんか仲良しこよしの掲示板みたいだ。それが悪くは無いが。
あなたにとっての議論の定義とは、口汚く罵り合うことなのでしょうか?
どの話題をご覧になっての発言なのか、根拠もよくわからないのですケド、議論することと喧嘩することは違いますよ、根本的にね。
賛成できる意見に対して同意することを、「仲良しこよし」とおっしゃっているのでしょうか?
物事の表面だけをとらえて下らない感想を書く暇があったら、もっと本質的な意見で議論のテーマを提示してもらいたいものですね。(--)
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.396
Re: 時代とともに変わったのでは?
- 投稿者:Merkatz
- 2001年01月24日(水) 12時33分
> いつも皆さんの意見を読ませてもらっているばかりですが、
> この件に関しては、私も議論に貢献できそうなので、ちょっと書いてみます。
>
> まず、中国の人食いについて書かれていて手に入れやすいのが、
> 小室直樹著「中国共産党帝国の崩壊」です。この本のpp.64-77に、
> 日本は大陸からいろいろな文化を輸入してきたけれども、輸入しなかったもの
> の1例として挙げられています。(他は宦官、纏足、科挙)
> ここで(非常時ではない)食人例として挙げられているのが、
> 春秋五覇、斉の恒公(前7世紀、食べられたのは料理人、易牙の息子)
> 孔子の弟子の子路(前480年死去)
> 劉邦の配下の韓信、彭越、ゲイ布(3人とも前196年刑死、彭越以外は
> 稗史による)
> 三国時代の董卓(後192年、稗史)、演義の劉備(食べた側、演義では第19回)
> 安禄山の反乱の時の張巡(8世紀後半)
> これは非常時ですが、小室直樹氏によると、まず非戦闘員を食べてから
> 「遂に馬を食す」で、日本とは逆だということです。(戦時は馬のほうが
> 大切。)ちなみに戦後、倫理面から批判されたとはありませんが、
> これは小室氏が紹介しなかったのでしょう。
> あと宋の時代のことも紹介されていますが、これは民間伝承でした。
>
> この他、劉邦は広武山で、項羽に「親父を煮殺すぞ」と言われて
> 「その汁を飲んでみたい」と答えてますね。恒公の件は、管仲の
> 「為を務むるは久しからず、虚を蓋うは長からず」という故事にも
> 関係しています。
>
> ところで、この例を見ると、正史において、食人が倫理面からは問題視
> されてないのは前漢までということになります。三国志の正史の注では
> こういう記述があります。(筑摩書房、Ⅰ、p.18)
> 「魏略にいう。王忠は扶風の人である。若いころ、亭長となった。三輔が
> 動乱におちいったとき、王忠は飢えに苦しんで人を食った。・・・[曹操は]
> 王忠を中郎将に任命し、征討の際つれていった。五官将(曹丕)は王忠が
> 前に人を食ったことがあるのを知っていたから、公(曹操)のお供をして
> 外に出たとき、芸人に命じて墓場にころがっている髑髏を取って来させ、
> 王忠の馬の鞍に結びつけ、笑いの種とした。」
>
> こうしてみると、
> 1.古代中国では、人肉はおいそれとは食べられなかったゆえに珍味と
> されていた。(食べられたのは特殊な例であり、それゆえに記録に
> 残っている。)
> 2.遅くとも三国時代のころ、上流階級では食人は倫理面で問題となった。
> 3.しかし、民間においては、長く、道徳面で問題となることはなく、ただ、
> 現実に食べることもなく、珍味という扱いを受けていた。
>
> ということではないでしょうか。だとすると、田中芳樹氏の発言は、
> 「いいとこどり」か「無知」と言われてもやむをえないようにも思います。
> 長々と失礼しました。
斉の桓公の話は聞いたことがあります。
このように史実から検証されると、大変納得できます。
結局、新Q太郎さんがおっしゃった「文化のハードル」ってことに尽きると思います。
同じ事象が文化の違いによって捉え方が違うというだけの話で。
それを田中芳樹はムキになって否定しているんでしょう。
「中国は野蛮じゃないんだ、信じて!」みたいに。
- 親記事No.352スレッドの返信投稿
- board3 - No.397
自己レス
- 投稿者:双頭の虎
- 2001年01月24日(水) 15時37分
>妙なことに、中国では人を喰うのは普通のことだったというようなことを
>いったり書いたりする人がいますけれども、中国で人肉が喰われたと
>いうのは、こういう篭城戦で食料が尽きた場合とか、大飢饉の場合ですね。
>それでしたら日本にも例があることですので、中国人が好んで人肉を
>喰うというようなことをいうのはおかしいと思いますね。実際、歴史上、
>人肉を食べるという行為が美化されたという例はありません。
NEROさんの引用によると、田中芳樹氏は「中国でも、人食いは日常的な
ものであったことはない」ということですね。だとしたら、私自身が
書いたことと一致してしまいます。私の早合点だったようで。
もっとよく読め!ということで恥ずかしい・・・
それでも、日本では、刑死した人でも食べたという例は聞かないので、
(せいぜい、織田信長が浅井親子と朝倉義景の髑髏を杯にしたくらいしか
思い浮かばない。)中国では、人を食べることに対して抵抗が少ない
というのは確かなようですね。結局、新Qt太郎さんがおっしゃっていること
そのままです。
この点に触れられてないところは田中芳樹氏が舌足らずだとは思いますが、
日本では人食いについて大げさに信じられているみたいですから、
その信仰に対してのショック療法でも試みたのでしょうか?