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- board1 - No.2082
お金の価値などなど
- 投稿者:satoko
- 1999年09月22日(水) 15時05分
>冒険風ライダーさん
リピーターの概念をいれて考えてないと言う事はあまりないと言うか、それも含めて楽しみ方と定義しているのですが、とりあえず何らかのリピーターが田中作品を買っているという確証がないのに(例えば、アンケートやら販売の統計など)発言するのが嫌なんです。以前、管理人さんに「結局はそれは想像で話をしているのでは?」と言ってる私が、自分の周りのファンや出版社などから示されている数値にリピーターというものが問題とされるほど出ていない以上(あくまで私が知っている限りですが)それをファンという全体の問題として捉える事はできません。(ただファングッズはいいんじゃないですかね~。それはそれの楽しみがありますからパソコンゲームとか漫画化されたものとか、小説ファンから切り離して田中作品ファンと捉えればいいのではないかと思いますけど。だって小説読んでないがOVAみて銀英伝ファンの人もいるし^^)
もちろん、ごく少数の、たとえ一人でもそんな人に対する意見をいって欲しいとおっしゃるなら別ですが、それを問題とするならばぜひ数値なり何なりを示して頂けないでしょうか?何度も言うようなのですが、ファンがここでの作品の内容から離れた実在の田中氏、ファンに関する記述が受け止められないのは実際からかけ離れている事を批判していると感じるからだと思うので。
>速水さんへ
ですから、平行線になるとは思うのですが「間違い」と決めるのは私でも速水さんでもなく、小説を手に取った本人なのです。
以前書きましたが、「事実誤認」をしている場合など批判するべきでしょう。速水さんが田中作品が手抜きだと感じるのも私自身そう思う部分もありわかりますが、そう感じない人もいるんですよ。
で、お願いなんですけど速水さんの言う「間違い」とは具体的にどんなことか示して頂けないでしょうか?どうも、速水さんのおっしゃっている間違いって主観的すぎる気がしてそう感じない人には分かりづらいと思いますので(それは速水さんが間違いを気づかないファンが理解できない事と同じなのですが)
後すいませんが、作者側に立ってと言うのは「一生懸命書いてるのに田中作品を批判するなんてひどい」とか言いたがる人たちでしょうか?私もそういう人の事はちょっとわからないのでお返事できません^^;
ちなみに私のとっていると立場を書いておくと「事実に基づかない田中批判には作者側を取るが基本的には田中ファン擁護派」
よけーわかんないか(笑)
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- board1 - No.2083
一応返事
- 投稿者:不沈戦艦
- 1999年09月22日(水) 16時21分
>私に言わせりゃ、小室直樹は「トンデモ」なんですけどね
ま、それは速水氏の主観の問題なので、突っ込んでもしょうがないでしょう。ここは「小室直樹を撃つ!」ではないですし。お好きに評されるといいでしょう。だいたいちゃちゃちゃクラブでの私の「属性」なんぞここではどうでもいい話でしょ。それに私は「小室直樹ファン」とは書いているけど、「信者」じゃないよ。小室氏の政策に反対する点もあるし。
>紺碧の艦隊の小室直樹ネタキャラ
大高首相の相談相手に「室生直樹博士」とか言うの出ていたでしょう。それですよ。
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- board1 - No.2085
田中氏と荒巻氏の共通点
- 投稿者:北村賢志
- 1999年09月23日(木) 10時01分
どうも久々の投稿です。
まずは速水右近さん、不沈戦艦さん、冒険風ライダーさん、私の拙書に目を留めていただきありがとうございます。
私見ですけど「架空戦記」と「戦前・戦中否定」は一枚のカードの表裏ではないでしょうか。
結局どちらも太平洋戦争を身近に感じることが出来なくなったが故に、一方は勝手にこねくり回し、一方は悪だと切り捨てているに過ぎません。それが良いか悪いかは別として、今後太平洋戦争が「歴史の一コマ」となる前触れではないかと思っています。
実際、「紺碧・旭日の艦隊」では「こうしていれば勝てたのに」と日本軍を非難するところも多く、むしろ「戦前の日本を否定している」のです(このあたりは批評本である『落日の艦隊』が詳しいです)。
そしてはじめの内はまあ何とか「荒巻流シミュレーション」の枠内に止まっていたのが、どんどん暴走していったのも、結局「架空戦記ブーム」に乗っかった結果にすぎないのでしょう。
また銀英伝でも戦前・戦中の日本を元ネタにしたと思われる描写が結構ありますが、どれも人間の営みにつきまとう普遍的な問題としての扱いであって、決して特別な悪とされているわけでは無かったと思います。
それを考えると、田中氏が戦前の日本をいかにも特別異常な存在であるかのように言い出したのも、やはり昨今の時流に乗っただけなのかもしれません。
そんなわけで田中氏と荒巻氏はむしろ近いところにいるのではないでしょうか。まあだからと言って仲良くなれるとも思えませんが。
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- board1 - No.2086
リピーターその他
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年09月23日(木) 10時18分
リピーターについては創竜伝文庫本の売上自体も証拠になっていると思うのですが、以前ゲームソフト「サウンドノベル 街」がサターンからPSに移植された時、PS版を買ったユーザーの大半がリピーターであったという話を、ゲーム雑誌で開発者自身が話していたのを見た事があったので、再販の売上のかなりの部分を占めているのではないかと考えた次第です。値段が小説と一桁違い、しかも「ハードの壁」が存在するゲームソフトでさえリピーターがかなりいるのですから、小説ではもっと多いのではないかと思います。
第一、いくら何でも創竜伝文庫本の売上全てが新規読者のものであるとは到底考えられません。創竜伝文庫本はかなりの売上を上げているようですが、いくら何でもそこまで長期にわたって新規読者を「大量に」獲得しつづけるものでしょうか? しかも創竜伝の場合、文庫本が出なくともノベルズ本が絶版になっていないのですから、そちらで創竜伝を知る人の方がずっと多いのではないでしょうか? これは他の再販作品にも言える事ですが。
それに私のリピーターの概念は、この場合「原版(原作)を持っていながら、『再販された小説』を買う」という人のことですよ。OVAやマンガを読んでストーリーを楽しむ人やそこから小説を読む人は「リピーター」と定義してはおりません。なぜならOVAやマンガと、小説とでは表現形態が違いますし、彼らもまたストーリーや絵など「内容」をを楽しんでいるという点で「作品を楽しんでいる」ということになりますから。
私が言いたいのは、原作を持っていながら、本論4のように「文庫版あとがき」や「文庫本座談会」などの「オマケのファングッズ」目当てや、単なるコレクター精神で作品を買いあさるようなファンのことです。これはsatokoさんの「ファンはストーリーやキャラクターなど、「内容が面白い」と思うから小説やOVAを見るのだ」という定義から大きく逸脱しているのではないか、そして田中芳樹作品が駄作だらけになっている今もなお再販本の売上を支えつづけている彼らにファンとしての責任はないのか、と私は言っているのです。彼らは創竜伝文庫本の売上を見ても少数派ではないのですから。
ところでsatokoさんは「たかが創竜伝」と作品を貶めながら創竜伝を擁護しておられますが、これは作品に対して不誠実なのではないでしょうか? 「あんなものどうしようもない駄作であるが、田中芳樹作品なんだから仕方なく擁護してやる」と言わんばかりで、どうも私としては腑に落ちないものを感じます。それに「フィクションだから」という弁護論も、私は小説に対する貶めで弁護になっていないと思うのですが。
本当に創竜伝を擁護したいのならば、新Q太郎さんがおっしゃるような「ストーリー矛盾や社会評論の間違いを解決する都合のいい裏設定」を考えるぐらいの気概と理論的説明を、私は創竜伝擁護派に求めたいのですけどね。私には到底無理なので(^-^)。
それとリピーターについてあまり考慮していない様子から見ると、satokoさんが論じているのは田中芳樹ファン全般ではなく、自分たちの周りにいるファンの事なのではないか、今までの投稿を拝見してどうも一貫して感じたのがそれですね。他の事になるとかなり想像混じりになっていますし、それを無視してファン全てを自分たちと重ね合わせて一括して論じるから無理が出るのでは?
ファンの定義でいろいろすれ違いが起きているようですし、ここはひとつ、ファンをいろいろな場合分けをして論じた方が良いのではないでしょうか。
それにしても最近管理人さんの投稿が極端に少ないな~。何かあったのだろうか?
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- board1 - No.2087
はははは
- 投稿者:不沈戦艦
- 1999年09月23日(木) 13時52分
>あちこちの板で荒らしてる
>「不沈戦艦」とネット仮想戦記オタクは
>別人みたいっすね
ようやく解った?
「私はYahooの『great hutinsenkan』ではありません」
ってここでも繰り返して言ったよね。そういうことですよ。無意味な攻撃を関係ない私にするのはもうやめてね。
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- board1 - No.2088
リピーター
- 投稿者:ドロ改
- 1999年09月23日(木) 14時21分
>冒険風ライダーさん
基本的に、「買った動機」として出版社やゲームソフトメーカーが把握しているのはアンケートハガキやファンレターによるものです。そして、アンケートハガキやファンレターと言った物はそのほとんどが熱狂的なファンで占められますから、かなり偏った結果が出てきます。アレだけの内容だったエネミー・ゼロがアンケートの票だけ見ると圧倒的支持を得、飯野賢二を開きなおさせたのは良い例であると思います。ですから、それを基にした数字を当てにするのは非常に危険であると思います。
要するに、普通つまらなかったゲームや本のアンケート葉書など、その場で破ってゴミ箱行きではないか、と言いたいのです。そんな物の為に50円払おうとはしないでしょう。実際私も本当に面白いと感じたものが移植されれば(ベタ移植でなければ)買いますし、そうしたら絶対にアンケートも書きます。逆の場合は、自分で言った通りですが。
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- board1 - No.2089
え~っと(笑)
- 投稿者:satoko
- 1999年09月23日(木) 15時54分
>冒険風ライダーさん
リピーターに関するお話で、とにかく他の物から類推してこうであろうと言う記述がここでは多いですよね。誰かが書き込んでいらしたのですが「ファンサイトには気持ち悪くて行く気もしない」(ここまではいってなかったか^^;)と言う人がいてそのことに皆さんとくに反論なさってなかったのですが、はっきり言ってファンの現状を理解なさっている上での発言ではないのではないかなと思わされる事が多いのです。確かに冒険風ライダーさんがおっしゃるようにあくまで「私の周り」のことだけかもしれませんが、少なくともファンサイトなどの意見も読まずに類推で書かれている人よりは、実在するファンの声を多く聞いているとは思っているのですが・・・。
とりあえず、私は自身が数でこの程度のファンの意見を考慮に入れて発言していると言う物を示しておくと(論文書いている途中だから、どうしてもこういうことにうるさくなるのかも(笑))
私が良く行く(2,3個)田中ファンサイトの掲示板などの書き込みの方50~60人
田中関連のメル友15~20人(しかしこれは銀英伝のファンがほとんどなので年齢層が高い)
従妹とその辺(笑)2,3人
私の小説好きの友人5人(ただし、こやつらは文学好きだから、田中氏のみのファンではない)
で、まあ全部足しても100~150と言った所なので「私の周り」だけで判断してると言われればそうですが、とりあえずこれだけの実在しているファンの中の意見ではあるということは分かっておいてください。
「Satokoさんの周りの話をしているだけでは」と言う事をご注意して頂いた後に「たたが、創竜伝と言っておきながら創竜伝を援護するのはどうでしょう・・・・。」はないでしょう(笑)
私はここまで、ファン全体の意見および擁護はしてきましたけど、それとワタシ個人の創竜伝に対する評価は別物じゃないですか。^^;
ここまで、何度も書いてきましたが私は創竜伝や田中氏を擁護している訳ではないんです。私自身が創竜伝をどう思うかは別として、ほかの人がどのような楽しみ方で楽しもうがかまわないではないかと。消費者である以上その小説をどのように楽しもうが人に非難される物ではない。批判をするならそれに便乗してふらふらしている田中氏を批判しろ。という事を言っていて、そこからファンにも責任があるかどうかというはなしになっていたのだと考えていたのですが違うでしょうか?
ちなみにリピーターのはなしなのですが、その人たちをどう考えるかと言うのは具体的に問題にしなければならないという確たる証拠が示されるのを待ちたいと思います。
で、私自身が信じていると言うか、聞いた話というのを書いておきます。これはリピーターと言うのではなく、創竜伝の再版に関してなんで、あんな少女趣味な文庫バージョンになったのかと言う話を知人の出版社の方と話していた時の話で創竜伝が再版されたばかりの事なのでリピーターに関するリサーチがあってのことではないのは先に書いておきます。で、そのかたがおっしゃるには
「田中芳樹の固定ファンと言うのは大体が銀英伝から始まっているんだけど、創竜伝がでてからその世代のファンが田中ばなれを起こしているんだよ。で、出版社としては新しい世代のファン層を作らざるをえない。だから、若い子が新たに手に取りやすいようにああいう形での再版になったんだ。」との事でした。
出版社の狙いとしては、リピーターではなく新しくもう少し低年齢のファン獲得をめざしての物であった事はご理解いただけたるでしょうか。まあ、もちろん出版社の狙いをはずしてリピーターが買いあさっている場合も考えられますし、私は実家に銀英伝がありますが、読みたくてしょうがなくなってしまったので下宿のほうで買ってしまったこともあるので(全巻ではないです。読み終わったらそっこーで古本屋に売ってしまった)そういう人がほかにいないとは言えませんが、上記に書いた人たちの中ではあまり聞かなかったので、特にリピーターを問題にするほど多くはないと考えました。(まあ、学術論文ではアンケートは最低300人は集めろと言われるから、信憑性は低い部類に入るけど^^;)
それに、ドロ改さんが前に書かれていたようにあとがきや座談会に600円くらい払ってもかまわないという方のどこがいけないのか私には良く分かりません。何度も言うようですが、田中氏本人がそういう稼ぎ方が汚いと思っていないからこそ続けるんでしょうし、消費者は何を買おうとそれはその人の勝手ですから。
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- board1 - No.2090
責任は問えない
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年09月23日(木) 18時16分
>そして田中芳樹作品が駄作だらけになっている今もなお再販本の売上を支えつづけている彼らにファンとしての責任はないのか、と私は言っているのです。
責任があるかないかはともかく、ファンに責任を求めることは出来ません。不可能です。責任の内容云々ではなく、「責任をとらせる手段が存在しない」という、きわめて現実的な問題があるからです。
まず法的責任ですが、これは詳しく述べるまでもなく無理ですね。次に道義的責任ですが、これの前提として、責任を問う側と問われる側が共通した道義を持っていなくてはならないですよね。愛国心という道義を持たない人間に非国民であることを責めたり、社会主義を道義とする社会主義者に向かって「サヨク!」と罵倒するのは、ほぼ意味がないようなものです。なぜなら問うべき責任の背景が異なるからです。
田中芳樹ファンに道義的責任を追及するには何を用いたらよいか。私が考えたのは田中芳樹の言葉・思想を道義とすることですね。これは田中芳樹にも通用する点でも有力だと思います。
そう考えて私は過去田中芳樹の矛盾撞着を突いたんですけど、これが通用するのは、いわゆる「田中信者」型ファンに対してだけなんですよね。satokoさんが挙げるような、キャラは好きだけど田中芳樹の思想なぞ気にもとめないタイプのファンに関してはお手上げです(ただ、ファンって言うのかな、とは思いますけど)。
消費者の武器とか権利、という考え方は私個人としては賛同するのですが、別に深く読むでもない大衆的ファンには通用しないでしょう(田中芳樹やノベルスの枠を超えて、小室サウンド隆盛とか、FF8が300万本突破とか、大衆社会そのものの問題になりそうですね)。
結局のところ、我々に出来るのは田中芳樹の腐敗っぷりを提示することによって、特に深く考えずに買っているファンに対して楔を打ち込む事ぐらいなのではないでしょうか。
>それにしても最近管理人さんの投稿が極端に少ないな~。何かあったのだろうか?
なかなか書き込む余裕が取れなかったんですね。ご心配おかけして申し訳ありません。
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- board1 - No.2091
そうそう、余談ながら
- 投稿者:本ページ管理人
- 1999年09月23日(木) 22時56分
>ちなみに「じるい」ってわかります?(仕立て屋さんならわかるかな~、鳥取の人はわかってくれたが倉敷の人はわからなかった)
確か「地面がゆるい」じゃなかったかな?
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- board1 - No.2092
え・・・・?
- 投稿者:satoko
- 1999年09月23日(木) 23時17分
>管理人さん
ファンに責任をとらせるつもりだったんですか・・・、まじ?(笑)恐ろしい人だ^^;
冗談はともかく、ファンサイト回っていただけたでしょうか?キャラ好きな人=特に何も考えていないとはちょっと違うと言うことが分かってもらえていないのがとても悲しいのですが・・・。
>じるい
あたりです^^管理人さんって物知りですよね
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- board1 - No.2093
大衆的
- 投稿者:heinkel
- 1999年09月24日(金) 14時53分
はじめまして。少し前にここを知り、過去ログも拝見させていただきました。
え~、いきなり脱線しますが、ちょっと気になったもので。
管理人さんのNo.2090より、
>消費者の武器とか権利、という考え方は私個人としては賛同するのですが、別に深く読むでもない大衆的ファンには通用しないでしょう(田中芳樹やノベルスの枠を超えて、小室サウンド隆盛とか、FF8が300万本突破とか、大衆社会そのものの問題になりそうですね)。
なんか、田中氏の作品や小室氏の音楽やFF8のようなヒット商品には、考えなしに購入しているおバカな「大衆的」ファンがたくさんいる、と言ってるように聞こえます。
でも、小室氏の音楽は一般受けしすぎてるせいか、音楽通には評価されませんが、私は結構クオリティ高いと思いますが。そして、田中氏の作品もFF8も、ものが売れるのにはそれなりに理由があって、買う人もそれぞれ魅力を感じて買うんであって・・・
っていうか一番言いたいのは「大衆社会」って用語を安易に持ち出す前に、売れている理由をもっと検証した方がいいんじゃないかなーということです。創竜伝全部そろえてる人が特に深く考えず買っている人ってのも何ですし。
あと、「大衆」「大衆社会」って社会学的用語多用すると批判文が定型化しちゃうかもしんない。「左翼」みたく。
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- board1 - No.2094
生産者と消費者
- 投稿者:Merkatz
- 1999年09月24日(金) 23時23分
ちょっと書き込まなかったら、えらく進んでしまいましたね。(^^;;
私としてはファンのあり方について、「こうでないとダメだ」なんて言う気はありませんし、satokoさんのおっしゃる「どのような楽しみ方をしようと勝手」というのも正しいと思います。
ただ、そこで終わらせたくないんですよね。そうすると物事の本質が見えなくなっちゃう。
①作品をどう楽しもうと「ファンの勝手」だから、作品がくだらない責任は作者のもの。ファンが負うべきものじゃない。
これってファン定義とは別次元の問題ですよね。
リピーターとか、狂信的とか、これらは「ファン」というものに対する議論ですが、①は物事の連環について述べたものです。つまり、作者とファンの間に何らかの繋がりがあるかどうかという話なんです。そこにおける「ファン」は別に定義付ける必要はない。一般的意味の「好きな人、消費者」程度と考えればよい。
で、①の理屈がおかしいのは、市場において生産者と消費者がまったく相互に影響しない独立した存在であると考えている点なんです。
常識的に考えて、両者は互いの影響から逃れられるはずがない。市場という枠組みにある限りは。だから商業小説という市場において、作者と読者という関係は相互に影響し合っている。つまり小説家という生産者の作り出す作品は、読者という消費者の影響なしに送り出されることは有り得ないのです。
これを一般に「責任がある」と形容しますね。管理人さんはわざわざ、法的・道義的なんて説明で責任は問えないとおっしゃってますが、そういう言い方はちょっと的外れです。これは一種の状態の形容で、取るべき責任として考えている訳ではないですから。
②良い商品は賢い消費者が生み出す
で、前に私は②のような意味のことを言ったんですが、これは市場における需要と供給の関係から言えば、平凡で当たり前過ぎるものですね。何でわざわざこんなこと言ったかというと、ファンの影響力というものは無視できないよと言いたかったからなんです。
賢い消費者が多くなればなるほど、良い商品が供給される確率は上がり、愚かな消費者が増えれば増えるほど、悪い商品が供給される確率が上がる。この法則にはsatokoさんも異論はないと思います。
ようするに、私は「邪道な楽しみ方はけしからん」と言いたいのでは無く、ごく当たり前の法則を述べたかったに過ぎないのです。客観的な現状分析として、田中芳樹の現状は「愚かな消費者が増えれば増えるほど、悪い商品が供給される」に陥っているのではないかと。
もちろん、その改善策として「賢い消費者を増やす」=「邪道なファンの排除」ということは言えるでしょうが、私はそこまで論じる気は無い。
しかし結局、良い作品の供給を望むなら「無制限な楽しみ方」の結果、愚かな消費者を増やすことはできない。自由に楽しめばいいけど、賢い消費者の妨げにはならない程度でと条件付になる。
そこで、リピーターとか、面白くないのに買っている人とか、そういう人は「賢い消費者」では無い。では実際は面白くないのに面白いと思って買う人は?
これには数種類あると思います。物の価値が見抜けない未熟な人。ほんとはそうじゃないのに面白いんだと思い込んでいる人。邪道な楽しみ方(イラスト、キャラファンなど)をしている人。いずれにしてもこれも「賢い消費者」とは言えませんね。
たとえ同一生産者の商品でも、味が落ちたと感じたら即座に買うのを止める人、それをはっきりと生産者に言える人。これが「賢い消費者」ですよね。
やはり、良質な商品を求めるなら、賢い消費者は多ければ多いほどよい。
繰り返しますが、私は「愚かな消費者」を排除せよと言っているわけではないですよ。ただ、ある種の法則性について言及しているだけです。
さあ、では田中芳樹という生産者の商品の市場を見てみると、賢い消費者が少ない。その必然的結果として商品の質の下落があるわけです。
もちろん生産者の責任もあります。しかし市場において消費者の影響は皆無ではないのですから、これを見過ごすわけにはいかないのです。
結論として、私は「田中芳樹作品の質の低下は、作者の力量の低下と共に、賢い消費者が減って、愚かな消費者が増えた影響もある」という状態の分析が言いたいわけで、愚かな消費者を断固排除せよってことではないです。
もっとも、ファンというやつは往々にして、賢い消費者ではなく愚かな消費者になりやすいものではあると思いますが。
しかしようはどのような食い方をしようと、美味い不味いの味の違いは分かってほしいという話です。
>「じるい」
ううっ、全然分からなかった。で、調べてみたら鳥取弁じゃないですか。そりゃ倉敷の人に通じないはずだよ。
>冒険風ライダーさん
>ところで北村さんの「虚構戦記研究読本」、この一月ほど本屋を何軒も回っているのですけど、どこを探しても全くありません(T_T)。
>田中芳樹の「架空戦記否定」の1兆倍は面白そうな本だから(比べるのが間違っているのでしょうけど(^-^))、結構真剣にさがしているのに。
紀伊国屋クラスの本屋ならあると思います。光人社の本なので、軍事関係のコーナーに置いてあると思います。
>北村賢志さん
私も買いましたよ。まだ読んでないんですけど、著者紹介を見てびっくり!近大出身なのですね。私も近大なんですよ。で、私は47年生まれの現役合格なので、北村さんと同じ時期に通っていたということになる(東大阪の本学の場合)。これからは北村先輩と呼ばせていただきます(笑)。
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- board1 - No.2095
ファンと架空戦記についてのまとめレス
- 投稿者:冒険風ライダー
- 1999年09月25日(土) 01時05分
>satokoさん
ファンというものにもいろいろな人がいるものでして、確かにsatokoさんの周りのファンも「ファンとしての一側面」であるでしょうが、私が主張したリピーターや、管理人さんやはむぞうさんが主張したような「社会評論を信棒する田中信者」というのもまた「ファンとしての一側面」なんですね。管理人さんとのファンの論争を見ていたとき、satokoさんがこのあたりを無視して、ファンを何もかもひっくるめて免罪しているかのような論調を展開していたので、ちょっとそのあたりを聞こうかと思って、以前から疑問に思っていたリピーターを持ち出したと言うわけです。ファンの定義も全員まちまちでしたし、ちょっと限定した方がいいのではないかと思ったもので。
「なぜリピーターがいけないのか」という答えは、以前論じられた再販問題も絡んでくるのですが、リピーターがコレクター根性を発揮して作品を買いあされば買いあさるほど、「自分の作品は売れているから面白いのだ」と田中芳樹を免罪させ、しかも「再販本で楽をして金を稼ぐ事ができる」ために田中芳樹の小説に対する創作意欲を失わせてしまうことになり、「結果として」本論4のように「ファンは自分で自分の首をしめて喜んでいる」ということになってしまうのではないか、そう思ったからです。
もちろんリピーターというのもひとつの趣味ですし、リピーターが少数派であるならば問題はないのですが、それが圧倒的多数派になって再販本の売上を支えるとなると、以前Merkatzさんがおっしゃられたように「邪道な楽しみ方をするファンが多勢を占めて」「市場原理が崩壊し」、「内容がつまらないのに売れ」、「売れるから面白いという論理で作家は免罪される」ことになるのです。その場合に、「作品の内容を面白いと思って買っているわけではない」リピーターの「ファンとしての責任」はかなり重いのではないかと私なりに考えたのですが、納得していただけたでしょうか?
それと「創竜伝ごとき」という件に関してですが、今までのsatokoさんの投稿から、私は「創竜伝と田中芳樹擁護派」と認識していたので(社会評論が田中芳樹の本音ではない、なんてファンと何の関係もない弁護もしていましたし)、「貶めながら擁護する」という姿勢に何となく矛盾を感じたんですよ。今までそういう擁護派の人を見たことがなかったものですから。
ちなみに私も、ファンの話と関係ないのを承知で聞いたのですよ(^_^)。まあファンのために創竜伝を弁護するというのならば、本論と乖離した個人的感想で、擁護論と矛盾した事は言わない方がよいのではないでしょうか。私は「これは『擁護するフリをして創竜伝を貶める』ことを計算した上で意図的にやっているのではないか」などと勘ぐってしまったもので(笑)。
ま、いきなりファンの話題と関係ない話を持ってきてしまったのはこちらの不注意でした。本当はもっと以前のレスで言おうと思っていたのですが言いそびれたので、この機会に言ってみたのです。お気を悪くされたらすいませんm(__)m。
ところで管理人さんに「ファンサイトを覗いてくれ」と言っているようですが、管理人さんはファンサイトに「宣戦布告」したという経歴の持ち主ですから(過去ログを見た限りでは)、ファンサイトの事は詳しく知っているのではないでしょうか?
>北村さん
お久しぶりです(^^)。話し合うのは五ヶ月ぶりぐらいになりますか。
そういえば荒巻義雄も社会評論を展開していましたね。やたらと戦前の日本の無為無策を攻撃していたのは覚えています。あれを読んでいた頃の私は「すくなくとも日本を無条件に悪と断定はしない(それまでの日本断罪論は「無為無策」という理由すらなかった)」という姿勢に何となく理論を感じていたものですが、今読んでみると確かにトンデモですな。荒巻義雄は「超兵器導入と軍事クーデターが可能だ」という架空の前提で社会評論を論じているのですから。
田中芳樹と荒巻義雄は、左翼と右翼の関係のようなもので、思考パターンも行動原理も似たり寄ったりだからこそ近親憎悪的な対立をしているのだろうと私は読んでいますので、絶対仲良くなる事はできないでしょう。だからこそ私は、両者の対談が実現したら面白いと思うわけでして(笑)。
それでも「どっちを応援するか」と言われたら、すくなくとも一方的価値観の押しつけをしない荒巻義雄の方を応援しますけどね、私は(^-^)。
>Merkatzさん
紀伊国屋書店ですか。確かにうちの近辺はもうしらみつぶしに探したので、もうそこしかないでしょうね。街まで行かなきゃならなかったので、そこだけは探していなかったのですが、行くしかないか。そこでも見つからなかったら注文する事にします。
それにしても先月あたりから「読本」と名のついたバッタもんがやたらと氾濫しているのに、肝心の本がどこにもないのですから困ったものです(--;;)。
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- board1 - No.2096
追加です
- 投稿者:heinkel
- 1999年09月25日(土) 17時18分
ファン論争と無関係ですみませんが、管理人さんのコンテンツ見て、思ったこと書きます。
コンテンツ自体に対する批判も思ったより少ないみたいですので。以下その内容です。
これは、誰かのいってたことと重複しますが、やっぱ小説の中に評論入れることってそんなにだめですか?江戸時代ほどでないにしても、今の日本でもそれほど言論の自由があるとも思えないし、まして管理人さんが例に出してた小林よしのり氏なんか命がけでしょう。田中氏が自分の得意な小説の中に自分の評論ぶちまけても、そのこと自体は許容してやってもいんじゃないかって思いますね。手法は自由な方がいろんな言説が聞けていいんじゃないかと思いますし。
むろんその評論内容がおかしいと思えば批判すればいいのですけど。
そしてコンテンツの「4.小説だったら許される?」についてなんですけど、これはひどい。田中氏が社会批評をフィクションとして逃げをうっているのは事実にしても、ある特定の人物を、全くの創作によって貶めるようなことをしてましたっけ?「保守党」の議員の一人を悪辣な人間として描き出すのとは訳が違うと思いますけど。
管理人さんも今忙しそうなので、お暇なときにでもお考えを聞かせていただければうれしいです。