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- board2 - No.132
Re: 私の創竜伝考察24
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年10月14日(木) 09時14分
>世の中には信じられないほどおせっかいな連中がいて、呼ばれもしないのに他人の家にはいりこみ、寝ている人をたたき起こしてナイフをつきつけ、「お前の性根をたたきなおしてやる」というのだ。
> この種の狂人は、権力の内にも外にもいる。権力を持たないときは、自分とちがう考えを持つ人に脅迫状を送ったり、いやがらせ電話をかけたりする。権力を持つと、言論を弾圧し、本を焼き、反対派を無実の罪で処刑し、新聞や雑誌を廃刊させる。
> 「そういったやりくちが牛種の文明の毒だとすると、それに染まった人間はいくらでもいるな……」
> 考えると、いやな気分である。
> 地球上には六〇億の人間がいる。その全員が同じ顔をしているというありさまを想像すると、誰でも気味悪くなるだろう。また、「全員を同じ顔にしてやれ」とたくらむ者はいないだろう。ところが、こと思想や信仰や価値観ということになると、「全員を同じにしてやれ」と考える者が、けっこういるのだ。自分と違う考えを持つ者がこの世に存在することが、彼らは許せないのである。
> このような「牛種の尻尾」たちが、一冊の本を読んだとする。内容が気にいらなければ、読むのをやめればいいのだが、彼らはそうしない。彼らは著者に、書くのをやめさせようとする。あるいは出版社に、本を刊行するのをやめさせようとする。自分の「読まない自由」を守るのではなく、他人の「書く自由」を侵害する。そして当人は、それを正義だと信じこんでいる。「正義病」の患者であり、狂信的・反社会的な宗教団体の信者にしばしば見出される。むろん、盗作したり他人の著作権を侵害したりするのは言論の自由ではありえない。>
あらゆる思想は認められ、思想の違いによる弾圧は絶対やめさせるべき! その言や良し!
それでは他国の教科書に口を挟んでくるような某国を、まずセンセは批判するべきですな。「アウシュビッツは無かった」でマルコポーロを廃刊に追い込んだユダヤ人団体も批判。差別摘発運動の人権団体も批判。「我が闘争」を発禁にするドイツはけしからん。ネオナチを非合法化するなど思想の自由に対する重大な侵害である…etcetc…
大体「むろん、盗作したり他人の著作権を侵害したりするのは言論の自由ではありえない」だって一つの正義じゃないですか。これが正義を定義する真理だとするなら、それは何を根拠に!?(私は著作権がイカンといっているわけではないですよ。念為)
人間は正義に対して完全に相対的ではいられない、という自覚がない人がもっとも重症な「正義病」の患者になるんです。これはいい症例ですね。
> 中国ものを書くときに中国の文物を片っ端から「盗作」しているのはどこのどいつでしょうか(笑)。私は「パクリ=模倣」と定義していますから、パクリ元もパクリネタもそれなりに評価するようにしていますけど、田中芳樹が書いている「三宝太監西洋記→鄭和伝」や「説岳全伝→岳飛伝」などは「パクリ」ではなく立派な「盗作」であり、一種の著作権侵害ではありませんか。また、「隋唐演義」や「中国帝王図」などは、元ネタになった参考文献や著者名を全く挙げておらず、まるで自分のオリジナル作品であるかのように書いていますので、これも「盗作」と言われても仕方がないようなシロモノです(以下、宣和堂さんのHP「田中芳樹・7つの大罪」より)。
古典に関しては著作権が消滅していますので、法的には問題無いですけど(「中国帝王図」はヤバげかも)、道義的な問題は別ですからね。むしろ、えらそうに説教している立場上、道義的な問題の方が重要かも知れません。
> P69下段~P70上段
> <フォードもライト兄弟も、人の世を進歩させるという高い目標を持ち、努力をかさね、工夫をこらし、血と汗と涙の末に、自動車を走らせ、飛行機を完成させた。偉大な仕事をなしとげたのだ。
> そしてその結果はどうだろう。自動車による事故で、日本だけでも一年間に一万人以上の人が死亡している。飛行機は軍事に転用され、「戦略爆撃」という名で非武装市民を爆殺することが正当化された。多くの科学者が無限エネルギーの夢を追った原子力は、まず兵器として使用され、多くの人命を奪った。平和利用されるようになってからも、事故によって大気と大地を汚染し、放射能のゴミを生みだし、完全処理する方法は発見されていない。
> 機械技術文明には最初から罠が仕掛けられていたのではないか、始はこのごろ思うのだ。努力、創意工夫、向上心、勤勉さ、知識欲、それら美点のすべてが、いま人類自身の生存をおびやかしつつあるようだ。それと気づいても、やめることができない。自動車も電気もない生活にもどることはできないのだ。ではどうすればよいか……。>
70年代くらいまでは「原発は社会主義国では利潤追求の必要がないから公害が出ず有用だ」という意見が左で結構ありましたから、そういう「代案」や「将来性のあるビジョン」に比べたらマシだと思いますね。もっともその手の幻想が徹底的に破壊された故にこう書かざるを得なかったのでしょうが。
ところで、中国古典をテーマにしている創竜伝ですが、黄帝の知恵袋である蒼ケツ(ケツは「吉頁」という字)の寓話は知っているのかな? ここにこの問題のすべての始まりが提示されているのですが(鬼哭啾啾-きこくしゅうしゅう-という故事です)
> 日本に議会制度が導入されてからもう一〇〇年以上もたつのに、まだそんな反応しか示さない人たちこそが、首相の権力をささえてくれるのである。
このような批判をする前提として、
1.このような民衆に依拠する民主主義という制度は原理的欠陥を抱えている
2.このような思想を持って保守党を支える民衆は愚民である
のいずれかの認識が必要ですよね。で、一体何をどうしたいのでしょうか?
> 「小説を書く作家もいる、とか、試合に出るプロ野球選手もいる、とかいう表現をしますか。しやしませんよ。当然の職業上の義務ですからね。政治家だけがその義務を果たさなくていいわけがありません」
> あと余談ですが、
> 「小説を書く作家もいる」
> という文言は、そっくりそのまま「とうちゃん」に返すべき言葉でしょうね(笑)。
わはははは! そういえばこんなのもありましたねぇ。
>それに「友だちなんてもともといませんよ」と平気で言ってのける彼らは、インドや東南アジア・トルコなどの「親日国家」についてはどう考えているのでしょうね
余談ですが、私は以前トルコを旅行したとき、日本人だということでレストランでデザートをおごってもらったことがあります(笑)。
- 親記事No.105スレッドの返信投稿
- board2 - No.135
Re:125
- 投稿者:キャヴェンディッシュ
- 1999年10月14日(木) 09時39分
> 必要なら田中氏へのお詫びも書きますよ。
それをお決めになるのは新Q太郎さんご本人でしょう?
新Q太郎さんご本人か、田中氏ご本人以外には『謝罪すべきかどうか』
という問題に関与する権利はないと思うのですが。
更に言わせていただくなら、『必要だから』謝罪する、
というのは少し違うのではありませんか?
新Q太郎さんが氏に対して失礼なことをしてしまった、
申し訳ない、とお思いになるのであれば謝罪なさればよろしいのですし、
そうお思いにならないのであれば形の上でだけ謝罪しても無意味です。
新Q太郎さんが、人から
『謝罪が必要だと思ったから謝ります』
と言われたらどう思われますか?
もし俺が新Q太郎さんの肉体的特徴を揶揄する発言をしたとして、
(しかも公的な場で)その発言を
『面白くて気に入ってるから』
という理由でそのままにしておかれ、
まったく関係のない他人から指摘があった時点で
ようやく『必要だから』という理由で
謝罪されたとしたら、どんなお気持ちですか?
それから、新Q太郎さんの文の中に
『ま、「小説だったら許される」ってことで(笑)。』
という一文がありましたよね?
なるほど、確かに田中氏には『小説である』ということを逃げ口上として
利用している一面があります。
ですが、田中氏を批判される方が、氏のやり口を真似られる、
というのはいかがなものでしょう?
田中氏が『小説だから』を言いわけとしているように、
『田中芳樹もやってる事だから』
を言いわけとしているように感じられてしまうのですが。
まあ、それは新Q太郎さんに限らず、
このサイト全体に雰囲気として感じられることでもありますが。
> ただねえ、その上の、或る人が書いた「著者>近影ごとに云々、キャラクターが死ぬ前にそっ>ちが…」というのは「遅筆」という行動への風>刺としてありうると思うので残してほしい。
なるほど、確かにこういう風刺もありうるかもしれませんね。
そこにわざわざ本人の力ではどうにもならない
頭髪のことを持ち出す必要があるのか、
という点には疑問が残りますが。
それから、この文に関しても『残すかどうか』を決めるのは俺ではなくて、
あくまで管理人さんか書きこみをされた方でしょう?
俺にはそこに関与する権利はありませんので。
- 親記事No.105スレッドの返信投稿
- board2 - No.136
Re:125
- 投稿者:新Q太郎
- 1999年10月14日(木) 20時22分
> それをお決めになるのは新Q太郎さんご本人でしょう?
この場合の「必要」とは、削除の方式にもいろいろあり、完全にその跡を消したほうがよい場合もあれば石井氏のように文章自体は残す場合のような形もある、その中で、方式の一つとして「お詫び」(という形で、こういう文章があったがこういう事で削除した)
ということを書いておく形式もあるが必要ですか、どうしますか、ということです。
同じ削除でも色々な方式があるので、管理人氏と相談する、ということ。
>形の上でだけ謝罪しても無意味です。
というのとは別に、新聞・雑誌の訂正告知や謝罪広告がその”本心”とは別の次元で、形式を決定しなければならないのと同じ意味です。
> それから、新Q太郎さんの文の中に
> 『ま、「小説だったら許される」ってことで(笑)。』
> という一文がありましたよね?
> なるほど、確かに田中氏には『小説である』ということを逃げ口上として
> 利用している一面があります。
> ですが、田中氏を批判される方が、氏のやり口を真似られる、
> というのはいかがなものでしょう?
私は、こういう意味での小説に関してはこれとは別に「つまりですな、小説ならば」というのを書いております。こちらのほうが意識的に『創竜伝的」な形でのフィクション』を批判しているのですが、これについては確信を持って意味があると思っています。それがアンフェアだという部分から、構造的に「創竜伝」のおかしさを分かるようになっていると考えるので。
--------------
> それから、この文に関しても『残すかどうか』を決めるのは俺ではなくて、
> あくまで管理人さんか書きこみをされた方でしょう?
> 俺にはそこに関与する権利はありませんので。
失礼、上の「お詫び」関連にしても残す云々、削除を願う云々にしても、当然それができる「管理人」宛てです。ツリーと引用の関係で、付ける場所をミスって混乱させてしまいましたね。
- 親記事No.113スレッドの返信投稿
- board2 - No.137
公平を期すために
- 投稿者:平成の一軍人
- 1999年10月15日(金) 10時12分
> ちなみに、ベルリン陥落の時、住んでい
>る女性の50%はソ連兵に強姦されたそうで
>す。
一応言っておきますと、ソ連正規軍の暴行
略奪虐殺ぶりは御承知の通りですが、第二陣
として追及して来たNKVD(内務人民委員
部)の部隊は、正規軍の軍紀を保つために、
略奪等の非行兵は、その場で射殺するような
方法を取っていたそうです。また、正規軍の
将校の中には、部下の非行を見かねて、日本
人を救うために射殺するような例もありまし
た。
事実、このお陰で難を逃れた在留邦人は、
少なくないそうです。
史実は直視して、「敵」であっても正当な
評価をしないと、こちらに批判する資格がな
くなります。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.138
こういう話は、
- 投稿者:平成の一軍人
- 1999年10月15日(金) 10時18分
本ページ管理人さんは書きました
> >それに「友だちなんてもともといません
>よ」と平気で言ってのける彼らは、インド
>や東南アジア・トルコなどの「親日国家」
>についてはどう考えているのでしょうね
>
> 余談ですが、私は以前トルコを旅行した
>とき、日本人だということでレストランで
>デザートをおごってもらったことがありま
>す(笑)。
是非ここの部分を、自称「愛国的」自虐漫画家、エセグルメ・ブームの火付け役の雁屋哲に読ませてやりたいもんですね。
自虐謝罪を徹底しないから、国際社会に友人がなく、捕鯨問題一つとっても味方してくれる国が現れないとほざく輩に。
雁屋哲に限っては、「愛国心はごろつきの最後の隠れ蓑」(アビス)という田中芳樹の好きな台詞は当てはまりそうです。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.139
なんだここは。
- 投稿者:たかひで
- 1999年10月15日(金) 14時12分
一通り読んだけどつまらんな。右より
の人間がだべって、田中が左翼だとか
いってるだけじゃん。ヘイトサイトか。
常連もくだらなくて、同じ様なこと
ばかりだし。中国小説は無かったこと
になってるの?
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.140
Re138: こういう話は、
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年10月15日(金) 14時46分
<余談ですが、私は以前トルコを旅行したとき、日本人だということでレストランでデザートをおごってもらったことがあります(笑)。>
フィンランドでは、日露戦争の日本海海戦を完全勝利に導いた東郷平八郎を記念した「アドミラル・ビール」が現在でも販売されているとか。
また、アルゼンチンの駐日大使は、日本に赴任する際に、日本海海戦当時の連合艦隊旗艦「三笠」を表敬訪問するそうです。
これらの事跡を見て、どうやって日本を「どこからも嫌われている国」と定義できるのでしょうね。もちろん「全員に好かれる」というわけにはいきませんから、日本を嫌っている国もあるでしょうが(特にお隣の中国)、そもそも「悪口をいわれないだけの人生」がいかに無意味であるかを、田中芳樹自身がアルスラーン戦記で論じているのに、なぜ日本に対しては「誰からも好かれなければならない」などと非現実的な事を言っているのでしょうか。すこしは自分が主張した正論ぐらいきちんと守れと言いたいところなのですが。
<是非ここの部分を、自称「愛国的」自虐漫画家、エセグルメ・ブームの火付け役の雁屋哲に読ませてやりたいもんですね。
自虐謝罪を徹底しないから、国際社会に友人がなく、捕鯨問題一つとっても味方してくれる国が現れないとほざく輩に。
雁屋哲に限っては、「愛国心はごろつきの最後の隠れ蓑」(アビス)という田中芳樹の好きな台詞は当てはまりそうです。>
雁屋哲って、あの「美味しんぼ」の作者でしたっけ?
あのテのグルメマンガは私にはあまりにも高尚すぎて訳分からなかったですね(爆)。一般人がめったに(というよりも全く)口にできない高級料理のマニアックなウンチクをあれこれ言われてもねえ……。
しかもあのテのマンガの料理勝負は「味見の後攻を取った方が絶対に勝つ」という法則があったために、料理評論家が味見する段階で勝負が見えてしまうという弊害がありましたからね(笑)。
そういえば田中芳樹も「夢幻都市」で料理評論家をこき下ろしていましたが、雁屋哲はどう評価しているのかな?
ところで雁屋哲は田中芳樹に思想が近いそうですが、彼は作品中でどんな主張をしていたのでしょうか?
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.141
いくつか
- 投稿者:ドロ改
- 1999年10月15日(金) 18時10分
このサイトでは数少ない(らしい)ファンとしては、何点かについて、擁護させて頂きます
> 上記の社会評論のように、「首相の権力をささえて」いるのが「まだそんな反応しか示さない人たち」だけで構成されているというのは、よほど有権者と読者の双方を見下していないと言えることではありません。
野党に関する評価はその通りでしょうが、有権者に関するこういった田中芳樹の主張は、一面では真実です。それは、「投票率が上がると自民党が負ける」という現実と、投票率の上昇を忌諱するような発言をする議員の存在を上げれば十分では無いかと思います。実際、自民等の主な支持基盤は地縁血縁で結果の決まる農村部ですし。
>続の態度
これは、前提を「仙界は既に下界に対する干渉を決定している」とすれば、無能とも言いきれません。では、何故そういった前提が成り立つか?これは、以下のように考えれば、全く不自然ではないと思います
1、仙界は中立志向だが牛種はそうでは無い(牛種による仙界侵攻の可能性)
2、前世の因縁(こうして書くと酷い設定。面白くする因子になれば文句は無いのだが…)による竜種への親近感と協力。
3、天界の政治を正道に復させる事への希望(君側の奸を撃つ)
4、以上から、牛種の勢力拡大を決定的にし、竜種復興の機を奪う地上支配の計画は阻止せねばならない
と言う前提に立てば、漢鐘離の言は竜堂兄弟を試す言葉に他成らず、ここで「悪い所もあるけど良い所も一杯…」等といえば、「悪い所の方が決定的に多い」という設定の地上を「正しく捉え」て居ない事となり、竜種は「頼むに足らない」物として協力・支援のレベルを落とさざるを得ない、と判断されたのでは無いでしょうか?私はここを読んだとき、別に疑問は感じませんでしたが。
> さらに「他国と仲よくしなきゃ生きていけないくせに、友だちをへらすようなことばかりいう」って、政治や外交を個人的道徳観で語るとはどういう神経をしているのでしょうか。「仲良くしないといけない」とか「友だち」って、軍事同盟や貿易関係にそんなものがあろうがなかろうが関係ないでしょうに。
「友達を無くす」は明らかに比喩だと思いますけど。それは置いておくとしても、例えば政治家が事実であれ何であれ、失言・放言によって相手国の国民の精神を逆なですれば、それは当然外交関係に悪影響を与え、打算的同盟関係すら危うくするでしょう。インドとの対決を目指すパキスタン軍部の軍事クーデターが、市民からはかなり受け入れられて居る事を忘れてはなりません。ですから、「友達を無くすような」発言は十分に非難に値します。相手国が民主主義国家だったりすれば、さらに決定的でしょう。
「日系人に補償金(国連への拠出金、日本に展開する米軍の費用(ほとんど自分じゃ払ってないくせに)etc)を払うくらいなら、国内の福祉に回せ」とかなり感情的なことを言った(ている)、アメリカの少なくない議員達の後ろには、そう考える国民が居た(る)のですから。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.142
>140
- 投稿者:たかひで
- 1999年10月16日(土) 02時39分
これも、かなりくだらないな。つまり
田中をだしにして左翼をたたきたいだけだろ?
正直にいえよ。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.143
Re141: いくつか
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年10月16日(土) 05時55分
<野党に関する評価はその通りでしょうが、有権者に関するこういった田中芳樹の主張は、一面では真実です。それは、「投票率が上がると自民党が負ける」という現実と、投票率の上昇を忌諱するような発言をする議員の存在を上げれば十分では無いかと思います。実際、自民等の主な支持基盤は地縁血縁で結果の決まる農村部ですし。>
申しわけありませんが、それはたとえが違うのではないでしょうか。
「投票率が上がると自民党が負ける」と言っても、それによって自民党が野党に転落した例は1993年の1回しかありません。しかもようやく与野党逆転が実現したにもかかわらず、細川内閣の失政や旧社会党の離反などで「野党は頼りにならない」ということをさらけ出してしまいました。これでは現実問題からして自民党を支持せざるをえないわけで、これを無視して国民を弾劾しても仕方がないと思いますが。自民党に「反対のための反対」ではなく「現実的な政策で対抗できる」野党がいれば、もうすこし話は変わってくるのでしょうけど。
第一、立派に民主主義的な手続きで行われている選挙で自民党を与党に選んでいる国民を指して「まだそんな反応しか示さない人たち」と貶めるというのは、田中芳樹の民主主義思想からいっても矛盾しているではありませんか。自分の思想が絶対に正しく、そうでない考えは愚かであるという思想は、民主主義というよりはファシズムの発想でしょう。そりゃ自民党だって全知全能ではない以上、現実問題としていくらかの失政はあるでしょうが、すくなくとも国民がそこまで罵倒されなければならないほどの暴政や圧政を侵しているわけではないし、現に経済的な高度成長を支えてきたという実績もあるではないですか。「政治は結果で評価される」という観点から見ても、国民が愚かな選択をしたとは思えませんが。
それに「投票率の上昇を忌諱するような発言をする議員が存在する」ということが、なぜ与党支持者が「まだそんな反応しか示さない人たち」で構成されているという結論に達するのでしょうか? 議員が投票率に関心をもつのは、それが自分の選挙当落に関係するからであって、国民の知識程度とは何の関係もありません。議員にとって、新たな支持基盤を作るのはかなり難しいことですから(政治家個人の主張と万人受けする論調というのは違うものであるため)、それで投票率が上がるのを忌避するのです。国会議員は選挙のたびに総数の3分の1ほどが「討ち死に」するそうですから、そりゃ大いに関心を持つでしょうな(^-^)。
それに田中芳樹は「与党支持者全部」を「何の留保条件も付加せずに無条件に」斬り捨て、しかも「不当なレッテル貼り」をしているのであって、「まだそんな反応しか示さない人たち」を特定して批判しているのではありません。だからこそ「与党支持者に対する貶め」であると断定せざるをえないのです。
>続の態度
創竜伝8の仙界に関する記述を見ていけば、「仙界は既に下界に対する干渉を決定している」という設定は成り立たないというのがはっきり見えてきます。それらを引用して見ましょう。
創竜伝8 P48上段~下段
<「すると崑崙にいる人たちは、全員が同じ意見ではないんですね」
「崑崙は昔の社会主義国じゃないのよ。反対の意見を持つのも、それを公然と表明するのも自由なの」
まじめくさって始はうなずいた。
「それはりっぱなことだ。で、その人たちはどうしてわれわれの訪問に反対なんだ?」
「むしろ反対論のほうが当然というべきね。地上の治乱興亡に干渉しない。それが本来、崑崙の方針だし、天界のさだめたところでもあるの。ずっとそうしてきたわ」
「地上がどんなにひどい状態になっても? ヒットラーやスターリンのような独裁者があらわれても?」
「どんなにひどい状態になっても」>
創竜伝8 P117下段~P118上段
<ようやく、神仙のひとりが発言を求めた。
「いずれの国でどのような凶事が生じようとも、この土地には無縁のこと。放っておけばよかろう」
古くは秦の始皇帝から、最近では毛沢東まで、どれほど強大な独裁者でも、次元の壁をこえて崑崙へ侵攻してくることはなかった。それは人間どもの愚かさと残忍さから来るものであり、彼らに責任があることだ。彼らが蒔いた種は、彼ら自身が刈るべきではないのか。>
創竜伝8 P118下段
<西王母は独裁者ではない。神仙たちに頭ごなしに命令することはできないのだ。仮にそのようなことをすれば、一人一党ともいうべき神仙たちは反発し、仙界は統一を失うにちがいない。>
これらの記述を見てみれば、個々の神仙はともかく、すくなくとも「仙界全体の方針としては、人界に対して不干渉を決めこんでいる」と解釈するのが自然でしょう。したがって、「仙界全体」を「人界」に干渉させるためにも「干渉反対派」の神仙を竜堂続は説得する立場にあったわけですし、漢鐘離も「干渉反対派」として対処したわけです(あの記述から「竜堂続を試していた」という解釈にはかなりの無理があります)。それであの問答だったわけですから、いかに竜堂続が「短気で粗暴で低能」だったかが御分かりいただけるでしょう。
第一、「人界」が<「悪い所の方が決定的に多い」という設定>自体間違っていると言わざるをえませんし(それはストーリー上不必要な社会評論が主張していることです)、仮にそうだったとしたらなおさら「仙界」が「人界」に干渉する理由がないではありませんか。竜堂続に対する漢鐘離の発言は当然のものであると言わなければなりません。牛種が「仙界」に実際に攻めてこない限り、彼らは平和を享受できますし、超兵器をひけらかして牛種の妖怪を撃退していたところから言っても、「自己防衛」は十分に可能なのですから。
>議員の発言
確かに議員に限らず、自分の発言には責任を持たなければならないでしょう。ですがこの場合、その発言内容を何ら検証もせず、ただ「このような発言を行う事はけしからん」と言わんばかりの「悪のレッテル貼り」になってしまっています。日本では言論は自由なのですから、発言する事自体は自由でなくてはなりません。その場合、当然発言には責任も伴いますし、発言が不当なものであれば非難されても当然ですが、「これは事実で、自分の意見の方が正しい」と思うのならば、誤解を解くために自分の論調を展開して相手を説得する事こそ、「真の友好関係」といえるものなのではないでしょうか。
それが理解できず、お隣の某国のように、他国の神経を逆撫でするようなことを言ったら議員をやめさせろと内政干渉してくる事の方がよほど「友達をなくす」行為であると思うのですが。
それに、日本人の意見だっていろいろなものがあるというのに、その議員の発言がまるで「日本人の総意」であるという「レッテルを貼る」ことこそ、田中芳樹曰く「牛種の尻尾」だと断定されても仕方がないかと思いますが。そうでないというのならば、本当に瑤姫の日本語能力には致命的な問題があると言わざるを得ないのですけど。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.145
Re139/142:何だお前は(笑)
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年10月16日(土) 06時32分
>139・142
一通り読んだけどつまらんな。ロクに反論の文章も書けない
人間がやってきて、「このサイトは右よりのヘイトサイトだ」とか
いってるだけじゃん。単なるイッチョカミか。
文章もくだらない上に短くて、同じ様な文句
ばかりだし。創竜伝の社会評論は無かったこと
になってるの?
>142
これも、かなりくだらないな。つまり
このサイトの管理人と常連一同に「右翼」とレッテルを貼りたいだけだろ?
正直にいえよ。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.146
Re143:訂正と補足
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年10月16日(土) 10時18分
P117下段~P118上段の引用文に抜けている所がありましたので、下に訂正文ともうひとつの追加文章を。
創竜伝8 P117下段~P118上段
<ようやく、神仙のひとりが発言を求めた。
「いずれの国でどのような凶事が生じようとも、この土地には無縁のこと。放っておけばよかろう」
古くは秦の始皇帝から、最近では毛沢東まで、どれほど強大な独裁者でも、次元の壁をこえて崑崙へ侵攻してくることはなかった。人界においてどれほどの血が流れようとも、それは人間どもの愚かさと残忍さから来るものであり、彼らに責任があることだ。彼らが蒔いた種は、彼ら自身が刈るべきではないのか。>
創竜伝8 P118上段~下段
<「三〇〇〇年前前、私は誤りを犯しました。公正と中立の区別をつけることができなかったのです。あのとき、中立とは責任回避と同じ意味を持っていたのに」
西王母は神仙たちのひとりひとりに語りかけるようすである。
「ただ、それはあくまでもわたしひとりの考えで、神仙がたに押しつけるつもりはありません。竜王たちをここへ招いたのは、神仙がたに圧力をかけるためではなく、彼らに自分たちの立場を納得してもらうためなのです」>
あとそれから、
<「友達を無くす」は明らかに比喩だと思いますけど>
という事に関しては、アルスラーン戦記のパルスとシンドゥラ、マヴァール年代記のザイツェル会盟の7カ国、それから銀英伝のキャラクター達が、「打算的同盟関係」を結ぶ際に決して「仲良くしよう」とか「友達」とか言わなかった事を考えてみれば、いかにマヌケな事を言っているかがお分かりいただけるでしょう。
創竜伝のキャラクターが政治を語るのならば、せめて架空歴史小説のキャラクターぐらいの認識に立ってもらわないと。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.147
Re: Re141: いくつか
- 投稿者:ドロ改
- 1999年10月16日(土) 14時56分
メアドの入れ忘れで、45分の成果が吹っ飛び、やる気が根こそぎにされたので、簡単に。
指摘個所は日本人の総体や、与党支持者全体に対する批判では無いと思います。権力基盤を支えている、と言うのは要するに投票率が伸びなければ、後援組織票によって選挙結果が決まる、と言う事実への批判でしょう。
また、地上界の滅亡は緩衝地域の消滅と「残すは仙界のみ」と言う状況の出現を意味します。牛種の戦力(含、篭絡した協力者の物)は竜種を正面から撃砕したほどですから、仙界は復活した竜種に協力せざるを得ません。
瑤姫の日本人論は感情の発露であり、また地上界より賢明と言う設定下においては、(そう思ってしまう事は)理解できるものだと思います。
- 親記事No.121スレッドの返信投稿
- board2 - No.148
Re: 田中芳樹の国家認識
- 投稿者:heinkel
- 1999年10月16日(土) 16時01分
> 銀英伝で「地球統一政府」や「銀河連邦」が成立した背景に、「国家間紛争による大いなる災厄はうんざりだ」という当時の人々の思惑があったのですから、それを無視して統一国家論を論じても仕方がないのではないかと思いますが……。国家間紛争による大被害にさらされた人達にして見れば、あの統一国家の成立は当然にして唯一の選択であったわけで、「ちょっとやそっとの民族紛争」よりも戦争をなくす事の方が優先されたわけですから。
全くその通りだと思います。ただ、ここでは銀英伝の世界設定としての「銀河連邦」が成立した背景がおかしい、と言っているのではなくて、権力が腐敗するのが必然である以上、世界政府が登場した時点で世界を統べる専制が出現するのも必然。そういう意味でも多数の国民国家が小競り合いを繰り返す世界の方がましかも、という表現で、恒星間世界の国民国家を肯定して見せたわけです。
そもそも、銀英伝世界では「銀河帝国」なる専制国家が誕生しているわけですから、先の文章ははじめから銀英伝への批評は意図していません。例えば「核戦争や異星人との接触のあとに、人類は統合されユートピア」などというスタートレックのような作品で有れば、それこそ佐藤大輔作品を引き合いに出して批評したくなりますが。
本題はそのあとの「田中氏自身もその辺はふまえてると思います」についてですが、その前に、
> それに「権力の分散=民主主義」というのは違うのではないでしょうか。
私の表現では「専制を防止する最大の手だては権力を分散すること」ですが、「専制の防止」とは「民主主義」と同じではありません。むしろ「多数者による専制」の弊害を生み出す民主制は君主制以上に専制を生み出す危険をはらんでいます。
説明するならば君主による専制すなわち、少数者による専制はその他大勢の力で是正することも可能ですが、ファシズムすなわち、多数者による専制はもはやその他の少数者では是正することが難しい。それを全世界規模に広げれば、例えばプリンスハラルドに独裁政権が誕生しても、その他の国で叩きつぶせるが、世界政府が独裁政権になっちゃったらどうしようもない。そういうことです。
というわけで、
> アメリカは大統領がかなり強大な権限を持っていますが、それではアメリカは民主主義国ではないのでしょうか。
については、アメリカは日本にくらべて民主的ではない、と思いますが逆にそこを評価します。
> 日本は有事の際に自衛隊に対してまともに命令が出せないほど首相の権限が弱いのですが、これが「理想的な民主主義」なのでしょうか。
については、「すごく民主的」だと思いますが「理想的」政治だどは思いません。アメリカ合衆国創立時の政治家たちはデモクラシーに対して大きな懐疑を抱いていて、自らの理想とする「共和政」と、「民主政」という言葉をわけて説明しています。「首相の権限」に関して言えば次のような言葉があります。
<強固にして効率的な政府を熱望する一見厳しい外見よりも、むしろ人民の諸権利を標榜するもっともらしい仮面のかげに、かえって危険な野心が潜んでいることが、同じく忘れられることになろう。歴史の教えるところでは、後者のほうが、前者よりも、専制主義を導入するのにより確実な道であった。(A.ハミルトン)>
> 民主主義も国によっていろいろなものがありますが、「権力が弱いから民主主義」という定義は当てはまらないと思います。
民主主義の言葉の意味合いが、「専制でない状態」であるならば、そのとおりです。私の理解する意味合いであれば、繰り返しになりますが、指導者の権限が弱いのは民主的だが、それは理想ではない、と思います。
> 銀英伝の民族問題については、もちろん統一国家成立当初は民族問題や民族紛争も頻発していたでしょうが、互いに統一国家の一員であるという意識を植えつける教育や、アメリカのような「国旗・国歌に忠誠を誓う」というような愛国心教育を数百年単位で行った事、それに長い年月にわたる巧妙な移民政策・民族間の混血などが、民族対立を消していったのではないかと私は考えているのですが。
まあ、かなり都合の良い解釈ではありますが(^^;;)。
余談ですが「連邦」といっても別に民族までも統合させる必要はなくて、各民族国家から軍事と外交を取り上げるだけでも十分なはずなんですけど、過去の多数のSFでおなじみの「地球連邦」では「連邦」を構成してるはずの各「邦」がどうなっているのかは不明で、完全に単一国家になってる気がします。
やっと本題に入りますが、
> 創竜伝と銀英伝以外では確かにこのような論調になっていますから、まあ田中芳樹も「国家の有用性」については認めてはいるのでしょう。
しかし創竜伝と銀英伝になると話は別で、
これについて、まず銀英伝では、ヤンというキャラクターの台詞、と受け止めてかまわないかと思います。銀英伝ではこのキャラを相対化する数多くのキャラクターが存在しますし、なにより「テロで歴史は動かない」とする当人をテロの犠牲者にするようなこともやっています。
しかし、創竜伝については・・・うーんとりあえず返す言葉はないです。あの作品はもうどんどん撃っちゃってください。
ただ、あれが田中氏の本音であるかどうかについては、私はまだ疑問を持っているところです。根拠は?と問われれば弱いですけど、例えば次の文章、
晴れた空から突然に・・・より
<「とにかく日本人て奴は、円といっしょにトラブルを持ち込んでくるなあ。困ったもんだ。ちっとは自分の国でおとなしくしてくれればいいのに」
本気でそう思っていたわけではなく、このとき警部補は何の気なしに社会派を気どってみただけのことであった。だが、実際、日本人が自分の国でおとなしくしていれば、ブリティッシュ・コロンビア州の経済は破綻してしまうのが残念な現実である。>
田中氏はこの警部補のように創竜伝で「何の気なしに社会派を気どってみただけ」である、いや、であるだろう、いや、であったらいいなー・・・。とにかく「日本に対しては明らかに「粗大ゴミ」か「有害な放射性廃棄物」扱いしている」にしてもその日本人がいなければ田中芳樹の経済は破綻してしまうのが残念な現実である。
>それに比べて、中国のあの愛情に満ちた態度は何なのだろうかと常々思うのですが。
>「軍事認識編」の援護射撃
あの新聞記事の批判対象の面々はイデオロギー故に親中国だったのでしょうが、田中氏の場合は親中国故に、ときにイデオロギッシュに見えてしまうのかもしれません。
- 親記事No.130スレッドの返信投稿
- board2 - No.149
Re: 私の創竜伝考察24
- 投稿者:heinkel
- 1999年10月17日(日) 14時11分
>フォードもライト兄弟も、人の世を進歩させるという高い目標を持ち、努力をかさね、工夫をこらし、血と汗と涙の末に、自動車を走らせ、飛行機を完成させた。偉大な仕事をなしとげたのだ。
そしてその結果はどうだろう。自動車による事故で、日本だけでも一年間に一万人以上の人が死亡している。飛行機は軍事に転用され、「戦略爆撃」という名で非武装市民を爆殺することが正当化された。
ライト兄弟についての指摘は、すでに誰かがしていたとは思いますが、一応蛇足。
宮崎駿「空のいけにえ」(サン=テグジュペリ「人間の土地」あとがき)より
<空を飛びたいという人類の夢は、必ずしも平和なものではなく、当初から軍事目的と結びついていた。19世紀に、既に飛行機械は無敵の新兵器として空想科学小説に定着されていたし、実際にライト兄弟は陸軍への売込みに熱心し、硬式飛行船の発明家ツェッペリン伯爵が夢見たのは、敵の心臓部に爆弾の雨を降らす空中艦隊の建設だった。>
ついでに、同じ本から別の文を引用。
<自分の職業はアニメーションの映画作りだが、冒険活劇を作るために四苦八苦して悪人を作り、そいつを倒してカタルシスを得なければならないとしたら、最低の職業と言わざるを得ない。それなのに、困ったことに、自分は冒険活劇が好きだときている・・・>
この自覚の差。