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投稿ログ209 (No.3570 - No.3580)

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board4 - No.3570

Re:銀英伝ってSF?

投稿者:TAC
2003年02月04日(火) 01時27分

SFの定義については、容易に神学論争になるので避けたいところですが。
通常センスオブワンダー、SFマインドのある作品がSFとされます。

初期短編集は本格SFとする事に関しては異論は無いはずです。
流星航路や戦場の夜想曲はSFしていますから。

でも銀英伝はスターウォーズと同じく、
スペースオペラという意味ではSFの範疇に入りますが、
今では本格SFでは無いとされるのが一般的です。

一方でアニメ版ギャラクシーエンジェルや竹本泉はSFなんです。

近年の定義で本格SFとされるのは、
高度な哲学命題のある作品という事になっています。
そういう意味でスタートレックは本格SFになります。
またスラップスティックSFもSFという扱いになります。

哲学命題もスラップスティックも、
センスオブワンダーを作品に含ませる手段という意味では等価ですので。

あと星雲賞って、SFファンによる人気投票でしかないので……。
選考委員会とかある訳でもなし。SF大会な訳ですし。
その為に必ずしもSFと言えるかどうか分からない作品もちらほら……。
『CCさくら』とか。

board4 - No.3571

違うかな?

投稿者:ペル
2003年02月04日(火) 05時56分

ここのHPの立場って
司馬さんに対する佐高さん
あるいは
有名人に対するナンシー関
みたいなものですか?

親記事No.3468スレッドの返信投稿
board4 - No.3572

証明責任2

投稿者:Ken
2003年02月04日(火) 09時20分

証明責任について、さらに続けます。

私にとっても、ある現象を解釈する上で、物理理論よりも、一つの「聖典」を優先させる、というのは初めての経験です。そのような制約下で、なにごとかを証明するのが、いかに難しいかという点を整理してみました。

たとえば、「宇宙船は無補給で長期間行動できる」「要塞は移動できる」という2つの観測結果に基づいて、「要塞は無補給で長期間行動できる」という結論へいたるのに、科学者なら次のような検証過程を経ます。

1.宇宙船の持続力を定量化する。(例:無補給で6ヶ月、5千光年の転戦が可能)
2.宇宙船の移動メカニズムを解明する。
3.1と2より、宇宙船の持続力判定法を、数式化する。
4.要塞の移動実績を定量化する。(例:100光年の移動実績あり)
5.要塞の移動メカニズムを解明する。
6.2と5を比較し、3の数式を、要塞にも適用できるか、判定する。
7.(適用できるとして)4の値を3の数式に代入し、要塞の持続力判定法を、数式化する。

この中で、2と5に、物理法則が関わってきます。このような過程を経て7に至り、初めて、要塞がそれまでに経験のないこと、例えば、帝国本土から長躯同盟領を衝くことが可能か、という予測ができるようになります。科学の本質とは、

観測→考察→普遍化(数式化)→予測

を行うことです。

ところが、物理法則を考慮せず、ただ記録に書かれていることのみを判断材料にするとは、上の手順のうち、1と4しかやらないことになります。ということは、直接に観測された結果と、そこから最も直接的に自明のこととして演繹可能な予測しかできません。例えば、燃料タンクを半分だけ満たした自動車が、200キロを走行したという「観測結果」があるとします。この場合、この自動車が、一切の条件が同一なら、同じく半分の燃料を積んだ次の走行で150キロの走行ができるだろう、と相当な確度で予測することは可能です。なぜなら、200キロを走行したということは、そこにいたる途中で、150キロをを走行した時点があったはずだからです。

しかし、それではタンク半分の燃料で200キロを走行したという結果にもとづき、次回の走行で燃料を満タンにすれば、400キロを走行できるという予測が可能でしょうか?

現実の科学者が行うように、物理法則を考慮しての考察があれば、かなりの確度で「走行できる」という予測が可能です。その前提としては、「タンク10分の1の燃料で40キロ走った」「4分の1では100キロ走った」「半分では200キロ走った」という観測結果の積み重ねがあり、そこから、

「燃料の量と走行距離には、線形の比例関係がある」

という、数式化された法則が導かれ、その理論的裏づけとして、

「燃焼した燃料の体積と、発生する燃焼ガスのモル数には、化学式が保証する比例関係があり、内燃機関のピストンに外部から加わる力が一定なら、ガスのモル数とガスの圧力には比例関係があり、シリンダの断面積とピストンのストロークが一定なら、ガスの圧力と一回転あたりのエネルギーには比例関係がある」

という、考察がなされているのです。科学者は、断じて「半分の燃料で200キロ走ったから、満タンなら400キロ走るだろう」などという、いい加減な推測をしているのではありません。

ところが、そのような物理的考察を行わず、ただの観測のみを行えばどうなるでしょうか?

タンク半分の燃料で200キロ走ったから、次にタンクを半分満たせば150キロは走るだろう、という予測は、前述のように可能です。しかし、

タンク半分の燃料で200キロ走ったから、タンクを75%満たせば300キロは走るだろう、という予測はできません。なぜなら、そのような観測結果はどこにもないからです。それどころか、

タンク75%の燃料で、200キロプラス1メートルを走れる。

という予測すらできません。物理法則を考えないのなら、直接観測された結果以外のいかなる予測も、根拠のない憶測であります。

ここまで書けば、冒険風ライダーさんが、銀英伝の記述にのみもとづいて証明しようとしていることが、いかに大変なことか、理解していただけるのではないでしょうか?ラインハルトの帝国軍が移動要塞で同盟領へ侵攻することを、現実的な可能性のあることとして、私たち読者が認識しようとすれば、そのものずばり、帝国から同盟へ至るのと等しい距離を、要塞が航行した実績が要求されるからです。

さらには、このことが、ラインハルトたち作中の登場人物と、私たち読者との、決定的な立場の違いも指摘します。すなわち、ラインハルトたちは、彼らの世界の物理法則を(それがどのようなものであれ)知っているから、上に述べた科学的考察となによりも予測が可能です。

しかし、私たち読者には、それは不可能です。私たちが知っている「観測結果」とは、

1.イオン・ファゼカスが、240兆トンの質量を宇宙航行させた
2.ガイエスブルグが、40兆トンの質量をイゼルローンの所在地まで移動させた
3.宇宙艦船が無補給で、数千光年単位の移動を行った

という情報があるのみです。1には距離のデータがなく、2には同盟への侵攻より短い距離をカバーしたというデータしかなく、3は要塞より小さい質量のデータしかありません。

繰り返しますが、物理法則を知っていれば、これだけのデータでも、要塞による同盟領侵攻の可否を判断できることもありえます。

しかし、物理法則を知らなければ、その判断はできません。

以上のことから、私の結論は導かれます。

物理法則を知っていたラインハルトたちが下した決定を、物理法則を知らない私たちが疑問視するには、最も直接的な証拠、この場合は、どこかで、だれかが

要塞と同等以上の質量を、同盟領までと同等以上の距離を航行させた

ことを証明する、作品内の記述が必要です。

親記事No.3468スレッドの返信投稿
board4 - No.3573

Re3566/3569/3572:立証責任の所在と比率

投稿者:冒険風ライダー
2003年02月04日(火) 15時56分

<このような命題定義を持ち出したのは、「証明責任」がどちらの側にあるか、という点を明らかにしたかったからです。例えば、犯罪容疑者と司法(警察・検察)の関係で言いますと、司法の側には容疑者が犯罪者であることを証明する責任がありますが、容疑者には自分の無実を証明する責任はありません。容疑者は、司法側が提出する論理に瑕瑾があり、「突っ込み」の余地があることを示せばよいのです。
私は、冒険風ライダーさんの指摘(鋭い指摘であることは重々承知しています)によって、いわば「被告席」に立たされている二人の「英雄」の弁護を引き受けた弁護士であると、今回の議論における自分を位置付けています。厳密に言いますと、被告席に立たされているのはラインハルトとヤンではなく、「彼ら二人が戦略・戦術の天才である」という、銀英伝を構成する最も基本的な設定の一つです。その設定と、「銀英伝は補給を重要視する」というもう一つの基本設定を両立させるべく、両立を崩す論理に瑕瑾を見つけ出し、そこを「突っ込む」のが、今回のジョブであると考えます。>


 Kenさんは今回の議論を「刑事裁判」のようなものと据えていたのですか? それに関しては前提そのものが間違っていると申し上げておきましょう。
 まず、Kenさんが挙げられていた「近代民主主義における裁判の原則」についてですが、このような形が何故認められるのかというと、刑事裁判では警察・検察の強大な行政権に対して刑事被告人は全く無為無力な存在であり、そのままの状態では被告の権利を守ることができないからです。だからこそ、強大な行政権の暴走を食い止めるためのストッパーとして、そのようなルールが裁判所という司法権によって行政権側に課されているわけです。
 しかし、作品論における批判論と擁護論の関係はそうではありません。作品世界を前提条件とした論は、批判・擁護を問わず、作品世界の創造者とも言える作者の意向と、作品設定・作中記述の全てに反しない形で語られなければなりません。そのような前提における作品そのものと作品批判論の力関係は、基本的には「刑事裁判」における刑事被告人と警察・検察に代表される行政権とは全く逆、つまり「作品の方が圧倒的に強く、作品批判論はほとんど無為無力な存在」と(すくなくとも構造的には)ならざるをえないのです。
 その圧倒的な強さの根源は、実に皮肉なことに、Kenさん自身が書かれたNo.3566・No.3569・No.3572で示したテーマの中に存在するのですよ。すなわち、

「書かれていない内容を作り出して作品を正当化する」

↑この手段が簡単に使用できることです。
 これを使われてしまったら、たとえどんなに作品の記述内容に基づいた批判論を展開したところで、いつでも作者や擁護派は「実は作中に書かれていないだけで、作品の中にはこんな設定が存在しているし、作中キャラクターはこんなことを考えているのだから、そんな批判は全て無意味です」と無制限にやり返すことで、ありとあらゆる批判を完全に封じることができるのです。タナウツで言うならば、私が作った考察シリーズはもちろんのこと、管理人の本論も、ザ・ベストに収録されている作品論の全てが無意味なものと化してしまう、それほどまでに絶対的かつ強大無比な力を持っているのです。
 しかも、「書かれていない内容を作り出して作品を正当化する」ということが無制限に認められてしまうと、作品を構成する設定内容を勝手に上書きしてしまったり、最悪の場合は作品そのものが否定されてしまったりする可能性すらあるのです。前者に関しては、たとえばKenさん自身が出してきた「燃費の問題」が、結果として「アレほどまでに補給を重んじる」銀英伝の作中記述と矛盾をきたしてしまうといった例がありましたし、後者に関しては、このスレッドにおける議論の中に腐るほど実例がありますからいちいち言うまでもないでしょう。
 かくのごとく強大な力を行使することが構造的に可能な作品擁護論の愚かな暴走を防ぐためにも、作品批判論に反論するに際して、「書かれていない内容」に基づいた新規設定を作り出す作品擁護論には、それが作品世界の内容と合致することを「客観的に」示す義務と責任が、作品擁護論の暴走を食い止めるための「ストッパー」として当然課されなければなりません。そして、どこからともなく全く新しい裏設定を作り上げて提言し、新規の作品設定として追加していく以上は、当然それの正当性を証明する「立証責任」は作品擁護論側に存在するのです。
 もちろん、作品批判側にも、自らの主張の正当性を証明する義務と責任はあります。しかし、作品擁護論には、作品批判論の正当性を否定すると同時に、新規に追加した裏設定の作品世界における整合性や妥当性などが常に「客観的に」問われなければならないわけです。そうでなければ、先に述べた愚劣な作品正当化行為が跳梁跋扈することを許してしまうことになりますし、最悪の場合は作品批判論の存在意義そのものさえも否定されることにもなりかねないでしょう。
 これから考えれば、作品批判論と作品擁護論の立証責任は、最大限擁護側に配慮したとしてもせいぜい5分5分、先に述べた「作品論における作者側/擁護側と批判側との圧倒的な力関係」を考えれば、作品擁護側の方にこそ立証責任はより多く課されるべきでしょう。そうでなければ、そもそもこのような場で作品論を語る事自体、全く無意味なこととなってしまうのですから当然のことです。作品擁護論が難しいとされる最大の理由は、まさにここにあるのです。
 そんなわけで、刑事裁判の事例は、作品論を語る際にはちょっと当てはまらないのではないかと思うのですが。


<物理法則を知っていたラインハルトたちが下した決定を、物理法則を知らない私たちが疑問視するには、最も直接的な証拠、この場合は、どこかで、だれかが
要塞と同等以上の質量を、同盟領までと同等以上の距離を航行させた
ことを証明する、作品内の記述が必要です。>


 銀英伝世界の艦船に燃料無補給の原則がすでに確立している根拠と、なおかつガイエスブルク移動要塞に関しても燃費の問題が全く提示されていないという「作中事実」がすでに証拠として提示されているのですから、それですでに「要塞の燃料無補給」は立派に確立していると考えるのが普通なのではないでしょうか? 第一、あのガイエスブルク移動要塞自体が、最大でもたったの1ヶ月弱ほどで移動用のエンジンが付加され、すぐにヴァルハラ星系外縁部へと出発しているのですから、これ自体が移動要塞実現の容易さをすでに証明しているようにしか思えないのですが。
 それにKenさんが主張される「文明衰退論」や「要塞には燃費の問題が存在するはず」は、その根拠が作中記述に基づいたものではなく、「現代世界の物理法則」の論拠をも放棄した今となっては、もはやただの個人的な推測でしかありえなくなっているのですから、あくまで反論として使用するのであれば、私の挙げた証拠に対抗できるだけの「要塞にだけ燃料無補給が成立しえない」という「作中事実の存在」を、ただ「可能性を示す」だけでなく、今度はそちらが理由も含めて立証する義務と責任があるでしょう。私の方はすでに自説の立証責任を果たしているのですから、これは当然のことです。
 ちなみに余談ですけど、件のガイエスブルク移動要塞は、本来ガイエスブルク要塞が存在した星域から一端ヴァルハラ星系外縁部まで進んだ後にイゼルローンへと向かっており、ガイエスブルク-オーディン間の距離は銀英伝世界における艦艇の通常行程で20日程度、オーディン-イゼルローン間の距離は約6250光年(銀英伝1巻 P113)ですから、この旅程は総計すると最低でも1万光年以上には軽く達するのです。そしてイゼルローン-ハイネセン間の距離は約4000光年、イゼルローンを経由するのであれば、Kenさんの主張に基づいてさえ、移動要塞は悠々とオーディンからハイネセンまで進出することが計算上可能なのです。もちろん「要塞の燃料無補給」説が崩壊しないのであれば、移動要塞の航続距離を云々すること自体が全く無意味な話でしかありません。
 これで移動要塞の有効性を示す論拠としては充分だと思うのですが、いかがでしょうか。

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board4 - No.3574

素朴な疑問

投稿者:RAM
2003年02月04日(火) 16時46分

読み方が悪いのかもしれませんが、移動要塞肯定論者の方は
移動要塞を肯定して何を主張したいのでしょうか?

移動要塞否定論者はラインハルトとヤンが戦略・戦術の天才である
という基本設定を守るために移動要塞は何らかの理由により実施
出来なかったもしくは移動要塞は不可能という方向に持って行きたいのだと思います。

移動要塞を肯定してもヤンとラインハルトは天才であると言えるのでしょうか?
銀河英雄伝説は実は銀河愚者伝説であったと言う事が主張なのでしょうか?

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board4 - No.3575

Re:そこなんですよ

投稿者:a-ru
2003年02月04日(火) 18時33分

> 読み方が悪いのかもしれませんが、移動要塞肯定論者の方は
> 移動要塞を肯定して何を主張したいのでしょうか?

まったく、結局そこなんですよね、何を主張したいのか。
私には、移動要塞をどう有効に使うのか。冒険風ライダーさんの説明では納得する材料が少なすぎて、肯定できないのです。ぜひ、納得できるようなシュミュレーションをして欲しいです(できれば簡単に)。
もう一つ、主役二人が天才じゃなく、凡人だった…と言って
その後どうなるのでしょう。
それで終わりということなのでしょうか。

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board4 - No.3576

Re:Re3566/3569/3572:立証責任の所在と比率

投稿者:Ken
2003年02月04日(火) 20時01分

冒険風ライダーさん、

私の拙い文章を相手に、嫌がりもせず、相手していただいていることを、何よりも感謝いたします。

「作者と批判者の強弱について」
冒険風ライダーさんは、作中に書かれていない設定を持ち出すこと自体に異を唱えておられるのではなく、作者がそれを行った結果、作品世界の設定が崩れることを問題にされているのだと考えてよろしいでしょうか?最初に書かれていない設定の追加でも、書かれている内容と矛盾しなければよいのだと?

作者と批判者の強弱については、ご指摘のような有利さが、作者側にあるというのは分かります。しかし、批判者の方にも作者にない有利な点があるのではないでしょうか?私などには、むしろこちらの方が、フェアな対局を不可能にするほど重大なもののように思われます。

一つは、批判は常に作品よりも後から出てくることです。批判者は、必要に応じて作品を俯瞰することも、細部を綿密に検証することも自由にでき、作者の論点を完全に理解した上で、いくらでも時間をかけて「弱点」を探せるでしょう。しかし、作者の側は、予めすべての批判を予測して防御策を講ずるのは不可能です。

もう一つ、作者と批判者は、例外を除いて、常に一対多の関係にあることも、指摘したいと思います。この点では、一人で多数を相手にするのは非常に疲れることだということを、(私の記憶が正しければ)冒険風ライダーさんご自身が、どこかで発言されていたように思いますが、私の記憶違いでしょうか?

以上の理由で、作者が批判者よりも常に「強者」であるとは限らない、というのが私の考えなのですが。

「証明責任について」
作者には作品を擁護する責任があり、それは自らの作品に矛盾がないことを証明することだ、という考えに私も賛成します。

ただ、冒険風ライダーさんのように、作品批判の掲示板で積極的に発言をされる方には、ぜひとも一考していただきたいことがあります。

それは、作品批判自体も公の場で発表された一つの「作品」ではないか、という点です。今回の場合、いわばライダーさんは「ラインハルトたちは、移動要塞を継続的に使用できることを知りながら、迂闊にも忘れたのである」という仮説をシンポジウムの場で発表されたのだと思います。それ自体は大変にすばらしいことで、私などは「やれ」と言われてもできません。

しかし、シンポジウムで仮説を発表すれば、批判が寄せられます。批判者たちは、発表者(この場合は、冒険風ライダーさん)が提示した仮説に「穴」を見つけようとし、発表者は自分の仮説の正しさを証明する責任を、原則として一人で負わねばなりません。田中氏の作品に対するとき、ライダーさんは「批判者」です。しかし、田中氏の作品を題材にした批判であっても、ひとたび自分の意見を発表すれば、ライダーさんの立場は「批判者」から「作者」に変わり、「銀英伝批判論」という自己の「作品」の正しさを証明する責任を、原則として一人で背負うことになると思うのです。説明足らずであったことは、何重にもお詫びいたしますが、私が、ライダーさんに証明責任がある、と書いたのには、このような考えもあったのです。


移動要塞の可能性に関する議論は、次回以降の発言で続けさせていただいてよろしいでしょうか?このような議題を提供していただいたことを、あらためて感謝させていただきます。

親記事No.3468スレッドの返信投稿
board4 - No.3577

ヤン側私的移動要塞考察

投稿者:八木あつし
2003年02月05日(水) 05時12分

> フフフフフ、帝国側だけですよ。まだ同盟側が残っていますからねぇ。(+ ̄ー ̄)キラーン

この言葉の通り私は帰ってきました。アイシャルリターン! リターンマッチィ!
今回は同盟側です。なぜイゼルローン要塞を移動要塞化されなかったのかです。
ヤン・ウェンリーが移動要塞の価値を気付いていた、いないは関係なく、同盟、エル・ファシル、イゼルローン共和政府では政治的・生産力的に移動要塞化は不可能だったというのが、私の考えです。私は、ヤン側に関してのみは一歩も引く気はありません。勝つまで戦い抜く所存です。

まずガイエスブルク移動要塞撃破後、仮にヤンが要塞改造を同盟軍統合作戦本部に具申したとします。しかし予算を管理する同盟国防委員会は、決して認めないでしょう。
3巻の要塞決戦時に来襲したケンプ艦隊に破壊された監視衛星は、予算不足のまま補充できず、追加予算に必要な監査も鈍重な政治・事務レベルの為行われていませんでした。
監視衛星ですらすぐに作れないほど予算不足で、果たして要塞に付ける巨大エンジンが作れたものでしょうか? 通常航行用とワープエンジンを合わせて32個ぐらいですかね。しかも要塞だから普通の戦艦のエンジンの数倍の大きさが必要ですね。またガイエスブルクをみても分かるように大量の工員も必要とします。早期に終わらせる場合、イゼルローンなら10万人の工員が必要でしょう。いまの同盟にそれだけの工員を招集すれば、同盟の社会システムに致命的な影響も与えそうです。
そして政治的な問題です。当時の同盟の政治家は、帝国打倒よりも自らの権力維持を望んでいます。フェザーン方面からの侵攻はないと確信している政治家たちにとって宇宙艦隊が激減した今、イゼルローンと駐留するヤン艦隊こそ同盟領防衛の最後の砦です。しかし常にヤンへの不信感に揺れている政治家たちにとってヤンからの具申は全て不信感を感じるでしょう。もし移動要塞化して場合、要塞ごと帝国に寝返ったら? 移動要塞をもって独立するのではないか? そして何より仮に帝国領へ移動要塞で攻めたとき、空になった回廊へ帝国艦隊が侵入してきたら、遮るものはなく同盟領になだれ込んできます。そうすればヤンのみ生き残って、同盟は滅亡です。
このため回廊に要塞とヤン艦隊さえあれば同盟の防衛が出来るのに、わざわざ金と人をかけて、そのような無駄な大事業を行う意味はありません。政治家たちは、ヤンの提案を取り上げもしないでしょう。否決されればヤンにそれ以上何かをする権限はありません。現状戦力で戦うのみです。

次にエル・ファシル時代です。ルッツ艦隊からイゼルローン要塞を奪取し帝国軍との間で回廊決戦が戦われるまでの間に、ヤンはイゼルローンを移動要塞に改造するべきだったという冒険風ライダーさんの主張は、どう考えても不可能なのです。
一体どこで、巨大な通常航行用エンジンとワープエンジンを造るのですか? それも合わせて30個以上も。人口300万にすぎないエル・ファシルにはそんな生産力はとてもないでしょう。と言うより昔から帝国と同盟間の最前線に近いエル・ファシルに軍事関連工場があるとはとても思いません。せいぜい食料生産に鉱物生産がすこしあればいい方でしょう。
イゼルローン要塞でも無理です。イゼルローンはあくまも艦隊の補修基地であり、補給基地です。艦隊の生産基地ではありません。装甲の補修は出来るでしょう。調子の悪くなったエンジンの補修も出来るでしょう。ビーム用のエネルギーやレーザー水爆ミサイル、食料の補給も可能です。しかし戦闘艦艇のそのものの生産は出来ません。つまりエンジンの補修は出来てもエンジンの生産は出来ないのです。破壊された監視衛星ですら本国の予算執行を待ち、要塞内で生産しなかったことから見ても、イゼルローンでは巨大エンジン生産はまず不可能ですね。
ならば戦艦を分解して取り出せばいいとは言えませんよ。それは間違っています。アニメを見てもガイエスブルク移動要塞のエンジンは見ためではけっこう大きかったですし。仮にワープエンジンに関しては大型戦艦のものを流用出来ても、通常航行用エンジンは無理です。ガイエスブルクは直径40キロ、質量40兆トンですよ。それをたった12個の大型戦艦用の航行エンジンで動かせると思いますか? 私はどう考えても無理だとしか言えません。
最後に深刻な工員不足があります。エル・ファシルのヤン艦隊は、艦艇に乗り込む兵員ですらただでさえ不足気味でした。それなのに工員がいると思いますか? 艦艇の補修を行うだけで手一杯ですよ。一般の兵員に、繊細な作業を要するであろうエンジンの取り付けは無理ですよ。

私は冒険風ライダーさんが提唱された移動要塞は、可能だと思います。戦略的価値もあります。物理法則の問題も、ガイエスブルクが動いた時点で銀英伝世界では可能になっているでしょう。
しかしイゼルローン要塞の移動要塞化は無理だと分かってもらえたのではないでしょうか。ヤン・ウェンリーの移動要塞の価値に気づいた・気づかないの関係なく、同盟が滅亡した時点で移動要塞化は不可能になったのです。そして同盟時代では、政治的・社会的・軍事的にも見ても要塞を移動化をするだけの力が、そして無理に行うだけの意味がないのです。

だから冒険風ライダーさんの言われる「気付かなかったヤンは無能だ」という主張は間違っています。ラインハルト側と違い、ヤン側では価値に気付いたとしてもその実現が不可能なのですから。

親記事No.3468スレッドの返信投稿
board4 - No.3578

Re:素朴な疑問

投稿者:IK
2003年02月05日(水) 10時04分

> 読み方が悪いのかもしれませんが、移動要塞肯定論者の方は
> 移動要塞を肯定して何を主張したいのでしょうか?
>
> 移動要塞否定論者はラインハルトとヤンが戦略・戦術の天才である
> という基本設定を守るために移動要塞は何らかの理由により実施
> 出来なかったもしくは移動要塞は不可能という方向に持って行きたいのだと思います。
>
> 移動要塞を肯定してもヤンとラインハルトは天才であると言えるのでしょうか?
> 銀河英雄伝説は実は銀河愚者伝説であったと言う事が主張なのでしょうか?

こんにちは、RAMさん。
移動要塞肯定派は「ためにする」議論をされていないと思いますよ。私は…肯定派になるのかなあ(笑) いえ、肯定派ですね、はっきりと。
移動要塞が軍事的に莫大な潜在能力を秘めているのは一目瞭然だと見るほうが素直な見方ではないでしょうか。ここから敷衍して、その可能性を無視した形になっているラインハルトの判断は理解し難いなあ、という結論に到っているのが肯定派の方々であると、私は思います。あらかじめラインハルトを貶めるためにしているのではないことはお分かり下さい。冒険風ライダーさんもそうだと思いますけど、これは私の勝手な観測ですから…。

対して、否定派の方々は「ラインハルトは天才である」という前提を擁護するために、「そのために」議論を展開されているように思われます。何もここで党派根性をむき出しにするつもりはないのですが(^^)、天才=全能と捉えるのが間違いではないでしょうか。
「ハードウェアによって戦争に勝利した例はない」とこれはヤン提督のお言葉ですが、軍人としてのモラールは同盟・帝国双方に共通点が多いことから、これは、ラインハルトを含む、軍人の一般的な信念になっていると思われます。
職人さんは機械よりも自分の腕を信用する傾向がありますからとかく新技術を否定的に見たがるのと、同じことですね。
ヤン提督のこの言葉は、「暗殺によって歴史が動いたことはない」という言葉と並んで、鋭い真実を突いているように見えながら、反証がいくらでも出てくる「格言」の双璧のように思われます。
ラインハルトは軍事的天才にもかかわらず、新技術の運用を考慮することが出来なかった、というよりは、軍事的天才であったがゆえにそれが出来なかったと考えることは出来ないでしょうか。

移動要塞肯定派の人たちは、それによってラインハルトの「無能」を浮かび上がらせたいのではなく、作品の記述を擁護することによって、ラインハルトを神聖視出来なくとも、作品そのものを擁護しようとしているのだと考えますが、いかがでしょうか。

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board4 - No.3579

再度整理しました

投稿者:Ken
2003年02月05日(水) 10時40分

それでは本論(?)の、移動要塞の実現可能性に関する考察です。銀英伝の記述と矛盾を生じない「隠れた設定」としてこれまで発言してきたことを再度整理します。内容的にはこれまでに述べたことの繰り返しで、問題自体の技術的な性質と、私自身の貧弱な説明力のせいで、多くの人には読むだけでも苦痛なものになるかもしれません。「ガイエスブルグが動いた実績があるんだから、それでいいじゃないか」と言われる方が多くでるだろうとは思います。しかし、冒険風ライダーさんが提唱された仮説を証明するには、どうしてもこれらの点をクリアする必要があると思います。

冒険風ライダーさんが、移動要塞を恒久的に活用できると主張される根拠としては、

1.イオン・ファゼカスの前例がある
2.宇宙船が、長期に無補給で活動できる
3.イゼルローンが、無補給で50年は活動できる
4.(短工期であったことも含めて)ガイエスブルグの実績がある。
5.ラインハルトやシャフトをはじめ、誰もエネルギーを問題にしない

の5点があるかと思います。

はじめにイオン・ファゼカスから。

1-(1):イオン・ファゼカスの質量
元々のドライアイスの質量は、240兆トン弱ですが、「内部をくりぬいた」という記述があり、「どれだけくりぬいたか」という定量的な記述はありません。一体、どれほどくりぬいたのでしょうか?
まず、銀英伝の記述にあるように、搭乗者と設備のためのスペースが必要です。しかしそれだけでしょうか?「くりぬいたのはそれだけ」という明確な記述がない以上は、「それ以上にくりぬいた」と解釈しても、原文との矛盾は生じないはずです。
アーレ・ハイネセンたちの立場に立って考えてみましょう。エンジンの出力が無限でない以上、船体強度が許容する限りイオン・ファゼカスを軽くしようとするのではないでしょうか?イオン・ファゼカスが行うべき航行にはいろいろな種類があってひととおりではありません。私に考え付くだけでも、(a)アルタイル7の重力圏離脱、(b)宇宙空間での通常航行の加・減速、(c)(できた、という明確な記述はないが)ワープ航行、(d)帝国軍を発見したときの回避行動、(e)同じく、危険な自然現象(異常な重力場とか)を発見したときの回避行動または「慎重な前進」、等が考えられます。これら予想しうること、あるいは予想できないことにできるだけ対処するには、イオン・ファゼカスは身軽でなければなりません。それには、設備や人員の搭載に必要な分以上に「くりぬく」のが一番です。
そこで、船体強度を維持するために必要な船体外壁の厚さが100メートルだと仮定します。通常の宇宙船はもちろんこんな馬鹿げた厚さの外壁を持ちませんが、材質がドライアイスであることを考慮して、この程度は必要(と、ハイネセンたちは考えた)とします。
この場合、ドライアイス本体の質量は、当初の塊の2.3%--約5兆トン半になるかと思います。外壁の厚さが50mなら(これでも過大であるように私には思えますが)、さらに1兆トンほど軽くなります。
1-(2):イオン・ファゼカスの航行距離
いうまでもなく、ハイネセンたちは、バーラト星系までイオン・ファゼカスに乗っていったのではありません。アルタイル星系を出て、「無名の一惑星」に降り立ったのです。そこまでの距離が千光年なのか、十光年なのか、それとも半光年なのか、具体的な記述がないので、例えば、1~2光年という短距離だった、と解釈しても矛盾は生じないはずです。
1-(3):文明の衰退
そして、なんといっても大きいのはこれです。なにしろ人口が3000億から250億まで減るくらいですから、科学技術もどんどん衰退してゆく、まるで「ナウシカ」のような世界であった、という解釈が可能です。この点は、むしろ、そのように考えない方が、銀英伝の作品世界との乖離が大きいように、私には思われます。

以上の理由から、黎明篇序章に描かれるイオン・ファゼカスの事蹟は、ラインハルトの時代に、移動要塞で長駆同盟領を衝くことの現実性を保障するものではなく、それどころか「真面目な検討に値する」ことの現実性を保障するものですらないと思います。

次は、宇宙船と要塞の違いです。私は以前に、

艦船は宇宙空間からエネルギーを補給できるが、質量の大きい要塞はそれではエネルギー収支が赤字になり、外部からの補給が必要。

という解釈を提唱しました。この考察は、「バサード・ラム・ジェット」という、我々の現実世界で提唱される技術について述べたもので、その点は論証の道筋に修正を必要とします。しかし、銀英伝の記述は、作品世界が我々の世界と同じ物理法則に従うことを保障しませんが、異なる法則に従うという明示的な記述もありません。よって宇宙船がバサード類似の技術で長期の無補給活動を可能にし、それが要塞には適用できないという「裏の設定」と置いても、それ自体が、銀英伝の記述とは矛盾しないと思います。

ただし、この主張に対して冒険風ライダーさんは、上記の第3点、すなわちイゼルローンの例があるではないか、という反論をされたかと思います。そこで、この点に関する説明ですが、私はアメリカ一国のエネルギー消費量と、要塞を移動させるエネルギーを比較して、前者の方が桁違いに小さいという結論を得ました。たしかに、この考察は作品世界の物理法則が、我々のものと同じであるという前提に立っています。しかし、銀英伝の記述は、そのことを保障もしませんが、否定もしていません。したがって、静止状態のイゼルローンが50年活動できることをもって、移動しながら同じことができるという証明にはならないと思います。

4点めは、ガイエスブルグが移動した、という実績です。
冒険風ライダーさんが指摘された、ガイエスブルグが、貴族連合の本拠地からオーディンを経て、イゼルローンまで航行したという実績は、ルートの大半が帝国本土であったので、帝国製のエンジンに対する補給のインフラがあった、という解釈が可能です。したがって、この「実績」をもって、要塞にはエネルギーの外部補給が必要という設定も、無補給で同盟領まで航行する能力はないという設定も、これを否定し去ることはできません。この設定を覆すには、

(1)ガイエスブルグと同等以上の質量を
(2)同盟領までと同等以上の距離を
(3)無補給で

航行させたことを証明する記述が必要です。イオン・ファゼカスの例は、(3)については、ライダーさんが言われるとおり、おそらく満足しています。しかし(2)については何のデータもなく、(1)については、そうかもしれないし、(上記の1-(1)の考察どおりなら)そうでないかもしれません。しかも(文明の衰退が起こっている可能性の高い世界での)3世紀も昔の話です。ガイエスブルグ自体の例は、(1)は自明、(2)の正しさはライダーさんが指摘されたとおり、しかし(3)に関する証明をしていません。

最後に、ラインハルトたちが、ガイエスブルグをイゼルローンまで航行させるにあたって、エネルギーの心配をしていない件です。私の理解では、これこそが、冒険風ライダーさんの論拠の最大の核心であろうと思います。

この理論に瑕瑾があることは、現実世界の戦術を考えてみれば、理解しやすいかと思います。(繰り返しになりますが、現実世界の物理法則が、銀英伝世界でも絶対通用するのだ、と主張しているわけではありません。ただ「まったく異なる法則がある」とも書かれていない以上は、同じであると仮定しても、銀英伝の記述と矛盾しないだろうと言っています。)

時節柄、あまり良い例ではありませんが、北朝鮮のミサイルを考えてみましょう。「Rodong」という名を持つミサイルは、既に日本を飛び越えて太平洋に着水した実績があります。つまり、北朝鮮が将来、日本をミサイルで攻撃する場合、キム・ジョンギルや彼の将軍たちは、ロドングの航続距離に関して、あらためて検討する必要はありません。「話題にものぼらない」と考えてよいでしょう。

しかし、アメリカを攻撃するとなると、話は変わります。ロドングの航続距離は1500キロ程度のはずですから、どう間違っても米本土へは届きません。そうであれば、米本土への攻撃兵器として、ロドングは初めから除外されるはずです。

つまり、ロドング・ミサイルの実用性を見た場合、攻撃対象が日本であれば、エネルギーを問題にする必要はまったくありません。一方、対象が米本土であれば、ロドングの使用は、はじめから話題にものぼりません。

ロドングを移動要塞に、日本をイゼルローンに、そして米本土を同盟領に置き換えれば、銀英伝の記述と矛盾しない設定が成立するのではないでしょうか?

親記事No.3468スレッドの返信投稿
board4 - No.3580

Re:素朴な疑問

投稿者:RAM
2003年02月05日(水) 13時54分

ご回答・ご説明ありがとうございます。

移動要塞肯定派の方がどのような考えなのかやっと分かりました。
以下に一連のやり取りから私が読み取った範囲で移動要塞否定派
の考えを述べたいと思います。

> 移動要塞肯定派は「ためにする」議論をされていないと思いま
> すよ。
移動要塞を肯定した先の何かの主張は無いということですね。了解しました。
しかし、肯定派の方にそのつもりが無くても、お手軽ポンに
移動要塞が出来るという事実からヤンとラインハルトが無能・
凡才・愚者であるという事実を演繹できることを忘れないでく
ださい。それは1万光年の彼方の事実では無く手の届く範囲で
演繹できる事実です。

「移動要塞」と「天才」のどちらの設定を大切にするかと考えた
場合、「天才」の設定を取ったのが移動要塞否定論派だと思います。


> 移動要塞が軍事的に莫大な潜在能力を秘めているのは一目
> 瞭然だと見るほうが素直な見方ではないでしょうか。ここから
> 敷衍して、その可能性を無視した形になっているラインハルト
> の判断は理解し難いなあ、という結論に到っているのが肯定派
> の方々であると、私は思います。あらかじめラインハルトを貶
> めるためにしているのではないことはお分かり下さい。冒険風
> ライダーさんもそうだと思いますけど、これは私の勝手な観測
> ですから…。
>
私個人の考えとしては移動要塞の実現の困難度を特に考えなけ
れば肯定派です。移動要塞を実現できる可能性を踏まえた上で
移動要塞否定論派の立場をとります。少なくとも技術・予算・
人員・燃費・政治・キャラクタの性格の何らかの理由により
作品上で目立った不整合を作らないような設定を考えたいと
思います。

上記は私の考えですが、移動要塞肯定論派の多くも移動要塞の
可能性を踏まえた上で否定しているのではないでしょうか?


> 対して、否定派の方々は「ラインハルトは天才である」という
> 前提を擁護するために、「そのために」議論を展開されている
> ように思われます。何もここで党派根性をむき出しにするつも
> りはないのですが(^^)、天才=全能と捉えるのが間違いではな
> いでしょうか。
>
ラインハルトとヤンが全能であるとは誰も考えていないと思います。しかし、軍事面に限っては全能に近いとは考えています。
そして、移動要塞は軍事面に直結しています。

そんなにお手軽に出来る物を見逃すほどの愚者では無い設定で
あると思っています。


> 「ハードウェアによって戦争に勝利した例はない」とこれは
> ヤン提督のお言葉ですが、軍人としてのモラールは同盟・帝国
> 双方に共通点が多いことから、これは、ラインハルトを含む、
> 軍人の一般的な信念になっていると思われます。
> 職人さんは機械よりも自分の腕を信用する傾向がありますから
> とかく新技術を否定的に見たがるのと、同じことですね。
> ヤン提督のこの言葉は、「暗殺によって歴史が動いたことはな
> い」という言葉と並んで、鋭い真実を突いているように見えな
> がら、反証がいくらでも出てくる「格言」の双璧のように思わ
> れます。
「ハード~」の格言をもって新ハード全てを否定している立場を
明言しているとは思えません。ハード「だけ」に頼っても勝てな
い、最後は人間力だという事がヤンの真意だと考えます。

兵器の運用の違いにより勝敗の差が出ることはままあります。
私は軍事的天才には(少なくとも設定的には)兵器の目利きも
含まれているのではないかと思っています。


> ラインハルトは軍事的天才にもかかわらず、新技術の運用を考
> 慮することが出来なかった、というよりは、軍事的天才であっ
> たがゆえにそれが出来なかったと考えることは出来ないでしょ
> うか。
>
軍事的天才のプライドにより簡単に出来る移動要塞戦法では
満足できなかったというなら私個人としては満足します。
(その妥当性については細かく検討してはいないですが、一案としてです)

軍事の天才である以上、考えの端にも上らないというのは信じられないのです。


> 移動要塞肯定派の人たちは、それによってラインハルトの「無
> 能」を浮かび上がらせたいのではなく、作品の記述を擁護する
> ことによって、ラインハルトを神聖視出来なくとも、作品その
> ものを擁護しようとしているのだと考えますが、いかがでしょ
> うか。
>
移動要塞否定論派の多くは肯定論派の出す結論の先を見て論議を
しているように思います。議論をしているフェーズが違うので
こんなに荒れるのではないでしょうか?少なくとも私がそうでした。

まず第一段階としての移動要塞の実現性が落ち着くまでは静観
しようと思います。その後、そこから演繹されるヤンとラインハルト
の凡才問題についての議論があるかはわかりませんが。

どうもご説明ありがとうございました。

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