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宇宙の戦士は?
- 投稿者:ドロ改
- 1999年02月01日(月) 11時40分
>銀英伝のストーリーそのものはスターウォーズ>に対するアンチテーゼから出発していると私は>思っています。
私はてっきりロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」かと思ってたんですが。「全てお国のためである。我々兵士はただ命令に従って暴力を(!)政治のために提供すれば良いのだ」という、あの強烈な思想を事もあろうにジュブナイルでやってのけ、それが大ヒットするという状況に、かなり反発があったのではないかと思っていたのですが。確か、銀英伝の一巻がでたのと、宇宙の戦士から大きな影響を受けたガンダムの大ヒットは重ったはずですし。
でも銀英伝だと、「暴力は今まで人類にとって最良の問題解決手段であったし、これからもあり続けるだろう。」とか、「子供を育てるのは犬をしつけるのと同じ事だ。言葉など要らない。殴って教育せよ」とかいう、無茶な主張の数々を論破しようとしていないので違うかもしれませんね。特に前者は、どう考えても銀英伝の世界に限って言えば事実になっちゃってますし。あ、ちなみに私はこの作品、吐き気がするほど嫌いです。要するにベトナム戦争支援のプロパガンダ小説ですし。(敵役の宇宙生物って、露骨に共産主義者のカリカチュア)
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田中芳樹の野望
- 投稿者:小村損三郎
- 1999年02月01日(月) 14時53分
>田中芳樹7つの大罪」見てきましたよ。あれ、本当だとすると、田中芳樹の勘違いは甚だしいですな。
>読者は「歴史小説家田中芳樹」など求めてはいないでしょ。「SF作家田中芳樹」のファンの方が断然多いですよ。
まあ、中国歴史物こそ本人の元々の志向に近かった、とは思うんですが。
しかし、世間のレッテルというものは恐ろしいというか、似たような経歴の持ち主でも「出世作」のジャンルが違うだけでその後の立場までこうも違ってしまうものか、という。
恐らく田中芳樹が酒見賢一よりほんのちょっとSF好きだったことが今日の(本人にとっての)悲劇の発端でしょう(笑)。
ただ、「田中芳樹七つの大罪」でも指摘されてたことですが、「彼の小説は戦争か妖怪が出てこないと話が進まない」ってのは言い得て妙で、これでは歴史作家としては明らかに限界がありますね。
あと、何といっても笑えるのが「陳舜臣先生へのすり寄りぶり」の件です。
件の陳舜臣氏との対談本で田中氏は「私は昔から勝手に陳舜臣先生を心の師と仰いでいた」などと書いてますが、はっきり言って、私はあの対談以前の氏のインタビュー等で「陳舜臣氏に私淑している」などという発言を読んだ記憶がありません。
以前の彼がよく引き合いに出していた作家といえば学生時代に専攻していた幸田露伴や中島敦、前に書いた海音寺潮五郎、武田泰淳といった所でした(「「敦煌」を読んだ時井上靖はやっぱりすごいと思った」とは言ってたと思う)。
嫌っている(と思われる)司馬遼太郎はもちろん、その友人であった陳舜臣氏についても殆ど言及したことは無かったと思うんですけど。
しかし、この田中氏の「陳舜臣取込み」策はじわじわと効果を発揮しはじめたようで、この間書店で見かけた陳舜臣・編の中国物短編アンソロジー本に何と司馬遼太郎や井上靖と並んで堂々と田中芳樹の名が・・・!
本当に危ないぞ!陳先生!!(爆)。
>私も、このページを作ってみて(どうやら本邦初だそうです)、いかに現在の田中芳樹の言動に不愉快な人が多いかをはじめて知りました。
>それにしても、Webに限らず、田中氏への批判ってものはホントに無いですよね。このようなイエスマンばかりの環境が、健全なノーを突きつけられることのない環境が、どれだけ人間の精神を蝕むか。田中氏の行動の変節ぶりは、この良い実証例だと思います。
なまじ銀英伝という大傑作小説(断言)をものしてしまったが為に、その光彩に幻惑され、その後の氏の主張・発言に違和感を感じつつも表立って批判する気になれない、という空気が醸し出されてしまったのかもしれませんね。
「田中芳樹の主張に反発を感じてしまう俺には銀英伝の政治家や創竜伝の悪役に通じる部分があるんだろうか?」
↓
「いや、そんなバカな。
あんな醜悪な連中と共通した心理があるなんてことは耐えられない。」
↓
「卑怯者たちに通じるような考え方なんかしてはいけない。
そんな発想が湧いてくるのは権力者と文部省と御用マスコミに洗脳されているからだ!
田中芳樹の訴えに疑問を抱いたりしてはいけない!」
なんてな感じ・・・。
そういった心理が「何となく」蔓延していた為に田中氏に対する表立った批判の声というのはあまり無かったのではないでしょうか。
そんな状況下で「王様は裸だ!」と喝破したこのサイトの意義は非常に大きなものだったと思います。
あ、もちろんドロ改さんややぶにらみさんがおっしゃるように体制や権力者が無謬のものである訳は無いし、常に批判的な見方が必要だというのは勿論です。
しかし、まあそれは田中芳樹に充分教えてもらったから(笑)、ここでちょっと振り返って見るってのも良いんではないかと(^^)。
>ドロ改さんへ
私は「宇宙の戦士」大好きです。
いや、もちろんあのトンデモぶりが、ですけど。
お気に入りのキャラはやっぱり、イカレた「歴史と道徳哲学の教師」(声のイメージキャストは青野武)ッスね。
ちなみに原書のイラストのパワードスーツは「禁断の惑星」のロビーみたいなボディに金魚鉢みたいなヘルメットをかぶったシロモノなんですよね(トホホ)。
と、これを書いてる時、某アニメのNプロヂューサーが銃砲と弾薬の不法所持でまた逮捕された、というニュースが飛び込んできました。
一体何なんでしょうね、あの人。
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- board1 - No.672
雑感
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年02月01日(月) 16時06分
>伏待さん
「獏節」ってのの個性には並々ならぬ物がありますな。
>神海さん
>作家として、田中芳樹氏の最も「恐い」ところは、氏が、作品内の舞台設定やSF設定というものを、人物描写や背景描写のための「雰囲気づくり」程度にしか見做していないように私には思えます。
まさにその通りで、銀英伝に対するSF的科学理論のツッコミというのは、田中芳樹という作家にとって、彼の掌の上で反論しているようなものでしょうね。
おそらく、銀英伝に本質的にダメージを与えられるのは、ザ・ベスト所収の「個人の自由と権利に比べれば・・・」のような批判だと思うのですが、ヤンすらも相対化されている銀英伝においては、これさえも掌の上での反論になるのかも知れないですね。
この相対性に貫かれた物語が >銀英伝という大傑作小説(断言)-小村さん- たるゆえんなのかも。それにしても、その後に書く「創竜伝」がこれでもかって言うくらい絶対性(作者の意見=評論部分)に貫かれているってのも、わからんものですね。
>件の陳舜臣氏との対談本
読後、真っ先に来た感想が、「これ、金取って売っちゃいけねぇだろう」でした。だって……ねぇ…
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- board1 - No.673
アンネローゼの懐妊
- 投稿者:ラインバック
- 1999年02月01日(月) 18時13分
初めまして。私が創竜伝に対して抱いていた不満を、見事に言語化してくれてすごく感動してます。
さて、過去ログを見てたら、アンネローゼの懐妊のことで盛り上がってたおり、わたしも是非参加したいので、
ある仮定をしてみます。
それは「皇帝の死去時にアンネローゼとの間に皇子がおり、ラインハルトの息子(アレク?)が生まれなかった」というものです。
皇帝死去時に、その皇子がいたら、時期皇帝になって他のは確実でしょう。
ブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯は「金髪のこぞう」の甥が皇帝になることなど、反対するでしょうから、
史実通り(?)リップシュタット戦役は起き、
ラインハルトが勝利していたでしょう。
次に、ラインハルトが甥から皇帝の座を簒奪することになりますが、ここで問題が起きます。
「正論を主張する男」オーベルシュタインが皇帝を殺せと言うことは確実だからです。
オーベルシュタインの立場からすれば、ラインハルトが皇帝に即位した場合、唯一の皇位継承者になる(アンネローゼがいるけど)
ゴールデンバウム王朝の直系の人物など生かしておけるわけがないでしょう。
しかし、ラインハルトが愛する姉の子を殺すことなどはできるはずもなく(憎き前皇帝の息子でもあるけど)、皇帝は殺されることはないでしょう。
そして皇帝が誘拐されることもなく(息子を失った姉の悲しむ姿を、ラインハルトは見たくないでしょうから)
平和に暮らしていくこととなるでしょう。
こうして、ラインハルトは同盟領を占領し、カイザーとなります。
新皇帝となったラインハルトに重臣達は史実以上に結婚を勧めるでしょう。
カイザーが死んで、前皇帝が跡を継ぎ、ゴールデンバウム王朝が復活されたらたまりませんから。
しかしラインハルトはあの性格です。それくらいのことで子づくりに励むとは思えません。
ベッサーラント(?)出身の兵士に罵倒された結果、ヒルダとの一晩のちぎりがあったことは必然だとしても、その一回だけで子供ができたのは偶然でしょう。
無論、子供ができてなくても、ラインハルトとヒルダが結婚はしてたでしょうし、子供を作ろうとしたでしょう。
しかし、ラインハルトとヒルダの結婚からラインハルトの死まで1年もありません。
子供が産まれなかった可能性は結構あります。
こうしてラインハルトは死に、前皇帝が復位することになるでしょう。
彼がゴールデンバウム王朝を復活させるかどうかまでは、私はしりません。
しかし、彼がゴールデンバウム朝を復活させ、叛乱軍(バーラト星系の自治政府)を滅ぼし、
トリューニヒトが宰相になったりしたら(ロイエンタールに殺されなかったと仮定)個人的に銀英伝は最高のものとなってたでしょう。(笑)
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- board1 - No.674
遅ればせながら
- 投稿者:やぶにらみ
- 1999年02月02日(火) 02時07分
私も「田中芳樹七つの大罪」見てきました。ユーモラスでかつ辛辣なあたり、ここの管理人氏とも似ていますね。
ところで、田中氏が酒見賢一氏に敵愾心を燃やしているらしい、という指摘は、ちょっと驚きました。大昔「アニメージュ」誌で対談したときは、とても和やかだったので、そのイメージをひきずってました。
(週末、実家でバックナンバーを探したのですが、見つからなかった)
まあ、才能ある後輩にライバル意識を燃やすこと自体は、健全でしょうね。あの年で達観されても困るし。
もっとも陳氏にすり寄っている(ように私にも思えました、あの本は)のは、どうかなあ。小村さんも指摘されていますが、田中氏が陳氏を評価しているなんて全然知らなかった。
(ひょっとして田中ファンなら常識なのかな)
田中氏は、SF映画やアニメの影響を受けているという点で、それまでの作家と世代的な線引きができるかもしれませんね。本人はそこから脱却したいらしいですが、ムーランをディズニーがアニメ化したり、相変わらずシンクロニティは高いです。そこが魅力だと思うのだけどなあ。
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- board1 - No.675
田中芳樹7つの大罪
- 投稿者:不沈戦艦
- 1999年02月02日(火) 03時43分
いやー、みなさんのご意見の通りだとすると、悲しくなってきますわ。つまり田中芳樹は、才能ある後輩(田中芳樹が狙っている賞を取った)に嫉妬し、追い落としを狙い、歴史小説の大家にすり寄って、自分の歴史小説界における地位を上げようとしている、という事ですよね。何だかどこかのキャラクターに似ていません?それでは、まるで、
「アンドリュー・フォーク准将」
ですよ。才能ある(さすがに後輩ではないが、士官学校の席次はフォークの方が上)ヤンに嫉妬し、自分の作戦が採用されるようにロボス元帥にすり寄り、軍内部での地位の向上を狙ったのがフォークですよね。それとそっくりじゃないですか。ロボス元帥が陳氏と言う訳です。・・・嫌なキャラクターとして作った人物と同じ行動をして、どうするんでしょう?
確かに私は今の田中芳樹の考え方は好きではありません。でも、それはそれで信念があって、自分としての筋を通して生きているんだとばっかり思っていました。他人に嫉妬するなとは言いませんが、賞が欲しいんだったら、賞の方からすり寄ってくるような作品を書けばいいだけの話です(きれい事かもしれませんが)。屈折を解消するための努力を向ける方向が間違っていると思いませんか。こういう「悔しさ」を何で質の高い作品を出す為のエネルギーにしないんですかねえ。そうでないクリエイターなんざ、何の価値もありはしませんよ。
はっきり言って、「俗物」と化した田中芳樹は見たくなかった。創竜伝の馬鹿げた話も、それなりの信念でやっているんだと思っていましたから。その意味での「誠意」はまだあるんだとばっかり。ところが、実際はファンが望んでいるにも関わらず、「歴史小説家」としての地位を固めたいが為に、もう刊行中のSFやファンタジー作品は書きたくない。憂さ晴らしの創竜伝だけ、という訳ですか。すでにタダの俗物と化していたんですね・・・・
そういう意味で「悲しくなって」しまいましたし、残念ですわ。
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- board1 - No.676
そうお嘆きにならなくても
- 投稿者:小村損三郎
- 1999年02月02日(火) 14時26分
不沈戦艦さんへ
> はっきり言って、「俗物」と化した田中芳樹は見たくなかった。創竜伝の馬鹿げた話も、それなりの信念でやっているんだと思っていましたから。その意味での「誠意」はまだあるんだとばっかり。
>ところが、実際はファンが望んでいるにも関わらず、「歴史小説家」としての地位を固めたいが為に、もう刊行中のSFやファンタジー作品は書きたくない。憂さ晴らしの創竜伝だけ、という訳ですか。
>すでにタダの俗物と化していたんですね・・・・
> そういう意味で「悲しくなって」しまいましたし、残念ですわ。
ま、まあそうお嘆きにならなくても(^^;。
「~大罪」に書かれてることはあくまであの作者氏の想像ですから。
田中氏が聞いたら「心外だ」と怒り出すかもしれませんよ。
陳氏へのおべんちゃらも、単に有名作家と対談できたことではしゃいでただけかもしれませんし。
それにしても「俗物になった」とこんなに嘆かれるとは、やはり不沈戦艦さんは何だかんだ言っても心の奥底では田中芳樹が好きなのでわ(爆)。
やぶにらみさんへ
>ところで、田中氏が酒見賢一氏に敵愾心を燃やしているらしい、という指摘は、ちょっと驚きました。大昔「アニメージュ」誌で対談したときは、とても和やかだったので、そのイメージをひきずってました。
>(週末、実家でバックナンバーを探したのですが、見つからなかった)
アニメージュの対談は立ち読みした記憶はあるのですが、詳しい内容は忘れました。
ただ、どっちかと言うと酒見氏の方が田中氏に迎合してたような印象が・・・。
ラインバックさんへ
>こうしてラインハルトは死に、前皇帝が復位することになるでしょう。
たしかに子ができなければ唯一の血縁者である甥っ子が二世皇帝になるしかありませんね。
上杉謙信が子無くして死んだ後も姉の子の景勝が継ぎましたし。(内乱になったけど)
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- board1 - No.677
はじめまして
- 投稿者:りえ
- 1999年02月02日(火) 16時23分
はじめまして。りえと申します。銀英関係のホームページでこちらの紹介がありまして、最近のぞかせていただいております。
久しぶりに良質な批判を見た思いです。田中芳樹のファンというのは作者自身が作品の中で「批判と非難とは違う」と言っているのにも関わらず、何故か自由な意見の交換を阻む風潮が強く、息苦しい思いをしておりました。
私自身は銀英で田中芳樹を知り、ファンになったクチですが、色々な事例で聞く人の中に「田中教」の信者の多いこと。……はっきり言って気味が悪かったです。
何と言っていいのでしょうか。少しでもアンチ田中的な発言をしようものなら、即攻撃されると言いましょうか。そんな感じです。田中芳樹の発言を葵の御紋に掲げ、それに対する批判も意見すらも認めない。非常に偏狭な印象の強い人たち。
私自身「銀英伝」はずっと好きな作品でしたし、多分これからも好きでしょう。でもあの一部の人々だけはどうしても好きになれません。
ですから、閉鎖性の高いこのジャンルに、風穴を開けてくれて、また同じように感じる人が多いことも知り、とても心強く思っています。
これからも熱い議論を楽しみにしております。それでは。
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- board1 - No.678
ファンを撃つ!?
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年02月02日(火) 16時47分
>彼がゴールデンバウム王朝を復活させるかどうかまでは、私はしりません。
多分、皇帝の権力がラインハルトの譜代元帥に支えられている以上は、無理ではないでしょうか? また、アンネローゼも弟の跡を継がせたいとは思っていても、フリードリヒ皇帝の跡を継がせたいとは思わないでしょうから。
問題が出てくるとすれば、ラインハルトのすり込みが薄れてくる、この次の世代でしょうか。ゴールデンバウムの復興が権力闘争の名目になってくるような気がしますね。
>しかし、彼がゴールデンバウム朝を復活させ、叛乱軍(バーラト星系の自治政府)を滅ぼし、
>トリューニヒトが宰相になったりしたら(ロイエンタールに殺されなかったと仮定)個人的に銀英伝は最高のものとなってたでしょう。(笑)
同感(笑)。トリさんにはもっと頑張って欲しかった………(T^T)
余談ですが、小僧を孺子と書くのは、田中節とも言える文章の味ですが、衒学趣味が多少感じられますね。
このへん、合わない人にはダメみたいですね。
>ところで、田中氏が酒見賢一氏に敵愾心を燃やしているらしい、という指摘は、ちょっと驚きました。大昔「アニメージュ」誌で対談したときは、とても和やかだったので、そのイメージをひきずってました。
これは私も読みました(もう残ってないかも)。私もそのイメージを引きずっていたので、少々意外でしたね。
> 確かに私は今の田中芳樹の考え方は好きではありません。でも、それはそれで信念があって、自分としての筋を通して生きているんだとばっかり思っていました。他人に嫉妬するなとは言いませんが、賞が欲しいんだったら、賞の方からすり寄ってくるような作品を書けばいいだけの話です(きれい事かもしれませんが)。屈折を解消するための努力を向ける方向が間違っていると思いませんか。こういう「悔しさ」を何で質の高い作品を出す為のエネルギーにしないんですかねえ。そうでないクリエイターなんざ、何の価値もありはしませんよ。
文壇だか学会だか判りませんが、ああいう世界は結構ドロドロしたきれい事では無い世界だと思います。地位や賞のためには純粋に文章以外のことにも力を入れなければならないかも知れません。つまり、権謀術数ですね。
それはそれでいいでしょう。賞を取るためにそういうことに力を入れるのは、誉められたことではありませんが、それはそれで健全だと思います。ですが、自分は小説でそういうことを散々糞味噌に批判して置いて、ちゃっかり自分もそういうことをやっているあたりの節操の無さが、見下げ果てたといいますか、不健全なノーミソだといいますか。
「恥知らず」という日本語は、こういう人のためにあるのでしょうね(ちょっと田中節)
ただ、田中芳樹を作家としてここまで腐らせ、今でも反省の契機が必要ないほど著書(しかも範型を変えただけの再録本)が売れているのは、間違いなく盲目的なファンの責任だと思います。
ここのところ、ひよった事ばかり書いてきましたが、機会が出来次第、そのあたりを「撃って」みたいですね。
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- board1 - No.679
ちょうど
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年02月02日(火) 16時51分
>私自身は銀英で田中芳樹を知り、ファンになったクチですが、色々な事例で聞く人の中に「田中教」の信者の多いこと。……はっきり言って気味が悪かったです。
>何と言っていいのでしょうか。少しでもアンチ田中的な発言をしようものなら、即攻撃されると言いましょうか。そんな感じです。田中芳樹の発言を葵の御紋に掲げ、それに対する批判も意見すらも認めない。非常に偏狭な印象の強い人たち。
ちょうど入れ違いにいい書き込みが来ましたね。
みなさんにこのような経験や情報がありましたら、掲示板で教えていただけると幸いです。
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- board1 - No.680
信奉者の悪影響など
- 投稿者:石井由助
- 1999年02月02日(火) 17時43分
孔子やマルクスなど、優秀な思想家の、その成果の有効な活用をもっとも妨げたのは、弾圧者などではなく、熱心な、しかし愚かな信奉者達でした。
彼らの正当性へのあこがれ(具体的には、その著書の一言一句を金科玉条とすることでの思想の本質との乖離)が、どれだけその思想を毒したでしょうか。
孔子の研究で、現在もっとも先進的な研究をしているのは、教学化した儒教のすり込みのないアメリカやヨーロッパなどの非儒教圏の学者達です。また、マルクスの思想を有効に活用したのは、ソ連の共産主義者ではなく、資本主義者のほうでした。
これらの巨人と田中芳樹を比較するのは無茶な話かも知れませんが、同じ事が言えると思います。
ヤンの言葉あたりをまるで無批判に信じる人たち。田中芳樹の言葉を金科玉条のように扱い、批判をしない人たち。
孔子やマルクスと田中芳樹の立場が決定的に違うのは、前者は激しい批判や弾圧の中で自分の思想を確立したのに対し、後者にはまるでそれがないことです。そのうえ、田中芳樹には生きながらにして「お布施」を祓い、あがめてくれる信者がいるわけです。
私は、ちょっと前に、「創竜伝5巻のどこが新興宗教をおちょくっているんだ」と書きました。新興宗教の表層的なところばかり捉えて、本質を全然捉えていないと思ったのでそう書いたのですが、ちゃんとおちょくってますね。新興宗教を、じゃないけど。
創竜伝5巻、教祖を田中芳樹にして、信者をファンにするとあら不思議。まるで痛烈な皮肉ではないですか?
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- board1 - No.681
K氏とT氏
- 投稿者:カエルサル
- 1999年02月03日(水) 08時21分
田中芳樹氏と小林よしのり氏
今更ですが、この二人、似てると思いません?
列挙すると、
1,現実と仮想の曖昧な世界で自分の思想を絶対化して展開。
2,思想の構造が同じ。
3、ダブルスタンダード。
4、オウムを批判しながら、同じ洗脳テクを活用している。
5、取り巻きがいる。
6、狂信的で批判を受け入れないファンがいる。(信者のひとりあるき)
7、似たような年齢で、九州人。
というのが思いつきます。
2については、前にどなたかが仰られたように、非常に酷似しております。
T思想「日本=絶対悪、中国=絶対善、アメリカ=陰謀にたけた悪魔の帝国」
K思想「日本=絶対善、中国=絶対悪、アメリカ=陰謀にたけた悪魔の帝国」
というような。
6についても、どなたかが仰るには、狂信的T信者が存在するようだし、K思想も、某自由主義史観系サイトで、批判を聞き入れない、ヒステリックな狂信者がはびこっていますし。
まあ、自ら率先して思想の流布に尽力しておられる小林氏と、「創竜伝」なる便所の落書きを出版して、てめえのケツも拭かず、ここの管理人様等の他人に火消しやらす、文害垂れ流す、どっかの「中国歴史小説家」先生様とでは、(思想の優劣)はともかく、人格に、大きな差異がみられますけど。
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- board1 - No.682
ファンサイト的書き込みで恐縮ですが
- 投稿者:ドロ改
- 1999年02月03日(水) 11時07分
皆さんは、ゲーム(コンピュータでもテーブルトークでも)や小説、ハンドルネームなどで、田中芳樹のキャラクター名を使用した(している)事がありますか?実は、最近有るゲーム系サイトで「貴方のつけた主人公等の名前を教えてください」という掲示板の書き込みに応えて、銀英伝からとった名前をその旨を明記して書き込んだ所、やたらと多くの反響があったためです。やはり、自分の分身であるキャラクターにそう言う名前を用いるのは、田中芳樹のキャラクター造型の上手さが際立っているからだと思うのですが。確かにアニメ系等も多く用いられるようですが、その掲示板でヤンやラインハルトの名を「考え方が好き」と言う理由で使っている人がいたためです。この辺、影響力の大きさを物語ると思われるのですが。
繰り返しになりますが、RPGの主人公は「自分の分身」であり、(最近はそうでもなくなってきていますが)その名前には「こうありたい」という気持ちが間違いなく入り込んでくると思うからです。田中芳樹の影響力を知る上での、ちょっと変わった考証材料になるかと思い、書きこんでみました。皆さんはどうでしたか?ちなみに訊く以上私のことを書いておくと、「ユリアン」と言う名前と「ヒューベリオン」と言う名前は良く使いました。その場合、ヒロインの名は当然「カリン」で。ヤンの名を使わなかったのは好きすぎて(今でも好きですが)、恐れ多かったからです。ちなみに切っ掛けとなった掲示板に書いた内容は、「城の名前にグリューネワルト城(1ではイゼルローン城)とつけました」と言う内容です。
なんだかファンサイト的な内容となってしまった事を、陳謝します。出来たらレスして下さい。失礼します。
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- board1 - No.684
悪魔の帝国ありき。其の名はアメリカ(笑)
- 投稿者:ゲオルグ
- 1999年02月03日(水) 13時07分
カエルサルさん
>T思想「日本=絶対悪、中国=絶対善、アメリカ=陰謀にたけた悪魔の帝国」
>K思想「日本=絶対善、中国=絶対悪、アメリカ=陰謀にたけた悪魔の帝国」
うーん、どっちに転んでもアメリカは悪魔の帝国なんですね(笑)
その割には両者とももっと米国を見習うべきだ、とも主張されています。なんなんでしょうかねぇ~。お二人ともやはり日本人というこ
とに何らかのコンプレックスがあると見るべきなのでしょうか?
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- board1 - No.685
いろいろ
- 投稿者:小村損三郎
- 1999年02月03日(水) 15時07分
>ちなみに切っ掛けとなった掲示板に書いた内容は、「城の名前にグリューネワルト城(1ではイゼルローン城)とつけました」と言う内容です。
ひょっとしてこのゲームって「幻想水滸伝」ですか?
2は買ったけどまだ封切ってないです。
1では主人公には自分の名前。お城の名前は「キャメロット」(核爆)。
しかしあのゲームはホントに面白かった。
田中作品の固有名詞をつけたことはないなー。
>6についても、どなたかが仰るには、狂信的T信者が存在するようだし、K思想も、某自由主義史観系サイトで、批判を聞き入れない、ヒステリックな狂信者がはびこっていますし。
「信者」である以上、「聞き入れない」のは、まあ当然でしょうね。
「批判すること」自体を許容できるかどうかが重要だと考えます。
>また、マルクスの思想を有効に活用したのは、ソ連の共産主義者ではなく、資本主義者のほうでした。
資本主義がマルクスの予言を「警告」と捉え、自らの体質改善に乗り出したように、田中芳樹の批判や主張はむしろ(彼から見ると)右寄りの人間達の方にこそ自戒と自省を促すきっかけになったかもしれません。
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- board1 - No.686
小林よしのりと田中芳樹
- 投稿者:不沈戦艦
- 1999年02月03日(水) 15時13分
>カエルサルさん
だいぶ違うと思いますけど。
1,「ゴーマニズム宣言」は評論マンガ(どういうジャンルだろ?)であって、創竜伝は現実に対する評論を実質的にやっているのに、小説の絵空事を装っていますよね。ゴー宣は、「現実と仮想の曖昧な世界」っていうことはないと思います。でもなきゃオウムに暗殺されかかったりしないと思いますけど。「自分の思想を絶対化」ってところはその通りですね。でも、小林よしのりの方は、まだ「ワシを疑え」と言うし、説得力のある論からは簡単に影響を受けて宗旨替えすることもあるし、と柔軟性がかなりありますよ。田中芳樹のように、他者に対する批判はやり放題だけど、自分に対する批判は受け付けない、硬直化した思考とはかなり違うと思います。実際、田中芳樹批判を正面切ってやっているのはこのサイトくらいですし。
2,どこがでしょうか?私には同じに思えません。小林よしのりが、「絶対善」と「絶対悪」のような宗教的概念で論じていましたかね?米中の悪を殊更喚きたてる(これは確かにそう)のは、いわゆる「左翼」に対する反発からでしょう。彼が言っているのは、「日本は徹底的に悪魔化されていていいのか。実際は違ったんじゃないか」って程度の話ですよ。事実の把握で間違っているし、宣伝されていることに嘘が多い、と言うのは変でしょうか。田中芳樹の「先ず思想ありき。その正当性を主張する為には、どんなに事実を捻じ曲げても良い」とはだいぶ違いませんか。
3,うーん、田中芳樹のダブルスタンダードは解りますけど、小林よしのりのダブルスタンダードとは?具体的にあげて頂けるとありがたいのですが。
4,矢面に立ってオウムに裁判を起こされ、殺されかかった小林よしのりと、こそこそ小説の形式で「批判」しているつもりになっている田中芳樹じゃこれもだいぶ違いませんか。便所の落書き(これじゃ、小林よしのりが評した「噂の真相」ですね)レベルと一緒にしていいのですかね。また、洗脳テク、とは言っても、平然と自分を茶化したり「疑え」と言ったりは田中芳樹にはないところです。これだけでも、田中芳樹(今の)よりはまともだと思います。
5,取り巻きねー。ま、そう言ってもいい存在が、どっちにもいますね。
6,狂信的で批判を受け入れないファンですか。「某自由史観系サイト」って「日本ちゃちゃちゃクラブ」のことですか?私も常連ですけど。ヒステリックな狂信者?あまり記憶にないですよ。どっちかと言うと、戦いを挑んでくる左翼系に、変なのが多いと思います。私もそうですが、彼を完全に肯定してばかりいる訳でもないし。また、カエルサルさんは誤解しているかも知れませんが、ちゃちゃちゃクラブに来て書きこみをするような人は、「『ゴー宣』ばかりを読んで被れただけの右翼純粋真っ直ぐ君」はほとんどいませんよ。色んな本を読んでいる人が多いですし。あそこでは「小林よしのり」「ゴー宣」は触媒でしかないと思います。無けりゃ無いで、別の場所でも意見を発表することでしょう。ヒステリックな狂信者呼ばわりはちょっと事実認識が間違っていますね。「ちゃちゃちゃクラブ」の事でないのなら、話は別ですが。
また、田中芳樹のファンサイトって、そんなに異常なんでしょうか?ほとんど見たことがないので、何とも言えません。批判無しってのは怖いですね。
7,これは、その通りですね。
「戦争論」一本で延々と大新聞と左翼文化人から集中攻撃を受ける小林よしのり。矢面には絶対に立たないように、安全地帯に篭り切りの田中芳樹。同列に並べて欲しくはないですね。自分の物言いに対する「覚悟」が全く違います。「天と地」ほどの差があるのは言うまでもありません。
うーん、何だか前に私が「銀英伝」に難癖をつけた時の、浅識さんみたいな反応になっちゃったかな?
>小村さん
案外そうなのかも。踏み外した道を取り戻し、放り投げたシリーズをちゃんと完結させ、まっとうな小説家の道を再び歩めば、また彼の作品を読みたいと思います。「話の面白さ」を作り出す能力には長けているのですから。自己反省して、面白い小説を書いてくれれば、いつでも「田中芳樹ファン」に戻りますよ。
>管理人さん
まあ、結局それですね。あれほど「俗物」の行動を忌み嫌っていた筈の田中芳樹が、自分は平然と俗物的行動を取る。節操のないところ、まるっきりトリューニヒトでしょう。きれい事ばかりではいかないのは事実でしょうけど、そんな世界に固執しなくてもいいのに、と思います。賞を取ることだけが、作家の評価じゃないのではないでしょうか。「SF小説なんか」って鼻も引っ掛けない雰囲気が歴史小説界にはあるのかも知れませんが、そんな下らない世界なんか放っておけばいいんですよ。「何とかしてしがみついてでも賞が欲しい」などという俗物的行動は、自分で散々非難しているのだからやめて欲しいですな。
それと再録本を買う神経は理解できないんですが、何なのですかね?実際、本でも漫画でも同じ内容のものを二度は買おうと思ったことが無い(間違えて買ってきたことはありますが)ので、再録本を買いたくなるファン心理がよく解りません。なんなのでしょうか?それで商売になるってのが異常ですよ。
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- board1 - No.687
なんでしょうかね
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年02月03日(水) 16時10分
>皆さんは、ゲーム(コンピュータでもテーブルトークでも)や小説、ハンドルネームなどで、田中芳樹のキャラクター名を使用した(している)事がありますか?
それどころか、私は昔、創竜伝のTRPGを自作したことがあります(うわ~!!)。ガープスを簡易化したルナヴァルガーRPG(マニアック)を更に創竜伝向けにコーディネートしたものですが、人vs人からドラゴンvsICBMまで、戦闘を一元的に表現できたあたりは自分でも良くできたと思っています(穴があったら入りたい)。
>「信者」である以上、「聞き入れない」のは、まあ当然でしょうね。
>「批判すること」自体を許容できるかどうかが重要だと考えます。
「批判を封殺しない事が大事だ」という田中思想と、田中思想が批判されることを許せない気持ちと、そのあたりのアンビバレンツに混乱して、わけわからなくなっている信者の人、結構いますよね。
>それと再録本を買う神経は理解できないんですが、何なのですかね?実際、本でも漫画でも同じ内容のものを二度は買おうと思ったことが無い(間違えて買ってきたことはありますが)ので、再録本を買いたくなるファン心理がよく解りません。なんなのでしょうか?それで商売になるってのが異常ですよ。
まあ、再録というのは、ファン商売やオタク商売の、ある意味常道なのですが(ちょっと前のB'zのベスト版もそうだし)、田中芳樹ほどそれが最悪に結合したのは珍しいと思います。
温故知新になってないからでしょうか? 再録本の出し方に節操がないからでしょうか