- 親記事No.845スレッドの返信投稿
- board3 - No.851
Re: アニメにおける最悪の民主主義
- 投稿者:Merkatz
- 2001年03月16日(金) 13時07分
> はじめまして。田中作品で検索してここに来ました。
>
> 僕はアニメで銀英伝に入ったのですが原作を読んでやや違った印象を持ちました。アニメのほうが同盟の最悪の民主主義が露骨に表現されている気
> がします。
> アニメではヤンが官舎で憂国騎士団の襲撃を受けた時周辺住民は傍観していて、ヤンが散水器で撃退すると火災として消防者が来るしまつです。
> また襲撃された直接の原因は彼らのリンチにあいかけたジェシカを救ったからで、「救国の英雄」への襲撃は彼らの独断のようです。
> アスターテ会戦の結果を同盟政府に大勝利と発表させたのはいくら何でも不自然に感じました。同盟政府のいいかげんさをあらわすためでしょうけどね。
>
> ところが原作では、他の官舎の住民が治安警察に通報して見て見ぬふりはしませんでした。警官が襲撃を受けた当の「救国の英雄」に向かって憂国騎士団は熱烈な愛国者の団体だと理解を求める発言をしたのには、この警
> 官は相手次第で発言内容を変えないのだなと感心させられました。
> 襲撃された原因は慰霊祭でのヤンの不遜な態度です。式典の途中でジェシ
> カを連れて抜け出しましたが、これはあまり関係無いでしょう。
> 彼らが「救国の英雄」襲撃したのはトリュ-ニヒトの意向であって独断ではないようです。
> そしてさすがに同盟政府もアスターテ会戦を大勝利などとばかなことはいわなかったようですね。
はじめまして。
おっしゃるとおり、アニメ版は細かな点で原作と違います。
原作をそのままアニメ化する手抜き作品が多い中、
原作の雰囲気を壊さないようアレンジを加え、
より面白いものに仕立て上げているアニメ版は名作と思います。
個人的には救国軍事会議に参加したグリーンヒルが婦人の墓参りをするシーンと、
謀反を決意したロイエンタールのモノローグが秀逸だと思います。
- 親記事No.517スレッドの返信投稿
- board3 - No.852
アウトロースター
- 投稿者:Merkatz
- 2001年03月16日(金) 13時12分
皆さんの話を聞いていると、宇宙でドンパチ撃ち合うのは、
現実世界では不可能なのではと思えてきました。
ところで、「アウトロースター」というアニメでは、
宇宙船(グラップラーシップという)には腕(!)が生えていて、
それで殴り合いをします。
ひょっとしたら、未来の宇宙戦争ってこのような殴り合いに逆戻りするのかも・・・!?
- 親記事No.517スレッドの返信投稿
- board3 - No.853
宇宙船による宇宙戦
- 投稿者:h_taka
- 2001年03月16日(金) 15時38分
初めまして、h_takaと申すモノです。
> ひょっとしたら、未来の宇宙戦争ってこのような殴り合いに逆戻りするのかも・・・!?
と言うより、その「殴り合い」状態に持っていくのが難しいような気がします。
つまり外宇宙(恒星系より光年単位で離れた場所)での艦隊決戦というのは双方がお互いに場所と時間を決めてやらない限り無理のような気がします。
『銀英伝』に限らず、恒星間宇宙を扱ったSFには大抵「ワープ」が出てきますが数光年(数十?数百?)を一瞬にして「跳躍」するワープ航法の前には外宇宙での遭遇戦や迎撃戦というのはよっぼどの幸運(もしくは不運)に見舞われない限り起こり得ないと思います。
何しろ、移動が「線」ではなく「点」なので敵が来そうなルート上に張っていたとしても相手に自艦隊の5光年手前から5光年後ろにワープされてしまえば簡単にすり抜けられてしまいます。(1ワープの距離が10光年だとして)
しかもこのような「すり抜け(すれ違い)」は意図してやらなくても普通に起きてしまうでしょう。偶然ワープアウトの「点」同士が重なる確率はかなり低いでしょうから。
結局は敵が攻めてきそうな拠点(惑星や恒星)の付近で敵を待ちかまえるタイプの戦闘しか起きそうにないような気がします。
- 親記事No.845スレッドの返信投稿
- board3 - No.854
Re^2: アニメにおける最悪の民主主義
- 投稿者:S.K
- 2001年03月17日(土) 11時03分
アニメ版オリジナルエピソードではアムリッツァ会戦直前に同盟の占領予定地
に居住する旧知の女性を救おうと尽力するケスラーと自分一人助かることを潔
しとせずケスラーの好意を謝絶し毅然として同盟の物資配給に他の住民達と行
列に並ぶこの女性の話も印象的でした。
- 親記事No.845スレッドの返信投稿
- board3 - No.855
Re^3: アニメにおける最悪の民主主義
- 投稿者:ALEXANDRITE
- 2001年03月17日(土) 12時13分
>アニメ版オリジナルエピソードではアムリッツァ会戦直前に同盟の占領予定地>に居住する旧知の女性を救おうと尽力するケスラーと自分一人助かることを潔>しとせずケスラーの好意を謝絶し毅然として同盟の物資配給に他の住民達と行>列に並ぶこの女性の話も印象的でした。
初めまして。ALEXANDRITEといいます。ほとんどロム専ですが、宜しく。
アムリッツア会戦のオリジナルエピソードというと、同盟軍の占領部隊が帝国領の地球型惑星で補給物資を強制徴発しようとして地元住民と衝突し、しまいには略奪に発展してしまう過程を同盟軍の補給士官と、地元の有力者の娘の視点で描いた話もなかなか良いですよ。
- 親記事No.845スレッドの返信投稿
- board3 - No.856
Re^4: アニメにおける最悪の民主主義
- 投稿者:朝霧
- 2001年03月17日(土) 20時57分
みなさん、レスありがとうございます。これらの追加変更エピソードは僕も好きです。
ただ原作の方がよかったなあと思うのもありましてそれが僕の最初の書きこみとなりました。
アニメでは同盟社会がいかにどうしようもないかを誇張されて描かれている気がして同盟派の僕としては自虐史観めいた不快感を感じたわけです。
例えば、憂国騎士団にヤン宅が襲撃された時、アニメでは周辺住民は見て見ぬふりでしたが原作では警察に通報しています。
同盟市民にトリューニヒトを生み出した土壌があったのは確かだが個々の市民レベルでは健全な対応をしようとしているわけでそれらをなぜアニメは変
えたのかと疑問に感じたのです。
もっとも、最悪の民主主義という結論はどちらも同じなので僕のほうが細かい点にこだわりすぎているのかもしれませんが。
変更には善し悪しがありそれは一向にかまいません。ただ、「原作に忠実なアニメ」という宣伝文句は不適切な表現ではないでしょうか。
僕が銀英伝に触れたのはアニメからであり、原作に忠実だから見ようと思ったわけではありません。
-
- board3 - No.857
なぜジェシカはヤンを非難したのか
- 投稿者:朝霧
- 2001年03月17日(土) 23時07分
アニメでアスターテ会戦後にラップの墓参りでジェシカがヤンを非難した場面を見て僕は反発してました。いっしょに見ていた妹は「ラップだって
軍人じゃない」といっていました。
そりゃあ、婚約者を失った悲しみから誰かを責めたい気持ちは理解できる。だけどヤンだって親友を失って悲しいのにジェシカこそその気持ちを無
視してるんじゃない?悲しみは共有してないの?とまあそう思ったわけです。
話が進むにつれ、ジェシカとラップとヤンは三角関係めいたものであったことがわかりました。彼女が非難したのは甘えもあるのかな、もしヤンが
戦死してラップが生き残ったら彼女はなんと言ったのかなと考えたりしました。
ところが原作を読んでジェシカは少なくともヤンには非難しなかったことを知って驚き、なぜアニメでは変更したのかと考えました。
原作ではジェシカはヤン以外は味方を一回の会戦で100万人以上の戦死者を出したことに道義上も恥ずべきと言い、それに対してヤンの心境は愚将
が恥ずべきは能力の欠如であって道義上では名将の差はないというものです。自分が軍人である以上それから逃れない。
それをふまえてアニメスタッフはジェシカにヤンを非難させたと思うのですがいかがでしょう?
蛇足ですがジェシカがトリュ-ニヒトを非難したことには嫌な女と僕は感じていません。公衆の面前で非難されたのはきついなとは思いましたけどね。
- 親記事No.517スレッドの返信投稿
- board3 - No.858
Re: 宇宙船による宇宙戦
- 投稿者:TAKA
- 2001年03月18日(日) 01時53分
> 初めまして、h_takaと申すモノです。
>
> > ひょっとしたら、未来の宇宙戦争ってこのような殴り合いに逆戻りするのかも・・・!?
>
> と言うより、その「殴り合い」状態に持っていくのが難しいような気がします。
はじめまして H_Takaさん 別の考え方を申し上げます。
FTL 超光速通信があること自体SFというのは矛盾なんですが・・
まぁこれがあるとすれば、ワープする前の艦隊を発見できるセンサー
(電波を用いるレーダーではないでしょうが・・)が可能かもしれません。
恐らく、ワープ空間(亜空間)にパイプを作って何らかの方法で探索すると思うのですが、私の頭ではあんまり想像できませんなぁ・・すみません。
トップをねらえの縮体レーダーがそれにあたるのかな??
後 長距離砲戦・・なのですが、レーザーやビーム(粒子加速砲)を
ワープさせて相手に当てるという設定はないですよね・これなら減衰率も
考えなくていいので都合がいい。
銀英伝はそこまで発展しそこねているのかな・・?でもFTLがあって
ほぼ数十光年をリアルタイムで会話しているのなら数十光年先の敵艦隊
を発見することも可能だと考えられます。でもそうなればFTLの回線を用いて
レーザーなど高出力エネルギーを送り込むのも理論上可能なはずですが・・
偵察衛星や哨戒艦隊を派遣しているので、そこまで発展してないのかな・・なんちって・
あと星域間の航路(ワープはできる空間とか)というのは大体決まっていると思いますのでそ航路上で遭遇戦というのも十分ありえるという考えもできます。
-
- board3 - No.859
初めまして
- 投稿者:孤単
- 2001年03月18日(日) 15時56分
初めまして、くだんと言います。
過去ログを拝見しました。
一応一通りは拝見したと思うのですが、話が重なっていたらすみません。
僕は17歳でして、よく言われる「最近の子供」です。
何故こんな事を最初に言ったかというと、
僕の周りにも創竜伝を「楽しく」読んでいる人が多いからです。
この年代の人は、田中芳樹というと、創竜伝、
というイメージが強いみたいです。
ちなみに僕も創竜伝を読みましたが、あまり好きになれませんでした。
知人達の意見としては、竜堂兄弟の毒舌と、話のノリが好きらしいです。
それはまぁ、価値観の違いなので、僕はそれに関して
「あの話はつまらない」と無理には言いませんでした。
問題はその人達の会話です。それを聞いていて、ビックリしました。
田中芳樹の言う事を、調べもせずに真実と思い込んでいるのです。
このページでも作家の及ぼす影響力について触れていましたが、
僕もその意見について全くその通りだと思います。
例えば、ナサの撮った月面着陸の写真について竜堂兄弟が
(誰かは忘れましたが)
「月面でアメリカの国旗が立っているのは変だ。
ここから分かるように月には大気と水がある」
みたいな事を言ってました。
これを僕の知人達は鵜呑みにして「ナサの陰謀」なるものについて
熱く語りあっていました。
確か、ナサが、あの国旗は最初から周りに金具をつけておいてあって、それであのような状態で写っている、みたいな事を発表している、
と何処かの本に書いてあった記憶があります。
僕は調べていないので、真偽の程は分からないのですけど、
知人達は田中芳樹は嘘をつかないという暗示にでもかかっているようで、
僕が「せめて自分で少し調べれば?」
といっても耳を貸してくれませんでした。困ったものです。
僕は別に、田中芳樹の本を読む人全員に中国について詳しく知ってくれ、
なんて言うつもりはないのですけど、せめて
事の真偽くらいは確かめる人になって欲しい、と思いました。
(そんな事言っても、僕も調べてないんですけど(笑))
そして、こんなに大きい影響力のある田中芳樹には、
もう少しこのホームページに書かれている事などについて
考慮して欲しいと思いました。
ここは説得力もあり、熱い方々もそろっているいいページみたいなので、
知人達にも教えてみて、少しは真実を知ってもらいたいと思いました。
みなさん、これからも頑張って下さいね。
僕は知識も無いし、意見も出しにくいのですが、
出来るだけ頑張っていこうと思うので、よろしくお願いします。
駄文、乱文、失礼しました。
- 親記事No.859スレッドの返信投稿
- board3 - No.860
Re: 初めまして
- 投稿者:日傘
- 2001年03月18日(日) 18時05分
初めまして。日傘と申します。
>
> 例えば、ナサの撮った月面着陸の写真について竜堂兄弟が
> (誰かは忘れましたが)
> 「月面でアメリカの国旗が立っているのは変だ。
> ここから分かるように月には大気と水がある」
> みたいな事を言ってました。
> これを僕の知人達は鵜呑みにして「ナサの陰謀」なるものについて
> 熱く語りあっていました。
> 確か、ナサが、あの国旗は最初から周りに金具をつけておいてあって、それであのような状態で写っている、みたいな事を発表している、
> と何処かの本に書いてあった記憶があります。
> 僕は調べていないので、真偽の程は分からないのですけど、
> 知人達は田中芳樹は嘘をつかないという暗示にでもかかっているようで、
> 僕が「せめて自分で少し調べれば?」
> といっても耳を貸してくれませんでした。困ったものです。
件の場面が出てくる8巻刊行時、ちょうど私も高校生でした。仙界が登場してからいまいち乗り切れず、このあたりも「嘘やろ~?」てな感じで読み飛ばしていたような記憶が・・・
田中氏の作家としての自覚やモラルが欠けているのは明白ですが、ここのところは「信じる方が悪い」のではないでしょうか? 結局は読者の自己責任の範疇ですから。ゴー宣、トンデモシリーズ、そして田中作品で何度も繰り返された、「自分で調べろ、全てを疑え」に従えば、いつかお友達も気づくだろうと思います。人間なんて懐疑なくしては進歩が無い動物ですからね。
これは自戒も込めて書くのですが、田中氏に対する懐疑が田中否定に繋がらないように。常に論理的な懐疑を心がけたいものです。
- 親記事No.844スレッドの返信投稿
- board3 - No.861
Re^3: ベストセラーを置くか、貴重な基礎資料を置くか
- 投稿者:オズマ
- 2001年03月18日(日) 18時35分
てんてんDWPさんご意見ありがとうございます。
少し遅れてしまいました
が、コメントさせてもらいます。
> 以下、私は図書館学を知りませんから勝手な想像ですが・・・
>
> もともと図書館が「文化施設」、もっと言っちゃうと「教育施設」として設けられたんじゃないでしょうか。
> 「非営利組織である以上、万人に受ける本を置くのではなく、文化的教育的な図書を置くべきである」みたいなのが根底にあったのが1960年代以前。
> しかし、1970年代になると「誰も利用しない文化施設」に対する存在意義が問われるようになり、大衆のニーズに沿った図書
「も」置くべきだ、という具合に変わってきたんだと思います。
この
辺は微妙なんですよね。
私が理解しているところでは、てんてんDWPさん
が言われているように、図書館は教育施設であることは間違いありません。し
かし、時代によってその教育の内容が違いというんでしょうか、かつての図書
館界では、図書館はそれこそ堅い意味での教育施設と取られていたと思います
。
では現在はというと、図書館、博物館、公民館の三つが市民の生涯教育
の場であるということがよく言われているように、図書館はまぎれもなく教育
施設なのです。例えば公民会主催の催し物(映画上映や、簡単なスポーツ大会
など)も生涯教育の一環とされています。このように、公民館の催し物や、図
書館でベストセラーを貸し出すことも、市民の教育なのです。映画上映は文化
的だし、スポーツは健全な心身を作るし、ベストセラーは読書傾向を強める、
といったところでしょうか(笑)。
> この転換の背景には「大衆ニーズに沿った本を読んでもらえば、そのついでに他の本も読むようになる
かも知れない」というのがあると思います。
> もちろん「本離れ」を防ぐ防波堤としての図書館も求められたのでしょう。
> パソコンでもなんでもそうですが、「とりあえず簡単なものでもいいから使ってもらえ」ば
、「そのうち複雑なのも使ってくれるかも知れない」ですから。
そうですね、もちろんそういう意図もあると思います。
でも、「大衆ニーズに
合わせる」ことこそが基本じゃないかと私は思っています。図書館サービスは
、国の市民に対するサービスですから。
私の図書館学の師匠が、「大
衆ニーズに合わせるだけでは、商売でやっている貸し本屋と同じだ」という反
対者からの意見に対して答えました。貸し本屋は商売でやっており、客の利用
するものをよくそろえているから、「貸し本屋と同じだといわれることこそ本
望だ」と。
ちなみに、その先生は日本でも有数の利用実績を持つある図書
館にいたことがあり、実績からいって、その言葉には含蓄があります。
余談ですが、最初にその先生の教えを受けたときそのあまりの独断ぶりに少
々引いてしまったことを覚えています。田中芳樹と似ているかもしんない(笑)
。
ただ、その先生は理論はもちろん、実践に基づく実績が有るから、決し
て嫌悪感は抱きませんでした。少なくとも理解はできました。
> 1980年代の思想というのはそういう状況を外から見て「文化教育施設
である図書館が大衆に迎合するとは何事だ」とか、「利用者数を増やすという
商業主義に汚染されている」みたいな(笑)発想から生まれたんじゃないです
かね。
いやいや、もしかしたら単に地方行政の財政難からどうにかし
て教育方面の費用を削りたい当局が、てんてんDWPさんの言うような大義名分
を引っ張ってきたというだけかもしれませんよ。
日本は先進国で最も財政
における文化費の割合が低い国だそうですから(笑)。
では失礼します
。
-
- board3 - No.862
お勧めサイト
- 投稿者:優馬
- 2001年03月18日(日) 19時49分
優馬です。
絶対のお勧めHPです。
ttp://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/tamasiitop/robotyuugoku/robotyuugoku.htm
(長いURLですみません・・・。画像こみなのでちょっと重いかも。)
警告! 上記サイト閲覧の際には、お茶・コーヒー等飲料を絶対に口中に入れておかないこと。貴パソコンに対する深刻な被害をもたらす可能性があります。
- 親記事No.844スレッドの返信投稿
- board3 - No.863
Re^4: ベストセラーを置くか、貴重な基礎資料を置くか
- 投稿者:優馬
- 2001年03月18日(日) 20時29分
優馬です。
> 私の図書館学の師匠が、「大
> 衆ニーズに合わせるだけでは、商売でやっている貸し本屋と同じだ」という反
> 対者からの意見に対して答えました。貸し本屋は商売でやっており、客の利用
> するものをよくそろえているから、「貸し本屋と同じだといわれることこそ本
> 望だ」と。
> ちなみに、その先生は日本でも有数の利用実績を持つある図書
> 館にいたことがあり、実績からいって、その言葉には含蓄があります。
素晴らしい先生に教わっていらっしゃいますね。
多くの図書館が「お上」意識から抜け出せず、利用者ニーズに応える努力を怠っている現状では光ります。
ただ、たぶん先生もわかっておられるとは思いますが、「顕在化したニーズ」に応えるばかりが行政の仕事ではありません。お客様自身が、自分の真のニーズを知らないことだってある。図書館の場合、地域の知的インフラとして、あるいはコミュニティの核として、それぞれのミッションがあると思います。その使命の達成に向けて図書の選考も考えられるべきです。そのへんの戦略的思考のない「ベストセラー揃え」は、やはり大衆迎合だと思います。
サイトの趣旨とはずれてきていますので、これ以上の議論はメールでいただけませんでしょうか。では。
- 親記事No.862スレッドの返信投稿
- board3 - No.864
Re: お勧めサイト
- 投稿者:小村損三郎
- 2001年03月19日(月) 13時58分
各所で話題沸騰の「先行者」ですね(笑)。
僕はあの顔が結構好きです。
そういえば『鉄甲巨兵SOME-LINE』という吉岡平のくだらない(でも面白い)小説にズバリ『岳飛』という名の中国製のロボットが登場してます。
- 親記事No.833スレッドの返信投稿
- board3 - No.865
遅くなりましたがちょっと修正
- 投稿者:本ページ管理人
- 2001年03月19日(月) 14時29分
> 前は画面をスクロールしなくてもすぐ掲示板にいけたのにそれができなくなったからちょっと使いづらくなりましたね。
> できれば直してくれるとありがたいんですが。
> まあ、今のままでも特に困るわけじゃないんで無理ならそれでいいです。
確かに私も使いづらいと感じました。
ご意見ありがとうございました。
- 親記事No.517スレッドの返信投稿
- board3 - No.866
Re^2: 宇宙船による宇宙戦
- 投稿者:h_taka
- 2001年03月20日(火) 07時25分
> はじめまして H_Takaさん 別の考え方を申し上げます。
TAKAさんレスありがとうございます、h_takaです。
(う~ん、紛らわしいな。ハンドルを変えた方がいいのかな?)
> FTL 超光速通信があること自体SFというのは矛盾なんですが・・
> まぁこれがあるとすれば、ワープする前の艦隊を発見できるセンサー
> (電波を用いるレーダーではないでしょうが・・)が可能かもしれません。
私もここには少し引っかかってました。
FTLを応用したレンジが光年単位(少なくとも1ワープ分以上)の索敵手段が存在した場合私の「すれ違い」は成立しませんね。
たとえすれ違ったとしてもすぐに追撃すればいいわけですから…
また、作中での描写を見ると明示はされてませんがワープとワープの間には
ある程度のインターバルが必要みたいないなので、敵がこちらの索敵範囲内に
現れたらすぐに、そこにワープしていけば敵にワープで逃げられることは
なくなります。
「FTLは送信機と受信機の間に亜空間のチャンネルを開いているのでその間の空間に
干渉されず超光速通信が可能。よってその間にあるモノの索敵などには使えない」
と言う強弁は可能か?(笑)
> 銀英伝はそこまで発展しそこねているのかな・・?でもFTLがあって
> ほぼ数十光年をリアルタイムで会話しているのなら数十光年先の敵艦隊
> を発見することも可能だと考えられます。でもそうなればFTLの回線を用いて
> レーザーなど高出力エネルギーを送り込むのも理論上可能なはずですが・・
FTLがどういう原理で光年単位のリアルタイム通信を実現しているのかが作中で明示されていない(恐らく作者も考えていない(^^;)ので理論上可能かどうかは分かりかねますが、ワープ機関を内蔵した無人艦を特攻させる「ワープミサイル」みたいなモノはあってもおかしくないかもしれません。
作中でワープアウトは時空震(だったかな?)を観測することで感知可能なのでこの場合も「ワープイン/アウトは静止状態でないと行えない」などと言う制約があると使い物になりませんが…
(ワープアウトした次の瞬間には撃墜されているでしょう)
余談ですが、「野望円舞曲」や「地球連邦の興亡」(佐藤大輔)ではこのワープ問題を避けるためか宇宙船単体ではワープさせず、「宙峡」や「ハイゲート」を使うようになってますね。
(原理が使っている本人たちにも謎なあたりも一緒、海外SFか何かに元ネタがあるのかな?それともパクリ?)
- 親記事No.517スレッドの返信投稿
- board3 - No.867
Re^3: 宇宙船による宇宙戦
- 投稿者:TAKA
- 2001年03月20日(火) 11時11分
> TAKAさんレスありがとうございます、h_takaです。
どうもこんにちわ!SF愛好家ぶっているTAKAです。SFは好きなんですけど、
科学的な可能性も大好きなんで・色々屁理屈をこきますが・・ご愛好の
ほどを・・
> 「FTLは送信機と受信機の間に亜空間のチャンネルを開いているのでその間の空間に
> 干渉されず超光速通信が可能。よってその間にあるモノの索敵などには使えない」
> と言う強弁は可能か?(笑)
フェーズドアレイレーダーのように何万個もの亜空間レーダーを集めてそれを直線距離で物差しの目盛りのように区切って探索するってのはどうか?さらにそれを回転させる・・(技術が可能か不可能化を無視するってのは楽で気持ちがいいなぁ、実際は空間が虫食い状態になって安全に航行できない・・(笑))
亜空間に突入するのに際して、ブラックホールを用いた歪曲点というのが
定番なんでいちいち穴をあけていたら宇宙空間はぼろぼろ・ビッグバンを早める結果となろうに・・
> FTLがどういう原理で光年単位のリアルタイム通信を実現しているのかが作中で明示されていない(恐らく作者も考えていない(^^;)ので理論上可能かどうかは分かりかねますが、ワープ機関を内蔵した無人艦を特攻させる「ワープミサイル」みたいなモノはあってもおかしくないかもしれません。
これがあれば光速の99.9・・・・%まで速度を上げ、質量を惑星並に大きくさせてワープさせてイゼルローンに突入させれば(別にイゼルローンでなくてもハイネセンでもいい)現代の核兵器並みの威力になる。・・話が成立しなくなる・・なんてこったい。(笑)
SFで科学的考証というのは意味があるようで無意味。でもね夢を語るのには現実的な考証(こじつけ)というのは必要だしなぁ・難しいですなぁ。
ハイゲートというのは空間の中にあるワームホールだと思うのですがいかがでしょうか??クラインの壷的な感じかもね・・
話はそれてかごめ、かごめ、の唄のなかで後ろの正面だれだぁという詩がありますが・これってメビウスリングだよね・・後ろの正面というのは裏でもあり表でもある物・・メビウスリングだよなぁ・
夜明けの晩に鶴(千年)と亀(万年)が滑った・というのは時間がずれた・・と解釈したら、ワープ航法の基礎が述べられていたりする・・(笑) 昔の童謡ってすごい・(笑)
- 親記事No.859スレッドの返信投稿
- board3 - No.868
Re^2: 初めまして
- 投稿者:孤単
- 2001年03月20日(火) 15時06分
日傘さん初めまして。
そしてアドバイスありがとうございます。
確かに「田中氏に対する懐疑が田中否定に繋がらないように、
常に論理的な懐疑を心がけたい」というのは特にその通りですね。
僕は田中作品好きですし、田中氏否定、という気はありません。
というか、田中氏の読み物は好きな方が多いので。
ただ、あの部分等、少し気になっただけです。
ただ、ここのページでの皆さんの主張も一理あるな、と思うのも事実です。
日傘さんの意見も参考に、これから
ゆっくりと僕なりの考えをまとめていこうと思います。
それが何になる、と言われたら、一つの価値観にしかならないですが、
僕はそれをとても大事なものだと思ってるので。
最後にもう一度、日傘さんありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
-
- board3 - No.869
はじめまして
- 投稿者:N.M
- 2001年03月20日(火) 22時12分
はじめまして(書き方がよくわからないんです)
私は田中氏が好きですし、このサイトの意見にも大賛成なんですけど、やはりとも
に与することはできそうにありません。以下かなり長くなるのですがご容赦下さ
い。
私はちょっと思ったことをを(おおざっぱにですが)分類して、論じさせてもらお
うと思いますが、重なる部分もかなり多いと思うのでやはりご容赦下さい(偉そうで
ゴメンナサイ)。
1、小説について
このサイトで槍玉に挙げられているのは、創竜伝が小説の形で(極端な)社会評論
を論じている、さらにいえばその社会評論が小説の形式を無茶苦茶あるいは責任転嫁
している、ということですよね。では、本来小説とはどうあるべきなのでしょうか?
例えば同じ作家である三島由紀夫と田中芳樹とは何が違い、何が同じなのでしょう
(ホントは比較してはいけない気がするんだけど)。この答えはなかなか難しい。と
いうのも小説は「何をどのように書いてもよい(by森鴎外)」ので、形式という点
は体系的に無視されるからです。ミステリー、大衆小説、筒井康隆の実験小説、擬古
文、官能小説、(そこらの?)インタアネット・ノベル、すべて小説であると主張す
ることが(一応は)可能ですよね。無論、創竜伝もしかりだと私は思います。そして
これらはおしなべて日本語で書かれているということで共通しています。つまり、言
葉です。
多少はずれるのですが、人間を「言語内存在」と定義した哲学者がいました(誰
だったけかな?)。私たちは内面の想念を「言葉(ここでは、表情とか文章も含む広
義の)」によって他者に示します。内在しているものを私たちは外在化しなければ
メッセージを伝えられませんね。外在化は必然的に聞き手へ影響するものですから、
管理人さんのおっしゃられるように権力を持ちます。ただし、この権力は優位とか劣
等とかそういうガチガチなものではなくて、他者に自分の話を「聞かせる」力です。
逆に影響力=権力が定義されるなら、内面の想念に一定の価値を付与する必要があり
ます。支離滅裂の想いを表現しても、他人から不快におもわれるだけでしょう。
さて、そうするとこの拙文を含めて「表現・言葉」というものは一切権力を持つこ
とになり、直接的なマスメディアを除けば小説はそのなかでも最高度の権力を保有す
ることは言うまでもないのではないでしょうか。哲学書、思想書が売れず、小説や漫
画が代わって台頭しているのならなおさらだと思います。小説は価値の提示です。ど
んなに低劣な本でも価値を示しています、というか示さざるを得ません。だって作品
は作家の感性で書かれているんだから。
そして作家というのは価値を売却して、生活している人たちなんだと思うわけです
ね、はい。
話を三島由紀夫(よしりんでもいいんだけど)と田中芳樹にもどして考えてみま
しょうか。両者は表現者です。私たち一般人は、無責任というわけではないけれども
ある程度の言葉の自由を許されるはずです。しかし、言葉で金取っているやつが責任
をとらないのは許されません。私たちは「私は明日自殺する」といって自殺しなくて
もうそつき呼ばわりされるだけですが、「私は自殺する」といって、それを聞かせた
人間から金と慈悲をとって自殺しなかったら問題ですよね。プロとはそういうもので
しょう。
三島にしろよしりんにしろ表現者として価値を提示する重大性を認識しています
が、田中氏には欠けています。皆さんは「田中芳樹は社会評論を「フィクション」に
して逃げている」と指摘していらっしゃいます。しかし、たとえフィクションだろう
がノンフィクションだろうがそんなことはどうでもいいことで、表現する者としての
自覚の無さが問題なのではないでしょうか?そういった自覚が無いのなら文章を書く
ことを放棄すべきです。
2、責任の所在
よくこのサイトに批判的な人が「読まない自由」というのを行使するだけでいい
じゃないか、とおっしゃっているのをお見かけしたことがあります。あんなルサンチ
マンに満ちた「創竜伝」を見る必要なんかない(言葉が悪くてごめん)、とおっしゃ
る。
私の意見としては、「人にあの本は読ませたくない」と思っています。言うまでも
ありませんが、これは極めてファシズム的な思想と結びつきやすいのでしょう。しか
しそれでもなお、やはり私は強くそう思うのです。ここでも各所に散見しましたが別
に創竜伝が左傾化していようが右傾化していようが私も構わないと思っています。問
題はそのあまりのもイージーな手法なのでしょう。かつての私もそうでしたし、今な
お私の周囲には数多くそう言った信仰者がいます(特に男子に多いのですが)。道徳
という言葉はあまりにも恣意的に曲げられやすく、虐殺を正当化する為に使われ、お
のおの自らのそれが正しいのだと思っています。しかしそうことを承知した上で私は
道徳的に悲しい。
もちろん、田中先生の書く権利を奪うつもりはないけれども、せめて出版社や編集
部が本来その役割を担うべきではないでしょうか?その商業主義も持ちつつ、文化
(というのはオーバーかな)や公共に触れていることをもう少し知ったほうがよいの
では。そういった意味ではここは貴重ですよね(ま、あたりまえのことか・・・)。
3、インターネットの公共性について
誰かが「インターネットとう公共の場で云々」とおっしゃっていました。しかし、
私はインターネットの公共性に関して非常に懐疑的です。インターネットの最大の特
徴といえば、秘匿性というやつでしょう。名前を出さずに意見を述べる、つまり責任
を徹底的に忌避できるわけです。これは果たして公共といえるのでしょうか?私には
疑問です。公共とは恐らく「他人と折衝(その折衝は責任をともわねばならない)の
内につくられる場」だと考えるからです。その意味でインターネットはあくまで個人
の位相にあるのではないでしょうか?嫌になればいつでも逃走可能ですからね。
なるほど、管理人さんは本名を公開していますよね。でも、他の人はそうではあり
ません。このサイトが管理人さんだけで作られたものなら正当な意見だと思います。
しかし、匿名の個人がよってたかって田中芳樹を(勿論、彼は攻撃されてしかるべき
でしょうが)撃って撃って撃ちまくっています。自分たちの正論で田中芳樹を切りつ
けています。責任のない言葉は易しいのではないでしょうか。
これでは創竜伝同様、このサイトも自慰的集団と謗られても文句は言えないのでは
ないでしょうか?
おわり
あんまり怒らないで下さいね。
- 親記事No.869スレッドの返信投稿
- board3 - No.870
Re: はじめまして
- 投稿者:恵
- 2001年03月21日(水) 04時49分
> はじめまして(書き方がよくわからないんです)
はじめまして、N.Mさん。
> 私は田中氏が好きですし、このサイトの意見にも大賛成なんですけど、やはりとも
> に与することはできそうにありません。以下かなり長くなるのですがご容赦下さ
> い。
さて、N.Mさんは「賛同はするけど、わたしたちとは相容れない」ということですが、ちょっとわたしが思ったこと言わせていただきます。
まず1.についてですが、小説として田中氏がどのような手法を用いて書くかは、確かにN.Mさんのおっしゃる通り自由だと思います。でも、このサイトで(創竜伝が)批判されているのは、不必要な社会評論によって小説としての構成や設定が破綻しているばかりか、それが作品をつまらなくしている、という点です。わたしたちは、田中氏の社会評論を用いることを小説の手法として否定しているわけではありませし、つい最近、「ではなぜ創竜伝は人気があるのか?」を考えられる様々な要因を分析し、多くの人々と熱く議論したばかりなんです。もちろん、論理的な批判を目指し、安易な否定などはしていないつもりなんですけどもね(^-^;)。
2.ついては、おおむね同感です。
そして、3.ですが、
> 3、インターネットの公共性について
> 誰かが「インターネットとう公共の場で云々」とおっしゃっていました。
申し訳ありませんが、ここは重要な部分だと思うので正確な引用をお願いします。わたしの記憶ではインターネットの公共性を議論したログはなかったと思います。それに近い言葉としては、以前、“ジャコーさん”という方が発言されたことについて、優馬さんが「公開の場としての礼儀に欠けます」という趣旨の発言をされたことがあったと思います。(わたし自身も、その後、自戒の意味で引用させてもらった憶えもあるのですけど(^-^;;)
「公共性」と「公開の場」では、意味することがまったく違います。インターネット上の掲示板では、極端な話、世界中の不特定多数のいろんな人々がアクセス可能です。そこでは、最低限のモラルや礼儀は必要になることは明白で、それをご指摘された発言なんですよ。
>責任のない言葉は易しいのではないでしょうか。
> これでは創竜伝同様、このサイトも自慰的集団と謗られても文句は言えないのでは
> ないでしょうか?
なるほど、N.Mさんは管理人さん以外の人はハンドルネームということに疑問を感じておられるようですが、多くの常連さんはみな、ちゃんと個人アドレスも公開されています。別に匿名で無責任かつ好き放題に悪口を言っているわけではありません。アドレスを公開するということは、自分の発言に責任を持つ覚悟は、一人一人が持っているということです。
これは、わたし個人の事情ですが、姓を名乗っていないだけで、ハンドルネームの「恵」というのは本名です。ただ、それこそここが「公開の場」である以上、姓名・住所・電話番号etc.の個人情報を公開することはすごくリスクのある行為だと思います。ですから、納得のいかないわたしの主張はメールでも受け付ける覚悟はちゃんとあります。ただ、それ以上のことはしかねますけど。だって、普通は作家さんだって自分のアドレスを公開なんてしないでしょう?それどころか、ハンドルネームを言及し始めたら、作家さんのペンネームだっていわばN.Mさんのおっしゃる「匿名」に近いものがあると思うのですけど(笑)。
> これでは創竜伝同様、このサイトも自慰的集団と謗られても文句は言えないのでは
> ないでしょうか?
上記の理由で、反論は大いにあります。わたしは、掲示板でも個人メールでも責任を持って発言しているつもりです。ですから、論理的に批判している行為を「自慰的集団」などと謗られるのはものすごく心外です。
>あんまり怒らないでくださいね。
それはないんじゃないんですか?
わたしを含む、この掲示板の人々を「自慰的集団では?」とまで投げかけておいて、「怒らないでくださいね」と自分でフォローするなんて。ここが「自慰的集団」ではないことを、拙いながらも証明しているつもりなので、少なくともわたしは怒ってるんですよ、N.Mさん!(`-´)